金槌を振るい、炉で熱した赤い鉄を叩く度に、飛び散った火花が薄暗い鍛冶場を照らす。
眼の前で赤く輝いているのは無地の鉄塊を叩いて鍛えた鋼、麦を収穫する大鎌の刃だ。
これをやっとこで掴んで水にくぐらせ冷却し、鈍く光る鈍色の鋼に刃を付ければ注文の品の出来上がり。
今年は例年よりも収穫量が多くて古くなった農具の手直しだけなく、新造を頼まれる事も多かった。
この村唯一の鍛冶屋としては、冥利に尽きるが、職人一人に弟子とも言えぬ手伝い坊主が一人となると
目が回りそうになるほど忙しい。
「刃、つけるから。砥石の方を頼むよ」 「はい、ゲルダ師匠」
そばかす面が可愛い手伝い小僧を呼んで砥石台を回転させ、そこに大鎌を押し当て慎重に刃をつける。
コイツが終われば家で遅めの昼食をゆっくり食べられるだろう。
「今日のご飯はやっぱりじゃがいもかな」
この狭い故郷の村を飛び出して田舎の鍛冶屋、農民以外の何者かになろうと決心した15の夏から5年、引退した親父の鍛冶屋を継いで1年、気がつくと6年の歳月が流れた。
ちょっと刃物の扱いが上手い程度で村一番の使い手と持て囃され天狗になっていたたあの時のアタシは、自分の娘が冒険者や傭兵のようなヤクザな稼業に首を突っ込むのを殴ってでも止めたかったオヤジの眼の前でひどい言葉を吐いて故郷を飛び出してしまった。
お袋に先立たれて男手一つで育ててくれたヒトなのに、オヤジには随分迷惑をかけてしまった。
外の世界で痛い教訓とともに学んだ事はアタシは自分が思っていたよりも強くないという事だった。
いくら村一番の使い手と持て囃されても、その程度の売り文句の冒険者は掃いて捨てる程居る上に
それ以上の、化け物みたいに強かったり妙な技を使う奴らがこの世界には存在して、そのような者たちも
場合によっては名前も残さずあっさりと死んだり、死ぬより酷い目にあったりするのをこの眼で見せられたのだ。
村をでていた5年間、地の底で化け物達に貪り喰われたり、跳ねる砲弾に足をもがれたりせずに済んだのは
村のみんなが言ってくれたようにアタイが強かった強かったからでなく危険な仕事に見切りをつけて
街の鍛冶屋で徒弟として働いていたからに過ぎない。
皮肉にもその時一番役に立ったのは、村の鍛冶場で親父の手伝いをしていたときの経験だったのは言うまでもないだろう。
最初から鍛冶仕事をみっちり仕込まれていたのが良かったのか、それとも人並み以上にでかい胸と尻に対する親方の助兵衛心が働いたのか
そこらの連中よりも一足早く職人になることの出来たアタシは親父に謝る為にこの故郷の村に帰ってきたわけだ。
村を出た経緯が経緯だっただけにあの時は 一発……五、六発ぐらいはぶん殴られるか
場合によっては問答無用で村から叩き出されてもおかしくないと覚悟しての再会だったが
親父はアタシを見て「立派になったな」と一言呟くとその節くれだった……五年前よりも少し萎んでしまった手で抱きしめてくれたし
村の皆もお祭り騒ぎでもってこんな小娘の帰還を喜んでくれたのは本当に嬉しかった……。
……仕事に集中するはずが、いつの間にか思念の底に沈んでいた。手元を見ると刃は十分研がれているので離す。
注文の品はこれで全て完成。客に引き渡す為に倉庫へ運ぶと一息つく間を手に入れることができた。
慣れているとは言えただでさえまだまだ暑い秋の始まり口に、炎をぼうぼうと燃やす炉の側にいたんじゃ汗がでてしょうがない。
体の何処にこんな水が蓄えられているのやらという具合に流れた汗が無駄にでかい胸へ溜まって蒸れる蒸れる。
あまりに不快だったので作業着と上着を脱いで汗を絞ると水桶の中の水を頭から被るとその心地よい冷たさに
うだるような暑さに熱されていた体が冷えて気持ちがいい。
濡れた髪と顔を拭き取り、汗を流したばかりで先端から水滴が滴っている胸も丁寧に……という具合で体を拭いていると
何処からか視線を感じる。
ああそうか。鍛冶場には手伝い坊主がまだ居るんだったな。普段意識しないから忘れていた。
「おい、何を見てるんだ!」 「あっ!ごめんなさい師匠!」
こんなもん誰かに見られても、今更何も感じはしないが、あまりにもジロジロとこちらを見ていたので一応一喝しておく。
この体を見て無駄に色づいていましたと顔にかいてありそうな赤面に恐怖の色を混じらせた少年が
ペコペコとこちらに頭を下げる。
仕事の基礎を覚えるまではかなり煩くやってしまったのが効いていそうな感じだ。仕事の関係しない所で怖がらせてしまったのは若干申し訳ないのでこれ以上は怒らない事にする。
こんなんでも剣の技を教わりたいと進んで鍛冶仕事の手伝いも引き受けてくれている可愛い奴なのだ。
教えられるものと言えば素人の棒切遊びに毛が生えた程度の雑兵剣法と、田舎の農具鍛冶が精々といった鍛冶の技ぐらいだが
どちらも熱心に学ぼうとしてくれている良い生徒なのもあって、師匠役としても教えがいがある。
「ほら、何時まで突っ立てる、行くぞ」
そんな訳で服を着直すと硬直していた少年の、まだまだほっそりとした手を握って鍛冶場を出るように促す。
……コイツまだアタイの胸を見ていないか?
「……そんなにこれが気になるか?」手で自分でも実は気にしているどでかい胸をポンポン叩いて波立たせる。
「あ、いやその……」赤面になりながら慌てて目線を外すと先ほど一喝されたこともあってしどろもどろに弁明しようとしている。
少しいじわるな質問だった、雰囲気を変えよう。
「まぁいいや、少し遅くなったが家で昼飯を食べるぞ」
「あ……はい!」
既に父は家には居ないが、妹が昼飯を作ってくれている。
アイツは賑やかに飯を食うのが好きなので、手伝い坊主を呼ぶといつも喜んでくれるのがとても良い。
そんな事を考えて歩いている時だった
「ゲルダさん!ゲルダ団長!来てくれ大変だ!」
村の自警団に所属している青年が鍛冶場へ駆け込み叫ぶ。ずっと走りっぱなしだったんだろうぜぇぜぇと息を切らしている。嫌な予感がする。
「そんな剣幕で怒鳴らなくても聞こえてる一体何があったんだい?」
少年の差し出した杯の水を飲み干し、何とか息を整えた彼は、怒鳴らなくても聞こえると言ったのに
耳元で叫ぶように言う。よっぽど頭が混乱しているのだろう。
「……村はずれのハンスの所でで殺しだ!」
■■■
田舎の村というのは退屈で平和な場所だと思っている人間が都会にはそこそこいる。
まぁ確かに人間でうじゃうじゃしている街に比べれば、住民すべてが顔見知りのようなここのような村では身内が身内に悪事を働くことはあまりない。
とは言え何処から来た流れ者と住民の間でトラブルが起こったり、狼だの野犬だの
が人を喰ったり、追い剥ぎが徒党組んで村の近くを近くをうろついたりと石に囲まれた街とはまた違った危険がある。
一応このの村は税と賦役を対価として領主である貴族サマに『保護』してもらっている事になっているものの、よっぽどの事が起こらない限り村の若い連中で作った自警団による自助が基本だ。
そんな訳で冒険者の経験があって腕っぷしも強いからと、丁度空となっていた自警団の団長の推薦を受けてから一年とちょっと。
今回の事件はアタシが受け持った騒ぎの中でも最悪の部類に当たるものだった。
「くそ、ヒデェ事しやがる……」
村はずれで酪農を営むハンス一家の家で人が死んでいると聞き、自警団の面々と件の家へ赴くと、そこには凄惨な光景が広がっていた。
部屋の中はめちゃくちゃに荒らされ、テーブルも椅子もひっくり返り、戸棚という戸棚はすべて打ち壊されて、中身を溢れんばかりの血で滑りやすくなった床の上に散乱させている。
部屋の中に充満している、久々に嗅いだ濃厚な血の匂いの主は顔見知りの筈なのに一見して誰だかわからない程に全身を切り刻まれたこの家の住人たちだ。
「ハンスさん……うっぷ」
まだ歳若い新米自警団員の一人が昨日まで普通に喋っていた知人達のあまりにも痛々しく無惨な姿に表へ飛び出し昼飯の内容物をすべて吐き出しているが無理もない。背中をさすってやる。
「アタシが見てくる、村の衆が中に入んないようそこで見張っときな」
午前の鍛冶仕事を終わらせてようやく遅めの昼食に取り掛かれそうと思った矢先にこれだ。
血脂で滑りやすくなった床を踏んで暗い部屋の中を検めると、家の主人であるハゲのハンスとその口うるさいそのおかみさん、まだ幼い息子が多分3人程折り重なって、その脇には歳の割には頭がはっきりしていた婆さんが転がっている。
……一五になる長女、クララの姿が見えないな。無惨な死体の中には、アタシが村を離れていた間にすっかり美しく成長していた橙色の髪の少女は居ない。
不幸中の幸い……ではなさそうだ。何かとてつもなく嫌な予感がする。
死体はどれも切れ味の悪いナマクラでめちゃくちゃに切り裂かれたようなボロ雑巾かくやという無惨な有り様だ。かわいそうに、死ぬまで長く苦しんだだろう。
「くそったれが……地獄に落ちろ人でなしめ……」
まだ見ぬ犯人に激しい怒りが湧いてくるのを抑えながら、金目の物と食べ物を奪い去れれている家中を慎重に家探しすると、小さな足跡が家の中から勝手口から外まで続いていた。
……冒険者をしていた経験のあるものには見覚えのある光景だ。
「……小鬼の足跡?」
小鬼、ゴブリン、緑色の糞。
この大陸のあっちこちに居着いてやがる性根の曲がった矮躯の亜人だ。
力もおつむもガキ並で冒険者でも駆け出しの連中が相手にするような手合だが、その性格は悪辣で粗暴で獣欲に忠実。
暴力に酔って、頭のネジが外れた悪党ども並の非道を平然とやってのけるクズ揃いと言えるだろう。
駆け出し冒険者だった時に潜った連中の巣の記憶を久々に嫌な記憶を思い出してしまい、思わず顔をしかめてしまう。
「小鬼だって? そりゃ確かかゲルダ!? 」
「クソ、何だってあんな連中がこんな村に……」
アタシのつぶやきに自警団の連中に動揺が走る。無理もない。
残虐だが臆病な小鬼がこうも堂々と人を襲うと言うことは、既に村を襲撃できる自信があるだけの頭数を揃えている可能性が高い。
頭数が多い群れというのは人も小鬼も『飢え』ている奴が多いものだ。もし村が襲われればどのような目に遭うかは目に見えている。
「獣除けの柵と見張り台を点検して、村のみんながいつでも逃げ込めるよう、風車小屋に水と食い物を運び込め!」「クララを探す時は森の奥には入るなよ!何がでてもおかしくないぞ!」
手をたたき、食い入るように足跡に目を奪われていた団員達の注目を集めると矢継ぎ早に指示を出す。
石造りの風車小屋はこういう時に備えて頑丈な作りとなっている。
万が一の時はここに女子供を避難させるのがもっとも安全だろう。
……どれだけの役に立つかはわからないけどね。
いつの間にか、街を飛び出したとき以来、ずっと身につけていた長ナイフの柄をぎゅっと握りしめていた。