『ちょっとジェヴォーダン、聞いてよ!』
バーンと音がして、振り返った僕の手を取ったリディアは、ご立腹だ。
相変わらずノー・ノックで開かれた扉。でも今日の僕は護衛らしく窓の外を眺めていた。プロですので。一方のアビゲイルはベッドの上でゴロゴロ。
この異世界ミフォーシスに来たフェリスの用事というのは、ようやく分かったそうなんだけど、ふたつあるらしい。
ひとつは
どうやらこの街の裏にある火山は、何やら儀式的な山であるらしく、その山腹に湧き出る水で身を清めるのだそうだ。魔法的なアレだと思われる。アレ。
僕も護衛として都度、山を登らされるから、この目的はすぐに知れた。
リディアが激おこぷんぷん丸の理由は、ふたつ目だ。
フェリスはこの街に来るたびに、お見合いパーティーに出席するらしい。
お見合いと言っても、結婚前提の重たいやつではなくて、どちらかというとフェリスのお気に召す男子を探す会。つまり、ちょっと恋してみませんか? みたいな軽いノリではあるそうだ。
これまでも、ここに来るたびにそういったお見合いがあったものの、フェリスは、にべも無く断っているらしい。花より団子なお年頃。だから今回もそうなると、付き添いの使用人が食ってかかるリディアに笑っていた。
でもフェリス・ディープ・ラブのリディアとしては、先日フェリスから積極的に求められたのがよほど嬉しかったようで、せっかくこれからだ! という時になんなんだと。邪魔すんなよ、てめぇらと。そういう水を差された心持ちのご様子。
それで僕のところに愚痴に来たと。二日連続で。やることがなくてちょっと暇らしい。
『ねぇねぇ、アビーも聞いてってば~~』
『なになに、またなの?』
リディアのアビゲイルへの敵対心は消え去っていた。
根が良い子なんだ。アビゲイルもアビゲイルで、リディアの恋バナは面白いようで、たった数日で二人は和解した。今ではこんな感じだ。アビー。
もちろん二人の心理的な壁をぶち破ったのは僕――の息子。肉欲の宴の翌日から、フェリスを含めてきゃっきゃ、きゃっきゃと三人揃って
『会場ごと、ぶち壊そう』
リディアが物騒なことを言った。
『そんなことしなくても、フェリちゃんは何も起こらないって言ってたでしょう?』
『万が一があるもん。ねぇ、ジェヴォーダン。お見合い相手をさ……全員食べちゃってよ』
リディアがまたしても物騒なことを言った。
『いいよ』
食べていいなら食べちゃうよ。
『……やっぱ駄目。ああ~~ん、っも~~!』
頭を抱えたリディア。
ブッチャーにこの手のジョークは通じないと、彼女も理解してきたようだ。
『フェリちゃんの相手って、どんな人なの?』
アビゲイルは、フェリスのことをちゃん付けだ。
ここ数日、彼女によるフェリスの可愛がりっぷりには目を見張るものがあった。隙あらば頭を撫で、暇があれば後ろから抱きしめて耳の裏をスースー吸引。オキシトシンを大量生産。昼寝中に尻尾をクンクン、フサァ……。
こんなことをして、リディアと喧嘩になるのでは? という僕の心配は
リディアはアビゲイルがフェリスの魅力を理解した事にご満悦。
リディアは、ひょっとするとオタク気質なのかも知れない。
好きなものを共有する同好の士には、どんどん与えていくタイプ。ただし男ども、てめぇらは駄目だ。そういうスタンスだ。フェリスを孕まされたくないらしい。子供には勝てないから。ちなみに僕はブッチャーでリディアのマブダチ枠なので大丈夫。
『相手はたぶん、魔導系のスカした野郎だよ。魔導頼りの連中はみんなエリート気取りの高飛車で嫌い。男なら腕っ節で勝負しろよなー』
『ああー……わかるかも』
『アビーも分かる~~⁉』
『ええ。私の前に付き合ってた男もね――』
アビゲイルの元カレとか凄く気になる話題だけど、僕の視線は窓の外。
このホテルの庭は広く、芝生に覆われた手の込んだ造りだ。
その中央噴水のてっぺんに、一匹の蝶が止まっている。
銀色の羽を持つ、大きくて立派な蝶だ。
ちょうど良い。
『――それじゃあ、こっそり様子を見に行こう。お見合いは今晩だね?』
『え? ……うんうん、そうそう。いいね!』
ぐっと親指を立てたリディア。
僕がこそっと目配せすると、アビゲイルが頷いた。
『――私もフェリちゃんのお見合い見てみたいなぁ~~……ねぇリディア、一緒行っちゃ駄目?』
『ん? んー、駄目じゃないけど……』
さすがにちょっと迷ったようだ。戦争捕虜だからね。
『アビゲイルもずっと部屋の中だと身体をおかしくするし、首輪がついてるから大丈夫だよ。僕が見てる』
『――そうかな。そっか。じゃあ、いいんじゃない?』
僕のひと押しで、同意は取れた。
『へへ……なんか、覗きってテンション上がる』
リディアが呑気なことを言っていた。
◇◆◇
お見合い会場は、ホテルからは少し離れた庭園のような場所で
まさかとは思うけど、お花好きのフェリスのために装飾されていたりとか?
狐一族は異次元の金持ちだ。
多対多のパーティー形式であるらしく、中央広場では着飾ったエイリアンの男女が立食形式で談笑中。
フェリスがいた。Aラインのカラードレスを着て、複数人の男に囲まれている。着飾っていてお姫様みたいだ。
『ロリコンどもめ……っ!』
リディアが自分のことを棚に上げて奥歯をギリギリ言わせていた。なお、歳はリディアとフェリスは同じで18歳だそうだ。びっくり。フェリスの未発達さに。あと、それでロリコン扱いはさすがに男達が可哀想。
そんなお喋りをしながら、お見合い会場から少し離れた位置で
リディアとアビゲイルは二人とも僕の肩の上に乗って、古風な感じで、両手に繁った木の枝を掲げて身を隠している。でも、下で僕がぬぼーっと突っ立っているからほとんど意味が無い。なお、僕は両肩に美女のお尻の感触がありがたい。
『どんな男たちなの?』
そんな役割分担だから、僕には会場が見えていない。気になって肩の上のアビゲイルに視線を投げて聞いた。すると彼女は足を組み、僕の紙袋に肘を乗せ、優雅に頬杖をついた。
『んん~……なんか、全員性格悪そう』
『でしょでしょ⁉』
『今話している相手は、何も言わずに、半年とか平気で家を空けそう』
『そうそう! 私なら毎朝毎晩、たっぷり可愛がるのに!』
『さっき話していた男は、
『ほらねー⁉ わっるいやつだよ! 私なら街中公開羞恥SMなのにッ‼』
どんなやつなの? 凄く興味をそそる。
フェリスは特定の相手を作ったりせず、満遍なくお話しといった様子みたいだ。アビゲイルの実況を聞く感じだと完全に社交モードっぽい。
フェリス、超絶美少女であるリディアですらも、攻めあぐねていたほどの奥手だからね。並の相手じゃ振り向いてももらえなそう。彼女の性の目覚めを待ってたら、いったいいつになる事やら。
――いや、フェリスの性の目覚めは近い。
先日の宴の最後、フェリスの積極性は凄かった。
ずーっとしゃぶってた。僕がそろそろと思って手でそっと肩を押しても、まるで目の前の餌に向かってぐーっと首を伸ばして抵抗する犬猫みたいに、咥えて離さなかった。最後にチュポンッって音が立つくらい吸い付いていた。
あれが狐一族の本性なんだ。変態狐女フェニキアと同じ変態の血を、フェリスもまたしっかりと受け継いでいる。ブッチャー印の認定状を進呈しよう。
リディアはその間ずっとトンでて、フェリスのド淫乱シーンは見てないからまだ知らなそう。よかったねリディア。僕の予想だと、数年後は逆に君が調教されてると思うよ。
パーティはつつがなく進行し、ダンスタイムになった。
『ぐぎぎぎぎぎ』
リディアが歯を食いしばって眉間にしわを寄せた。頭からモヤモヤした殺気すら漏れている。僕は見えてないけど、ラッキースケベでフェリスの尻尾を触った男がいたらしい。「ひゃん!」っていう高い声だけは僕も聞こえた。あの声、尻尾を不意に触られると出るみたい。僕も知ってるんだ。何度もそれで遊んだから。
『あれ、絶対わざとよ。白々しいわね』
『よし、ジェヴォーダン。あいつは食べちゃおう。事故に見せかければ大丈夫。この辺りの森で魔獣に食い殺されるのは日常茶飯事だから。私が誘惑して森に誘い出せば簡単簡単』
リディアが物騒なことを言った直後、地面に微振動を感じた。
思い当たった僕が、二人を地上に降ろす。
きょとんとするリディア。
『――どうしたの、急に?』
『リディア、アビゲイルを連れて離れて』
僕がそう言ってブッチャーナイフを背中から抜いた。
リディアの顔に緊張の色が浮かぶ。
『魔獣がこんな近くに……?』
『いや』
僕は振り返りざまに、ブッチャーナイフで森の闇を切り裂いた。
数本の木がまとめて刈り取られ、ぽっかりと空いた森の
ガチガチと、二本の赤い牙をかみ合わせ、僕を威嚇しながら、ぞろりと現れたのは巨大なムカデだ。
とてつもなく大きい。僕の
「◇○、●□§〒△◎‼」
チラリと後ろに視線を投げると、リディアがアビゲイルを引っ張ってパーティー会場に駆け込んでいく姿が見えた。
しっかし……大きくなっちゃって。
溜息をついた僕の目の前で、怪物ムカデが鎌首をもたげた。