※この作品はR-18です。

プリマドンナ~TS転移娘がふたなりサキュバスに堕とされる話~   作:Sfon

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一日目 女の子の体になって
一日目 女の子の体になって①


 気が付いたら、知らない部屋にいた。仰向けの視界に映ったのは、シャンデリアが吊り下げられた高い天井。体の背面には柔らかい感触があり、ベッドの上に横たわっているのだろうと分かった。あたりからは柔らかく花のような良い香りがして、全く身に覚えが無い。オレの部屋はもっと無機質で、飾り気のない天井だった筈だ。

 

(これは……夢……?)

 

 脈絡もなく身に覚えのない場所にいるこの状況で一番納得できるのは、ここが夢の中であることだ。ここがどこなのか、なぜここにいるのかは全く分からないが、そんなことは夢の中で意味を持たないだろう。すべてはオレの脳が作り出した紛い物、それならば、何が起きたって不思議ではない。

 

 とりあえず体を起こすと、全身を覆うほどの大きなバスローブと、両腕を広げても余裕があるほど大きなベッドが視界に入った。布団を被らず、バスローブ一枚でベッドに寝ていたらしい。ベッドの幅が大きいのはまだわかるが、長さまで自分の体よりずっと大きいなんて、こんなベッドが存在するんだろうか。

 

 そして、ふと気づく。目元に手を差し伸べても眼鏡がないのに、はっきりとした視界が目の前に広がっていた。裸眼にも関わらず、矯正視力よりもずっと澄んだ視界で、オレの視力とは程遠い。

 

 メガネのレンズに押し込められていない視野というのは、これほどまでに広かったのか。メガネを掛けずにすんでいたのはずいぶんと昔のことだから、すっかり忘れていた。

 

(やっぱり、ここは夢の中なんだろう)

 

 視力が急に良くなるなんてありえない。これはとてつもなく精巧な夢に違いない。ならば、せっかくの機会を楽しんだほうがいいだろう。夢なら何をしたって誰にも怒られないし、死ぬこともない。日頃の生活で社会から受けまくったストレスを発散するいい機会だ。どんなことだってできるだろう。

 

 そうと決まれば、とりあえず現状を把握しなくては。これから何をするにしても、自分の頭が作り出したこのステージについてもっと知りたい、とあたりを見渡した時、思わず目を見張った。部屋の端に立っていた女の子が、浮世離れしていると感じるほどに可愛かったから。

 

 視界の先にあったのは、金色の綺麗な髪をハーフツインにした、碧眼の少女。僅かに目尻が上がって意志の強そうな瞳が、オレをじっと見ている。幼さが残るものの、大人の階段を上り始めているその姿は、オレの好みのど真ん中を打ち抜いていた。

 

 ああ、オレの脳みそはなんと優秀なことか。夢の中でここまで精巧な美少女を具現化することができるなんて。

 

 彼女は黒いセーラー服を着ており、首元や鎖骨が露わになっている。透き通るような白い肌が眩しく、その制服の下にある裸体を想像すればなんと美しいことだろう。現実世界であれば体裁を気にしてじっくり見られないけれど、今は関係ない。好きなだけ視姦したところで、誰も咎めないのだから。

 

 制服を押し上げている彼女の胸の膨らみは大きく、服の上からでもその柔らかさが伝わってくるほど。母性すら感じさせるそれには下品さが無く、『女の子』にふさわしい丸みがあるのにいやらしさのない、奇跡的なバランスだ。そして膝上丈のスカートから覗く太ももや膝、ハイソックスに包まれたふくらはぎは美しい曲線を描き、視線が釘付けになってしまう。

 

 もしも学生時代にこんな子と出会えていたら、そして自分に勇気があったなら、間違いなく告白していたに違いない。何とかして気に入ってもらおうと、全身全霊を()けただろう。

 

 一目惚れなんて所詮物語の中だけの存在だと思っていたけれど、この胸の高鳴りは間違いなくソレだった。慣れない女の子が近くにいるだけだったら、緊張はしてもこんなことにはならないだろう。頬が熱くなり、胸がきゅぅっと締まる感覚。男が言うのも恥ずかしいけれど、『恋する』とはこういうことだと突きつけられたようだった。

 

 そんな、オレの性癖にドストライクな美少女をまじまじと見ること数秒後、今更のように気づく。その少女の背中と腰から伸びている、人ならざる者の象徴に。背中からは蝙蝠のような翼が生え、腰からは矢じりのような先端を持っている細くしなやかな尻尾が生えていた。それはまるで悪魔のよう。

 

 その翼も尻尾も、ぱたぱた、ゆらゆらとひとりでに動いている。それは機械仕掛けとは到底思えないスムーズさで、『生物』らしさに溢れていた。

 

(ああ、これが夢じゃなかったら、なんだっていうんだ)

 

 自分に悪魔っ娘の性癖があるなんて知らなかったけれど、サキュバス物のエロ本は好きで読んでいた。なるほど、悪くない。この目の前の女の子はサキュバスなのだろうか。もしそうなのであれば、こんなところで黙っていてもしょうがないだろう。今すぐ彼女に触れて、彼女を犯して、気持ちよくなりたい。そうと決まれば居ても立っても居られず、ベッドから飛び降りた。その瞬間。

 

(……いやいやいや、流石にデカすぎるだろ)

 

 あまりにも彼女が大きかった。胸の話ではない。身長が、自分よりもずいぶんと高い。数メートルは離れているというのに、見上げないと彼女の顔が視界の真ん中にやってこない。動揺しながらも彼女の目の前まで近づくと、自分の目線が彼女の胸の高さにあった。目の前に広がる黒いセーラー服と、それを持ち上げるおっぱいの膨らみ。

 

 オレにこんな性癖は無いはずだ。自分より小さい背丈の女の子が好きだ、それは間違いない。なのに、この目の前の女の子はオレよりも頭一つは背が高く、目の前に立つと思いっきり見上げないと顔が見えなかった。

 

 どうしてなのか。ここまでオレの妄想はとても良い仕事をしていたのに、なぜここで期待を裏切るのか。オレにはおねショタのケはない。大人のオレが、可愛い女の子を貪る、その構図が好きなのに。最後の最後で重大なミスをした自分の脳みそを叱責しつつ、しょうがないからと彼女に手を伸ばそうとしたとき、ソレは一歩身を引いた。

 

「――ごめん、ぼーっとしていたわ。目が覚めたのなら、先にしないといけないことがあるの。もし私の体を触りたければ、その後にしてちょうだい」

 

 彼女はそう告げると、その身をはらりと翻してオレの背後に回り、オレの両脇の下に腕を回して持ち上げた。床から離れる足、背中に感じる彼女の胸の膨らみと柔らかさ。あまりにも急な行動に面食らっていると、部屋にあったソファに彼女ごと座らされる。つまり、彼女がソファに座り、その膝の上にオレが座る構図だ。子供じゃないんだから止めてほしいのに、お腹に回されている腕のせいで抜け出せない。

 

「とりあえず、これを見てちょうだい」

 

 目の前の壁には大きな液晶テレビがかけられており、勝手に電源がついて映像が流れ始めた。オレの夢だというのに、なかなか思い通りに進まない。とはいえどうしようもないし、諦めてテレビ画面に視線を向けた。学校の授業で見るような古臭いオープニングの後、表示された題名は、『プリマドンナとメス 異世界から来たTS美少女』。

 

 

 

 されるがままに、動画を全て見終えた。これは夢じゃないかもしれない。あまりにも設定が細かすぎるし、自分の想像の範疇(はんちゅう)を超えている。そして何より意識的に考えないようにしていたけれど、手を振ってみれば空気の抵抗を感じるし、匂いや部屋の温度だって分かるし、五感に伝わるすべての感触があまりにもリアルすぎた。

 

 どこかあやふやだったり、はっきり見ようとしたら目が覚めてしまったり、体が思うように動かなかったりと、明晰夢にあるはずの違和感がどこにも無かった。こんなに精巧な夢は見たことがない。

 

(もしも本当にこれが夢じゃなくて現実だとしたら、大変なことだぞ)

 

 動画が言うにはこうだ。この世界はサキュバスが支配している。オレは女(動画の中ではメスと呼ばれていた)にされ、プリマドンナと呼ばれる、エリート高校の首席入学者にプレゼントされた。元の世界には『オレ』がそのまま残っていて、オレは元のオレのコピーのようなもの。だから元の世界には影響がなく、オレが居なくなって悲しむ人は出ない。

 

(元の世界のオレは、まさか異世界でこんなことが起きているなんて知る由もないわけだ)

 

 動画を見る限り、この世界はオレにとって優しくなさそうだ。オレは女になって、サキュバスに(あて)がわれたのだから、きっと何をされてもおかしくない。奴隷のように扱われるかもしれないし、もっと酷い目に合うかもしれない。そんなことを知らずに済むのなら、それは喜ばしいことだろう。そこまで考えて、やっと思考が追いついた。

 

(オレが、女に……?)

 

 どこか他人事のように聞いていた、動画の中の『メス』について。それが自分自身なのだと当事者意識が芽生えた瞬間、思考が嵐のように吹き荒れた。

 

「ということで、あなたはこの世界に美少女の姿で呼び出されたのよ」

 

 自分を抱きしめ、背中から声をかける存在。それは美少女の姿をしたサキュバス。そして今のオレは女。もし今まで聞かされた全てが本当なのだとしたら、これからどうなってしまうのだろう。

 

 サキュバスや、それが支配しているこの世界にオレの常識が通用するとは思えない。もしもこのサキュバスが嗜虐的な趣味を持っていて、オレを痛めつけようとしているとしたら。オレを苦しめ、泣き叫ぶ様子を見ることで快楽を得ようとするとしたら。

 

 底知れぬ恐怖に呼吸が荒くなり、手足は氷のように冷たくなっていく。心臓は痛いほどに激しく鼓動し、頭は酸欠になったように思考が鈍り、視界は暗くなっていった。

 

 平衡感覚が無くなっていく。キーンと甲高い耳鳴りがうるさい。座っているはずなのに、上半身はやじろべえのように左右へ揺れる。そしてそのままバランスを崩し、倒れてしまいそうになった時。

 

「ちょっ……大丈夫⁉」

 

 背後のサキュバスにギュッと強く抱きしめられた。胸元に腕を回され、後ろにのけぞってしまうほどの勢いで、強く引き寄せられる。それが意識を失う前の、最後の記憶だった。

 

 

 

 目を覚ましたら、見覚えのある視界が広がっていた。自分の部屋ではないが、ついさっき見た景色。夢の中だと思っていた、どこかの異世界の一室だ。仰向けの視界に映ったのはシャンデリアが吊り下げられた高い天井。ベッドに寝かされているのだろう、背中には柔らかい感触が伝わってくる。あたりからは柔らかく花のような良い香りが漂った。

 

「あ、起きたのね。良かった。急に気を失うから驚いたわよ」

 

 視界に飛び込んできたのは、金髪碧眼の美少女。しかしその背中では翼が揺れており、人間ではないとすぐ分かった。彼女は、いや、ソレはサキュバス。何を考えているか全く分からない、異形の存在だ。瞬く間に顔から血の気が失せて、首筋が冷たくなる。

 

「ひっ……!」

「ごめんね。怖かったかしら。えっと……大丈夫、あなたに危害を加えるつもりはないわよ」

 

 思わず漏れてしまった声は、女の子が出すような情けないものだった。喉の奥で(くすぶ)った程度の小さな声だった筈なのに、それを敏感に聞き取ったのだろう。いや、そもそもオレの表情には恐怖がありありと浮かんでいるに違いない。

 

 サキュバスはオレを心配するような、安心させようとするようなセリフを吐くが、まるで信用ならない。当たり前だろう、悪意を持っている存在が、悪意を見せつけるような真似はしないはずだ。特に、策に嵌めようとする狡猾な奴であればなおさら。

 

「体調はどうかしら。気持ち悪いとか、そういうのはない?」

 

 幼さが残りながらも大人びた一面もあるその声からは、彼女が本当にオレのことを心配してくれているのかもしれないと思わせるだけの説得力を感じた。素晴らしい演技力だ。これなら役者として大成するだろう。いや、もしかしたら、オレが疑り深いだけで、本当にこのサキュバスは良い奴なのか? 

 

 どちらにせよ、声を掛けられていて無視するわけにはいかない。下手に相手の機嫌を損ねては、何をされるか分かったもんじゃない。

 

「いや……大丈夫、です」

 

 丁寧な口調で答えたその声は、記憶の中の自分の声とはかけ離れていて、まさに鈴を転がすように可愛らしかった。少し落ち着いた雰囲気もありながら、聞くものすべてに庇護欲を植え付けるような愛らしさ。反射的に喉を指先で撫でると、そこにあったはずの喉仏は消え失せており、それどころか肌もしっとりすべすべしていて、自分のものとは思えない。

 

 そして同時に、首に何かが巻かれているのに気づく。手触りからして首輪か何かだろう。緩く巻かれていて苦しさはないけれど、バスローブに首輪なんて異常な組み合わせだ。首につけるアクセサリーとして、チョーカーというものがあることは知っているけれど、悪魔的な見た目の彼女とオレ、人外と人間という関係なら、奴隷に着ける首輪と思ったほうがよほど腹落ちする。

 

 自分の体に異変を一つ見つけると、坂を転げ落ちるように、次々と他の異変にも気づいていった。飛び起きるようにして上体を起こし、体の端々に触れれば、至る所が記憶の中の自分の体とかけ離れていた。

 

 指を頭頂部の髪に差し込んで、するりと下ろしていけば、腰まで髪が伸びているのが分かる。それはまさに『絹のような』滑らかさの黒い髪で、明らかに男のものとは異なるしなやかさだった。

 

 バスローブの袖をたくし上げると、その手や腕は白くてシミもシワもなに一つない肌をしていて、元の体とは似ても似つかない。流石に人前でバスローブの中を覗き込もうとは思えないものの、胸元もほんのりと膨らんでいるようだった。

 

「大丈夫よ、落ち着いて。あなたは女の子になったのよ。不安でしょうけど、私はあなたの味方だし、傷つけたりしないわ」

 

 パニック寸前になりながらも、何とか気を失う前に見た動画の内容を思い出す。目の前にいるサキュバスはオレのご主人様で、オレは女にされて、こいつにプレゼントされた。こんな状況、正気の沙汰ではない。しかし、とはいえ思考を放棄するわけにもいかず、何をどうすればよいのか必死に頭を働かせた。

 

(逃げる……訳にはいかないな。何も分からない世界なのに、オレ一人で生きていけるとは思えない。でも、それならどうすれば……)

 

 ああでもない、こうでもないと考えるばかりで、口を開かないオレを待っていてもしょうがないと理解したのだろう、サキュバスは勝手に話を進め始めた。

 

「……とりあえず、改めて自己紹介ね。私はニカ・エマニュエル。この久場瀬高校に首席入学した、今年のプリマドンナよ。そして、あなたはこの世界に呼び出された精神。その入れ物が今のあなたの体。この世界で作られた可愛いメスの体で、『ミーナ』って名前がついているわ。これからよろしくね、ミーナ」

「ミーナ? いや、オレの名前は……」

 

 勝手にこの世界へ呼び出された挙句、一方的に名前を付けられるなんて堪ったもんじゃない。オレにはオレの親がつけた立派な名前が――。名前が、あるのに。

 

 思い出せない。自分の名前が出てこない。生まれてからずっと付き合ってきたものなんだから忘れるはずがないのに、全く思い出せない。周りにいた人々の名前は思い出せるのに、自分の名前だけが記憶からすっぽりと抜け落ちている。

 

 当然、焦る。ついさっきまで使っていたはずの自分の名前、非常に大きなアイデンティティの一つが消えてしまったのだから。男の頃の自分の顔、体つき、趣味、全部思い出せるのに、名前だけが霞掛かって思い出せない。

 

 頭から血が引いていき、首元が冷えていくのが分かる。またさっきのようにふらつき始めたから、ベッドに手をついて体を支えた。

 

「大丈夫よ。名前は思い出せないはずだし、それはしょうがないの。名前は存在を示すんだもの。ミーナが元の世界からこっちの世界に来た時に存在が変わって、名前は前の世界に置いていかれたのよ。こっちでは新しい名前を使わないといけないわ」

 

 取り乱しているオレに対して、サキュバスは相変わらず優しい口調で説明を続けた。オレは深呼吸をして体を落ち着かせながら、彼女の解説をなんとか頭に取り込んでいこうとする。

 

(大丈夫だって? 勝手に何を言っているんだ。オレを勝手に呼び出したくせに)

 

 偉そうなことを言っているこいつが憎く思えて、怒りさえ湧いてきた。冷えていた頭と首元が今度はカッと熱くなり、少しだけ目が潤んでくる。オレは大変な思いをしているのに、なんて呑気なんだと不満をぶつけたくなって、ふと気づいた。

 

 目の前のサキュバス、ニカ・エマニュエルは、この世界の仕組みに乗っかって、この世界のルール上は正当な権利をもって、オレをプレゼントとして受け取っている。遺憾ではあるが、この世界のルール上では、何も悪いことをしていない。彼女を責めるのは的外れだろう。

 

 しかし、そうだとしたら、オレの不満はどこにぶつければいいのか。今まで頑張ってきた人生を綺麗さっぱりリセットされたようなものなのだ。元の世界のオレが残っているから無駄ではないけれど、この世界のオレにとっては、努力のすべてが消え去ったようなものだ。

 

 頑張って受験勉強をした。部活にも入らず、学校が終わればすぐに帰宅し、趣味はもっぱら一人でできるゲームだった。良い高校に入れば、良い大学に入れば、良い会社に入れば良い大人になれると聞かされて、精一杯努力した。あれだけ頑張ったのに、その結果がこれか。

 

 今まで聞かされてきたことが本当だとしたら、今のオレが元の世界に戻ったところでなにも良いことがないだろう。この変わり果てた体では誰もオレの存在を受け入れてくれないだろうし、元の世界のオレは何も変わらずに生活しているのだから。

 

 『元の世界に迷惑を掛けずに済んだ』と喜べばいいのか、『元の世界に戻ろうと努力しても無駄だ』と悲しめばいいのか。それに気づいた時、なんだかどうしようもなく悲しくなってしまって、目頭が熱くなる。

 

 視界がじんわりとぼやけ始め、口元が震えだしたのが自分でもわかった。おかしい、オレはこんなに涙もろくないはず。人前で泣くなんて、そんな恥ずかしいこと、できるわけないのに。

 

「み、ミーナ、大丈夫? どこか苦しいの? 先生を呼んでこようか?」

「――ッ! いや、いらないっ! ただ、ちょっと、一人にさせて、ください」

 

 何とか堪えようとしても、体が言うことを聞いてくれない。目に溜まった涙は今にも零れそうで、最後の砦が陥落寸前だ。男なのにこんな情けないところを見せるなんて許せないのに、涙が止まってくれる気配は無かった。できたのは、何とか声が震えるのを堪えながら、彼女を追い出すことくらい。

 

「……わかったわ。外で待ってるわね」

 

 そっと席を外してくれたサキュバス。扉が閉まって、部屋の中がオレ一人になったとき、せき止めていたものがボロボロと崩れていく。静まり返った部屋で、自分の心の声が頭の中に反響する。

 

 どうしてオレが選ばれたのか、今まで頑張ってきたことは何だったのか、これからどうなってしまうのか、不安が押し寄せてくる。それはやがて堪えようのないほどまでに膨れ上がった。

 

 声を上げて泣いたら、扉の向こうにいるはずの彼女にバレてしまうだろう。せめてそれだけはするまいと口を堅く結び、バスローブの袖で目元を抑えながら、心が凪ぐまで耐える。今のオレはミーナ。知らない世界に知らない体となって放り込まれた、メスらしい。




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