※この作品はR-18です。

「いつでもイッていいですよ♪」と甘やかす姉と「絶対イっちゃダメだから」と意地悪する双子姉妹に挟まれる先生の話   作:千吹つぐ

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ファーストキス

 

 すべてを保留すると決めた翌日から、高木を待っていたのは激務だった。

 

 自分ではよくわからなかったが、どうやら同僚たちは高木の調子が戻ったと感じたようで、これまでの仕事をすべて戻して、むしろ『助けてくれ!』とヘルプまで求められてしまった。

 

 また、葵はともかくとして、さくらも受験勉強や生徒会で忙しかったため、三人が再び会えるようになったのは五日もあと、月の終わりになってからだった。

 

 十月の下旬。すっかり肌寒くなった歴史資料室の扉が、コンコンと跳ねるように叩かれた。

 

「はい、どうぞ」

 

 高木はなるべく平静に答えようとする。

 

「高木先生、ちょっとお時間よろしいですか?」

 

 扉を開けた少女もまた、ことさら優等生らしく振る舞っている。だが高木にはその後ろで振られているしっぽが見えるようだった。

 

「もちろん、どうぞ」

 

「失礼します。…………せんせ!」

 

 扉が丁寧に閉まる。冷静だったのはそこまでで、さくらは子犬のように駆け寄って、高木の胸に飛び込んだ。

 

「せんせ! 会いたかったです! せんせぇ!」

 

「ええ、私もですよ、さくらくん」

 

 いきなりのハグを、しかし高木はもう咎めることはなかった。

 

 彼女が求めるのなら、まずは受け入れよう。そんな風に思うようになっていた。

 

 あたたかい。

 

 二人はしばし抱き会って、おたがいの孤独を慰めあった。

 

「あ! そうだ! せんせ、聞いてください! 葵ちゃんが――」

 

 さくらが顔を上げて、興奮したように話を始める。高木はそんな彼女とともにソファに座った。

 

「それで、葵ちゃんのお部屋すごくキレイだったんですよ。ほら、この写真、パソコンとかもかっこいいの」

 

 その間も、さくらの話は止まらなかった。

 

 葵ちゃんと一緒に遊んだ、葵ちゃんとおしゃべりをした。葵ちゃんと……。話はほとんどが妹に関するもので、話題はいつまでも尽きなかった。

 

 それが、高木には嬉しかった。

 

「先生、ありがとうございます。これもぜんぶ、先生のおかげです」

 

「それはこっちの台詞ですよさくらくん。それに葵くんも……ああ、そうだ、葵くんはまだですかね」

 

 高木がハッと気づく。もともと今日は三人で会う予定だったの。

 

 ブルブルブル。と高木のスマホに震えて、ちょうど葵から連絡が来た。『ごめん、用事できたから行けない』チャットアプリにそんなことが書いてある。

 

「葵くんは来れないそうです。どうしたんでしょう、さくらくんは知っていますか?」

 

「え? い、いえ!」

 

 間違いなく、なにか知っている態度だった。だが高木は追求しなかった。なぜならさくらの様子は決して深刻なものではなかったし、必要とあれば言ってくれるだろうと信頼していたからだ。

 

 信頼、そう信頼だ。高木はさくらを信じている。

 

「え、えっとぉ……あ! せ、先生は! その後どうですか?」

 

「私ですか? 私は……」

 

 高木は語った。最近ぐっすりと眠れること。食欲が戻ったこと。ずっと見れなかった大河ドラマを久しぶりに見たこと。

 

「わぁ、それはよかったですね。先生、先週の回はどうでした?」

 

「うーん、ちょっといまいちでしたね。考証はいいのですが、ストーリーが……」

 

 こうして話しているあいだにも、癒やされていく自分を感じた。

 

 すべてを保留にして未来に投げ出す。

 

 そんな無責任な決断を、高木は最初疑っていた。ひとりで思い悩んで辞表まで書いた自分が、また耐えられなくなるのではと思っていた。

 

 だが、そのたびにさくらからチャットが届いて、妹との仲直りを嬉しそうに報告してくれた。それが高木には嬉しくて、幸福を壊すことができなくなった。

 

 

『じゃあ、みんなで不幸になりますか?』

 

 

 以前、さくらが言った言葉を思い出す。

 

『私は先生が好きで、葵ちゃんも先生が好き。それで先生も私達が好き。それのどこに問題があるんですか?』

 

 問題はもちろんある。というより問題しかない。

 

 だがそれでも、あのときのさくらは輝いて見えた。

 

 絶望に落ちる二人の人間を、たったひとりで救い出すと決意した彼女。

 

「うふふ、よかった、せんせい、元気そう」

 

 それはきっと、今もなのだろう。

 

 さくらは笑う。高木の話を聞いて笑い、葵に抱きついて笑い、笑って、笑う。

 

 それを演技とは言わない。この笑顔も本心には違いない。

 

 だがその裏に必死の努力があることも、高木はすでに知っていた。

 

 

『私、もう終わっちゃうって思った。全部、また台無しになっちゃうんだって……』

 

 

 きっとまだ、さくらはあの崖の上にいる。いまだ絶望の淵にぶらさがる二人の命綱をひとりでつないで、安心させようと笑っている。

 

 それが申し訳なくて、愛おしくて。

 

 いまはただ、その献身に報いたかった。

 

「……そうだ、さくらくん。これを、伝えねばと思っていたんです」

 

「え? ……なんでしょうか?」

 

 さくらが一瞬緊張して、またすぐに笑顔になった。

 

 無理をさせている、そのことが申し訳なくて、高木も不格好な笑みを浮かべる。

 

「以前この部屋で、君は私に告白してくれましたね」

 

「っ!」

 

「そのときの返事を、させてください」

 

 さくらがカチコチに固まっていく。高木はその手を柔らかく包む。

 

 

「さくらくん。私は君が好きです」

 

 

 高木は言った。

 

「あなたの笑顔が好きです。優しい言葉遣いが好きです。努力家で、がんばり屋な、あなたのその心が好きです」

 

「……せん……せい……」

 

「大好きです。さくらくん。私は君を、愛しています」

 

 高木は告白を繰り返した。いまだ呆然としている彼女の心に響くまで、愛の言葉を何度も重ねた。

 

 これまで何度も、彼女から好きだと言われてきた。だが高木からは一度たりとも、その言葉を返さなかった。それが教師としての最低限の線引だと思っていた。

 

「高木鷹也は、藤宮さくらを、愛しています」

 

「たかぎ、せんせい……」

 

 やがて、さくらに言葉が届いていく。心が溶けて、強固な笑顔が崩れていく。

 

 ぽろりと、最初の涙が落ちる。

 

 その涙が高木には嬉しかった。頼りないところばかりを見せた自分にも、まだ笑顔以外の弱さを見せてもらえるのだと思った。

 

「さくらくん」

 

「せんせい……せんせい!」

 

 抱きしめる。いままで決して自分からはしなかった行為に没頭していく。

 

「遅くなってすみません。寂しい思いをさせたでしょう……」

 

「……い、いいんです! そんなの! そんなの……」

 

 まるで落ちる人と助ける人が、共に握り合っているような抱擁だった。

 

 以前の高木はその手を振り払って、一人で奈落に落ちようとした。だがもう無理だ。彼女は決して手を離そうとしないのだから。

 

「約束します。さくらくん。私はもう二度と、ひとりで勝手に去りません」

 

 いまだに裁きを求める気持ちはあった。というよりも、より強まったと言える。

 

「辞めるときは、必ずあなたたちに相談します。いまはそれで……」

 

「はい、はい……せんせい……せんせい……」

 

 腕に力を込める。彼女の匂いに埋もれていく。

 

 さくらもまた、同じようにしてくれる。高木の胸にすっぽりとおさまって、両手を背中に回してくれた。

 

「せん……せい……」

 

 さくらが顎をあげる。

 

 その瞳はうるみ、頬はバラ色に染まっている、濡れた唇がキュッと結ばれて、なにかを必死で我慢している。

 

 さくらは幸福の頂きにいながら、それでもまだ飢えて、乾いていた。極限の欲望を抑え込んで、そんなことをしてはいけない、求めてもいけないと、わがままな唇を血が出そうなほどに噛み締めていた。

 

「さくらくん……」

 

 高木は、今度こそ罪をおかした。

 

 触れる。

 

「あ……」

 

 まるで炎を舐めたように、あつく、やわらかな花弁に触れていく。

 

「あ……ああ……」

 

 唇が応える。小さな口が懸命に開いていく。舌と舌が触れあう。最初はおずおずと、でもすぐに大胆に、お互いの形を確かめていく。

 

「ん……んん……」

 

 そこから先はもう、どちらの罪でも罰でもなく。

 

 二人は初めてのキスをした。

 

 

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