俗物な転生者が天竜人になるようです 作:ロースカツ提督
俺は生まれ変わったのだ、そう認識したのは唐突だった。九死に一生を得る大事故を経験する劇的な切っ掛けがあったわけではなく、高熱に魘されるというようなこともない。ただ唐突に忘れていた昨日の晩御飯の内容を思い出すように前世の記憶が生じてすっと馴染んだ感覚だった。
幼い身体のまま、前世での経験分一気に精神が成熟したことによるギャップに混乱しながらも、頭は冷静に現在の己の状況を正確に把握していた。ここはかつて自分が愛読していた漫画の世界。その漫画は『ONE PIECE』。なぜわかったかと言えば自分は金魚鉢を被ったようなものと、宇宙飛行士のような服を着た少年が自分だと鏡を見てわかったのだ。
「えぇ~~っ、うそだろぉ……!!」
鏡に映るのはエネル顔の自分。ああ、本当に俺って『ONE PIECE』の世界に転生したんだなって、嫌でもわかってしまう。
俺は『ONE PIECE』が大好きだけどその世界に転生したいかと言えば……したい、転生して推しキャラと会いたいし、ナイスバディな美女たちも多いからね!
だけど転生したのが天竜人って……これ、ルフィたちの冒険や革命軍の働きなんかもあって世界政府が壊れて、天竜人も破滅しちゃいそうじゃん!
そう天竜人。俺は天竜人ドンキホーテ・エンピレオ聖として転生してしまったのだ! ……原作には登場しない天竜人だけど、体に残る記憶を手繰るとどうやらあのドンキホーテ・ドフラミンゴの親族らしい。
母親は故人。父親はヘラクレスオオカブトの飼育に夢中で息子への関心が薄いみたいだった。
だが、家族問題よりも俺が気にしているのは転生したのが天竜人ということだ。
「どうしよう……どうしよう……このままでは破滅してしまうかも……!?」
オロロンと泣きながら転がり、頭を抱えて悶絶していると、先程から様子を見ていたメイドが恐る恐るというように声をかけてきた。
「あ、あの若様? もしかして具合でも悪いんじゃ……」
今は甲斐甲斐しく俺に仕えているメイドのマリュー。淑やか容姿で優しい顔立ちの彼女も天竜人には恨みや怒りがあるのだろうか。
「若様?」
「なぁ、マリュー! 貴女、俺に恨みとか不満をもってたりとかない!?」
「え!!???」
マリューのそのお淑やかな顔立ちが困り顔になり、すぐに笑みを取り繕っていた。
「偉大なる御方の使用人に雇っていただき若様を恨むなど、そんなことがあるはずないじゃないですか」
「……」
うーん、嘘っぽい! というか原作での天竜人の嫌われっぷり、そしてやらかしぶりを思えば、マリューが口では否定しても信じれる要素がまったくない。
少なくとも原作読んでいた人たちが、死んだら同情一切なく拍手喝采するキャラなんだよな~、天竜人。
「あ、あの、若様?」
原作好きとしては原作の展開を変えたくないけど……破滅は嫌だ。でも原作に登場しないモブ天竜人ならば本編シナリオの裏側でひっそりと平和に生涯を遂げることくらいはできるのでは? いや、できる!
「でも大丈夫!! 俺には秘策がある!!」
「ひゃっ」
決意も新たにガバッと俺が起き上がるとマリューは可愛い悲鳴を上げて飛び上がった。
素晴らしく切れのあるバックステップだけど、距離を一気に広げられて悲しい。
俺の秘策とは、俺が力をつけることだ!
この『ONE PIECE』世界で生きていくうえで、強さは重要だ。体を鍛えるのは当然として、やはりここは覇気を覚えるとしよう。カイドウも覇気を鍛えることが何よりも重要と言っていたし、ロジャーだって無能力者だけど覇気を極めて最強の男に昇りつめたんだ。覇気を覚えることは最優先課題でいいだろう。
覚えるための指導は……海軍大将を頼るとしよう。今の大将がセンゴクなのか、旧三大将なのかわからないけれど海軍大将の立場ならば覇気の指導者ぐらい手配できるだろうし、天竜人の道楽と侮ったとしても天竜人直属の部下なんていう汚水処理よりもキツイ仕事をしている立場もあって断られることはないだろう。
あとはそうだな……悪魔の実も食べてみたい。食べてみたい悪魔の実はいくつかあるからリストアップして手配しようか。それと刀!『ONE PIECE』世界で強くなるならば武器は刀にしたいね!これも商人に手配してもらうようお願いしよう。
「ああでも、天竜人としての権力をちょっとくらい使ってもいいよね……」
天竜人が奴隷として美女を引き連れたり、街で見かけた美女を妻にしてやると言って強引に連れ去ったりする。そんな酷い行いでも読んでいたときも、アニメで観たときもドキドキしたものだ。
白状すれば前世の俺には奴隷ハーレムとか洗脳・催眠ものを好む性癖があった。それを思えば天竜人の強権を使ったエロには心惹かれるものがある。
「フフフフフフ!!」
なんてこった性癖=天竜人だから、俺は天竜人に転生したのかもしれない。リョナは趣味じゃないんだけどな……。
もしも原作キャラを相手にするならば、カリファがいいなぁ。あのセクシーなキャラには原作読んでたときからグッと来ていたんだ。
それにカリファがビビに「誰かに飼われる」と平然と言っていたが、そのカリファに「フッフッフッ、お前を飼ってやるえ」と言ってやりたい。凄く言いたい。
ただ生きるだけではなく、エロも含めてやってみたいことをやる。それが俗物である俺のモチベーションをアップするには大事な理由だ。
まずはやりたいことをまとめよう。
1. 生き残るため戦える力を身に着ける。覇気の習得は必須。
2. 戦うための武器と悪魔の実の確保。
3. 原作キャラといちゃいちゃしたい。
こんなところかな。さあ、忙しくなるぞ!
「フッフッフッフッ、フフフフフフ!!」
「じょ、情緒不安定だわ……大丈夫かしら、若様」
マリューの呟きは、未来予想図へ夢中になっていた俺には届かなかった……。
◆◇◆
「覇気を習得したい、ですか……」
「ああ、覇気だけでなく戦うための技能も学びたいそうだ」
失礼にはならない程度に抑制しつつも、胡乱げな大将センゴクにそう頼むのはドンキホーテ・ミョスガルド聖。ドンキホーテ・エンピレオ聖である俺の親戚にあたる。
俺が転生したとはっきり自覚を持てた時点で既に閉鎖環境での洗脳教育から解放されて人間になっていた。そのため天竜人としては異端者であるが、前世の一般人であった記憶が色濃く残る俺には話しやすい原作キャラだった。というか、普通に気のいいおじさんだった。
子供の俺が大将に頼んでも話が通じるとは思えず、そんな頼りになる親戚のおじさんに泣きついたわけだ。
情けないことだが、これくらいしか方法を思いつかなかった。ミョスガルド聖……いや、内心では既に「おやっさん」と呼んでいるんだが、おやっさんが大将センゴクと交渉してくれているのだ。
まあ、原作キャラといちゃいちゃしたいという本音は言わず、嘘を言わないが本音も言わない、という感じでお願いしている。
……センゴクとしては頼まれているとは思われてないかもしれないけど。断れない立場で上司から無茶ぶりされるのは辛いよね。ごめんね!
「エンピレオ聖、質問することをお許しください。天竜人の皆さんに降りかかるすべてを振り払うことこそ、海軍が担うことです。エンピレオ聖は強さを得て何をなさるおつもりですか?」
「たしかに海軍が我らを脅かすものを退けてくれている。だが海軍の強さは常に我らを守るとは限らない。……お、ミョスガルド聖が魚人島に救われたときもそうだったし、我が母が“不慮の死”を遂げたときも……」
母親のことを持ち出したとき、センゴクの表情がごく数ミリ単位で僅かに歪んだ。
海軍の目が届かないような僻地で天竜人を殺害したとしても、現地住民がそれを黙っていれば、それはただの海難事故として処理されてしまうこともある。その一例が俺の母親だったのだ。
「誰かに守ってもらえなければ、運が悪かったで生きられない等は嫌だ。俺は俺自身の力で生きる力が欲しい。運命などに俺の人生を左右されたくない。そのためには力がいるんだ」
原作通りに進むならばこの世界ではきっと天竜人が今まで生きられる世界ではなくなるだろう。餓えて死ぬか、人民の意趣返しで死ぬかわからないが、いずれは死ぬ。ならば生き延びるには実力でチャンスを掴む必要があるのだ。ここでセンゴクを承知させられないとこの先も生きてはいけない。だから俺は必死になって頼み込んだ。
数拍、何か思いに耽るようだったセンゴクが重々しく口を開いた。
「わしが紹介状を書きましょう。これを持って海軍の訓練施設へ行って頂きたい」
「え? 俺は海兵にはなるつもりはないぞ?」
「はい海軍に所属して頂きたいというわけではありません。その施設には後進の育成を担うゼファーがおります。彼ならば本当の強さをエンピレオ聖に教授することができるしょう」
「ゼファーって黒腕のゼファー!?」
「ご存知でしたか」
「ま、まあね……」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまった俺に、センゴクは意外そうな顔をしていた。
まあ、天竜人が下々民である海兵の名前を知っていれば意外と思うだろう。
「大将センゴク、ガープ、おつると肩を並べた伝説の海兵、程度には、ね……」
彼の映画で何度も泣きました。今から会えることが凄く楽しみです。
「ただ、エンピレオ聖にはご自身が望む強さを得るために守って頂きたい条件がございます」
「ああ、いいよ。条件とは何だい?」
“世界貴族”ドンキホーテ・エンピレオ聖
本作の主人公。名前の由来はイタリアの詩人ダンテ・アリギエーリの叙事詩『神曲』天国篇において天国の最上層「第十天 至高天」を指す「エンピレオ」から。
前世の記憶が蘇ってからはよくある天竜人フェイスではなくなった。知らず知らずのうちに笑い方が親戚のおっちゃんに似ている。そのときはだいたいゲス顔で笑う。
俗物で天竜人の権威を使わない自制心はないが、原作天竜人ほど横暴なことをするつもりはない。