※この作品はR-18です。

屠殺鬼   作:赤だし滑子

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アーシェラ

 唇を青ざめさせる豹女の前に突っ立って、僕がそんな推理を展開していると、近くから大きな声が聞こえてきた。いつか聞いた声だ。

 

 そちらに顔を向けると、そこにはエルフ娘――先日のフェリス達とのやり取りで彼女の名前はティリエルだと判明した――と、ドラゴンお嬢様アーシェラがいた。どうやら二人ともこの戦闘訓練に参加していたようだ。

 

 アーシェラが僕を指差して何かを言っている。

 

 エルフ娘ティリエルが彼女の隣で必死でなだめているようだけど、アーシェラは止まらない。僕の隣までつかつか肩を怒らせてやって来ると、手にした槍を豹女に突きつけた。

 

「〆◇※■☆〒●#!」

 

 何を言っているのかは分からないけど、とりあえず、すっごい怒ってる。

 

 先日の一件で僕に文句があるのは間違いない。全校生徒の前で全裸にひん剥いたもんね。おまけに僕のブッチャーランスの先端もちょっと君の割れ目を押し開いてたし。もうちょっとだったんだけど。

 

 悪魔将校が前に出てアーシェラを落ち着かせようとしていたけど、最後は結局、大きな嘆息をついて振り返った。ぽんぽんと僕の肩に手をかける。

 

『この戦士アーシェラと戦え。勝った方が獲物を好きにする権利を得る。怪我はさせてもいいが、殺すな』

 

 そうきたか。

 

 アーシェラ、君は僕に仕返しがしたいんだね。

 

 悪魔将校が退(しりぞ)き、それを見たアーシェラがニヒルな笑みを浮かべて僕から距離を取った。

 

 槍を構える姿は堂に入って流麗。手練れに違いない。

 

 荘厳(そうごん)な槍だ。

 

 意匠が細かく、竜が巻き付いたような柄(つか)の先で、燦然(さんぜん)と輝く刃が僕を狙っている。

 

 バイト仲間のよしみで止めてくれないかなぁ、と思ってティリエルを見たけど、彼女はあちゃー……みたいな感じで顔を手で覆っていた。無理そうだ。

 

 仕方なく背中からブッチャーナイフを抜く。

 

 巨大な肉切り包丁の先端が、地面に突き刺さってゴンッと鈍い音を立てた。

 

 ほとんど同時に、僕の視線の先でドンッと地面が爆(は)ぜた。

 

 放たれた矢のようになって突っ込んで来るアーシェラ。

 

 ちょっと、早いって!

 

 僕が慌ててブッチャーナイフを盾にするも、直後に凄まじい衝撃がきて僕の足が地表を滑った。

 

 ――すげぇ!

 

 前に一度だけ50mm対戦車砲を受け止めたことがあるけど、それに匹敵するインパクトだ。骨がミシィッていった。

 

 そこからアーシェラの猛攻が始まった。

 

 彼女は見事な槍捌(さば)きを僕に浴びせかけてきたけど、僕も自在な包丁捌きを見せてアーシェラの連撃に受けて立った。

 

 アーシェラが槍を振るい、僕がそれに合わせる。

 

 足を止めて何合(ごう)も斬り合う。

 

 獲物がかち合うたびに、周囲の空気が歪んだ。

 

 金属の焼ける匂い。

 

 周囲のエイリアン達からどよめきが漏れた。

 

 ティリエルがしかめっ面で僕らを見つめ、悪魔将校も面白そうに腕を組んで観戦している。

 

 時々、尻尾を使った足払いや、鋭い蹴り、がむしゃらな突進を交えたアーシェラが、防戦一方の僕を容赦なく攻め立てる。

 

 彼女は悪鬼のごとき形相を浮かべ、振り回される槍先からは濃密な殺気が尾を引いていた。

 

 これは……事故と言い張って僕を殺す気満々だな。

 

 バギィン! というけたたましい音と共に両者の獲物がかち合い、火花が散った。

 

 そのまま、つばぜり合いの形となる。

 

 至近距離で見るアーシェラの眼光は、親の仇を見る者のそれだ。

 

 ここまで怒るってことは、ひょっとして――。

 

 破瓜しちゃった?

 

 先日のあれ、ちょっと記憶が曖昧なんだけど、君って結局、孔はふたつあったよね?

 

 僕はちゃんと前の孔にお邪魔しようとしたはずなんだけど、その時ミチィッ……っていう感触が、実はあった気がしていたんだ。

 

 ひょっとして、破れちゃった? アーシェラ?

 

 僕の無言の挑発に、アーシェラが蹴りで答えた。

 

 距離を取って、再び斬り結ぶ。

 

 彼女が僕のナイフの軌道を逸らし、カウンター気味に上半身のバネだけで放った奇襲突きが、僕の首を一髪(いっぱつ)の差で掠(かす)めていった。

 

 なんとかアーシェラをとっ捕まえようと腕を伸ばすものの、すぐに彼女は間合いの外に脱してしまう。先ほどから大振りな動きを抑えつつ、僕の怪力を警戒したクレバーな立ち回りだ。

 

 それにしても、めちゃくちゃ不利だな。怪我はいいけど殺すなって……。

 

 僕の手加減なしの攻撃はどれも致命的な威力を宿している。

 

 手加減せざるを得ないんだけど、それだとアーシェラのプレッシャーを押し返せない。

 

 制圧するには手加減できないほどに、彼女は強い。

 

 結局、僕はアーシェラには手を出せない。

 

 一方の彼女はやりたい放題だ。

 

 辛抱も辛抱。粘り強く受け続ける。

 

 ――ちょっとだけ、イライラしてきた。

 

 ブレスを使ってきたら殺そう。僕がそう決心した直後、彼女が不意に空に飛び上がった。

 

 追って僕が見上げた先から、急降下の勢いを乗せた渾身のひと突きが来た。

 

 光輝く槍先が膨張して見えた。

 

 咄嗟にその軌道にブッチャーナイフを割り込ませたのと、ゴガアンッという耳障りな破砕音を残して刀身が砕けたのは同時だった。

 

 降下突きの勢いを殺されて飛び退いたアーシェラは、息を荒げ、しかし勝利を確信した不敵な笑みを浮かべた。

 

 僕の痺れた手には、半分ほどの長さになったブッチャーナイフが残された。

 

 素直にすごいな。ブッチャーナイフを砕かれたのは初めてだ。

 

 彼女の槍も凄いけど、アーシェラ自身の戦闘力が僕の予想を遙かに超えていた。

 

 これが女竜人(ドラゴンメイド)ってやつか……。

 

 ここまでの動きを見せるエイリアンは初めて見た。彼女、エイリアンの中でもエリート戦士だったんだね。それじゃあ、僕にやられっぱなしだと示しがつかないだろう。

 

 ――しょうがない。あまり見せびらかすつもりはないんだけど、殺されたらかなわないし、ひとつ奥の手を切るか。

 

 悪魔将校が上げた制止の声を無視して、アーシェラが槍を構えて殺到してきた。その口元は愉悦で歪んでいる。

 

 それをまっすぐに見据え、ナイフの残骸を捨てた。

 

 全身の力を抜き、彼女の突撃を待つ。

 

 僕が動かないことに、一瞬だけ躊躇(ちゅうちょ)を見せたアーシェラだったけど、すぐに鋭い目つきになって槍を一文字に突き出してくる。

 

 一条の光と化した切っ先が僕の心臓を貫く。その寸前、僕の手の甲がその刺突を払った。

 

 横から加えられた力で軌道をわずかばかり逸らされた槍が、半身(はんみ)を引いた僕の肩を浅く削っていった。

 

 するとアーシェラは勢いを往(い)なされて、僕の懐に飛び込んでくる形となる。

 

 ――安易に素手の相手に突きを敢行するとこうなる。覚えておくと良い。

 

 愕然と前のめりになった彼女の胸ぐらを、僕の分厚い拳が掴み上げた。

 

 同時に、槍を逸らした方の手でアーシェラの腕を握り締める。

 

 そのまま僕が身体を回して彼女を担ぎ上げてしまえば、これで背負い投げの完成だった。

 

 背中を丸めて彼女をグンッと懐に引き込み、アーシェラの頭を思い切り土に叩き付ける。

 

 低い地鳴りと共に小さな地震が起こり、大量の土煙が舞い上がった。

 

 銃剣やナイフを想定した、フォックス仕込みの近接格闘術だ。しかも、この背負い投げには僕の重量と彼女自身の突進の勢いも乗っている。威力は抜群だ。

 

 エイリアン達の中でもフィジカルエリートと目(もく)される竜人アーシェラも、ブッチャーの背負い投げという冗談のような光景を前に、まったく対処のしようがなかったはずだ。

 

 普通なら頭部が砕け散ってしまうような激突音が森に響いたけど、彼女は出来上がった小さなクレーターの中で血を吐いて、なお意識を保っていた。

 

 これには僕もびっくり。相当タフだね。さすがは竜人。

 

 すかさず僕の手を振りほどこうと暴れ出すアーシェラ。でもその時既に、僕は小脳に染みついた兵士の記憶に従って、彼女の上に馬乗りに跨がっていた。

 

 アーシェラが口を開いた。

 

 その喉の奥に、目がくらむような光が見える。

 

 次の瞬間、僕の鉄拳が彼女の顔面を殴打していた。

 

 ブレスは吐かせない。

 

「ぶっ――」

 

 鼻から血を噴いて喘ぐアーシェラ。

 

 メキリと拳を作り、彼女の上で腕を振り上げたまま静止する。何かしたらまた殴りつけるぞ、というボディーランゲージだ。

 

 彼女の目は苦痛に霞(かす)んでいたけど、すぐに両腕で顔面のガードを固め、その奥で口を開いた。とにかく虎の子のブレスで僕を吹き飛ばすつもりだ。

 

 やむを得ず、今度は体重を乗せて拳を打ちつける。

 

 大地が太鼓のごとく鳴って、周囲の小石が一斉に跳ねた。

 

 僕のマウンティング・ポジションからの打ち下ろしは、彼女のガードを簡単にこじ開けて顔面を潰していた。

 

 ブッチャーの剛拳と大地でサンドイッチになったアーシェラの頭部。

 

「かっ……はっ……」

 

 僕が拳をどけると、彼女の開きかけた口から、ついに苦悶の呻き声が上がった。

 

 アーシェラは確かに強い。

 

 でも単純な話、こうして組んだ状態(サブミッション)になってしまえば、もう彼女に生き残る術(すべ)はない。僕の大兵(だいひょう)な身体と重機にも匹敵する膂力(りょりょく)に組み敷かれて、それを弾き返せる人型生物がどれほど存在するというのか。

 

 僕がまた、拳を振り上げたまま静止する。今度は手加減しないぞ、降参しろ。という念を込めて、剛腕をミシミシと膨らませながら。

 

 アーシェラは僕の拳を悔しげに睨み付け、ようやく動きを止めた。

 

 両手を地面の上にパタリと下ろし、大の字になって歯を食いしばった彼女。血の滲んだ目で僕を見上げる顔面は泥と血だらけで、牙も、頭部の角も痛々しく欠けていた。

 

 そんな状態になってもなお、闘志が衰えていないアーシェラの気骨あふれる表情に、胸が締めつけられる思いに襲われた。

 

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