※この作品はR-18です。

「いつでもイッていいですよ♪」と甘やかす姉と「絶対イっちゃダメだから」と意地悪する双子姉妹に挟まれる先生の話   作:千吹つぐ

15 / 18
卒業式

 

 

『仰げば尊し 我が師の恩 教えの庭にも はや幾年』

 

 いまだ冬の寒さを残す3月の吉日、白山学園は巣立ちの時を迎えていた。

 

 体育館にならぶ紺色の若鳥たち。いまだ子供のようにも、もういっぱしの大人のようにも見える若者たちが、未来へ向けて羽ばたこうとしている。

 

 目の奥が熱い。高木にとっては、これが二度目の三年生担当になる。一年生の頃から請け負ってきた彼らの卒業は、まさに後輩や弟妹を見送る思いだった。

 

 歌が続いていく。群青の群れ。あのどこかに、姉妹も居る。

 

 高木は、あえて彼女たちを探すようなことはしなかった。ただこの場では一人の教師として巣立ちを寿ぎ、別れの調べに身を任せていた。

 

 歌が終わっていく。

 

 季節が変わり、六度目の、そして七度目の告白に、決着が付こうとしている。

 

 

 

 

 

 卒業の日に結論を出そう。そう約束したものの、三人がすぐに会うことはできなかった。高木やさくらはもとより、葵にさえも、いつのまにか別れを惜しむ友人が出来ていて、簡単に一人になることなどできなかったのだ。

 

 結局、三人が集まれたのは、夕方になってからになった。

 

 場所は、高木の家の近くの公園になった。

 

『つきました。ブランコのところにいます』

 

『もうすぐつきます!』

 

『ごめん、ちょっと遅れそう』

 

 チャットアプリで会話をしながら、高木はひとり、立ち尽くす。

 

 夕暮れ時、公園には誰もいない。真っ黒なコートの前を合わせて、はーっと真っ白い息を吐く。

 

「せんせい!」

 

 さくらがやってくる。いつもの制服に、同じ紺色のダッフルコートを合わせている。卒業式だからか、黒のストッキングを穿いていて、胸元にはシンクのコサージュを付けている。しっかりとした格好とはすこしちぐはぐな、三年間使い込んだ学生鞄から、卒業証書の筒が飛び出している。

 

 さくらがきょろきょろとあたりを見回す。

 

「葵ちゃんは、まだですか?」

 

「もうすぐだそうです」

 

 チャットアプリには最寄り駅についた旨が書かれていた。

 

「…………」

 

 外灯に火が入りだした。電線に積もった残雪が落ちて、沈黙をことさらに強調した。

 

「…………」

 

 二人、なにも話さない。

 

 葵が離れたことで、さくらとの関係もまた、すこしちぐはぐになっていた。彼女はあくまで三人での交際を望んでおり、二人での逢瀬はむしろ、断絶を深めるものだと思っているようだった。

 

 気づけば、もう二ヶ月も、二人とは身体を重ねていなかった。

 

 それは、一時期の狂乱を考えれば信じられないことで、高木は下腹に熱を感じていた。下品で、欲深で、しかし確かな命の火。

 

「……さくらくんは、時間は大丈夫ですか? お母さんには、なんと?」

 

「あ、ママには、葵ちゃんと過ごすって言ってます」

 

 ふたり、まるで見知らぬ者同士のように、たどたどしく会話をする。

 

「……たぶんママは、パパの家で過ごすんだって、勘違いしたでしょうね」

 

 さくらがちょっとした不正を告白するように言った。それをさせた自分に、高木は申し訳ない気持ちになる。

 

「……先生、あの、わたし……」

 

 さくらが、迷いに迷って、言う。

 

「わたし、最期までがんばるつもりです。三人で一緒にいられるようにって……だから、だから……」

 

 それは在りし日の宣言の繰り返しだった。あの秋の日、彼女はそう力強く断言して、破滅に突き進む二人を救った。

 

 しかし、春を迎えるいまになって、宣言はかすれて、古びてしまった。

 

「だから、先生……どうか……どうか……」

 

 くしゃり、とさくらの表情が崩れていく。あのとき、あれほど頼りに見えた笑顔が、大粒の涙で濡れていく。

 

「もしも、三人がだめになったら、先生、そのときは……」

 

 さくらが涙をこぼしながら、必死でなにかを頼んでいる。もう自分ではどうにも出来ない断絶を前にして、奇跡が起きることを願っている。

 

 ああ、そうか。と高木は気づく。さくらもまた、とっくの昔に気づいていたのだ。卒業の日などという約束をまたずして、すでに結果が出ていることを。

 

「せんせいは、あおいちゃんをえらんでください」

 

 さくらが、あの明るく朗らかな娘の目に、薄暗い炎が宿っている。妹が見せた狂乱の火が、同じ瞳で燃えている。

 

 なんて似ている姉妹なのだろうと思う。ちぐはぐで、それでいてそっくりな双子に宿った愛の炎。

 

「おねがいします……せんせい……おねがいします……」

 

 頬を流れた涙が、コートの生地に吸われて消えた。

 

「さくらくん……」

 

 高木はそっと肩を抱いた。

 

 

「お邪魔だったかな」

 

 

 そして、葵がやってきた。

 

 

 

 

 

「あ、葵ちゃん! これは!」

 

 ぱっと、まるで不貞でも見咎められたかのように、さくらは離れた。

 

「ああ、いいよ。分かってるから」

 

 葵は、たちの悪い冗談を謝るように首を振った。

 

「遅れてごめんね、お父さん、急な出張になっちゃってさ、ちょっとばたばたしてたの。あ、そうだ、お姉ちゃんにも、卒業おめでとう。だってさ」

 

「……もう、パパってば、卒業式だっていうのに、相変わらずなんだから……」

 

「そう? 私はこの距離感も、最近は気に入ってるけどね」

 

 葵がさっぱりとした笑顔を見せた。

 

 その堂々とした姿が、高木には眩しかった。

 

 葵は、さくらと同じブランドのPコートを着ていた。いつも以上にぱりっとしたショートボブと、アイロンの効いた短いスカート、そして黒のストッキングを履いている。胸元には真紅のコサージュ。荷物は持たずに、卒業証書の筒を肩に当てている。

 

 ああ、そうだ、これを言わなければ。

 

 高木は葵の言葉から、なにはなくとも言わねばならない言葉を思い出して、言った。

 

「二人とも、卒業おめでとうございます」

 

 姉妹が、顔を見合わせた。

 

「先達として、あなたたちの成長をお祝いします。さくらくん、葵くん。よく、がんばりましたね」

 

「せんせい……」「あは、ちょっとおおげさじゃない?」

 

「いいえ、今日のこの日が、決して当たり前に訪れたものではないことは、あなたたちもよく知っているでしょう」

 

「それは……」

 

 さくらが腕をぎゅっと抱いた。葵が足を引きずった。

 

 本来であれば、葵は学校をやめていたかもしれない、あるいはさくらの裸がばらまかれ、高木は服役していたかもしれない。

 

 それが、こうして卒業を迎えられた、それ事態が、奇跡なのだ。

 

「……ん、そうだね。先生」

 

 想いを受け取るように、葵が深くうなずいた。

 

「たしかに、こんなに穏やかな気持でこの日を迎えられるなんて、思わなかった。そういう意味では、感謝してる」

 

「葵ちゃん……」

 

「さ、それじゃあ、さっさと始めようか、……いや終わらせよう、が正しいかな」

 

 葵が、面倒な手続きでも済ませるように言った。

 

「みんな、約束覚えてる? 今日、結論を出すって」

 

 高木はこっくりとうなずいた。さくらもだ。

 

「お姉ちゃんは、どう、気持ちは変わってない?」

 

「うん……」

 

 さくらはぎゅっと、祈るように手首を握った。

 

「私は、やっぱりみんないっしょがいい。先生と葵ちゃんと私の三人で暮らしたい。ずっと一緒にいたい……」

 

 そこまで言ってから、さくらはハッとした様子で笑みを戻した。

 

「も、もちろん! すぐに決めることはないよ? とりあえず、一旦付き合ってみるってどうかな? それでまたゆっくり、様子を見ればいいんだから!」

 

 軽く、なんでもないことのように言う。その場しのぎの保留を繰り返して、そうして永遠にまで行こうとした。

 

「ね、先生、葵ちゃん。いいでしょ? 三人で、いっぱい楽しいことしましょう。私達、もう生徒じゃなくなるんですから、これからは外にだっていけますよ。夏祭りや、海にいったり、旅行して、古都めぐりなんかもいいですよね?」

 

「さくらくん……」

 

「それで……それで……なんとなく、一緒にいましょう? 半年、一年って、時間をかさねて、いつまでも、一緒にいましょうよ……」

 

 さくらはやはり、泣いていた。

 

 思い浮かべる未来を思って、すでに出ている結論に打ちひしがられて、それでも最期の希望にすがりついていた。

 

「先生は、どうですか? 三人一緒じゃ、いやですか?」

 

 ついに、さくらが聞いた。

 

 高木は天を仰いだ。これまでの二十八年間の人生が走馬灯のように過ぎ去っていく。『真面目ないい人』そんな評価にすがりついて、必死で生きてきた人生を思った。

 

 自分がまっとうでいられたのは、さくらのような挫折も、葵のような事故もなかったからだ。ただ運がよくて、光さす道を歩くことができた。

 

 ただ、それがなんだというのだ。

 

 この、涙にくれる少女のためなら、もう惜しくはなかった。

 

「うけましょう」

 

 高木は言った。

 

「さくらくんの夢に、私も乗ります。三人で……」

 

 ぐっと、まだノドが詰まる。常識が邪魔をする。

 

「三人で、付き合いましょう。私はあなた達二人を生涯、愛します」

 

「せんせいっ!」

 

 ぱぁっと、さくらの顔が明るくなった。まるで落日が蘇ったかのような、桜の花が満開に咲き誇るような笑顔だった。

 

「せんせい! ~~っ! せんせい!」

 

 喜びが火花のように弾けている。抱きつきたい、でもまだそうするわけにはいけない、そんな思いが身体の中で爆発して、さくらはぴょんぴょんと跳ねていた。

 

「葵ちゃん! 聞いた! 先生が……先生が……」

 

「ん、これは私も驚いたかな」

 

 目をパチクリとさせて、葵は言った。

 

「先生は、まともなところから、絶対に出て来ない人だと思ってた。三人で付き合うなんて、そんなこと、許さないと思ってた」

 

「……いえ、そのとおりですよ。ほら」

 

 高木は、ぶるぶると震えている指を見せた。あまりの小心ぶりに苦笑が漏れる。

 

「……生徒と付き合うなんて、許されないことだと思っていました。まして二人の姉妹とだなんて、そんな不道徳、あなたたちの親になんと詫びればいいのか、結婚は、子供は? そんなことを考えると、いまでも胃が痛みます」

 

 腹を抑えて、眉をしかめる。そんな、いままでは絶対に見せなかった弱い姿をさらけ出す。

 

 教師だった自分が終わっていく。

 

 だがそれでいいと思った。

 

 

「それでも、あなたたちと共にいます。私からはもう二度と離れないと、誓います」

 

 

 高木は人生を放り捨てる覚悟をする。誰に後ろゆびさされようとも、軽蔑されても、それでも彼女たちと生きようと思った。

 

 この、三人で。

 

「……すごいね、先生」

 

 葵が微笑んだ。さくらと、高木の視線が集中していく。

 

「人って、変われるんだね。びっくりしちゃった。……いや、そういうんじゃないのかな、根っこはなにも、変わってないもの」

 

 そして、解答は最期のひとりへと受け継がれた。

 

「……いいよ」

 

 わずかな沈黙を挟んでから、葵が言った。

 

「三人で付き合うの、私も乗ったよ。許してあげる」

 

「葵ちゃん……」

 

 しかし、さくらの顔に笑顔はなかった。葵が、まだ指を立てていたからだ。

 

「ただし、一つだけ条件があるの」

 

 掲げられた左手の手首で、革のブレスレットが揺れていた。

 

「じょ、条件? いいよ! 私何でもやる!」

 

「お姉ちゃんにはなにもないよ、先生、ひとつだけ、質問に答えてほしいの」

 

 やはりか、高木は思う。胸に急速に冷たいものが広がっていく。

 

 

「先生は、私とお姉ちゃん、どっちの方が好きなの?」

 

 

 葵の瞳に、あの炎が燃えている。狂乱の残火が、最期の機会にしがみついている。

 

「どっちも、なんて答えはなしだよ。……ほんの少しでもいいの。私とお姉ちゃん、ほんの少しでもおおく、愛しているのはどっち?」

 

「…………」

 

「もしも、少しでも私が上なら、いいよ。それなら私『我慢できる』。先生がお姉ちゃんとキスしても、セックスしても、子供作っても、結婚だって我慢できる」

 

 愛の猛火が、少女の形で燃えている。

 

 葵が、数々の保留と妥協を、成長の名のもとに受け入れてきた一人の女が、しかし絶対に譲れない一点で立ち尽くしている。

 

「私は、やっぱり一番じゃないとダメ。お姉ちゃんの下なんて耐えられない。お情けで相手されるなんて許せない。だから先生、私のこと一番好きって、そう言って。……言ってよ、先生……」

 

 誰かの一番になりたい。

 

 癒えることのない傷の一番奥で、ひとりの少女が泣いている。愛の炎が瞳から落ちて、ぱちぱちと足元で弾けていた。

 

「……私が好きなのは」

 

 長い沈黙の末に、高木は口を開いた。

 

「……せんせい、まって――」

 

 さくらが、引き止めるように袖を引いた。

 

「私が、もっとも愛しているのは……」

 

 そのときまで、高木は嘘をつくつもりだった。道徳も正義も、すべて裏切ると決めた自分だ、三人でいるためならなんだってすると誓ったのだ、いまさら嘘のひとつくらい、なんでもないことだと思っていた。

 

 けれど、葵の目を見てしまった。

 

 

(先生は、嘘をつかないから、好き)

 

 

 それは二人の思い出の記憶、彼女が彼を好きになった。初恋の瞬間。

 

「せんせい……だめ! だめぇ!」

 

 さくらが叫ぶ、高木はただ、全員が知っている答えを言葉に変えていく。

 

 

「さくらくんです」

 

 

 時間が流れ出す。あの日から四ヶ月つづいた淀みが砕け散り、六度目と七度目の告白が終わっていく。

 

「私が一番愛しているのは、さくらくんです」

 

「ん、だと思った」

 

 葵が爽やかな笑顔で言った。

 

「ありがと先生、嘘をつかないでくれて。私の好きなあなたでいてくれて、ありがと」

 

「……すみません、葵くん」

 

「あやまらないでよ。私、これでも嬉しいんだから」

 

 葵は目をつぶって息を吐いた。その目が再び開いた時、炎はもう消えていた。

 

「おめでとう、お姉ちゃん。先生と、なかよくね」

 

「ちが……こんなの……違うの……先生! もう一度! ちゃんと答えて!」

 

「こら、そんなこと言っちゃだめでしょ」

 

 こつんっと、葵は姉と額を合わせて、涙にくれる彼女をあやした。

 

「お姉ちゃんは、選ばれたんだから。一番好きな人に、一番好きって言ってもらえたんだから。これからは、その人だけ見て生きていけばいいの。二番目以下なんか、気にしちゃだめ」

 

「やだ……やだやだ! そんなのやだ!」

 

「もう、わがまま言わないの」

 

 葵が身体を離して、とんっと姉の肩を付いた。さくらがよろよろと後退り、高木の胸で支えられた。

 

「ん、お似合いじゃない」

 

 支え合う二人の姿を、葵は嬉しそうに眺めていた。

 

「それじゃあ二人とも、元気でね」

 

 振り返る。歩き出す。

 

 卒業証書を握った左手が肩越しに振られる。

 

 葵が去ろうとしている。姉から、高木から、思い出から。

 

「せんせい!」

 

 さくらがまだ諦めきれないでいる。自分ではもうどうしようもなくて、高木の袖を引いている。

 

 それは、けっして暗い別れではなかった。葵の足取りは堂々としていて、胸をぴんとはっていた。傷ついて、疲れ果てて、だがそれでも明日へ進んでいく、そんな意思を感じさせた。

 

 それは、ある意味では高木がずっと待ち望んでいた別れ――巣立ちの時だった。

 

 きっと、葵は傷を癒やすだろう。いまよりも、さらに美しく成長して、高木のことなど忘れるだろう。そうしてどこかで、幸せをつかむのだ。

 

 高木にそれを止める意味などなかった。まさに、理想的な結末だった。さくら一人なら、まだ言い訳もできるだろう。幸福になる道はずっと容易い。

 

 それなのに、

 

 

「……先生?」

 

 

 葵が、ピタリと立ち止まり、不思議そうに左手を見た。

 

 革のブレスレットが付けられた手首、そこを高木が握っていた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。