「いつでもイッていいですよ♪」と甘やかす姉と「絶対イっちゃダメだから」と意地悪する双子姉妹に挟まれる先生の話 作:千吹つぐ
最近、ぼうっとしていると、よく言われる。
「高木先生? 寝不足ですか?」
季節はもうすっかり秋で、十月もなかばを過ぎていた。このころは三年生の受験がいよいよ本格化していて、同僚や生徒から、心配そうに見られることが多くなった。
彼らは高木が、生徒のために身を削っているのだと信じ切っていた。
それが、高木には辛い。今まで築いてきた信用を裏切っている事実に死にたくなる。
最近は、そのことも真剣に考えている。
以前の高木は、なぜ人が自殺をするのか理解できなかった。そんなことをするくらいなら逃げればいいし、仮にしたところで、もとの問題は解決しない。
だがいまはもう、彼らの心境がよく分かった。
自殺する人は別に、なにかを解決したいわけではなくて、
ただ、消え去りたいのだ。
「あはは……先生」
高木も消えてしまいたかった。この最悪の天国から抜け出して、幸福な地獄へ行きたかった。
「うふふ……せんせ……」
だが、結局、自分はそんな道を選べない。
「ん……んんん……」
女だ、女の体が絡みつく。それが否応なしに心と体を癒やしていく。決して嫌ってはいない、むしろ好意を抱いている異性の抱擁に、男としての本能が満足していく。
(あれ? ええと、いまは……)
高木はふと我に帰る。最近こんなことが多かった。考えるべきことが多すぎて、現実がおろそかになっている。
「先生……」
(ああそうか、葵くんと……また……)
高木は目の前の少女を抱きしめた。もはや写真で脅されるまでもなく、体が勝手に動いていた。
(あたたかい……)
ストレスがじんわりと溶けていく。高木はその癒やしが欲しくて、少女の体にすがっていく。首筋に顔を埋めて匂いをかぎ、右手で尻肉を鷲掴みにする。
「っ! せ、先生?」
べろり、と顎から耳にかけての曲線を舐める。左手で豊満なバストを揉み上げる。生理前だろうか? 乳房が張っていて、いつもより少し大きく感じられた。
「え? あの、高木先生? ちょっ……」
葵が拒否するように身を捩る、それが高木の精神をいらつかせる。いままでさんざん脅して、やらせてきたくせに、いまさらなんのつもりだと思う。
「葵くん……」
苛立ちを込めて女の名を呼び、その唇を奪おうと、
「ち、違います!」
今度こそ現実が戻ってきた。
視界がくっきりとしていく。自分が誰と抱き合っていたのか思い出す。
「私、葵ちゃんじゃありません! さくらです!」
目の前に、いままで見たことがない顔をしたさくらがいた。
男の欲望にさらされて、怯えている少女の表情。
「あ……」
高木はよろよろと後ずさった。背中が資料室の壁にぶつかった。
「た、高木先生? あの、わたしぜんぜん、先生にされるのが、嫌なわけじゃないんです。……あの、でも……」
さくらが、まだ恐怖に震えながら、それでも高木を慰めようと口を開く。
「先生はこういうこと、嫌だったんじゃって、そう思って……」
そのはずだった。
「あ……ああ……あああ…………」
足から力が抜けていく、へなへなと腰砕けになって座り込む。
もう、限界だった。
いや、限界などとっくに達していて、ただ認めることができなかっただけだ。
ずっと先延ばしにしていた決断をしなければならなかった。
辞表を出そう。三年の担任がこの時期に退職なんてありえない。その思いで耐えてきたが、もう駄目だ、高木は自分の手に残っている暖かくもおぞましい感触を思い出す。
いま辞めなければ、もっと最悪なことになる。そのことがありありと実感できた。
「先生、わたし、その……」
さくらが駆け寄って、迷いを振り払うように言った。
「わたし本当はずっと聞こうと思ってたんです。高木先生が、このところ思い詰めてるって、分かってて……最初は私との関係のことかなって思ってたんです。でも違うんですね? 葵ちゃんも、なにか関係しているんですね?」
さくらが、高木の冷え切った手を握った。
あたたかい。
「話してください。高木先生、一人で思い悩まないで、私にも相談してください。大丈夫です、どんなことがあったって、私は先生の味方ですから」
「さくらくん……」
「先生……」
さくらの真心が伝わってくる。心が温められていく。
「ね? 先生、話してください。大丈夫、きっと、大丈夫だから」
結局、高木はその暖かさに勝てなかった。
「――というわけなんだ」
あれから一時間ちかくが過ぎて、高木はすべてを語り終えた。
また、例の夢から覚めたような感覚があった。過去を語る間はほとんど過集中状態にあって、ただ起きたことを垂れ流しにしていた。
「…………そんなことが、あったんですね」
隣りに座ったさくらが言う。
いつのまにかソファにいる自分に気づく。その膝にはブランケットが掛けられて、手元には暖かなマグカップがあった。うっすらとした記憶の中から、それらがさくらによってされたことだと思い出す。
彼女は話を聞いてなお、高木のことを気遣っていた。いまも、ぴったりとそばに寄り添って、その膝に手をおいていた。
マグの中身を傾ける。甘くて熱い生姜湯が喉をうるおす。
「高木先生、話してくれて、ありがとうございます」
さくらが言った。高木は首を振った。
「お礼を言われるようなことじゃないさ。それよりも、さくらくんは平気かい? その、こんな話を聞かされて、怒ったりとか、恨んでいたりとか……」
「恨む、ですか……?」
さくらが苦手な教科について話すように言う。
「よく、わかりません。私そういう、怒ったりとか、恨んだりとか、昔から苦手で、それで、葵ちゃんからも『お姉ちゃんは怒らなさすぎ』って、怒られたりして」
垂れ目がちの瞳がさらに下がる。
「でも、やっぱり、恨んだりはしませんよ。だって高木先生も葵ちゃんも、私の大好きな人なんですもの」
「さくらくん……」
「先生。私達、やっぱりちゃんと話さないとダメだと思うんです」
さくらがまた、あの真っ直ぐな瞳をしていた。
「まずはお話ししましょ。みんなで、ね?」
「……ああ」
高木はうなずいた。正直、葵の激情を思い出すと、そんな話し合い程度でどうにかなるとは思わなかった。
だがそれを言うなら今もだ。
こんなこと、さくらには絶対に話せないと思っていた、言えば優しい彼女は傷ついて、倒れてしまうと思っていた。
だが現実のさくらはずっと強くて、倒れるどころか、こうして支えてくれた。
「そうだな、話してみよう……」
高木はもう一度だけ、そんなさくらを信じてみることにした。