自室から身を乗り出す。
今は、なるべく他の人たちの顔を見たくない。迷彩魔法を使って自分の存在を隠しつつ、人通りの少ないルートを通っていく。
フランさんの部屋の扉は閉まっていた。内側に人の気配は感じないけど、鍵を開けて確認してしまおう。
「【解錠】。おじゃましまーす」
こっそり部屋の中に入る。生活感を感じないわけではないが、乾き切った酒瓶や、仕舞われた彼女の得物が本人の不在を強調させる。
昨日、いや一昨日倒れてから帰ってきてないのか。
ふと、机の上に小さな紙が置いてあることに気づく。
「『プロコールより』……? なんで、先生がここに?」
中身はそれだけ。要件も仕掛けもない、ただの紙切れだ。
「……先生を訪ねよう」
やはり、避けては通れないか。倒れた彼女の後を確実に知っているのは介抱したプロコール先生だけだけど、私は彼女のことも避けようとしていた。
まずはフランさんに、一番信頼できる四人にだけ会えるなら、それでいいと。
「ふぅ……」
重い足を動かし、また移動する。
ため息とともに医務室の扉を開ければ、にこやかに医者が振り返り、声をかけてくる。
「どうしたんですか、アーサさん。思い詰めた顔をしていますが」
「……」
躊躇う。聞いていいのか、悪いのか。
どちらからなら、切り出しやすいのか。
「先生……の……」
「うん? ………………」
「……診察した、フランさん、は……」
「ああ、倒れた後。あの後すぐ復活して、自室で呑み直すって言って戻りましたよ」
「───」
嘘、だ。フランさんが、呑み途中の酒瓶の中身を乾かすなんてことがあるはずない。だから、彼女は長らく部屋に戻っていない。
震える手で、懐から紙切れを見せる。
「じゃあ、これは」
名前の書かれたソレを見て、先生は諦めたように息を吐いた。
「その紙をもってきたということは、フランさんの部屋の鍵を開けて侵入したということでしょう。……そのときが来たら全てを話すと、ペトリファイさんたちと決めてありました」
「先生、どうして……」
「思ったより早かったですね、アーサさん。──受け入れる、覚悟をしてください」
「──」
背筋を、一本の汗が伝う。
気配がする。最悪なことが起きる、前触れ。
「アーサさん」
「は、はい」
「これから見たこと、聞いたことは、決して誰にも言わないと……そして、逃げ出さないと、誓えますか」
「………………わかりました、約束します」
先生が深く呼吸する。覚悟をするように、躊躇うように。
あるいは、泣き出しそうな顔をしている。
「フランさんは、おそらくもう、意識を取り戻すことはありません」
「…………え?」
「あの日倒れたのは、脳の奇病を患ったためです」
「な、なにが。そんな、だって先生、だ、大丈夫だって」
「すみません。嘘をつきました。私では、彼女を治すことができません。あなたや、クランの他の仲間のために、秘密を隠す必要がありました」
「ぁ………………?」
ぐらぐらと、視界が揺れる。
恐怖で、肌から汗が吹き出す。
フランさんが、そんなことに?
「な、なんで」
「詳しく説明すると、長くなりますが──」
先天的な脳の欠陥。
発症後の、言語の喪失。意識の明滅。
まもなく、植物状態に。
それから、彼女の特異な産まれについても。
「血鬼。と、エルフ……」
「どちらも神話的存在ですが、実在します。彼女の肉体はその血筋が混ざったことで、とても不可解な物性を示していました」
「体を自在に血液に作りかえられる、魔物……それと、永い時を生き、自然と調和する異種族」
「伝承にも詳しいですね。とはいえ彼らは魔物や異種族ではありません。親から形質を遺伝させて子供を産む、れっきとした人間です」
不老不死の噂が人を狂わせてきた歴史には限りがない。
食えば死なずを得ると云う魔物を喰らった村人が全滅したり、不死者だと難癖をつけられて罪のない人々が拷問されたり、不老の秘密を握っているとされた、ただの神秘信仰者たちの集落が滅ぼされたり。
「フランさんも、そうした迫害から逃げてきたんだとしたら……
「アーサさん?」
「…………いえ。大丈夫です。続きを、お願いします」
プロコール先生が立ち上がる。
「……その前に、まずは、彼女に会っておきますか?」
「──いえ、大丈夫、です。わかってます、から。話してください──
「…………強いですね、アーサさんは」
***
昼食もとらず、残りの三人にも顔を合わせず、自室のベッドに突っ伏す。
思い返す。フランさんのこれからの話。
奥の病室で、お別れを告げたこと。
フランさんは綺麗な顔をしたまま、ベットに横たわっていた。
それは、ただ眠っているように見えた。浅く微かに、胸が上下していたから。
でも、私が何度呼びかけても、魔法を使ってみても。彼女は身じろぎひとつしないし、意思を見せない。
最初から無駄だってわかっていた先生が、泣きじゃくる私を引き剥がすまで、何度も、何度も。
今は涙も精魂も枯れ果てて、ただうわごとのように呟くことしか出来なかった。
「……不死を狙う勢力はたくさんある。彼らが老いることも、目覚めることもない彼女の体を見つければ、きっと辱める。ギルドや市すらも、この件では信用はできない。だから……」
彼女は、安楽死させられる。
私が彼女の不審に気づくまで、それを引き伸ばしにしていたらしい。
死体は、誰にも見つからないように処分される。彼女自身も、消息不明ということにするそうだ。
……詳しい手順や作戦は聞かされなかった。手伝うと言っても、やんわりと断られた。
……プロコール先生を、信じるべきなのか、迷った。
密偵により明らかにされた彼女の罪は、
医師として認められぬ身分のまま、違法な医療行為を行い、患者として引き入れた若者をどこかに隠し、そのうちの大勢を死なせたという、とても残忍な行い。
どんな動機があったのだろう。
どうして今は、まっとうな医者として暮らしているんだろう。
気になる。気になったけど。
私は、
──かつてがどうあれ、今まで私は彼女を信頼してきた。
そして今日も、彼女は医者として、そしてクランの仲間の尊厳のために、やるべきことをやると言った。
……彼女がかつて本当に罪を犯していたとしても、今のプロコール先生をもう一度信じてみようと思ったのだ。
だから触れない。プロコール先生が、自ら私に打ち明けてくれるその時まで。
私は、今の仲間たちをもう一度信じてみたい。
なんて、カッコつけたばっかりだったんだけどな。
「ん──〜〜……むふ──ッッ……」
さっそくまた、ムラムラしてきた。ダメすぎる、私。
じくじくと股間から快楽が染み出し始める。
モジモジと太ももを擦り合わせそうになるけど、気合いで抑える。
──今だ。きっと、今動かないと、もう二度と踏み出せない。
「ふ、んっ! もう、構うもんか」
バネのようにベッドから跳ね飛び、床に着地する。
改めて装備を確認する。冒険者らしい金属の鎧、革と厚い布の装束はガッチリと私の肌を覆い隠している。
今日はまだ髪を結っていなかった。髪を纏めて左に寄せ、何度か結んでから質素な髪紐で縛り付ける。
姿見の前で軽く頭を振ると、頭の横で銀髪の房をゆらす少女が立っていた。
よし。
バァン!! と大きな音を立てて扉を叩き開ける。
隠密も何もなく大股で廊下にでると、通り道で数人のメンバーが目を丸くしてこちらを見つめていた。
──みんなに、ペトリファイに、グラナダに、ガルペズに。それからフランさんにも。聞きたいことは、沢山あるけど。
「おはようっ!! みんなっ!!」
「お、おはようアーサ……なんか、やたらと元気だな?」
普通に、返される。
彼らは、私が知る通り、これまでと何も変わっていない。
「ていうかもう昼だけど……これから仕事なの?」
「はいっ!! フ──ッッ!!! いってきます!!」
「お、おう」
引き気味に道を譲られ、ずんどこ突き進む。「今日はまた一段とアーサが変だぞ」だとか、しっつれいな陰口も今は無視だ。
ヤケクソになった私をみせてやる。勢いよく駆け抜け、クランハウスから出発する。
「───ははは、ッ♡♡」
───さっきからずっと、子宮がうずうずしてて、頭がおかしくなりそうだ。
***
今日はソロの駆除依頼だ。
依頼のあらましはこうだ。まず、テレトイ市からは離れた山奥にお住まいのお爺さんが山菜を採っていたところ、クマ型の攻性魔物に追いかけられてしまった。
仕事道具を落としてしまったお爺さんは麓の村の冒険者たちに駆除依頼を出したんだけど、彼らでは魔物の前に成す術もなく、逃げ帰ってきたらしい。
くだんの魔物の動き自体は緩慢で、飛び道具もないから逃げに徹すれば問題なかったそうだ。実際お爺さんでも逃げきれるくらいだし。
しかし大柄で力が強く、攻撃力が高いため、経験の浅い村の冒険者たちでは近寄れない。更に非常に頑丈な外殻を備えていて飛び道具や魔法を弾き、打つ手がなかったそうだ。
それから、ナワバリのように元の場所に居座っているらしく、近寄りさえしなければ被害は出そうにない。──ここまでが、村の冒険者たちによる報告である。
というわけで自分達には手に負えないと判断した冒険者達からテレトイ市に報告が行き、ギルドに依頼として張り出されるも、微妙な緊急性の薄さから放置されていたソレを、“葦と楔”が私に回してきた。
そんなわけで多少遅れても支障のない依頼だったので、個人都合で後送りにしていました。お爺さんごめんね。
前置きが長くなったけど、今私はナワバリとされるエリアに向かって、一人で山の森を登っていた。
───ぐじゅぐじゅと、水音が木々の間に吸い込まれていく。
「ふっ♡、はっ♡、ふっ♡」
ズボンは紐がほどかれ、ほとんどずり落ちかけている。辛うじて引っかかっているものの、黒のインナーショーツがはだけている。
緩めた腰のベルトでは長剣を支えていられないので、武器は右手で持っている。
左手はショーツの中に突っ込み、激しく抜き差ししている。
上半身の格好は普通だ。でも、金属や革に覆われて見えないだけで、ふっくらと乳首は勃っている。
「ん、んんっ♡♡ふっ、ふーぅ♡」
歩みは止めない。一歩一歩山の斜面を踏み締めながら、左手の三本指で膣肉を掻き回す。
私は、山を登りながら、自慰をしていた。
「キッ…………♡♡……くぅ……♡♡♡!!!」
危険な魔物が現れたとはいえ、ここはまだ人の生活圏内だ。誰かが来るかもしれない。
気配探知魔法で周囲に人がいないと分かっていても、何処かから見られているかもしれないというスリルが、興奮を増大させる。
インナーは汗を吸いやすい素材で、前面はぐっちょぐちょに濡れ、木漏れ日できらめいている。
通りがけに、じっとしているイノシシのような穏性魔物の首を両断し、殺す。
また一歩一歩、登り始める。
「あハハハっ、あはぁっ♡、はァン♡♡」
親指の腹でクリトリスを揉み潰せば、繰り返し激しく絶頂する。
快感に打ち震える膣の入り口を、小指で円を描くように優しくなぞって、余韻を引き延ばす。
……別に、私は本当に頭がおかしくなったわけじゃない。
いや、思考も行動も、間違いなくぶっトんじゃってるかな。
……これまで自分のことを、少しヘンでも、善人だと思っていた。
魔物を沢山倒して、力なき人々を守り、クランに貢献し、平和なテレトイ市で幸せに生きてきたから。それが、正しい、善い、普通の人間なのだと。
でも、信じてきた人達の秘密を知って、彼らを悪人と見做したまま、今の彼らと接することを選択してしまった。
親しい人との永遠の別れという悲しみの只中でさえ、ただ自分が気持ちよくなるために、愛欲に溺れることができてしまう。
それが私だというなら。
これが私の、ずっと顔を見せることのなかった
──私はやっぱり、いい子じゃいられないんだ。
快楽に身を委ねる。
自分を、解放してあげよう。
「ああっ♡、あああっ!! 私のナカも、魔物を殺すのも──」
淫蕩で心を融かし、善悪の境界を曖昧にする。
羞恥だけが規律を定め、私の外見を形作る。
「すっごく、気持ちいい──────♡♡♡」
恥じらいのタガを外したとき、私は自由だ─────。