※この作品はR-18です。

彼女持ちの僕は同級生の女の子に寝取られる   作:平日黒髪

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第2話

 やってしまった。

 

 そう後悔の念を感じたのは帰宅してからだった。二日酔いして今にも吐き気を催すような足取りの僕を、平塚美咲は支えてくれた。だ、大丈夫? と不安げに訊ねてくる同級生に対して「大丈夫だよ……ありがとう」と返す他ない。

 

 平塚美咲は部屋のベッドまで運んでくれた。このままもう一回戦繰り広げられるかという心配があったものの「ごめん……あ、あたしのせ、せいだよね……ごめんね……あ、あたしが無理にしたから……」平塚美咲は反省してるようだった。責任感が人一倍強いのかもしれない。

 

 至れり尽くせりな僕は平塚美咲の子守唄を聞きながら眠りについた。

 自分と同じ歳なのにも関わらず、彼女は一回り二回りぐらい違うように思える。

 それに比べてぼ、僕は……なんて情けないんだ。

 

 目が覚めたのは深夜帯で、平塚美咲の姿はなかった。その代わりに机の上には置き手紙があった。

 

 内容は僕の連絡先を追加したんだと。

 

 それともう一つ。

 

『カノジョさんには内緒にしててあげるから安心して』だとさ。

 

 丸っこいながらも読みやすい文字を見るだけで、脳裏に焼き付いた平塚美咲と禁忌を背いた記憶が蘇る。真面目に授業を受けるべき教室でお互いの身体を慰めたことを。気持ちよくなかったと言えば嘘になる。

 

 初めてのセックスは蕩けそうなほどに熱くて砂糖菓子のように甘かった。

 後味は苦みがあり、心身ともに疲弊するハメになったけれど。

 背徳感と同時に生じる謎の幸福感は心を優しく包み込んでくれる。

 まるで法を背いた人間へ許しを与える免罪符のように。

 

 許しを貰えたところで罪の意識は消えないのに。

 彼女——沢城愛梨を裏切ったことには変わりはないのに。

 

 僕は沢城愛梨(サワシロアイリ)を心の底から愛していたのだ。

 人生で生まれて初めての告白に成功して手に入れた、最愛の彼女。

 付き合い始めてから一年が経過したものの、愛梨は一度も性交渉をさせてくれなかった。「ごめんね。わたし……ま、まだ怖いんだ……」と言う愛梨の前で、「大丈夫だよ、気にしてないから」と僕は言っていた。だが、アレは全部嘘だ。

 

 男女関係なく誰にでも気兼ねなく喋りかける愛梨。いつも皆んなの中心にいて、彼女の周りには色んな人がいて——僕もその一人に過ぎないのではないかと。

 

 愛梨と僕は住む世界がそもそも違ったのだ。どちらかと言えば、僕は暗い人間で、愛梨は明るい側だ。実際に付き合い始めるまで、僕と愛梨は接点など皆無に等しかった。付き合ったときに言われた言葉も「うーん、付き合ってくれた理由かぁー。んーとねぇー、今から見つけられればいいかな。西田(ニシダ)くんと一緒に」

 

 愛梨は僕を名字で呼ぶ。普通の彼氏彼女ならばお互いの名前を呼び合うべきなのかもしれない。それでも愛梨が「ごめん……もう少し時間をくれないかな? 名前で呼び合うの恥ずかしいから……自分のタイミングでいい?」と言うので、僕は何も言うことはなかった。奥手な女の子だと、自分に言い聞かせて。

 

 考え事をしていれば勝手に時間は過ぎ、朝の日差しが入ってきた。

 

「もう……学校の準備をしないとな」

 

 僕のスマホに一通の連絡が入った。平塚美咲からだった。

 

『実はね、あの写真合成なの。ごめん、だ、騙すような真似をして』

『本当はもっと早めに教えるつもりだったの。でも健一くんに嫌われると思って……決心が付かなかった』

 

 それから先はもう読まなかった。

 長ったらしい謝罪と僕への愛が延々と紡がれていただけだったから。

 

「……ひ、平塚美咲……あ、アイツ……な、なんてことを……」

 

 完全に騙された。最愛の彼女——愛梨の裏切りをネタにされて、僕はまんまとハメられたってわけだ。

 

「……最低だ……ぼ、僕は……そうだよ、愛梨を信じていれば……」

 

 沢城愛梨は僕を愛してくれていた。そこに嘘はなかった。

 それにも関わらず、僕は彼女を信じることができなかった。

 

「彼氏として……最低だ。ぼ、僕が……もっとしっかりしてれば」

 

 愛梨に別れを告げよう。僕は平塚美咲と関係を持ってしまったと。

 

 そういえば、愛梨は僕に愛想を尽かして別れを告げてくるだろう。

 こんな最低な僕をさっさと捨てて、彼女は僕以上の彼氏を見つけてくれればいい。これで一件落着。誰も傷付かない世界の完成だよ。

 

 

「ケンちゃん……顔色が悪く見えるけど大丈夫ー?」

「大丈夫だよ、母さん。本当に……うん、大丈夫だからさ」

「そうー? お母さんの愛が足りなくない?」

「十分に受け取ってるから心配しなくていいよ」

「もうぉーケンちゃん、別に遠慮しなくていいんだよー。お母さんのアーンが必要でしょー?」

「もう高校生なんだ。歳を考えてくれ……本当に」

 

 無言のままに朝ごはんを食べる僕と、僕の真正面に座るエプロン姿の母親。

 普段から明るい笑顔が特徴的な人だけど、今日は至ってシリアスに見える。いつも通りの「お母さんの愛情」は感じさせてもらっているけれど。

 

 一言で言ってしまえば、僕の母親は子離れできない過保護モンスターである。

 

「あーもうぉー。ケンちゃんの反抗期だぁー。龍太郎さん(お父さん)に報告してしっかりとお仕置きしてもらわないといけないなぁー。もうーお母さんを泣かすような真似をして息子失格だと思わないのー? ぐすんぐすん」

 

 泣き真似かと思っていたが、本気で母親は涙を流していた。涙は女の武器と言うが、まさにその通りである。どんなに歳を取っているとしても、涙を流されると何も言葉を返せなくなってしまうのが男の性(さが)だ。実際に母親は自分の都合が悪くなると、涙を流す癖がある。何度父親が騙されて「ごめんねぇー。今のうそぉーだよーん。ママのためならいくらでもお金は出すさー。あははは」と言わされたことか。僕の家は嬶天下(かかあでんか)なのだ。

 

「そんな顔してたら愛梨ちゃんがどう思うかしらねぇー?」

 

 憂鬱な表情を浮かべる僕を見て、母親は少しだけ勝ち誇ったように訊ねてきた。憂鬱になった原因の半分はアンタだよと言いたくなる気持ちがあるものの、心配されるだけありがたい話だ。

 

 愛梨の名前は現在一番考えたくないことだった。何度か愛梨は僕の家に遊びに来たことがある。お菓子作りが得意ということもあって母親と意気投合したのだとか。流石は愛梨だ。どんな人とでも仲良くできて。

 

「あーもしかして愛梨ちゃんと喧嘩でもしちゃったの?」

「……違うよ、今はまだ……」

「もしかして恋の悩みを抱いているとかー?」

 

 今年四十歳になる母親は息子の色恋沙汰に興味津々のようだ。ニタニタ笑顔を見るからに、大人の余裕感があって腹が立つな。小馬鹿にされているみたいで。

 

「へぇー図星なんだねぇー、恋の悩みなんだぁー」

「恋の悩みじゃないよ……うん、ただ……ちょ、ちょっと」

「何かやましいことがあったんだね」

 

 あなたのことなら何でもお見通しです、とでも言うように母親は呟き、テーブルに頬杖を付いて「青春だなぁー。お母さんも昔は色んな人と恋をして、あぁー思い出しただけでニヤケがぁ……じゅジュルリ。あー懐かしいわぁー。あの頃の龍太郎さん(お父さん)はもう本当にカッコよくて——」

 

 何度も聞いたことがある過去の話なので割愛した。父親と母親は高校の同級生だったんだとさ。で、学校で一番美人の母親(自称なので本当なのかは知らん。ただ今でも美人だと他人から言われる。男友達からは「なぁーお前の姉ちゃんを紹介してくれよぉー」と言われたまである。とりあえず若いのは確かだ)を父親が射止めたのだとか。

 

「あーそういえばー昨日の女の子……えぇと、たしか……美咲ちゃんだったっけ? あの子もケンちゃんのお嫁さん候補に入れておいたから安心していいわよー」

「今……なんて言った?」

「ケンちゃんはお母さんのことが大好きで大好きで仕方ない息子さんだーって、ご近所で言いふらしたって話だったかしら?」

「とりあえず、その話は絶対にやらないでください。お願いします。近所の目がイタくなったら……マジで恨むからなぁ。覚悟してろよ」

「……りゅ、龍太郎さんに言いつけるんだからねー。お、覚えときなさいよー」

「良いからさっさと答えてくれ。昨日の女の子って……?」

 

 ふーんと何か訳あり顔の母親は「なるほど……これは修羅場なのね」と確信したように呟いたあと、これは面白いことになりそうだとニタニタしながら、

 

「美咲ちゃんのことでしょ? それにしてもケンちゃんは龍太郎さんみたいにモテるのねぇー。愛梨ちゃんに、美咲ちゃんの二人もの女の子を惚れさせちゃうなんてー。昨日お父さんが『流石は父さんの血を引き継いでることはある』と鼻を高々させながら言ってたわよぉー」

 

 平塚美咲……お前が何を考えているのかは知らない。

 僕と愛梨の仲を引き裂くつもりなのか。もしくは僕を自分のものにしたいのか。どちらにせよ、母親の能天気加減には頭を悩まされるな。

 

 

 玄関前で容姿をチェック。

 少しだけ髪がピンピコ跳ねているけど、大丈夫だろう。

 そう思いながら、ドアへと手を差し伸べる僕を母親が呼び止めてきた。

 

「ほらぁーケンちゃん。お母さんにすることがあるでしょ?」

 

 ご立腹モードらしく腕を組んで「ぷんぷん」と顔を左右に揺らしていた。クラス内にもぶりっ子ちゃんがいるけれど、それよりもあざとい気がする。

 

 年齢を考えて欲しい。息子として恥ずかしいから。

 

「ねぇー今とってもお母さんのことバカにしなかったかなー?」

 

 あれ? 母親の顔から可愛さが消えたぞ。殺気迫るものがあるんだけど気のせいだよな。

 

「美人な母親を持って幸せな息子だなーと痛感しちゃって」

「ふーん。なるほど……お母さんの美貌にケンちゃんメロメロだってことだよねー。でもー残念ー。お母さんには龍太郎さんという旦那さんがいるからー」

 

 一人で昼ドラみたいな演技を始めてしまった。風邪を引いたときに何度か見たことがあるけれど、意外とエグい話が多いよな……アレ。専業主婦の皆様はあんな感じのドロドロ恋愛がお好みなのだろうか。

 

「はーい。そのためにやるべきことがあるでしょ?」

 

「行ってきます……これでいいか?」

 

 面と向かって言うのは多少照れ臭さがある。

 これで納得してくれただろうかと、片目を閉じながら見ると。

 

「違うでしょ? 行ってきますのチュウをしないとダメでしょ?」

「誰がするかぁ!」

 

 本気で怒られてしまった。この子頭大丈夫かしら、明日頭の検査に行った方がいいわねとでも言いたげな表情である。是非とも僕より母親の脳を調べて欲しいものだね。あと、超能力テストがあるなら、母親は息子の頭を盗み見る才能があるっぽいので隔離して欲しいものだ。

 

「もうぉーケンちゃんつれないなぁー小さい頃はチュウチュウとネズミさんみたいにお母さんにねだってきてたのにー……お母さんは悲しいなぁーちらり」

「わざわざ効果音を付けて喋るなぁ! あざといんだよっ!」

 

 何よりも、と呟きつつ僕は嘆息気味に言った。

 

「それにな、そんな過去は忘れちまったよ。んじゃぁ、行ってくるからな」

「うん。行ってらっしゃい。じゃあね、ケンちゃん」

 

 元気良く手を振って見送ってくれる母親。

 ありがた迷惑だと思いながらも、僕も振り返してあげた。

 手を振ってあげないと、母親が可哀想と思っただけだ。特に深い意味はない。

 

「ケンちゃん……昔は……お母さんと結婚するって言ってくれてたのになぁー。もうケンちゃんは忘れちゃったかぁー。もう……お母さんを困らせて……」

 

 背中越しに何か聞こえてきたけど、嘘であって欲しいと願う。

 多分全て母親のハッタリに過ぎないだろう。

 母親に萌えを感じるほど、僕は壊れた人間ではないのだからさ。

 

 

 愛梨の家に到着。厳密に言うと、まだ敷地外の門なのだけど。

 門の先には広々とした庭、その奥に正式な玄関があるのだ。

 

 愛梨の家は何度見ても立派な屋敷である。洋館と言った方がいいかもな。

 一度だけ中に入らせてもらったことがあるけれど、大量の書籍がズラァーと所狭しと並べられていることだけを鮮明に覚えている。聞くところによれば、愛梨のお父さんが学者さんなんだとさ。実際に書籍の大半が難しそうなものばっかりだったし、僕の家とは到底大違いだよ。

 

 インターホンを押して愛梨が出てくるまで待つことにした。

 ハイテンションな母親のおかげで少しは気分が晴れていたけど、僕は愛梨を裏切ってしまっていたんだよな……そ、それなのに……ぼ、僕は。

 

「お待たせー。ごめんねー、髪をセットしてたら遅れちゃったぁー」

 

 玄関のドアが開き、勢いよく愛梨が走ってきた。テニスコートができそうなほどに広い庭を越えて門をくぐってきてくれた。毎度のことながら豪快に胸元を揺らして走ってくる女の子だ。愛梨は気付いていないかもしれないけど、男を無意識に興奮させる力を持っているのだ。少しは自重してくれ。

 

「いいよ、全然待ってないし……あ、あの……じ、実は」

 

 正直に言ってしまおう。全てを正直に言えば一件落着だ。

 

「おはようございます。西田くん、そして沢城さん」

 

 一世一代の別れを告げようとする僕の前に、突如として平塚美咲が現れた。

 不敵に微笑む姿を見れば分かる通り、何かを企んでいるようだ。平塚美咲は僕に詰め寄ってくる。満員電車に乗り込み、嫌でも他人と密着しなければならないぐらいの至近距離になった瞬間だ。

 

 平塚美咲は僕の顔を掴むと、そのまま自分の顔を近づけ——。

 

 チュ——。

 唇が重なるだけで、昨日の出来事が鮮明に蘇る。

 あの甘くて蕩けそうなほどに気持ちよくお互いを求めた熱い行為を。

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