ぎょっとした目で僕を見つめるアビゲイル。
ここは彼女の部屋。つまり、彼女の監禁部屋だ。
アビゲイルは髪をポニーテールに
ポテトチップを咥えながら。
ポテチ……!
僕の隣にはリディアがいる。
つまりはこういうことだ。
実はリディアが制御装置を持っていれば、僕は自由に動ける。
ブッチャーは
すると彼女はふたつ返事でオーケー。そんな流れで、まずは様子見にアビゲイルの部屋に連れてきてもらったというわけだ。
リディアは、やはりというべきか、顔パス状態。権力者の娘なんだ。
こうして、すいすいと僕らはこの部屋までたどり着いた。
以上が事の次第だ。
ちなみに、タイターニアのところへは駄目らしい。ブッチャーにも最低限の移動制限区域があって、危険なエイリアンが収監される独房はもちろんのこと、武器庫、行政施設など、重要な区域には用もないのに連れて行けないそうだ。まぁ、僕って危険な兵器扱いだからね。むべなるかな。
手をひらひらと振りながら
早速リディアがアビゲイルのベッドに腰掛け、ニコニコ手を重ねていた。何かお話ししているんだろうな。ほとんど初対面なのに距離感が近い。
さて……深く考えずに知り合いの名前を挙げただけなんだけど、これは面倒だ。
これから僕とアビゲイルは、初対面ではないけれども会話するのは初めて、という
アビゲイルがこっそり僕に目配せした。僕も赤い眼球を彼女に固定し、アイコンタクトを取ったつもりだ。僕らの
「ジェヴォーダン」
リディアが僕に手招きした。さぁやるか。
僕が先手をとって演技指導。
『僕はジェヴォーダン』
『……アビゲイルよ』
初対面を装う僕ら。
さすがはエリート。一発で合わせてきた。
アビゲイルは、一瞬だけ僕の第一声に小さな困惑の色を浮かべたけど、すぐに口を引き結んで、キッと目つきを鋭くし、警戒と非難の混じった視線を僕に送り始めた。
上手い。今、彼女の目の前には、言葉の通じない、己の尊厳を踏みにじる凌辱者が突っ立っているわけだから、当然そうなる。
――でもちょっとグサッときた。
『――で、私がリディア。アビゲイルとは前に一回話したよね。ほら、ジェヴォーダンにバックで突っ込まれてる時に、私がキスしたの、覚えてるでしょ? それでね、ジェヴォーダンが君とお話ししたいって言うから、今日は一緒に遊びに来たってわけ』
『私に話?』
胡散臭そうな視線を僕に送ってくるアビゲイル。ちょっと演技過剰じゃなかろうか。
『君は僕の傑作の一人だから、お話がしてみたかった』
『……じゃあ、お話しをしたら、私に酷いことするのをやめてくれるのかしら?』
……なんだろう。
演技なのは分かってはいるけど、アビゲイルに冷たくされるの、すごく辛い。
内心のショックを隠すために、僕がしばらく俯いて黙っていると、突然ガンッと音がした。
見れば、リディアがアビゲイルの顔を力任せに壁に押し付けているではないか。
『――ジェヴォーダンは君に慈悲をかけてるの。分かる? 君がそんな口をきける理由なんて無い。君はありがたくジェヴォーダンとお話をすれば良いの。いーい? 分かった?』
すごい威力的だ。びっくり。
そうだった。リディアは見た目と言動が良い子ちゃん系ギャル風味だから忘れてたけど、エイリアンだ。
人間なんて野生動物くらいにしか見ていないし、今捕まっているアビゲイルは、檻に入った駆除対象の特定外来種程度にしか映っていないんだ。
慌ててフォローする。
『リディア、彼女は僕のものだ。あまり手荒に扱って欲しくない』
するとリディアはアビゲイルの頭から手を離して『ジェヴォーダンがそう言うなら』と笑ってから、なおも続ける。
『でも忘れないで、アビゲイル。ジェヴォーダンは恐ろしいブッチャーで、しかも特別なの。今や軍の上層部の覚えも良いすごいブッチャー。亜人で、供物に過ぎない君が、本来まともに話ができるような相手ではないんだから――ね?』
最後にリディアはにっこりと笑った。
彼女の評価は嬉しいけど、こめかみに小さく流血するアビゲイルの目がちょっと怖い。
光を消して僕を見る、その目が。
きっつ……。
大丈夫、僕はどちらかというとアビゲイルの味方だから。という視線を必死に送っているんだけど、たぶん伝わっていない。表情を作れないこの顔が憎い。
それから僕らは会話をした。
これはありがたいことだった。牢獄の粘膜コミュニケーションはスローなんだ。細かい話まで伝えようとすると、とっても大変。
僕は自己紹介、といってもほとんど話すことがないので、思い出話を語るようにアビゲイルと一緒に出た遠征の話から入った。
これに興味を示したのはリディアだった。彼女はあまり街の外の話は知らないみたい。僕が外で大暴れする話は、彼女にとってとても面白い話に聞こえたようだ。
〈
アビゲイルはもちろんのこと、これにはリディアもびっくりしていた。リディアは、軍事の話には
ついでに先日人間の処刑に参加した時の話もした。アビゲイルに後で意見を聞くためだ。こうして自分語りをする形で、アビゲイルにつらつらと近況報告をしていった。
『え……ジェヴォーダン、アーシェラとまた喧嘩したの?』
『急につっかかってきたから』
『勝ったの?』
『うん。ナイフは砕かれちゃったから、ぶん殴って大人しくさせた』
『うえぇ……すご……』
あんぐり。ちょっと引き気味に僕を仰ぎ見るリディア。そこにアビゲイルが割り込んでくる。
『アーシェラ?』
『リディア達の友達だよ。ちょっと乱暴なんだ』
ふと、気になってたことを聞いてみる。
『あの日のアーシェラ、すっごく怒ってた。理由知ってる、リディア?』
『うーん……アーシェラって〈エクスムート〉っていう竜人族のサラブレッド家系の出だから。前にほら、ジェヴォーダンが校庭で
肩をすくめたリディア。
『そっちか。ならもう落ち着くよ。実力差は、はっきりさせたから』
今回は武器を持った正々堂々の一騎打ちで負けたわけだから、これでもなお絡んでくるならただのチンピラだ。しかもアーシェラ、フライング気味だったし。
『アーシェラ、〈レクセル〉持ってなかった?』
『レクセル?』
僕が首をかしげると、リディアが『槍なんだけど』と続ける。
『アーシェラの家に代々伝わる武器で、何でも貫くって言われてる』
僕のブッチャーランスほどじゃないだろうけど。
『たぶん持ってた。それでナイフを砕かれたのか』
『レクセル持ってるアーシェラに勝っちゃったのぉ……? ジェヴォーダンって本当に強いんだねぇ……』
リディアから飛んでくる敬意の視線がくすぐったい。
彼女はふと、なにかを思い出したように「あっ」とこぼした。
『ところでさ、さっきの、そっちかってやつ、どういう意味? アーシェラが荒れてた原因、他にも心当たりあるの?』
ちょっとまずいかなぁ……まぁリディアならいいか。
『前に校庭で押し倒した時、ちょっと
『ほー。なるほどなるほど。そういうことね。おっけー、任せて♪』
『……』
気軽に返事をしたリディアと、絶句のアビゲイル。
意外なのはリディアの反応だ。エイリアンってあんまり処女とか気にしないのかな? いや、リディアだからという可能性もあるぞ。うーん……。
あっけらかんとアーシェラに「いやー、聞いたよ。破れちゃったんだってー? めんごめんご(笑)!」みたいなノリで話しかけて、ぶっ殺されなきゃいいけど……。