花の季節二月目初日。
人々の手から手へ花が渡され、色とりどりの花びらが風に乗って国中を舞い踊る。ドーラン王国の花神祭である。
国王陛下のお膝元、ハーレのある王都の空はすっきりと晴れて青く澄み渡り 、地上では人々の歓声が飛び交う。家族、夫婦、恋人、友人、自分の大切な人に想いを籠めて赤いキュピレットの花を渡す日である。
城下にはたくさんの露店が立ち並び、ちょっとお洒落をして友人とそぞろ歩くだけでうきうきと心が弾む。王宮では晩餐会が開かれ、深夜までお祭り騒ぎが続くだろう。
「うぅ……朝日が目にしみるぅ…………むりぃ……
喉の奥から絞り出したような呻き声が後ろから聞こえてきた。
ゾゾさんは道端の木陰に逃げ込むと太い幹にもたれかかった。せっかくの楽しいお祭りであるにもかかわらず、蒼白い顔をして、明るい太陽と祭りの喧噪に呪詛の言葉を吐いている。
「もう朝って時間じゃないですよ。しっかりして下さい」
昨夜はチーナの部屋でゾゾさんを含めてハーレの女子職員数人で遅くまでお酒を飲んでいた。したたかに酔ったゾゾさんは、女子たちがハラハラと見守るなかを千鳥足で部屋に帰っていった。寝台に横になったのを確認したが、今朝になって様子を見に行けば、案の定、服を着たまま床に転げ落ちて眠っていた。吐いていなかっただけマシというべきだろう。
私はゾゾさんを起こしてシャワーを浴びせ、寮の外に連れ出した。料理をしない彼女の部屋にはお酒とおつまみぐらいしか置いてない。二日酔いに効く野菜ジュースだけでも飲ませねばなるまい。
眩しい日射しに顔を顰めるゾゾさんを無理やり木陰から引っ張りだし、引きずるようにして屋台が立ち並ぶ通りに出た。
「あっ兎鳥の串焼き! ゾゾさんも食べます?」
「う〝っっ…………。肉の焼ける臭いがきついわぁ……」
気持ち悪そうに口元をおさえるゾゾさんには噴水広場で待っていてもらい、私はゾゾさんの飲み物と自分で食べる物を買うために通りに戻った。兎鳥の串焼きは絶対に買おうと決めている。
人ごみの間を縫うように歩きながら、店先に並ぶ美味しそうな食べ物を見て回る。せっかくだからいろいろ食べたいし、所長たちへの差し入れもいくつか買っておきたい。花神祭の日はハーレも開店休業で、ありがたいことに所長とアルケスさんがお留守番をしてくれている。
「可愛いお嬢ちゃん、これも持ってきな」
「ありがとう、おじさん」
買い物をすれば必ずといっていいほどお店の人がお花をくれる。私はすっかり花まみれだ。髪や襟元には何本か花が挿し込まれているし、服のポケットからは零れ落ちそうである。
「ゾゾさん、ジュース買ってきましたよ」
「ごめんなさいねぇ……世話かけちゃって……」
ゾゾさんに野菜ジュースを渡し、ついでに私の服から花を何本か抜き取って髪に挿してあげた。艶やかな黒髪に明るい花の色が映えてとても綺麗である。黒い髪は鮮やかな色の飾りがよく似合うので羨ましい。
もともとゾゾさんは綺麗な顔立ちをしているのだが、眉を寄せて物憂げに飲み物を飲む様子は思慮深い美人という印象を受ける。要するに、黙っていると普段の何倍も美しく見えるのだ。
「……ああぁ……生ぎがえるわぁ……」
あっという間にジュースを飲み干し、ゲフッと大きなげっぷをする。やっぱりゾゾさんはゾゾさんだった。
少し気分が良くなったらしいゾゾさんに所長たちへの差し入れの入った袋を半分持ってもらい、私たちはお喋りをしながら花で飾られた街を散策した。道化師の曲芸や楽団の路上演奏など、街のあちこちで様々な見世物や催しが開かれていた。それらをひやかして歩き、気に入った出し物や演者に投げ銭をする。
街を歩いていると顔見知りの破魔士やハーレの依頼人に声をかけられることも多く、ときには花を渡されることもある。その辺に咲いているような花が大半なのだが、なかにはキュピレットの花を渡そうとする人もいて、その場合は丁重にお断りした。
キュピレットの花は王の島にしか咲いてない特別な花だ。一介の受付嬢である私が挨拶ついでに軽々しく受け取っていい花ではない。
「王国の花」と呼ばれる赤いキュピットの花は花屋でしか手に入らない。花渡しでは一番人気の花なのですぐに品薄になってしまう。花屋のおばさんに勧められて、花びらが開いたばかりのキュピレットの花を一輪買った。
「隊長さんに渡すの?」
花屋から出てきた私にゾゾさんはニヤリと笑う。ロックマン関連で何かとからかわれている私はぷくっと頬を膨らました。
「ゾゾさんこそ、アルケスさんに渡したらどうですか?」
「やぁねぇ~、花渡しなんて柄じゃないわよ」
パタパタと顔の前で手を振って、ゾゾさんはさっさと歩き出す。
恋愛初心者の私が先輩の恋愛に口を出すなんておこがましいし、正直他人の恋愛事情なんてさっぱりわからない。でも、ゾゾさんはハーレに入ったときから面倒をみてもらっている大事な先輩だし、彼女の友情には心から感謝しているので、彼女なりの幸せを見つけてほしいと願っている。
それが恋愛の成就なのか、結婚なのか、もしくは仕事で大成することなのか、はたまた他に叶えたい夢があるのか。私にはわからないけれど。
*
「……ねーえ、ナナリー」
ゾゾさんが額に手をかざして陽射しを避けながら周囲を見回している。
「どうしました? 気になる屋台でもありましたか?」
所長たちへの差し入れを買ったときはまだ胃が固形物を受けつけないと言っていたが、そろそろお昼だ。買い食いしながら散策している私はともかく、ジュースしか飲んでいないゾゾさんはお腹が空いてるだろう。
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「違うわよ。まったくもう、ナナリーは色気より食い気なんだから。……そうじゃなくて、隊長さんもこの辺に居そうじゃない? 探せば?」
黒い服がよく目に入るな、と思っていたら巡回中の騎士団に遭遇したらしい。騎士は数人の班に分かれてバラバラに巡回しているはずだけれど、この辺りは妙に騎士の数が多い。何らかの理由で数班が鉢合わせしてしまったようだ。
「ロックマンを探すんですか? なんで私が?」
「その花、隊長さんに渡すんでしょ? それとも待ち合わせの約束してるとか?」
「約束なんてしてないですよ。あっちは一日中仕事ですし。どこか巡回してると思います」
「だったら隊長さんがナナリーに花を渡しに来るのかしら。仕事中でもそれぐらいは騎士にも許されてるし」
「『国王陛下のお気遣い』のことですね。さすが国王様ですよね。今日一日忙しい騎士のことも考えてくれてるんですから……」
思いやり深い方がドーランの国王陛下で良かった。敬愛するドーラン国王とゼノン王子、私が面識のある王族に心の中で感謝の意を表しつつ、通りの角を曲がったところでピタッと私の足が止まった。
蜂蜜色の形のいい頭が目に入る。
背が高く、光を反射して輝く長い金髪は後ろでひとつにまとめられ、すらりと伸びた背筋は美しい。後ろ姿でさえ貴公子然としている。
花に蝶が群がるように、彼を中心に若くて綺麗な女性たちが集まっていた。
「あらあら、相変わらずモテモテね」
無意識にキュピレットの花を持つ手に力が入る。
ロックマンはまさに両手に花、スタイルがよくて胸の大きなお姉さんや素敵な服を着た可愛いお嬢さんが彼の腕に抱きついて、豊満な体を押し付けるように話しかけている。
私は自分の靴の先まで見下ろして服を確認した。せっかくの花神祭だから、とお出かけ用の綺麗な服を選んだ。ロックマンが似合うと言ってくれた服だ。肉付きの悪い体型は相変わらずだけれど、決してみすぼらしくはないと思う。
立ち止まったまま一歩も動けない私。
ロックマンが振り返り、私と目が合う。周囲の女性たちにキラキラしい笑顔を振りまいていた彼は一瞬真顔になり、何重にも彼を取り囲む女性たちの輪から抜け出すと、まっすぐ私に向かって歩いてきた。
私の瞳を見つめて。
ロックマンと私の距離が半分くらいに縮まったところで私の体は勝手に回れ右をして、気がついたら駆け出していた。
「え? ちょっ、ナナリー!?」
困惑したゾゾさんの声が後ろから聞こえる。でも止まることはできない。なぜ駆け出してしまったのか──ロックマンを避けてしまったのか、私にもわからないのだ。
騎士団のブーツの音が追いかけてくる。大きな体が地面を蹴る力強い足音。女っぽい顔をしていてもロックマンは鍛えた大人の男だ。認めるのは悔しいが、どうしたって女の私よりも足が速い。
小さな路地に逃げ込んだ私はあっという間に追い詰められる。大きな手に腕を取られて、気がつけば路地の塀ぞいに追い込まれていた。
ロックマンがトン、と石造りの塀に片手をつく。
「なんで逃げるの?」
彼の胸には国王陛下のお気遣いの赤いキュピレットの花が揺れている。
まだ誰にも渡していない……と安堵にも似た感情が私の胸に広がっていく。
「べ、別に逃げたわけじゃ……」
「そうかな? 僕の顔を見た途端駆け出していたけど」
「…………」
なんて答えればいいのだろう。
なぜ逃げたのか、私にもわからないのだ。女性に囲まれるロックマンなんて見慣れているはずなのに、それを嫌だ……と感じるなんて。
女性に抱き着かれたロックマンを見たとき、突然胸に暗い影が落ちてきて、靄のような負の感情が私の心を覆った。ロックマンのことを考えてモヤモヤとした気持ちになることはあるけれど、こんなにも黒い感情がわきあがったのは初めてだ。
ロックマンが小首を傾げて、鋭い眼差しで私の顔を覗き込む。きっと不快に感じただろう。彼は何を言ったわけでもなく、私と目が合った途端に逃げ出されたのだ。私とて、失礼なことをしてしまった自覚はある。
後ろめたさから目を合わせられない。私は中途半端に小さく顎を下げてギュッと目を閉じた。
ロックマンの気配が近くなる。走って汗をかいたのか、彼の肌の匂いが濃くなったように思う。晴れた日のお日様に干したふかふかのお布団のような香りが私の鼻腔を塞ぐように満たしていく。
しばらくの沈黙の後、彼はハァ、と溜め息を吐いた。
「ごめ……」
「……勘弁して」
「え?」
固く閉じていた目を開ければ、口元を手で覆って俯いたロックマンがいた。長い前髪に隠れてその表情は見えない。
金色の前髪を掻きわけるように下からロックマンの顔を覗き込んでみる。鼻の頭がぶつかりそうなくらい近くに彼の秀麗な顔があった。いつもならすべすべの白い肌は少し荒れていて、驚いたことに目の下に薄い隈がある。
「もしかして、疲れてる?」
「──まあ、ね」
切れ長の目を弓なりに細めながら、大きな手がそっと私の頬に触れる。真っ赤な瞳に優し気な
「……やっと君に逢えた」
前に彼と話をしたのはいつだっただろうか。久しぶりに触れる大きな手に私の手を重ねて、その温もりに頬を寄せた。
……あたたかくて大きくて、気持ちがいい。
もう少しでいいからこの温もりを感じていたいな、と素直に思った。
*
「もうちょっと奥に行こうか」
「なんで?」
「ここは人目につきすぎる」
チラリ、と横目で路地の入り口を見たロックマンは私の手を取って路地の奥へ引っ張っていく。この小さな路地は大きな道の間の通路になっていた。裏口の扉がいくつもあり、頭上にアーチを作って路地を挟んで二階で繋がっている建物もある。
私はめちゃくちゃに走って見覚えのない路地に入り込んでしまったようだ。全力疾走して腕を振り回したせいだろう、所長たちへの差し入れも形が崩れてしまっている。これは私が食べて、あらためて差し入れを調達したほうがいいかも──と考えたとことで大事なことに気がついた。
「ゾゾさん!」
「パラスタさん?」
「ゾゾさんを置いてきちゃった! 私、さっきの場所に戻らないと」
手を振り払おうとしたけど、逆にロックマンにぐいっと引き寄せられる。彼が路地の入口を指し示した。
「彼女ならあそこだけど?」
「えっ?」
ゾゾさんが路地の入り口からひょっこり顔を出してひらひらと手を振っている。私はほっと胸をなでおろした。
ロックマンは花神祭の喧噪から離れた路地の真ん中あたりで立ち止まり、頭上でくるくると人差し指を回して防音の魔法をかける。
「巡回に戻らなくていいの?」
「まだ大丈夫だよ」
「仕事、大変みたいね」
「騎士団だけなら例年通りなんだけど、宮廷魔術師長の務めが増えてね」
「ふうん……」
「詳しいことは話せないけれど……アリスト博士の研究を宮廷魔術師が引き継いだんだ」
「え?」
「博士の研究資料にシュテーダルの情報が残っているかもしれないからね。資料を閲覧できるのはごく限られた魔術師だけ。正直人手が足りないんだ」
「そうなんだ……」
「僕は博士の研究に詳しい。けれども博士に非常に近しい人間だ。博士に不利な情報を隠すのではないか常に疑われている」
「何よそれ……!」
信じがたい話に私は瞠目し、声を張りあげた。
聖人君子とは言わないけれど、ロックマンは職務には忠実な人間だ。私的な場合を除けば何事にも公平で、人柄も信頼できる。アリスト博士に不利な情報を隠したって博士にもロックマンにも何の得にもならないことくらい私にだってわかる。
言いようもない怒りに拳を握りしめていると、ロックマンが薄い笑みを浮かべて首を左右に振った。
「魔術師たちはいいんだ。政治的な駆け引きより研究の解析を優先している。でも、大臣たちは僕を全面的に信用するわけにはいかない。それは仕方のないことだから」
ギュッ、と胸を掴まれる心地がした。
ロックマンは私のために世界に嘘をついた。
海の王の孫で氷の始祖を身に宿していると世界中に周知された私が、それまでと変わらない生活を送りたいと望んだから。
もしロックマンが世界規模の忘却の魔法を使えると知られたら?
……彼は国や世界から危険視されてしまうのではないだろうか?
「そんな顔しないで。せっかくの花神祭だよ、楽しまなきゃ」
私が持っている赤いキュピレットの花に目をやり、ロックマンがフッと頬を綻ばせる。咄嗟に私はキュピレットの花を背中に隠した。
「……勤務中は花を受け取らないんでしょう?」
「僕にくれるつもりだったんだ?」
ロックマンのおどけた言い方に、私は口を滑らせたことを悟った。誰にあげる花かなんて訊かれてないのに、余計なことを言って恥ずかしい思いをするのはいつも私だ。顔に熱が集まってきて、可笑しそうに揺れている赤い瞳を避けるように視線を逸らす。
「僕はこれを君に渡したくて」
ロックマンは騎士服の胸から赤いキュピレットを抜きとった。片膝をついて跪き、大輪の花をスッと差し出す一連の仕草は流れるようで、路地に二人きりとはいえ、何の
「ありがとう……」
私の指とロックマンの指先が触れて熱が交錯する。とくん、と胸が高鳴って、私は背中に隠してたキュピットの花を彼に差し出した。
「──くれるの?」
「花神祭は、今日だけだから」
キュピレットの花は明日も明後日も咲いているだろう。花神祭当日に渡したからって何かが変わるとは思わない。
それでも、大切な人への花渡しは花神祭でするものだから。
「ありがとう。……凄く嬉しい」
赤いドレスが広がったような花に顔を近づけてロックマンは柔らかく笑った。まるで子どもの頃の宝物を見つけたみたいに、私があげたキュピレットの花を大切そうに見ている。
ロックマンはずいぶんと素直に喜怒哀楽を見せるようになったと思う。嫌味ったらしさが完全に消えたわけではないのだけれど、馬鹿にされてると感じることは極端に減った。その代わり過保護な発言や行動が思いっきり増えた。
そんなことをぼんやりと考えながらロックマンが立ち上がるのを見ていると、彼の手が顎に伸びてきた。
おとがいにごつごつとした大きな手が添えられて、親指が私の下唇をなぞり、一番ふくらんだ部分をふにっと押した。ふにふにと押しては、上唇をゆっくりと横になぞって、下唇の内側の湿った部分に指先が触れる。
何かを求めるように、切れ長の目が細まる。宝石のような美しい
私の心臓が早鐘を打っている。
彼の指が唇から離れて、代わりに背の高い彼の影が私に覆いかぶさってくる。私の視界は暗くなり、蜂蜜色の頭の輪郭が太陽の光でキラキラと輝いた。
「────駄目だな……。止まらなくなる」
ロックマンの溜め息とともに影の動きが止まった。
「まだ勤務中だからね」
ふぅ、と息を吐き出し、目を閉じて軽く頭を振る。蜂蜜色の前髪が揺れて、再び開かれた赤い瞳はいつもの朗らかさを取りもどしていた。
女性的な美しい容貌から自然と発せられるものなのか、長年の女タラシ生活で培われたものなのか、ロックマンはただそこに立っているだけで色気が滲み出るような男である。
だからといって、人前で晒しておくには危険に感じるほどの艶っぽい色気──ありていにいえば夜に二人で触れ合っているときに感じる類のもの──を外で醸しだすのは滅多にない。しかも、いまは真昼間で彼は仕事中だ。
「ちょっと耳を貸して」
「なに?」
ロックマンに向かってちょっと首を傾ける。蜂蜜色の髪が頬を掠めて、息が吹きかかるくらい近くで彼が耳打ちする。
頬がじわっと熱くなり、私はこくんと頷いた。
「じゃあまたね」
ロックマンはキュピレットの花を魔法で小さくすると、騎士服の内ポケットにしまい、使い魔のユーリを召喚して大通りには戻らずに路地から空へ駆け上がっていく。
その後ろ姿を見送って、私はなかなか熱がさめない頬を押さえた。
『晩餐会が終わったら逢いに行くから──覚悟して?』
首筋に触れる金の髪。
耳朶をかすめる密やかな、熱い吐息。
お腹の底に響く、低くて甘い声。
「……はぁ」
私は体内に籠もった熱を逃がすように深く息を吐き出した。
彼の体温の片鱗を感じただけでこんな風に体の内側が熱くなってしまう。きっと私の顔はキュピレットの花のように赤く染まっていることだろう。
「ナーナリ──!」
「ぎゃぁ!?」
ポンと肩を叩かれる。振り返るとゾゾさんがニィッと笑っていた。
「ゾ、ゾゾさん」
「うんふふふ〜。良かったわねえ。隊長さんに花を渡せて」
「……はい」
巡回中のロックマンに会えるとは思ってなかったし、もし会えても花渡しができるとは期待してなかった。彼は仕事中に花は受け取らないと聞いていたから。
花神祭にキュピレットの花を渡せたのは素直に嬉しい。ロックマンから花をもらったのはもっと嬉しい。
……ロックマンの手から渡されたキュピレットの赤い花を見ていると彼の息遣いを思い出してしまう。
「あらあら、お熱いこと」
口に手をあててニマニマと笑ったゾゾさんがからかってくる。体をねじり、キュピレットの花をゾゾさんの視線から隠した。
「もしかして、ずっと見てたんですか?」
「いやあね、そんなに暇なわけないじゃない」
ゾゾさんが指で印を結んで「カロマギオ・ゾーオン」と唱えた。ボンッという音と共に使い魔のプルが現れる。
「隊長さんの代わりにあの女狐どもを黙らせていたんだから、感謝してよね」
「はい?」
目を丸くする私にゾゾさんが肩越しに親指でクイッと後ろを指し示す。その指の先、彼女の後方を見やれば、路地の入口には若い女性たちがひしめいていた。
路地の入口は何か膜でも張ってあるようで、彼女たちはこちら側には入れないし、音も聞こえなくなっている。
静かだから気付かなかったけれど、彼女たちはギラギラと目を光らせて、いまにも飛び込んできそうな勢いである。
平民の女性たちに混じって貴族令嬢のお忍びらしき姿も見える。街中を歩くには上品すぎる服を着て、手袋をはめた手にハンカチを握りしめてる綺麗なお嬢さんたちだ。わざわざ巡回中のロックマンに会うためにこんなところまでやって来たのだろうか。
「……というわけで、さっさと逃げるわよ!」
「はいっ!」
ゾゾさんを乗せた羽獅子のプルが翼を羽ばたいて飛び上がる。私もすぐにララを召喚し、急いでその場を退散した。