“葦と楔”は巨大な邸宅をクランハウスにしている。六十七人のクラン人員のほとんどがクランハウスの寮で生活していて、それぞれで家事を分担している。
城門で拾ってきた、こんもりとした死骸入りの包みを連れて玄関をくぐる。私の創った荷物配送魔法は荷動かしにて最強なのだ。
「ただいま、フランさん」
「おかえりなさいアーサ。今日も汚れひとつないわね」
「えへへ! フランさんにも清浄魔法教えてあげよっか!」
「そういう垂れ流しの使い方は貴女にしかできないわよ」
出迎えてくれたフランさんと挨拶し、直剣と今回の戦利品を受け取ってもらう。
フランさんは“葦と楔”でも古株の女性で、私のとは比べ物にならないくらいグラマラスなお胸とお尻の持ち主だ。年齢はヒミツらしい。
十一の私がこのクランに拾われたときから居る先輩で、今まで私のことを育ててくれた、いわば親代わりの一人だ。
クランの解体部屋で、親代わりでもある先輩と素材の仕分けや解体をしていれば、話の種は自然と目の前の魔物についてとなる。
「あら! なにこれ、ツタ……ヘビ? 同じような形で、こんなに体積があるなんて」
「えへへーすごいでしょ! 今日一番のあたりだよ!」
「でもちょっと、細かくしすぎな気もするけど?」
「うぐ……私もそう思うよ……」
「ふーん?」
フランさんはニタニタ笑っている。私の失敗を察して、揶揄うつもりなのだろう。いい性格をしているのだ、この人は。
「頭落としても死ななかったから、全体に力を通して一気に二十等分くらいにしようとしたのよ?」
「でも、力を込めすぎちゃったのね。貴女、まだまだ相手の魔物に応じて手加減する練習が必要なんじゃない?」
「うう〜……反動で気絶するくらいには、ちゃんと手加減したつもりだったんだよ〜!」
「あら、アーサが戦いで意識を失うなんて珍しいわね。気絶している間に危ないことは起きなかった?」
心配そうに、眉を寄せた青い瞳がこちらを見つめる。
「うん、すぐに起きたから。
「あらそう、よかったわ。こんなに可愛いアーサに何かあったら、気が気じゃないもの」
「それにしても自分の剣風で自分を叩けば私でもちょっと気絶するとか、想像したこともなかったよ……」
「……それはまだ、疑わしいけどね。これが終わったら念のため、直ぐにプロコールに体を診てもらいなさい」
プロコール先生はクランの銅級冒険者の一人で、本業はテレトイ市の医者だ。“葦と楔”のかかりつけ医でもある。
「えー? まだお昼食べてないんだけど」
「元気にしか見えないけど、そういう時こそ危ないことだってあるんだから。違和感がある時、気軽に相談できるお医者さんが側いるのは、とても恵まれていることなのよ?」
「う、確かに」
それじゃあ手早く終わらせましょうか、と微笑んだフランさんに笑い返す。引き続き魔物の包みにかけた固定化魔法を解除し、ナイフで分解。魔法や道具であらかた分析し、種類ごとに分別する。
こういう解体・鑑定作業は、ギルド運営の素材買取受付を通して市営の解体場に任せる人がほとんどだ。しかしここで貴重な性質の素材が出てしまうと、市が『そこそこの値段で』買い取ってしまう。重要な素材は市の運営に回されてしまうのだ。
だからウチみたいな大手クランだと、クランハウスに解体部屋や機材を用意してある。キチンとレアモノだと分かった上で卸せば、市でもどこでも高値で買い取ってくれるからね。
部屋を使うリソースを得られるメリットが上回れば、我がクランでは自由に部屋を得られるのである。解体部屋も、そうして後から設置された部屋だ。
ちなみに私が提案した衣装部屋は却下され続けている。
***
というわけで、クランの中にはこの人のための部屋がある。医務室。
「こんにちはー、プロコール先生はいますか?」
「はい、空いてますよ」
扉を開けて中を伺えば、小柄で線の丸い医者、プロコール先生がこちらに振り向いた。穏やかで丁寧な口調と、クランに入ってから五年の間私たちを治してくれた治療技術、そして戦地での堅実な戦い方で、私たち全員の厚い信頼を寄せられる医者だ。
「どうぞ、座って。きみが来るなんて珍しいねえ」
「どうも。私自身は元気だと思うんですけど……」
先生に今日の経緯を話す。私が気絶したあたりで、微かに目を細める。
「うーん……不思議な話だねぇ。きみなら死角から毒を撃ち込まれても気づけるよね? 気づけなかったとしても、何かしらの自覚症状がないのは変だし……」
「自分でいうのもどうかと思うんですけど、そんなことはないんじゃないですか? 私ってほら、色々抜けてるし」
「いいや、こと戦闘中に、自分や仲間の命に関わることに関して、きみが過ちを起こすことはないでしょう。だからこその、金級なのですし」
「そっかー」
なんか褒められてしまって、照れる。とはいえ先生にわからないことが私にわかるとも思えないし。
「アーサさん、念のため体を一通り調べておきましょう。それから件の魔物についても、医者の目線で調べておきたいです。まだ死骸は卸していませんか?」
「はい。素材はクランの保管庫にしまってあります。筋繊維に分離できる部分が見つからなかったから、解体もしてないままです。倒した時にバラバラにはしちゃったけど」
「では後ほど、ひとつだけサンプルとしてご提供いただけますか」
「わかりました!」
会話をしつつ、先生は私の検査をしていく。体温を測り、血を抜き、ワンピースを脱いで呼吸器や心臓に聴診器を当ててもらう。プロコール先生は女性だし、そうでなくても信頼できる人だ。隅々まで見てもらおう。
「ふむ? ……アーサさん、今日何を食べました?」
「んー? 朝はクランで、パンにステーキとベーコンに卵、あと緑色の葉っぱのサラダ。お昼はまだです」
「空腹感はありますか?」
「ううん、今日はまだお腹空いてないです」
聴診器を外し、私の喉にそっと手を当てる先生。表情は柔らかなままだが、真剣な眼差しだ。
「……呼吸や、喉元に違和感を感じていませんか?」
「えーと、特には。先生の手が温かいです」
「喉の奥の、ここ。中央が微かに、膨らんでいるのがわかりますか?」
「え?」
自分の手で喉をさすってみる。
なにが
「これは……」
「先生?」
一瞬、先生の眉間に皺がよる。なにか恐ろしい病気でも見つかったのだろうか。萎縮する私に気づいたのか、直ぐにプロコールさんらしい朗らかな笑みを浮かべた。
「大丈夫ですよ、何があっても、見つけて、治すのが医者ですから。ひとまず目視で喉を診たいので、口を開けて上を向いてください」
「あーひ」
「舌を押さえますよ。苦しくなったら膝を叩いてください」
「れろ」
銀色の器具が私の舌を押さえ、先生が私の喉奥を。
覗き込んだ。
虹色の光が、先生の瞳に反射したような気がして。
「……………………」
「えうえ?」
「いえ、大丈夫ですよ。私の気のせいだったみたいですね」
喉から引き抜かれた器具と私の唇が涎の橋をかけるのを拭きとりつつ、先生があらためてこちらを向く。その表情はいつも通りにしか見えない。
「そうですね、特に病気や注意すべき症状も見られません。一時的な気絶にせよ、体の変化にせよ、成長、ということでしょうね。貴女もまだ十七です。鍛え方次第では、骨格が変わる人だっている年代です」
「はあ、成長」
なんとも気の抜ける話だ。
「私としては、自分の力の振るい方に気を抜けなくなった……ということですか」
「それはもう、常々やってください」
先生に苦笑いされてしまった。それから簡単な血液検査を行なっても、異常なし。全ての指標で健康そのものとのこのだった。
なんにせよ、先生のお墨付きが貰えてよかった。いそいそと着替えを済ませていると、おもむろに先生が声をかけてきた。
「アーサさん、できれば件の魔物はすべて、私に卸してもらえませんか?」
「え、全部ですか? それに卸すって……」
「大丈夫ですよ、これでも貯えはある方です」
先生の提示した値段を見て、慌てて手を振る。身内での素材の取引はわりとありふれたものだけど、いくら何でも高すぎる。
「いやいやそれを言ったら私の方がお金いっぱいあるし! 治療代はいつも格安だし!」
「ふふ、ほんとに大丈夫ですよ。それだけの魔物を買い叩くというわけにはいきませんから。それにその魔物に問題がないことがわかれば、改めてアーサさんが成長したということを確認できます。どうか」
「先生……」
なんて出来た医者なんだろう、プロコール先生は。
私は彼女に素材の管理票を売って、それなりの金貨を頂いた。流石に最初に提示された大金は受け取れない、と言えば、では手持ちの分で、と言われてしまえば断りづらい。でもなんだか狙われたような気もする。
「ああ、それから。成長を確かめる、などの理由で、くれぐれも自爆などの危険な実験はしないように」
「うぐっ! や、やるわけないじゃないですか!」
最後に釘も刺されつつ。
「では、魔物の素材はくれぐれも
「
などと。
お読みくださりありがとうございます。今回はエロ少なめですみません。
今後もこういう物語を転がすばかりの話が挟まることもあるかもしれませんが、これから目玉魔物(仮称)君ががんばってアーサちゃんをデロデロにしてくれると思います。
それから、いちおうハーメルンの名前をツイッターと揃えておきました(特に小説とかハーメルンの話もしてないアカウントなのでリンクなし)