※この作品はR-18です。

洗脳と触手、若き女性冒険者の苦難   作:笹にとろん

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18 触れたその先は(前編)

「…………」

 

 ゆらゆら、ゆらゆら。視界が揺れる。足も、手も、揺れている。

 街道を外れ、うっそうとした茂みを進み、見知らぬ洞窟を潜り抜け。

 

 真っ暗な闇の中で、魔物の軽やかな歩調だけが響く。

 

「……っ」

 

 不意に体が宙を舞い、地面と膝当てが音を奏でた。

 背後の、私を咥えてきた魔物の気配が遠ざかる。

 

 洞窟を抜けた先で、視界の左右は崖に挟まれ、頭上は薄暗い曇天が塞がれている。

 ふと、足元の灰色の岩肌に、亀裂が走る。

 

「────………………」

 

 真っ赤な、柔らかそうな臓物が、地中から、壁から、芽生える。

 何本も。這いまわり、根を張って、灰色を赤で埋め尽くす。

 

 ──────迷うことなく、私はそれらに向かって歩き出した────。

 

 ***

 

 

 ────。

 顎を限界まで開いて、目の前の触手を二本纏めて呑み込む。自分の意思で。それぞれ小指ほどの細さしかないが、喉奥を擦る感触についえづく────。

 ──────。

 

 視界は鮮やかな赤で埋め尽くされていた。糸のような触手の群れがのたうち回り、べりべりべり、と────。

 ──────────。

 

「ぶぁっあ゛あ゛あ゛あ゛っ!? い゛やっぎいあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」

 

 

 ────────────。

 ────。

 

 ………………………………。

 

 

 

 ***

 

 ぱち、と。無意識の切り替わり。

 

 

 ──ネコ型の魔物が跳びかかってくる。

 振りかぶられた前脚を、腰から引き抜いた直剣で弾、こうとして。

 

 手が、空を切る。……武器が、ない──? 

 

「──ぐぅっ!?!???」

「ぎ、ぎ、──」

 

 焦り、体を捻ってなんとか直撃は避ける。

 魔物の膂力でそのまま殴り飛ばされ、受け身も取れずに背中を打って悶絶する。痛みに、顔を顰める。

 

 ──魔物に打ち据えられた右腕が、赤く腫れ上がっている。

 

 何が起きたのか、わからない。さっきまで直剣を握っていたはずなのに。

 それに、今の打撃も、私がダメージを受けるような威力には見えなかった。

 まさか、どうして。──私の魔法が、解除されている。防御系、探知系、回復系、何もかも。

 

 

 ふと、気づく。

 ────周囲の光景が切(・)り(・)立(・)っ(・)た(・)岩(・)場(・)に(・)囲(・)ま(・)れ(・)た(・)、(・)崖(・)底(・)に(・)変(・)わ(・)っ(・)て(・)い(・)た(・)。

 

「──どこ、ここ」

 

 見覚えのない地形だ。視界の開けた草地の街道ではない。テレトイ市の近くにこんな地形があっただろうか。

 いつ、どうやって移動したんだろう? 思い出せない。 

 

 ……どうして? 

 私の戦闘着は、長袖のジャケットに厚手のズボン、急所と関節を守る軽鎧を組み合わせたものだ。

 ────服(・)を(・)着(・)て(・)い(・)て(・)、(・)上(・)腕(・)の(・)腫(・)れ(・)が(・)見(・)え(・)る(・)わ(・)け(・)が(・)な(・)い(・)。

 

 無意識に、目の前の魔物から目を逸らし、肩越しに振り返る。

 私の背後に、見たものは。

 

 

 赤。赤。蠢き、艶やかに鈍光を反射する、肉塊の草木。

 バラバラに引きちぎられ、粘液のしみ込んだ衣(・)服(・)。ジャケットも、ズボンも、下着も。

 留め具やベルトが引きちぎられた鎧が、粘液で光る直剣が、厚底の靴が、太い触腕にもてあそばれている。

 ──私がさ(・)っ(・)き(・)ま(・)で(・)身に着けていた装備の、無残な姿だった。

 

「は?? ──────え?」

 

 身を起こし、体を見下ろす。

 土交じりの粘(・)液(・)でどす黒い模様を描いた、素肌が見えた。

 

 ──────頭の先からつま先まで、生まれたままのを晒している。

 

 ……?? …………──???? 

 

「え? 、??????」

「──ぎししっ」

「! しまっ……」

 

 反応が遅れる。再び跳びかかって来た魔物に組み伏される。

 それぞれの脚の先には爪が生えていて、三本の脚で地面を掴み、残り三本の爪先が私の身体を掴む。ずしりと体重をかけられ、右肩、左腕、腹に爪が食い込む。鋭い痛みが突き破られた皮膚に走る。

 

「がっ……!?」

「ぎ、ぎ、ぎ」

「はな……れろ……っ。ぐ、なんで……!?」

 

 力を込めても魔物の体を押しのけられず、立ちあがろれない。魔(・)力(・)慣(・)れ(・)に(・)よ(・)る(・)、(・)恒(・)常(・)的(・)な(・)身(・)体(・)成(・)長(・)す(・)ら(・)失(・)わ(・)れ(・)て(・)い(・)る(・)。

 

 怖い。

 何が起こっているのか、わからない。

 魔物に、殺されてしまうかもと思うと、怖くてたまらない。

 

 あの日、孤児院を飛び出すよりずっと前──

 弱い弱い子供の私は、いやだ。

 

「い、いや……やめて……──」

 

 攻性魔物に命乞いは無意味。

 彼らには生きる理由も、戦う理由もない。ただ、人を襲うだけの存在。

 

「ぎ、ぎぎ」

「あ゛! ぎゃぁっ──!」

 

 ばき、と左腕が圧し折られる。絶叫がこだまする。

 

 ────痛いいたい──こわい、いやだ。

 

 久しぶりに味わう負傷の苦痛と、死への恐怖で頭が真っ白になる。

 怯えた子供みたいに歯を鳴らす。心臓が破裂しそうなくらい暴れ、鼻につんとした痛みが走る。

 

 私を見下ろす白い顔が、大きく口を開く。

 

「い、や……」

 

 白い口元の奥から、悍ましい赫色が広がる。

 魔物の喉が食(・)い(・)破(・)ら(・)れ(・)、夥(・)し(・)い(・)量(・)の(・)触(・)手(・)が(・)蠢(・)い(・)て(・)い(・)る(・)。

 

「あ…………」

 

 魔物が、私を見ている。

 ああ、二つの虹(・)色(・)に(・)光(・)る(・)瞳(・)が、私を貫く。

 

「ぎぎぎぃ──っっ、いいいい、────ぎじゅっ」

「────」

 

 魔物の皮膚が破裂する。

 全身から噴き出した触手の束が靡けば、まるで血肉の毛皮のようだ。

 

 六脚の骨格に、赤い触手が巻きついていく。肉塊が外側からネコ型魔物の骨格を圧搾し、めきめきと、形を変えていく。

 私に覆い被さっているのは、今や不定形の胴体を持つ、六本腕の触手の塊だ。瞳も体の内側に引っ込み、どこから視界を得ているのかも分からない。

 触手の隙間から、断続的に赤黒い体液が滴る。その音は、まるで死にかけの動物の呼吸のよう。

 

「じゅる、じゅる…………」

「な、に。こいつ……」

 

 木の幹のように太くなった腕の一本が、私の右脚をがしりと掴む。

 さらに腕の先から枝分かれした細い触手が、何本も絡みついてくる。

 

「! やめ────」

 

 元々の関節構造を無視するように。魔物が、私を振り上げる。

 反応が、間に合わない。

 

「じゅ、じゅるる、じゅうっ!」

「あ────」

 

 そのまま、岩肌がむき出しの地面に再度、叩きつけられる。

 

「がっ、はっ」

 

 ばし、と体の何処かで、何かが裂けたような感触がする。筋だろうか。骨だろうか。

 かろうじて背面に魔力防御を集中させられたけど、明らかに普段より出力が弱い。痛みと衝撃で、意識を手放しかける。

 ぱらぱらと降り注ぐ石飛礫が私の体を打つ。横向きの体に力が入らない。

 激しい衝撃で揺れる視界。激突音で耳が壊れてしまったのか、低い耳鳴りが止まない。

 左腕の骨折を忘れるほど、全身が痛い。

 

 ……不可思議な不調。意味不明な武装解除。

 それらを差し引いても、速い。内側の触手を露出してからのこいつは、あまりにも強い。

 

 大魔物、などというレベルではない。

 これは、別の魔物の内側に潜んでいたコイツは────金級複数人がかりで戦うべき、難敵だ。

 

「じゅる、じゅ……じゅりる…………」

「が……あが…………」

 

 せめて、この不調、不可思議が無ければ。

 

「くっ……【切断波】!」

 

 なんとか体内から魔力を練りあげ、意識を集中させる。寝転がった姿勢のまま右腕を翳し、私を振り下ろした体制のまま動かない魔物めがけて魔法を放つ。

 

 直進する魔力の刃。瞬きの間に、魔物を断ち切ることに成功した────

 

 ──体に纏う、細い触手を、一本だけ。

 ああ、どうしよう。やっぱり攻撃魔法も弱くなっている。

 

 ……打てる手が…………ない。

 

 感情を持たぬはずの魔物が、怒ったような唸り声をあげ、胴体から一本の細長い触手をほどく。

 

「! じゅじゅ、じゅるるっ」

「ぎぃっ──……あああっ!!」

 

 触手が右肩に絡みついた。先程の爪痕ごと締め上げられ、悲鳴を上げる。

 

 そのまま、締め付けられ。

 

「ぐ……あああっ……」

 

 締め付けられ。

 

「あぐぁ…………ぎぁ…………?」

 

 ふと、右肩を締め付けていた触手が引き下がる。

 ぼとりと、何かが落ちた。

 

 ──私の右肩から先。

 腕の代わりに、血飛沫の華が咲いていた。

 

「ぁ────────ぎゃああああああああぅっ!?!?!??!!! 、う、うぁぁぁああっ!!」

 

 ぶしゅ、ぶしゅと真っ赤な華が開くたび、私の体から急速に血が失われる。

 あまりの痛みに、正気のまま保てない。止血魔法を唱える余裕が無い。

 

 朦朧とする、意識。

 

「じゅっ!!」

「あ────」

 

 ぼやける視界に、急速に接近する赤い影が映る。

 激痛の中でも生存に足掻こうとして、体が地面に縫い止められていることに気づく。叩きつけられた時に左肩から岩肌にめり込んでいた。

 右腕は失われ、脚も掴まれたまま。

 

 手も足も出ない。真上からの脅威に、回避が、間に合わない。

 

「ぁ」

 

 胸から衝撃が突き抜け、視界が上に吹っ飛ぶ。

 ──────────意識が混濁する。というか、一瞬、気絶していた。

 ぼんやりと目を覚ます。

 

「────」

 

 何もできない。

 体が動かない。

 何も感じない。

 

 叩き潰された肺では、呼吸が出来るわけがない。

 心臓は不規則なリズムで揺れるのみだ。

 右肩の断面から溢れる血も、勢いを失いつつある。

 せっかく私を拘束していた岩は砕け散ったのに、私の手足はぴくりとも動かない。

 

 二度にわたる衝撃で、全身の肌に裂傷が走っているようだ。

 横たわる私の体から、大地に血が染みていく。

 

 視界は歪み。白んでいく。

 耳ではもう、何も聴き取れない。

 

 遅れてきた痛みと、血と砂の匂いだけが私を満たす。

 

「────、────。……────…………────────」

 

 急速に、死の感覚が迫っている。

 

 ああ、くそ。いやだ────

 

 

 しぬ。

 

 

 

 し──。

 

 

 

 

(────? あ、れ?)

 

 視覚も聴覚も、体の制御も失われたままで、いつまでたっても変化が無い。

 恐れていた喪失は来ず、今度は摂理が私を置き去りにしたような、うすら寒い怖気が募っていく。

 

 

 

 私は、まだ──死んで、ない。

 

 とたん、全身に迸る激痛を意識してしまう。体中の傷が、瓦礫の形を痛覚で伝えてくる。

 

(ぐぅ────ぎ、ぃ────)

 

 体がばらばらになりそうな痛みの中でも、身一つ動かせない。

 果たしてこの苦痛、宙ぶらりんの精神だけで、耐えられるのか。

 

(いた、い……たすけて……いたい…………いたいよ……)

 

 今度こそ、あらゆる感覚が遠ざかっていく。痛覚は痺れ、血の匂いと鉄の味も、よくわからなくなってきた。

 救いも、絶望もなく。ただ苦悶の闇に精神が溶けていく。

 

 

 

 ────。

 

 ──────それでも、死なない。

 意識が、私が、消えずに残っている。

 

 ──熱に、触れる。

 私から失われつつあった、どくどくと脈打つ熱が、体の近くにある。

 

(あ──。あたた、かい…………?)

 

 いっそ焼き尽くされそうなほど、激しく燃えるかがり火のような。その正体を、確かめたくなった。

 

 

 

 とっくに見えなくなった目で、外の景色を────。

 視界に通る、のは────

 

(──わた、し────?)

 

 ──女性がいる。胴体はひしゃげ、破れた皮膚から折れた骨が突き出している。右腕を失い、左腕はあらぬ方向に曲がっている。一糸まとわぬ肢体は全身血まみれ。長く伸ばした銀髪は血だまりに沈んでいる。

 よく見れば、視界の私(・)から、私の身体に向けて、まるで蜘蛛の巣のように赤い網が伸びている。全身を覆い、私と私(・)を繋ぐそれは、まるで星のつらなりのように瞬いている。

 

 動かない身体に、次々と触手が纏わりつく。

 そうすると、私に纏わりつく熱が膨張していく────。ああ、なんとなく、理解できてしまった。

 

 

 …………私、自分を襲っている魔物の、視界を借りているんだ。

 

 私の身体が、徐々に肉の根で埋め尽くされていく。何本もの触腕が、私の身体に突き刺さる。

 傷口を抉るように、ナイフのような肉爪が私を切り開き、筋肉が一束ずつ引き抜かれていく。

 

 そして、潜り込んだミミズのような肉の蟲が皮膚の下で泳ぎ、隙間を埋めていく。

 無慈悲に。あるいは残酷に、嗜虐的に、悪趣味な部品交換を見せつけられる。

 

(あ──。や、やめて────!!)

 

 胸元から腹部まで、肉ごとバッサリ切り開かれる。胴体に走った亀裂に、ノミのような硬質の肉帯がねじ込まれる。締め切られた扉をこじ開けるように、胴体が割り開かれる。筋肉が引き割かれ、繊維が千切れるはずみで血しぶきが散る。

 

(やだ…………やだ、やだっ、やだぁ!!! やめて、やめて、やめて!!!)

 

 どれだけ願っても、もがくことはできない。倒れ伏す私の身体が解体されていく。

 

(────私(・)の(・)身(・)体(・)を(・)奪(・)わ(・)な(・)い(・)で(・)!(・)!(・))

 

 壊される。上書きされる。

 ……とらないで。──私の心だけじゃなく、からだまで。

 

 砕け散っていた胸骨は、大口を開けた肉塊にかみ砕かれる。むき出しの内臓は、ほとんどが打撃の衝撃で潰れていた。

 もてあそぶように、私のぐちゃぐちゃの中身が引き抜かれていく。ぺしゃんこになった肺、鼓動を止めた心臓、血まみれの腸。悉く引きちぎられ、触手が蝕み、取り込まれていく。

 

 ────そして、いくつかの無傷の臓器が、私の身体に残る。

 

(──────あ、あ……。──)

 

 安堵、ではない。

 ──虹(・)色(・)に(・)光(・)る(・)臓(・)物(・)など、人のものじゃないでしょう? 

 

 一つは、内側から発光し、虹色に照らされる胃袋。

 ズタボロの気管の側に、食道で繋がったままのソレが、がらんどうの胴体に転がっている。その下側、引きちぎられた腸の断面から、毛のような触手がにょろにょろとした先端を晒している。

 

 もう一つ、下腹部の生殖器、虹色に輝く臓器の群れの中心で、子宮が時折強烈な銀光を放つ。まるで、鼓動している新たな心臓のようだ。

 

(おねがい…………ころして……! こんな、からだで、わたしは。なんでまだ────)

 

 群れ成す触手の隙間から、どろどろとした生肉のペーストが顔に、胸に、全身に降り注ぐ。胴体の空隙と、欠損した右腕を埋めるように、カビのような肉膜が私の身体に根を張っていく。折れ曲がった左腕がぼきぼきとひしゃげ、膨張し、かと思えば、まっすぐに作り直される。

 魔物の血肉が、新しい骨肉として成り代わっていく。

 

 ──あっという間に。傷一つ、汚れ一つない私の身体が、造り上げられた。

 つるりとした頬、なだらかなお腹、細長い肢体。

 

(────────)

 

 ぞっと、する。

 言いようもない不安感、形容しがたい不快なざわめき。

 魔物。それはこの世の異物、人類の敵、資源。

 

 ──これは、本当に私の知る魔物なのか? 

 

 もはや苦痛は焼き尽くされ、代わりに灼熱が精神に纏わりつく。

 魔物の組織で蝕まれた神経が、徐々に感覚を取り戻し──『感覚』を、『獲得』した。

 背中に硬い感触がある。心拍の脈動を、血と肉の腐れた香りも、感じる。

 

 手足はまだ動かない。……だとして、抵抗できるかわからないけど。

 

 触手が顔に伸び、私の瞼をこじ開ける。両目から血の混じった涙がこぼれ、瞼の内側で充血した眼があらぬ方向を向いていた。

 

(傷一つない体なのに、まるで私の眼だけ死人みたい…………)

 

 汁気を漂わせた二つの眼球が、一本ずつ触手に掴まれる。引き抜かれた目玉は生卵のように形の崩れ、ぼたぼたと体液が滴る。

 

 ──強烈な、目元の痛みと不快感が私を襲う! 

 

(が、あ────!)

 

 視界はここにあるのに、感覚だけはあっちにある。崩れた眼球は、そのまま触手の中に取り込まれていった。

 痛む両目をどうにかしたかったけど、口も、指先も、私の目の前で微動だにしないままだった。でも、さっきまでの全身を砕かれた痛みに比べれば、いくらかマシだ。

 

 

 次に、触手が狙ったのは──。

 

(……まっ……て。おねがい、おねがいだから、最後にそれだけは──)

 

 ──私の銀髪に、少し太い肉の糸が、絡みついていく。

 ────何本も。何本も。血を吸った毛先から生え際まで、毛髪に深紅が混じっていく。

 

(それは、私の……いちばん、ら(・)し(・)い(・)ところなの。最後に残った、私が、私の、いちばんすきなところなの。私のほんとの親が遺してくれた、宝物なの。だから──)

 

 ちくちくと、ナニかが頭皮に突き刺さるような不快感が増していく。

 肉で模された気色の悪い編み込みが、ぞわり、とざわめき。

 銀髪が肉のシミに沿って、意志を持つ蛇のようにくねる。

 

(あ────)

 

 ……肉の赤が、銀色に溶け込むように消える。

 

 

 ──私の髪が触れる、地面の硬さと血のぬめりを、感じる。

 

(こ、んな。い、や、いやぁ……………………)

 

 金級冒険者に上がる前から、化け物とか怪物とか、罵倒半分に言われたことはあった。でも、これは。

 急速に、実感が迫る。非生物。────魔物。

 

 急に、視界が顔に近づく。

 ──私のことを、目の無いうろで見つめる、私(・)の顔。

 

 私が私(・)の中に飛び込む。孔の中にピッタリと収まった眼球がぐるぐると向きを整える。視界が、無軌道に振り回される。

 

 ぱ、と瞼を──閉じた。

 ──徐々に、体の感覚が、元通りに近づいている。

 おそるおそる、目を開く。視野は正常。周囲はさっきまでの岩肌と曇り空が見える。魔物は触手を伸ばすこともなく、じっとしていた。

 手で顔に触れても、もう触手や粘液は残っていなかった。さらりとした皮膚が私の指先を弾く。

 

 私の五感は、肉体は、正(・)し(・)く(・)機能している。

 でも、これは何もかもが違(・)う(・)。

 

(気持ち、悪い)

 

 髪に触る。銀色のツヤも、私の指先で流れ落ちる長さも、手触りの軟らかさもよく見知ったものなのに。

 ざわ、と髪の毛が持ち上がる。私の意思で、魔法も何も使わず、うごかせる。

 

 それから体を確かめる。指先から、徐々に力の入れ方を理解していく。 

 ぐ、と上体を起こす。頭がぐらぐらと揺れ、どこを見ているのか分からなくなった。

 

「は……あー……ぁ……。は──……」

 

 意識して、呼吸する。足先から一つ一つの関節を確かめていく。

 ……六本腕の触手は、何もしない。背後の魔物も、まだそこにいる気がする。

 

 ……今の私は、なんなんだろう。

 目の前の敵と戦う意味も、逃げ出す道理も、そのための手段もある筈なのに、抗う意思が湧かない。

 でも、自分の意思で、立ち上がる。立って、何ができるんだろう。

 

 やりたいこと。したいこと、なんだっけ。

 

 立って、前方の赤を見つめる。

 

「──じゅるるるるっ…………」

「わ、ぁ……」

 

 魔物が纏う触手がほどける。触腕に、胴体に、その全面に渡って、幾重にも裂け目が現れる。

 ──────肉塊の奥から現れるのは……無数の、虹色の瞳。

 

 ……ああ、そうだった。

 

 よろよろと歩みを進めるたび、素足に地面の硬さが広がる。虹色の輝きは四方から私を包む。

 まだ呂律の回らない舌で、言葉を紡ぐ。

 

「わ、らし……。いや、らひいこ、と……したいな……」

 

 私のおねだりを聞き届けてくれた魔物が、全身を蠢動させる。赤い粘膜が興奮に震え、振りかけられた粘液のしぶきを全身に浴びる。

 ……数十はあろうかという虹色の瞳は、すべて赤い肉の奥に引っ込んでいた。

 

「じゅっ、じるるっ」

「ひ、ぎゅっ」

 

 腰に、手足に、首に、太い触手が巻きつく。回りながら持ち上げられ、四つん這いの姿勢で地面に降ろされる。

 両手両足の指先で地面に触れ、肘と膝は緩く曲げ、背骨は沿ってお尻を大きく魔物に突き出す。絡みついた触手が、まだうまく動かない四肢を支えてくれる。

 

(あ……あったかい…………)

 

 今度は背骨の中心から熱を広げ、肉塊が私に覆い被さってきた。際限なく注がれる触手が、背中から溢れて側面を伝う。

 

「あ、ああ……♡」

 

 臀部を、性器を、腰に胸に肩、首筋を、触手が這い回る。

 グチャグチャと音を掻き立てて全身を愛撫される。腰をくねらせて、媚びる。

 

「はぁっ、もっと♡、はぁ♡もっ、と♡」

 

 背後で、何かが盛り上がる気配を感じる。……見えないけど、これは。

 

「ふうっ♡ふぅ♡お、おちんぽ♡わたしの、おまんこにくらさいっ♡♡」

 

 この一週間、大好きなクランメンバーに教えてもらった淫語で、バケモノに愛を乞う。

 何か巨大な先端が、私の膣口にあてがわれる。どくどくと脈打つそれにアソコを揉まれ、性感がどんどん高まってくる。

 

「ふぅっ♡ふぅっ♡いれてっ♡おねがいっ、いれ、入れてください♡♡」

 

 なのに、いつまで経っても、入り口をねちっこく捏ねられるだけ。挿入してくれない、早くはやく絶頂したいのに。

 腰をがっしり掴まれてるから、自分の脚で動くこともできない。

 

 イきたい。じれったい、イきたい。

 

 ──ふと、髪を引っ張って真正面を向かされる。

 頭上から腕ほどの長さの触手が伸びてきて、私の顔に先端を向けた。

 

「ふーっ♡、んぅ……?」

 

 ぐぽ、と先端が上下に開く。ねばっこく糸を引き、湯気を立てる内側は、まるで歯と喉を省略した人間の口のようだ。下側から生えた舌がぴるぴると先端を躍らせている。

 孔のない口内には黄ばんだ汁気が溜まっていて、強烈な匂いを漂わせている。

 

(くっ、くっさ……♡)

 

 思わず顔を顰める。触手が私の口元に近づいてきたからだ。今度は触手がおねだりするように、私の顔の前で揺れる。

 膣口の触手は、先端で脈打ちじっとしたままだ。

 

「う……う。……ど、どうぞ」

「じゅぅっ、るるっ」

「うぷっ!」

 

 意図を汲み、意を決して口を開ける。

 じゅるりと音を立てながら、唇で迎えた。酸っぱい匂いが鼻に突き抜け、涙が溢れる。

 

(ま、まず…….吐きそう)

「……」

「れろっ。んむ……ぢゅ……」

 

 意外なほどにおとなしい動きで、舌を取られ、ねぶられる。魔物の唇が忙しなく私の顔を這い回り、鼻を抑えられる。

 

「んん!? んん、んふっ、んっ♡、ふごっ♡ふーっ♡♡」

 

 熱い。魔物の口内は想像通りの熱気を漂わせ、呼吸に合わせて私の喉を苛む。

 そのまま触手は魔物の唾液(もしかしたら胃液?)を口内に、時に顔に塗りたくり、時に奥へ注ぎ込む。苦痛もお構いなしに、舌が私を味わい尽くす。

 堪えきれず、口内の苦汁を飲みこむ。

 

「ぶっ……! うっ、オェッ♡ ふっ、ひっ、ぐぶ♡」

「……じゅる、ちゅぽっ」

「ぷはっ♡。はぁーっ、はぁ──っ♡、♡!」

 

 音を立てて舌を引き抜かれる。空気を求めて深呼吸し、喉にこびりついた粘液が冷やされてひりひりと刺激を与える。

 

 しばらく息を整えようとして、体の様子がおかしいことに気づいた。手足の震えが止まらない。体が暑いのか寒いのか判別がつかない。

 正面に固定されたままの視界は脈打ち、体中の汗が止まらない。

 

「ほへ──っっ、ひーっ、ひー♡、ぃい〜〜──♡♡」

 

 何もされてないのに、イく。ぶしゅ、と派手に潮を噴く音がした。

 喉が、気持ちいい。崖沿いに吹く風がまるで針のように肌を突き刺す。全身にまとわりつく肉塊の熱で、芯まで融けそうだ。

 

 ぼたたっ、と分泌液が地面に落ちた。潮を間近で浴びた触手は、それを合図にようやく、わたしのおまんこに突き進む。

 めり、と私の膣口が押し広げられる。

 

「いギっ♡まっでェ♡いまむり゛♡おちんぽおっぎすぎ、おっきしゅっっッッ♡♡♡!?!? ────♡、♡??」

 

 めりめりぶちぶち────。

 波打つ肉棒が一気に膣を擦り上げる快楽で、絶頂。

 処女を引き裂き、肉を割る痛みですら、快楽として味わい、絶頂。

 伸び切った子宮に収まりきらない触手おちんぽが、私の内臓を押し上げる圧迫感で、絶頂。

 

(イく。イく。イクイクいぐッ────────♡♡♡」

「オ………………──♡ほぁ──♡……──…………♡」

「じゅるっ、じゅるる」

「────…………♡♡」

 

 ばき、と無意識に握りつぶした地面が、手の中で砕け散る。

 三度、四度の絶頂を重ねても、肉塊に四肢を固められた私は微動だに出来ない。

 竿全体がどくどくと脈動して、それをぎちぎちに納めた私の性器も脈動する。肉の波が押し寄せるたび、淫気が沸き上がる。

 

 有り余る興奮を、歯を食いしばり、手足の指を掻き曲げ、腹筋を締め付けて耐える。

 

「ほぉっ♡!? 、おっ♡、ぬっ、ぬひっ♡」

 

 絶頂のままに締め付ける膣から、肉棒をゆっくり引き抜かれる。私の抵抗も、苦悶も無視して、ずるずると膣壁が引っ張り出される。

 ……ゆっくり、時間をかけて、再び触手の先端が入口付近で轟く。カタチを敏感なところでじっくり味わってわかったけど、微かな凹凸を有するトウモロコシ状の触手が、再び私の膣を抉りだす。

 

「う、あがっ♡、すっぅぅうあぁ……♡♡」

 

 ゆっくりと、丹念に入口から腹肉をつぶされていく。奥にたどり着くまでに、何十回、何百回と繰り返される肉棒の脈動で、再び絶頂へと追い詰められながら。

 視界が揺れる。全身の筋肉は悲鳴を上げ、快楽に打ち震える。

 乳房に触手が絡みつく。ねっとりとした粘液越しにまさぐられ、興奮を覚える。

 

 ──とん、と先端が再び膣奥を突く。今度は、さっきより、少し深い。

 

「かはっ、おッ♡んっ♡、はぁっ……あぁ……♡」

 

 行きつく間もなく、ゆっくり、また引き抜かれる。

 

 ──触手の尖った先端が、膣の奥と入り口を、交互に擽る。

 時間をかけて。丹念に。

 

「うっ♡、ふっ、ひくっ、────ぃ────♡」

 

 執拗に。何度も、繰り返し。

 

「お……おおおオオッ♡♡!!? イグ、いぎぃ!? ♡♡♡────……があぁッ!!!?」

 

 ──私が、壊れるまで。

 

「────ぁ……♡。あ、ああっ? 、──♡♡…………ぁう…………♡♡」

 

 地獄の責めは、しばらく続いた。

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