分かった事がある。
まず、一番心配だったのは、お母さん達にマロンをどう説明するかって所。
だったんだけど、別にどうにもならなかった。
驚くかと思えばそうでもなく。
やっぱり、私の頭がおかしくなったのかと思えばそれも違う。
ネコのカリカリは何処へやら。
翌朝、二人で恐る恐るリビングに降りていくと「おはよう、ゆりか、マロン」なんて朝の挨拶と一緒に、マロンの分まで私達と同じ朝食が用意されていた。
ちょっと怖い。
まだ夢だって疑う訳でもないんだけど、いつのまにか日常がすり替わってしまったみたいで、叶ってしまったお願い事に、ついていけない部分は大きかった。
それに、マロンのアレも、気づけば無くなっちゃってるし。
まぁ、マロンが人になっている事以上に不思議なことはないのだから、無いなら無いでも良いんだけど、アレだけの体験をした後だと、やっぱり、ちょっと、寂しいかなって思わなくもない。
そんな、大きな変化もそこそこに、数日が過ぎると、やっぱりなれてくるものだ。
他に変わった事といえば、ベットに座る機会が増えたくらい。
ネコの時は良かったんだけど、私が椅子に座っていると、マロンがつまらそうにするんだから仕方がない。
多分、彼女にとって、体が人になったことの一番の不便はそこだったんだろう。
ネコの時の感覚が抜けていないのか、隙を見せればすぐに引っ付こうとしてくるマロン。リビングでテレビを見ていた時なんか、そのまま私の膝の上に座ってくるもんだから、あんまりにも可愛くって思わず抱きしめてしまった。
「甘えんぼ」
そう言った瞬間に、頬を染めたマロンの顔が忘れられない。
それで意地を張ったのか、その日からしばらく、私に近づこうともしなかった。
「ケンカでもしたの?」
お母さんにまで言われるくらい、傍から見てもあからさまだったんだろう。
「マロン、おいで?」
「ふんっ…」
名前を呼んでもそっぽを向かれ。こっちから抱きつきにいっても逃げられる。
さては反抗期だな? とも思えば、だんだんと楽しくなってきて、逃げるマロンをこっちから追いかけ回してしまっていた。
「どっちが甘えん坊なんだよ…」
「あはっ。やっぱり気にしてんだ? この間からだったもんね? 私にくっついてこなくなったの?」
その内に観念したのか。ようやく逃げるのを止めたと思えば、今度は生意気にも悪態を付いてくる始末。
「ごめんね? マロン」
「なんで、ゆりかが謝るのさ…。逃げてたのはボクなのに」
「うん。だからごめんね? 私も、マロンとくっついてるの好きだから、逃げられるのはちょっと寂しい」
「…ゆりかの甘えんぼ」
「そうだよ?」
「なんだよ…そんなハッキリ。ボクの方がバカみたいじゃん…」
小さく息を吐いた後、マロンの体から力が抜けていく。
それで仲直り。いや、そもそもケンカですら無かっただろうけど。
それからはまた、いつものように。いや、いつも以上にか、マロンは私にくっついてくるようになっていた。
ー
「もうっ、マロンっ。なんで起こしてくれなかったのっ!!」
夏休みも終わり、学校が始まって、少し油断をしてしまった。
鳴らない目覚まし時計。起こしてくれないマロン。久しぶりの朝寝坊にドタバタとしながら、部屋の中をひっくり返す勢いで支度を済ませていく。
「起こしたよ。6時に一回。7時に一回。30分にもう一回…」
「まだ寝てたでしょっ。ちゃんと起こしてよっ!」
「はぁ…」
真っ当な抗議のはずなのに、何故かマロンには盛大な溜息を吐かれてしまった。
言いたい事はある。けれど、そんな余裕は全然なかった。学校まで走って、間に合うかどうかの瀬戸際だ。
「お母さんもっ、なんで起こしてくれなかったのっ!」
挨拶もそこそこに、リビングに駆け込んだ私は お母さんにまで不満の声を上げる。
「起こしてたでしょ? マロンが」
「だーかーらーっ! あぁっ、もういいっ。行ってきますっ」
「パンくらい齧ってきなさい」
「はーいっ!」
言いたいことが伝わらない。
起こしたって言うなら、ちゃんと私が起きるまでやって欲しい。
そんな もやもやを動力源に変えて、つま先に靴を引っ掛けたまま、ゆりかは玄関を飛び出した。
ー
「行ってらっしゃい、ゆりか」
「とっ、行ってきますっ、マロン」
玄関を飛び出したゆりかは、マロンの声に足を止めると、振り返って笑顔を見せた。つま先で靴を叩いて、なんとか足を収めると、駆け出した背中はすぐに曲がり角の向こうに消えていってしまう。
「マロンも毎朝大変ね?」
「ん。まぁ、いつものことだし…。ほんと、寝坊助は治らないよね」
「ご飯。一緒に食べたかったなら、もうちょっと早くおこしてあげないと?」
「別に…そんなんじゃないし」
「温め直そうか?」
慌てるゆりかを見送った後、困った顔をした母親に声を掛けられた。
そこに嫌味はない。むしろ、親心さえ滲ませていて、その心情には察するものがある。
「いいよ、手間でしょ…。その、いつもありがと」
「なに、急に?」
リビングに戻る途中。すれ違いざま呟いたボクの言葉に、きょとんとした視線が返ってくる。
意味なんかない。
ただ、言える時に言っとこうかと思っただけだ。
唐突に始まったこの生活が、唐突に終わることを思えば心残りは少ない方がいい。
別にって、そんな一言も返さないまま、返事の代わりに首輪の鈴を鳴らしたマロンは、そのまま柔らかい何かに包まれていた。
「ちょっ!? なにっ、離してよっ!」
「こっちこそ。ゆりかの事、いつもありがとうね」
ぎゅっと、母親に抱きしめられる。
単純な体格差か。逃げ出そうにも力は強く、中々に振り払えない。
ジタバタと藻掻いては見ても、ネコだった時みたいに器用にはいかず、されるがまま頭を撫で回されてしまう。
「逃げないの。たまにはお母さんとも仲良くしてくれても良いじゃない?」
「仲良く…って、バカじゃないの…」
「なに? お母さん、変なこと言った?」
ゆりかが変な言い方をするものだから、他意のない言葉が、別の意味も聞こえてしまい、頬が熱くなってしまう。
「何でも無いっ。いいから離してって、子供じゃないんだからっ!」
「お母さんにとっては、マロンも子供みたいなものなんだけどなぁ?」
「ふかーっ!!」
「あははっ。はいはい、怒らない怒らない。ご飯でしょ? ちゃんと温め直すから、ちょっとまってて」
「むぅぅ…」
なんか、手玉に取られたみたいで悔しい。
ボクが怒って見せたくらいじゃ気にもとめず。だからって、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる母親のことを、嫌いになれる訳もなかった。
それから二人で、ゆっくりと朝ごはんを食べた後。
ネコの手も借りたいという母親に付き合う形で、家事を手伝っていた。
朝ごはんの片付けをして、部屋の掃除。洗濯機から服を引っ張り出して、庭に干す。それも一段落すれば、昼食の準備と…。こうして見れば、人の一日も中々に忙しない。
「それじゃ、お母さん出かけてくるけど、マロンもくる?」
「ボクはいいよ。留守番してるから、行ってらっしゃい」
「ええー。たまには お母さんともデートしてよ?」
「何がデートだよ。年甲斐も無いんだから」
「やだ、マロンったら。ゆりかと同い年に見えるとか、流石に恥ずかしいわ」
「え、いや、いってな…わっ、ぷっ」
ゆりかに輪をかけたくらいに、普段は優しい母親なんだけど。
ボクや ゆりかが やんちゃをすると、いつにも増して優しくなる。
怒ってるようにはまるで見えないのに、それがどうにも恐ろしい。
ネコ可愛がりって言葉通りに、抱きしめられて、撫で回されて。
ネコだった時にでさえ、逃げ出したくなる程の圧力だったのに、人の身で受けとめるには、あまりに重たい愛情表現だ。
「ごめんなさい」と、言った所でもう遅い。
「怒ってなんか無いんだけどな?」って、謝ることすら許してもらえず。
母親が満足するまで、ボクは可愛がられ続けることしか出来なかった。
仕方がない。
こんな、突然人の体を貰ったからって、ボクは飼い猫の身分だし。
学校にいって、勉強をして、すくすく育つのが、ゆりかの役目であるように。
ボクも家族に可愛がられるのが役目みたいな所はある。
デート。たまには付き合ったほうが良いのかな…。
浮気を心配した所で意味はないんだろうけど。
ちょっとだけ、ゆりかにヤキモチを焼いて欲しいような気になる自分もいた。
ー
「はぁ…退屈」
ネコの時はどうしてたっけ?
日がな一日。日向ぼっこして、お昼寝して。ゆりかが帰ってくるまでは、ほとんど寝てるようなものだった。
母親を見送った後。ゆりかの部屋に戻ったマロンは、ベットに体を預けてゴロゴロと転がっていた。
ネコの時と比べて一日が長くなったような気がする。
退屈しのぎに部屋の絵本を漁ってみても、一体何が面白いのか分からない。
気になる所と言えば、やたらに過激なシーンが多いなって印象で、もしやそれ目的なのでは? と、ゆりかの将来がちょっと不安になる。
あんまり度が過ぎるようなら、母親にも相談したほうが良いのかも知れない。
「はぁ…ゆりか、まだかなぁ」
盗み見た時計はまだまだ昼下がり。
ゆりかが帰ってくるまで、もう2・3時間は待たされそうで、それも、まっすぐに帰ってきてくれればだ。友達と何処かに立ち寄ってたり、お喋りに花を咲かせていたりした日には、もっと遅くなるんだろう。
「デート行けばよかったな…」
今更ながらにちょっと後悔だ。
人の体になって、考えられることが増えた分だけ、余計な時間を持て余す事も増えてきた。ゴロゴロしてれば一日が終わっていたんだから、ネコの時の気楽さが少し恋しくなる。
「まぁ…良いや」
寝よう。そう決めた。
変に起きてるから余計な事を考えるんであって、ネコ特有の寝付きの良さは、今のボクにだって残っていた。
布団を被り、ベットの上で丸くなって、そしたらほら…。
寝れる訳がない。
だって、布団から ゆりかの匂いがする。
二人では手狭なベットも、一人で寝るには広すぎた。
寂しい。
一度感じた寂寥感は、すぐにボクの胸を埋め尽くし、ベットのシーツを握りしめてしまう。
「ゆりか。はぁ、んっ、ぁ…」
胸がドキドキした。
股間がムズムズとしてくる。
ずっと我慢してたけど。一人になるとやっぱりダメだ。
ゆりかの事を考えてる内に、だんだん収まりがつかなくなってくると、こうやって、また、大きくなってきて。
普段どうなってるか分かんないくせに、エッチな事考えると、急に出てきてさ。
頼めば、受け入れてくれるかな?
嫌がられたりしないかな?
エッチなことばっかり考えてるって、そんな風に思われたくはない。
でも、ゆりかと一緒になりたいと思う気持ちは、日に日に強くなっていくばかり。このままじゃ、頭がどうにかなってしまいそうで、溢れる気持ちのまま彼女を押し倒さないとも限らない。
「やだよ…そんなの」
腹の底に溜まった獣欲が吠える。
それを、そのまま開放するのは、きっと気持ちがいいのも分かる。
怒られはしないんだろう。嫌われるのだって多分ない。
ボクの事をちゃんと好きって言ってくれたんだから、ボクだってちゃんとしなくちゃいけないのに。どうしてこんなに、ゆりかに甘えてしまいたくなるのか。
「くっ…あ、ぅぁ…」
こんなのが、あるからダメなのか?
そもそも、人になったのが間違いなのか?
股間に膨らんだ違和感に触れただけで、ビリっとした甘い快感が伝ってくる。
だとしても、だからって。
今更、元に戻してくれなんて願えなかった。
ふって湧いた幸運を、捨てられる勇気がボクにはない。
ゆりかのことを疑ってるんじゃないんだ。
純粋に女の子の体になったって、ネコの体に戻ったって、今まで通りちゃんと愛してくれるのは分かってる。
けど、だけど…。
「ゆりか…ゆりかぁ…っ」
泣きそうだった。
涙が溢れてくるくらいに気持ちがいい。
ゆりかの事を考えるほどに、ボクの男の子の部分は大きくなっていって、もう完全に、あの夜と、初めて ゆりかと一緒になった日と変わらないくらいに膨らんでいた。
「んはっ…はぁっ、あ、ぃぅっ。ゆりか、ぁぁ…もっと、もっと…ボクに」
思い出すだけでも達してしまいそうだ。
ボクに触れてくれた指先の柔らかさ。その温もりと、熱っぽく名前を呼んでくれる声は、今でも鮮明に思い出せる。
もっと、もっと、触って欲しかった。
慣れないながらも一生懸命に、ボクを気持ちよくしようとしてくれて、その気持ちが嬉しくないわけがない。
それがどんなに拙くても、ボクにとっては…。
「ごめん、ごめんね…ゆりか、ボク…あ、はぁ…んぁっ…ぁぁっ」
気持いい。気持ちがいい。
けど、猛烈に虚しくもあった。
ゆりかの匂いのするベットに体を擦りつけながら、膨らんだ自分のモノを慰める。
それは、とても気持ちが良い。だけど、想像の中ででも ゆりかを勝手に使ったみたいで後ろめたかった。
こんな事考えちゃダメなのに、指が止められない。
すぐに止めないといけないのに、今止めてしまったら、次にゆりかを見た自分が何をするかわからない。
押し倒して、服を脱がして、それから…。
快感の熱が一段と上がった。
裸のゆりかを押し倒す。そんな光景に目眩がする。
「ゆりかっ、んぁっ! ボク…ごめんっ、ごめんねっ…思うだけだから、考えるだけだから、こんな、ボクのこと…許して、んぁっ…」
想像が止められない。
自分を慰めていた手の動きが激しくなる。
頭の中では、幾らも強引に、ゆりかの事を犯していた。
それなのに、彼女は、大丈夫だよって、マロンの好きにしていいよって。
噛みつかれて、爪の跡が付いて、絶対痛いはずなのに。
お尻を抱え、ベットの上に ゆりかを押さえつける。
押さえつけた彼女の体に、破裂寸前になったボクのモノを叩きつけると、ゆりかは大きな声を上げて体を震わせた。
シーツを手繰り寄せ、枕にしがみつき。
繰り返し、繰り返し、自分の体を襲う衝撃に耐え続ける。
もう何度止めようかって、こんな乱暴にしちゃいけないって思うほどに、ボクは興奮を抑えきれなくなっていく。
だって、そんな、涙と悲鳴で顔をグチャグチャにしながらさ。
振り返って、ボクに言うんだ「好きだよ、マロン」って。
「ボクもっ、すきっ、すきだっ! ゆりかっ、ゆりかぁぁ…っ」
後少し、もう少し。お腹の奥底で煮えたぎった精液を、射精しそうになるその寸前。
ガチャリと、部屋の扉が開いてしまった。