天雨アコ「こんなイヤらしい社長が支配する会社に、私はぜったい屈しません!」→なお 作:a-su
メーデーのシュプレヒコールを成功させたアコは、託児室ゲヘナで副委員長ミカ、委員長ヒナとともに反省会を行う。
ミカの目的は社長に愛されること。洗脳されているとはいえ、純粋な恋心の持ち主だ。
アコの次の目標は団体交渉。だが暴力の気配を感じ取ったヒナが、釘を刺す。
「命で償わせるつもりなの?」
「あれでも人の親なの。せめて、人として見てあげて」
どうしても許せない社長、その子を腕に抱くヒナ。アコの決意が揺らぎ始める。
白いテーブルの上に、なんとも美味しそうな夕食が並んでいる。玄米ご飯、色とりどりの豆と木綿豆腐が入ったサラダ、低脂肪のチキンソテーだ。
(だから怖いんです)
天雨アコは、箸を握ったまま動けなかった。手が、微かに震えている。
ここはユートピアのカフェテリアだ。高い天井に、白を基調とした清潔な内装。壁の一部は鏡面仕上げで、どこを向いても自分の姿が映り込んで逃げ場がないと思わせる。
(ああ、でも……美味しそう)
料理からは、湯気とともにハーブの香りが立ち上っていた。暖色の照明に照らされて、どの料理も美しく見える。
食べたい。身体が食事を求めている。一ヶ月以上もこの社屋に閉じ込められる中、まともな食事はここでしか摂れない。
しかし──。
(食べたら──また、あれが始まる)
あれとは、イエローへの懲罰だ。その作用は──。
「アコちゃん、食べないの?」
隣に座る聖園ミカが聞いてきた。
答えないでいると、桃色の長い髪を揺らしながら、ぷくっと頬を膨らませた。しかしすぐに笑顔に戻る。
白いブラウスに白いフレアスカートを着ている……お嬢様風の清楚な装い、その胸元は豊満だった。
(私より大きい……Hカップくらいでしょうか)
アコの視線が吸い寄せられる。
白いブラウス越しに、乳房が布地の中で主張する。豊かな曲線が、呼吸するたび僅かに上下している。
(お肉が詰まってる感じ……揉んでみたら、ギュッと押し返されそう)
アコは、はっとして目を逸らした。中年オヤジじゃあるまいし、他人のバストに見とれるなんて。
(何を考えているんですか、私は……!)
ミカの身体が気になる……これがイエローの懲罰、その結果だ。
食べ始めれば、もっとひどくなるだろう。
「食べなきゃダメだよ? 今日はいっぱい動いたんだから、身体もたないじゃん」
ミカは自分の皿から鶏肉をひょいと摘んで、アコの皿に載せた。
心配そうな彼女もイエローの懲罰を受けているが、慣れているのだろう。平然と箸を動かし始める。
アコは覚悟を決めた。
鶏肉を一切れ、口に運ぶ。
(美味しい)
柔らかい繊維が舌の上でほどけて、ハーブの香りとともに上品な旨味が広がる。
ぴりっ。
(──来た)
子宮の奥が、きゅん、と疼いた。下腹部に、小さな火が灯る。ショーツの下で、クリトリスがほんの少し充血し始める。体の中で、膣壁がじわりと潤い始める。
(まだ一口です。まだ大丈夫。我慢できます)
二口目。 ぴりっ。
三口目。 ぴりっ。
美味しい。美味しいから止まらない。止められない──止められないから、視界が変わり始めた。
(うっ、ううっ、ミカさんの、お、おっぱいっ)
ミカの胸元、布地の下で形を主張する乳房の曲線。さっきより、もっとはっきりと目につく。ブラウスのボタンの隙間から覗く、下着の影。
(ピンク……ミカさん、ブラもピンクだ)
見てはいけない。見てはいけないと思うほど、また見ている。見たくないのに、目が勝手に。
視界の輪郭が滲む。ミカの体だけが、やけに鮮明に見える。
「ふーぅ、すー、ふーぅ」
アコは深呼吸をした。しかし抑えられない。一滴の汗が、むき出しになった胸の横肌を伝い落ちていく。
「アコちゃん……濡れてるでしょ?」
ミカが小声で囁いた。他の人に聞こえないように、配慮してくれている。囁きながら太ももをもじもじとすり合わせているのは、自分も我慢できないのを隠せないのだ。
「私も」
ミカの目が潤んでいる。彼女も同じなのだ。懲罰で、女性の体が性的に見えているのだろう。
アコはショーツの縫い目が割れ目に食い込む感覚を意識した。革張りの椅子の座面が冷たい。濡れた下着との対比が、かえって秘部の熱さを際立たせる。
太ももを閉じると、陰唇がこすれ合う。その摩擦がさらに蜜をあふれさせる。
(もう──こんなに)
奥の奥までひくひくと収縮しているヴァギナが液を分泌し、下着をじっとり重くしていく。
(触りたい……触られたい……何でもいいから……)
これが、イエローへの懲罰だ。何かしらの欲求──この場合は食欲──を満たすほどに、性的な欲求が煽られる。視界に入る女体が性的に見え、自分の身体も敏感になる。
眠りにつけば性的な夢を見させられ、朝は濡れた状態で目覚める。
身体を動かせば汗をかくほど性感帯が過敏になり、下着がこすれるだけでイきそうになる。
シャワーをすれば、湯の熱と刺激に全身を愛撫されているような感覚に陥る。
(だけど、イけない)
どれだけ興奮しても、「あと一歩」で止められる。煽るだけ煽って、「最後の一線を越えたいなら」と、条件をつけてくる。考えるだけで卒倒しそうなほど、卑猥で屈辱的な『おねだり』を、ヒュプノスペックにしろと……それがイエローの懲罰だ。
それでも、食べなければ身体がもたない。食べればもっと苦しくなる。
社長が豪語した通り、イエローの生活は地獄だった。
「ほら、魔女よ、魔女」
ひそひそ声が、高い天井に反響して耳に届いた。
三つ四つ離れたテーブル、歩いて五秒もかからない距離に、ネイビーブルーの社員たちがいる。
彼女たちの中心には、
「ああ、入社して一ヶ月にもなるのに、ゴミ捨てしかさせてもらえてない子か」
取り巻きたちは、わざとアコたちに聞こえるように言っているようだ。シロコは知らんぷりでフォークを使っている。
アコは箸を止めなかった。挑発に乗る必要はない。
「社長の首絞めようとしたんでしょ? 怖いよね~」
「それでイエローに落とすだけって、社長ってホント優しすぎ~、まじ太陽♡」
太陽?
その言葉に、アコのこめかみがヒクつく。
(太陽は、女性の象徴です。男に使う言葉ではありません。まして汚らわしい性犯罪者に)
しかし声は出せないし、タブレットで反論しても、冷笑を向けられるだけだろう。
ミカが眉をきゅっと寄せて取り巻きを睨む。しかしすぐにアコの方を向き、にっこり笑う。
「気にしなくていいよ」
怒りの表情が嘘のように消えている。
ミカはそっとアコの手に触れた。体温が伝わって、さっきまで凍えていたアコの心臓に、少しだけ鼓動を落ち着けさせる。
(ミカさん……)
しかし取り巻きたちは、標的を変えた。
「あなたも同類よね、元スカイブルーの
「自分と一緒に社長に抱かれてた子の顔面を、グーで殴ったんだって? しかも血が出るくらい!」
ミカの顔から笑顔が消えた。唇がきゅっと引き結ばれ、頬に赤みが上る。睫毛の先に、光るものが溜まり始める。感情が抑えきれず顔に出てしまう──悲しい百面相だ。
(ミカさんが……暴力を?)
天真爛漫な笑顔の下に、そんな過去があったのか。
「それでイエローに降格って、自業自得だよねぇ? うちの社は社長のご意志が全てなのに、それをメチャクチャにしようとしたんだ。暴力女って怖いよね~」
下品な笑い声が高い天井に反響し、食堂全体に響き渡る──。
──ガタン!
アコは椅子を蹴立てて立ち上がった。その音もまた天井に跳ね返り、食堂の隅々まで届く。
取り巻きたちをギラリと睨みつける。声は出せなくとも、目にすべての力を込める。
「ひっ……」
取り巻きたちが一瞬怯んだ。視線に圧倒されたのだ。
しかし立ち上がった瞬間、アコは、太ももの内側を生温い筋が這い下りるのを感じていた。
(ああもう、最悪です……!)
かといって、座り直すわけにはいかない。座れば、負けを認めたように見えるだろう。
ミカがアコの腕に触れた。小さな手が震えている。
「アコちゃん……」
声がかすれている。感謝と、申し訳なさと、アコに庇われた嬉しさがにじんでいる。
アコは、ミカの方を見なかった。取り巻きから目を逸らせば負けだと思うから、睨みつづける。卑劣な女たちから目を逸らさない。
しかし取り巻きたちは、怯んだままではいなかった。
「なに睨んでんの。声出せないからってさぁ」
「何もできないくせに……ねえ、この人の禁欲データ、見てみたくない?」
「え、いいの? 公開できるの?」
「申請すれば誰でも見れるよ。イエローにはプライバシーないから」
「やろやろ、面白そう」
取り巻きのうち一人が側頭部のヒュプノスペックをタップして、なにやら操作し始めた。
アコは目を見開く。何をするつもりなのか?
「……ねえ、もうやめて。恥ずかしい」
取り巻きたちの中心から低い声が上がる。
シロコだ。持っていたフォークを、いらだたしげに皿に置く。甲高い音が静まりかけた食堂に響いた。
「えー、でも、ちゃんと反省してるかどうか見ないとですし。シロコ様、かばうんですか? 彼女、社長を傷つけようとした魔女なんですよ?」
シロコは微かに眉を動かし、アコを見る。値踏みするような冷たい視線だ。
「お、通った通った~」
取り巻きが嬉しそうに声を上げる。
ピンポン、と電子音が鳴った。次の瞬間──食堂に機械音声が響いた。
『イエローランク・天雨アコ様の生体データを公開します』
アコは全身を凍り付かせた。食堂中の視線が自分に集まるのを感じる。
「えーっと、発情指数……八七%だって!」
取り巻きが読み上げる。食堂中に聞こえる大声だ。
「八七%ってことは~、もうパンツぐっしょりってことだよね?」
「今もビショビショなんだ~、やだ~、汚い~」
「食堂でそんな状態とかぁ、発情しすぎじゃない? 淫乱魔女じゃん」
笑い声に、アコは唇を噛んだ。血の味を噛みしめながら、タブレットを握りしめる。顔から血の気が引き、指先が冷たくなっていく。
(バレてる……全部)
当然といえば当然だ。アコの生活は常に監視カメラによって記録されている。入浴も、トイレもだ。脳波さえ、ヒュプノスペックによってモニタリングされているのだから。
「乳首の状態……『充血量九〇%』だって!」
「えー、服の上からでも分かるかも! ちょっと見せてよ~」
「あのブラウス、生地薄そうもんね。近くに行ったら、乳首ビンビンだって丸見えかも~」
「ほら、見てよあの横乳。多分ヌーブラだけでしょ? ビーチクの形、浮いてるかも」
視線がアコの胸元に集中する。
思わず腕で隠そうとした。しかしそうしたら、本当だと認めることになる。
歯を食いしばり、腕を下ろす。
乳首は、確かに勃起している。ヌーブラがあるから尖りはまだ見えないが、時間の問題だ。
隣のミカが、アコの横乳を見ていた。
(見ないで……)
しかし見られると、乳首がさらに硬くなる。反応が止められない。
「おマンコの状態はぁ、『愛液分泌:過剰』『収縮:断続的』……?」
取り巻きの声が容赦なく続く。
「断続的って何?」
「知らないの? 何か入れてほしくてキュッキュッてなってるってこと」
「やだ~、食堂でおマンコがキュッキュッしてんの? 変態じゃん!」
「入れてほしくてたまらないんだ~。何を入れてほしいのかな~?」
その言葉を聞いた瞬間、身体の奥が反応した。
(身体が……言うことを聞かない……!)
キュッ、キュッと、取り巻きの言葉通りに……また一筋なにかが垂れる。止められない。膝下ソックスの縁にソレが達するまで、あと何センチだろう。
「で、子宮の状態は……あらら~、『下垂傾向』『受精準備状態』だって!」
「受精準備? 赤ちゃん欲しがってるってこと?」
「魔女のくせに、身体は正直なんだね~。孕みたくてしょうがないんだ」
「社長の赤ちゃん? でも魔女には無理だよね~」
クスクス、クスクス、クスクス……。
(私の身体は、妊娠したがっている?)
そんなはずはない。しかし子宮が確かに疼いている。
「何かを入れてほしい」「埋めてほしい」と訴える。声が出せないから、否定することもできない。ただ、歯を食いしばって耐える。
「ねえねえ、こんな状態で何日我慢してるのかな?」
取り巻きたちが、にやにやと笑う。
「オナりたくてたまらないでしょ? 泣いて頼んだらイかせてあげてもいいよ?」
「あ、でもこの子、声出ないんだっけ」
「じゃあ、身体で頼むしかないよね~。四つん這いになって、お尻突き出して『お願いします』ってやってみてよ~」
「それか、おっぱい見せて『揉んでください』とか? 淫乱魔女にはお似合いじゃない?」
下品な笑い声が、食堂に響く。
アコは動かなかった。ただ睨み続けるだけだ。
それしか、できない。
(私は、ぜったい屈しません。屈しません、屈しません、ぜったい、ぜったい……!)
ふと、データを読んでいた取り巻きの声が止まった。
「ねえ、禁欲時間は? いくらなの?」
「いや……ええと……なんかの間違いかな」
「ヒュプノスペックが間違えるわけないでしょ」
「早く読んでよ~」
「……三〇日、だって」
食堂が、しん……と静まりかえった。
笑い声が消え、フォークが皿に当たる音さえ止まっていた。空調の低い唸りだけが、かすかに聞こえる。
「……え、一ヶ月?」
「嘘でしょ、入社式から……?」
周囲の社員たちがざわめき始めた。
ネイビーブルーの社員たちは、まだ半信半疑という顔をしている。だが、より上級であるマリンブルーの社員たちは、何か恐ろしいものを見る目つきでアコを見ていた。
「一ヶ月って……」
「普通、三日で限界じゃん」
「あの
「どうやったらそんなこと……」
シロコは──いま、食堂にいる中で最上位の社員である社長の姪は、目を見開いていた。唖然としていると言っていい。
「じ、自慰申請回数……」
取り巻きの声が、震えている。
「……ゼロ回?」
完全な沈黙が食堂を支配した。
誰も笑っていない。
誰も囁いていない。
「ゼロ回って……一度も申請してないってこと?」
「一ヶ月で、性欲解消ゼロ……」
食堂の視線が、すべてアコに集中している。嘲笑ではない。畏怖だ。ヒュプノスペックの電流を脳髄へと流されながら一ヶ月、一度も屈服しなかった女。
「あり得ない」
「人間じゃない」
「魔女……」
アコは両足を踏ん張った。膝が震えそうになるのを、意志の力で押さえつける。
「……ん、もういい。やめよう」
シロコの声が、静かに響いた。
「あの、シロコ様……私たち、事実を言っただけで」
「そうだね、アコはひどい人……だからって、何でも言っていいわけじゃない」
声は低く、熱を帯びない。しかし芯が通っている。
「それにミカは、元とはいえ私と同じスカイブルー。あなたたちより、二ランクも上。おじさんも、ミカをすごく大切にしてた。侮辱していい相手じゃない」
取り巻きたちは口をつぐみ、うなだれる。
シロコは席を立った。取り巻きたちの間を抜けて、トレーニングウェアのしなやかな肢体を揺らしながらアコの方に歩み寄る。
ミカが驚いたようにシロコを見つめていた。庇ってもらえるとは思っていなかったのだろう。
シロコはアコの前で足を止めた。手を伸ばせば届くほどの近くだ。
静かに見据える瞳は、右は黒で左が白。伯父である社長と同じオッドアイだ。その瞳の奥で何かが動く。怒りか、興味か、あるいは──。
シロコが目を閉じる。そして、深々と頭を下げた。
「ミカ、アコ。今日は本当に、ごめんなさい」
はっきりと、真摯に謝罪する。
アコは目を見開く。予想外だった。あの一件以来、自分を強く敵視しているはずの彼女が──。
しかしシロコはすぐに体を起こし、まっすぐアコを見据える。
「でも、許したわけじゃない。アコには、何が何でも
それは宣戦布告だった。
アコは小さく頷く。謝罪と敵意と、敬意を受け取った、という意思表示だ。
(ああ……やっぱり、シロコさんはすてき。社長さえいなければ、私たち、もっと、もっと……)
シロコは、自分のヒュプノスペックをタップした。ノールックで淡々と操作しながら告げる。
「ミカ?」
「うん、じゃなくて、はい、シロコちゃん……」
「私の権限で、アコと『ペアリング』した」
「えっ、私を? アコちゃんと?」
ミカの顔がぱあっと明るくなった。両手を胸の前でぎゅっと握り、体が小刻みに弾む。
「アコちゃんと!?」
声が裏返りそうになるのを、慌てて押さえる。でも隠しきれない笑みが、口元からこぼれている。
しかしアコは眉をひそめた。
(あれは寝食を共にするだけのはず)
アスナとペアリングされた経験はあるが、シロコがそうする意味が分からない。
戸惑うアコに、シロコは僅かに優しくなった視線を向け、そして訳の分からないことを言った。
「……アコは強くて素敵だから、もう逃げられない。意志があるから、追い詰められる。色々あったけど、怪我の功名だったかもしれない」
意味が分からなかった。分からないが、褒め言葉が脅しになっているようだ。
(強いから……追い詰められる?)
シロコは
食堂にはもう、アコとミカを嘲笑する者はいない。
◆◆◆
アコは、ミカを連れて廊下に出た。
カフェテリアの扉が閉まると喧騒は遠のき、二人の足音だけが白い壁に反響する。床には影が長く伸び、夕焼けの光が長い通路を橙色に染めている。
オレンジ色の光は、アコのブラウスも暖色がかって見せていた。バストラインが横から丸見えの服装は、本来、女性は男のよこしまな視線から独立すべきだと訴えるために、特注したものだ。
(ああ、だけど……)
勃起した乳首の形状が、ヌーブラだけではいよいよ隠しきれなくなっていた。
「ねえ、アコちゃん」
ミカがアコの腕にぎゅっと抱きつく。抵抗する間も与えない、素早い動きだ。
腕を包み込む感触。白いブラウス越しでも分かる、乳房のかたち。そして、体温──さっき触れた自分の肌より、明らかに高い。
熟れた果実のような匂いがする。晩夏に落ちた桃が地面の熱で発酵し始めたときの匂い。甘いのにどこか危うい、触れたら指がめり込んで元には戻せない──そんな匂い。
自分の身体から立ち上る匂いと、同じだ。
「私たち、ペアリングされちゃったね」
ミカが眉を八の字に下げ、困ったように笑う。でもすぐに上目遣いでアコを見上げ、甘えた表情に切り替わる。
「……私ね、一人じゃ上手に『申請』できないんだ。いつもカーッとなっちゃって……だって
ささやく声が、蜜を垂らすように甘くなる。
「だから私も……限界なんだ。今、すごくイきたい。──アコちゃんと、いっしょに」
自分の太ももをこすり合わせながら、ミカはアコの手を取った。そして、自分の胸に当てる。
(速い)
指先が沈み込む奥で、ミカの心臓が暴れている。
「知ってる? ペアリングされるとね……相手の許可さえあれば、イけるようになるの。身体を見せてね、触ってもらえれば、だから、ね……私と、しよ?」
それが、イエローのペアリングなのか。
「しよ? 私のお部屋で、エッチしよ? ね?」
アコは答えられなかった。声が出ないからではない。身体が反応してしまっているからだ。
(ミカさんって、なんて可愛いんでしょう。本物の、お姫様みたい)
──したい。ミカとしたい。アスナとしたことを、この子とも……。
ミカの乳房が手のひらの中で形を変え、その感触がアコの下腹部をジンジンとさせる。身体の奥がミカを求めて疼く。
「私、どんな恥ずかしいことでもするから」
見つめる琥珀色の瞳に、廊下の夕日がにじんでいる。
「アコちゃんのために、何でもする……アコちゃんの身体、私が楽にしてあげる」
声が熱を帯びる。ささやくように、懇願するように、誘惑するように。
「私の身体も、アコちゃんに楽にしてほしい。だから──一緒にイこう?」
頭の中で葛藤が渦巻く。シロコの意図に身を委ねてはダメだと思うが、ミカを一人にはできない。彼女もアコと同じに苦しいのだ。
(……ミカさんとなら、いいか)
アコは、小さく頷いてしまった。タブレットに一言だけ打つ。
『はい』
その瞬間、ミカの顔がぱあっと輝いた。両足で小さくジャンプしそうになるのを、かろうじて堪える。
「やったぁ……♡ アコちゃん、大好き♡」
声が弾む。嬉しくて嬉しくて仕方ないという顔だ。抱きつく力が強くなる。押し付けられた乳房がアコの腕を焦がすように脈打っている。
「私の部屋、行こ? 早くぅ……」
ミカが腕を引いた。華奢に見える手なのに、振りほどけない。体幹がしっかりしている──逆らえない。
アコは、なすがままに引きずられていく。
(ペアリング……ミカさんと……二人きりで……ミカさんに見られて、触られる。きっとシロコさんの罠で、怖い……怖いのに)
ガラス窓──あるいは、それは鏡だったのかもしれない──の向こうで、夕日が沈んでいく。橙色の光が薄れるにつれて、廊下は少しずつ暗くなっていった。
(続く)
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プロローグ
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ユウカの章-1
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シロコの章
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リンの章
-
ユウカの章-1
-
ミッドローグ
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ミカの章
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アスナの章
-
アコの章-1
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アコの章-2