※この作品はR-18です。

洗脳と触手、若き女性冒険者の苦難   作:笹にとろん

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2 少女の物騒な趣味

 金級冒険者アーサ・エレグベッドにとって、魔物とはすべて格下の相手だ。というか金級の相手になる魔物なんてほぼ出現例がなく、「あの大魔物ほっといたら金級クラスだったかもね」のような、もしもの話でしか聞いたことがない。

 実際、クラン長とか他所の金級冒険者との模擬戦でしか戦い甲斐を感じない。意図的に使う武器を弱くすればちょっとは戦いの手ごたえがあるかもしれないけど、魔物相手で手を抜くのはポリシーに反する。

 基本的に依頼受けて移動してサクッと殺して素材回収して終わりだ。この前のカマキリ大魔物、グラススライサーにも手応えは感じなかったし。

 

 銀級昇格以降のアーサ・エレグベッドが受けた依頼に失敗の二文字はない。失敗がないということはどんどん難しい依頼も回されるし、その全ての依頼報酬がわたし(とクラン)のお金になる。魔物の死骸解体とか装備のメンテとか、私がいつまでも苦手なことはだいたいクランが負担してくれる。

 

 もはや金級になった私にはあらゆる余裕があるのだ。ご飯も住むところも着るものも、時間も。

 

 そんな有り余った時間を潰す趣味といえば、まずはクランハウスの花壇の手入れと魔法の研究、あとは鍛錬を挙げられる。ケルレンスくん曰く「趣味じゃなくて雑務と実務と実務ですよ、それ」らしいが。

 

 オシャレはモノによってはそこそこ好きだ。可愛い服、綺麗な服を着ることについては、私の唯一ちゃんとしている趣味と言っていいだろう。テレトイ市にはセンスのいい服屋が沢山あって、外を出歩くたびに、一着か二着はどーしても着たくなるような、めちゃくちゃオシャレな服が見つかる。

 こういう時金級の稼ぎでよかったって思うね、値札見なくていいから。

 

 ちなみに私の部屋の収納はほとんど私服で埋め尽くされている。片付けはしているのだが、しょっちゅう服だの靴だの髪留めだのを買っているせいで、もはや服屋の倉庫になりかけている。死蔵されつつある衣服たちの怨嗟の声が聞こえるようだ。

 

 あと化粧はよくわからない。ペケルカには「歳下とはいえ先輩の方に言いたくありませんけど。王城に呼ばれるような金級冒険者なのですから、もっとお化粧の勉強をなさった方がよいかと……」と言われる。髪型セットして好きな服着て、毎朝顔洗って毎晩寝る前に私オリジナルの皮膚補強魔法掛けるだけじゃダメなのかな。……お淑やかな後輩女子曰くまだまだらしい。

 アイ……シャドー? わからない。目潰しの魔法? 

 口紅は使い方知ってる! 何回か見たことあるし。

 ……ルージュ? グロス?? ペティスカーってなに? 王国で流行りの口紅メーカー??? わからないです……。

 

 そして、最大の趣味は魔物と戦うことだ。……コレが全く趣味と呼べるものではないのは分かってる。すみません。でも間違いなく私の一部なんです、冒険者としての生き方も、魔物と戦う力も。

 日常の中でふと考えちゃうのは魔物との戦い方で、友達との話題も大体戦いや狩りに纏わるもの。休日でも、他の趣味がひと段落して、ついつい魔物を狩りに行ってしまうくらいだ。家でゴロゴロしているより、魔物を叩きに歩く方が体が休まる。

 

 というわけで、クランが割り振った私の休日。朝食を終え、これから趣味の時間だ。

 外に出てクランハウスの大門へ目をやれば、眠そうな顔をした大男、“葦と楔”クラン長のペトリファイがいた。この人は私を拾ってくれた恩人だけど、高い背丈にきらりと光るメガネ越しの眼光が威圧感を与えるらしく、クラン内外問わず苦手な人が多い。本人は強くていい人なんだけど。

 

「あっ、おはようございます、おかえりなさいクラン長。ヒマなのでこれから市外の方まで魔物狩りに行ってきます」

「……いつも思ってはいたのだが、そういう服を着て魔物を殺しに行くのは、あまりよくないと思うぞ?」

「い、いいじゃないですか。返り血とか浴びることも無いんだし」

 

 私は普段からお洒落したい欲望と、魔物を狩りたい欲求を、まとめて解消している。今からまさにそうするところだ。

 だってそうだろう。可愛い服を着ることは丸一日できる。

 魔物を殺すのも、まあ余裕で丸一日できる。魔法込みなら五十徹くらいいけるかな? ってそうじゃなくて。 

 そしてある日、これらの趣味は競合させずに同時に行えることに気づいたのだ。楽しみが二倍だし、時間効率も良い。画期的な趣味活用なんだ! 

 ということを説明したらペトリファイは目頭を揉み、微かな声で何かを呟いた。

 

「お前の趣味は魔物狩りのヒマ潰しのためでは無かったのか……」

「それに一人でいきますから、何があっても大丈夫ですよ」

「……そうだな、気をつけるように」

 

 彼があらゆる疑問と追求を飲み込んだような苦い顔をしているのはなんなんだろう。私は一人の方が戦いやすいし、警戒しやすいし、逃げやすいので、みんなを見てなきゃいけない仕事よりずっと息抜きになる。

 多分夜間依頼明けで頭がちゃんと回ってないと思うよ、ペトリファイ。じっくり休んでほしいので、会話もそこそこに大きな門扉を開け、出発する。

 

 とはいえ、魔物に出会うだけなら実は街中でも待っていればいい。庭のベンチでボーッとしてれば、市内の上空で魔物が現れる光景を見ることができる。

 ただし私は戦う……もとい、駆除のために魔物を探しているので、街の外に出る必要がある。大規模共同体として当たり前のことだが、テレトイ市では市街地に発生する魔物への厳重な防衛網が敷かれている。

 

 例えば、街を囲む壁の内側で魔物が湧くと、壁内全体を監視出来るように張り巡らされた監視網から最寄りの詰所に通報が届く。あとは高速移動系の魔法を修めた市街戦の専門家である衛兵が駆けつけて魔物を駆逐する。

 この訓練された魔法と兵士を潤沢に運用するやり方は、ニュダイオン王国で普及しているシステムの一つだ。こういう防衛網が幾重にも重なり、魔物は二十四時間湧いた側から駆除されている。テレトイ市内での魔物被害は、市の外側に壁が完成した百年前から今までに五回くらいしかないそうだ。

 

 ちなみに私がちょっとがんばれば、市内に現れた魔物でも衛兵が来る前に倒せる。一回怒られたからやらないけど。

 

 ***

 

 そんなわけで馬なら一刻掛かるような距離、壁外から走ってきた。時刻は昼前。

 もちろん、移動中に見かけた魔物は片っ端から倒しつつ。とにかく数を揃えて鑑定して分類しないことには工業的に扱えない魔物素材の需要が尽きることはないし、魔物も無限に湧き続けるのだ。

 

「これで……五匹目!」

「グギャギャーッ!」

 

 ニワトリみたいな体型をした二メートルほどの魔物の首を切り落とす。残心を維持したまま周囲を見渡し、安全を確認。立ち位置を調整したので返り血を浴びることもない。なお仮に泥沼に全身が埋まったとしても、私が常時展開している清浄魔法で汚れという汚れは弾かれる。剣圧に巻き上げられた土埃が可愛い服を汚すこともない。

 

 今日の格好は、最近テレトイ市でオープンしたお店で見つけた、素朴で可愛らしいベージュの長袖ワンピース。の、上から部分的に鎧を付けてきている。別に鎧とか無くても良いんだけど、門番の人がいつまでも心配そうにするからさ……。

 

 勢いでズレていた胸当ての紐をぐっと締め直す。私の胸は普通に『ある』方だけど、身長の割には控えめだ。金級の防具ともなれば防具一つから特注品を使わせてもらうけど、今は戦闘用の鎖帷子や革の防具を着ているわけじゃないから、ちょいちょいズレが気になる。

 

 ワンピースは何種類かの生地が縫い合わされ、首元から腕まわり、裾にかけて流線的な模様を描いている。可愛らしい花柄の白い刺繍はスカートと袖口に縫われており、落ち着いた色合いの生地を程よく華やかにしてくれている。そして生地も縫い目もがっしりしているので、ちょっと魔法で補強しておけば私の戦闘にも十分耐えられる。

 こういう頑丈な作りで良いデザインの服は貴重なのだ。着心地が良ければ更によし、だけどね。

 

 それから髪型は長く伸ばした銀髪を左側で軽く結び、お団子でまとめてサイドテールにしてある。ふだん右手側で剣を振り回す邪魔になりにくいので、このヘアスタイルは私のお気に入りの一つだ。

 

 一息つけば、ゆらゆらと揺れる銀色が目に入る。手入れされたきれいな輝きが頬を滑り落ちる。

 午前の風をうけて、スカートがはためく。刺繍の白い軌跡がふわふわと踊っている。

 

 私は自分の目に見える範囲で、オシャレするのが好きだ。……決して化粧をサボっているわけではない。

 

 

 ほどほどに良い気分のまま、血塗れの長剣で死骸をつつき、軽く検分する。

 

「うーん……ぱっと見爆弾とか毒腺も無さそう、かな? 危機察知魔法も反応しないし、こいつはそのまま入れとけば良いか」

 

 魔物の素材は大事な資源だし、なにより死骸をそのまま放置すると、周囲に他の生き物が寄り付かなくなる。生態系が乱れてしまう。

 殺したら拾う。冒険者の鉄則である。

 

 ところで、私の身長は一六四センチである。では、この二メートル大の魔物の死骸は、どのように持ち帰るのか。あるいは、これまでの道中で斬殺してきた大小四体の魔物の死骸は。

 

 答えをお見せしよう。

 

「【神皮】、よいしょっと」

 まずは魔法で一時的に創り出した、ミルクのような質感の巨大な膜で死骸を包む。メモに、駆除した魔物の特徴、今の場所と時間、それから私のクランと名前を書き添えておく。【神皮】みたいな魔法の産物はあとあと消えちゃうので、私の持ち込んだ紙片に書き込む。

 ちなみに私はいろんな魔法を作ったり使ったりしてるうちに慣れちゃったので、ホニャホニャした呪文や魔法の真の名を唱えたり、精神集中や予備動作も、杖や魔導書もいらない。『詠唱破棄した魔法の短時間連続行使ができるやつなんていない。その魔法適正は間違いなく歴史上最優』、なんだとか。これは魔法の師匠の言葉だ。

 グッと念じて一言つぶやけば、まとめて行使できる。する。

 

「【浮遊】【固定】【衝撃吸収】【通過:対人】っ、と」

 

 私考案のたくさんの便利魔法を荷物に施し、長剣を構え直す。

 斬るための構えではない。脇を締め、腰を捻り、剣身の腹でガチガチに固定された死骸の包みを弾き飛ばす。暴風でワンピースが捲れ上がるけど、誰も見ていないので問題なし。

 猛スピードで飛翔した丸い包みは、すぐさま地平線に溶けていった。

 しばらくしたら城壁か城門にぶつかって止まるだろう。どんなスピードでぶつかったとしても、【衝撃吸収】があるから壁や荷物が壊れることもない。行く時に門番の人に私のやり方を伝えてあるし、署名付きのメモも添えてある。

 仕事の時も私一人の時はいつもコレでやってる。怒られたことがないし多分大丈夫だ。たぶん。

 

 周囲を見渡し、次の魔物を探す。とっくに地平線の向こうにあるテレトイ市を中心に、円を描くように移動する。このくらいの位置感覚は銀級以上の冒険者や街道を頻繁に利用する行商人なら誰でも持っている。魔法で補ってる人もいるけど。

 

 草地を疾走しながら次の獲物を探す。広々とした草地には、ポツポツと低木と茂みがある以外は遮蔽らしい遮蔽もない。この辺りでは、四足で走り回るような機動性のある魔物とよく出会う。

 

 この世界に生きる人々の一般的な常識に、『魔物は出現した環境に適応した形質で現れやすい』という経験則がある。空から現れた魔物は羽が生えてるか、空を飛ぶ魔法を扱うか、墜落死しないようにゆっくり落ちてくる。水中の魔物はだいたい泳げるし、地中からは魔物が地面を掘って出てくる。

 たまに空から出てきて落下死する魔物もいたり、この経験則で説明のつかない魔物の大量出現もあったりして、ニュダイオンのお偉いさんはこれを魔物出現の厳密な法則とは認めてないらしいけどね。

 

 テレトイ市では軒先にご飯を並べた屋台が多いのも、それによるものだ。食事が多い街中でなら、人間よりも、人間用の食べ物を優先して食う魔物が現れるだろう、と。

 

 ……そもそも魔物、何も食べないことのが多いんだけどね。

 この辺の勘違いや先入観は、市の内側だけで生活する人によく見られる。市街地の魔物は瞬きの間に駆除されてしまうからだ。出店に色々な料理が並んでいるテレトイ市の街並みは楽しいから、私は今のままで良いと思っている。

 

 魔物は、食事のための狩りはしない。攻性魔物の中には、噛んだり丸呑みにして攻撃する魔物もいる、というだけで、消化吸収器官に該当する部位を有していない個体がほとんどである。生物としての根本的な本質は、魔物には備わっていないのだ。

 

 そんな魔物たちは、例外なく尋常の生き物からかけ離れた外見をしている。ぱっと見で生き物ばなれしている奴は魔物、といっていい。

 さっき私がぶっ飛ばしたニワトリ魔物は、体表に羽根が生えてることと、頭頂部の口からまっすぐ立ち上がった牙がトサカっぽく見えただけで、まったく鶏らしくはない。胴体を貫通する空洞部からは翼と翅が生え、筋肉の境目と思われる部分には金属光沢。かろうじて脚の骨格は鳥類っぽいが、よく見れば関節が二個ほど多いことがわかるだろう。

 典型的な魔物の外観だ。典型も何もないんだけどさ。

 

 さて。六匹目はすぐに見つかった。草地の上に、こんもりとした赤い塊が見える。

 一見、とぐろを巻いた赤い蛇である。しかしもたげた目線は高さ二メートルほど。その細身では到底保持できないはずの長さを、ぐねぐねと折り曲げ、空中に蠢かせている。とぐろの部分と合わせて、全体の長さ二十メートルほど。

 

 まずは、攻性かどうかを確認する。剣先を突きつけながらにじりよる。

 

 四十メートル。周囲はなだらかな草地地形。高低差もなく、見通しも良い。

 三十メートル。よく見れば、頭部には口があっても、目が無いだろうか。目潰しが効かない可能性がある。

 二十五メートル。動き出せば、お互いがお互いを射程に納めることができるだろう。相手の動きはない。

 二十。鱗の無い体は、無防備に血肉を曝け出している。

 十五。すでに魔物の射程圏内だ。攻撃反応、なし。穏性魔物だ。危機察知の魔法も魔道具も、自身の経験もカンも安全を告げている。

 十。五。三、で地面を蹴り、猛烈な勢いで長剣を滑らせる。頭を引っ込めようと、とぐろを解いても、剣に巻き付かれても対処できるように、浅めに構えつつ──切りつける。

 

 

 手ごたえ。

 そのまま、するりと長剣の先が肉をすり抜け、ヘビ型魔物は頭の先を喪失する。

 

 が、挙(・)動(・)が(・)変(・)化(・)し(・)な(・)い(・)。

 いまだに二メートルほどの高さで首をもたげている。うねうねと蠢く赤い胴体の先端からは赤い血が滴っている。

 

「……だったら!」

 

 先端は弱点部位ではない。頭部がとぐろの中にあるのか? 

 地を這うような姿勢で、逆手に剣を構えなおす。私の周囲で、空気が振動する。ビリビリビリ、という爆音と共に剣を振り抜けば、刃から空気の壁が迸り、直ぐに魔物に激突する。

 衝撃が細長い全身に浸透し、内側から──爆ぜた。

 

 あとにはヘビ型魔物の肉汁や肉片が散らばるのみである。空気を赤く染めた飛沫も、すぐに私の清浄魔法に触れ、拡散して消えた。

 

 え、困る。

 

 普通に素材を集めるのが面倒くさい。面倒くさいうえに、素材として使えるかどうかも非常に怪しい。

 

 しかも、あの魔物は均一そうな筋肉の塊が大量に連なっていたのだ。

 例えば駆動部位の多い魔導鎧、おなじ品質を求められる矢弾のような消耗品などは、なるべく同じような性質の魔物素材で作る必要がある。品質が近いなら、売るのも買うのも安心できる。作るのも使うのも、失敗してもやり直せる。こういう画一性を魔物素材に求める時、ふつうなら大量の魔物を買い占めて、性質ごとに選り分けて調達する。金も手間も時間もかかる作業だ。

 しかし、それがたった一匹の魔物素材から得られる時。その利用価値は、極めて高くなる。

 

 それが、爆ぜた。

 うっかりやり過ぎてしまったのだ。

 

「わ、わたしの……大当たりがぁ〜〜!!」

 

 泣きそうな顔で後片付けを始める。良い素材をダメにしたこともそうだし、こんなしょーもないミスをしたなんて恥ずかしい。魔物の素材を持って帰らない選択肢はないので、残念ながらしばらく私は笑いものになること確定である。ここまでグッチャグチャな残骸を見せると思うと今から気が重いんだよな〜! 

 

 とりあえず体液と肉片は魔法でチマチマ集める。お腹が減ってきた頃にようやくまとめおわった。でも、ここまで土や草とグチャグチャに混ざっていたらほぼ確実に魔ゴミ行きだろう。用途上の分類不可はゴミである。運搬のためにも凍らせて固定はしておくけど。

 骨や皮などの他の組織は見当たらない。探知魔法を使っても骨粉レベルで検出できないということは、ミミズ型魔物と呼び直してもいいかもしれない。

 

「残ったのがこれだけじゃ、ハズレ魔物と一緒だよねぇ……はぁ」

 

 私の足元にあるのは、最初に切り落とした部分だ。魔物の爆裂に巻き込まれていたが、幸い綺麗な状態だ。

 

 太さは五センチほどで、長さは二十センチほど。断面には骨や脊椎のような部分が見られず、同心円状に筋肉が詰まっている。改めて観察すれば、先端の口の部分は色味が濃く、うすく膨らんでいる。剣先で丁寧に弄ってみれば、白い眼球がのぞく。つまりこれは口では無く、一つ眼の瞼。

 やはりこの先端が頭部部分だったのだ。

 

「でも弱点は別、か。いきなり全身を破砕しちゃったから、真相はわからないけどね」

 

 己の失敗を思い出し再度陰鬱な気分になる。もうすでに起きてしまったことは、考えても仕方のないことだと割り切ろう。

 大体あの魔物に限らず耐久力が低すぎるのだ。私は悪くない。よし。

 

「あーあ、やっぱり考えても考えても魔物はよくわからないな」

 

 ふと。

 なにかが。

 私の鼻を擽る。

 なにかが、わたしに。

 なにかを。既(・)に(・)、し終えた。

 

「……? 気のせいかな?」

 

 何も感じなかった。私の持つあらゆる備えも、やはり警告を発していない。

 周囲には何も残っていない。剣風でえぐれた地面が土色を晒し、足元にはミミズ型魔物の頭が横たわっている。

 観察する。断面を晒した魔物の死骸がある。血が流れ続けている。

 魔物の瞼は薄く開かれたままだ。

 

 

 薄目から覗くそ(・)の(・)瞳(・)が(・)、(・)虹(・)色(・)の(・)虹(・)彩(・)で(・)こ(・)ち(・)ら(・)を(・)捉(・)え(・)て(・)い(・)る(・)。

 

 

 

 それだけだ。

 

「…………」

 

 剣を腰のベルトに戻す。その場で屈み、素手で魔物の死骸を鷲掴みにする。

 

 ぼたり、ぼたり、と断面から血が滴れば、手首を伝い、ワンピースの袖が汚れていく。清浄魔法が解除されている。特に気にすることもない。

 

 上を見る。わたしの腕が掲げていた肉塊から、血が滴り、わたしの視界を真っ赤に染め上げる。

 

 昼間、真上の太陽。

 

 魔物を透かして見れば、内側で肉の糸が絡み合い、蠢いているのが見えた。

 

 虹色の魔眼が、逆光を塗りつぶして私を貫く。

 

 

「あ。ん…………」

 

 私の手に力がこもる。

 握りつぶされた肉袋から弾けた血塊を、大きく開いたわたしの口が迎えた。

 

 ぐりゅぐりゅぐりゅぐりゅぐりゅ。

 

「ゔぉっ、げっぇ……ごっ、ごぼっ! ゔっ、おえぇっ!!!」

 

 口内で肉の糸が弾ける。舌と絡み合い、いやらしい音を立てながら、飴玉のような目玉が必死に私の喉奥を通ろうとする。

 乱暴な入り方をされたわたしの体は、つい吐き戻そうとしてしまう。なので、両手を首元にかざし、手元で魔力を操作、神経を麻痺させる。

 

 効果なし。喉は痙攣し続けている。

 というか魔力に干渉できていない。

 

 ……ふむ? ひょっとしてそういう魔法を使う魔物なのかな? 清浄魔法や警報魔法が機能していないのも、それが関係しているかもしれない。いや、別(・)に(・)何(・)の(・)問(・)題(・)も(・)無(・)い(・)の(・)だ(・)し(・)、警報魔法については正しく機能しているか。

 

 仕方ない。そのまま首筋をなぞるように、頸動脈を押しつぶす。首の骨を折らないように、何より間違えて入ろうとしてきている目玉を押し潰さないように。慎重に、優しく、手加減する。

 

 

 

 脳に血が、いかなくなり、意、識が、もうろうとする。

 のど、おくに、めだま、がぁ。

 

 

 からだか、ら、ちから、が。

 

 ぬけ、て……。

 

 

 

 

 

 ***

 

「……ハッ!? 気絶してた!?」

 

 勢いよく上体を起こし、周囲を確認。動いてる魔物も人影もない。

 最後に魔物に向けて剣風を放ってからの記憶がない。

 目の前を見る。大きくひっくり返された地面には、散り散りバラバラに切り裂かれたヘビ型魔物の死体。すこし力を入れすぎたかと思ったが、どうやら剣風の勢いは狙い通りに離散し、一息に魔物を解体、絶命させたらしい。

 しかし私が気絶していたのは何事か。反射系の能力を持った魔物だったのだろうか。それなら魔物が死んでいる理由がわからないし、警報魔法が何かを報せただろう。

 その他の可能性としては、勢い余った私自身の力を、私自身が受け止めることで咄嗟に威力を調整した、といったところか。そんな反動如きで気絶して、しかも記憶を失うなんて、違和感もあるが。

 

「ふっふっふっ〜……なんにせよ、この大当たりは私のものだよ!」

 

 ざっと100個ほどに等分された蛇型魔物の全身を魔法でフワリと浮かべて回収し、次々魔法の袋に詰め込む。こういう素材は利用価値が高いし、きっと工房の人たちも喜んでくれる。

 ふと、最初に切り落とした頭の部分が目についた。

 やはり目がなく、先端に窪んだ大きな口が一つ付いている。

 

 べろりと垂れ下がった下唇の中には、舌もない、空洞が広がっていた。

 

 魔物の死骸に怯えたりなんかしないけど。何故かその暗闇を見ていられなくて。

 いそいそと袋に仕舞い込む。メモを添えて、固めて、剣で弾いて射出。手早く終わらせた。

 

「う〜ーん……気絶なんてらしくない失敗しちゃったし。太陽は真上。時間はそれほど経ってないみたいだけど……」

 

 悩む。安全的な意味ではなく、モチベーション的な意味で続けるか帰るか。

 ふと、裾が目に入る。可愛らしい刺繍が飾られた生地には、土汚れひとつない。

 清浄魔法が機能しているからだ。意識を失っている間も、自動で作用する設計に改造してある。

 

 ……なんか、どうでもいいこと気にしちゃう。

 寝たせいか体もスッキリしてるし、これ以上やっても息抜きにならなさそうだし、とっとと帰りまーす。

 

 呑気に、どこまでも平常に。

 胃の中に棲みついた魔物がいることも、気づかずに。

 

 ぐじゅりという蠢動も、圧迫感も、私は感じなかった。

 

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