※この作品はR-18です。

屠殺鬼   作:赤だし滑子

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屠殺鬼の王

 タイターニアを片手で抱きかかえ、堂々と施設を歩いて行く。

 

 外へ向かう扉は全て吹き飛んでいた。施設の中はそこら中に破片が散らばっていて、火の手も上がり始めている。

 

 その混乱の渦に、ひと筋の道が見える。

 

 タイターニアが指し示す道だ。

 

 途中、あーだこーだ言うエイリアンは全て切り飛ばした。

 

 邪魔だ。どけ。僕らの門出(かどで)を邪魔する奴らは全員引き裂くぞ。

 

 施設の外に出ると、重装備のエイリアンが一匹、僕の前に立ちふさがった。

 

 真っ青に輝く巨大なグレートソードを構えた、全身甲冑トロールだ。

 

 しかし僕は前触れもなく踏み込んで、腕を振り下ろす。

 

 それを防ごうと剣を合わせたトロールの甲冑と肉が、骨ごと一刀両断となった。間に割り込ませた豪華なグレートソードも、まとめて切り口滑らかに真っ二つだ。

 

 〈切り苛む爪(ジャギュレイター)〉――この残虐な爪は、あらゆる肉と金属を切り裂く。意思に応じて伸ばすこともできる。

 

 こんな力、知らないだろう?

 

 愚かなエイリアンどもめッ!

 

 僕はただの醜いブッチャーではないッッ‼

 

 夜空に上がった、汚濁の遠吠え。

 

 声を出すのをやめられない。身体が熱い。

 

 何かを(わめ)き散らしていないと、頭がどうにかなりそうだった。

 

 進む。街の門へ。外に向かって。

 

 その歩みに合わせて、絶え間なく凄絶な雄叫びが街に響き渡った。

 

 引き千切るような、押し潰すような、名状(めいじょう)しがたい怒号だ。

 

 そんな声に誘われたのか、次々と武装したエイリアンが出てくる。

 

 雑兵(ぞうひょう)ごときが……僕を止められるものか。

 

 爪で切り飛ばし、舌で(しぼ)り上げ、集団を腐らせて、僕はその血肉と体液の道を踏みにじって行進する。

 

 いつの間にか、アビゲイルの姿は見えなくなっていた。

 

 これでいい。

 

 僕らの契約は果たされた。

 

 結局こうなる運命なんだ。

 

 僕と一緒にいる限り解放なんてない。

 

 僕の魂は殺戮に彩られ、鮮やかな死に囚われている。

 

 アビゲイルは行けばいい。

 

 地の果てまで逃げろ。そこにきっと君の未来がある。

 

 僕は――今から、目につく全生命体を食らい尽くす!

 

 僕と世界の対決だ!

 

 これはどちらかが死ぬまで終わらないッ‼

 

 この修羅に付き従うには、君はあまりに(まぶ)しい――。

 

 タイターニアを抱えて進む僕の前に、立ちふさがる戦士がいる。

 

 油断ならないオーラを背負ったミノタウロス……店長か。

 

 珍しい、巨大な斧を持っているぞ。

 

 店長がブモーッと何かを言っている。ここは精肉店の前だった。

 

 僕は怒声で答えた。

 

 険しい顔つきで仁王立ちとなる店長。

 

 退()け。僕は店長が好きだ。だからその斧を下ろして退くんだ。

 

 店長が斧を携えて前に出た。

 

 ちがう……そうじゃない!

 

 瞬時に舌で斧を奪い取り、逆に店長に振り下ろす。

 

 ガスンッ……と音が散った。

 

 斧は店長の脇の地面を断った。

 

 巻き起こる衝撃の中で、店長は瞬きひとつせず僕を見続けていた。

 

 じゃあね。

 

 草を握り締めていた店長を残し、進んだ。店長は追いかけてこなかった。

 

 街の門が見えてきた。

 

 直後、四方八方から飛び掛かってくる影――待ち伏せだ。

 

 閃く白刃。飛来する火炎。

 

 瞬時に僕の全身が張り詰める。ほとんど同時に、僕を中心に何処からともなくどす黒い瘴気(しょうき)が立ち篭めた。

 

 その領域に飛び込んできた人影が、たちまち力なく崩れ落ちて動かなくなる。

 

 炎や雷までもが、その瘴気に触れて霧散(むさん)した。

 

 〈衰弱する瘴気(ウィザーリング・ミアズマ)〉――僕がまとう汚らわしい空気の中では生命(いのち)も、魔法さえも、あらゆる力がその輝きを失う。

 

 動けなくなった獲物を、一匹一匹、アリを指で潰すように始末していく。

 

 すると突如、地面から(にび)色の(いばら)が伸びてきた。それは僕の足、腕、首に巻き付いて動きをたちまち拘束する。多少力を込めてもびくともしない頑丈な(つた)だ。

 

 魔法か……この瘴気を突き抜けてくるほどの力――。

 

 視線をさ迷わせると、見知った顔を見つけた。

 

 エルフ娘ティリエル。

 

 豪奢(ごうしゃ)錫杖(しゃくじょう)を掲げた彼女の瞳が妖しく輝いていた。

 

 そうか……あの子、こんなに強い魔法を使えたのか。僕を前に何もできなかった君のお兄さんより、ずっと優秀だね。あいつはもう食べちゃったけど。

 

 僕が蔦を破ろうと力を込めた。

 

 筋肉が膨らんで硬直する。

 

 その瞬間を狙った、狡猾(こうかつ)な一撃が飛んできた。

 

 僕の心臓を狙って正確に伸びる一条の光――ドラゴンお嬢様のアーシェラ。

 

 先日の一騎打ちの時よりも(はる)かに鋭い突き。本気だ。

 

 ならば、僕も本気を出そう――ッ!

 

 ドッ……と鈍い衝撃が僕の身体を揺らした。

 

 険しく見開かれた竜の目に、驚きと怖れが混然となって浮いた。

 

 彼女の槍、レクセルは僕のエプロンを切ったところで止まっていた。

 

 僕の身体はカビを思わせる暗緑色に変色し、表面にはネオンに輝く脈動が浮いていた。

 

 〈不浄な肉体(テインテッド・フレッシュ)〉――この呪われた肉は、戦車の徹甲弾でも砕けない。

 

 僕が茨の中で身じろぎすると、アーシェラは弾かれたように後退した。

 

 良い反応だ。瘴気の中に長く留まれば、彼女は僕の前で無防備に跪くところだった。

 

 僕を拘束する茨の蔦は、びくともしない。凄まじい術の力だティリエル。

 

 でも……ナメめるなよっ‼

 

 僕が筋肉を張り詰めさせると、ブチブチと鈍色の蔦が引き千切られていく。

 

 すぐに僕の拘束は解けた。

 

 ブッチャーは阿呆だ。奴らはその肉体の一割も使いこなせていない。

 

 でも僕が操るブッチャーは、その獣の膂力を全開にして運用できる。エイリアンどもの常識をはるかに上回る、まさに桁外れのパワーだ。

 

 術が破られる様子を前に、戦慄するティリエル。

 

 硬直する彼女をアーシェラが抱きかかえて飛び立ち、月の中に消えていった。

 

 勘が鋭い。彼女が戦闘のエリートだっていうのは、本当のようだ。僕の見たところ、実戦でこそ輝くタイプだ。ぜひ部下に欲しいが――。

 

 背後に殺気を感じた。

 

 振り返ってみると、道の先から隊列を組んで迫り来るエイリアンの軍団が。

 

 わざわざ集団でくるとは……馬鹿め。

 

 パカッと音を立てて歯茎剥き出しの口を開く。

 

 大きく息を吸い込む。

 

 炭火に酸素を送り込んだように、丹田にひそむ憤怒の炎が火勢を増した。

 

 腹の底に渦巻く赫々(かくかく)たる殺意を篭めた咆吼を、前方に向けて叩き付ける。

 

 何もかも地の底に引きずり込むかのごとき重低音が街を飲み込んだ。

 

 微細振動する景色の中で、集まってきた多くの兵士達が耳を塞ぎ、戦意を喪失して膝を突いた。

 

 そして間もなく、彼らの身体から火の手が上がった。

 

 それだけではない。咆吼に巻き込まれた広範囲に渡る街の建造物全てが、一斉に自然発火した。

 

 一変して視界を埋め尽くした劫火(ごうか)の中、やがて街がその形を崩し始める。

 

 残されたのはドロドロと沸き立つ赤銅色の泉の数々と、真っ赤に焼ける熾火(おきび)と化した更地。

 

 その上で、逃げる間もなく火だるまになったエイリアンどもが悲鳴を上げ、真夏のアスファルトに出た愚かなミミズのように、のたうち回っていた。

 

 〈燎原の火(シアーリング・ヒート)〉――怨嗟(えんさ)の咆吼に飲まれた空間の温度を急上昇させ、広範囲を焦土に変える。如何なる遮蔽(しゃへい)物をも無視してすべてを焼き尽くす、暴虐(ぼうぎゃく)たる焼夷(しょうい)

 

 (さか)巻く炎が夜空に吹き上がる。

 

 紅蓮(ぐれん)に揺らめく街。

 

 燃え盛る陽炎(かげろう)を背負い、門に向けて一歩を踏み出す。

 

 その歩みに大地が恐れをなして震えた。

 

 ……思い知ったか、下郎(げろう)どもめ。

 

 ひれ伏せ!

 

 僕とタイターニアの(みち)を開けよ!

 

 貴様らが今、()の当たりにしているのは獣の中の獣ぞ‼

 

 僕は身の毛もよだつ邪婬(じゃいん)

 

 僕は輝きを食らう餓狼(がろう)

 

 復讐者にして調停者!

 

 (おそ)れよ……(ぬか)ずき仰ぎ見よッ‼

 

 この生命(いのち)の失敗作をッ!

 

 この異形(いぎょう)の完成形をッ!

 

 我 が 名 は ジ ェ ヴ ォ ー ダ ン‼

 

 (ほろ)(まが)屠殺鬼(とさつき)どもの王なり――――ッ‼

 

 ――けたたましく夜空を轟き渡る、この世の物とは思えぬ(おぞ)ましき吼号(こうごう)

 

 ――畏怖(いふ)すべき獣の目覚めが(しるし)に、いと高き星々さえもが震撼した。

 

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