昨日の出来事のせいで今日の朝は散々だった。久々の行為に股はジンジンして腰は痛いし、頭は酷い二日酔いで万力で締め付けられるような頭痛が時折走っている。
「それじゃさっさと行きますよアイン。動死体の対処方法はもう言わなくてもわかりますよね? 」
後ろから声をかけた私の問を聞いているのかいないのか、昨日の出来事の後も悪びれる様子がほぼ無い彼は「骨をぶち折れば動けなくなるんだろ? 問題ねぇぜ」などと言いながら私の横を歩いている。
「素晴らしい、ちゃんと覚えていてくれましたね。それじゃ行きますよ」
昨日のように町外れの墓場から納骨堂に入り、暗い地下に続く階段を降下していくと前日骸骨騎士達と戦った棺桶が並ぶ玄室へたどり着く。
戦闘の後は未だ片付けられておらず、周囲には骨が散らばっているが、不思議なことに腐肉が付いた死体の残骸は一つも落ちていない。例の出来事が置きてから街の人間は誰もこの納骨堂に立ち入っていない筈、なのに死体が片付けられているということは……。
「げっ、屍食鬼も出るなんて……ほんとどうなってるんですかこの納骨堂」
「人の死体を喰っちまうばっちい不死者だったっけ? だがまぁ昨日はヤバそうなやつも含めてそれなりにやれたし俺達なら大丈夫だろ」
彼はそう言いながら気安く腰に手をまわしてきたので、ドキリとしてしまう。一度抱いたぐらいで馴れ馴れしいヤツだ。楽しそうにしているアインを横目に見つつ私は依頼人から支給された見取り図を広げる。
「事前に説明された通り、建物が古いだけに何度も拡張工事が行われてます。問題の部分は最近の改築工事で掘り当てた地下区画の一部とのことでしたが、ここの死体が動死体になっていた事を加味すると、他の場所も同様であると考えたほうが良いでしょう」
墓荒らし対策も兼ねて迷路のように張り巡らされたこの死者の家は平時でも慣れた人間でないと迷うことがあったらしい。ちょっとした小路や暗がりから不意打ちを受ける可能性に注意しなければならない。
「何だよ面倒くせぇなぁ、カンオケがある部屋全部で連中出てくるかもしれねぇってわけだろ? でもまぁあの腐れ共と戦う勝手は分かっちまったからヤバイことにはならねぇか」
自信満々なのが何故かムカつくが、我が相方もこの納骨堂の注意点を把握してくれたようだ。……何時まで体に手を回してるつもりなのだろうか?あっまた尻を撫ぜてきた足蹴ってやろ。
「何時までも私の尻で遊んでないで仕事を初めてください、仕事を」
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「雑魚は任せてください!」
杖で地面に魔法陣を手早く描きながら叫ぶ。
納骨堂は案の定死霊で溢れており、昨日の到達地点よりも奥に足を踏み入れた途端、腐り果て、中には体の一部が屍蝋と化したものすらあるような死体と腐る肉すら無くなった骸骨等、見えざる何かが取り憑いて起き上がった死者たちが襲いかかってきた。
幸いな事に彼らの大部分は肉体に染み付いた生物的な衝動に従い行動するだけで知性と呼べるものは皆無、動きも鈍いため迎え撃ちやすい小道に誘導するのは簡単だった。
魔法陣の中に立った私は魔導書を開き、羊皮紙に刻印された呪文の詠唱を始める。
この世あらざる外界から、私達の魂を扉として流れ込んでくる力、魔力を尋常ならざる諸法則に則り操作してなんらかの現象を発生させる行為を我々は魔術と定義している。
優れた使い手が用いれば世界の諸原理を超えた凄まじい現象を引き起こすことのできる技であるが、世界のあり方を捻じ曲る代償は大きく、魔術の使用は大なり小なりその帳尻合わせに術者の精神と身体を歪ませる、『反動』を発生させてしまうのだ。
身の程知らずが不用意に強力な魔術を使用した場合、不可逆かつ致命的な反動により人としての生を終わらせる事になるだろう。
もっとも、抜け道というもの存在するし、そのうち1つは私であっても使用可能、例えばこんな風に……。
そうこうしているうちに魔法陣が完成したのでその中心点に立ち、魔導書の表象を通じて脳裏にあらかじめ刻印した魔術を呪文、ことばの法則によって魔力が通る見えない導管を慎重にこの世界に伸ばすイメージを投射して『突風』の魔術を発動。
笛のような甲高い音が鳴ったかと思うと、無風の淀んだ地下空間に凄まじい暴風が発生する。
こちらににじり寄って来ていたゾンビたちはたまらず折り重なった倒れてあるものは石片や骨片で体をズタズタに、またあるものは石の壁や棺に叩きつけられて体を砕いてしまう。
一撃の威力ではなく、効果時間を重視するならやはり『空圧』よりもこちらのほうが優秀、何事も使い分けだ。
反動は……発生しない、いい気分だ。魔力によって発生する歪みを整える防護陣として魔法陣を用意することによって反動を抑える手法は準備の手間がかかるが時間さえかければ誰にでも使え、不備さえ無ければ効果も優秀と手堅い。遭遇戦では使えないが、今回のような場合ならば効果てきめん。
動くゾンビが居なくなるまで風を吹かし続けた後、霊視によって新手が来ないかを確認。
意識を集中することで視界を肉の目から意識の目に変えると動死体の残骸が転がる通路の向こうから、何か素早いものが密やかに近づいてくるのがすぐに確認できる。
カンテラ片手に進んでいたのでは絶対に見つけられまい。
「上で死体を掃除してくれたらしい不死者が1体、新手で来ます。アイン、対処を」 「屍喰鬼ってヤツだよな? おうよ任せとけ! 」
魔法陣の後ろで待機していたアインが佩ていた剣を抜いてバックラーを構えると勢いそのまま前に出る。
私はそのままじっと、頭に浮かべる刻印を『空圧』に切り替えて魔術行使の準備に入る。
アインが抜けられたらそのまま面制圧攻撃で叩き潰す二段構え。苔が生えた不安定な石畳の道を物ともせず走るアインの側面から、石棺の影に隠れていたらしいゾンビが2体襲いかかるが
「とろくせぇな!」と叫びながら突っ走る彼の太刀筋に瞬く間に手足を切り飛ばされて無力化。
「ははッ、生身のヤツよりよっぽどやりやすいぜ!」
生者とは勝手の違う不死者たちも、低位のものならこんなものか。でもそれにしても慣れが早い、ムカつく程に前衛としては優秀、ゾンビたちの手足を斬り飛ばした勢いそのまま、屍喰鬼の側に踏み込んだアインは体を回転させるように剣を叩き込もうとして……急に後ろに跳ね飛んだ屍喰鬼に攻撃を躱される。
「すばしっこい野郎だ」
一瞬でゾンビたちを斬り倒したアインを見て警戒したか。獣程度とはいえ、これまでの不死者達とは違い感じる明確な知性の気配。
ゾッとするような唸り声とともに這って現れたソレの風貌は皮膚病に掛かった図体のでかい犬によく似ていた。
違う所は松明に照らされた皮膚が病的な緑色で不気味な弾力を感じさせる所と、四本の足の代わりに少し爪が長く鋭い意外は人間そのものな両手足を備えていること。
そして血に汚れ無毛である以外は人間そのものの顔の筋肉いっぱいに、餓えと狂気と生けるものへの憎しみをたぎらせた歪んだ表情を刻んでいる事ぐらいだろう。
悍ましい事にこの怪物は生前は私達のようにこの世界の一部として生きて、喜怒哀楽を有していた人間のゾンビですら有していた人間性の名残の痕跡すら剥ぎ取られた姿なのである。
生者の悪夢、不死者の恐ろしさを体現した化け物と言っていいだろう。
「グールは爪から麻痺毒を分泌します。引っかかれるのは危険ですよ。」
「説明あんがとさん!でも俺もそんぐらい知っ……ッ!」
アインがそう言った直後、狂犬面の屍食鬼は体をバネのようにぐにゃりと曲げると、素早くアインに飛びかかった!
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おぞましい生物に剣戟を浴びせながらアインは歯噛みする。巨体から繰り出される爪や牙の攻撃は確かに厄介だが、彼はそれ以上に、私も想定外であったグール最大の脅威と向き合っていた。
「グッ……!なんだこの皮膚!?刃が通らねぇし殴っても効かねぇぞ!」
背骨を砕かんと狙い放たれた、鎖帷子程度なら貫通できそうな鋭い刺突がぐんにゃりとしただらしのない緑の皮膚に受け止められたアインが驚いたように叫ぶ。
冷たく固く、しかしたるんでだらしない変質した屍食鬼の皮膚は業物の剣であっても容易に刃を通さず、上質な絹の防弾衣のように角度によっては銃弾すら受け止めてしまうとは話に聞いていたがこれ程とは……!
不死者特有の物理的な耐久力も合わさって想像以上に衝撃に対する耐性を持っている。
よって作戦変更、準備した『空圧』の範囲をさらに絞って威力を高めるため呪文を再詠唱開始。
アインには詠唱が完了するまでの時間を稼いでもらう。
「オラァ!」
迫る屍食鬼の狼のように発達した牙をアインはバックラーで受け流し、その悍ましい顔面を狙い剣を振るが、腕で庇われ失敗。 これは今までに無かった行動なので記憶すべきと勘が告げる。
麻痺毒流れる体液に濡れた爪による凄まじい連撃を何とかしのいだアインが、カウンター攻撃でグールの体勢を崩したタイミングで「下がってください!」と叫んでアインを下がらせ入れ替わりに『空圧』を叩き込む。
巨体が宙を舞い石棺を砕いて石畳に転がり、大口を開けた巨大な犬の喉奥から響き渡るのはおぞましい絶叫。
だが喉奥や頭部まで覆うぶよぶよとした皮膚は衝撃を受け止めたのか、意に介さぬように動き続けて闇に消える。
逃げた気配は無い。
「鉄の甲冑でも潰れる衝撃を受け止めるだなんて!? 」
「骨のある奴ってワケだ! 他に切れる札って何かあるか? 」
炎の魔術が使えさえすれば楽に殺せるのだが、私はそれが使えない。
魔導書を精査すればもっと有効な魔術が載っているかもしれないが、魔術師としての階梯がそれほど高い訳でない私が一度に維持できる刻印は2つが限度なため使用は不可能。
維持している刻印を解除するには意識を手放す必要があるし、魔導書の表象から刻印を再構築するには一刻程度の時間が必要になるので、この場での魔術の刻み直しは非現実的。
「……ごめんなさい」
申し訳無さから無意識に謝ってしまった私に対して「別に良いって気にすんな」と言いながら彼は闇を睨んで剣を構え直す。
「空圧って魔術がありゃ多分なんとかなる。」
そう言って獰猛に笑うかれの構えは長剣を両手で構える刺突特化の姿勢。
「次にブヨブヨ野郎が突っ込んできた時に、そいつを使って奴を地面に釘付けにしてくれ」
なるほど、何がしたいのかは読めたぞ。
「目から剣先を突き入れて脳を破壊するつもりですね。不死者であるグールに効果があるのでしょうか……」
彼は油断なく剣を構えながらも何かを考えるように顔を傾けると「なんつーかさっきやり合った感じだとあいつ……ゾンビとか骸骨とかとは違って明確な殺る気を感じんだよな。」と呟く
「半分生きてて、半分死んでるみたいな?さっき目ん玉ぶった斬ろうとしたらあからさまに庇ったしなんとなく効果があるような感じがするんだ。」
生前の記憶を元に反射的に目を庇った可能性もあるが、手詰まりの状況を考えれば悪くない判断だろう。
「シュエルフェは暗い所でもなんかヤツが見えるんだろ?んじゃタイミングは任せたぜ」簡単に言ってくれる!
霊視によるアストラル界の観測は魔術の初歩と言える技能だが、霊視時の感覚時間は現実のものとは開きがあるし、観測したイメージは視座によって解釈が違うので、他者に伝えるのは慣れた術師であっても難しい。
況や魔術に対してはド素人なアインに対してそれを伝えるとなると……やるしかないか。
「……任せてください」腹を括った私は意識を前方に集中させる。
視るのは肉の目では無く、閉じられた第三の目。ゆらゆら揺れるランタンの光に照らされた薄暗くカビ臭い石の穴蔵が消えて、幾つもの光球と色の粒が飛び交う光と影の世界へと視野が突然切り替わる。
地下空間という特性上、周囲に漂う大量の土の元素が漂っており、私とアインのアストラル体と、燃える炎が発生させている僅かな火の元素は圧倒的な量のそれらに包囲されており、より土に近く重いアストラル実体を有している屍食鬼は、知ってか知らずか小賢しく迷彩として用いている。
とは言え、こちらも専門家。その不自然で不完全な生故に、歪んだアストラル実体を有する屍喰鬼を表す光球は、重い。……見つけた。
魔術的な時間感覚でたっぷり数秒待ってから
「いきますよ……九時の方角天井から……今です!」合図と同時に私は
『空圧』を放ち、天井からこちらを奇襲しようとしていた屍食鬼を石畳にたたきつけて押さえつける。
持続力を意識して詠唱したが、あまり長く維持できる類の魔術でもない!早くトドメを刺してくれ!
面を蹴って踏み込んだアインは全身のバネを無駄なく使い、滑るように刺突を放つ。狙うはどろりと白濁したグールの右目。
。空気を切り裂きながら正面から突っ込んでくる剣先に対してなすすべもないグールは勿論……いや、強引に大気の拘束を振り払い、両の手で剣を掴んで強引に剣先を止めた!?
「まじか!? このやろ……離しやがれ! 」
凄まじい力を込めているのだろう、不死者の両手からぼたぼたと、どす黒い腐った血液が流れ出て地面を汚す。
「ぐっ……!」アインも屍食鬼も互いに動けぬまま鍔迫り合いを続けている。
どうする?加勢するか?でも『空圧』を維持しなければこの拮抗は維持できないが魔術も長くはもたない。どうしようもない二択が頭の中でぐるぐる回って答えが出ない。動こうと思っても動けない。どうする……、どうしよう……!
「……ふん!」
静寂の中、拮抗を破ったのはアインだった。いつの間にか器用に片手をフリーにした彼はベルトの中に隠していた投げナイフを下手投げで放ち、グールの目を潰す。恐らくアインの予想通り、肉体の機能は維持されていたと思われる不死者は濁って機能していない目を潰され悲鳴を上げて蹲る。
その隙を逃さず彼は不死者の口に骸骨騎士からの戦利品である長剣の切っ先を滑り込ませて、頭部を串刺しにすると、脳を完全に破壊された屍喰鬼はビクリと一度震えて、やがて力尽きた。
「あぶなかったぁ……シェルフェがいなけりゃ今頃俺の頭はこいつの口の中に収まってたと思うとゾッとするぜ」そう言ったアインの顔は戦いを終えたとは思えない程に明るく爽やかで……
「こんな陰気な場所でよくもまぁそんな晴れやかな顔ができるもんですね、でもこちらも助かりましたよアイン」
私の感謝の言葉を聞いた彼は笑いながらも剣を拭って鞘に納める。
「こんな陰気な場所で元気つーのも変だけど、なんか今日は調子が良くってよ、進めば進むほど力が湧いてくるような気がするんだよ。シェルフェがいてくれるお陰かな?」
「ああ、はいはいそうですね。」調子のいいヤツ。
そう思いながら目線を上げるとアインは砕けた石棺の前に立って何やら思案している。
「……で、副葬品は取っちゃダメなんだったよな。」
中身が露出した棺桶の中からは錆びて元が何だったのかもわからない金属製品や元は美しい品だったであろうボロボロになったなにかの屑、そしてどれかの月日が流れても変わることのない美しさを湛えているであろう金貨や宝石等が散らばる。
「目的地につくまではだめですね。依頼主からはそれで前金を貰ってますから。」「そうか、そうだよな……」
必死の捜索にもかかわらず、前日落したサイフが見つからないままであるアインはあまりにも切ない顔で金貨と宝石の山を見つめているのを見ると……しょうがない奴だな。
「……まぁちょっとぐらいなら良いんじゃないですか?依頼人も厳密に副葬品の状態をチェックしてるわけじゃないでしょうし、隠せる量なら分大丈夫なんじゃないですかね。」
「そっか……じゃあ大丈夫だな!」そう言って彼は「……これぐらいなら……これぐらいならいいよな?」等とつぶやきながら散らばった宝石や金貨を拾い上げている。ふふ、笑いを誘う姿だ。ついでなので私も金貨や宝石を少し頂いておこう。金に困っているのは私も同じなのだから。