※この作品はR-18です。

天雨アコ「こんなイヤらしい社長が支配する会社に、私はぜったい屈しません!」→なお   作:a-su

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後編

「アスナさん、息をしてアスナさんっ」

「やばい心臓も止まってる! ミカ、AEDを!」

「分かった、場所は前と一緒だよね!?」

 

 一糸まとわぬ姿のアスナが、目を見開いたままベッドに横たわる。覆い被さる社長は、心臓マッサージによる汗でパジャマをびっしょりにしていた。

 下着姿のミカが駆けてきた。四角い装置を開封し、パッドをアスナの胸に貼る。

 

「離れて!」

 

 どんッ!

 一秒。二秒。三秒。

 浅い呼吸が唇のあいだから漏れはじめる。

 

「呼吸もどった……!」

 

 アコはアスナの手を握った。冷たい。指先にかすかに脈を感じるが、目は天井を向いたまま動かない。

 

「アスナさん。聞こえますか。アスナさん」

 

 名前を呼ぶ。もう一度呼ぶ。何度呼んでも、焦点の合わない瞳がアコを素通りしていく。

 ミカが社長の腕にしがみついた。

 

「……アスナちゃん、何がどうなってるの」

 

 社長は答えない。アスナの顔を覗き込んだまま、汗を拭うこともできないでいる。

 

「社長」

 

 アコの声は、自分でも驚くほど冷えていた。

 

「どう見ても普通の病気じゃありません。外の病院に運ぶべきです」

 

 社長の顔が歪んだ。唇が開きかけて、閉じる。

 沈黙が長い。

 長すぎる。

 やがて彼は顔を上げて、鏡を見た。普通はテレビがあるべき場所にかかった、大きなものだ。

 

「ヒュプノス!」

 

 声が壁に吸い込まれる。

 次の瞬間、社長室の照明が一段落ちた。暗くなった部屋の中で、白い光が動く。

 

 鏡面がかすかに青白く発光している。一枚だけではない。姿見も、三面鏡も……窓だと思っていたのはマジックミラーで──とにかく社長室のすべての鏡が、()()()()()()いる。

 

 アコは壁の鏡を見た。自分が映っている。泣き腫らした目で、アスナの手を握ったまま振り向いている──はずだった。

 鏡の中のアコは泣いていなかった。真っ直ぐに見返し、薄く微笑んでいる。()()()が、唇をひらいた。

 

『お仕事ですね。はい、お任せください』

 

 ──アコの声だった。

 思わず自分の唇に触れるが、閉じているし動いていない。でも鏡の中では、口がまだ動いている。

 

『一之瀬アスナ様のお体をスキャンいたします。どういう事態なのか、もう少し検討する時間をください』

 

 アスナの耳元で、ヒュプノスペックが光った。スカイブルーのLEDが、脈拍のような緩慢なリズムで明滅しはじめる。

 鏡の中で、アスナの身体に青い線が走った。人体の輪郭をなぞるような細い光の線だ。頭部のあたりで線が密になり、赤く変わった。

 

 鏡の中のアコが報告する。

 

『判明している分析データを確認します。心拍は回復。呼吸も安定しています。ただし大脳皮質の活動が著しく低下しています。神経応答が確認できません。端的に申し上げると、一之瀬アスナ様は、身体は生きています。しかし()()が応答しません』

 

 それだけ言って口を閉じる。表情は変わらない。

 社長室が静まり返った。聞こえるのはアスナの浅い呼吸だけだ。

 

 ふと視線を動かすと、三面鏡の中にもアコがいた。

 姿見にもアコがいた。

 窓のマジックミラーにもアコがいた。

 どのアコも同じ顔で微笑んでいるのに、現実のアコだけが戦慄している。

 

『原因の特定には外部医療機関の精密検査が必要です。ただし、セキュリティ・プロトコルに基づき、社員の外部搬出は推奨いたしかねます。ユートピアの機密保持に対する重大なリスクが生じます』

 

 ──いま、()()()はアスナの命と「機密」を天秤にかけたか? 

 

 社長は鏡の前に立ちつくしていた。鏡の中のアコと、ベッドのアスナを、交互に見ている。

 アコは意識不明の親友から手を離し、立ち上がった。社長の正面に回り込む。

 乾いた音が鳴った。

 

「しっかりしてください、()()()()()!」

 

 掌がじんと痺れている。

 

「あなたは、あなたは──女の子を見捨てる大人だったんですかっ!?」

 

 社長の頬が赤くなり、目の焦点が合っていく。

 彼はポケットからスマートフォンを取り出した。

 

「ネル? 救急車を手配して。そう、アスナを外部の大学病院に搬送する。健康状態のデータも、C&Cでスクリーニングしてから出して。……分かってるよ。私が責任を取る」

 

 社長はベッドに戻り、アスナを毛布で包みはじめた。ミカがシーツを引き寄せて手伝っている。

 アコは鏡の前に残っていた。

 

『はじめまして、天雨アコ様。私はヒュプノス。若く美しい女性を幸福にするために、存在するAIです。今後はスカイブルーになられるとのことで、どうぞよろしくお願いいたしますね』

 

 そこに映る自分は、人間たちの慌ただしさとは無関係に、変わらず穏やかに微笑んでいる。

 

『先ほどは、社長のご判断を助けていただき、ありがとうございます。一之瀬アスナ様のご回復を、心よりお祈りしています』

 

 鏡の中のアコが言葉を継ぐ。声のトーンも微笑みも変わらなかった。

 

『ただ、一つだけ。マインド・プロトコル第三条によれば、社員の感情は会社にお預けいただくことになっています。社長を叩くような衝動は──次にお感じになったとき、私のほうで調整させていただきますね。痛みはございませんので、ご安心を』

 

 アコは答えない。ただ、自分の顔をした【敵】を睨み続ける。

 

(続く)




書きためはここまでです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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次は夏頃を予定しています。お楽しみに!

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  • プロローグ
  • ユウカの章-1
  • シロコの章
  • リンの章
  • ユウカの章-1
  • ミッドローグ
  • ミカの章
  • アスナの章
  • アコの章-1
  • アコの章-2
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