ハンス一家の身に突然起こった恐ろしい出来事からはや一週間と少し、村は当然大騒ぎとなり、夜になってもあちこちに篝火が焚かれて、武器と松明を持った有志達が見回りを行っているのに、この道中三回はすれ違った。
こっちに帰ってきてからは初めて見る嫌な光景。
すれ違う皆の顔はどれも恐怖と憔悴で一様にひどい有り様だが、ここ数日の出来事を考えれば無理もない。
危惧していた通り、ハンスの事件の後、村では収穫前の麦畑が何者かによって荒らされたり、鶏のような小さい家畜が盗まれるような事件が頻発するようになった。
現場にはやはり最初の事件の時同様小さな足跡が残されており、村人たちの中にも夜分に子供ぐらいの背丈をした怪しい人影を見てしまったという者が既に何人もいる。
アタシ達も見回りを増やしたり、猟師に頼み込んで森の方を探ってもらったりしているが、行方知れずになったクララを見つけるどころか、小鬼達の根城を掴むこともできないいた。
明白な証拠はないが、もうこの村の近くに小鬼共が潜んでおり、この村に狙いを付けているというのは恐れでも疑惑でもなく、明白単純な事実として明らとだった。
そのようなことを考え自警団の臨時本部となった村の酒場に向かうと既に村の男衆が雁首揃えて集まっていた。
暖炉の炎に照らされた顔は、どいつもこいつも暗い面持ちをしており、用心深げに首をすぼめて心配そうに何事かをヒソヒソと話し合っていたが、ご領主サマの代理としてこの村を取り仕切っている代官の屋敷へ、小鬼の件を訴えにいっていたアタシの姿を見た途端、皆慌てて駆け寄ってくる。
「ゲルダ!それで代官殿のお返事はどうだった!? 」
「伝えるも何も門前払いだった。『まだ襲われても居ないのに小鬼程度で煩わせるな。村の問題は村の方で何とかしろ。』だとさ」
落胆と怒りの籠もったどよめきが部屋の中に響き渡る。
「くそっ、普段から何かにつけては税やら賦役やらを持っていきやがる癖に!」
領主に今の窮状を訴えるという作戦の発案者である若い村長が憤る。
アタシも同意見だが、今は怒っている場合ではない。
彼を小突き、彼に頼んでいた件について質問をする。
「それでだ、街に行って冒険者を雇う話は何処まで進んでる? 」
例えば商隊の護衛、例えば遺跡の探索、例えば殺しに脅迫。
その起源は古い時代の遺跡を潜って、その偉大なる知識、遺物を持ち帰らんとした探索者たちだと、冒険者時代の知人の一人が言ってたが今の時代の冒険者は、報酬と引き替えに面倒事を引き受ける傭兵もどきの何でも屋といった連中だ。
ウリは 数百人単位で無いと雇えない傭兵共と違って、基本は一人から数人程度のバラ売りなのでここみたいな寒村でも仕事を頼みやすいこと。
凄いやつは凄いが、関わり合いになりたくないカスの数も多いので平時はできる限り遠ざけておきたい連中なのは、傭兵共と同じ。
今は非常事態なので仕方ないが、村を守るには専門家の手助けが必要だろう。
「街の方に人をやってる最中だ。どんな奴がやってくるかは……向こうの口添え屋との交渉次第だろうな」
……できればついてってやりたかったが、これはしょうがないか。
「まぁ、例え小鬼と似たりよったりの悪党が来ても、アタシが狼藉働かないよう見張って仕事させるから、安心しな」
自信有げに胸を張って、腰に佩ている長ナイフを揺らすと、おおっ!という言葉と共に、男衆の視線が
革鎧の中に収める為にさらしを巻いて抑えている筈の胸元と尻に突き刺さる。
……胸に手を添えて左右に揺らしてやると、男共の視線も左右に揺れる。
「アホやってないで準備を進めるんだよ!」
■■■
次の日、街のへ赴いていた村長の甥っ子が冒険者たちを連れて帰ってきたので村の出入り口の前で団員達とともに出迎える。
彼らを歓迎するためでもあるが勿論それだけでない。
いらぬ騒ぎを起こされないように、こちらの手勢を見せて騒ぎを起こさぬように釘をさしておく。
冒険者というのは一部の例外を除いて基本的には玉石混交、質もまちまちな根無し草というのが相場だ。
腕が立つ奴であっても信用に足る人物でないという事は往々にしてあり得るというのは現役時代にイヤという程見せられた。
「この方々は熟練の冒険者たちです、きっとお役に立ちます!」
街から戻った村長の甥が、アタシ達へ必死に売り込もうとしたのは、座った目をした傭兵崩れらしき連中が数人。
そう言えばこの前あった戦の敗残兵が流れて来ているとは聞いていたな。
素人丸出しのチンピラもどきがやってくるよりはマシだが……魔術使い共や奇跡が使える聖職者様が居ないのは、高望みし過ぎか。
村長の甥を手招きして耳元でささやく
「で結局、こいつら雇うのにいくら使ったんだ? 」
「ひぃふう……これくらいですゲルダさん」
げっ、そんなに使ったのか!?それだけの金額があるなら交渉次第で元傭兵のような犯罪者予備軍じゃなくて身元も実力もはっきりした奴らを雇えただろうに!
口添え屋に田舎者だと足元見られて適当な奴を紹介されたのが見て取れる。
領主への使いに出されなければアタシがもうちょっとマシな連中を見繕えたのだが……これは結果論か。
村の自警団と冒険者たちは警戒したした面持ちで向かい合っている。
重武装の、明らかにカタギでないよそ者だなんて、普段であれば絶対に村に入れない事を考えると、無理はない反応だが、これは良くない。
こちらの緊張に当てられてか、冒険者たちも身を固くしている。
どうやって話を進めたものかと考えあぐねていると、 一党のまとめ役らしい、童女のような体格の癖に出る所はちゃんと出ているドワーフ女が前に出てくる。
傭兵崩れらしい派手な服に大胆な改造を施し、不釣り合いな爆乳とデカ尻に体のあちこちを晒して強調する控えめに言って大胆な、はっきり言って卑猥な服装が男どもの目を引く。
「んな怖い顔しなさんな。こっちだって素人じゃないから、契約が守られてる内は何もしないよん。」
敵対する石はないと、両手を掲げてそう言う彼女にこちらに対する敵意は感じられず、嘘をついている気配もない。
「……いきなり悪いな。ここの所皆ピリピリしてるんだ」
まだ信用は出来ないが、見張っているうちは、金が支払われているうちは働いてくれる手合なのだろう。
団員たちに安心しろと言い添えてから、こちらが雇ったとは言え、客人に失礼な態度を取ってしまった非礼を詫びる。
「そこの坊主から話は聞いてる。事情が事情だしウチらは気にしないよぉ。」
嫌味の一つでも言われるかと思っていたが赤紫色の髪が目を引くドワーフの女冒険者は破顔してそう笑い、団員と他の冒険者たちも緊張が和らいで行くのが感じる。
心配していたよりも会話ができる連中で助かった。
依頼料はぼったくられたが。
「ここで立ち話ってのも疲れるね。冒険者のみなさんもお疲れだろうし詳しい話は酒場でやろう。」
■■■
歓迎の準備が終わるまでの時間を利用して冒険者たちに現状の説明を行う。
冒険者たちの頭目らしい女ドワーフ、アデリンはこちらが話している間中、急遽給仕の手伝いをすることになったウチの手伝い小僧へ童女みたいな面に不釣り合いな爆乳と太腿を体に密着させたり腰に手を回してズボンの中へ手に入れるなどして、その顔を真赤にさせたり、こちらに見せつけてくるように下品なちょっかいを仕掛けており、真面目に話を聞いっているのか?と一瞬言いそうになったが
「なぁるほど、そいつは災難だったねぇ、そんで件の小鬼は今どんな感じなのかなぁ?」
「森を調べてくれていた猟師の話だと巣らしいものはなかったが、あちこちに粗末な野営の跡はあったらしい。」
「じゃあぁ相手は渡りの群れかぁ、デカい規模になるのは珍しいねぇ」
といった言った具合に、こちらの説明で気になった所はちゃんとあれやこれやと質問をしてくれたので、適当に聞き流しているわけでもなさそうだった。
「そんじゃウチ等の仕事は小鬼共の群れがどっか行っちゃうまで村を守るって感じだねぇ、割と長期の仕事になりそうだけど報酬とか大丈夫ぅ?あんまり待機時間が長いと報酬とは別に待機報酬貰っちゃうよん?」
アデリンは媚が鼻につく上目遣いで追加報酬を要求してくるものの、こちらとしては聞いてやる理由がない。
「飲み食いはこっちで面倒を見てやるから我慢しな。村長から十分な量の前金を、口添え屋を介して貰ってるって聞いてるよ。」
こちらの正当性を主張しつつ、ごねられないように最低限の譲歩は示す。
こっちだって元冒険者だ。この程度のやり取りなんぞ屁でもない。
やり取りはそれからしばらく続いたが最終的には若干ふて腐れた面をつつも譲歩は引き出せたと見たアデリンから「ちぇ……まぁ色々と世話してもらえるならこっちもそれで大丈夫だねぇ」という言葉を引き出す事ができた辺りで飯と酒がやって来たので食い物が不味くなる話は一旦中断。
「腹減ってるだろう、まずい話しはこれぐらいにして、飯でも食べよう」
アタシを含めて皆結構な時間ぶっ続けで喋り続けたので腹は空いたし、喉もカラカラの様子。
テーブルに香草を刷り込んで焼いた豚の塊肉やひき肉入りのパイに濃いシチューなどが並び、樽が開けられて、ジョッキに並々と赤茶のエールが注がれ始めると、冒険者達も自警団の連中も我先にと料理に群がり始める。
そんじゃアタシも頂こうか、とナイフをひっつかんだ所で、連中全員を養うことになった酒場兼宿屋の主人がものすごくなにか言いたげな顔をしてたので、飯と部屋の代金は村人全員で建て替えると予め決めていた事をしっかりと伝えておく。
見ず知らずのよそ者の為に金を払いたくないと文句を言うやつも恐らく出るだろうが、村人全員の命が掛かっているのだ。
村長にも話は通している、文句は絶対言わせない。
■■■
なんだかんだ賑わった宴が終わった頃には夜もだいぶ遅くなっており、用意されていた食事に酒はあらかたこの場にいる全員の腹の中へ収まっていた。
まだ暖炉の方では射掛けられた大鍋でグツグツ煮えたシチューや、炉端で熱されている肉等が残っているが、これは見張りに出ていた連中の為の料理だ。
そう言えばさっきからあのアデリンというドワーフ女と……手伝い坊主の姿が見えないな。
以来のことでまだ話しておきたい事があったのだがと思いながら、酒場を見渡すと、冒険者たちはあれだけ豚のように飲み食いした後だと言うのに平気な様子で、私物の楽器をかき鳴らしたり、賭け札遊びに興じたりしている。
その輪の中には自警団員たちも混じっており、まだあって間もないというのにそこそこ打ち解けている様子が見て取れて、なんとなくアタシも頬が緩んでしまう。
小鬼が現れてからずっと張り詰めていた緊張を緩める事ができる機会を作れたのは良いことだとだろう。
床やテーブル上に寝っ転がって酔い潰れている馬鹿までいるのはちょっといただけないが。
目を覚ましたら少し絞ってやろうか等と考えていると、頭が少しくらっと来たので額に手をやってみる。
……かなり酔っているな、久々に酒を浴びるように飲んだせいだろう、少し体が暑い。
アデリンとはもう少し詰めておきたい話しがあったが、この調子だと明日に回した方が良いだろう。
そんな風に考えて宿舎代わりの宿の部屋に戻ろうとした時だった。
急に扉が開いて、夜番にでていた自警団員が駆け込んでくる。
返り血かそうでないのか、血でまだらになった服と焦燥感に駆られたその表情が、良からぬ知らせを持ってきたのだという事を言外に告げている。
「なにかあったようだな、焦らなくて良い、ゆっくり話してくれ。」
水差しの水を差し出して、団員が落ち着くまで待ってから、彼の言葉を待つ。
「ゲルダさん……小鬼ですっ、小鬼の一団が森側の柵をぶっ壊し中に!」
くそっ厄介な時間を狙ってくれたものだ。
テーブルを蹴り飛ばして無様を晒して爆睡している連中を叩き起こす。
「森側の柵が破られた!散ってる冒険者達を集めてとっと出るんだよ!」
次話は別の人物の視点で進む幕間エピソードになります。