※この作品はR-18です。

屠殺鬼   作:赤だし滑子

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交錯した視線

 タイターニアを抱える腕に、とてつもない重みを感じた。

 

 (あらが)えずに膝を突く。

 

 ゾッとして彼女を見た。

 

 タイターニアは綺麗な顔で眠ったまま。

 

 僕の身体だけが、その重量を増しているようだった。

 

 見回すと、僕を中心に青白い光のサークルが何重にも描かれていた。

 

 魔法か? 詳しい事は不明だけど、魔方陣というやつかも知れない。

 

 重い――腕も足も上がらない。身動きがとれない。

 

 眼球だけで周囲を窺う。

 

 離れた場所に、何人かのエイリアンが立ち、両手を突き出していた。その中に、フェリスの姉フェニキアの姿もあった。複数人がかりの大規模な魔法か。

 

 僕の前方、あとほんのわずかの距離にあった街の門の方角から、悪魔将校ダンタリオンが、何かを語りかけながら歩み寄ってきた。

 

 その手には禍々しいオーラを放射する剣が握られている。

 

 なるほど……この魔法で拘束して、僕を仕留めるのは君か、ダンタリオン。

 

 先ほどのティリエルとアーシェラは時間稼ぎだったわけだ。

 

 ……。

 

 ふ、ふふ……。

 

 あっははははははははははははははははッ‼

 

 愚かッ!

 

 こんな拘束、僕なら()けるぞ‼

 

 貴様ら、未だに僕のことを、ちょっと強い屠殺鬼(ブッチャー)だと思っているな?

 

 違う。

 

 僕はジェヴォーダンだ。

 

 一瞬だ。

 

 一瞬だけ魔法の拘束を解いて、その一刹那(いちせつな)でダンタリオンを殺す。

 

 僕には分かる。あの剣と、僕の〈切り苛む爪(ジャギュレイター)〉は互角だ。

 

 なら、両手と体術が使える僕が勝る。抱きついて〈滅却(イモレイト)〉してやってもいい。

 

 (ちり)にしてやる。

 

 お前達が守り切れなかったあの子のように。

 

 ダンタリオンが死ねば、間違いなく魔法使いどもは怯む。

 

 集中を乱せば僕の勝ちだ。あとは力でぶち破ってやる。

 

 お前ら、全員、鏖殺(みなごろし)だ。

 

 タイターニア、ここを僕らの披露宴会場にしよう。

 

 見てよ。ご馳走でいっぱいだ。

 

 全部(たい)らげてから、ハネムーンに出よう。

 

 しばらく二人でゆっくりしたい。

 

 二人だけでゆっくりしよう。

 

 ……。

 

 そうだ、近づいてこい。

 

 もうすぐだ……。

 

 あと三歩。

 

 二歩。

 

「ジボダン‼」

 

 フェニキアの後ろから飛び込んでくる小さな人影――。

 

 邪魔だ子狐……踏み潰すぞッ‼

 

 制止しようとしたダンタリオンの手を、まさに狐のごとき軽妙な身のこなしで掻い潜って、フェリスが僕の眼前に滑り込んできた。

 

 即座に僕の顔に手を当てて覗き込んでくる。

 

 僕の喉から凶暴な唸り声が転がり出した。

 

 フェニキアが大声で何か言っているが、術を使っているからか、その場から動けないようだ。

 

 僕の殺気が膨らんだことに気付いたのか、ダンタリオンの足が止まった。彼は剣を構えたまま、しかしフェリスが邪魔で身動きが取れない。

 

 慮外(りょがい)に訪れた拮抗と、静寂。

 

 ……紹介するよ、フェリス。タイターニアだ。綺麗な女性でしょう?

 

 この(ひと)が僕の伴侶なんだ。

 

 僕がタイターニアを持つ力を緩めると、彼女は土の上にドサリと落ちた。

 

 どこからともなく聞こえ場に満ちる鬼哭(きこく)とも言うべき嘆き。

 

 フェリスは僕の前で膝を突き、タイターニアの顔を優しく撫でた。

 

 次いで僕を見上げた彼女の頬が濡れていた。

 

 僕も泣きたいよ。

 

 でも僕の胸に満ちているのは哀しみじゃない……殺意と、食欲だッ‼

 

 ほら、今も! 君の無垢な慈愛を前にして湧いてくるのは性欲だけ。涙に火照った君のうら若い身体を凌辱したくて、したくて我慢できないッ‼ フェリスを犯して、殺して、骨までしゃぶり尽くしたいッ‼

 

 僕が人間だって?

 

 馬鹿な……こんな人間がいてたまるか……。

 

 生き物ですらない。

 

 僕は下劣だ‼

 

 魂までもが醜悪‼

 

 僕をここで仕留めなければ、世界に垂らされた僕という一滴の猛毒が、水面の上に落ちた絵の具のように凄まじい速度で広がって、世界はあっという間に壊死してしまう……。

 

 もう誰か殺してくれ。

 

 ……。

 

 ……そうだ。それで良い、フェリス。そのままだ。

 

 君がそこにいれば“僕が”動けない。

 

 君は今、僕の中で力強く回り始めようとしていた破滅の暴力歯車に、確実に(くさび)を打ち込んでいる。

 

 すぐにダンタリオンもその事態に気付く。

 

 それで終わりだ。

 

 僕は(むな)しい。

 

 最期は、タイターニアを見ながら消えたい。

 

 この世に神が存在するならば、彼女がそうに違いない。

 

 僕だけの女神様――――。

 

「□◇▽〒○★★△〒……」

 

 フェリスの片手が僕の顔を撫で、もう一方の手がタイターニアの顔に触れた。

 

 直後、光に包まれる。

 

 明転する視界。

 

 ……死? 

 

 ……。

 

 ……いや、これは、以前にも感じた。

 

 温もりだ。

 

 ……。

 

 ――光が終息した。

 

 僕の隣に女性が立っている。

 

 全裸だ。

 

 衣服なんて必要ない。あまりに流麗な肢体。

 

 (しり)まで垂れた美しい“黒髪”。

 

 その頭部からは立派な巻き角が二本。

 

 息を飲む美貌。

 

 すっきりと伸びた鼻筋。

 

 繊細な唇の奥に生え揃った、艶めく白い歯。

 

 紫紺の双眸。

 

 強い意志を湛えた金色(こんじき)の眼光。

 

 ――女神様……。

 

 女神は怜悧(れいり)な目つきでひっそりとなった周囲を睥睨(へいげい)していた。

 

 ひらひらと、彼女の肩に銀色の蝶が舞い降りた。

 

 その鱗粉(りんぷん)に触れた流れるような黒髪が、一部分だけ銀色に輝いては波打つ様子が幻想的で美しかった。

 

 やがて女神は跪き、優しく笑みを浮かべ、(こうべ)を垂れる僕の頬にキスをした。

 

 ギンッと目の光を強めた彼女が叫ぶ。

 

 瞬間、巨大な街の門が()ぜた。

 

 崩れ落ちる壁。

 

 なだれ込んでくる巨影ども。

 

 巨大なムカデを先頭に、蜘蛛、カマキリ、甲虫、サソリ。上空にはハチやトンボを初めとする恐怖の羽虫たち――。

 

 黒光りする(おお)いなる甲殻(こうかく)の津波が、フェイムバウムの街に浸透してきた。

 

 ふっと身体が軽くなった。

 

 混乱で術が解けたんだ。

 

 立ち上がる。

 

 タイターニアが僕の胸に身体を寄せ付けてきた。

 

 彼女の香りと温もりを感じる。

 

 それを片腕で(しか)と抱き留めた。

 

 既に周囲は乱戦となっていた。

 

 チラリと下を見ると、フェリスが茫然となって周囲をキョロキョロ。

 

 タイターニアは手当たりしだいに殺すつもりだ。最前線で放置はまずい。

 

 とりあえず、フェリスを抱きかかえて保護した直後、僕の身体が浮いた。

 

 五号君だ。巨大ムカデに器用に持ち上げられて、そのまま別の巨大な蜘蛛の背に乗せられる。

 

 悍ましい巨大昆虫の侵食を(さかのぼ)って街の外に向かう僕ら。

 

 その時、ふと、視線を感じた。

 

 ぼろを被った人影と目が合った。

 

 遠く、路地の影から僕を見る眼差し。

 

 その人影は僕と目を合わせ、パチパチと目を(しばたた)かせると、影に溶けた。

 

 暴力の嵐の中で明滅した(はしばみ)色の光。

 

 意味は、また会える、だ。

 

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