※この作品はR-18です。

屠殺鬼   作:赤だし滑子

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追憶の向こう

 これは――ッ⁉

 

 無意識の内に膝を突き、両手で頭を押さえていた。

 

 耳を聾(ろう)する尋常ならざる爆音が、僕の両耳をワンワンと殴りつけている。周囲の音が何も聞こえない。

 

 眼球がひっくり返りそうな激痛が、僕の脳をぎゅうぎゅうと締め付ける。

 

 視界が深紅に染まっていく。

 

「――自爆――が起――たのよ‼」

 

 轟音の奥からアビゲイルの声が届いた。

 

 強張った首に運動を強(し)いて、顔を上げる。

 

 アビゲイルがリディアの腕を掴んで詰め寄っていた。

 

 僕の隣では、フェリスが大声を上げて僕の肩に手を添えていた。

 

 ――そうか。

 

 アビゲイルがやったのか。

 

 徐々に苦痛に慣れてきて、僕の思考がわずかに回復した。

 

「ブッチャーは死にかけると自爆するように出来ているの! さっきの戦いで、ジェヴォーダンの身体に蓄積されたダメージが、自爆装置が起動する閾値(しきいち)を超えてしまったのよ‼」

 

 嘘だ。

 

 僕の戦いの終わりを見届けたアビゲイルが、制御端末を使って僕の自爆装置を起動したんだ。

 

 自爆装置の起動手順は判明していた。

 

 簡単な話、今まで僕が奪って拠点に集積した荷物の中にラッシャーの荷物も混じっており、そこにマニュアルに近いものが入っていたらしい。彼女はそれを読み込んで勉強済みだった。

 

 ただし鍵としてパスワードに近い秘密の呪文が必要だった。それはその時点では判明していなかった。

 

 自爆シーケンスの起動に必要な呪文は、タイターニアが耳打ちで教えてくれたんだ。なぜ彼女がそれを知っていたのかは分からないけど、虫くん達を使ったんだろう。

 

 とはいえだ、アビゲイルに僕の自爆ボタンを押せるような情報を渡す段階となった時、当然、僕は迷った。

 

 必要な作戦とはいえ、そんな圧倒的な支配権を彼女に与えることは、まったく認められない。

 

 でも僕はそれを許した。

 

 魔女の呪文にかけられたんだと思う――。

 

 ――なるほど。

 

 自爆装置が起動すると、同時にブッチャーを制圧するために、こんな激痛が走るようになっていたのか。数分間のタイムラグがあるのは経験上知ってたけど、これは想定外だ。だから自爆処理されるブッチャーはみんな大人しく膝を突くのか……。

 

 脳に直接流し込まれてくる痛酷の嵐。

 

 僕は演技でもなんでも無く、両手を突いて崩れ落ちた。

 

「●#■▲◇★、◇〆※〆! §▽□〒※○※▲〓⁉」

 

「私があなたたちの道具を解析する仕事をしていたって、言ったでしょう⁉ だからブッチャーの仕組みだって知ってるのよ‼」

 

 狼狽(うろた)えるリディアも、厳しい剣幕のアビゲイルも、どっちも声がうわずっている。二人とも、テレパスで会話する時に声出す必要ないのに……相当焦ってるな。ふふふ……。

 

 あぁ、やばい……これはマジで意識が飛びそう……。

 

 脳の中に風船を入れてガスを注入されているような膨張感が、激烈な悪心(おしん)となって押し寄せてくる。

 

 ふと苦(にが)みを感じた。

 

 僕の舌が、だらりと口からこぼれ落ちて泥を舐めていた。

 

「ジボダン‼ ジボダン‼」

 

 フェリスの泣き声が心地よい。身体が温かいのは、君の回復魔法だね?

 

 フェリス、なんでこんな醜い化け物相手にそこまでできるのさ……。

 

 いいよ。フェリスとリディアは、僕が自由になっても殺さないであげる。

 

 二流のプロは仲間を犠牲にしてミッションを優先させるけど、一流のプロは仲間を欠かさずにミッションを遂行するんだ。

 

 アビゲイルもタイターニアもフェリスもリディアも生かして、他を殺せばいいんだ。なに、簡単なことさ。僕ならできる。

 

 僕はたたき上げのプロなんだから。

 

 っていうか、ほんとに、このままだと、自爆前に死ぬかも……気持ちわる……。

 

「――リディア、あなたならできるのよ! テレパスでジェヴォーダンの声を再生しながら、あの側頭部の装置を引き抜けばいいの‼」

 

「〓●△〓▽○▼#★▽……ッ‼」

 

 リディアの顔に、塗炭(とたん)の苦しみが浮いていた。

 

 多分だけど、ブッチャーの制御装置を外すなんていう危険行為は、下手をすると重罪なんじゃないかな。核兵器の安全装置外すのと同じくらいヤバい行為だと思う。

 

「なんとかして、お願い! 私達、今あの昆虫に襲われたらひとたまりもないのよッ⁉ それにジェヴォーダンが死んだら私、処分されちゃう! 別のブッチャーに食べられてなんて死にたくない! お願いよ、リディア‼」

 

 アビゲイルの演技だけど、一部に本音が混じってるから、それが迫真の演技に昇華されている。彼女の表情には深い恐怖と焦りの色が浮いていた。

 

 ――ッ⁉ ぐああああああああっ……、また痛みが……‼

 

 僕はいつしか倒れ込んでいた。

 

 フェリスが僕の頭を抱えて泣き叫んでいる。

 

「リディア! ジボダン〓〆□※〆☆▲▽○‼」

 

 温かい滴(しずく)が僕の頬を叩いた。

 

 周囲から徐々に狭まっていく霞(かす)んだ視界の向こうから、僕に駆け寄ってくる影。

 

『――ジェヴォーダン、何でもいいから喋って! 君を助けるから、何かを喋り続けてってば‼ 早く早くッ‼』

 

 なにか……なにかって、なにさ……。

 

 何か……。

 

 僕は……僕は生まれてから一度も親の顔を見たことがない。

 

 小汚い娼館の隅で生まれたらしい。

 

 直後に道ばたに捨てられて、一度も親の乳を口にすることもなく、飢えと凍えで死ぬ。そんな運命だった僕を拾って逃げた奇特な人がいた。名前は思い出せないけど。その人が僕を孤児院に入れた。

 

 孤児院は地獄だった。

 

 孤児院なんて名前ばかりで、実態は補助金目当ての劣悪な収容所。そこでは子供達はお役所に見せるためのポイントに過ぎない。一人預かると何ポイント。

 

 まともな食事もなく、僕の幼少時代は如何にして食料をかすめ取るか、という一点に絞られていた。

 

 子供時代はもっと悲惨だ。多少労働が出来るようになると、すぐに使い捨ての人足(にんそく)役として戦場に放り込まれた。

 

 荷物運びのかたわら、時に毒味役、時に囮(おとり)役、時に釣り餌役。男の子も女の子も関係なく夜には慰みもの。僕らの命は一発の銃弾よりも安かった。

 

 僕はそんな日々を生き抜いた。

 

 生きたかったわけじゃない。本能に生かされていたんだ。もし自由に考える脳があったら、とっくの昔に自決していた。

 

 そうしてようやく物心がついた僕は、僕を連れていた部隊が最前線で壊滅した混乱に乗じて逃げ出した。

 

 生き残る術も知らない子供が、何の準備も無しに森に飛び込んで生き残れる道理なんてなかったはずだった。

 

 でも僕はその時に拾われた。奇跡だった。たまたま森で任務に当たっていた、その後、僕の育ての親でもあり、師匠にもなる人に拾われたんだ。

 

 ……まてよ。

 

 記憶の隅に引っかかる何かがある。

 

 なんだろうか。僕の消えかかった記憶を辿っていくと、薄いベールに覆われて、そこに一人の人物が浮かび上がる。

 

 育ての親の顔はもう思い出せない。

 

 でももう一人。僕の走馬灯に立ちふさがる人物がいる。

 

 誰だろう。

 

 それは、僕が獣のような幼少時代を送る中で、ずっと僕の隣にいた、誰か。

 

 男かも女かも分からないズタボロのその子供は、いつも泥だらけの髪の毛の奥に、不思議な色の瞳を光らせて僕を見つめていた。

 

 お腹をすかせた僕は、いつも彼女の瞳が美味しそうに見えていた。まるでヘーゼルナッツのような、蜂蜜のように綺麗に艶めく美味しそうな目が、僕を背にして去って行く――。

 

 鮮烈な光が脳裏に閃いた。

 

 全身の凍(こご)えが収まってくると共に、視界がじんわりと回復してくる。

 

 現れたのは僕を覗き込む女性の顔。

 

『ジェヴォーダン、聞こえる? 聞こえたら返事して』

 

 リディアだ。

 

『ジボダン、返事して……』

 

 泣きべそをかいたフェリス。その隣で、不安げなリディアが五寸釘を太くしたような血まみれの棒を手にしている。

 

 それは赤く明滅していて――。

 

 僕はリディアが持っていたそれを引っ掴んで奪い取ると、身体を跳ね起こし、腹の下に抱え込むようにして覆い被さった。

 

 直後にズンッ……という一拍の振動が、僕の巨漢と地面を揺らした。

 

 ゆっくりと立ち上がる。

 

 腹の下には粉々に砕けた残骸が散らばっていた。

 

 ツツツーッと、側頭部から頬に掛けて汗が垂れていくような、こそばゆい感覚があった。

 

 ……ペロリ。

 

 脳漿(のうしょう)の味だ。美味しい。

 

 そのまま舌を伸ばして、側頭部を舐める。

 

 穴が開いている。

 

 そこにあったはずの突起物は、なくなっていた。

 

 鎖は解(と)かれた。

 

 感情の爆発が僕のみぞおちを突き上げ、熱気に炙られた全身の血潮(ちしお)がふつふつ、ぷちぷちと音を立てて弾けた。

 

 一匹の屠殺鬼(ブッチャー)が哮(たけ)り立つ。

 

 野獣の叫喚(きょうかん)が大地を揺らし、夜空を駆け巡った。

 

 上空に漂う闇黒(くらやみ)が、星明かりを押しのけて僕の解放を祝福してくれていた――。

 

「ジボダン!」

 

 ふと、足下の声に気がついた。視線を夜空から下ろす。

 

 フェリスが手を上に伸ばして、ぴょんぴょん跳ねていた。

 

 どうしたの? 狐の本能かな?

 

『ジェヴォーダン、座ってってば! フェリスが治すから……早くそれ閉じないとヤバいよ。すっごい深くまで刺さってたんだからさ』

 

 なるほど。確かに。

 

 僕が大人しくその場に胡座(あぐら)をかくと、すぐに頭に温かな感覚がきた。

 

 フェリスが僕の頭の穴を閉じてくれている間、アビゲイルを見た。

 

 彼女は憔悴(しょうすい)しきった様子で、へたり込んでいる。

 

 目が合った。

 

 綺麗な榛(はしばみ)色の瞳。

 

『もういいよ。痛くない? ジボダン』

 

 僕はフェリスの涙の跡をペロリと舐めた。

 

『……もう大丈夫。なにがあったの、リディア?』

 

 しれっと、リディアに聞いてみる。

 

『さっきの、タイタンズとの戦いで、君の頭にあった自爆装置が暴走しかけたんだって。それで、私がその装置を外したの。平気? どっか調子悪いところない? なんか凄く重要そうな装置だったんだけど……』

 

『平気。とても気分が良いよ』

 

 だって、忌々しい鎖が外れたんだもの。

 

 絶望的なミッションから生還した朝の、ふわふわした感じがする。

 

『そっか、よかったぁ~~』

 

 リディアが僕に抱きついてきた。

 

『フェリスもありがとう。ずっと癒してくれていたね』

 

『ううん。リディアがいなかったら、私何もできなかったから……ふぁ!』

 

 またペロリとフェリスの顔を舐めてあげる。ひと晩中、全身くまなく舐めしゃぶってあげたいくらい。ついでにリディアもペロペロ。

 

『ん……ふふふ……お礼ならさ、アビゲイルにも言ってあげてよ。私が何が起こってるのか分からなくてオロオロしてたら、アビゲイルが走ってきて、すぐにどうしたら良いのか教えてくれたんだ。その装置を外せって言ったのもアビゲイル。いやぁ、彼女、思ったよりも全然すごいね! 亜人って言っても馬鹿にできないなぁ』

 

 そう。アビゲイルは如才(じょさい)ない女だ。

 

 アビゲイルがリディアの肩に手を乗せた。

 

『もう、平気なのね……ジェヴォーダン?』

 

『君のおかげだ、アビゲイル』

 

『――だからさ、アビーのこと、帰ったら優しくしてあげてね!』

 

 リディアが笑顔で言った。

 

 もちろん。これ以上ないくらいに優しくするとも。

 

 帰ったらもう僕を止められる奴はいない。

 

 アビゲイルも、タイターニアも連れて僕は出て行く。

 

 フェリスとリディアにはお礼がしたいけど、ちょっとそんな時間はなさそうだ。フェイムバウムを潰す前に、必ず何か恩返しをするからね。

 

 それが終わったら、エイリアンどもには、僕をこんな姿にして、永きに渡って魂の尊厳を踏みにじった罰を受けてもらう。

 

『二人とも、帰ろう。ここは危ない』

 

『そうだね、またあいつら襲ってきたら大変だよ』

 

 リディアとフェリスがコクコクと頷いた。

 

 帰ろう。

 

 帰れば、アビゲイルの首輪が外れる。

 

 それでお終(しま)いだ。

 

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