静かだな。
少しだけ、意外に思ってしまう。
頭上を通る魚の群れ。水の中を歩いているかの様に配置された水槽の数々。
その中には有名な生き物や、TVやネットでしか見ない、珍しい生き物なんかに目を惹かれるのも仕方が無いことだけれども。
「ぉぉぉ…」
感嘆の声を漏らした北斗は、通路に立ち尽くしていた。
通り過ぎた小魚の群れを追いかけるように頭が動いたかと思えば、ゆったりと泳ぎ去る大きな魚の後をついていく。
はしゃいで、走り回ったりしたら、どうやって落ち着かせようかなって考えていたんだけどな。そんな僕の心配は杞憂に終わったようだ。まるで波間に漂う様に、あっちへ ふらふら、こっちへ ふらふら。目的も無く水族館の中を彷徨う北斗は、心此処にあらずで、初めての水中世界に夢中になっていた。
綺麗だと思う。
いや、もともと綺麗ではあるんだけど、何ていうかさ。
いつも無邪気にはしゃいでいて、そんな素振りは見せないもんだから、つられて可愛がってしまっているけれど。
水槽の前に立ち尽くす北斗。
薄暗い館内に、その後ろ姿が白く浮かび上がって見えた。
熱心に、あるいは呆然と、水槽を見つめる彼女の横顔に差し込む明かり。
木洩れ日とは言わないか。波間に揺蕩いゆらゆらと。揺れる明かりに照らされる横顔はとても綺麗で、せっかく水族館まで来たっていうのに、北斗の方にばかり目が行ってしまう。
「美味しそう?」
なんて、ただ照れ隠しだ。北斗に見惚れる自分の姿を水槽越しに見つけてしまう。
茶化すように声をかけた僕に振り返った北斗は、不思議そうに首を傾けた。
「食べるの? あれ? お魚?」
「え? いや、だって。ほら、アジって書いてるし。この間一杯食べてたじゃないか、アジフライ」
「???」
まるで分かっていない。そんな顔をしている。
魚と魚が結びついていない。知識としては知っていても、僕だってそうだ。
今通り過ぎた魚の群れの一匹が、この間食べたアジフライのそれなんだと言われても、イマイチ実感が薄い。
実際、目の前で捌かれているのを見れば、納得出来るものなのかもしれないが。
いくら小魚とはいえ、腹を割かれて頭をもがれ、想像しただけでも、あまり気分が良いものじゃなかった。
「あ、分かったっ。はるか、ほくと 騙そうとしてるんでしょ? からかうつもりなんだ? アジフライが水の中泳いでるわけ無いじゃん。ほくとでも分かるよ そのくらいっ」
「いや、アジフライが泳いでるわけじゃなくってさ」
「べーっだっ。しーらないっ、はるかのうそつきー。あはははっ♪」
「あ、ちょっ、こらっ! 北斗っ、走っちゃだめってっ…待ってってばっ!」
結局はこうなるんだな。
さっきまでの美人は何処へやら。
捕まえようと伸ばした手がすり抜ける。
駆け出した北斗はいつもの調子を取り戻し、器用に人の流れを避けながら、まるで泳ぐように水族館の奥へ、奥へと、消えていってしまう。
「はい、走らないでくださいね」
あと少しで見失う。そんな矢先に聞こえてきたのは女の人の声だ。
係の人なんだろう。水族館の制服に身を包んだ女の人が、北斗の手を引きながら、僕の方へと歩いてきた。
とても手慣れている感じだ。
こうして走り回る子供は、決して少なくはないんだろう。
目に見えて怒りはしないでも、有無を言わせるつもりもない空気感は北斗にも伝わったようで、しょぼくれた顔をしながら素直に手を引かれていた。
「はい、君も走らない。ちゃんと二人で手を繋いで、仲良くね?」
「あ、はい。ごめんなさい」
僕の指と、北斗の指が触れ合った。
お姉さんに手を掴まれた僕たちが逆らえる訳もなく、触れ合った指先を仲良く繋いだのを確認した後、ようやくと開放してくれた。
「い、行こうか、北斗?」
「う、うん。はるか…」
チラリ。後ろを振り返って会釈をする。
「どうぞ、ごゆっくり」
気のせいではないんだろう。見送る笑顔の裏に感じた捕食者(サメ)の様な威圧感。
あるいは、僕達がもう少しだけ大人だったなら、これが嫉妬にも近い感覚なんだと気づけたかもしれない。けれど、そんなお姉さんの内心などつゆ知らず、これ以上刺激しないようにと、僕達は足早にその場を後にした。
ー
夏だ、海だ、とくれば、北斗は水着な訳で。
どうしてだろうな。下着姿も、お互いの裸なんてもう何度も見ている筈なのに。
夏の海がそう思わせたのだろうか? 日の照らす太陽の下、開放的な白い砂浜の上。初めて見た北斗の水着姿に、ドキッと胸が弾んでしまう。
「ねーっ! はるかはるかー♪ はやくー、こっち、こっちっ!」
手を振っている。ぴょんぴょんと跳ねている。
そこだけを切り取れば可愛いんだけど。北斗の大きな声は否応にも、周囲の注意を引いてしまい、飛んだり跳ねたりする彼女に視線が集まってしまっていた。
母さんも、なんであんな水着選んだんだか…。
聞いたってどうせ、あんたこういうの好きでしょって言われそうで嫌だ。
彼女の白いビキニは、ほとんど下着と変わらないような布面積しか無い。
体のラインを隠すものはなく、飛んだり跳ねたりすれば、北斗の、大きな、その…胸が、揺れ動いてしまうのは当然といえばそう。
じりっと、胸が曇る。
なんか、嫌だと思った。
周囲の視線が北斗に集まる。特に、男性の視線が多いのにも気づく。
それはそうだ。僕だって見てしまうんだから、他の人にとってはもっとだろう。
ヤキモチって言えば可愛いけれど、嫉妬って言うほうがしっくり来た。
僕の彼女なんだって、胸を張って言えばいい。けれど、砂浜の真ん中で愛を叫べる度胸もない。
「…いくよ、北斗」
「え、あ、うん。はるか? あ、まて…え? ん?」
北斗の手を取り、人の気の無い所を探して歩く。
一瞬、遊んでもらえると綻んでみせた彼女の顔は不思議と傾き、黙々歩く僕の後ろを遅れて付いてきていた。
「ねぇ、はるか、はるかってばっ。何処まで行くの?」
「え…どこって、あぁ…」
呼びかけられ、手を引かれて、ようやく振り返ることを思い出す。
みれば、さっきまでいた水族館を背景に、海水浴場の人だかりはずいぶん小さくなっていた。周囲を見渡しても、これと言って人影もなく、一つ上の道路を車が走っていくのを最後に、辺りは波の音に流されていく。
「あそぼっ、はるかっ♪」
「あ、ほくとっ…まってってっ…あ、ぷっ…」
「あはははっ! ほらほらほらっ!」
手を引かれ、僕と入れ替わるように北斗が前に出る。砂浜に足跡を残して、跳ねる様な水飛沫が波打ち際を賑わせた。何がそんなに楽しいんだろう。ルールもなにも無いのにさ。北斗の両手が海水を掬い上げる。パッと広がった両手から水が広がり、僕の体を濡らしていった。
遠慮なんか無い。
お互いに水着なんだ。どれだけ濡れても構いやしない。飛んでくる海水を背中で受け止め、その内に頭まで水浸しになってしまう。
ほんと、何がそんなに楽しいんだか分からない。でも、どうしてだかスマホでゲームをするよりも全然楽しかったんだ。
「このっ、北斗っ! いい加減にっ!」
「あぱっ! あはっ、やったなぁっ、はるかぁぁっ、とぅっ!!」
「あ、このっ!」
気づけば水の掛け合いだ。
本当に、ただ掛け合ってるだけ。
勝敗なんて付くわけがない。強いて言うなら先に体力の尽きたほうが負けで、そうなるともう、北斗の体力に僕がついていけるわけもなかった。
「はぁっ、はぁっ…もう、だめっ。ちょっと、北斗、休ませて…」
もうちょっと鍛えないとな。
そう思っても、今は体力の限界だ。
へたり込むように岩陰に腰を落とした僕は、やわらかい砂浜の上に体を横たえた。
「えーっ! もう疲れちゃったのー!」
「おぐっ! ほくと…おもいって…もうっ」
ぐっと、馬乗りになった北斗の体重がお腹に掛かっても、今の僕には彼女を押し返す体力も残ってなかった。
「エッチの時はあんなに元気なのにねぇ?」
「うっ、それは…今、関係ないだろ」
言われて、頬が熱くなる。赤くなった頬を隠そうとして顔をそむけても、真上から見下されていれば、隠せる肌の色は何処にもない。近づいてくる北斗の気配に広がる影。キスをされるのかもって期待して、けれど、唇が触れるその前に、ポツリと北斗は呟いた。
「さっき、怒ってた?」
「…怒ってなんか」
突然の図星に、思わず言葉を絞ってしまう。
「ウソ。そんな匂いしたもん。なんかこう…怒ってる時の匂いだったもん」
「…それじゃ、当てずっぽうと変わらないじゃないか」
「そんな事無いもんっ。してたもんっ、絶対っ!」
言ってしまえば野生の勘か。
誤魔化すことは出来ただろう。してませんって僕が強く言えば、不満そうな顔を隠さないでも、それ以上に踏み込まないとは思う。
そんな彼女の顔を思い浮かべると、少しだけ肩の力が抜けていった。観念したと言っても良い。溜息を付いた僕は、とりわけ冷静を装って言葉を返す。
「だって、なんか皆北斗の事見てたし…。北斗の事何も知らないのにさ」
「…やきもち?」
「…そうだよ」
頷いた僕の、何がそんなに嬉しかったのか。
にぃまぁぁっ…と、初めて見る笑顔で北斗の顔が綻んでいった。
「やきもちだーっ、はるかのやきもちだーっ。あははっ♪ 変なのっ、ほくとは はるかの なのにのねー。はるかだって、ほくとの なのにねーっ。やきもちやくんだー♪」
僕の上で船を漕ぐ。
水着のまま、お腹の上で、太ももの内側に挟まれた脇腹が、さわさわと擦れ、こそばゆいような刺激に胸がドキドキと高鳴った。
堪らず下腹に力が入る。北斗が揺れて苦しかったのもそうだけど、それ以上に股間が窮屈になっていくのを止められない。
「あ…ふーん。はるか、したいんだ?」
「…しない」
バレた。いや、バレるだろう。
怒ってるって、匂いでだって分かるんだ、僕がエッチな気分になってるのなんてバレて当然だ。
「しないんだ?」
ニコッと、北斗は笑って見せたけど、内心はきっとそうじゃない。
敵わないと思った。刷り込みにも近いのかもしれない。
笑顔の裏に感情を隠す。母さんも、さっきのお姉さんもそうだったけど、女の人は皆こうなるのかって、北斗も将来そうなったらと思うとちょっと怖い。
どうしよう。どうするのが正解なんだろう。
いや、正解を言うならするべきではないんだ。こんな砂浜の上で、いくら人気が無いからってもさ。岩陰に隠れてはいても、いつ他の誰に気づかれないとも分からない。
それなのに、でもって、考えてしまう。
躊躇っている内に、つぅっと、北斗の指が僕の胸板を滑っていった。
柔らかくて、くすぐったくて、糸を引くような淡い快感が おヘソに落ちると同時に、ごくっと期待を押し込む様に生唾を飲み込んでしまう。
「ほんとにしない?」
「しないって、今は…だって、ここ…」
「じゃあ、どうして言わないの? 「待て」て、「伏せ」て、「お座り」だっていいよ? 言ったらさ、言われちゃったらさ。ほくと、良い子だもん、ちゃんと言う事聞くんだけどな? 今ならさ、はるかの言う事、何でも聞くんだけどな?」
何でもって、何だよって、言い返したくても言えやしない。知らない振りをしたくても、僕の頭の中は北斗の事で一杯だ。股間の膨らみはもう痛いくらい。
水着越しにとはいえ、北斗が動く度に先っぽが柔らかいお尻に擦れると、もう今にだって果ててしまいそうな欲求が湧き上がってくる。
「はるかの意地っ張りっ。いいよー、そのつもりならさ、ほくとだって知らないもん」
唇を尖らせた北斗が僕の上から降りる。ようやく諦めてくれたのかと安堵したのも束の間、北斗は僕の水着に手をかけると、そのまま強引に下へとズラしてしまった。
「ちょっ!? 北斗っ、なにしてっ、ダメだってばっ…こらっ! 待てっ、待ってってばっ、お座りっ、ほんとにまっ…ぅぁ」
汗ばんでいた肌がヒヤリとした。
さっきまで、北斗の肌が重なっていた部分と、濡れた水着に隠れていた肌が冷える。でも、それも少しの間だけ。残暑の空気と、僕の期待とで、冷えた肌はすぐにも熱を取り戻していた。
それに、何より、清々しい。
口ではどうと言っても、この開放感は耐え難い。
水着を脱がされた途端、窮屈に押さえつけられていた僕のがビンっと跳ね上がった。潮風に揺られたソコは「早く」と、北斗にせがむみたいに脈を打つ。
けれど、北斗は動かない。
それどころか、普段の彼女にしては静かすぎるくらいに静かで、僕のを脱がせた後は、ただじぃっと、そこに座っているだけ。
「北斗?」
「ん?」
「ん? じゃなくって…あの…」
「あの、じゃ分かんないよ。だって、はるか が待てって言ったのに」
見下ろす北斗と目が合った。
本当に、ただそれだけ。僕の水着を脱がせた後は、そこに座ったまま動かない。
「良い子でしょ?」とも言いたげに浮かべる笑顔は、けれど、褒めて欲しいと、いつものように訴えかけてくるものじゃなかった。
つぅっと、指が這う。
固くなった おちんちんの根本から先端に向かって、不意に北斗が指を滑らせる。
甘い痺れがゾクゾクと、腰が震えて、背筋を伝い、喉が締め付けられそうだ。
「うっ、あっ…」
声が出せない。少し撫でられただけで、他の事がどうでも良くなっていく。
もっと、もっとと、お腹の奥から欲望が沸き立ち、震えた おちんちんの先から溢れた興奮がダラリと垂れてきた。
「うわぁ…。スゴイね、コレ。こんなのが ほくとの中挿ってたんだ。いつもは、ちっちゃくて…可愛いのになぁ。えっちの時にだけこんなにして…。ほくとのアソコ、コレに広げられちゃったんだ…。あははっ、うん、なんかそんな感じしてきたかも? なんかね、見てたらさ、ほくとのアソコ、そういえばこんな形になってたかなぁって、にひひっ、分かんないけどね」
しゃべりながらも、北斗の指は僕のを刺激し続けていた。
いや、刺激と言うにはかなり弱い。ただ、からかうようにくすぐってくるだけ。
つぅっ…と。
すぅっ…と。
零れてきた先走りが塗り拡げられる。細い指先が、行ったり来たり。繰り返されるほどに、じわじわと熱が溜まり、ジリジリと息が詰まるような快感に身を捩ってしまう。
もう、ダメだなんて言えなかった。
初めてじゃない、けど、初めてじゃないだけだ。多少の経験はあるだけで、我慢が出来るほどに手慣れてはいない。ちょっとの刺激でも、引き出された快感は、僕の男性に火を点けるには十分だった。
「ほく、とっ…はぁっ、つっ、もう…悪戯、やめ…僕が、悪かったから…」
「もう、ごめんなさい?」
「ご、ごめんなさい」
「ほくとに、もっとして欲しいの?」
「う、うん…」
「ふーん、そっかぁ…」
にやっと、満足気に緩む頬。再び、北斗の影が僕の体に掛かる。
何をされるんだろう? 手でしてくれるのかな? でも、顔、近づいてきてるし、もしかしたら舐めてくれるのかもしれない。
経験はなくても、知識だけはあった。
「お願い」と、まさか自分から言い出せる訳もなく、これ幸いにと期待してしまっている自分もいる。
北斗の指が僕のを掴まえた。ビクンっ、ビクンっと、彼女の手の中で震えた おちんちんは、ダラダラと待ち切れないみたいに先走りを溢れさせてしまう。
こんな、みっともない。普段から、北斗には待てって言っといて、いざ自分が待たされると我慢の一つも覚束ないなんて。
でも、気持ちが良かった。
指の間に、柔らかい指の腹に挟まれただけで、根本に集まった熱が爆ぜてしまいそう。それは、でもと、歯を食いしばる。今から北斗が何をしてくれるのか、分かんないけど。でも、こんな、何もされないうちから出してたら、みっともない上に、情けないとか、僕も、だって、一応は…男だし…少しは、意地みたいなものもあって。
「うわぁっ!? あっ、北斗…なにして、それ…ぁっ」
何か、柔らかいものに包まれていた。
指の腹でも、手の平でもない。本当に口で咥えちゃったのかと思えば、北斗は悪戯に笑みを浮かべて僕を見ているし。何が、起きたのか、分からない。股間に視線をやると、おちんちんを覆うみたいに、温かい何かが押し付けられていて。
「おっぱい? それ…えっと…なんで、そんな…北斗?」
僕のお腹の上で、柔らかく潰れた北斗の胸。水着で寄せられ、できた谷間に収まる僕のモノ。そんな刺激的な光景に、心臓が飛び出しそうになった。
「ママ(ボス)にね? はるか、どうしたら喜ぶかなって? そしたらさ、男の子は おっぱい好きだからって。せっかく大きいんだから上手く使えっていうの。ほくと、良く分かんないけどさ? 大きなおっぱいにね? こうして ちんちん挟んで上げると、男の子は嬉しいんだって、うん…だから、その、どう?」
「どうって…そりゃ…」
気持ちがいい。
最高の気分だ。
好きな女の子が、僕のために頑張ってくれている。肉体的な快感もそうだけど、その気持が素直に嬉しい。でも、それとは別に、沸々と薄暗い興奮が下腹部に集まってもくる。
いつも悪戯ばっかりで、ワガママばっかりの北斗がさ…。
そんな健気に、僕の為にって、でもそんな事まで北斗にさせてしまって、少しの申し訳無さを感じないでもない。
罪悪感と、背徳感の板挟みだ。
「ちんちん」だとか「おっぱい」だとか。えっちな事なんてまるで知らないような顔しながら、そんな意味、分かってるのか どうかも分かんない声で、僕のを胸に挟んだ北斗はニコリと微笑んだ。
北斗にパイズリされるなんて考えても見なかった。
ドクンっ、ドクンっと、伝わってくるのは北斗の鼓動。
ビクンっ、ビクンっと、鼓動に合わせて僕のも跳ねる。
重なった僕らの肌が汗で滲み、そこに溢れた先走りが流れ込んできた。
まるで、愛液で濡れているみたいだ。乾いていた谷間はすぐにもベトベトになり、にゅるりと、おっぱいに挟まれた僕のは滑りを良くしていった。
「ん、しょっ…んっ、しょっ…はぁっ、けっこう、これ、大変だね…うん」
揺れる大きな胸を手で支え、北斗が上下に体を揺らす。
慣れない体勢に息を吐きながらも、けれど、繰り返す内にだんだんと不規則だったリズムが整ってきた。
気持ち良い。思わず腰が跳ね上がり、どっぷりと、先走りの汁が先端から溢れてしまう。
「あっ♥ はぁっ、ふぅっ…ひぅっ。でも、これ…いいかも。ほくと、も、ね? おっぱい先っぽ、水着、擦れてて…ビリビリって、痺れてきててね? 分かるよ? コレ、気持ち良いって、胸のドキドキ。だから、はるか、北斗の胸ばっか、触ってきてたんでしょ? ね? はるか、は? どう? ほくと、おっぱい、きもちい?」
聞きながらも聞いちゃいない。
お互いにもう、目の前に快感に夢中だった。
足元から聞こえるさざ波の音も、頭上を走り抜けた車のエンジン音にさえ気が回らなかった。遠くのビーチには人の気配があって、もしかしたら僕らのように、そこまで誰かが来てるかもしれないのに。
「あぁぁ…ちんちん、はるかの、おっぱいの中で膨らんで…。あははっ、どうしよ? 先っぽ、顔出しちゃってるよ? ね? はるか? ほくとに、どうしてほしい?」
「どうもっ、しなくたって良いよっ、そんな事…それよりも…僕、もうっ…!!」
もう、北斗がくれる刺激だけじゃ物足りない。突き上げる様に腰を持ち上げると、胸の谷間から顔を覗かせていた おちんちんの先っぽが飛び出した。
「んっ!? ちゅっ…ゃっ、あっ、はるかっ、あばれちゃっ…あっ♥ むっ、 ちゅっ…んぅ、れろっ…はむっ…んっ、ちゅっ…にゅぅっ…♥」
悲鳴なのかも、嬌声なのかも分からない。悪戯に顔を近づけていた北斗の唇に僕のが触れていた。一瞬の戸惑いと、驚きと。でも、それだけだった。
嫌がるでもなく、北斗は自分から唇を開くと、僕のを受け止めるように舌を伸ばしてくれた。
先端が柔らかい唇に啄まれた。腰が引け、逃げ行くおちんちんの裏側を舌に舐め上げられると、強い快感にまた腰が跳ねてしまう。
繰り返しから抜け出せない。
もっと、一杯、口の中に含んで欲しくても、豊かな胸の谷間からは、亀頭より先は埋まったままだ。それが、もどかしい。おっぱいに、柔らかく包まれる。
強く挟まれて、押し付けられて、北斗のドキドキが、直接僕のにも伝わってくると、僕のドキドキも強くなる。
必死に腰を動かした。
飛び出した先端にキスをされるのが堪らなかった。
唇で啄まれて、舌で裏側を舐められて、快感が一段と強くなる度に、焦燥感にもにた快感が下腹部に溜まってきていた。もっと、もっとと、突き動かされる。
彼女の中に全部挿ったら、咥えてもらえたら、それはどんなにか気持ちいいものかと、遠のく一瞬が脳裏に焼き付き、僕の胸の内を焦がしていった。
「ほくとっ! ぼくっ…もうっ…そろそろ…ぅくっ…!」
「んっ、んっ。いい、よっ…はむっ、ん、れぇぇ…ぉっ、はふっ、んっ、だし、て…ほくとに、ぜんぶ…はむっ、はるか、のっ…あっ♥ びくって、いま、ちんちん、あ、いっちゃ、だめ、ほくとにっ、ほくとにっ…あ、むっ!」
北斗の声さえ遠くに聞こえ、快感以外の全部が分からなくなって。
ドクンっと、心臓が跳ねた。
ビクっ、ビクっと、股間が脈を打つ。
頭が真っ白に、水着を脱がされた時以上の開放感に体が包まれ、下腹部に溜まっていた熱が堰を切った様に溢れ出した。
止められない。止める気もない。
ドロっと、すぐにも狭い谷間は僕の出した精液で埋め尽くされた。
唇に触れた途端に吹き出した精液は、北斗の顔にも掛かり、上から溢れて、下から零れて、奇麗な北斗の肌が、白濁とした僕の精液で汚れていって。
「っぅぅぅっ…!」
頭がクラリとする。快感以上何かが胸を締め付け、今にも叫んでしまいそうだ。
「うわっ! あっ! んくっ…あむっ…はっ、うっ、あ♥ はぁあぁ…すご…はるか、一杯、でちゃ…あぁ、おっぱい溢れて…入らないや…あぁ…♥」
呆然と、恍惚と、汚れていく自分の谷間を見下ろしながら、北斗は大きく息を吐いた。唇の端から零れる精液すらも「ぺろっ」と舐め取った後、無邪気な笑顔を向けてくる。
「にひっ♪ 気持ちよかったんだ?」
「う、うん…」
隠し事は…まぁ、無理だろう。
お互いが、お腹も、おっぱいも、ベトベトになるまで出しておいで、不満ですとは言えやしない。僕が素直に頷くと、北斗は「ほぅ…」と、息を吐いた。
しゅるり…。
変わらないさざ波の音と、熱い吐息を重ねる僕らの間に聞こえてきたのは、紐が解けるような音だった。
ゆっくりと、北斗が体を起こす。
谷間から僕のモノが抜け出ると、溜まっていた精液がポタポタと落ちてくる。
自分のあられもない格好を、だけど北斗は気にもし無い。
僕だってもう、北斗の胸には目が行って無くて、解けた水着の内側に目が奪われてしまっていた。
キラリと光る一雫。
太ももの内側に流れ出るそれは、汗の粒なんかじゃ決してない。
ドロリと零れる様に。太ももの内側に流れ出しながらも、少しずつ、少しずつ、大きくなる雫は、重さに引きずられる様に北斗の肌を舐めていく。
体を起こし、足を広げて、辛うじて引っ掛かっていた北斗の水着がめくれていった。それは、ダラっと剥がれるみたいに。汗と、愛液とを含んだ水着は重たく剥がれ、僕のお腹の上にボタっと落ちる。
「挿れる…ね? 挿れて…良いよね? 今度は、さ? ね? ほくと、の、アソコ…はるか のちんちん で気持ちよくして…」
「う、うん…」
是非は無かった。
ゴクリと、生唾を飲み込むと同時に、否応もなく僕の興奮は高まっていく。
見上げる北斗の体に目を奪われる。こういうの視姦っていうのかな? 北斗の何処を見ても魅力的だった。
快感に期待して、熱い吐息を零す唇。とろんっと、恋い焦がれるように潤んだ瞳。
流れる汗が首筋をたどり、揺れる髪の一筋が肌に張り付いた。
赤らんだ白い肌。雪解けのように浮かぶ汗。胸の谷間を汚す白濁色を拭き取ってあげたいけれど、それにすら興奮が逆撫でられる。
股間が苦しい。
さっき、出したばっかりなのに。心臓がドクドクと脈打ち、体中から掻き集めた熱が下腹部に溜まっていくみたいだ。
ゆっくり、ゆっくりと、北斗の腰が近づいてくる。
僕の胸板に手を置いて、二人でその瞬間をマジマジと見つめてしまっていた。
そそり立った おちんちんの先が割れ目に触れる。「んっ…」と、僕達が息を飲んだのと同時に、開いた割れ目の向こうから水音が滴り落ちる。
ピタリと吸い付く柔い肌。
中のヒダヒダに撫でられた僕のモノが、ビクリと打ち震えた。
自覚はないんだろう。そうしようと思ってる節もない。
北斗はただ、腰を落とすだけで精一杯で。自分の中に沈んでいく おちんちんの感触に、全てが持っていかれてる様に見える。
「あっ♥ はぁっ、ひろがちゃっ、なか…はるかの、ちんちん、ぐって、ぎゅって…あぁぁぁ、ちから、はいんなっ…あし、ふるえて…あぁ、すべっちゃっ…あぁぁっ…」
ズルリ…。
膝をついていた砂浜が滑り、北斗の体が一段と沈み込んだ。
不意の挿入に体を震わせて、けれど、力の抜けていく体をそのままに、僕の上へと腰が落ちてくる。
とんっと、先端に感じたのは行き止まりだろうか?
隙間を開いていく感触がなくなった代わりに、なにか しこりの様な感触が微かに触れる。
「あっ、これ…ほくと、にげ、らんない、ね? 足、力抜けちゃ…てて。お腹、奥に、ちんちん、先っぽ、届いてるの? はるか、わかる? ここにね…」
そう言って、見せつけるように手を伸ばした北斗は、愛おしそうに自分の下腹部を撫で回してみせた。ゆっくり、ゆっくり、右回りに円を描く。その度にザワザワと、僕のを包みこんでいた腟内が揺れ動き、快感の熱が増していく。
知ってて、分かってて、やってるんだろうか?
お腹を撫でられるのが弱いこと。下腹部をくすぐるように刺激されるのが弱い事に。自覚があるなら当然そうだし、自覚がなくてもやっぱりエッチだ。
だって、こうして、お腹撫でてると気持ちよくなるって、教えてくれたの はるかだもん。はるかの ちんちん、中に挿ったまま、お腹撫でるの気持ちいいんだもん。
体、力、抜けちゃって、なのに、腰が勝手に動いちゃう。
持ち上げられなくても、前に、後ろに、揺らすみたいに、はるかの お股に、ほくとの お股、擦り付けちゃってた。はるかの胸に手を置いて、でも、体支えられなくって体が傾く。
何か、潰れた気がした。潰れた何かが擦れて、ビリビリする。
お腹の中じゃなかった。アソコの、割れ目の、上の方。
なんだっけ? ママ、言ってたっけ? あんまり濡れない時はって…はるかに、ここ、弄ってもらったら良いよって…。
そう、そうだよね。
だって、ここ、はるかに、擦り付けてたら、気持ちいいんだもん。
お腹、撫でながら、小さなお豆、押し付けて、腰が動いて、もっと はるかにくっつきたくなる。
「あっ! はっ! だ、だめっ、きもちぃっ、すごっ、こすれ、ちゃっ、あたまビリビリする。はぁぁっ、あふっ、ひゃうっ、ひぃぃ、ふひゃ、ひゃっ、あ、あ、あっ…くぅぅぅっ…♥」
気持ち良い。気持ちが良い。
はるかので気持ち良くなって、はるかに気持ちよくしてもらって、二人で気持ち良くなって。お腹の上で、気持ち良いを撫で回す。お腹の中で、気持ち良いを掻き回す。腰を、揺すって、押し付けて、お豆、潰れて、擦れて、体の震えが、ビクビクが止まらない。
目の前がチカチカしちゃう。
気持ちいいが汗に変わって、全身から吹き出してきた。
首筋から、脇の下、背中から、太ももの内側に、足の指の間まで。溢れて、流れて、気持ち良い。お股からも、ヌルヌル一杯流れてきて、ほくと、発情しちゃってる。えっちな気分になっちゃってるから。
ちょっとの刺激でも、すごく気持ちがいい。
汗が流れると、はるかに撫でられてるみたい。
ちょっと風が吹いただけで、はるか にくすぐられているみたい。
とんっ、とんって、奥にあたってるの。
さっきよりもずっと深い。はるかの ちんちんもっと大きくなってるし、ほくとも、はるかの欲しくなちゃってる。体から力が抜ける。砂浜に引っ掛かっていた膝がズレて、足が大きく広がっちゃった。
ずんって、奥から響く。
気持ち良いって、体中が喜んじゃってる。
体が揺れる。お腹、奥から突き上げられちゃった。
「はっ、あっ♥ はる、かの…えっち、うそつきぃっ。やっぱ、元気、あるじゃんっ。そんな、えっちしたかった? ほくと と、えっちする元気かくしてたの? んひっ…あぁぁっ…」
お尻、掴まれて、はるかの方に抱き寄せられる。
いくら元気だっても、ほくと も、はるか も、そんなに元気は残ってなかった。
自分で前後に揺らしながら、はるかに上下に揺らされる。
本当はただ、ぐちゅぐちゅって、音を鳴らしながら お股擦り付け合うみたいにするのが精一杯。でも、それって、ずっと、ほくとのお腹の奥に はるかの ちんちん当たってるって事で、お豆もずっと、擦れたまんまって事で。
気持ち良い。
最初に感じた気持ちいいよりも、もっと気持ちがいい。
はるかとエッチする度に、気持ちいいが増えていく。
「あっ…♥」
ゾクッときた。
頭の中が一瞬真っ白に染まったみたい。
いく、イッちゃう。ほくと、もう我慢無理で、一番気持ちいいの、はるかに、はるかので、一番気持ちよくして貰えると思うと、お腹がきゅぅっと熱くなった。
「はるかぁ…♥ はるかぁっ…♥ はる、かっ…♥」
名前を呼ぶだけでも気持ち良い。はるかの名前で喉が震えるのが気持ち良い。
もうイッちゃいそう。胸がドキドキする、きゅぅって縮こまったお腹が、はるかの ちんちんを甘噛みしちゃってた。
はやく、はやく、だして、だして。はるかも、ほくとと…。
でも、それだけは、まだした事なかったな。はるかと、いっしょに、イッちゃうの。いつも、ほくと、我慢できなくって、先にイッて…。
「ごめっ、ごめんねっ、はるかぁ…。ほくと、また先に、いっしょに、いきたい、のにっ。あっ、きちゃ、気持ちいいの、お腹、熱くって、ムリ、もう無理っ、はる、はるかっ、あ、あ、あ、あっ…んひっ♥ ひゃぁぁぁぁっ…あ、あ、あ、っぁ、ぁあぁぁぁ…♥」
溜まり溜まった気持ちいいが、弾けて、流される。
何でも良い、どこでも良い、はるかの、掴める所に掴まってた。
一人じゃ怖い。でも、気持ち良い。ウソみたいに気持ち良くて、馬鹿みたいに幸せで、こんなのまるで、夢みたいで。
「あっ! はっ、あっ、ひっ、あっ、まっ…はるかっ、いまだめっ、だから、らぁぁぁっ…♥」
でも、夢から覚めても、まだ気持ちいいは終らなかった。
ほくとが終わったら、今度ははるかの番。
ほくとの中で、ぶくって膨れて、どくって流れ込んでくる。
熱いの、はるかの一番熱いのが、ほくとの中で広がって、お腹、熱くて、重たくって、腰が、落ちる、落ちて、深くに、先っぽ、刺さるみたいで。
いつもより、もっと深くだった。
そうだよ。はるかの上に跨ってさ、いつもより深くに はるかのちんちん届いてさ。
本当におヘソの下にあるみたい。いつもは入口の方に流れていくのに、なんでかな、なんでかな、今はお腹の中にずっと、あって、ぐるぐるって、熱いのが、ほくとの中にずっと溜まっていってて…。
赤ちゃん。できちゃうのかなって…思っちゃった。
ぼんやりする。
幸せで、気持ちよくって、はるかの熱いのがお腹の中にあるだけで、ほくとはもう、しんでもいいやって? しんじゃだめだよね…はるか、泣いちゃうもんね、ほくとも、イヤ、もっとはるかと一緒にいるもん。いたいから…。
「ぁぁぁぁっ、はぁっ…んひっ♥ は、はぁっ、はる、かぁぁ…」
さざ波の音が遠くに聞こえる。
優しい潮風に火照った肌が撫でられる。
まるで揺りかごに揺られているみたい。うんと、もっと、小ちゃかった時。
訳もなく、お母さんに甘えられていた時のことを ぼんやりとでも思い出していた。
今度は ほくとが お母さんになるのかな。
優しくしてあげられるかな。ママ(ボス)みたいに怖がらせちゃったりしないかな。はるか は優しいけれど、パパみたいにちょっと頼りなくなったりしないだろうか?
とりとめもなく、意味もない。もっとずっと先の事を思い浮かべて見ては、流されるように波間に消えていく。
今も幸せで、これからも幸せで、ああ、ずっともっと、きっと、ほくと は はるかと幸せで…。
ー
嘘でした。ほくと は不幸です。
ただの日焼けだって、ママに背中を叩かれました。とっても痛かったです、最低だと思います。
痒い所はまだマシで、手の届かない背中の奥が一番ヒリヒリする。
掻き毟りたい。けど痛い。外でする子が悪いって、ママの小言が痛いほどに身に染みていた。ソファの背もたれに体を預けるなんて無理。背中に何かが触れているのすら不快で、Tシャツの一枚だって着けていられない。
「で、どっちから誘ったの?」
「…ほくと が押し倒しました」
「わぉっ♪」
「ぃっ! ぁ、だめっ、背中だめっ、今はだめっ、いたっ、いたぃぃぃ…。しないからっ、もうお外でしないからっ。ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、ほくとがわるかったですっ!」
まるで伸びをした猫見たい。悪戯に微笑んだママに背中を撫でられると、堪らず背中が反れていく。ただちょっと指先でくすぐられただけなのに「ぃぃっっ!」ってなっちゃった。
初めてかも知んない。
本当は、家ではるか が帰ってくるのを待っていたかったけど、一人で家にいるのも心細い。お洋服が背中に擦れるのも嫌だけど、静かな家の中で一人寂しく蹲っているのはもっと嫌だった。
なるべく背中に刺激を与えないように、ママの腕に掴まって、へっぴり腰になりながらスーパーの中を歩いていると、見知った お魚に足が止まる。
「お魚…」
アジとか言ったっけ? アジフライになる前のお魚だ。
昨日は気持ちよさそうに泳いでいたのに、今日は冷たく横たわったままピクリとも動かない。
「ん? 食べたいの?」
「あれがアジフライになるってホント?」
「そりゃ、アジのフライだもの。一緒に作ろっか? 遥も好きだしねぇ、喜ぶかもよ?」
「…うん、やってみる」
その時は、あんまり考えていなかった。
目の前で凍えているお魚と、アジフライが同じだなんて思えない。ママが出来るっていうなら出来るんだろうし。遥が喜んでくれるかも? ほくとにとってはそれが一番重要で、褒めてもらえる所を想像しただけで、根拠のないやる気が溢れ出す。
その日、家に帰った遥が聞いたのは、キッチンから聞こえる北斗の悲鳴だった。
いや、悲鳴とも言えない「ぃぃぃっ…」って、喉の奥を締め付けたような声が、金切り声にもなれずに響いてくるばかり。
北斗が狼狽えてしまうのも良く分かる。
ドスッと、頭が落ちた。ガバっと、腹を割かれて内臓が引き出される。
まな板の上には赤黒い血が流れ、分かっていても気持ちの良い光景ではない。
「ぁ、ぁぁ…ママ? え、いま…なんで? へ? ぇ…ぇぇ…」
この世の終わりの様な顔をしていた。いつもキラキラと輝いていた瞳は光を無くし、その瞳は「やってみて?」と母さんから差し出された包丁と、まな板の上のアジとを行ったり来たり。最後には、信じられない物を見る様に、母さんを見つめた北斗は、その場にへたり込んでしまった。
「…食べるんだ。たべ、ちゃうんだ…お魚、アジ…」
なにも父さんが悪いわけじゃない。
北斗の前に置かれた皿の上で、手つかずだったアジフライに手を伸ばしただけ。
ただのじゃれ合い、ちょっとしたスキンシップ。少し様子がおかしかった北斗の体調を案じただけ。いつもならさ「北斗のだよっ!」て、飛びついてきそうなものなのに それすら無いと余計に心配になるのも分かる。
それなのに、盗られたアジフライが父さんの口に入る段階になって、ようやく出てきた反応が、あの恨み言。アジフライ一つを食べただけで、そんな声を上げられるとは思わず、戸惑った父さんが、僕と母さんの顔を見てくるのもしょうがないというものだった。
それでも結局、食欲には勝てなかったようだ。
僕らの食事も終わってしばらく、手つかずのままのアジフライを見つめていた北斗のお腹が ぐぅとなる。それを合図に、恐る恐るとアジフライを一口、噛み締めて、じわっと、涙が零れ落ちた。
「ぅっ、ぅっ…。美味しいよぉ、美味しいよぉ…。ごめんねぇ、ごめんねぇ、でも美味しいよぉ…」
2つ、3つと、口をつける度、食欲を取り戻した北斗は、もぐもぐと残りのアジフライを食べきった後、神妙な面持ちで「ごちそうさまでした」と手を合わせたのだった。
ここまで御覧いただきありがとうございました。