俗物な転生者が天竜人になるようです 作:ロースカツ提督
海軍の訓練島にはお忍び用の船でエンピレオ聖である俺は密かに渡った。
「電伝虫でセンゴクから連絡は受けてある。今日この島に来たのはドンキホーテ・エンピレオ聖ではない……一介の訓練兵として」
壮年の指導教官。ゼファーは世界貴族である俺に対して、最初からかしこまることなく言った。これは大将センゴクと交わした約束のひとつ。ドンキホーテ・エンピレオ聖はこの訓練島には存在していない。偽の身分で過ごすことになる。
「ああ、わかっている。俺はダンテ、しがない訓練兵だ。よろしく頼みます、ゼファー先生」
「センゴクからも言われているだろうが、もしもお前が真っ当に海兵になりたいと言うのであれば、俺も真っ当かつ常識的な特訓をさせよう。だが、お前が望む強さを得ようとするならば常識的な特訓では得られないぞ」
ゼファーからまるで磁力や重力のような見えない力が発されているようで、俺は身体が軋むような感覚に襲われた。これがロジャーや白ひげの全盛期に大将として渡り合っていた猛者の覇気か!
「おいダンテ。これから俺はお前を殺す気で稽古をつけるが、死ぬ覚悟は当然できているんだろうな? 覚悟がねえならもといた世界で守られて暮らせ。それがお前のためだ。」
やっぱり凄いな、ゼファー先生。天竜人ではないという建前があるとはいえ俺にここまで直截的に言ってくるとは思わなかった。下々民のくせに不敬であると思うのが普通の天竜人なのだろう。言葉の前に拳銃を出して発砲しているのかもしれない。
あいつら、奴隷を檻の中で逃げ回らせて、それを撃つ趣味を持つ奴が多過ぎて天竜人は無駄に射撃の腕前が良いのが多いんだよな……。
「フッフッフッフッ、馬鹿だな、先生。あるわけねえだろ、そんなもん。俺は生きるためにここに来たんだ! 死ぬためじゃねえ!ましてや、守られた閉じた世界に籠ることなど論外!」
「なるほど。そういう覚悟か。はっはっはっ」
呵呵大笑。ゼファー先生はひとしきり笑った。たぶん、俺の回答は不合格ではなかったはずだ。
「まあ海兵じゃねえんだ。それもいいだろう。だが───まずは言葉遣いを改めろ!」
「ホゲェェェッ!?」
ゼファー先生の言葉はその後半は特別応接室の天井を見ながら訊いていた。ただの拳でもゼファー先生の拳ならば木の葉みたいに人は飛ぶ。
「本格的な特訓は明日から行う。言っておくが特訓内容は特別扱いするが待遇を特別扱いするつもりはない。訓練兵と同じ宿舎で寝泊まりして貰うぞ!」
床に墜落した俺に、ゼファー先生は何事もなかったように説明を続けた。
天竜人を殴れる男はルフィだけじゃなかったんだな……。あ、俺は今天竜人ではないんだった。
◇◆◇
海軍の訓練施設の朝は早い。……なので当然起きられない。
「起きろダンテ。もう訓練が始まるぞ。またゼファー先生に殴られたいのか?」
同室の訓練兵に俺は叩き起こされた。同室の訓練兵は残念ながら年上の男だった。同室の訓練兵は綺麗なお姉さんだったらよかったのに……。
「ツァルト……あと半日……」
同室の訓練兵ツァルトは嘆息した。
「ゼファー先生を呼んでくる」
「わあああああああああああ! ゼファー先生はやめてよっ! 起きる! 起きるからぁっ!」
眠気が一気に醒めて、俺は飛び起きた。食堂で食べる朝食はマリージョアで食べる料理とはまるで違ってグレードが低いものだが、前世が小市民だった俺の舌には充分馴染むものだった。
早朝の特訓。待遇は他の訓練兵と同じでも、特訓内容は特別扱いの俺はゼファーを筆頭とする海兵たちによる殺す気の鬼メニューである。
ゼファー先生が俺や他の訓練兵に対して覇気について講釈をはじめた。
「武装色の覇気で体を硬化すれば
自然系の能力者をサンドバッグ扱いにしようと考えるのは、世界広しといえどもゼファー先生くらいだろうなぁ。
「さらに見聞色の覇気を極めれば、目にも届かないほど遠くの事象を正確に把握し、数秒先の未来すら見通し、光の速さすら見切ることができる。さらに極めればより多くのことを知ることができるらしい……そこまでの極致に立てるのはごくわずかだろう」
そうだなぁ、ロジャーは万物の声が聞こえていたし、あれは見聞色の覇気としても最高峰なんだろう。
「覇気凄いなあ。強くなるのに悪魔の実は必要かと思ったが、そうでもないか」
そんな声が訓練兵からも出て来る。まあ、そういう考え方もできるな。ロジャー海賊団なんて能力者はバギーくらいしかいなかったみたいだし。赤髪海賊団も能力者はいないみたいだけど四皇の一角として君臨している。
そんなことを考えていると、ゼファー先生も訓練兵たちの意見に一定の理解を示した。
「まあ、一概に間違いとは言えんな。事実ロジャーは能力者じゃあなかったし、新世界でも強者と呼ばれる奴らは、覇気を鍛えて扱う技量を高めた奴等ばかりだ。例え強力な悪魔の実の能力を得て能力だけに頼る奴は、新世界では生き残れん。だが、逆に言えば覇気と能力の両方を極限まで高めた者ほど、厄介な存在はいない。白ひげ然り、ビッグ・マム然り、だ」
……ビッグ・マムはなんかもう強さの理由は「ビッグ・マムだから」で良い気もするけど。
「あと単純に
動物系能力は身体強化することができるのが魅力的だけど、幻獣種や古代種と比べたら普通の動物系の外れくじ感は半端ないよね。幻獣種は身体強化するだけでなく超人系も一緒に食べたと思うくらいな特殊能力を持っているし、単純に身体強化するだけにしても古代種のほうがよさげだしな。
俺は転生して悪魔の実を食べようと思っているけど通常の動物系はノーサンキューかな。
「武装色、見聞色、それと最後の一つが覇王色ですね」
「その通りだ、アイン。だが覇王色とは修行で会得できる武装色と見聞色と違って、覇王色は数百万人に一人、王の素質がある人間しか使えない特別な覇気だ」
覇王色の覇気は最初、雑魚を蹴散らすことくらいでしか出番がなかったけれど、実は武装色のように纏えたり、見聞色の覇気の予知を無力化したりする等、使用用途がはっきりしてきた覇気。これも使えるようになれたら嬉しいけど、天性の才能とか素質がものを言うから、持ってなかったらそれはもう仕方ない。
「誰でも扱える覇気ではない。俺がお前らに教授するのは武装色と見聞色の覇気になる」
そう言ってゼファー先生の覇気についての講座は終了した。俺は原作読んでいたから当然知っていたけれど、大半の訓練兵には未知な情報だったらしく感心していたり、メモをとっていたりするなど反応はそれぞれだった。
そして訓練兵はカリキュラムを課されて訓練が開始した。担当教官に訓練兵がついて行った後、俺だけが取り残された。
「先生、俺は?」
「お前はひたすら俺と組手だ」
「ヒェッ」
「強くなりたいんだろ!? 最後まで立ち上がれ! 最後まで立っていた奴が強いんだ!」
「ヒェッ」
ゼファー先生に殺す気で殴られても、何度でも立ち上がって組手をした俺を見て、訓練兵たちの士気が上がったようだった。
◇◆◇
訓練島での訓練は辛くとも順調だった。
演習艦で実際に海賊を討伐することも、ゼファー先生の個人指導に比べたら天国だった!
「フッフッフッフッ、戦闘の空気が美味ぇ~な!」
だがある日、俺が覇王色の覇気を持っていたことをゼファー先生が見抜いたときから、地獄度が天元突破してしまった。
逆さづりでスルメのように火炙りにされるのがマシという境地に至るとは思わなかったよ! 腹筋と背筋の鍛錬のためらしいが、ゼファー先生でないと天竜人への私怨を晴らしているのではと勘ぐってしまう所業だ。
海賊の討伐も俺だけ特別課題を出されてしまった。海賊討伐にも目隠しをして見聞色の覇気の修行、そして死力を尽くして生き延びる強さを鍛えるために演習の前にゼファー先生からフラフラになるまで殴られる! 抵抗や防御は許されているけど全然意味がありませんでした……。そんな状態なので一撃受ければそれが致命傷になってしまう。
更に敵海賊を攻撃するのは禁止だと言い渡されて、手錠もかけられたのだ! あと100キロの重りを背負わされた。
「ちょっと待ってくれよゼファー先生! 目隠して手を拘束して攻撃禁止ってどうすりゃいいんだよ!?」
「海賊どもの攻撃を回避しながら覇王色の覇気を覚醒させて全員昏倒させろ。それで終わる」
終わるのは戦いではなくて、俺の人生のほうだよ!
こうして七回海賊船に放り込まれた末に、俺は覇王色を完全に覚醒させることができた。
ゼファー
エンピレオの担当教官になった海兵。エンピレオは前世では映画で、今生では特訓で彼に泣かされている。
特訓の課題を能力によってその人の限界ぎりぎりまで振り分けるため、優秀なほど厳しくなるのでエンピレオが真面目に取り組んで課題をこなしてしまうので、どんどん厳しいものになっているのだが、特訓の苛烈さの理由に自分も原因であることにエンピレオは気づいていない。