慣れるもんだな。
美人は3日で飽きるという言葉の意味を、正しく感じる3日間だった。
キャンプから戻って熱を出して、落ち着いて考えてる暇が無かったのが良かったのか、何時のまにやら飼い犬が女の子になってる自体を当たり前に受け入れている自分がいる。
最初の内はどうして良いかわからないくらいだったのに。
今やちょっと抱きつかれたくらいでは…。いや、恥ずかしいことは恥ずかしいけど、まぁ、それも、目に見えて慌てる程ではないくらいには落ち着きを見せていた。
「はぁ…」と、口から零れた溜息が浴室に響く。
思い返すのは北斗の笑顔。それと同時に、体にも目がいってしまう。
ふらふら と揺れる尻尾。パタパタと泳ぐ足。ちらりちらり と覗けそうになるスカートから、慌てて目を逸らすのにも慣れてきた所だ。
見たくない、興味がないと口にすれば流石に嘘だけど、こんな盗み見るような真似をしたい訳じゃ無い。欲を言えば北斗の方でも気をつけて欲しいんだけど、何度言っても首を傾げられるばっかりで、見られる自分に頓着してる様子もなかった。
なんなら見せつけてきてるんじゃないかって、勝手な妄想を慌てて振り払いながら、湯船の中に顔の半分を沈めて、ぶくぶくと独り言を繰り返す。
「北斗は北斗。北斗は北斗…」
半ば自己暗示だ。どうあれ、北斗が変わらない信頼を僕に向けてくれているのなら、僕はそれを裏切れない。それでも、ついと思い浮かんでしまう彼女の体が眩しすぎた。
なにより、その大きな おっぱいに目が行ってしまうし、気恥ずかしさに視線を逸らせば、お腹に、太ももに、何処に目をやっても女性的な魅力に溢れている。
顔だって可愛い。髪だって綺麗だ。不意に抱きつかれた時の温もりを思い出せば、湯船のお湯より顔が熱くなってしまいそうだ。
頭を冷やそう。
1回冷たいシャワーでも浴びてさ。
ああ、でもダメかもしれない。
ムクムクと、股間のモノが大きくなっているのに気づく。
こんな状態じゃ、お風呂から上がれない。仮に少し落ち着けた所で、今夜もきっと、北斗は僕と一緒に寝たがるだろう。
一度抜いてしまおうか。
どうしようもなく北斗の事を考えてしまうんだろうけど、冷たいシャワーを浴びるより、よっぽど落ち着ける気がした。
少なくない罪悪感と、確かな興奮。
流石にこのまま中でする訳にもいかず、一旦湯船から上がった僕は、これからの行為を誤魔化したくてシャワーの蛇口を捻ろうとした時だった。
ガチャガチャと、俄に騒がしくなった脱衣所から聞こえてくる母さんの声に慌てて股間を隠す。
「はるか」
「な、なにっ?」
「ついでに北斗も風呂に入れてやって」
「は? 何言って、ちょっ、まってってっ…」
聞き返す間もなく、ガラッと開いた扉の向こうから投げ込まれたのは、裸ん坊に剥かれた北斗だった。誰がやったのかなんて言うまでもなく、僕の抗議が聞き入れられるわけもない。
だって、ちょっと前までは北斗をお風呂に入れるのは僕の役目だったし、それを面倒に思うどころか、楽しんでやっていた覚えもある。
もふもふの毛を泡立てて、体中を撫でくりまわす。くすぐったいのか、逃げ出す北斗を捕まえて、一緒になってくすぐりあった。
いつもと同じようにしてやれば良いって? 出来るわけ無いじゃんっ。
目の前には裸の女の子。たとえ狼めいたミミと尻尾が生えていたって、そこは何も変わらない。これが実年齢通りなら何とも思わなかったのかな。
でも、今の北斗はどう見たって僕より年上で、体つきだって大人の女性と遜色は無いどころか、どんなグラビアにだって負けてはいない。
「はるか?」
「な、なにっ!?」
もう、慌てることはないだろうと思っていた。でもそれは違っていたみたいだ。
胸が痛いほど苦しくなって、のぼせたみたいに顔が熱くなる。
慌ててそっぽを向こうとする間際、目に焼き付いた胸の膨らみが ふるんっと揺れて、そんな光景が何度も頭の中で繰り返された。
「はるか?」
「だから、なにっ!?」
「何じゃないよ? 洗ってってば」
「洗え…ないだろ、そんな…さ」
「ん? 後ろ向いたら良い?」
濡れたタイルを擦る音。引きずられる椅子と、そこに何かが座る気配。
「ほら、はるかっ。はやくはやく。遊んでるとまたママ(ボス)に怒られるよ? ご飯抜きにされるのやーだー」
急かすように振るわれた尻尾が、ペチペチとタイルを叩きだす。
なんていうか、ズルいと思うんだ。
背中からなら平気かと思って顔を上げれば、白い素肌にすら目を奪われる。
逸らせるものなら逸らしたい。だけど、髪の隙間から覗く細い首筋や、華奢な肩幅。僕より背が高いくせに、裸になった北斗の背中は如何にも繊細で、女性を感じさせるには十二分に過ぎた。
大丈夫、大丈夫。
だって、北斗は北斗だろ?
そうでなきゃ困る。だって北斗は手のかかる妹みたいなもので、裸だって何度も見てるし…犬のだけど。でも、この胸のドキドキは、まるで初めてエッチなものを意識した時にも良く似ていたんだ。北斗の裸を前に、穏やかでいられない自分がよく分からなくなってくる。
可愛い。
同じ言葉のはずなのに。
それは、普段の彼女に向けていた感情とは、また別の響きを持って僕の胸を苦しめていた。
「じゃ、じゃあ…洗うぞ?」
「うん」
シャンプーを手に広げて、北斗の髪に塗り拡げていく。
わしゃわしゃと、いつもなら少し乱暴なくらいに洗っていたのに、遠慮がちな指先の動きは鈍く、思うように手が進まない。
「ねー、はるかー。もっと、わしゃわしゃーっていつもみたくー」
「えぇぇ…。いや、でもそれは…。はぁ、わかったよ」
やらなきゃ終わらない。
一人で洗いなって、突き放す道もあったんだろうけど、甘えてくる北斗にそれを言うなんて思いつきもしなかった。
わしゃわしゃ…。
「もっとー」
わしゃわしゃわしゃ…。
「もっとだってばーっ。いつもみたいにこー、がーってさっ」
「がーって…そんな乱暴にしたこと無いよ。えっと、じゃあもうっ、こうで良いっ!」
「きゃはははっ♪ くすぐったいよ、はるかっ♪ にひひっ、あはははっ♪」
北斗に強請られるまま、豊かな髪の中に指を突っ込むと、泡立ったシャンプーが もこもこ膨らみ、その体積を増していく。
楽しそうで何よりだ…けど。
僕の方は堪ったものじゃない。
ただ髪を洗うだけならまだいい。北斗の裸体に目を奪われるのだって我慢はできた。でも、くすぐったそうに北斗が身を捩る度、嬉しそうに振り回される尻尾が、僕の腰を打ち付けてくるんだ。
いくら意識しないようにしていたって、直接的な刺激から逃れられない。
泡立ったシャンプーみたいにむくむく と。膨らんだ欲望から もたらされる甘い刺激に喉が乾き始めてもきた。
「はいっ、もうおしまいっ。後は自分で洗ってよ…」
「えーなーんーでーっ。まだ頭だけじゃんっ、いつもみたいに全部洗ってよー」
出来るかっ。
全部だなんて、そんなの、それは、全部見えちゃうってことじゃないか。
いや、見えるだけならまだ良くって。なにより気がかりだったのは、北斗の肌に直接触れなきゃいけないって事。
今だって、泳いだ視線の先を見つめてしまう。
あの肩越しに、背中の向こうに、北斗のおっぱいがあるって嫌でも意識させられる。
考えれば考えるほどに欲望は上向いて、とうとう隠してもいられなくなりそうになった頃だった。
「ぇぅっ…ひくっ…」
すすり泣き。
北斗に背を向けようとした僕を、まるで引き止めるように彼女の鼻声が聞こえてくる。
「ど、どうしたの?」
聞かずにはいられない。また僕の失言が彼女を傷つけてしまったのか?
無視するなんて頭にも浮かばず、心配のままに振り向いてみれば、声を頼りに僕の方を向いた北斗の顔は、ただ泡まみれになっているだけだった。
見れば分かる。垂れてきたシャンプーが目に入って痛いんだろう。
何度も何度も手で拭っては見るものの、むしろ、下手に顔を拭うものだから溶け出した泡の塊が余計に泡立ち、北斗の顔は羊の毛みたいに覆われていた。
「泡…めに、いたい、はるかぁぁぁ…はるかぁぁぁ…どこぉぉ」
「ああ、もうっ。ちゃんと目閉じてないから…」
とはいえ、泡立てるだけ泡立てて放置してしまった僕に責任がないとも言えなかった。
「ほら、こっち向いて。お湯出してやるから、ちゃんと顔洗って?」
「う、うん…」
込み上げてくる恥ずかしさを一旦脇に置き、お湯を出したシャワーを彼女に剥ける。流れだした泡をふるふると、頭を振った北斗が水気を払う頃には、かわいい顔を覆い隠していた泡は何処にもなく、涙の粒も排水口の向こう側。
だっていうのに、北斗は僕の前で頭を下げたまま、一向に顔を上げようとはしなかった。
「ねぇ、はるか…」
「なに? まだ泡残ってる?」
「ううん。じゃなくって…はるかは北斗とえっちしたいの?」
「ぶふっ!!」
堪らず吹き出した。今の状況を思い出したってのもそうだし、北斗の口から飛び出した思いも寄らない単語に顔が熱くなる。
「ばっ、えっ…て、なんだよっ、きゅうにさ…」
「だって、ちんちんおっきくしてるし」
「いや、べつにっ…このくらい、普通だし…」
「普通、なんだ…」
ぽつり。呟いた北斗は、そのまま自分の体へと視線を移すと、首を傾げてみせた。
それは、いつもと変わらない北斗の癖。不思議そうに首を傾ける仕草は愛らしく、つい微笑んでしまいそうにもなるが、目の前の現実がそれを許してはくれなかった。
「はいる…かな? ね? はるか? それ、もっとおっきくなるんでしょ?」
「ならないよっ!?」
「? でも、それが普通だって、さっき」
「いったけど…。いや、でもさ…そういうのはだって…」
「? はるか は、ほくと と エッチしたくない?」
「っっっ!?」
見上げられて、見つめられて、僕の顔を覗き込んだ北斗が首を傾げて見せる。
可愛い。そこに何の不足もなく、性的な衝動が僕の胸を打つ。
キラキラと輝く奇麗な瞳。ふわり、粉雪が積もったような白い肌。
細い首筋、華奢な肩幅。流れた水滴が溜まる鎖骨のくぼみ。
視線が泳ぐ。いや、泳いですら無い。ただ流されているだけ。
まるで滝から落ちる水みたいだ。ダメだと思っても、自分ではどうすることもできなくなって、体の芯を疼かせる衝動をのそのままに、北斗の胸元へ、二つの膨らみが形作る谷間を見つめてしまっていた。
もう、ちょっとだけ。
思わずにはいられない。
たまたま運良く崖っぷちに手が掛かっただけ。
もう数センチでも、数ミリでも、視線を動かせば北斗の乳首が見えてしまう所に僕はいた。
顔は熱いし、胸はドキドキとしすぎて痛いくらい。
股間の違和感はドンドンと膨らんでいて、北斗に指摘された時よりも、確実に大きくなっているのが自分で分かる。
「ねぇ、はるか?」
「な、なに?」
「いいよ? ほくと は はるか とだったら…」
ニコっと、微笑んだ北斗の顔は今まで僕が見たことのないものだった。
手のかかる妹。いつも僕を困らせて笑っているような、いってしまえば子供っぽい、そんな笑顔が似合う彼女が初めて見せた大人びた表情。
色っぽいっていうか、もっと艶やかで。見ているだけでも吸い込まれそうだった。
触ってみたい。思った頃には指先が伸びていて、僕が触りやすいようにと、体を起こした北斗の胸が たわわに弾む。
「はるかー、ほくとー。いつまで入ってるの? ご飯、もうできてるよ?」
良い所で? 良い所に?
果たして、その時の僕は一体何を考えていたんだか。
「ごはんっ♪」
花より団子。というよりも、もはや条件反射的に北斗は風呂場を飛び出していってしまった。
「え、あっ、まって北斗っ! そのまま出たら…っ」
「ぎゃんっ!」
止める僕の声も虚しく、その後すぐに響いた悲鳴。きっと母さんのゲンコツが落ちたんだろう。そりゃそうだ。髪も、体だって拭いていない。涙目で戻ってきた北斗を前に、ほっとしたような、残念なような、複雑な気持ちは消えないままだった。
ー
最初に母さんの顔を見て、次に父さんの顔を見る。
髪を乾かしている間にも、もう待ちきれないとソワソワしていた北斗が食事の席につくと、最後に僕の顔を見つめてきた。
「いただきます」
全員で声を揃えて、手を合わせる。
パンっと音がなるほどに響く手拍子。元気のいい挨拶も微笑ましく、勢いのままに食べ始める姿も可愛らしい。
なんか、拍子抜けだ。
お風呂場でみた北斗の表情は、思い出しただけでもドキリとする。
同じ女の子のはずなのに、まるで別人のように見えて怖い。
こうやって食事にがっついてる分には、いつもの北斗だなって、僕の知ってる北斗だなって。どんなに見た目が変わっても安心出来るのに、さっきの彼女の顔が頭をよぎる度、どうしようもなく不安になった。
北斗は本当に、僕の知ってる北斗なんだろうか?
いいや違う。
僕が本当に不安なのは、次にああなったら僕の方こそ我慢が出来ないんじゃないかって事。北斗の体に触れてみたい。あと少し、母さんが声をかけるのが遅ければ、あの時僕は北斗に何をしていたんだろう?
薄っすらとでも、彼女を押し倒していた自分の姿が見えるんだ。
ダメだっては思うのに。悪い予感を追い出そうとすればするほど、その事ばかりを考える。北斗の裸が気になってしょうが無い。股間の違和感が膨らむほどに、喉がきゅぅっと締まるような心地を覚えてしまう。
息苦しさに耐えかねて手を伸ばす。
そこにはいつもの北斗がいて。
僕は彼女を。
「ねぇ、はるか? はるかー。はるかってばっ!」
「なっ、へっ、あ、あぁ…なに、北斗?」
「何じゃないよー。それ、食べない? 食べないなら ほくと が食べて良い?」
一人悶々と、いつもの食卓に居心地の悪さすら感じ、食事の手も進まなかった。
北斗に突かれて、ようやく気を取り直した僕は、下から見上げてくる彼女の顔に、またドキリとさせられる。
心配そうに? いや、ちがう。仮に心配してくれていたとしても、それは僕の体調なんかじゃなくて、余った おかずが自分のものになるかどうか期待している表情だ。
「はぁ…よだれ、拭きなって。口の周りもさ…」
ティッシュを手に取り。汚れた北斗の口元を拭ってやる。
一体彼女の何処に異性を見たんだろう。こうして世話を焼いていると、自分の性癖でさえ疑わしくなってしまう。
「自分のは全部食べたんだろ? 今日はもうおしまい」
「えぇぇぇっ…! なんでっ、なんでっ!」
「なんででも」
ぶーたれてる顔がいくら可愛くたって、ダメなものはダメ。
上げれば上げるだけ食べるんだから、彼女の健康を思えば、心を鬼にするのだって大切だ。
「はるか のケチっ! そんな意地悪言うなら、もう ほくと とエッチさせたげないからっ」
その瞬間、お茶の間が凍りついた。
いや、概ね固まってしまったのは男性陣の方で、そうそうに我感せずを貫いた父さんは正しい。僕だって、当事者じゃなければきっと その場から退散していたはずだ。
「なっ!? 違うからっ、僕何もしなかっただろうっ!」
「違わないっ! ねぇ、聞いてよママ(ボス)はるか の ちんちん、こんななってたんだよ。普通だなんてさっ、絶対ウソっ。だってねっ、前見た時はあんなじゃなかったもんっ!」
とうとう母さんまで巻き込んだ北斗を恨めしく思いながらも、次にはゲンコツが飛んでくるんじゃないかと身構えた。だけど、僕の予感とは裏腹に「ふふっ…」と、漏れた笑い声を皮切りに、母さんの肩がクツクツと揺れ始める。
「ふふっ、あははははっ。え、なになに? はるかのこんななってたの?」
「うん、そうっ! こーんななってたのっ!」
大げさに両手を広げて見せた北斗の姿に、母さんの肩の揺れ幅はますます大きくなっていく。
「そっかぁ…。ふふっ、くっ、ははははっ。それだと、くふっ…あはっ、父さんのより大きいねぇ」
「おおっ…。よかったねっ、はるか。パパのより大きいってさっ」
何も良くはない。
急にやり玉に上げられた父さんがチラリと僕の方を見てくるが、「ごめん」と言外に目を伏せる以外に出来ることがない。
「でもね北斗。そんなに大きいと大変だよ?」
「それねー。ほくと も思うんだ。ほんとに入るのかなーって。ママ(ボス)はパパの入ったの? 痛かったりしなかった?」
「まぁ、少しはね?」
「そっかぁ…。痛いのはなぁ、でも…」
「うん。だから、勢いでしちゃわないで、ちゃんと遥と話し合ってね? 良いことばっかりじゃないんだから、初めてなんて特にね」
一体その言葉は誰に向けたものなのか。考え込んでしまった北斗の頭を撫でながらも、母さんの視線は僕の方へと向けられていた。
「いや、まってまって。なんで、僕が北斗と…その、するみたいな話なってるの?」
「しないの? ちょいちょい北斗の事見てたでしょ?」
「いや、そうだけど…。でもだからって、少しは息子のこと信用してよ」
「隠れてされるよりはまぁ…ね? ダメよ? その場の勢いでしちゃったら、北斗も傷つけるし、遥だって絶対後悔するんだから」
「ああ、もういいって!…ごちそうさまっ!!」
残っていた食事を一気に掻き込んで席を立つ。
逃げたと笑われれば その通りだけど、強く反論することが出来なかったのもまた事実。
したくないと言えばやっぱり嘘だ。
今だって、なんかチリチリするような感覚が体の奥の方で引っかかっている。
それを無視するなんて出来なかったし、今一人で解消しようとすると、どうしたって北斗の顔を思い浮かべてしまってダメだった。
こんな日はさっさと寝てしまうに限る。
そうそうに布団に籠もり、無理矢理に目を閉じては見たけれど、中々眠気はやってこない。その内に、布団の中に忍び込んできた北斗の方が、先に寝息を立て始めるくらいだ。
カチ、カチ、カチ…。
すぅ…すぅ…すぅ…。
耳鳴りのような時計の音と、穏やかな北斗の寝息が聞こえてくる。
布団の中でゴロゴロと、それにも飽きてくると、熱の籠もった布団から逃げるように起き上がっていた。
「いいよな、北斗は…」
隣で寝ていた彼女のミミがハタと動いた。起こしてしまったかと心配したけど、それは杞憂で「むにゃ」と、ありきたりな寝言を零すだけ。
水でも飲もう。
寝ることを一旦諦めた僕は、こっそりと部屋を抜け出した。
階段を降りて、冷蔵庫を目指すその途中。リビングの向こう、縁側でタバコの明かりが灯っているの気づく。
「父さん、ちょっといい?」
「ん、ああ…どうした遥?」
振り返った父さんは僕に気づくと、咥えていたタバコを揉み消した。
「あ、ごめんね、タバコ…」
「いいさ、もう無くなりそうだったしな。それより、こんな時間にどうしたんだ?」
「うん、ちょっと…。となり、良い?」
「ああ」
隣に座ってみたまでは良いものの、果たして何を喋ったら良いものか。
声を掛けたのだって気まぐれにも近く、言いたいこと、聞きたいことはあるけれど、なかなか言葉にはなってくれなかった。
「北斗の事は好きか?」
「そりゃ、好きだけど…。え、なに? そういう話するんだ?」
「違ったのか?」
「違わないけどさ…。なんか、うん。なんて言っていいか分かんなくって」
「父さんも、良いとは思う。隠れてされるよりはな? 見つからないようにって、逆に危ないことされるのも怖い」
「うん、それは分かる。けど、その、するしないじゃなくって…。なんかこう、やり方…みたいな? 上手くしようってまでは言わないけど、傷つけないようにっては思うじゃん?」
「そっちかぁ…。いや、そうだよなぁ…」ぼやいた父さんは両手で顔を覆ってしまう。かと思えば、天を見上げて声を漏らしていた。
「やっぱり…痛いん、だよね? 最初はさ…」
「母さんの時は…って、親の事情なんて聞きたいか?」
「いや、あんまり…」
「かといって、こればっかりは見ててやるわけにもいかんし」
男二人、縁側に並んで溜息を吐いた。
聞きたいことは色々合ったし、教えてやりたいのも山々だったが、どうしても家族のプライベートな部分に触れる以上、あまり深い事情までは話せない。
「そうだな…えっと、エロ本は?」
「まぁ、そりゃね。でも、ああいうのって、大げさに描いてるっていうか、そういうとこ、あるでしょ?」
「まぁな。あんまりに鵜呑みにすると、意外と思い通りにならなくて苦労するぞ」
「したんだ…」
「あはははっ…。父さんから言えるのはそうだな、大事にしてやれってくらいか。あんまり焦ってやっても良いこと無いぞ。意外と無茶は出来るけど、だからって乱暴にして良いわけじゃないしな」
「どうしてもダメだって思うなら」と、肩を組んだ父さんが、こっそりと耳打ちをしてくる。
「1回抜いていけ、そしたら少しは落ち着ける」
いかにも、実体験に基づいたアドバイスの後、パンっと背中を叩かれた。
「おやすみ遥」
「うん、ありがとう父さん。おやすみなさい」
単純なもんだ。何を言われるよりも、たったそれだけの事に背中が押された気がする。部屋に戻る父さんを見送った後、一人夜空の星を見上げて思う。
これが夢なら、もうちょっとだけでも覚めないで欲しい。
この一晩だけでいい。流石に3回も唱えてられないけれど、流れ星を見送った僕の覚悟は決まっていた。