【挿絵表示】
飼い猫のマロンの事が大好きな、ごくごく普通の女の子。
マロン。
【挿絵表示】
飼い主の ゆりかの事が大好きな。ごくごく普通の飼い猫。
だったんだけど、星降る夜に何故か、人の姿になっていた。
夏休みのある日。
ゆりかは、部屋の窓から夜空を見上げていた。
年に一度の流星群の夜は、夏休みの宿題に困った子どもたちの強い味方だった。
ゆりかも例に漏れず、本当ならどこかキャンプにでも行こうかと お母さんたちと話していたのに、その前日に熱を出して寝込んでしまっていた。
「うぅぅ…」
熱も引いてきたとはいえ、やっぱり夜更かしするにはまだつらく、起きているつもりでも、うつらうつらと頭が傾いてきてしまう。
別に、キャンプがダメになった事自体は良い。
生粋の都会っ子である所のゆりかには、大自然よりもコンクリートジャングルの方が性に合っている。不自由な思いをしてまで野生を楽しむ趣味もなく、キャンプに行ったからって、管理された遊歩道をちょっと散歩するくらいがせいぜいだっただろう。
宿題の素材集めも、お庭でお父さんがやってくれるっていうし、このまま寝てしまっても、別に困る事なんかなかった。
お星さま…綺麗だな。
もちろん、そのくらいの情緒はある。
普段はお月様の輝きにしか目を向けない夜空でも、こうして一つ一つの光彩に目を向ければ、惹きつけられるものはあった。
一つ、星が流れた。
「えっと…あ」
まだ残る微熱のせいで、頭が働かないのもあったけど、やっぱり、急に流れてくるお星さまに願うには時間が足りない。
だからみんな、こぞって願うんだろう。
星降る夜。流れる星のどれか一つにでも願いが届けばいいなって。
そんなミーハーなイベントに乗っかろうとしたバチが当たったのか。
今の私のお願い事なんて、早く風邪が治りますように以上の事もない。
「にゃぁ…」
「ん? マロンもみる?」
ぼぅっとしたままに夜空を見上げていると、お膝の上で丸まっていた 猫のマロンが小さく声を上げ、流れ星を目で追っていた。
「あのね? お星さまにお願いごとをすると叶えてくれるんだって」
ネコのマロン。茶トラの女の子で、嬉しいときも、楽しいときも、小さい頃からずっと一緒だった。こうやって風邪を引いて辛い時にだって、彼女のお陰で寂しかった事なんて一度もない。
優しい姉のような、手の掛かる妹のような。もしかしたら、お母さんよりも素直に甘えられる、私の一番の仲良しだ。
マロンにも叶えたい願いってあるのかな?
喜んでるとか、不機嫌だとか。見なくても、は言い過ぎだけど。声を聞いたり、こうして撫でている分には、分かって上げられる自信はある。
けれど、その辺の機微はいまいち伝わってこない。
あんまり感情を表に出さない彼女の願いごとってなんだろう?
ご飯を一杯食べたいだとか?
そんな食いしん坊みたいに言ったら、マロンは怒るだろうか?
もっと、お話できたら良いのにな。
「あ、そうだ…」
一つ、願い事を思いついちゃった。
風邪が治りますようにだなんて、野暮ったいお願い事よりも、もう少し夢のあるお願い事だ。
「マロンともっと仲良くなれますように」
今だって十分仲は良いんだけど、彼女の考えている事をもっと知りたいなって思えば、こんな夢みたいな内容も思いつこうってもんだ。
それで、限界。
眠気に負けた体を横にして、ゆりかは布団を被り直した。
チリンっと鈴の転がる音がする。
私の膝の上から降りたマロンが、枕の横にやってくるとペロッと頬を舐めてくれた。
「んっ。おやすみ、マロン…」
同じ様に彼女の頬に唇を触れさせると、返事の代わりに鈴の音が返ってくる。
隣で丸くなったマロンの体を撫でながら、うつら、うつらと、這い上がってくる眠気に負けたゆりかは、そのまま眠りに落ちていった。
ー
その日の深夜。気まぐれに目を覚ましたマロンは、自分の体の違和感に気づく。
なんだか体が固く、思うように動かない。
それに、いつもより肌寒かった。
眠っている内に変な体勢にでもなってしまったのだろうか?
ぐぅっと、体を起こして背中を伸ばす。
けれど、伸ばした腕が固いベットの縁にぶつかると、鈍い痛みに声が出てしまった。
「いたっ…あ、へ?」
声だ。ていうかコレは、人の使う言葉のようにも聞こえて、ぶつけた指先もそのままに、自分の唇に触れてしまう。
けれど、唇に触れた指先には毛がなかった。
毛はないけれど指はある。
いやさ、ネコの手にだって指はあるけれど。これはだって、あの子の、ゆりかと同じ人の手だ。
開いた両手を目の前に、閉じて開いて宙にかざす。
間違いなく自分の手だ。感覚だってあるし、違和感だってない。
なにが、どうなって?
訳も分からず周囲を見渡すと、窓ガラスに映り込んだ自分の姿に答えを見た。
「…」
人に…なってる?
肌寒かったのは、全身から毛が無くなっていたせいだ。
手をぶつけてしまったのは、体がそれだけ大きくなっていたからだ。
「いたっ」て、いつもと違う音が、喉を震わせたのだってきっとそう。
これ、ホントにボクなのか?
鏡写しの自分と手を重ねてみると、冷たいガラスの感覚が伝ってきた。
栗色の長い髪。頭に乗っかった大きなネコの耳。
青と金、色の違う二つの瞳。細い首には、ゆりかから貰った首輪の鈴がチリンと音を立てていた。
ボクらしい事はボクらしい。
Tシャツ一枚。ゆりかがいっつも撫でてくれていた体毛の代わりに、見下ろした体はそれだけを着させらていて、女の子らしい胸の膨らみも確かにあった。
そりゃ、人になりたいとは思ったけれどさ。
星降る夜の願い事。
流れ星の一つに向かって、マロンは ぽつりと呟いていた。
人になってみたい。ゆりかとお話をしてみたい。
もっと、ゆりかと仲良くなれたら良いなって。
ただの気まぐれ。
本気でそう思っていたわけじゃない。
叶えば良いなと思っても、叶う訳がないのも知っていた。
まるで夢みたい。
こんな深い夜のこと、むしろそっちの方が納得が出来る。
けれど、体に感じる感覚はどれも本物のようで、現実と何一つ変わる所はなかった。
それはだって、ボクが刻んでいる胸の鼓動も変わらなかったから。
「ゆ…り、か、うん。ゆりか…」
小さく、彼女の名前を呟くと、少しだけ胸の中がくすぐったくなった。
よそから見たボクと彼女の関係は、飼い猫と飼い主に間違いは無いんだろう。
飼い主と仲がいい。よそのペット事情には疎くても、それだけで、幸せな部類に入っている自覚はある。
彼女がまだ幼い頃からずっと一緒だった。
ゆりかの事で、ボクが知らない事なんてないって自信もある。
朝に弱い ゆりかが好きだった。ボクが毎朝起こしてあげてるのに、寝坊助のキミは2度寝しちゃって、いつも慌てて飛び起きるんだ。仕方ないなって、何度呆れたかも分からない。けれど、手の掛かる子ほど可愛いっていうのか、いつの間にかそうやって、起きないキミを起こすのがボクの楽しみになっていた。
母親に叱られて泣いてた時だってそうだ。
悪戯をしたり、学校の宿題を忘れて遊んでたり、部屋を散らかしてたり、嫌いなものを食べれなかったり。
色々在ったけど、一番可愛かったのは、最後におねしょをした時だったと思う。
夜に見た怖い映画せいかな。その日は、なかなか寝付いてくれなくって、ボクの事を抱きしめながら、キミは一晩中震えててさ。そんな有様だ、一人でトイレに行くなんて絶対に無理で、片時もボクから離れようとはしなかった。
うつら、うつらと、浅い眠りを繰り返しては、小さな物音に目を覚ます。
明け方になって、ようやく眠ってくれて、やっとボクも眠ることが出来た。
その朝。キミが中々起きてこないから、母親が部屋にまでやってきてさ、その時のキミの顔といったらもう。
失敗して、落ち込んで。恥ずかしくって、赤くなる。でも、母親の顔を見て安心したせいか、ぶわぁって急に泣き出して。先に泣き出されたものだから、母親だって怒るに怒れなくなっていた。
あの表情を、愛おしいという意外に例える言葉をボクは知らなかった。
友達とケンカして怒って帰ってきた時も。
最初は頬を膨らませていたのに、時間が経って、少し落ち着いてくると、自分が悪かった所にも気づいたんだろう。ボクに「どうしよう」って言われても困るよ。キミが悪くたって、ボクはキミの味方をするけれど。キミの友達の事は何も知らないんだから。
今日みたいにさ、体調を崩して、不安そうにしているキミの顔だって知っている。母親には大丈夫って強がっておきながら、一人になるとずっとボクに話しかけてたよね。そのうちに疲れて寝ちゃって、いつもとは違う苦しそうな寝顔にどれだけ心配させられたか。
キミは知らないんだろうね。寝相の悪いキミに、ボクが何回潰されかけたか。
最初は守って上げようって、寝かしつけるつもりで一緒にいただけだったのに、いつしかボクもキミと一緒に寝るのが当たり前になっていた。おかげで、キミの枕元が一番安全だって身に染みてしまったんだけど。
でもさ、ボクが一番好きなのは、キミの笑った顔なんだ。
おはよう、マロン。行ってきます、マロン。ただいま、マロン。おやすみ、マロン。毎日、笑顔で話しかけてくれるキミの事が好きだった。一緒におやつを食べながら、よくわからないテレビをそれでも楽しそうに見ているキミを見ているのが好きだった。
膝が空いていれば居座りたくなるし、頬にご飯粒が付いてなくたって舐めてあげたくなる。くすぐったそうに笑いながら、ボクの頬にも顔を寄せてくれ、ぎゅっと抱きしめられて、キミの鼓動を感じながら撫でられただけでもう、その日一日はハッピーなものだ。
好きだよ、ゆりか。
愛してるって人は言うんだろうけれど、その言葉ですら物足りない。
ボクが守ってやらないと。
幼い彼女の姿に抱いた庇護欲は、今でだって変わりはしないけど。
あの時と、今とでは、少しだけ心の色は違っていた。