※この作品はR-18です。

『アイドル』のアイドル   作:古魚

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アイドル

 翌朝、迎えに来たペン急の段ボールに入って、ソラはラブホを後にした。ドクターも、時間をずらして帰宅した。

 自室へ戻って、ドクターは自身の携帯端末のメッセージアプリに、ソラの名前が追加されているのを確認し、昨日のことが夢では無かったことを確認する。ソラは、アイドルになると同時に携帯端末が新しくなっていた為、二人はメッセージのやり取りをすることも無かった。

 まだ何も書かれていないトーク欄を見て、そっと閉じようとしたドクターだったが、丁度その時、ソラからメッセージが届いた。

 

『ハーイ! MSRから来ました、ドクターの彼女、ソラちゃんで〜す!』

 

 そんな自己紹介に軽く吹き出し、ドクターは返信を書き込んだ。

 

『随分テンションが高いな』

 

 返事はすぐに返って来た。

 

『もちろん! だってドクターのお嫁さんになれるんだもん!』

 

「可愛いなこいつ」

 

 思わずそう口に出してしまうドクター。そこからしばらくメッセージでやり取りをしていると、他の人物からもメッセージが届いた。

 

「ん? テキサスから?」

 

『明日15時、ペン急本社二階に集合』

 

 完結に用件だけ述べられているこのメッセージに、ドクターは『了解』とだけ返した。

 そして翌日、指示された通り、ペンギン急便本社の二階へ向かうと、そこにはテキサスだけでなく、エクシアにクロワッサン、バイソン、滅多に姿を見ないモスティマもいた。

 

「来たな」

「いやっほーリーダー、アップルパイ焼いておいたよ!」

 

 テキサスは相変わらずのローテンションで、エクシアは相変わらずのハイテンションでドクターを出迎える。

 

「一体何の用だ?」

 

 ドクターの質問には、クロワッサンが答えた。

 

「なーにしらばっくれちゃってんだこいつはぁ。旦那がよーやくソラと結ばれたってから、こうしてお祝いしてんやろ」

「へ!? どうしてそれを!?」

 

 一応、あの夜のことは二人の秘密とし、公然には付き合い始めたことは隠すと二人で決めたのだ。

 

「ははは、ソラの昨日の反応を見れば誰だって分かるよ~足がっくがくで、ドクターの名前を出したらすぐに顔真っ赤にしちゃって!」

 

 そうモスティマが笑い転げる。

 

「もう、そんなに笑うとソラ姉がまた出て来れなくなっちゃうじゃないですか」

 

 バイソンが、部屋の隅で縮こまっていたソラを引っぱりながらそう言う。

 

「うう、恥ずかしい」

 

 席に座らされたソラは、今にも湯気を上げそうなほど顔が真っ赤になっている。

 

「ささ、リーダーも座って座って。新婚のお二人は並んで座らないとね」

 

 エクシアに導かれるまま、ドクターはソラの隣に腰を下ろす。

 

「いや、まだ結婚して―――」

「ほう、まだ、か。ちゃんとドクターにもその気があるようでよかったな、ソラ」

 

 らしからぬ微笑みを浮かべるテキサス。

 

「て、テキサスさん! からかわないで!」

「おうおう、照れちゃって可愛いなぁ。ほんま、旦那さんは良いお嫁さん捕まえはりましたなぁ」

「クロワッサンも!」

 

 ソラは「もー!」っと、手をブンブンさせながら抗議する。

 

「さあさあ、アップルパイが冷めちゃうよ! せっかく二人のお祝いに焼いたんだから!」

 

 エクシアが、切り分けたパイをドクターとソラの前に置く。

 

「ああ、ありがとうエクシア、頂くよ」

 

 ドクターがフォークを取ろうと机を探すが、フォークが用意されていない。

 

「あれ? エクシア、ドクターのフォークは?」

 

 それに気づいたソラがそうエクシアに尋ねると、ペン急メンバー一同が、ニヤリと怪しい笑みを浮かべる。

 

「ああ~困ったなぁ~、もうフォークがないや~」

 

 わざとらしいモスティマの演技。

 

「しかし、フォークが無くては、ドクターはエクシアのパイを食べられないぞ」

 

 そこにテキサスの棒読みセリフ。

 

「悲しいなぁ、折角おいしく食べてもらおうと焼いたのに~」

 

 にやけが止まらないエクシアの演技。

 

「せや、ソラはもっとるんやし、食べさせてあげればええんやないか? お二人はもう夫婦同然なんやし、なーんも気にすることなんてあらへんやろ?」

 

 もはや隠そうともしないクロワッサン。

 

「えっと、そうですね。ソラ姉、ドクターに食べさせてあげてください」

 

 巻き込まれるバイソン。

 

 そんなペン急メンバーの言葉に、ソラとドクターは目を見合わせ、ため息を吐き出す。効果音でワクワクと言う文字が着きそうな視線で二人を見つめるペン急メンバー。ソラは観念したように、ドクターのパイの皿を手に取り、自身の持っていたフォークで一口サイズに切った後、ドクターの口へ近づけた。

 

「あ、あーん」

 

 気恥ずかしいのか視線を逸らすソラ。ドクターも、照れながらその誘いに乗り、口を開いた。

 

「あーん……」

 

 ぱくりとソラが差し出したパイを食べると、皆から拍手と歓声が上がった。

 

「まったく、何が面白いんだか!」

 

 ソラはそっぽ向きながら、先ほどドクターの口に入れたフォークで自身のパイを切り、口へ運ぶ。

 

「あ、間接キス」

 

 バイソンの何気ないその呟きで、ソラは噛み途中だったパイを飲み込んでしまい、むせ返る。

 

「ゴホッ! な、なんでそういうこと言うのよバイソン!」

「あ、ああすみません!」

 

 慌ててジュースの入ったコップを差し出すバイソン。慌てる二人を他所に、他のペン急メンバーは再び、むしろ先ほどよりさらに面白そうににやける。

 

 あ、これ絶対なんか言われる。そう察したドクターの勘は正しかった。

 

「もうここまで来たら、キスしてるとこみせてーな。旦那さんとソラがいちゃいちゃしてるとこみたいわぁ」

 

 クロワッサンが身をくねらせながら、にまにまとそう告げる。

 

「ええ!?」

 

 その言葉に、ソラは肩を跳ねさせて驚く。

 

「確かに! 新婚は誓いのキスをするのが普通だもんね!」

 

 エクシアがよく分からない根拠を並べてクロワッサンの言葉に乗っかる。

 

「……まあ、気にはなるな」

「テキサスさんまで!?」

 

 皆にせがまれ、ソラは「ううっ……」と頭を抱える。

 

「本当に愛し合っているなら、できるよね?」

 

 遂にモスティマまでそう言い始めた。

 

「「キース! キース! キース!」」

 

 キスコールが部屋に響く。

 ここまで来たらもはや退くことは叶わないだろうと考えたドクターは、ソラの方へと向く。ソラは恥ずかしさのあまり顔を伏せている。

 

「ソラ、こっち向ける?」

 

 ドクターの言葉に、恐る恐るソラは顔を上げていく。ドクターは、完全に顔が上を向く前に、下から潜り込むように口を近づけ、ソラの唇へと、自身の唇を重ねる。

 

「ん!?」

 

 急な出来事に、ソラは一瞬ドクターを退かそうと手を伸ばすが唇を割って入って来た舌に脳を麻痺させられ、抵抗は失敗する。

 

「うわぁ」

「ラブラブやなぁ」

「ひゅー、やるぅ」

「おお」

「あわわわ」

 

 ペン急メンバーは目の前でディープキスを始めた二人の様子を、まるで映画を見る様にまじまじと観察する。

 

 やがて、ドクターが口を離すと、先ほどまで照れ照れだったソラの表情は、完全にとろけ切ったものに変わっていた。ぽやぽやと視線が泳ぎ、頬が微かにピンクへ染まる。

 

「いやはや、恐れ入ったね~これほどまでにラブラブとは」

 

 軽く笑いながらモスティマはアップルパイを口に運び、ドクターの前にそっと新しいフォークを置いた。

 

「まったく、お前ら一体どんな趣味してるんだよ」

 

 受け取ったフォークで、ドクターはパイを食べる。しかし、その隣に座っているソラは、まだ呆けた顔をしており、宙を見つめている。

 

「一度のキスでソラをここまでの状態にするとは……よほどの威力があるようだな」

 

 冷静に分析するテキサス。やがて、はっと意識を取り戻したソラは、恥ずかしさからか、再び顔を真っ赤にし、黙々とアップルパイを食べ進める。

 

「すごいなぁ、ソラをここまで魅了するなんて、リーダーは責任取らなきゃだねぇ。初めてすら奪ったんだから、これでソラを捨てようものなら、神の審判を、私が下しちゃうぞ~」

 

 エクシアの一言にソラは、耳をピクピクと動かし、改めてドクターの方を見る。

 

「本当……アイドルの処女を奪ったんだから……責任、とってよね?」

「ああ、勿論だとも」

 

 ドクターは強く、そう言い切った。

 

 ♦

 数週間後、ドクターの姿は町の少し外れに位置するドームにあった。

 

「そろそろ時間だな」

 

 ドクターの周りにはペン急のメンバーが立つ。ここはソラから貰ったチケットで入れたSS席だ。

 14時00分丁度、会場は暗転し、スポットライトがステージ中央に当たると、観客が一斉に盛り上がる。

 スポットライトの先には、金髪で狼のような耳が生え、少し幼くも見える少女がマイクを持って立っている。あの時ドクターに脱がされたアイドル衣装を身に纏う、売れっ子アイドルのソラが、皆のアイドルとして、そこに立っていた。

 

「みんな~! 今日は来てくれてありがとう! 私と一緒に、いーっぱい盛り上がろうねー!」

 

 ソラがマイク越しにそう言うと、音楽が流れ始め、ライブが始まった。

 

 いちファンとして、ドクターはこのライブに参加したつもりだったが、それはソラによって妨害される。

 投げキッス、ウィンク、スマイル、ハート、ありとあらゆるファンサが、必ず一度はドクターへと向けられる。そのたびにドクターは言いしれぬ背徳感を感じ、鼓動を早める。

 

 だが大勢の観客はその事実を知らない。知る由もない。ただ目の前で歌って踊っているアイドルに、自身の情熱を向け続ける。

表では、皆のアイドル『ソラ』を演じ、裏では、只一人の男に尻尾を振る『ソラ』として、これからもソラは歌い続ける。

 

 その日のライブはいつにもまして好評で、ネットの書き込みには、多くの言葉が寄せられた。

 

『なんだかソラちゃん成長した?』『いつもより歌もダンスも上手に見えた!』

 

 それもそうだろう。何故なら、ソラは相手を作ってしまったのだ。

 

 名前も知らぬ大勢に向けて歌う歌よりも、只一人の誰かを想って歌う歌の方が。

 名前も知らぬ大勢に見せるために踊るダンスよりも、只一人釘付けにしたい誰かのために踊る方が。

 

 美しく見えるに決まっている。

                

 【ソラEND:アイドルのアイドル(情愛対象)】

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