※この作品はR-18です。

屠殺鬼   作:赤だし滑子

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外回りの仕事

 今日は外回りの仕事だ。

 

 先日、独房で看守を食い殺してしまった僕に下された判定は、やはり暴走気味。その理由は、しばらく外の戦場に参加していないせいでストレスが溜まっているから。

 

 雰囲気的にそんな感じだったようで、おかげで僕はこうして久方(ひさかた)ぶりの娑婆(しゃば)の空気を堪能している。

 

「――くそがああああぁぁ‼」

 

 左からそんな声がした。

 

 見ると、ピックアップトラックが一台、僕に向かって突っ込んでくるところだった。運転手が大声で叫んでいる。凄い形相だ。

 

 せっかくなので、たまたま手に持っていた千切れた男の頭部を、野球ボールを投げる感覚でトラックに向かって全力投球する。

 

 その速度は当然野球ボールを凌駕(りょうが)している。

 

 砲弾と化した人間の頭部はトラックのフロントガラスを突き破って運転手の頭部を砕いた。運転席の中が、ケチャップボトルが破裂したような有様になった。

 

 にもかかわらず、ピックアップトラックは速度を落とさずに僕に突っ込んできた。それは運転手が残した怨念だったのかも知れない。

 

 でも慌てず、左手をかざして待つ。

 

 直前に迫ったトラックのエンブレムに手を突き、その激突を難なく受け止めた。

 

 ズウゥゥン……と重い衝撃が僕の身体を突き抜けていった。

 

 トラックは前につんのめってから、ガシャアンと音を当てて止まった。

 

「――マイキーの仇だ! くたばれブッチャーッ‼」

 

 トラックの荷台から別の男が顔を出した。機関銃の銃口を僕に向けている。

 

 ピックアップトラックの荷台は改造されていて、そこに重機関銃(フィフティーキャル)が一挺(いっちょう)取り付けてあった。簡易戦闘車両(テクニカル)だ。

 

 小火器程度なら僕のブッチャーの皮膚は跳ね返してしまうけど、さすがに至近距離で重機関銃をもらうと痛いし、怪我をする。当たり所が悪ければ死ぬ。

 

 まだ死ぬわけにはいかない。

 

 銃を構えた男の顔に、黒い影が差した。

 

「――――ッ⁉」

 

 見上げた男が思わず息を呑んで、その顔が絶望に歪んだ。

 

 僕が巨大な刃物を振り上げたからだ。

 

 馬鹿だな……すぐに引き金を引けば、一矢報いれたのに。

 

 薪(まき)でも割るかのような気楽さで振り下ろされた僕の刃は、ゴオンッ! と音を立てて男を車両ごと一刀両断にした。

 

 血液と油が混じり合って地面に広がっていく。

 

 〈ブッチャーナイフ〉――この刃物はそう呼ばれている。ブッチャーの標準的な近距離武器だ。

 

 ナイフ、というのはもはや完全に間違いで、肉切り包丁をそのまま巨大化させたそれは、むしろ斬馬刀(ざんばとう)とか、グレートアックスとか言ったほうが近い代物だ。

 

 肉厚な刀身は薄い鉄板なら紙を切る感覚で裂けるし、この通り、簡易戦闘車両(テクニカル)ごときでは壁にもならない。

 

 いそいそと車両の荷台に上って、そこに設置された重機関銃を取り外す。遠くから近づいてくる小隊が見えたからだ。

 

 これが僕という普通でないブッチャーの強みだ。普通のブッチャーは人間の兵器を奪取して逆利用、なんて器用な真似はできない。阿呆だから。

 

 でも僕はできる。

 

 しかも兵士の経験があるから狙いだって正確だ。元狙撃兵だぞ。

 

 さらに僕の視力は今、強化されている。この頭に被った紙袋のせいだ。

 

 〈ブッチャーバッグ〉と呼ばれる紙袋が、僕の頭部を覆い隠している。その見た目は、目抜き穴が開いた四角い紙袋そのものだけど、実態はなかなか高性能だ。僕らブッチャーの見た目の恐ろしさを和(やわ)らげ、側頭部の制御装置を隠し、さらに様々な補助もしてくれる。防御性能も高い。

 

 こんなにも高性能なのに、どうして見た目が紙袋なのかが分からない。エイリアンのセンスなのだろう。ひょっとすると、人間を油断させるためなのかもしれない。もしそうなら狡猾(こうかつ)な連中だ。

 

 実際、人間の兵士達の間ではこれは紙袋として通っていて、軽視されていた。

 

 被せている目的がさっぱり分からないものだから、あれはブッチャーの頭部が爆散する際に、その肉片が飛び散らないようにするためのミートバッグだ、なんて嘲笑(ちょうしょう)されていたほどだ。

 

 かくいう僕も、実際にブッチャーになるまでは、ここまで高性能なものだとは知らなかった。

 

 ちなみに、ブッチャーは死ぬ時に必ず頭部が爆散する。

 

 それは側頭部の制御装置のせいだ。ブッチャーは死ぬと、この装置が爆発して必ず頭部を吹き飛ばす。

 

 人間も敵陣で兵器が行動不能になると、それが敵の手に渡らないように爆破処理するけど、それと似た感覚かも知れない。

 

 そんなことを考えていたら、こめかみにむず痒さを感じた。

 

 取り外した機関銃を腰だめに構え、銃口を遠くの小隊に向ける。彼らはセオリー通り散開隊形で侵攻してきていた。

 

 その中の一人が顔を引きつらせて指を差したのが見えた。口をパクパク動かしている。機関銃を構えた僕の勇姿を認めたようだ。

 

 直後、彼らが足を止めた。

 

 迷わず引き金を引く。

 

 ドッドッドッドッというリズミカルな発砲音と同時に、パンパンパンパンと血煙が次から次へと上がっていく。ランボーも真っ青のシーンだった。

 

 狙いは正確だ。

 

 重機関銃と、対物(アンチマテリアル)ライフルの銃弾は同じものなんだ。僕にとってこれは、言わば慣れ親しんだ相棒の親戚。それをブッチャーの膂力(りょりょく)で構えれば銃身はブレもせず、マズルジャンプすらない。ブッチャーバッグの補助も合わせれば、要するに、狙撃兵の正確さで機銃掃射しているようなものだった。

 

 右から左へ。重機関銃を水平に動かして小隊を一掃した。

 

 煙を上げる銃口を構えたまま、しばらく待って援軍が来ないことを確認し、腕を下ろした。

 

 ひとつ溜息をつき、後ろを振り返る。

 

 死屍(しし)累々(るいるい)。

 

 先んじて僕が始末した人間の小隊、ふたつ分の死体が転がっていた。

 

 僕は捕虜は取らない主義だ。一応、捕まるよりは死んだ方がマシだろうという仏心(ほとけごごろ)を見せているつもりだった。僕を嵌(は)めた連中なら、別だけど。

 

 今回僕に与えられたミッションは待ち伏せと迎撃だった。終りだ。帰ろう。

 

 そう思って歩み去ろうとした直後、制御装置から声が聞こえてきた。

 

 ――生存者の捕縛をして帰投しろ。生存者の捕縛をして帰投しろ。

 

 これ、僕をコントロールするためのシグナルなんだけど、僕にはこの制御が効いていない。とはいえ無視すると後が困るから、今はエイリアンどもに支配されているフリを続けなけらばならない。

 

 しゃあなし、とばかりに嘆息を吐きながら、ブッチャーナイフをゴリゴリと引きずって血の海を徘徊する。

 

 切断された胴体。弾け飛んだ頭部。散り散りの肉片。

 

 ふと、そんな中にピクリと動く肉を見つけた。

 

 僕が地面を揺らしながら歩み寄っても、その肉はうつ伏せのまま動かない。

 

 でも無駄だ。ブッチャーバッグは生物の反応も教えてくれる優れものなんだ。擬死(ぎし)の演技もおそまつ。ブッチャーバッグの補助がなくたって胸が少し上下しているのが分かるし、かすかに指先も震えている。

 

 この男……周りで味方が殺されている間、ずっと死んだふりをしていたな?

 

 そう思うと、ゴッと、僕の腹の底で沸き立つものがあった。

 

 昏く渦巻くそれは、怨(うら)みだ。

 

 僕もまた、こういう卑怯者に裏切られたに違いない。

 

 あの時、人間側は劣勢だった。今僕が囚われているエイリアンの街は、元は人間の最前線要塞都市だった。

 

 エイリアンの侵攻で奪われたんだ。僕はその時、防衛戦に参加していた。そして取り残されたというわけだ。

 

 一人ならどうとでもなった。僕は当時斥候だった。敵の包囲から逃げるのは十八番(おはこ)。でも取り残されたのは僕だけではなかった。多くの市民や負傷兵も残されていた。

 

 奴らはその全部をひっくるめて餌にして、通告もなくこっそり撤退したんだ。

 

 結局、僕が救い出せたのはその内の十分の一にも満たなかった。でもそれで満足だった。もう戦い疲れていたし、それで死ぬつもりだったからだ。最後に良い仕事ができたとも思っていた。

 

 でも死ねなかった――。

 

 卑怯者のすぐ隣に立った。彼は果敢にも死んだふりを続けている。その勇気を別の方向に向けられなかったのか。

 

 捕虜にしてもいいけど……。

 

 僕は首をゆっくりと左右に振りながら、周囲の生存者を探すフリをして、卑怯者の後頭部に足を乗せた。

 

「あ」という小さな声が聞こえたのと、足の裏に卵を踏み砕くような感触があったのは同時だった。

 

 うっかり事故に見せかけて、意識の外で殺す。無価値な道ばたのゴミのように踏み潰す。君は生まれてくる価値もなかったと分からせる。こうすれば彼は未練もなく死んでいける。無価値だから。

 

 これが僕の優しさであり、今も残る人間性の証明だった。

 

 他に生存者はいないようだ。これにてお仕事完了。今度こそ帰ろ。

 

 重機関銃は途中で隠していかないと。こんなもの持って帰ったら大騒ぎになる。ブッチャーはエイリアン達からしても持て余すほどの戦力だから、彼らは必要以上に強力な武器を与えないようにしているんだ。

 

 いつもならこの場で捨てていかなくてはならないけど、今日は僕を使役するエイリアン――〈ラッシャー〉と呼ばれる直接的な上司が、早々におっ死(ち)んでくれたから、帰り道は自由だ。少し寄り道して帰ろう。ラッシャーを殺してくれた誰かさんに感謝。

 

 そのまま姿をくらませる? 駄目だ。

 

 理由は僕の側頭部に刺さったこの制御装置。

 

 これ、自爆装置でもある。

 

 ラッシャーが死亡した今、一定期間以内に施設に戻らないと、脳味噌バーンで死んでしまう。

 

 僕が今も大人しくエイリアンに使役されている理由が、これだ。

 

 僕はこの装置を解除するか、あるいはその制御端末を奪い取らないと自由になれない。今の僕の第一優先度目標(ファースト・プライオリティ)だった。

 

 ――生存者の捕縛をして帰投しろ。生存者の捕縛をして帰投しろ。

 

 原理は不明だけど、遠方からでも定型の命令は出せるみたい。僕を使役するラッシャーが死んだとしても、すぐにこういった大雑把な、帰ってこい的な指令が飛んでくる。たぶん、無視して遠くに行くと脳味噌バーンの刑に処(しょ)される。

 

 ……普通、貴重な兵器が戦場に放置されたら回収部隊を送るよね? 兵器に大雑把に帰ってこいって命令して、帰ってくれば良し。帰ってこなければ処分。なんてことする? エイリアン達には、こういう雑(アマチュア)なところがある。もっとプロ意識を持って欲しい。

 

 今日は、あちこちで人間側の侵攻があったようだ。久しぶりに大規模なものだった。

 

 でも他の戦地でも似た有様に違いない。

 

 最近、人間側の戦力は弱っている。

 

 今晩あたりは、またたくさんの捕虜が出るんだろうな。

 

 今度はどんな女の子がやってくるのやら。

 

 誰が来てもやることは同じ。

 

 慈悲深く犯し、ギリギリまで慰めてあげて、最後は心を壊して送り出してあげる。

 

 これも僕の優しさだ。

 

 女の子はお姫様のように大切に扱わなくては。

 

 昔、そんな王子様とお姫様のお話を聞いて憧れていた気がする。誰かが僕に読んで聞かせてくれていたような、そんなぼやけた記憶があった。

 

 言うなれば、今の僕はエイリアン側に紛れ込んだ王子様。囚われたお姫様の心を天国に送り届け、あの地獄から解放し、救い出してあげるんだ。

 

 ほら。こんなに優しい部分を残したままの僕の精神は、まだ正常だ。

 

 僕は人間だ。

 

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