「じゃがいもはもう結構です。残りはアインさんが一人で食べてもらって構いません。」
私は焚き火の跡を適当に崩して片付けると立ち上がる。
遅めの昼食は焚き火の余熱で熱したじゃがいもを何個か食した。腹は膨れたが味気ない。
「足元、暗いので気をつけてくださいね」
昼間であっても日が差さないであろう納骨堂の中はジメジメしており、苔の生えた石畳は踏ん張りが効かない。注意して歩かなければ滑って転ぶだろう。
「問題ねーよ。革靴にゃ鋲を打ってるからな」
「そうですか。なら良いんですけど 」
私が依頼人から受け取ったこの納骨堂の合鍵を用いて、その錆びついた鉄の扉を開けると、カビ臭い臭い墓所の臭いとともにひんやりとした冷気が肌を震わせる。
よく噛まずにじゃがいもを胃の中へ押し込んだばかりと見えるアイン名乗った冒険者についてくるよう一瞥し、ランタンを片手に慎重に階段を降りる。
納骨堂に安置していた葬儀前の死体が消える。そのような噂がこの街に流れるようになったのは、遺骨で一杯になった納骨堂の拡張工事にて、奇妙な異教の遺跡が掘り起こされた頃だったろうか。
最初は担当者の書類ミスや、たちの悪い墓荒らしによるものとして片付けられていたこの気味の悪い出来事は、市長の幼い息子が流行り病で亡くなった際、不寝番をしていた教会の下男が、短く憐れな一生を終えたはずの幼子の死体に襲われ一晩中追いかけ回されたという事件により人々の知る所になったのだ。
アインと名乗った剣士と私が請け負った依頼は、件の納骨堂を調査して死者が蘇る原因を探り、それを解決すること。
よくある話とは言えないが、やるべきことはシンプルで、報酬も危険に相応しく良好。学者として魔術を研究し続ける為、冒険者稼業なぞに手を染めている私としては願ってもない依頼である。
そのような事を一人考えながら無限に続いているような石段を暗い地下へ地下へと下っていくと、やがて開けた場所へとたどり着いた。
納骨堂の中は思ったよりも広く、左右の壁には人の背丈程もある長方形の石棺が左右対称に三十台ずつ納められており、中央には黒い棺が二つ鎮座していた。
「おっ、ラッキー」冒険者としての本能が刺激されたと見て棺を開けようとするアインの肩に手を置き止める。
「依頼内容を忘れたんですか?」ナメられないように、知人友人公認の悪い目つきを更に鋭く、陰気な声色を更に低くして注意すると彼は「あ!そうだったそうだった、すまねぇな」と言いって笑いながらオーバーリアクション気味なジェスチャーとともに謝ってくる。
こいつめ……、本当に反省してるのか?私は心の中で盛大に毒づきながら、歩を進める。周囲は静かなままだ。
「依頼主はこの納骨堂を管理している修道院の司祭さんですよ、目的地についてからはともかく、見取り図に書いてある場所で宝探しはやめてください」
責任問題は得てして面倒だ。問題が正当でも不当でも、大抵根無し草同然の我々冒険者が不利な立場に追いやられる事になるの相場というもの、痛い目を見たくなければ契約は守らなければならないのだが……。
アインはどこ吹く風という様子で鎧の装具を弄ってみたり、柱の彫刻を眺めたりしている。こいつ本当に私が言ったことを理解してんのか?私は疑いの目をアインに向けつつ調査のため棺の一つへ近づく。
ランタンをかざしてみると棺は装飾がされているがそこまで古い年代のものでもない。この納骨堂が管理しているものだろう。
ああは言ったが副業の事も有って私も棺桶の中身が気になるが、依頼人から教会が管理している区画の埋葬されている死体と副葬品は絶対に漁るなと言われているので、我慢。そのまま永遠の眠りにつく人々の寝床を通り過ぎようとして……
「まった」アインの手が行く手を遮り、鋭い目を私が通り過ぎようとした石棺の一つに向けて「なんか様子がおかしくねぇか?」と呟く。
「いきなり何を言って……いや、棺の扉が微妙に空いてる……これはまさか!?」
薄暗い納骨堂の中で私が異変に気がついたのはアインにその違和感を指摘されてようやく気がついた私が思わず叫ぶと、何故か驚いたようにアインの体が跳ねる上がる。
「え?えっ!?何?どうしたんだシェルフェ!?」そう言って素っ頓狂に叫びながら驚いているこいつをよく見ると石棺の方を見ていない。こいつはずっと柱に刻まれた変な彫刻を観察していたのだ。
「はぁ!?棺の事を言ってるんじゃなかったんですか!棺が空いてるんですよ!埋葬された死体が全部消えてます!」「くそ、まじかよ。つー事は……」
私の言葉でようやく事態に気がついた彼は、慌てて腰に佩いていた剣を抜き、バックラーを構える。それに習って私も魔導書を鞄から取り出し、懐の短剣に手をかけると、暗がりの中から複数の人影が這い出てきて私とアインを囲むようにゆっくりとしかし着実に近づいてくる。
「やはり動死体……こんな浅い階層で死体が死霊化を? 」
市長の話から半ば予想は出来ていたが、わかっていても思わず声を上げてしまう。
死体が不死者となって動き出す死霊化現象が発生する原因は分かっているだけでも複数あるが、人ならざる存在の浄化の専門家という側面を有する聖教が管理する納骨堂でこのような現象がこんな規模で発生するのは驚きだ。
「驚いてるのも良いけど気いつけろよ!」よほど驚いた顔をしていたらしい私にアインは余計なお世話を飛ばすと、腐りかけの体を引きずりよろよろと近づいてくるゾンビに突撃、見事な太刀筋で半ば腐肉付きの白骨と化した首を斬り飛ばすが動死体は平気で彼に組みつこうとする。「なっ、首を落としたのに動きやがるぞ!? 」
「既に死んでる生き物の首を切っても意味ないですよ!骨を叩き割って動けなくするんです!」私は動死体と取っ組み合いをしているアインにそう叫んで意識を集中。
魔導書のを開いて書物に描かれた魔術の使用を手助けするための図像の中から、あらかじめ脳裏に刻んでいた魔術の形、『刻印』を思い浮かべて呪文を詠唱する。
強力な魔術を準備無しに使用すると反動が心配だが背に腹は変えられない。首無しゾンビと泥臭く組み合いをしているアインが後続の死霊共にタコ殴りにされれば次の犠牲者になるのは私だ。
「今だ!やっちまえ!」アインが掴み掛かってくるゾンビの手を引き離し、追い縋る死霊の群れから距離をとってそう叫んだタイミングで私は得意としている風の魔術の一つ、『空圧』を発動。
元来ならこの様な地下では乏しい筈の風の元素がことばの力によって増幅されて強力な大気の圧力を発生させる。
上手く使えば蒸したジャガイモがマッシュドポテトに変わる形の無い風の鎚が振るわれて、それをマトモに受けたゾンビ達は熟れすぎた葡萄のように纏めて圧搾されて汚い腐液を散らす。
「すげえ威力だな!……っておい大丈夫か!?」無茶な魔力操作の反動で息を荒くして杖に縋りついている私をみて感心と心配をしながら叫ぶ無駄に器用なアインに「心配も感心するのも後にしてください!」と怒鳴り、吐き気と頭痛を我慢しつつ前方の暗がりを睨むとかしゃん、かしゃんとやかましい武具が擦れる音と共に、先程の動死体たちよりも、頭一つ程大きな人影が、見事な武具と装身具を身につけたかつての生者、骸骨騎士が2体襲いかかってくる!
「黒い棺の中身が来ますよ!」私がそう叫んだ直後、「うらぁ!」アインが威勢良く突撃し、二体の騎士に躍り掛る。
彼はほぼ同時に同時に突き出された長剣をバックラーで受け流すと、お返しとばかりに鎧の隙間を狙って刺突を繰り出すが。肉を失って久しい死人相手には効果が薄く、骸骨達は多少の損傷をモノともせずに凄まじい猛撃にてアインに迫る。
「シェルフェ! 俺が時間を稼ぐからさっきのもっかいやってくれ! 」
彼はそんな命なき鎧の化け物達の攻撃を捌き切って、奴ら必死に押し留めながら魔術の反動からどうにか立ち直りつつある私に向かって叫ぶ。
簡単に言ってくれる。魔導書を再度開いて呪文の詠唱を開始。
範囲を絞って威力を上げるため、詠唱は先ほどより長め。強烈な反動が今から憂鬱だ。二人がかりでも一歩も引かずに立ち塞がるアインに対して骸骨騎士はただ武器を振り回すだけでなく、フェイントや突きを交えて激しく剣を撃ち合う。肉は腐っても技術は腐らない様子だ。
強敵相手に二対一という不利な状況でも、彼は慌ててペースを乱すこと無しに剣を捌いており、時折、盾の上、鎧の上からでも衝撃が響きそうな強烈な一撃を浴びて、硬質な金属がぶつかるけたたましい音とともに、不吉な死霊達を押し返す。なんだかんだ言って、前衛としてはとても頼もしい男かもしれないなと、ちょっとだけ見直す。
「準備できました!」私は叫ぶと、アインが死霊の剣をバックラーで弾いて体勢を崩させ、残るもう一体に足払いをかけて地面に転がし叫ぶ。
「今だ!やっちまえ!」
満を持して放たれた『空圧』は骸骨騎士を足元の床を巻き込み下の地面ごと押し潰されて完全に沈黙。刃を通さない強固な鎧も骨ごとぺしゃんこになったようだ。
範囲を絞っただけあって誇らしくなるような破壊力だが反動もまた凄まじい。めちゃくちゃ頭が痛い、体がミシミシ言う。吐きそう。
「お、終わった……」
耐えきれずヘナヘナと私がへたりこんだ次の瞬間「まだだ!油断すんじゃねぇ!」というアインの言葉にハッとなって前を見る。
。しまった狙いが逸れた、半壊しながらもまだ動けるらしい骸骨騎士が一体、私に剣の鋒を向けて突撃してくる!?
「くっ、この!」
私は咄嗟に短剣を抜いてその剣を受け止めるが……重い!一撃を貰う事は避けられたが、撥ね飛ばされて石棺に体を強かに打ち付けてしまう。
「がッ!」衝撃に肺の空気が全て抜けて、耐えがたい痛みに視界がモノクロになる。このままではまずいと思いながらも衝撃に動けずもがいている私にゆっくりと不気味な黒い鎧の死霊が近づいてくる。やばい殺される!
「オラァ!」そんな私を助けてくれたのはバックラーを投げ捨て、横から飛び込んできたアインの一撃だった。
彼は逆手に持った長剣の、柄で骸骨騎士をしたたかに打ち付けて、分厚い鎧越しに中で動いていた骨を粉砕、中身の砕かれた鎧は途端にガラガラと崩れて動かなくなる。
「あ、ありがとうございます」へたり込んだ私を抱き起こした彼は「おうよ、礼は後だ!一旦帰って体勢を整えようぜ」と言いながら折れた自らの長剣を捨てる。
「あー壊れちゃいました?」「すみませんね……」若干申し訳ない気持ちになって謝る私に対して「別にいーって、代わりの剣はここにあるしな」と骸骨騎士の残骸から直剣を拾い上げる。
年代物とは言え、生前は名のある戦士だったろう骸骨騎士の副葬品だ、業物だとは思うが……
「あの、納骨堂の物は漁るなって話忘れたんですか?と言うかそんな死霊が使ってたような剣、よく平気で触れますね。呪われても解呪とか出来ませんよ私」
最近まで人の手が入っていた場所だが万が一というものは何処にでもある。そもそも副葬品にさわるなと予め言われてただろ。
「呪われたらその時に考えるさ。依頼人の方は納骨堂の方は聞いてた話より随分ヤバい事になってんだしこれぐらいの役得は別に良いような気がするぜ」そう言ってドヤ顔で彼が掲げる剣を念の為霊視すると、微かに魔力の気配が漂い、その刀身はちょっとだけ黒みを帯びているようにも見える。
……やはりダメだ。これが危険な呪いなのか、有益な呪付なのか、それとも長い年月を経てもこびりついているただの残留思念なのか、魔術師とはいえ貧乏学士崩れである私の階梯では判別がつかない。
とは言え所詮は私達でも相手ができる程度の死霊の持ち物、それほど力があるようにも思えないので万が一があっても致命的な事にはならなそうな範疇か。
「……まぁ一理はありますね。替えの武器を今から探すのも大変ですし。でも街に帰ったら鑑定ぐらいはしておいてくださいよ」しょうがなくそういった私に対してアインは「心配してくれてあんがとさん!」と根暗な私には眩しすぎるぐらいにっこりと笑って礼を言う。……ちょっとドキッとしてしまった。
「それじゃ街に戻ろうぜ」
そんな私の事を知ってか知らずか、修羅場の後だと言うのに楽しげな様子のアインとともに私達はひとまず街に戻ることにした。