僕は今、精肉店の裏手に立って空を眺めている。
正確には、軒先にぶら下がったミノムシを眺めている。
あれは、四号君達の一匹だ。
僕が精肉店にバイトに来た日、店長の目を盗んでこっそり二号君――ミニタランチュラのニブロに、口の中に預かっていた芋虫達こと四号軍団を渡してやった。
すると、ニブロはバンザイで僕に謝意を示してから、せっせと芋虫をどこかに運んでいった。行き先は知らない。ただ、四匹いた内の一匹が、この精肉店に住み着いたという経緯だ。
放っておくわけにもいかないから、僕はこっそり肉の切れ端や、ミンチマシーンの掃除で出るカスを、こっそり横流しして彼らの世話を続けた。
ペットができたようで、すこぶる楽しかった。
ご飯をもらったニブロは両前足をバンザイして感情表現をする。僕が頭をこちょこちょすると、バンザイしたままカサカサ……カサカサ……と左右にステップを踏んで謎ダンスを披露するんだ。端的に言って可愛い。
四号君も負けていない。ご飯をあげると頭から黄色い
そんな日々が過ぎた、とある日、気が付いたら四号君はミノムシ状態になっていて、ああやって店裏の軒先でぶら下がっていたというわけだ。
僕はそんな四号君を見て思う。
すごいな、と。
蝶や蛾は、幼虫からサナギになると、その中で完全変態する。
完全変態とは、サナギの中で全身が一度ドロドロに溶けて、ただの栄養のスープ状になり、身体の構造を一から再構築することだ。
芋虫からどうして蝶々のような、まったく別の形状になれるのかというと、つまりはそういうことなんだ。サナギの中で一回死んで、生まれ変わっている。セルフ転生。生命の神秘と言わざるを得ない凄まじい能力だ。記憶の連続性とかあるんだろうか。
ただ、僕がすごいなと思うのは、その未だ解明しきれていない謎多き生体メカニズムではなく、完全変態という言葉の響きの方だ。
完全変態。パーフェクト・ヘンタイ。
たったそれだけの言葉に、そこはかとない力の響きを感じる。僕の目指すべき道なのかも知れない。僕は昆虫になりたい。
フォックス時代は、森の中で潜伏して何もすることがない時は、近くの動植物を観察して、こういったどうでもいい妄想に浸ったものだ。特に昆虫は人間の理解を超えた生態をしていて、観察していて飽きない。
彼らは個の生物というよりは、植物界の一部として活動しており、どちらかというと植物と昆虫はセットでひとつの生き物のように思える。彼らはお互いがなくてはならない存在として地上を広く支配している。彼らこそが地球そのものと言っても過言ではない。
生ける地球の細胞として忙しなく活動するのは、彼ら植物と昆虫であり、動物が高等生物と呼ばれて個として独立してくると、母なる地球との繋がりは、むしろ細くなっていくようにすら思えた。
究極の個を持ってしまった人間はというと、もはや地球とは別個の存在として繋がりは断たれており、実際、宇宙に飛び出していけるほどだ。
人間はもう、地球からは独り立ちした存在なのだ。己の未来は己で計画・管理して、切り開いていかなくてはならない。それが、奴らには分かっていない。未だに地球に依存して甘い汁を吸おうと必死だ。
――穀潰しども。
僕らはむしろ、隣人として地球を労り、支え合って、共にこの
人間をやめてみて、はっきりと見えた。
そして僕こそが――ジェヴォーダンの獣こそが大自然が使わした調停者。
ジェヴォーダンはいずれ人間もエイリアンも地上から滅ぼさなくてはならない。混沌に
そうすればこの星は、こんな汚らわしい獣でも英雄と祝福し、僕にも居場所を与えてくれるだろう。
手始めにこの街。そしてフォートだ――。
僕が久しぶりに、そんな心落ち着く妄想に
四号君の、完全変態中のクリーム色の体液が青空に飛び散って、僕の顔にピチャピチャと
ゆっくりと、視線を空から道に落とす。
そこには男が立っていた。
エルフ男。オーク将校の側近で、エルフ娘ティリエルの兄か親族っぽいやつだ。
エルフ男は無言で僕を睨んでいる。すごく苛つく目つきだ。あいつが四号君を殺したのは間違いないだろう。
たぶん、エルフ男は僕がティリエルを全身ザーメンまみれにして辱めたことを知っている。その仕返しのつもりだろうか。
……。
ぶっ殺す。
僕が衣服ごと丸ごとペロリンチョする形での完全犯罪を
「ジーボダンっ♪」
セックスしよ! と思わず付け加えたくなる調子で僕を呼ぶ声。
喉元まで出かかった殺気が、脱力して肩から抜けていくのが分かった。
脇道から裏道に出てきたのはフェリスだけではなかった。彼女はぞろぞろと、たくさん引き連れて現れた。
フェリスと……アーシェラ? 珍しい組み合わせだ。ティリエルもいる。
僕とエルフ男を見つけたティリエルは顔を青くしていた。前の僕の
アーシェラと目が合った。
少し身構えたのは僕。だっていっつも喧嘩売られてるから。
でも彼女は特に何もしてこなかった。
おや、今日は大人しいぞ彼女。見ればフェリスとティリエルを交えて普通にお喋りしている。
フェリスは根がお人好しっぽいから、相手が態度を軟化させれば、過去のことは水に流して仲良くできるタイプなんだ。
よかったよかった。フェリスお守りの任務は今も継続中だ。彼女の敵が減るのは、プロとして僕にとっても嬉しい出来事だった。
実は近頃のジボダンの会により、彼女たち四人娘は元々仲良しだということが判明している。最近ちょっとしたすれ違いでギスギスしていただけとのこと。
ちょっとしたすれ違いでフェリスは僕に食べられかけ、ティリエルはドロドロになり、アーシェラは僕との勝負に二度破れ、たぶんあっちも破れた。
エイリアン女子の青春は命がけだ。
まぁ、リディアがいないと何言ってるのかさっぱりだけど。誰かリディアを連れて来て。
……フェリスがリディアに雌堕ちする前に、僕がリディア依存症になりそう。
ちょっとずつでもいいから、言葉を覚えた方が良いのかな。
エルフ男とティリエルが何かを話している。さすがにフェリスの前で友達の家族かも知れない人物をパックンチョするのは気が引ける。
命拾いしたな、エルフ男。でも匂いは覚えたぞ。僕の鼻は獣なみだ。もうどこに逃げたって地の果てまで追って食い殺してやるからな。覚えてろよ。
僕がフェリスに連れられて店先に戻ると、ミノタウロス店長がブモーッ、ガハガハ笑いながら僕を送り出してくれた。もぐもぐ。
フェリス達の行き先は、なんだか女子っぽく飾り付けられてキャピキャピしたお店。アイスクリーム屋さんだった。
女子三人が店先で並んで思い思いのアイスを食べ始めていた。エルフ男もカップアイスを食べている。ぶすっとした顔でアイス食べてるよ、あいつ。すごく笑える絵だ。
僕が突っ立ってそんな様子を眺めていると、フェリスが僕にひとつ渡してくれた。鮮やかで艶のある黄色と黒の縞模様アイスだ。なんて毒々しい。
紙袋の下から負けじと毒々しい
そんな僕の様子を見てニコニコ顔のフェリス。
アイスを食べながら談笑する一同。
でもこういう青春は僕抜きでやったらいいのに……ほら、他のお客さん怖がってるよ。すごく営業妨害だと思います。
そんな思いを込めて、お話中のフェリスを見る。すると僕の視線に気が付いた彼女が、ちょいちょいと手招きした。
行かないよ? エルフ男の視線が鋭いし、ティリエルも怯えている。アーシェラは、案外平気そうだけど。
……フェリス、まさか、僕を彼女達と仲良くさせたいとか?
そういう気遣いは不要だよ。どうせみんな殺すからね。
フェリスは、どうしようかな……。
リディアも、どうすれば……。
そんなことを考えていると、道の向こうからやって来たのはオーク将校だ。忍者娘をお供にしている。
忍者娘は両手を頭の後ろで組んでやる気なさそうにしていた。たぶん、意識の外に逃げる技を使っているんだろう。見られていないと思って油断しているな。でも、一度慣れてしまった僕の目には丸見えだ。鬱蒼とした森の中から潜伏した敵を見抜く狙撃兵の眼力、舐めんなよ。
エルフ男とオーク将校が何かを話し、ティリエルを連れて去って行った。
アーシェラとフェリスはそのまま話を続けていたけど、やがて残ったアイスをひと口で食べきったアーシェラが立ち上がって、つかつかと僕に歩み寄ってくる。
「△☆◇#〓、◎〓&●」
何言ってるか分かりません。
でもアーシェラって、端麗な顔つきで美人さんなんだ。身体も引き締まっていて、声もなんだか格好いいぞ。二回もレイプし損ねているのが口惜しい。そういえば折れた角と牙、治ってるね。フェリスが治してあげたのかな?
アーシェラは凜々しく、体つきも良い。彼女達の中では一番大人びている。
ティリエルは美麗、薄い身体。
リディアはギャル風で明るく、健康的で良い子。
フェリスは可愛らしくて、ちょっとロリっ気がある。
僕が物語に出てくるような、なよっちい主人公なら、彼女達全員をハーレムにする未来もあったのかも知れない。
決して起こらない奇跡の未来だ。僕には、全員ズタボロに
「□▼▲&、ジボダン□□?」
「ジボダン★&……●◇○■、■§※§」
僕の前で何かを会話すると、アーシェラは首で小さく一礼して去って行った。
……びっくりした。あの子、僕に頭を下げたよ。僕の中の彼女に対する好感度がググッと上昇した。理由は分からないけど、まぁ先日の一騎打ちが効いているんだろう。
根っからの戦士ってことなのかな……? エイリアンって分からない。
あと、ジボダン呼びはやめて欲しい。ほんとに。最近フェリスにジボダン呼びを許可したことを後悔してる。フェリスが僕にジボダンという名前を付けたことになっているそうだけど、ジボダンが一人歩きしてどんどん広まっちゃうよ。
次アーシェラに「じぼだああああああん!」なんて叫ばれながら攻められたら、力が入らなくて負けそう。
夕暮れ、僕はフェリスを屋敷に送ってから、施設に帰った。
エルフ男のせいで血なまぐさい帰宅になるかと思われたけど、フェリスのおかげでどこか気分の良い帰宅になった。