天雨アコ「こんなイヤらしい社長が支配する会社に、私はぜったい屈しません!」→なお 作:a-su
アスナの体液を飲み込んだアコは、自ら「おちんちん下さい」と口にし、社長の脚に這い寄った。母親が男に媚びる姿を幼い頃から見てきた記憶をなぞるように、全裸で土下座し、「女は動物です」と理想を否定する。
「社長室に首輪をつけて四つん這いで連れていこう」
アスナの提案に、アコの心はもう抵抗しない。
セックスをしてもらえたら、死のう。先生に教わった思想は腐り、天雨アコは自分自身に絶望した。
ミカの部屋、そのドアが開く。
(……おしっこ、したい)
通路の空気がアコのむき出しの肌を撫でた。真夜中の空調が熱を奪う。ミカの部屋は汗と体液で蒸していた。その膜を剥ぎ取るように、廊下の冷気が太ももの内側を、乳房の下を、赤い首輪をつけた首筋を舐めていく。
「アコちゃん、行くよ」
バニーガール姿の一之瀬アスナが、くいっとリードを引いた。
アコは四つん這いで通路に這い出す。赤い革が喉を締めつけ、嚥下するたび金具の冷たさが鎖骨の窪みに食い込んだ。
裸の膝が磁器タイルの床に触れる。石のように冷たく、硬い。
通路で待つアスナは、同僚のネルから預かったデイバッグを肩にかけている。網タイツの菱形の目から、太ももの肌がぷくりと盛り上がっていた。薄闇の中で、その肉だけが仄かに発光しているように見える。
深夜の通路は常夜灯に切り替わっていた。壁際の間接照明がほのかなオレンジ色を足元に落とし、等間隔に並ぶドアはどれも暗い。天井の白い半球が、闇に溶け込むようにじっと黙っている。
隣では、ミカが同じ姿で這っている。ピンクの革の首輪にピンクの手綱。スーツを着直した社長が、その端を左手で持っていた。
「よしよし、ミカはいい子だね」
「えへへ~……♡」
ミカは社長の革靴に頬をすりつけている。長い髪が扇のように広がり、裸の背中が照明の残り火にぬるく光っていた。
ミカが、四つん這いのままで、くるっとアコの方を振り返る。喉元の金具が揺れた。
目がきらきらしている……全裸で這っているのに、どうしてそんな顔ができるのだろう。
「アコちゃん、こういうのなんて言うか知ってる?」
知らない。どうせ性奴隷か何かだろう。
「ペットプレイって言うんだけど、社内でもけっこう人気あるんだよ? 私もだいすき♡」
深夜の静まり返った通路には場違いなほど明るい声だ。お尻が左右にぱたぱた揺れている。尻尾を振っている犬そのものだった。
「何でかっていうとね──」
「犬は言葉を使わないよ?」
アスナの声がミカのトークを断ち切った。明るい声だが、有無を言わせない調子がある。
「おしゃべりはおしまいにしよ? ミカちゃんも」
ミカが「あっ」と小さく声を漏らして、口を閉じた。叱られた顔ではない。目を細めて、腰をふりふりと揺すっている。ルールに従うこと自体が楽しいらしい。
アコには分からない。ミカはなぜ、喉元を革で締められルールで縛られて、目を輝かせているのだろう。
アスナがアコの耳元にかがんだ。亜麻色の髪が頬に落ちてくる。吐息が耳の穴に触れた。
「今から──アコちゃんは、犬だよ」
ゆっくりと、言い聞かせるようにささやく。
「アスナと、ご主人様の、犬」
一語ずつ区切って、含めるように一語ずつ区切る。耳元のヒュプノスペックが仄暗い通路にぼんやりと青い光を灯していた。
「おくちは、鳴くためにあるの。きゅんきゅんって、甘えるためにあるの。おしゃべりはもう、おしまい」
指先が喉元の革に触れ、リードをつける輪をするりとなぞった。
「お手々はぐーのまま。指は、使わないの。……わかる? 犬のアコちゃんには、もう指も、言葉も、いらないんだよ♡」
耳たぶを、ちゅっ、と吸われた。
「いい子にしてたら──ごほうび、あげるからね♡♡」
最後の言葉が耳の奥で弾けた瞬間──鼠径部がじわりと熱くなった。腰が勝手に沈み、床にお尻をつけてしまう。
また四つん這いの姿勢をとると、胸が重力に従ってたわんだ。乳首が宙に晒される。冷気が乳首の先端だけを正確に舐め、意志とは無関係に、ぷっくりと硬く突き立っていく。
今はただ、ご褒美という全ての終わりだけが待ち遠しかった。
◆◆◆
ぺた、ぺたと素肌がタイルを叩く。歩調に合わせ、首の輪が喉仏のすぐ下で、こん、こんと揺れる。犬の歩行のリズムだ。
二匹は通路を這い進んでいる。赤く擦りむけた膝小僧に床の冷たさが沁みた。ミカの部屋でずっと跪いていたせいだろう。
一歩ごとに乳房が重たく揺れ、下腹にたぷんと当たる。膝を繰り出すたびに尻が左右に傾ぎ、股の奥から垂れた蜜がタイルに小さな水玉を残していく。二匹が通った跡に、光を帯びた点々が二列、間接照明にぬるく照り返していた。
社長の革靴の、もっと上から、知っているにおいが降りてきた。神経が昂ぶっているせいなのか、さっきまでずっと頬ずりしていたペニスの残り香が、スラックスの布地を透かして鼻腔に届く。知らず、涎が垂れた。
「ご主人様ぁ、見て見て。アコちゃん、初めてなのにすっごく上手……♡ えらいよねぇ」
アスナがリードを持ったまま社長に微笑んだ。
「ぶひひ、よかったぁ。膝は大丈夫そう?」
「うん、ちゃんと見てるから。ね、アコちゃん?」
尿意が、一歩ごとに強くなっていく。
視界が低い。目線の高さは五十センチほどで、壁際の間接照明がちょうど目の前にある。前方には、アスナの脚──網タイツを履いた長い脚が、一歩、また一歩と進んでいく。
通路の突き当たりに、直角の曲がり角があった。先が見えない。
角の壁に小さな凸面鏡がついている。防犯用の鏡だ。その中に、裸の女が映っていた。首元に赤い革の輪をはめられ、拳を握り、床に膝をついて……犬みたいに這っている女だ。
歪んだ鏡面の中で、乳房が振り子のように揺れていた。凸面の歪みがさらに形を誇張し、いやらしく膨れて見える。
自分だった。
鏡の中のメス犬の、太ももの内側に蜜が垂れている。怖いから濡れたのか。恥辱で濡れたのか。
いや、そんな場合ではない。
あの曲がり角を曲がった向こうに誰かいるかもしれない。全裸で首輪の自分を見られるかもしれない。
足が止まる。進めない。
だけど、怖がる必要があるのだろうか。アコはこれからセックスをしてもらい、それから死ぬつもりなのだ。なのに、人に見られる程度のことを気にしていていいのだろうか。
ぐっ、と喉元が引かれた。アスナが繋がりを短く手繰り、アコを角の手前に止めている。
アスナだけが半身を滑り出し、角の向こうを窺った。
「だれもいないよ」
安堵が、全身を弛緩させた。
肩の力が抜ける。腹の力が抜ける。
その弛緩が──膀胱の栓を、抜いた。
しゃあ……。
止められなかった。
四つん這いのまま、脚の付け根から熱い液が伝い落ちていく。恥丘を滑り、膝の裏を濡らし、タイルの床にじわじわと水たまりを広げていく。
冷えきった床の上で、それだけがぬるく、生々しい温度を持っていた。
身体が勝手にしたことだ。
犬だからいいんだ。
身体が勝手にしたことだ。
犬だからいいんだ。
身体が勝手にしたことだ。
犬だからいいんだ。
二つの言葉が壊れたテープのように回り、やがて意味が溶けていく。
「気にしなくていいんだよ」
アスナが革の繋がりを短く持ち直し、膝をそろえて腰を落とした。
バニースーツの網タイツの膝が、アコの尿で濡れた床につくのを嫌がらない。眉ひとつ動かさなかった。
「気にしなくていいの」
アスナの手のひらがアコの頬を包んだ。冷えた涙の跡を、体温でじわりと溶かしていく。
「アコちゃんはもうワンちゃんなの。ワンちゃんはね……おしっこするとき、恥ずかしいなんて思わないでしょ?」
亜麻色の髪がカーテンのように垂れ下がり、視界がアスナだけになった。額に、やわらかいものが押し当てられる。湿った吐息がまぶたの上を撫でた。
ちゅ。
唇が、額の真ん中に長く押しつけられている。唇の端から漏れるアスナの鼻息が、こめかみをくすぐった。
「しつけがまだだったの。アスナが悪かったね」
唇が額から離れる。離れぎわに唾液がつぅ、と糸を引いた。
「いい子。怖くないよ」
バッグからウェットティッシュを取り出して、アコの太ももを拭き始める。指の腹でそっと押さえるように、内側から外側へ。足首まで伝った雫を丹念に辿り、鼠径部をひと拭いする。
最後に膣口のすぐ横──愛液と尿が混ざった場所を、二度、三度、やさしく押さえた。
犬の粗相を掃除されている。なのに──あそこが、きゅうっと締まった。
(こんな、ことで……)
人間のアコが最後に発した言葉は、それだった。
それから、床に広がった水たまりにも手を伸ばす。膝をついたまま、丹念に、一拭い、一拭い。アコの恥をぜんぶ、なかったことにしていく。
「いい子だね、アコちゃん」
頭に手のひらが載った。髪の上から、ゆっくりと撫でおろされる。
「ぜーんぶ出せたね」
指の腹が頭頂から後頭部へ滑り、耳の後ろに辿り着く。犬にするように、くしゅくしゅと掻いてくれた。
くぅ……。
喉の奥から、意志とは無関係に甘い音が漏れた。
「偉い。アコちゃんは、偉い子」
耳の後ろを掻く指が、そのまま首筋へ降りていく。革の首輪と肌の隙間に指先をもぐり込ませ、汗ばんだ皮膚をそうっと撫でた。
ぴりっ。
「いい子」という言葉に合わせて、ヒュプノスペックから報酬電流が流れた。こめかみの奥で火花が弾け、その熱がうなじへ降りていく。
降りながら形を変える──痺れが、甘さに。甘さが、蕩けに。蕩けが、快に。脊髄を辿って腰まで届いたとき、膣の奥が泣いた。頭を撫でられただけなのに、勝手に「いい子」を飲み込もうとしている。
──何かが、切り替わった。
「いい子」と言われることの甘さ。漏らしたことを咎められなかったこと。
「全部出せたね」と、褒められたこと。汚い自分を掃除してもらえたこと。この人は、汚い自分を嫌がらなかったこと。
考えなくていい。
正しくなくていい。
太陽じゃなくていい。
溶けていく。アコの知性が、理想が──自己批判が。腐った果実が枝から落ちるように、ぽとり、ぽとり、手放されていく。
(あったかい。あすなさんの、て。もっと、なでて)
お尻が尻尾を振るようにゆらゆらと揺れ始める。アコはアスナの手に鼻先をすりつけて、くぅん、と喉を鳴らした。
◆◆◆
通路の先に、銀色の冷たい光が見えた。
(……あかるい。あそこにいったら、まるみえ)
身体がすくんだ。革紐がぴんと張る。
近づくにつれ、ステンレスの銀色が視界に広がっていく。エスカレーターだ。ステップの溝が等間隔にゆっくりと流れているのが、犬の目線でもはっきりと見えた。
乗り口の脇に、人の気配がある。
「わ! 特別指導の通知、ホントだった」
「イエロー抜けられるんだね、おめでとう!」
パジャマ姿の社員が二人、壁に背をもたせて立っていた。ヒュプノスペックのネイビーブルーのLEDが光っている。
二人が四つん這いのアコを見下ろす。ステンレスの照り返しが、仄暗がりに隠されていた裸身をあばいていく。
膝が動かない。タイルに根が生えたようだ。
(みられてる)
……見られている。全裸で首輪をつけて、四つん這いで。その認識が、なぜか下腹を疼かせた。太ももを伝う蜜の筋が一本、増える。
ぐっ、とアスナが革紐を引いた。
「大丈夫。行くよ、アコちゃん」
四つん這いのまま、ステップに這い乗る。掌にステンレスの溝が食い込んだ。冷たい金属が、擦りむけた膝にもじかに触れる。
床が、動いていた。
自分では何もしていないのに、身体がゆっくりと運ばれていく。飼い主が用意した装置に乗せられて、上へ、上へ。
横を向くと、ガラスの向こうに白い光がある。その中に、人影がいくつも見えた。
(にんげん、いる。おっぱい、みえちゃう)
ガラスの側面越しに、裸体が上昇していく。赤い首輪がちゃりちゃり鳴る──透明な壁一枚の向こうに、人間たちの目がある。
ミカが同じステップで四つん這いのまま、社長の革靴に頬をこすりつけている。社長が「ぐひひ」と喉を鳴らしてミカの腰をさすった。
ステップが平らになり、降り口が迫る。
白い光が、一気に視界を埋めた。
十五階のオープンスペースだった。エスカレーター降り口の周囲に、さっきの二人より多い数の社員がたむろしている。
白い光が裸身の隅々まで暴いていた。揺れる乳房も、太ももを伝う蜜の筋も、人間たちの目の前に晒されている。
ぱん、ぱん、と乾いた音が降ってきた。立っている人間たちが、手を叩いている。犬には意味が分からない。でもその音のたびに、耳がぴくぴくと揺れる。
足音が増えた。肌にまとわりつく視線の数が、一つ、また一つと重くなっていく。手を合わせて目を潤ませている者もいる。でも鼻先を刺す嘲りの息もところどころに混じっていた。
「うわ、犬じゃん」「しかもマッパ」「恥ずかし~」
身体がびくっと縮こまる。腕で胸を隠そうとして、拳を握ったままだと隠せないことに気づく。
(はずかしい。でも、て、ひらけない。いぬだから)
せめて「勝手に見るな」と睨みつけようとする。
そのとき、社員たちの視線が動いた。アコの裸から、アスナの耳元へ。
白い光に照らされて、アスナのヒュプノスペックが鮮やかに光っていた。通路の薄暗がりでは分からなかった色が、はっきりと見える。
(あすなさんの、みみのひかり、きれい)
澄んだ空の色。ネイビーブルーとは明らかに違う、透き通った青。
「え……あの色……」
「スカイブルー? うそ……一之瀬さんが?」
「ユウカさんと同じランクってこと?」
「社長室に出入りできるんだよね、あのランク……」
「ひと月で? あの新入社員が……?」
嘲笑が凍りついた。さっきまで「犬じゃん」とくすくす嗤っていた社員たちが、一歩、後ずさる。
(にんげんたち、しずかになった。あすなさんのこと、こわがってる……?)
犬になりきったアコは、スカイブルーの意味を思い出せなかった。ただ、群れの空気が変わったことは感じ取れる。飼い主が「強い」、犬にとってそれは安心だ。
アスナが革紐を引き、半歩前に出た。アコを自分の脚の陰に入れ、空いた手で後頭部をそっと押さえた。うちの子、という仕草だ。
「触らないでね、この子、ご主人様の大事な犬になったから♡」
笑顔だった。
「見るのはいいけど──噛むよ?」
そんなわけがない。でもスカイブルーが言うと、冗談には聞こえないらしい。社員たちが壁際に下がる。
(あすなさんが、まもってくれた)
道が開いた。
「大丈夫。大丈夫だよ、アコちゃん」
アスナはアコの頭を自分の太ももに引き寄せた。網タイツ越しの体温が、犬の頬を温める。
「嫌な人たちのこと、もう見なくていいの。アスナがぜーんぶ消してあげるね? だから、目ぇ閉じて♡」
ぴりっ。
ヒュプノスペックの電流が走った。
嘲笑っていた社員たちの顔がぼやける。輪郭が溶け、のっぺらぼうの機械になっていく。頭は黒いディスプレイで、目や鼻は緑の線で「へのへのもへじ」が書いてある。
こういうのを、なんと言うのだったか──そう、モブだ。ゲームなどの創作世界では、名前を与える意味が無い早くのキャラクターをそう呼ぶらしい。
モブ社員たちはまだ嗤っているが、もうその意味が分からない。意味のない、ただの音だ。モブじゃない社員たちの拍手に背中を押され、アコはまた進み始める。
社長が立ち止まった。
オープンスペースの壁沿いに並ぶ社員たちに向け、片手を上げる。
「やあ、みんな、夜中にごめんねぇ。この子たちの散歩につき合ってくれて」
言いながら、社長はミカの手綱をくいっと持ち上げた。見せびらかすように。ほら、僕のペット、可愛いでしょう? ──そう言っているような手つきだった。
「ぶひっ、みんな可愛いパジャマだねえ。明日のお仕事に差し支えないように、早めにお布団に戻るんだよ? もし僕の時間が余ったら……ぐひひ」
のっぺらぼうの群衆が、きゃあきゃあと騒いでいた。意味はわからない。ただの音だ。
でも、もう怖くない。
「ご主人様、おやつあげなきゃ」
「ぶひひ、そうだねぇ」
アスナがバッグからバナナを二本取り出した。
社長が皮を半分むいて、一本をミカの口元に、一本をアコの口元に差し出す。
社長の節くれだった指がバナナの根元を握っていた。その指の腹から、甘い果肉とは別の、皮脂と汗が煮詰まった匂いが漏れている。
「おなかすいたよねぇ? ぶひひ、犬のお口がね、こーんなに涎垂らしてるもん。ほうら、嗅いでごらん?」
バナナを口元の少し手前で止めた。焦らすように、ゆらゆらと揺らす。
「いい匂いでしょう? ほしい? ほしいよねぇ?」
「わんっ♡」
ミカが先に食べ始めた。手を使わず、口だけで。拳を床についたまま唇でバナナを咥え込み、慣れた仕草でもぐもぐと噛んでいる。
バナナの甘い匂いが鼻をくすぐる。胃がきゅうっと鳴った。最後に何を食べたのか思い出せない。ミカの部屋で、どれだけの時間が経ったのだろう。
(おなかすいた)
社長の手から差し出されているバナナに口を近づけようとした。
「待て」
アスナの声だ。短くて鋭い。
くんっと首が引き戻された。革の帯が喉にめり込み、息が半分になる。
止まった。バナナの匂いが鼻先にある。口の中に涎が溜まっていく。
でも動けない。
「待て」と言われた犬は、待つものだろうから。
三秒。五秒。バナナは目の前にある。涎が口の端から糸を引きかけた。
「──よし」
アスナの声。柔らかかった。ふっと喉が楽になる。
アコは口を開けた。バナナに唇を寄せ、指を使わず咥え込む。
「しゃぶって、アコちゃん」
飼い主の言う通りにしゃぶる。
(おいしい。あまい)
涙が落ちた。なぜか、ほっとしていた。
噛むとぬるりと崩れて、喉を滑り落ちていく。社長の指から体温が唇に伝わった。
二匹の犬が口だけで果肉をしゃぶる姿を、社長が見下ろしている。スラックスの前を、さっきより膨らませていた。
(おなかに、はいっていく)
バナナは、とても消化がいいらしい。生きるためのエネルギーが、アコの身体にみちていく。
◆◆◆
エレベーターの箱に押し込まれると、扉が背後で音もなく閉じた。空気が、ぎゅっと詰まる。
壁は全面が鏡だった。天井の照明パネルが影のない白い光を容赦なく注ぐ。薄闇が剥がれ落ち、汗の筋、乳首の色、鼠径部をつたう蜜のてかり──裸身が奥へ奥へと増殖している。どこを見ても自分の恥部から逃げられない。
密閉された鉄の檻の中で、四人分の体臭が煮詰まっていく。社長の加齢臭、アスナの香水、ミカの甘い汗、アコの愛液と尿の残り香──。
それらを押し退けて、社長のスラックスの股間から濃厚なオスの臭気が立ち昇っていた。布地が限界まで張り詰め、はっきりと盛り上がっている。
鼻がひくひくと動く。
(……なんで、こんなにおいで、おなかのおく、あつくなるの)
エレベーターが静かに動き出した。
ミカが社長の足元に這い寄った。スラックスの膨らみに顔をうずめ、布越しにキスする。
「ぐひひっ、ミカはいっつもここが好きだなぁ」
社長がミカの頭を撫でた。ミカが布越しに頬ずりして、きゅうん♡ と鳴く。スラックスの膨らみが、ミカの頬に押しつけられたまま、じわりと大きくなっていく。
身体が動きかけた。社長の方へ──。
「待て。待てだよ、アコちゃん」
アスナの声。喉がぎりっと締まった。気管が圧迫され、吸った息が肺の手前で止まる。酸素が足りない。頭がぼうっと痺れていく。
なのに、その痺れが下腹にそのまま落ち、子宮の入口がとろりとひらいた。
アコはミカが社長のペニスに口をつけているのを、目の前で、動けないまま見つめる。
ミカが布越しに吸いついて、陶然と目を閉じていた。くちゅ、くちゅ、と淫靡な水音が箱の中に反響するたびに、アコの秘所がひくひくと脈打つように収縮する。
(まて。まて。……こんなかっこうで、おちんちんにすりよるなんて、はずかしい。でも、こびたい、ほめられたい)
愛液が股の合わせ目を溢れ、大理石の床にぽたりと落ちた。喉を絞られるたびに、奥からまた蜜が押し出される。
喉が灼ける。革に締められた場所を中心に、焼けるような脈動が首筋を伝い、鎖骨を越え、乳房の間を通って下腹まで降りていく。降りるたびに身体の芯がとろんと緩み、蜜のしずくがまた一つ、大理石に落ちた。
ミカが一度、口を離した。幸福をたたえた顔で息をつき、唇の端をぬるりと光らせている。
アスナの唇が耳の縁に触れた。
「──よし。ごほうびだよ、アコちゃん」
繋がりがゆるむ。
アコは自分から這い寄った。許可をもらったから、自分の意志で、社長の股間に顔を埋めた。這った跡に濡れた線が一本、大理石の上に残る。
くんくん、スラックスの布越しに匂いを嗅ぐ。鼻先を押しつけ、布の上から唇を押し当てる。股間に顔を埋めると自然と腰が高く持ち上がり、突き出された臀部がエレベーターの中心で無防備に揺れた。
布地の向こうでペニスの輪郭がじわりと硬くなっていくのがわかる。
……こんなことをしている自分を、鏡が映している。
(いいの。いぬだから、いいの)
ミカが横から鼻先を寄せてきた。甘い汗の残り香と、さらさらの髪がアコの頬をくすぐる。
二匹の犬が、ひとりの主人の足元で交互にキスを落としていく。
社長の太い指がミカの髪を梳いた。もう片方の手が、アコの後頭部をぐっと股間に押しつける。
「ぐひひっ……二匹いっぺんだと、たまんないなぁ」
かすれた声だ。布の奥でペニスがびくびくと脈打つ。
「中身は、お部屋に行ってからだよぉ……ぶひぃ」
でも犬のアコは待てない。ちゅっちゅっ、布越しに吸いついた。
「いい子。いい子だよ、アコちゃん」
アスナの手が、犬の姿勢のアコの後ろに回った。リードを左手で持ったまま、右手で秘所に触れる。
喉元の輪をくいっと引かれながら、後ろから愛撫される。革が首筋の脈を押し潰し、こめかみの血管がどくどくと膨らんだ。息が細い。でも、呼吸が詰まるたびに膣の奥がひくっ、ひくっとアスナの指を招き入れるように蠕動した。
「犬はね──」
アスナの指が、ひだの輪郭を一枚ずつ確かめるように秘密の場所をなぞっていく。声が、指の動きに合わせて揺れている。
「ご主人さまに褒められるのが、いちばん……♡」
息が乱れていた。アスナ自身も、興奮しているのだ。言葉の合間に吐息が混じり、指先が震えている。
「アコちゃんは、いい子だった。ずうっと──いい子だったんだよ」
なぞっていた指が、入口をとんとん、と叩いた。ノックするみたいに。入れてもいい? と訊いているみたいに。
(いい。はいって)
答えたつもりだった。でも喉からは、くぅんと細い声がこぼれただけだ。
──指が、ぬるっと入った。蜜で濡れきった中に、抵抗なく呑み込まれていく。処女肉が異物を認識して、きゅうっと指を締めた。関節の節くれが、乙女の膜に引っかかる。
「だから──ね♡」
アスナの指先が、くいっと曲がった。アコの身体が一番欲しがる場所を、探っている。
社長がミカの手綱を引き上げ、胸を揉んだ。「君もいい子だ」と囁けば、ミカが高い声できゅうんと鳴く。
自分から奉仕して、褒められて、イかされる。「よし」と言われて、自分から這い寄って、「いい子」と言われて──。
(あつい。あつい。い、く──ああ、もっと、もっとして、イきたい、イきたい、わたし、もっと、もっと──わたしはもっと、イきたい)
アスナの指が、たまらない場所をグッと押し上げた。
同時に社長の手がアコの後頭部を股間に押しつけ、布越しのペニスが唇をこじ開けるように突き出された。
上からと、下からと。
口と、中と。
同時に。
「きゃ──うんっ♡♡」
犬の声だった。のどから絞り出されたのは言葉ではなく、高く細い、メス犬の嬌声だった。
首輪の金具がちゃりんと鳴った。喉を革に締め上げられたまま絶頂した身体が、びくん、びくんと痙攣を繰り返す。
膣がアスナの指をぎゅうぎゅうと絞り、口は社長のスラックスに押しつけられたまま涎を垂らしている。上の口も下の口も、閉じることを忘れていた。
ミカが横で甘く鳴いた。きゅうん、きゅううん。社長に胸を揉みしだかれて、アコと同じタイミングで果てたらしい。鏡に映った二匹の犬が、同じ姿勢で痙攣している。
やがて波が引いていくと、アスナの指がそっと抜かれた。ぬるり、と蜜が糸を引く。
二匹の犬の体液が、エレベーターの大理石の床に水たまりを作っていた。
◆◆◆
扉が開いた。
最上階は、ここまでの通路とは何もかもが違った。壁はウォールナットのパネルで、天井のダウンライトが暖色の光を静かに落としていた。
社長室への短い通路を進む。厚い絨毯は深いボルドー色で、毛足が長い。膝がゆっくりと沈む。
(やわらかい。ひざ、いたくない。あったかい)
十四階から這い続けた膝の痛みが、絨毯の柔らかさに溶けていく。拳も毛足の中に沈んで、もう痛くない。
壁に絵画がかかっている。暖色の照明に照らされた風景画だ。
(…………?)
少し下手な絵だと思った。例えるなら、そう、専業主婦が時間を持て余して趣味で描いた絵、のような。
その絵画の前で、アスナの足が止まった。アコとの繋がりが、手からずるりと落ちる。
首をねじって後ろを見ると、アスナは壁に手をついていた。背中が微かに震えている。耳元のヒュプノスペックが、スカイブルーの光をちかちかと不規則に明滅させていた。
「──あれ、ここ、どこ? ……あ、社長室か。ここまで来れたってことは、あと少しだね。がんばれ、アスナ」
焦点の合わない目で、自分に語りかけている。
(あすなさん?)
飼い主の様子がおかしい。
でも──。
「アコちゃん、行こ?」
一瞬の混乱が嘘のように、アスナは笑った。絨毯に落ちたリードの端を指先で手繰り、するすると手のひらに巻きつけてから──くいっ。
アコは、飼い主が笑ったから安心した。笑ってるなら、大丈夫だ。
(だいじょうぶ)
社長室の両開きの扉の前で、四人は立ち止まった。
ダークウッドの大きな扉だ。アスナが社長にうながされて、金の取手に手をかける。
アコは、扉を見上げていた。この向こうにベッドがある。きっとそこに突き飛ばされ、乱暴に犯される。いや、ひょっとしたら床で、かもしれない。
(おちんちんの、におい、する。さっきの、つづき。なかに、いれてもらえる)
アコはいつの間にか、死について考えなくなっていた。きっと、犬は死にたいなどと思わないのだろう。今この瞬間を生きるのに、文字通り必死なのだ。
(おちんちん、ほしい。あすなさん、そばにいる。あったかくて、きもちよくて、おなかいっぱいで)
尻尾のないお尻が、左右にゆっくり揺れている。アコの唇は、ほんの少しだけ笑っていた。
アスナが扉を押す。扉の向こうから、温かい空気が流れてきた。
(続く)
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