プリマドンナ~TS転移娘がふたなりサキュバスに堕とされる話~ 作:Sfon
買い物が終わり、無事に家に帰ってきたらもう晩御飯の時間だった。空は茜色に染まり、風はだいぶ涼しくなっていた。あたりには部活終わりと思われる生徒もちらほらいて、街中で見たサキュバスの淫らな側面と同時に、学生らしい生活も存在しているのだと思わされる。
彼女たちはとても楽しそうに、新しい先生がどうとか、新入部員がどうとか話していて、サキュバスはただ性欲に翻弄されているわけではない、理性的な種族に違いないのだと見せつけられた気分だ。
「……生きてるんだなぁ」
「何よ。急にどうしたの?」
「いやぁ、ここが現実だって今更実感が湧いたというか、今まではどこかフィルターのようなものを通してみていた気がするんですよね」
「この世界に来てまだ一日も経っていないもの、そういうこともあるでしょうね」
ニカさんと二人、手を繋いで歩く。人と話しながら帰路に就くなんていつぶりだろう。まだニカさんを信頼しきったわけじゃないけど、少なくとも今日一日、今までの様子を見れば、彼女は信用に値する人に見えた。そんな人と手を繋いで、一緒に歩く、それだけで心が温まる気がした。
学校の敷地内を歩くこと数分、視界内に突如現れた十階建てくらいのマンションが、この学校の寮だった。全部で三棟建っており、学年別に建物ごと分かれているそう。まるで漫画の中のお嬢様学校みたいだ。
「いや、立派すぎない? 寮って普通はもっと、こう、歴史ある感じがするものなんじゃないの?」
「普通がなにかは知らないけれど、プリマドンナも生活するんだからそれなりに立派なのは当然でしょ。卒業生が資金援助してるんだし、このくらいはしてもらわないと」
コンシェルジュ付きのエントランスを抜け、すぐ近くにあるエレベーターのカードリーダーにニカさんが学生証をタッチすると、音もなくドアが開いた。その辺の分譲マンションとは格が違うハイテクさだ。あまりの豪華さに面食らっていると、すまし顔のニカさんが一言。
「メスが高確率で居る家のセキュリティが甘い訳ないでしょ。いくら法で裁かれるとはいえ、犯罪者は無くならないんだから」
確かに、ニカさんはいうなれば世界的なセレブリティ候補なんだから、むしろこれくらいは当然かもしれない。同じ学校の生徒がメスの体欲しさに部屋へ侵入とか、考えたくもなかった。
エレベーターが止まりドアが開くと、そこは玄関の目の前。ドアのロックもカードキーで解除して、ニカさんが中へと案内してくれた。白いフローリング張りの廊下を抜けると広いリビングが広がっており、奥にはキッチンが見える。少なくとも一人暮らしするような家じゃないことは確かだ。
「うわ、めっちゃ広いですね」
「ミーナと一緒に住む分、いろいろと特別仕様なのよ。とりあえず荷物だけ置いて、ご飯を食べに行きましょ」
勉強部屋も兼ねた寝室には勉強机とベッド、そして大きなクローゼットがあった。その中に今日買い込んだものをどんどん詰めていくと、今日買った大量の服でクローゼットの半分が埋まった。半分はニカさんの服で元々埋まっていたので、クローゼットの中は服でもうパンパン。
普段着にするパーカーやシャツ類、流れで買ってしまったガーリーなジャンパースカートとブラウス、いつの間にか買われていたミニスカートやオフショルダーのニット、そしてたくさんの下着。バリエーション豊かな服の数々をクローゼットに収めていくと、いけないものを見ているような気がしてくる。異性のクローゼットの中なんて、普通見る機会がないだろうから。でも、これらの服は自分が着るんだと考えると、なんだかむず痒い。
「うーん、こうして見ると、随分買い込みましたね」
「一気に服をひと揃い買ったんだから当然よ。私はともかく、ミーナは毎日私服で通うことになるんだから、『ついこの間も見た服だ』なんて言わせて堪るもんですか」
妙に自信満々というか、自慢げにしているニカさん。見た目に気を遣う必要があって大変そうだ、なんて他人事に思いながらクローゼットをしめて、二人そろって食堂へ向かった。普通の生徒は二人一部屋のワンルーム相部屋スタイルでキッチンは無いから、そもそも食堂に行くか外食するかくらいしか選択肢が無いらしいけど、オレたちは自炊もできる。いつかやってみるのもいいかもしれない。
ニカさんもオレもそのままの服装で食堂に向かっていると、ニカさんと同い年くらいのサキュバスから声を掛けられた。いつの間にかあたりがすっかり暗くなっていて分かりづらいけれど、燃えるように真っ赤なショートヘアの女の子だ。ショートパンツにTシャツというラフな格好も相まって、活発な印象を受ける。
「お、ニカちゃん先輩じゃ~ん。それが本物のメスかぁ、ちっこくて可愛いね」
「ええ、そうよ。とってもいい子なの」
「良いなぁ。私もいつかメスとえっちしたいなぁ」
いくら周りが暗くたって分かるほどに、目の前のサキュバスはオレに欲情していて、そういう目でオレの体を眺めていた。そのせいで今日の昼間、電車の中での出来事を思い出して、思わずニカさんの背中に隠れてしまう。あまりにも情けないけれど、あの時の恐怖がぶり返してしまったのだから許してほしい。
「あちゃ~、怖がらせちゃったか。大丈夫だよ、手は出さないから」
「クラスメイトとはいえ、節度を持ってお願いね?」
「もちろんよ。あ~あ、早く明日にならないかなぁ」
先輩といいつつ、どうやらクラスメイトらしい。付き合い程度にニカさんがお喋りして、クラスメイトの彼女がオレを一通り眺めてそれで終わり。良かった、今回はあの時ほどは怖くない。たぶん、ニカさんと同い年って分かっているからだろう。
ただ、声掛け事案が一回で終わるはずもなくって、食堂に向かう途中で新しいクラスメイトに見つかり、また声を掛けられる。有名人というか、超有名AV女優にでもなったような気分だ。どの目線もねちっこくって、鳥肌が立ってしまう。望んでいない好意には嫌悪感しか湧かないっていうのは、こういうことだったか。
食堂に着いた頃には、ニカさんも流石に話し疲れた様子だった。ふぅっと一息ついてから、食券の券売機に向かうと、ちょうど一番人の多い時間帯が終わったようで、特に並ぶこともなく済んだのは幸運だった。しかし、それでも完全な貸し切りなわけではない。学生サキュバスたちはちらほらと見えるし、オレに気付く人も少しずつ増えてきた。何せ翼も尻尾も無いものだから、遠くからでもすぐに分かるだろう。さっさと食事をとって帰ったほうがよさそうだ。
「お疲れ様。有名人も大変ですね」
「ミーナだってそうなのよ。対応は私に任せてくれればいいけど、見た目には気を使ってよね。無防備な恰好をしてみんなを無意識に誘惑するとか、私が全部対応しないといけなくて大変になるのが目に見えてるんだから」
「あー……確かに、そうですね。気を付けます」
言われなくてもと思ったけれど、その『無防備な恰好』には、男の頃の感覚が抜けないオレには分からないものも沢山あるんだろう。ぱっと思いつくところだと、胡坐をかいたりとか、前かがみになって服の中が見えたりだとか、そういうのだろうか。最初のうちはニカさんから注意してもらう機会が増えそうで、すこし憂鬱な気分だ。
「さ、私はもう頼むものを決めたから、ミーナも決めちゃって。別にゆっくりでいいけどね」
「えっと……うわ、結構種類があるね」
券売機には値段が書いてなかった。時価というわけではなく、学食の料金はなんと全生徒分を学校が負担しているそうで、何を食べたところで無料らしい。とはいえ、どうせ学費から払われているんだろうから、普通の学生は学費に食費が含まれているようなものだ。本質的には学費が免除になっている特待生だけが本当のタダ飯を食べることができるわけで、もちろん、ニカさんはそれに該当している。
彼女は日替わり定食の食券を迷わず選んでいたけれど、オレは初めて見るメニューにひと通り目を通すことにした。メニューは分かりやすく名前と写真で表示されているけれど、その所々が引っかかる。やはりこの世界はメスに対してそれなりに過酷なようだ。性に奔放すぎるせいで、いたるところに罠が仕込まれており、それは食堂も例外ではなく、何食わぬ顔をしてそこに立っていた。例えば。
「ねえニカさん。このプレイ向けメニューってエリアはなんです?」
「精力剤か媚薬入りのメニューね」
「じゃあ、このペット向けメニューって?」
「持ち帰り用のペットフード風のメニューね」
「なんでそんなものが普通にあるんですか」
「そういう志向のサキュバス向けよ」
普通のご飯に混ざって、とんでもないメニューが平然と並んでいた。料理の写真は割と普通で、枠でジャンルが囲われていたり、料理名にプレイ向けとか、ペット向けとか書いてあるだけだった。
精力剤とか媚薬とか、そういうのはエロ本でよく出てきたし、まだわかる。でもペット向けメニューはあまりにも衝撃的で、目に入った瞬間、思考がしばらく止まってしまった。そういう志向って、いったい何をするんだろうか。
エサ皿にご飯を盛られ、犬食いさせられるんだろうか。犬耳のカチューシャと犬尻尾のアナルプラグを付けられ、首輪にはリードがつけられて、四つん這いになっている自分と、その主人のニカさん。『犬に服なんていらないでしょ』なんて言われて全裸で生活させられたり、体を隠すことなんてできずに、ご飯を食べている間は後ろからお尻と股間が丸見えで……。
(それで、戯れに足で股間をグリグリ……って、何考えているんだオレは!)
どうしてそんなに具体的なところまでイメージがついてしまったんだろう。オレってこんなに変態的だっただろうか。はっと正気に戻り、頭を振って熱を振り払う。長い髪がバサバサと舞ってしまい、手櫛で整えた。ニカさんをチラ見すれば、呆れた目でこちらを見ている。髪を乱すなんて許せないんだろう。
「……ニカさんが主人でよかった」
「でしょう?」
この調子だと、知らないうちに足元を掬われることがあるかもしれない。やっぱりニカさんと一緒に行動しないといけないなぁ、と改めて実感した。とりあえずニカさんについていけば悪いようにはされないだろうし、頼りにするだけで自慢げな表情を見せてくれるのが良い。
そんなニカさんを横目に見ながら、普通のメニューから選ぶ。結局選んだのは生姜焼き定食で、カウンターからご飯を受け取り、適当な席にニカさんと隣り合って座ろうとしたところで気が付いた。
(あちゃ~……流石にゆっくり選びすぎたか……。めっちゃ人が増えてるじゃん……)
明らかに、オレが食堂に来た直後よりも多くのサキュバスが居た。今年のプリマドンナとそのメスを一目見ようと集まってきたのだろう。自意識過剰とかじゃなくて、隠そうともせずにじろじろとこちらを見ていた。オレたちが席に座るまでは遠巻きに眺めているだけだったけど、席について食べ始めてから周りの席が急に埋まった。
(学食でご飯すら落ち着いて食べられないっていうのか。これじゃあ、家の中しか落ち着ける場所がなさそうだ……)
声を掛けてきたり、ちょっかいを掛けてきたりしたわけじゃないけれど、食べているところをずっと見ていられると流石に気になる。さらにそれとなくあたりを眺めれば、みんなの視線がオレの顔や胸に突き刺さっていて、顔が熱くなった。そのせいで食事中にニカさんと全然おしゃべりできないし、心なしか食事の味も薄く感じる。そんな状況では食事に集中できず、さらに慣れない体とあっては勝手も違うわけで、しょうもないミスだってしてしまった。
「ちょっとミーナ、髪の毛、ご飯に入っちゃってるわよ」
「え? ……うわ、ほんとだ」
横髪が頭からまっすぐ下に垂れてしまっているせいで、おかずの皿の上に乗ってしまっていた。せっかくのキレイな髪なのに、生姜焼きのタレがべっとりと付いてしまっている。これには流石のオレもガッカリで、思わず顔を引きつらせてしまう。ニカさんからティッシュをもらってひとまず拭ったけれど、匂いを嗅いだらおいしそうな香りがすっかりついてしまっていた。
(めんどくさ……。長い髪って、ご飯を食べるだけでも大変なんだな)
顔を下に向けると髪の毛が前に垂れちゃうから、手で押さえるなり、顔をあまり下に向けないようにしないといけない。ロングヘアは女の子らしくて憧れだったけれど、日常生活においては短いほうがずっと楽だって叩きつけられた。それこそ男の頃なんて髪の長さで困ったことなんて無かったし。
とはいえ見る分には長い髪がキレイだし好みだから、短く切る気にもなれない。頭が揺れる度になびく長い黒髪はとってもキュートだし、なんと言ってもオレにとって長い髪は女の子の象徴なのだ。切らずに済ませるとしたら、せめてポニーテールにしたり、ヘアピンで留めていたりしたら多少は楽なんだろうか。
色々あったけれど、結果的にはおいしくご飯を頂くことができた。ニカさんのアドバイスでご飯を少なめにしたけど、食べてみたら十分満腹になったので食べる量もかなり減ったんだなって実感した。なんならオカズも少し多かったかもしれない。
前だったらもう一品二品くらいは食べないと満足できなかっただろう。一口の量が減ったせいでちまちまとしか食べ進められないし、大口を開けて食べようとするとニカさんから『はしたないわよ』って注意されてしまったし、少し面倒ではあったが。女の子らしい仕草を強制されているわけではないのだろうけど、品の良さは必要とされているらしかった。
満腹になってほんのり眠くなってきた寮への帰り道、ニカさんから唐突に提案された。
「明日からは部屋で食べる? お弁当買ってきてもいいし、ミーナが作りたければ材料の買い出しくらいは付き合うわ。私は料理できないから手伝えないけどね」
ニカさんもすっかり疲れた様子で、野次馬に精神を疲弊させられたのはオレだけではないようだった。オレを連れて歩いていればそれだけ注目を集めるわけで、ましてや椅子に座ってしばらくそこに留まっていれば、見世物のような視線を浴びるのはニカさんだって同じなのだろう。贔屓目が入ってしまっているかもしれないけど、そもそもニカさんはとっても可愛いし、人前に出るだけでも大変そうだ。
オレとしても、あんな思いをしてまで学食で食事をしたくはないし、家でゆっくり食べられるなら大歓迎だ。簡単な食事くらいなら自分で作れるし、レシピ本やそういうサイトを見ればそれなりに凝った料理もきっと作れるだろう。それに、ニカさんに対して恩を売るいいチャンスにもなりそうだった。この世界でオレが出来ることなんてそう多くない中で、比較的ハードルが低いものは積極的にしていったほうが良いだろう。
「そうですね、じゃあオレが作りましょうか。自炊経験はそれなりに豊富ですから。でも、食材の買い出しに行ったら、それはそれで人目を集めるんじゃないです?」
「そうねぇ……じゃあ、食材は配達してもらいましょ。もし希望するなら、お手伝いさんを雇ってもいいけど」
「いやぁ、流石にそれは気が引けるというか、家に人が増えるのも落ち着かなそうですし」
「それもそうね」
この世界での生活は始まったばかりだけれど、ニカさんはオレのことを随分と考えてくれているようだ。手を繋いで隣を歩いている彼女の顔を見上げてみれば、自然体で前を見て歩いている。カッコつけようとか、そういう力みは全く見て取れなかった。気負うこともなく、当然のこととしてオレを大切に扱ってくれているのだろう。
(本当に、ニカさんに貰われてよかった)
まだ半日しか過ごしていないけれど、すでにそう思えるくらいには、ニカさんに感謝の念を抱いていた。
学食から帰ってすぐ、ニカさんは自分の部屋で勉強すると言って消えていった。少しは二人で今日一日についてまったり話せるかなって思ったけど、学年首席なんだから、そりゃあ勉強もしっかりしているか。メスをゲットするために頑張って受験勉強をしたんだろうし、今度はその学力を維持しようと努力しているんだろう。原動力がオレにあるんだろうって考えると、なんだかくすぐったい気分だ。
(受験勉強、ねぇ……)
ふと、自分の学生生活を思い出した。ろくに人と交流もせず、ただ親の言われるがままに机に向かい、教科書や参考書とにらめっこする日々。塾に行ったり、予備校に行ったりしても、周りの人と会話することは無かった。その割にはゲームやらネットやらに時間を使っていたし、今思えばもう少し良い過ごし方もあったような気がする。
もしも部活に入って仲間と打ち解け、気の置けない仲の友人を作って学生生活を過ごせていたら、もう少し素直な人間になることが出来たのだろうか。やたらプライドが高い癖に人見知りで、そのくせ打たれ弱い、女々しい男にならずに済んだかもしれない。人に頼ることを覚え、自分の弱みを見せられるだけの親友を得て、悩みを一人で抱え込まないで済む人生を送れたかもしれない。
(……やめだ、やめ。暗いことを考えてもしょうがないだろ)
頭をバサバサと振り、深呼吸もして気分を強制的に入れ替える。何もすることが無いからこういうしょうもないことを考えてしまうんだ。さっさと何かしらに手を付けて、イヤな思考が顔を出さないようにしたほうが良いだろう。
ニカさんは『勉強していても関係なく隣に居ていい』と言っていたけど、勉強している人の近くにいるのは気が休まらないから、リビングに避難した。家の中ならニカさんの傍にいなくても襲われることはないし、むしろ家の中くらいでしかニカさんと距離をとれないだろうから、いい機会だろう。彼女はお世辞抜きで本当に可愛い女の子で、近くにいると全然落ち着けない。ほかのサキュバスから守ってくれる安心感はあるけれど、それとは同時に気恥ずかしさもあるから、一人でいられる時間が貰えるのはちょうどよかった。
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