第二話の半分しかできてないまま数か月放置してしまい……。書けたところから投稿することにします。
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日付が変わるギリギリまで私を抱き枕にしていたロックマンを無理矢理ひきはがし、名残惜しそうに窓から帰っていく彼を見送った。
暖かな夜。深い紺色の空に散りばめられた星が穏やかに瞬いて、使い魔のユーリに乗るロックマンの後ろ姿はあっという間に夜空に溶けて消えていく。
ロックマンの腕の中で微睡んでいる間に、私の体やシーツは彼が魔法で綺麗にしてくれていたらしい。彼と睦みあった痕は残ってないけれど、事後の気怠さと甘ったるい快楽の名残りは魔法では落とせない。
まだそこまで遅い時間ではないからシャワーを浴びることにした。明日も仕事だ。髪と体を温かいお湯で洗い流してさっぱりする。
浴室から出て用意しておいた寝間着に着替えて髪を乾かしていると、部屋の入口の扉が目に入った。扉の木目が目の前に浮かんでくる。あの扉の前で私たちが行ったことをまざまざと思い出してカァーッと頬が紅潮する。
肩にかけていたタオルに顔を埋めて私は小さく叫んだ。
「……ンもう、信じらんない! あの色ボケ男!」
乱暴に窓を開けて部屋の空気を入れ換えた。洗濯物が増えてしまうがシーツも取り替える。さっきロックマンが洗浄したけれど、破廉恥な記憶を拭い去るようにしっかりと魔法で壁や床を綺麗にした。さらに雑巾も使ってゴシゴシと水拭きをする。玄関の床はピカピカのつるつるになった。
明日も朝から仕事があるというのに! 早く布団に入って眠りたい。
「あれ?」
テーブルの上にロックマンが持っていた封筒が置いたままになっている。私的なものだと言っていたが、大丈夫だろうか。
「うーん……」
大事な書類だったらすぐに届けた方がいいけれど、本当に重要なものならロックマンが気づいて戻ってくるだろう。明日ハーレに取りに来るかもしれない。次に会うときまで私が保管していれば問題ないはずだ。
ロックマンからもらった手紙をまとめてある引き出しを開けて封筒を仕舞った。窓を施錠して明かりを消し、布団に潜り込む。
布団から微かに晴れた日に干したお日様のような匂いがした。
髪も体も綺麗に洗って、私とロックマンが体を重ねていた痕を消しても、こうやって彼の匂いは残っている。――彼の肉体の感触も、その匂いも私の体は憶えている。
目を閉じれば、目蓋の裏に甘い蜂蜜のような金色の髪が浮かんできた。
汗ばんだ筋肉質の体。男性的な逞しい骨格は、引き締まっているけれど、何もかもが私よりも大きくて長い。張りのある瑞々しい肌が私の肌と触れ合って。絡まった脚の奥深く、彼と私の体はひとつに繋がり――愛と欲望に濡れて悦びを分かち合う。
紅い宝石のような艶のある美しい瞳にはゆらゆと情熱的な炎が揺らめき、私の体は内部からロックマンの熱に溶かされる。
醒めたはずの熱が頬に集まる。
彼の口づけを、与えられる快感を思い出し、腰の奥が疼くのを感じる。
──まだ足りないんだね、ナナリー。
情欲に満ちたロックマンの囁きが耳に蘇ってくる。私は火照った頬を両手で押さえ、膝をぎゅっと閉じて湧き上がりかけた欲を抑えた。
あの色ボケ、変態、女たらし、はた迷惑な絶倫野郎、歩く破廉恥……。
心の中で思いつく限りの悪態をつき、ひと通り言い尽くしたところで両手で自分の体を抱きしめた。この体で彼が触れてない場所なんてもうないと思う。
触れ合っているときのロックマンを思い出すだけで体が疼いてしまうなんて、どうしようもなく淫らだ。
恋をするとこんなにも自分が変わってしまうなんて思わなかった。
ロックマンと両想いになってから体を重ねるまではあっという間だった。ロックマンは媚薬を盛られた男性に私が襲われたと誤解していて、彼との性行為で私の記憶を塗り替えようとするかのごとく執拗に私の躰を求めてきたのだ。
けれど、私は流されてロックマンに抱かれているわけではない。
媚薬事件のときも、恋人になってからも。
ロックマンの与えてくれる快楽の海に溺れてしまったのは私のほうだ。
ハーレの受付に座っていても、ロックマンが視界の隅に入っただけで胸を高鳴らせる私がいる。肌を重ねることが続けば心よりも体が先に彼を求めるようになるのもわかってしまった。
だから今ぐらいの距離がちょうどいい。ときどき会って食事をし、肌を重ねても夜のうちに家に帰ってちゃんと寝る。ひとたび眠ってしまえば体の中で
ロックマンも私の気持ちを理解してくれているのだと思う。適度に会って軽く触れ合い、心から愛し合いたいときに体の奥深くまで繋がる。それ以上を彼が求めてくることはなくなった。
たまに手加減してくれないときもあるけれど、私の欲が高まっている頃を見計らったようにロックマンが激しくなるから、たぶん彼には色々と見抜かれている。
それが悔しくて憎まれ口を叩いてしまうのも相変わらずで、口喧嘩をしつつ果ててしまったこともあったようななかったような……。あらためて思い出すと猛烈に恥ずかしい。
今夜もどちらかといえば激しかった。この男は野獣か、と疑った瞬間もあったけれど、ロックマンは決してしつこくはなくて、私が満たされたと感じた頃合いで切り上げてくれた。私を抱き枕にして離さないのはいつものことだ。
付き合い始めた頃、ロックマンは朝でも昼でも構わず私を抱いていた。当時の彼は追い詰められていたのだろう。
媚薬事件で私たちは少しボタンを掛け間違えて、すれ違ったまま恋人になってしまった。
お互いを大切に想う気持ちは同じでも、同情でも友情でもなく恋が胸に芽生えていても、相手を傷つけてしまうことがある。
ロックマンのことが好きだから。彼を失いたくないから。
焦らずにゆっくりと、この想いを育んで。
初めての恋を守りたい。
*
ロックマンと最後に逢った夜から一週間が過ぎた。彼がハーレに来たら忘れ物の封筒を渡そうと思っていたけれど、こういうときに限って会えないものだ。
花神祭を前にしてロックマンは非常に忙しい。騎士団は定期的にハーレに来るけれど、新人の騎士を中心に街の巡回を行っているようで、殿下やニケ、ウェルディさんの顔もほとんど見ていない。第一小隊が担当するソレーユ地のハーレも同様だという。団長も全然顔を出さないのでロクティス所長はご機嫌である。
忙しくとも筆まめなロックマンから手紙は届く。
――ハーレも忙しいだろうから君が体調を崩していないか心配している。僕の仕事が多いのはいつものことだけれど、城と騎士団の往復、たまに城下に降りるときは魔物の討伐だ。ハーレに顔を出すこともままならないのは思っていたよりも辛く感じている。
どうやらロックマンは王の島に缶詰状態らしい。気晴らしに街に出ることもできないのは可哀想だ。ちょっとロックマンに同情した。
――この調子では花神祭が終わるまで会えないかもしれない。夜中に突然寮に押しかけてしまうかもしれないけれど、そのときは快く部屋に入れてほしいな。でも寝不足は体によくないから夜はしっかり寝るように。花神祭が終わったら休暇を取ってどこかに出かけたい……
会いに来るのか来ないのかよくわからない内容の手紙だったが、弱音を吐いているような文面はロックマンにしては珍しい。ハーレに寄って忘れ物を取りに行く余裕すらない状況だということはわかった。忘れ物はそれまで放置していても問題がないようだから、花神祭が終わるまで待てばいい。私に不都合はない。
白地の
そしたら翌々日に水色の分厚い封筒がロックマンから届いて、封を開けると中には何枚にも渡ってたくさんの質問が書かれていた。
「自分の部屋に飾りたい花は何か? 予算を気にせずペロペペーネの店で買ってみたいものは? 壁紙は何色が好きか? 次の紅茶の中で飲んだことのない茶葉はどれか? ……何でこんなこと訊いてくるんだろう?」
質問なら答えなければなるまい。私だって忙しいのだけれど、仕事の合い間に少しずつ答えを記入していく。答えが書けたものから返信してほしいとあったので、二~三日に一通のペースで回答をロックマンに送る。
「すみません、アルケスさん。解毒薬について聞きたいのですが……」
「解毒薬? 何の?」
「基本の解毒薬五種についてです。作り方はこれで合ってますか?」
「どれ、見せてみろ」
ロックマンの質問は私の好きなものなど個人的な嗜好や興味を尋ねる事項から始まって、途中から試験問題のようになっていった。
学校では習ってない薬の製法を問う問題や、貴族の爵位や領地に関する問題、ドーラン王家に関して、財産法や貴族法の条文の解釈を説明する問題まで多岐にわたる。法律に関する問題が多いため、休憩時間にハーレの資料室で調べものをすることが増えている。
「解毒薬の作り方はこれで合っている。毒の成分を解析する方法はわかってるか? 先に何の毒か判別できないと役に立たないぞ」
「成分の判別方法ならこっちに問題がありまして……。実験したことがあるのはこれとこの方法だけなんですけど、他のも合ってますか?」
「ああ、正解だ。よく調べてあるな」
「応急処置に使える解毒魔法もあると本に書いてあったんですが、アルケスさんは知ってます?」
「解毒の魔法か。あれは騎士団でもできるヤツは少ないんだが……覚えたいのか?」
「お願いします!」
「だがなぁ、俺は人に教えるのが上手くないんだよな……」
「あ~」
アルケスさんは難しい魔法もたくさん知っているし、法律にも詳しい。天才肌なので実技を教えるのは苦手だけれど、知識が豊富で、魔法の失敗談を聞くだけでもためになる。
「ナナリー、ずいぶん難しそうな勉強してるわね。昨日も分厚い法律書を読んでたじゃない」
「勉強じゃないですよ。ロックマンから質問が来たので答えているだけです」
「質問?」
「これです。見てみます?」
資料室の机に広げた課題……違う、ロックマンからの手紙の写しをハリス姉さんに見せる。
「えーと、なになに? 『ドーラン王家の成り立ちと歴代の王の名前は?』『ドーラン王の直轄地は現在どこであるか?』 ……平民の財産所有に関する法について、貴族の爵位と財産相続について…………なにこれ、いったいどれだけあるのよ?」
「手元にあるのは便箋七枚分ですね。すでに回答を済ませた分が八枚ほど」
質問文のすぐ後に答えを書いたほうが効率的だろうと、質問の写しを作ってそれに答えを記入していた。しかし質問が試験問題の様相を呈してからは解答欄が足りず、白い紙の表と裏を使って解答を書く始末である。ロックマンからの試験問題……もとい、手紙の原本はちゃんと保管してある。
「これ、隊長さんから届いたのよね?」
「そうです」
「あなたたち、恋人じゃなかったっけ?」
「まぁ、そうですけど」
「……隊長さんたら花神祭前に何やってるのかしら?」
ハリス姉さんが頬に手をあてる。呆れたように目を細めて、理解不能という顔をした。アルケスさんは私の隣に座って興味深そうに質問文の写しを読んでいる。
「私も解答の作成が面倒くさいと思うときはあるんですけど、答えられなかったら負けなので引くわけにはいきません」
「勝ち負けの問題じゃなくてね、なんで隊長さんがわざわざこんな手紙を送ってきたか考えるのが重要じゃないの?」
「何言ってるんですか、ハリス姉さん! 間違えたらロックマンに馬鹿にされるに決まってます! まずは全問正解する、話はそれからです」
次の瞬間、私の脳裏に何かが閃いた。パシンと自分の膝を叩いてグッと拳を握る。
「そうか、これはロックマンの挑戦状なんですよ!!」
「ちょっと待って、ナナリー。話が飛躍してるわよ。挑戦状って何?」
「ええっとですね、だから……」
私が勢いこんでハリス姉さんに説明をしようとしたとき、「まあまあ」とアルケスさんが間に割って入った。
「俺には隊長の意図はよくわからないが、良い問題ばかりじゃないか。やって損はないぞ」
「そう思いますか!? 私、頑張りますね!」
私はロックマンからの質問状あらため挑戦状を机に叩きつけるように広げ、法律書を開いて貴族法について調べ始める。
そんなことに時間を費やしているうちに日々は過ぎ、気がつけば花神祭はもう目前に迫っていた。