剣を振り、こびりついた緑色の血肉を振り払う。今回の仕事は交易路に現れた魔物六体の駆除で、穏性が二、攻性が四。こいつらは馬一頭と商人の稼ぎ半日ぶんの損失を産み出したが、今は全てが色とりどりの断面を晒して絶命している。
私含めクラン員十二人の大所帯で向かったが、今回は『ハズレ』のようだ。
ギルドには『内一体に強い危険性あり、銀級では対処困難』、と言われたから“葦と楔”が腰をあげたのに。五メートルほどのカマキリがちょっと速くて多少鋭い鎌を持ってるだけだった。
「魔法を使うまでもなかったなー……」
「アーサさんの魔法じゃ、だいたいの魔物って死にませんか」
「いや、そっちもそうなんだけど。防御魔法をね。この前の模擬戦で試した風力と砂を使ったやり方を実践したかったから、もっと攻めっ気のあるヤツならよかったんだけどな」
「……あのデカブツの連続攻撃を見切って躱せるのは、金級でも貴女くらいですよ?」
そうだけどね。今回の戦闘指揮役である銀級のケルレンスくんに死骸の後処理を任せる。
結局私がカマキリを三十九分割している間に、ケルレンス指揮下銅級冒険者八名で攻性三体の撃破は終わっている。残りの穏性もじきに、今終わった。
残りのふたりは何もしてないように見えるけと、実は銀級だ。バックアップ要員ってヤツね。こういう人員の割り振りとか、私の苦手とするところなので今回はケルレンスくんが居てくれて助かった。もちろん他の銅級のみんなや、銀級の二人もね。
「というわけで助かったよ! ごくろうさんオルカ」
「それを言うのはこちらこそです。大物退治お見事でした、アーサどの!」
「それからペケルカも! キミは火吹きのトドメを刺した時に、手を炙られてたけど。火傷の具合はどうかな?」
「えっ……はい。大丈夫ですわ、すみません、お気にかけていただいて……」
「アーサちゃん! 俺も怪我しちゃった!」
「はいはい、オランくんは自己治癒魔法が得意だからって矢鱈と突撃しちゃダメでしょ」
「ちょっと! わたくしがアーサ様と話していますのよ」
普通極まりない三メートル台の攻性魔物でも複数人がかりで、それも無傷といかない。銅級の実力はこんなもんだ。
今回の依頼はもちろん治安維持あるけど、金級の冒険者の戦い方と、複数戦での指揮を見せる意味合いもある(ちなみにケルレンスくんは指揮ができるからやってみせただけで、彼はメイスで岩を砕き光線魔法で魔物を焼き切れるれっきとした銀級である)。一番下位である鉄級から上がりたて、ようやく一人前として認められた銅級の彼らに、リーダー足りうる銀級への道筋を示しておくのだ。
なお金級になれとは言わない。私は私含む金級がおかしいことは理解している。金級冒険者アーサの代名詞、魔法と剣と足捌きをごちゃ混ぜにした戦い方を見せられなかったのは不満だが。
「賑やかなのは良いことですが、解体後の魔物素材搬入はみんな手伝ってくださいね」
「……すみませーん」
ちょっとほのぼのお話ししてようと思ったんだけど。
一応は部下のはずのケルレンスくんに叱られてしまった恥ずかしさを隠すように、いっしょに魔物の残骸を回収していく。彼はその器用万能さを活かし、瞬く間に銀級に上り詰めたのだ。
……魔物解体も速いなぁ。
種ごとに全てが異なる魔物の死骸が、有用な素材になるのか魔ゴミになるのか。これは工房や素材処理場とかで見てもらってからの判断になるので、とりあえず全部位を荷台に載せていく。
ちなみにほとんどの魔物は、魔物駆除を生業としていない民間人でも駆除できてしまう。多くの魔物は追い立てても逃げないし、大人一人なら刃物を二、三叩きつけたらだいたい死ぬ。浅知恵の工夫や罠でもほとんどの攻性魔物も十分攻略できてしまうのだ。火を吐くなら水辺に誘き寄せたり、顎で噛むなら丸太を噛ませたり。
しかしギルドは、魔物発見時は安全のため即座に避難してギルドまたは衛兵に通報すべし、と主張している。個体ごとの対応を間違えたり、単純に強すぎる魔物に襲われれば、被害が出ることもあるからだ。
ところが民間人による駆除は減らない。ギルドに依頼して許可を受けた冒険者の派遣を待つより、自分たちで倒してしまう方が楽だしお金にもなる。そうすると無謀な敵と分からず挑んで、被害に遭う人は定期的に出てしまう。駆除系冒険者としてはやめてほしい。
……こういう魔物の死骸でも安全とは限らないので、やはり民間の駆除は避けてほしいのだが。何処にでも買うヤツは居るし、たまに素人目にすら『逸品』と呼べる素材が出てきてしまうので、こればっかりは無くならないと思う。魔物の死骸はハズレよりアタリの方が多いのだ。
それに、多くの人類が魔物を見かけ次第、駆除しようとする今の状況は決して悪いものではない。すべての魔物は、長く居座れば環境を乱すし、攻性穏性問わず倒されるべきである。
放置してしまえば、人類が対処できなくなる恐れがある魔物は、過去に幾度も報告されてきた。
何もしなくても育ち続けたという“グローワーム”や、無限増殖の“ペリべイコース”。
そうした危険な性質を持つ『大魔物』は、後世に情報として残すための名前が付けられ、ギルドの資料館に記録される。魔物の対処法を、決して失うことのないように。
例えばつい二月前に“赤の蓮華”が倒した大魔物“ミュートラングス”は、一・二メートルという小型魔物でありながら、ワシ型魔物の群れを呼び寄せ、小規模な町ひとつを滅ぼしかけた。このような魔物を呼びよせる大魔物は比較的現れやすく、ギルドや市も頻繁に注意喚起している。
さっきは死骸も危ないとは言ったが、基本的に魔物は倒せば無害なのだ。倒せないより、倒せるならそれに越したことはない。
でもやっぱり、危ない魔物は冒険者に任せてほしい。戦いに慣れていない人たちに、被害が出ないに越したことはないのだ。悩ましい問題である。
ちなみに私が倒したカマキリこと四足立位二尾四碗攻性魔物は「グラススライサー」と命名、ギルドによって大魔物として認定された。
アレそんなに強くないし厄介でもないと思うんだけどな、私。
***
突然だが自己紹介をしよう。
私の名前はアーサ・エレグベッド。ニュダイオン王国のテレトイ市という城塞都市を拠点とする“葦と楔”クランの団員だ。
私の出身は郊外にぽつんと建っている、貧しい孤児院だった。親の顔も、生まれがどこなのかも知らない。十一のころ、現状に我慢ならなくなった私はかんしゃくをおこし、ひとりテレトイ市を訪れた。そんな身寄りのない私がテレトイ市に入れたのは、道中で魔物を殴り殺すところを、クラン長に拾われたからだ。そのまま“葦と楔”に居着いた私はとんとん拍子に実績と昇格を積み重ねて、二年で銀級にまでたどり着いた。
子供の頃はガキのくせにババアみたいな髪色と揶揄われたこともあった私の銀髪(当時は手入れも疎かで、ボサボサで燻んでいた仕方ない)も、その頃には、有名少女冒険者アーサの代名詞になっていた。
成長期を迎え、女性らしい手入れを受けた銀髪は贔屓目に見ても綺麗だ。小さい子に触らせてあげると喜んでくれる。素行の悪いやつは、視界に銀髪が映るとオドオドしてしまうらしい。
強く可愛く産んでくれたお母さんには感謝しなきゃね。私は顔立ちも美人なのである。お母さんもそうだったのかな。あるいは、お父さんか。
“葦と楔”には素晴らしい仲間たちが沢山いて、彼らの支援のおかげで幼い女子でも冒険者をやれていた。このクランに出会わなかったら私はどうなっていただろう。こんなに快調な出世は出来なかっただろうし、よくない輩に目をつけられていたかもしれない。
そういう意味では私の運が良かったというべきか、クラン長の原石を見抜く目が良かったというべきか。
ちなみに金級とは、ギルドが認定する最高位のランク付けだ。そして私はつい一年前、十六で金級になった。これは最年少記録だし、銀から金まで三年は歴代二位の昇格ペースらしい。
つまり今の私は、めちゃくちゃ強い。これは自惚れではない。銀級相応の魔物との戦いを繰り返しながら剣と魔法の腕を磨いた結果、剣でひと撫ですれば大体の魔物は倒せちゃうのだ。魔法ならひとふきと言った具合である。
金級の一人、銀髪の魔法剣士、“葦と楔”の若くも美しいエース。……こういう呼ばれ方は、ちょっとだけ照れくさいけど。
それが、私。魔物を殺して生きる冒険者、アーサだ。
***
魔物と戦う日々を過ごしていると、ふと、目の前の魔物を超えて、この世界における『魔物』という概念に想いを馳せることがある。
不思議そのもの。生命もどき。自然の敵。摂理の冒涜者。私の食い扶持。この世の謎。
普段私たちの目に映る魔物は、小さいやつでも大体一メートルを超す。大きいやつは、一軒家ほどの巨体を持つこともある。基本的には人より大きい二から三メートルサイズで出現するので、多くの冒険者は大型の武器を使う。私の愛剣も、自分の身長より少し短いほどの、細身の長剣だ。
魔物の姿形はまちまちで、翼があったり、頭がなかったり、尻尾があったり、手足がなかったり。火を吹いたり、風のように空を飛んだり、岩肌を魚のように泳いだり、能力も様々だ。
ほとんどの魔物は穏性で、我々人間が襲い掛かっても反応が無い。攻撃してこない魔物は、反撃してくることもない。逆に、向こうから積極的に襲い掛かってくる個体は、攻性魔物と呼ばれる。
基本的に、同じ種類の魔物は現れないとされている。似ていても、必ずどこかが、生物の多様性では説明がつかない部分が、あるいはまだ我々の技術力では説明できない部分が違うというのだ。
体液の色や成分。関節の構造。弱点の位置。牙の形状。扱う魔法。あるいは、攻性か穏性かも違う。
一個一種、生態系を築くこともない。成長も寿命もない。自然の摂理の外側にいる、生物を外れたナニか。
同じ魔物が長く居座る土地では、作物が育たなくなったり、家畜が繁殖しなくなる。ひどい時には土壌の根本的な質から植生、天候まで変化するらしい。
そうした害的側面があるので、たまに人間の生活区域に食い込んできた魔物は、積極的に駆除されている。
御伽話で語られるような、特段人間に対しての侵略意識があるわけではない。明確な知性があるわけでもない。
この世の異物であることは間違いなく、人類にとっては倒すべき相手。
あるいは、有意な素材をもたらす獲物。
それが、魔物だ。
***
私は普段からギルドの資料館で、昔の大魔物の記録を調べたり、最近確認された驚異的な魔物の情報を調べている。
いくつかの、古い研究結果が載っている論文を見た記憶がある。それは今や、私たちの常識となっていることだ。
基本的に魔物は、通常の動物や植物とは異なり、生殖しない。
『産まれる』という工程を挟まず、ある時突然どこかに出現する。
時には空中で。時には地面から。街の往来で。あらゆる生物的機能を無視した形状と能力を持って出現する。
各地域の過去の駆除データや魔物出現観測の結果は、王城の学者がまとめて、各市のギルドに共有されている。
どれだけ魔物を倒しても、死骸を活用しようとしなかろうと、あるいは放置しようが──
『魔物は偏りなく無作為に現れ続けている』ということが、知られている。
だから。
地下。奥深く。唸る熱の中。この世界の中心から。
地盤が蠢動する肉で書き換わっていく。呑み込むように、沁み出していく。
世界を一手で滅ぼす大魔物が現れていて。とっくの昔に手遅れになっていたなんて。
この頃はまだ、誰も想像できていなかったんだ。
***
……わたし、眠っていたのか。また、意識が飛んでいた。
思い出していたのは、なんてことない、日常の光景。
そして今日も日常を、繰り返す。
あれ。
記憶が、朧気だ。
「お……。おぐっ」
顎を限界まで開いて、目の前の触手を二本纏めて呑み込む。自分の意思で。それぞれ小指ほどの細さしかないが、喉奥を擦る感触についえづく。
食道から逸れ、気道に侵入した末端部から、生暖かいガスが噴出されるのを感じ取る。肺から迸る激痛。反射で体がのけぞろうとするが、他の触手が幾本も上体に巻きついているので身動きはできない。それに呼吸が出来なくて痛くて死にかけているだけだ。
ずりずりと、長くて鮮やかなピンク色をした触手が引き抜かれる。咄嗟に空気を求め、むせかえる。さっきから涙が止まらない。
「げほっ。けっ……かっ……はっ……はーっ……」
口から伝った粘液を拭くこともしない。今のガスが何かはわからないが、きっとナニか素晴らしい変化が起こったのだろう。それは私にとって致命的で。
致命的というのはどういうことだろうか? 別に死んでも生きても、
顔の穴という穴から汁気を垂れ流し、至って正気の眼差しで目の前の光景を眺める。夥しい数の触手が広がり、自分の体に次々と纏わりついてくる、異常な光景を。異常か。
赤っぽい色味をしていること以外、濃淡も細さも太さも硬さも熱も湿り気もまちまちな肉線が、わたしの周囲を這い回る。
クランのみんなが送ってくれた防具を、頑丈そうな顎を構えた触手が千切りとる。手が自由なのだから、いつでも抜き放き放てた筈の剣が、ベルトごと奪い取られる。
クランの女性陣が選んでくれたお気に入りの下着の下でねっとりとした触手が暴れ回れば、ズタボロの生地が巻き取られていく。
健康的なわたしの肌は色白ながら血色がいい。だけど今は、爆発するような心臓が、全身を真っ赤に染め上げている。あるいは、身体中に赤みを帯びた肉帯が巻き付いてるからそう見えるだけなのかな。
品のない男連中がいい体だとヤジを飛ばしてくる度に、お母さん譲りのキレイな体だと胸を張って追い返してきた、わたしの自慢の躰が。乱暴者がいやらしい手で迫ってきても、自分の剣と拳、クランやギルドのみんなが守ってくれた自分の尊厳が。十七歳の、わたしのカタチが。穢されていく。
いつからか、視界は鮮やかな赤で埋め尽くされていた。糸のような触手の群れがのたうち回り、べりべりべり、と。
火照らせた肌を、乳房を、手のひらを、お腹を、背筋を。
お尻を、耳を、舌を、陰部を、眼球を駆け巡っていく。
あまりの不快感と、強烈すぎる据えた臭い。身体中に浸透する快痛が、ふと。
わたしを正気に戻した。
「あああああああああああああああああああああ……」
いや、わたしは正気だ。だっておかしなことはない。ほ、んとうに。あれ? 何か、が。だって。
「ぶぁっあ゛あ゛あ゛あ゛っ!? い゛やっぎいあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
どうしてわたし? は、叫んで、い。るの、かな。
コピペミスとかめっちゃ怖いですね。