※この作品はR-18です。

「いつでもイッていいですよ♪」と甘やかす姉と「絶対イっちゃダメだから」と意地悪する双子姉妹に挟まれる先生の話   作:千吹つぐ

7 / 18
臨界点

 最近、ぼうっとしていると、よく言われる。

 

「高木先生? 寝不足ですか?」

 

 季節はもうすっかり秋で、十月もなかばを過ぎていた。このころは三年生の受験がいよいよ本格化していて、同僚や生徒から、心配そうに見られることが多くなった。

 

 彼らは高木が、生徒のために身を削っているのだと信じ切っていた。

 

 それが、高木には辛い。今まで築いてきた信用を裏切っている事実に死にたくなる。

 

 最近は、そのことも真剣に考えている。

 

 以前の高木は、なぜ人が自殺をするのか理解できなかった。そんなことをするくらいなら逃げればいいし、仮にしたところで、もとの問題は解決しない。

 

 だがいまはもう、彼らの心境がよく分かった。

 

 自殺する人は別に、なにかを解決したいわけではなくて、

 

 ただ、消え去りたいのだ。

 

「あはは……先生」

 

 高木も消えてしまいたかった。この最悪の天国から抜け出して、幸福な地獄へ行きたかった。

 

「うふふ……せんせ……」

 

 だが、結局、自分はそんな道を選べない。

 

「ん……んんん……」

 

 女だ、女の体が絡みつく。それが否応なしに心と体を癒やしていく。決して嫌ってはいない、むしろ好意を抱いている異性の抱擁に、男としての本能が満足していく。

 

(あれ? ええと、いまは……)

 

 高木はふと我に帰る。最近こんなことが多かった。考えるべきことが多すぎて、現実がおろそかになっている。

 

「先生……」

 

(ああそうか、葵くんと……また……)

 

 高木は目の前の少女を抱きしめた。もはや写真で脅されるまでもなく、体が勝手に動いていた。

 

(あたたかい……)

 

 ストレスがじんわりと溶けていく。高木はその癒やしが欲しくて、少女の体にすがっていく。首筋に顔を埋めて匂いをかぎ、右手で尻肉を鷲掴みにする。

 

「っ! せ、先生?」

 

 べろり、と顎から耳にかけての曲線を舐める。左手で豊満なバストを揉み上げる。生理前だろうか? 乳房が張っていて、いつもより少し大きく感じられた。

 

「え? あの、高木先生? ちょっ……」

 

 葵が拒否するように身を捩る、それが高木の精神をいらつかせる。いままでさんざん脅して、やらせてきたくせに、いまさらなんのつもりだと思う。

 

「葵くん……」

 

 苛立ちを込めて女の名を呼び、その唇を奪おうと、

 

 

「ち、違います!」

 

 

 今度こそ現実が戻ってきた。

 

 視界がくっきりとしていく。自分が誰と抱き合っていたのか思い出す。

 

「私、葵ちゃんじゃありません! さくらです!」

 

 目の前に、いままで見たことがない顔をしたさくらがいた。

 

 男の欲望にさらされて、怯えている少女の表情。

 

「あ……」

 

 高木はよろよろと後ずさった。背中が資料室の壁にぶつかった。

 

「た、高木先生? あの、わたしぜんぜん、先生にされるのが、嫌なわけじゃないんです。……あの、でも……」

 

 さくらが、まだ恐怖に震えながら、それでも高木を慰めようと口を開く。

 

「先生はこういうこと、嫌だったんじゃって、そう思って……」

 

 そのはずだった。

 

「あ……ああ……あああ…………」

 

 足から力が抜けていく、へなへなと腰砕けになって座り込む。

 

 もう、限界だった。

 

 いや、限界などとっくに達していて、ただ認めることができなかっただけだ。

 

 ずっと先延ばしにしていた決断をしなければならなかった。

 

 辞表を出そう。三年の担任がこの時期に退職なんてありえない。その思いで耐えてきたが、もう駄目だ、高木は自分の手に残っている暖かくもおぞましい感触を思い出す。

 

 いま辞めなければ、もっと最悪なことになる。そのことがありありと実感できた。

 

「先生、わたし、その……」

 

 さくらが駆け寄って、迷いを振り払うように言った。

 

「わたし本当はずっと聞こうと思ってたんです。高木先生が、このところ思い詰めてるって、分かってて……最初は私との関係のことかなって思ってたんです。でも違うんですね? 葵ちゃんも、なにか関係しているんですね?」

 

 さくらが、高木の冷え切った手を握った。

 

 あたたかい。

 

「話してください。高木先生、一人で思い悩まないで、私にも相談してください。大丈夫です、どんなことがあったって、私は先生の味方ですから」

 

「さくらくん……」

 

「先生……」

 

 さくらの真心が伝わってくる。心が温められていく。

 

「ね? 先生、話してください。大丈夫、きっと、大丈夫だから」

 

 結局、高木はその暖かさに勝てなかった。

 

 

 

 

 

「――というわけなんだ」

 

 あれから一時間ちかくが過ぎて、高木はすべてを語り終えた。

 

 また、例の夢から覚めたような感覚があった。過去を語る間はほとんど過集中状態にあって、ただ起きたことを垂れ流しにしていた。

 

「…………そんなことが、あったんですね」

 

 隣りに座ったさくらが言う。

 

 いつのまにかソファにいる自分に気づく。その膝にはブランケットが掛けられて、手元には暖かなマグカップがあった。うっすらとした記憶の中から、それらがさくらによってされたことだと思い出す。

 

 彼女は話を聞いてなお、高木のことを気遣っていた。いまも、ぴったりとそばに寄り添って、その膝に手をおいていた。

 

 マグの中身を傾ける。甘くて熱い生姜湯が喉をうるおす。

 

「高木先生、話してくれて、ありがとうございます」

 

 さくらが言った。高木は首を振った。

 

「お礼を言われるようなことじゃないさ。それよりも、さくらくんは平気かい? その、こんな話を聞かされて、怒ったりとか、恨んでいたりとか……」

 

「恨む、ですか……?」

 

 さくらが苦手な教科について話すように言う。

 

「よく、わかりません。私そういう、怒ったりとか、恨んだりとか、昔から苦手で、それで、葵ちゃんからも『お姉ちゃんは怒らなさすぎ』って、怒られたりして」

 

 垂れ目がちの瞳がさらに下がる。

 

「でも、やっぱり、恨んだりはしませんよ。だって高木先生も葵ちゃんも、私の大好きな人なんですもの」

 

「さくらくん……」

 

「先生。私達、やっぱりちゃんと話さないとダメだと思うんです」

 

 さくらがまた、あの真っ直ぐな瞳をしていた。

 

「まずはお話ししましょ。みんなで、ね?」

 

「……ああ」

 

 高木はうなずいた。正直、葵の激情を思い出すと、そんな話し合い程度でどうにかなるとは思わなかった。

 

 だがそれを言うなら今もだ。

 

 こんなこと、さくらには絶対に話せないと思っていた、言えば優しい彼女は傷ついて、倒れてしまうと思っていた。

 

 だが現実のさくらはずっと強くて、倒れるどころか、こうして支えてくれた。

 

「そうだな、話してみよう……」

 

 高木はもう一度だけ、そんなさくらを信じてみることにした。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。