今回、女の捕虜はいなかった。珍しい。
昨今、男女平等が声高に叫ばれ、徴兵に関してもその声に応えて無作為抽出の上、適性検査で選抜が行われるのが慣例だったけど、いよいよフェミニスト達も現実が見え始めたのだろうか。
女の捕虜がエイリアン側の兵力補充のための
実際にはもっと酷い。
より強い兵を作り出すための実験材料になっている、というのが正しい。だから母体としてと言うよりは、モルモットとして扱われているようなものだ。当然そんなに大事にはされていない。
だからこそ僕が一人奮闘しているわけだ。人として。
とはいえ相手がいなければ始まらない。今日のところは僕の得意分野はお休み。
そして今は別の仕事をさせられている。それは――。
ドォンッという音と共に、まな板の上で肉が輪切りになった。
ブッチャーとしての正当な仕事。それは肉屋の仕事だ。
比喩ではない。本当に肉屋の仕事をしている。
なんともシュールな光景だけど、僕は今、エイリアンの街中にある精肉店の奥で肉の切り分けをやっている。こういう仕事もあるんだ。
服装はなんと戦闘スタイル。ブッチャーバッグを被り、〈ブッチャーエプロン〉も掛けている。
ブッチャーエプロンとは、ひ弱そうな名前だけど、実際は防弾防刃の前掛けだ。
このエプロン、なんと正面でしっかり受け止めれば対戦車ロケットにも耐え得る超性能。ブッチャーは裸の上にこのエプロンを着けるのが正装となっている。先日の外回りでも僕はこれを着けていた。
なぜこんな、“びんぼっちゃま”みたいな間抜けな格好をさせるのかは不明だけど、なにか深い理由があるに違いない。
僕の予想だと、ブッチャーに完全武装させてしまうと、暴走した時にエイリアン達も小さくない被害を
そんなエプロン姿の上に紙袋を被っていれば、まぁ、気味の悪い巨漢が店の奥で肉を切り分けている程度にしか見えない、のだろう……たぶん。
――牛もも肉一キロ。ホルモン二キロ。豚肩ロース二キロ。
制御装置から流れてくるそんな指示を聞きながら、次々と肉を切り分けていく。
ちゃんとホルモンを処理する時は道具も作業場も分ける。僕はプロだ。肉屋の仕事だって手を抜いたりはしない。
ちなみにこの肉、牛豚鳥はさることながら、人間の肉もある。主に男の捕虜は最後にこうなる。女の肉は脂っこくて駄目みたい。ミンチにして男女合い挽きにするとそれなりに売れるみたいだけど、あまり売れ筋ではない。
僕の作業場からは店先が見えている。仕事の合間に観察していると、いろんな見た目のエイリアンが肉を買っていくのが見えた。
その姿は多種多様。例のファンタジー風味もいれば、本格的にわけの分からない姿形の連中もいた。ああいうのって、スパゲッティモンスターっていうんだっけ?
こうして観察してみると、エイリアンとはいえ、生活様式はあまり人間と変わらないということが分かる。通貨もあるみたいだ。
彼らは男も女も、人間よりも
そんな中に僕のような醜い
ところで、彼らエイリアンは宇宙から来た――わけではない。
当初そう考えられていたのでエイリアンと呼ばれていたのだけど、実際はゲートと呼ばれる〈異界門〉を通って地球と行き来しているんだ。この事実は人間側も随分と昔に把握していたものの、一度広まった誤解を解くのは難しく、いまでも慣習としてエイリアンと呼ばれている。正式には〈異邦民〉だ。
まぁ見た目に応じて、個別にファンタジーチックに呼ばれているのはそのとおり。
ちなみにこの精肉店の店主は、僕の感覚だと……ミノタウロスだ。
牛が牛の肉売っちゃってるよ……。
でもそんなミノタウロス店長。案外良い奴でびっくりする。
彼は僕に無理をさせないし、きちんと時刻通りご飯を食べさせ、しょっちゅう
たまーに、
ブッチャーの攻撃性を刺激する危険な行為だけど、調理してあるからか、そんなに
このバイト、超絶ホワイト。これと比べれば、人間側の斥候として働いていた頃の僕の仕事なんてブラックもブラック。ピッチブラックだ。
時々、店長は威勢良く話しかけてきて、多分笑っているのだろうけど、なんだかよく分からない草っぽいのを差し入れてくる。なにこの草? 草生えるって? とにかくそんな友好的な雰囲気だ。
「○※△〆§■ー、☆☆&+! ★〒★〒★〒★〒!」
何言ってるのか、さっぱりだけど。
いつでも陽気な店長。好き。ブモーッという声が特に。
復讐を誓うブッチャーは、こうしてミノタウロス店長にあっさり餌付けされていたのだった。チャンチャン。
今日も僕は日が落ちた頃に、店長に引き連れられて店を出た。
帰路に見たエイリアンの街は、僕にとって馴染み深い光景だった。
この街は、元は人間の要塞都市で〈フォート89〉と呼ばれていた。僕が正式に所属したフォート88のお隣さんだ。
円形の高い壁で囲まれ、要塞化されていて、内部に人の街がある構造だ。エイリアン達はそれをそのままに占拠して、一部改造しつつ利用しているみたいだった。
本当に、彼らエイリアンは何をしに地球に来たんだろう。
僕の見える範囲の街は平和で、侵略者っていう感じではない。
彼らには彼らの事情があるのだろう。それは僕も人間として戦っている時に考えたことがある。
まぁとはいえ、問答無用で地球を侵略してくる時点で、相当に乱暴な連中なのは間違いない。
……いや、人間だって同じようなものか。侵略と虐殺は人類史のページをちょっとめくれば山ほど出てくる。人類は文句を言える立場じゃない。
でももう、何もかも、どうでもいい。
いずれ、この街も全部踏み潰す。
エイリアンの男は命乞いするのだろうか。
女は、どんな風に
僕はそんな昏い情念を腹の底に収め、ミノタウロス店長にひらひら手を振られながら、いつもの施設の入り口をくぐった。