「いつでもイッていいですよ♪」と甘やかす姉と「絶対イっちゃダメだから」と意地悪する双子姉妹に挟まれる先生の話 作:千吹つぐ
資料室の鍵を締める。施錠を確認して廊下に出る。
「じゃあ先生、また明日……」
茜さす廊下の真ん中で、さくらが小さく手を降った。高木はすこし不安になる。
「さくらくん、本当に送っていかなくて大丈夫ですか?」
「そんな、大げさですよ先生」
「嘘。大げさじゃないよ、お姉ちゃん、絶対熱あるもん」
葵が姉のおでこに触り「熱っ」っと大げさにリアクションした。
「まったく、興奮して熱だすなんて、ホント子供なんだから」
「こ、子供じゃないもん。生徒会長だもん」
「はいはい、……そうじゃなくてもさ、その目、どうするのよ」
葵が指差す。さくらの目は大量の涙であかぎれており、糸目になるほど腫れあがっていた。
「あの人、絶対なんか言うよ。うるさいんだから」
「あはは……」
「……うち、来る?」
葵がプイッと、そっぽを向く。
「え? うちって、パパの家?」
「そう」
パパの家、とはおそらく離婚した藤宮の父親が借りた新しい家だろう。高木は思い出す。藤宮の家は現在、離婚して別々に暮らしており。その際に母がさくらを、父が葵を引き取ったのだ。
そのときに、双子の交流も途絶えてしまったらしいのだが……高木はまだ、そのあたりの詳しい話を聞けないでいた。
「ほら、例の写真のバックアップもさ、消した確認とかいるじゃない?」
葵が、そっぽを向きすぎて背中を向けながら言う。
「……お姉ちゃんが嫌なら、いいけど」
「いく!」
さくらが、子供のようにぴょん! と跳ねた。
「やった! やったぁ! お泊りだ!」
「ちょっと! 興奮しないで! また熱上がるよ!」
「だって、葵ちゃんの家なんて行くの初めてで……」
「別に、いつでも来ればいいでしょ」
「~~~~っ!」
「ああもう! うるさい! ばたばたしないで! ……えっと、それじゃ、先生……」
高木は姉妹と向き合った。
「また、明日……?」
「はい、葵くん。また明日、学校で会いましょう」
断言すると、葵はホッと息を吐いた。
「ん……それじゃね、先生……」
「せんせえ、さよなら! また明日!」
「きゃっ! ちょっとお姉ちゃん! 歩きづらい!」
「大丈夫! 葵ちゃん運動神経いいから!」
「いやそれって私任せじゃない……はあ、ホントしょうがないんだから……」
夕日の中へと帰っていく二人を、高木はいつまでも眺めていた。
そのあとも、双子の動向はチャットアプリで知ることができた。
夜、高木は家でスマホを見ていた。ときおりポン、ポン、と投稿がある。いま家に付いた。せんせいあたまいたい。ロキソニン飲ませた。おうちきれい。そろそろ夕食。せんせい夕飯なに食べたの? 脈絡のない投稿が、高木の殺風景な日常に入ってくる。
お茶とお菓子、餃子と炒飯、借り物のパジャマでピースしているさくら。
写真のなかの姉妹の距離は、枚数が進むごとに近づいていった。
『先生、お姉ちゃんになんとか言ってよ。全然寝てくれないんだけど』
『さくらくん、明日も学校ですよ。おやすみなさい』
『はい! 先生!! おやすみなさい!!!!!』
「それ絶対寝るテンションじゃないでしょ……」
『葵くんもお疲れ様です。おやすみなさい』
高木の手からスマホが落ちる。もう少し付き合いたかったけれど、もう限界だった。
布団の中で、うとうととまぶたを閉じる。このところずっと眠れていなかったのが嘘のように、あっというまに落ちていく。
『先生、寝ちゃったかな? ね、葵ちゃん?』
『私には口で言えばいいでしょ。となりにいるんだから』
『もっとお話したかったな』
『すればいいでしょ、明日』
『うん!!!!!!!』
『うるさい。ほら、もう寝るよ』
スマホの灯りが消えていく。
『おやすみなさい、高木先生』
『おやすみ先生』
おやすみなさい……意識の端でこたえて、夢の中へと落ちていく。