タイターニアを抱える腕に、とてつもない重みを感じた。
ゾッとして彼女を見た。
タイターニアは綺麗な顔で眠ったまま。
僕の身体だけが、その重量を増しているようだった。
見回すと、僕を中心に青白い光のサークルが何重にも描かれていた。
魔法か? 詳しい事は不明だけど、魔方陣というやつかも知れない。
重い――腕も足も上がらない。身動きがとれない。
眼球だけで周囲を窺う。
離れた場所に、何人かのエイリアンが立ち、両手を突き出していた。その中に、フェリスの姉フェニキアの姿もあった。複数人がかりの大規模な魔法か。
僕の前方、あとほんのわずかの距離にあった街の門の方角から、悪魔将校ダンタリオンが、何かを語りかけながら歩み寄ってきた。
その手には禍々しいオーラを放射する剣が握られている。
なるほど……この魔法で拘束して、僕を仕留めるのは君か、ダンタリオン。
先ほどのティリエルとアーシェラは時間稼ぎだったわけだ。
……。
ふ、ふふ……。
あっははははははははははははははははッ‼
愚かッ!
こんな拘束、僕なら
貴様ら、未だに僕のことを、ちょっと強い
違う。
僕はジェヴォーダンだ。
一瞬だ。
一瞬だけ魔法の拘束を解いて、その
僕には分かる。あの剣と、僕の〈
なら、両手と体術が使える僕が勝る。抱きついて〈
お前達が守り切れなかったあの子のように。
ダンタリオンが死ねば、間違いなく魔法使いどもは怯む。
集中を乱せば僕の勝ちだ。あとは力でぶち破ってやる。
お前ら、全員、
タイターニア、ここを僕らの披露宴会場にしよう。
見てよ。ご馳走でいっぱいだ。
全部
しばらく二人でゆっくりしたい。
二人だけでゆっくりしよう。
……。
そうだ、近づいてこい。
もうすぐだ……。
あと三歩。
二歩。
「ジボダン‼」
フェニキアの後ろから飛び込んでくる小さな人影――。
邪魔だ子狐……踏み潰すぞッ‼
制止しようとしたダンタリオンの手を、まさに狐のごとき軽妙な身のこなしで掻い潜って、フェリスが僕の眼前に滑り込んできた。
即座に僕の顔に手を当てて覗き込んでくる。
僕の喉から凶暴な唸り声が転がり出した。
フェニキアが大声で何か言っているが、術を使っているからか、その場から動けないようだ。
僕の殺気が膨らんだことに気付いたのか、ダンタリオンの足が止まった。彼は剣を構えたまま、しかしフェリスが邪魔で身動きが取れない。
……紹介するよ、フェリス。タイターニアだ。綺麗な女性でしょう?
この
僕がタイターニアを持つ力を緩めると、彼女は土の上にドサリと落ちた。
どこからともなく聞こえ場に満ちる
フェリスは僕の前で膝を突き、タイターニアの顔を優しく撫でた。
次いで僕を見上げた彼女の頬が濡れていた。
僕も泣きたいよ。
でも僕の胸に満ちているのは哀しみじゃない……殺意と、食欲だッ‼
ほら、今も! 君の無垢な慈愛を前にして湧いてくるのは性欲だけ。涙に火照った君のうら若い身体を凌辱したくて、したくて我慢できないッ‼ フェリスを犯して、殺して、骨までしゃぶり尽くしたいッ‼
僕が人間だって?
馬鹿な……こんな人間がいてたまるか……。
生き物ですらない。
僕は下劣だ‼
魂までもが醜悪‼
僕をここで仕留めなければ、世界に垂らされた僕という一滴の猛毒が、水面の上に落ちた絵の具のように凄まじい速度で広がって、世界はあっという間に壊死してしまう……。
もう誰か殺してくれ。
……。
……そうだ。それで良い、フェリス。そのままだ。
君がそこにいれば“僕が”動けない。
君は今、僕の中で力強く回り始めようとしていた破滅の暴力歯車に、確実に
すぐにダンタリオンもその事態に気付く。
それで終わりだ。
僕は
最期は、タイターニアを見ながら消えたい。
この世に神が存在するならば、彼女がそうに違いない。
僕だけの女神様――――。
「□◇▽〒○★★△〒……」
フェリスの片手が僕の顔を撫で、もう一方の手がタイターニアの顔に触れた。
直後、光に包まれる。
明転する視界。
……死?
……。
……いや、これは、以前にも感じた。
温もりだ。
……。
――光が終息した。
僕の隣に女性が立っている。
全裸だ。
衣服なんて必要ない。あまりに流麗な肢体。
その頭部からは立派な巻き角が二本。
息を飲む美貌。
すっきりと伸びた鼻筋。
繊細な唇の奥に生え揃った、艶めく白い歯。
紫紺の双眸。
強い意志を湛えた
――女神様……。
女神は
ひらひらと、彼女の肩に銀色の蝶が舞い降りた。
その
やがて女神は跪き、優しく笑みを浮かべ、
ギンッと目の光を強めた彼女が叫ぶ。
瞬間、巨大な街の門が
崩れ落ちる壁。
なだれ込んでくる巨影ども。
巨大なムカデを先頭に、蜘蛛、カマキリ、甲虫、サソリ。上空にはハチやトンボを初めとする恐怖の羽虫たち――。
黒光りする
ふっと身体が軽くなった。
混乱で術が解けたんだ。
立ち上がる。
タイターニアが僕の胸に身体を寄せ付けてきた。
彼女の香りと温もりを感じる。
それを片腕で
既に周囲は乱戦となっていた。
チラリと下を見ると、フェリスが茫然となって周囲をキョロキョロ。
タイターニアは手当たりしだいに殺すつもりだ。最前線で放置はまずい。
とりあえず、フェリスを抱きかかえて保護した直後、僕の身体が浮いた。
五号君だ。巨大ムカデに器用に持ち上げられて、そのまま別の巨大な蜘蛛の背に乗せられる。
悍ましい巨大昆虫の侵食を
その時、ふと、視線を感じた。
ぼろを被った人影と目が合った。
遠く、路地の影から僕を見る眼差し。
その人影は僕と目を合わせ、パチパチと目を
暴力の嵐の中で明滅した
意味は、また会える、だ。