ツッコミどころ多いと思います。
※文章を一部修正、変更しました。特に終盤は投稿時と結構変わってます。
◇◇◇◇◇◇◇◇
俺が通う大学には、表門を潜ってすぐの所に、生徒百数人を収容できる、同じ形の奇妙な屋根をした3階建ての大講義棟が複数建てられている。
講義棟は、それぞれが橋のような廊下で繋がれており、けれど、ある講義棟と講義棟には繋がっていないのもあって、場所によっては1階に降りて別の棟まで態々遠回りをしなければならない。
そういうこともあり、外部からは
地中に穴を掘って、トンネルのようにしている蟻の巣とはまた違った複雑な構造で、上空から見たら蜘蛛の巣のように見えるだろう。そこを、多くの人間が群れながら動く。その様は、広場のベンチから眺めると、まるで虫の行列に見えた。特に侮蔑的な意味は込めていない。ただ、純粋にそう思っただけなのだ。
そんな奇妙な光景も、入学して暫く経てば当たり前のものになっていた。外から見ていた時は学生全員が列を成して歩く虫に見えていたが、今では俺もその虫の1匹になっている。迷っていた道も、覚えてしまえば難なく移動できる。
教材とルーズリーフとパソコンを詰めた鞄を背負って、虫の巣のような外付け廊下を他の学生達に混ざって歩く、そんな俺の姿を見て、きっと何人かはあの頃の俺と同じような言葉を呟いているだろう。まるで虫みたいだと。
当然だが、大学自体は何の変哲もない、他にも複数のキャンパスを所有する、各学部学科の生徒が各々で履修した科目の講義を受け、単位を取り、旅行やサークルを楽しみ、時々ボランティア活動にも参加しながら、時期が来たら就職活動と卒業研究に腰を入れる、講義棟が珍しいだけの、普通の4年制の大学だった。大講義棟が複雑な構造というだけで、実を言うと研究棟や少し離れた場所にある教室棟とかは普通だったりする。
そしてあの日も、俺は履修登録をした夕方の講義に出席していた。
俺が受けていたのはとある分野について取り扱った科目で、半分は単位稼ぎのために、もう半分は興味本位で参加したこの科目は、一講義の半分にして俺に後悔という2文字を浮かばせた。
名前だけは魅力的なこれは、蓋を開ければ、偏った思想の教授による偏った話を聞かされるだけの、深いようで浅い錆びた経験談を聞かされるだけの懲役90分の実刑判決的な授業だった。言葉の節々から伝わる人を見下すような、今の地位に就くまで自分はこういうことをしてきたと自慢するような話は、生徒たちにあくびと少しの不快感を抱かせた。
そんなんだから、ただでさえ少なかった生徒数は徐々に減っていき、ついには俺を含めて数十人にまで減っていた。居るのは教授の思想に賛同したものか、俺のように単位を貰うために出席しているかのどちらかだ。
百人単位で収容できる講義棟内がほぼすっからかんで、教授の甲高い声が響き、その話すら殆どが右から左へ受け流す光景は、他者から見れば滑稽かもしれない。
そしていつものように講義終了の時間になり、教授が広い額をハンカチで拭いながら後片付けをして教壇を去ると、生徒達も無言で講義棟を後にする。
俺はと言うと、さっきまでの内容を纏めていた。昨日のアルバイトの疲れが取れていないのもあって、配られたレジュメには蚯蚓が這ったような字が散らばっている。必死に聞き取っていたはずが、書いていたのは古代文字だった。これでは何が重要なのか分かったもんじゃない。
確かに、教授の話す内容は眠気が襲うほどつまらない。しかし、かといって単位を落としたいわけではない。受けてしまったのは自分の意思だ。せめて試験で不利にならぬように重要な箇所だけでも把握しておかなければならない。そう思いながらも、実際は受けたことを後悔していた。
「?」
ふと、俺は隣に横目を向けた。
講義棟には殆ど人がいない。残っているのは、最後列に座る俺と、2つの空席を挟んで座っている1人の女性だけだった。
彼女は同じこの講義に出席していて、いつもその席に座っていた。
木材で造られた固定式の黒椅子に腰掛け、足を組み、白い長机に両肘を付いて、左手に顎を載せながら、右手で端末を操作している。夜空のような黒に近い濃紺の長髪は、一部が後ろに結われていて、背中にかけてポニーの尻尾のように垂れ下がっている。髪の表面は講義棟の白い灯りを跳ね返して、艶やかに光っていた。
俺はファッション用語というものは概ね理解できない。だから自分の格好すら地味の類に入ると自覚している。だが、そんな俺でも、彼女の格好は退廃的で妖艶で、どこか近寄り難いものに思えた。いや、格好は関係なくて、もしかしたら彼女自体がそうで、服はあくまで無関係なのかもしれない。
「………………」
意識が体に向いていると、何かの視線を感じた。目を上げると、彼女がこちらを同じように凝視していた。つり目に収まる深色の瞳には、小さな小さな俺が映っている気がした。
「…………さっきの講義」と、突然彼女が口を開き、「いつにも増して、つまらなかったね」と続けた。
「……仕方ないと思うよ。あの人、大学内でも結構危ない奴って認識をされてるらしいから。ただそういう分野では結構な有名人で、そういうのもあって慕っている人も多いらしいよ。まあ、これに関してはただただ自慢をしたいだけの遊びかもしれないけど」
「言えてる。まあ、ある意味面白いとは思うよ。講義じゃなくて、ああいう人種の奴もいるんだって勉強になるからね」
「90分を数回聞くほどでもない気がするけどね」
「けど、単位を取れて色んな人間を知れるなら、それはそれで受ける価値はあるのかな」
首を傾けながら、彼女は口端を釣り上げて微笑んだ。俺も俺で、名前も知らない彼女からの唐突な声掛けに対して、どうしてこんなにスラスラと話せるのか分からず若干困惑していた。とりあえず作り笑いを返した。
「それ」
彼女が俺のレジュメに指を指し、「寝惚けてたから、字が蚯蚓になったんだね」と、ズバリと言い当てた。
「ああ、まあね。流石にこれじゃあ使い物にならないから、必死に書き直しているところだよ。でも、こうも蚯蚓してたら、わかんない所だらけだ」
「だったら、私の書いたもの、見るかい?」
そう言うと、彼女は右肘に敷いていたレジュメを手に取り、俺に差し出してきた。
「いいのかい?」
「別に見せるくらい、大したことじゃないだろう?」
今話したばかりの相手にここまでしてくれる事に対していったのだが、彼女は特別気にしてないようだった。
「ありがとう、えっと」
「シュウ。木に冬とかいて『柊』って書くんだ、下の名前。ヒイラギとも読む。君は? なんて言う名前だい?」
「俺はハジメ。始まりとか、終始の始とかオーソドックスなやつ。女に台座の台って書くあの始だ」
「ハジメか、いい名前だ」
それが俺たちの、今や恋仲にある俺とシュウのファーストコンタクトだった。
それから俺は、何かとシュウと会話を交わすようになった。すれ違った時は軽く手を振って挨拶をし、何事もなく通り過ぎる。しかしつまらないこの講義の開始前後は、いつものように2つ席を空ける彼女と話し、教授の自慢話に対してためにもならない考察をした。そして2人で笑い、すぐさま記憶のゴミ箱に投げた。
あの講義の時だけの関係、友人ではないが、決して赤の他人ではない俺達の関係は、他者から見ると少し変わっているらしく、大学に進学してからの知り合いからは不思議がられた。
また、彼女自身もごく一部では有名人だった。
有名と言っても、彼女のミステリアスな雰囲気に想像力を掻き立てられた者達が流した、根も葉もない噂でしかない。反社会的勢力の女だとか、夜の街で働いているとか、男を何人も貢がせて食ってきたとか、フィクションにしてはタチの悪いものもあった。それは彼女があまり自分を語らないというのも理由の一つだと思うが、彼女自身はあまり気にしていないようだった。
俺も、彼女の噂に関しては端から信じてはいない。シュウがどういう家庭環境で育ったのか、興味が無いわけではなかったが、親しい相手の家事情をあれこれと詮索するつもりも、勝手に作り話をするつもりもなかった。知るとしても、それは彼女の口から聞かされた時だろう。
しかし、そんな俺でも、時々彼女の微笑みには何とも言い難いものを感じていた。
背中に走る悪寒のようなそれは、悪寒とはまた違っていて、寒気というよりは、ゾクゾクとした感覚、彼女の笑みの奥に潜む何かを察したことに対する反応のように思えた。
前に、同じ科目を履修したことを機に知り合った男性と雑談を交わしていたのだが、その際、彼はこんなことを言っていた。
「始君は、柊さんと知り合いなのか?」
「ん、まあね。そんなに親しいわけじゃないよ。話す程度の仲ではあるけど。なんだい、彼女に何かあったのか」
「いや、そんなんじゃないんだ。ただ、僕の知り合いに、彼女のことを『怖い』っていう子がいるんだ。僕から見たら凄く美人さんなんだけどね」
「怖いか……」
彼の知り合いの言っていることも、何となく分かる。彼女は確かに美人だが、醸し出される雰囲気は、人によっては不気味に思われるかもしれない。
しかし、俺はシュウを怖いとは到底思えなかった。むしろ、何かの拍子に壊れそうで、包み込んであげたい、そういう気持ちになっていた。
◇◇◇
彼女と初めて食事をしたのは、出会ってから数ヶ月、前期が終わりに近づいた頃だった。
話すことの多かった俺達は、自然と距離も近くなっていた。と言っても、座席が2つ分。つまりはあの講義で隣同士になる程度。少し腕を大袈裟に動かせば、彼女に触れる程の距離感だったが、特に緊張も何も無かった。
「ハジメ君は、この後は暇かい?」
講義が始まる直前、彼女から話を振られた。「近くのファミレスで夕食を食べて帰るつもりだけど」と適当に答えると、「じゃあ、私も一緒に行っていいかな? 私もこの後、何もすることがないんだ」と返された。
「…………え?」
「ん?」
唐突な申し出に一瞬困惑し、教材から顔を上げた。彼女はそれをさも知らぬと小首を傾げている。
「どうした? 何をそんなに不思議がっているんだ?」
「いや、別に不思議がっているわけじゃないよ。ただ、こうして君から誘われるのは初めてだったから、驚いてるだけだよ」
「そんなに驚くことかい? 私たちは知らない仲ではないのだから、むしろこういうことをしてもいいと思っていたけど」
「と言っても、この講義の中だけだろう? 外ではすれ違いざまに挨拶を交わすだけの仲、親しいにしては未満のような気もするけど」
「親しいなんて千差万別さ。少なくとも、私は君とは友人と思っていたんだけど、違うかな?」
妖艶な瞳が横に細められ、真顔で俺を見据える。
その目を向けられた俺は、暗くて深い何かに呑まれそうな気がした。眩暈、立ちくらみ、そういう類のものなのか、専門家ではないからどうとも言えない。ただ、何となく「寂しいなぁ」と訴えているように思えた。
「いや、君がそれでいいのなら、俺もシュウさんのことを友人と呼ぶことにするよ」
「そうかい。それは嬉しいな」
と、彼女は顔を覗き込むような姿勢をしながら微笑む。魅了とか、ショックとか、適当な単語が頭の中を浮遊して、軈て消えていく。残ったのは、視線の下にある胸の谷間だけだった。
その後、講義を終えた俺たちは大学を後にして、正門を出て約数分の場所にあるファミリーレストランに足を運んだ。
平日なのと時間帯もあって、店中はそれほど混んでいない。ただ、大学に近いこともあって、一部の席では、同じ大学のサークルが飲み会的なことをしている。迷惑にならない程度に声を抑えてはいるので注意はされていないようだった。
丁度真上にライトが吊るされ、明るく照らされた2人席。そこで向かい合う形で腰を下ろすと、彼女はカルボナーラを、俺はナポリタンをそれぞれ頼んだ。ドリンクバーで彼女の分の紅茶と自分用の烏龍茶を注いだ。
店内では店員の他に、よく分からないロボットが品物を運んでいる。猫に似たそれを見ながら、彼女は「可愛いじゃないか」と呟いた。
「あれ、好きなのか?」
「あれ自体、というよりは、どちらかと言うと猫そのものが好きかな。猫はね、自由気ままなんだ。躾とか、そういうものを一切受け付けない、単に自分にとって都合の悪いことを避けるだけ。どれだけ怒られようと、自分の好奇心のままに行動するんだ。そして、都合の悪いことは忘れて、都合のいいことだけは覚えるんだ」
「犬とは違うってことかな?」
「犬は上下関係、家族とか、そういう認識がある。躾をすれば飼い主のいうことを聞く。猫は躾たところでそういうのにはならない。自分を含めて人間の全てが猫だと思っている。大きい猫、甘えられる猫、怒らせると面倒な猫、怒らせてはいけない猫、ただし自分が1番で、結構薄情、だけどある意味で平等とも言えるのさ。そういうところが好きなんだ」
犬も好きだけどね、と付け加えると、シュウは紅茶を1口啜った。
正しいも間違いも、嘘か本当かも、多分半分がデタラメな彼女の持論。しかし俺にとっては新鮮で、何故か正しいように聞こえた。
しばらくして注文した品を例のロボットが運んできた。彼女はフォークで麺をゆっくりと巻きながら、視線を俺に向けている。イタズラ心が隠れているような、幼げな笑みを浮かべる彼女の顔を見たのはこの時が初めてだった。
一体何故俺を見ているのか分からない。そんな中でナポリタンを食べたから、ケチャップの味がよく分からなかった。
不意に、隣の席に座っていたおじさん二人の会話が耳に届く。1999年、恐怖の大王、2012年、人類滅亡、202X年、隕石衝突、その他予言の数々。どれもあったなぁと思う懐かしい話題を、懐かしそうに話している。
世界の終わりが近づいてるということで、大予言の前は自暴自棄になったヤツらが多かった。世界が終わるのだから、何をしてもいいと犯罪に手を染める大馬鹿者、それを見て嘲笑する輩、これみよがしに稼ぐ確信犯、どうせ滅ぶと引きこもる奴ら、乗っかりまくりで書きまくりなオカルト雑誌。ホント、今思うとあほらしい。でも、なんのかんの言って楽しかったよな。今でも予言ってあるらしいけど、あの頃と比べたら話題にならない。飽きんたんだろ。あとは昔よりもいつ世界が終わってもおかしくない世の中なんだ、やった所で何時かは終わるだろうよ、で返されるだけなんだよ。
そんな話題を、メニュー表の2ページ目に載っている唐揚げとソーセージを齧りながら愉快そうに話し合っていた。どれも俺が産まれる前と小さい頃の話ばかりだった。
シュウは、彼らの会話を耳だけを向けて聴きながら、パスタを巻いたフォークを指先で遊びつつ「世界の終わりに、猫は何を思うのかな」と小さな声で唐突に呟く。猫の話題を引き摺っているようだ。
「何も思わないよ。いつも通りに過ごして、ご飯とトイレを済ませて、死ぬその時まで気ままにのんびり過ごしていると思うよ。猫だけじゃなくて、他の動物だってそうだ。そんなことを気にするのなんて、人間くらいだよ」
そう答えると、彼女は顔をこちらに向き直した。麺の絡まるフォークの先が俺に向いていた。
「ハジメ君なら、世界の終わりの日はどうやって過ごすんだい?」
煌めきを跳ね返す瞳から逸らすように、俺は顔ごと視線を別の方角に向け、すぐに正面を向いた。
「コーヒーを飲みながら、普通に過ごす……かな」
咄嗟に思いついた解答を口走った。
もし、世界の終わりなんてものが来たら、俺はやはりそうすると思う。世界の終わりなんて朝なのか昼なのか夜なのか分からない。いつ来るのか分かっていたら、きっともっと考えているだろう。これは、そう出ない場合の、何の変哲もない日常を送る場合ならそうするだろうと思った。
「普通ねぇ……それ、咄嗟の思いつきだろう?」
案の定、シュウには見抜かれた。しかし、シュウはどこか熱いものを孕んだ視線を向けてきている。少なくとも怒りや失望といったものはないらしい。
「そうだよ。シュウさんはどうなんだい?」
訊くと、シュウはパスタを絡めたフォークを口許に運び、ぱくりと食べた。咀嚼を終えて飲み込んだあと、ゆっくりと口を開いて言った。
「私も同じさ。君と同じ。でも、私はコーヒーよりも紅茶の方が好きかな」
シュウは目を細め、紅茶をまた1口飲んだ。
「それと、猫と……君も、居たらいいよね」
恐らくは空耳だろう、その時はそういう理由をつけて自分を納得させた。
◇◇◇
ファミレスでの食事以降、俺達の距離はさらに縮んだ気がした。大学内では相変わらずな距離感を保っていたが、それは決して他者にバレないためとかそういうのではなく、単にお互いに気が楽だったからだ。無理して一緒にいる必要はないし、そもそも履修している科目で時間帯がズレることが多いので、基本的に一緒にいることは出来ない。
それとは別に、あの講義の時、そして大学外で会った時は、親しい友人として接していた。話すことは特にない時もあれば、通り道で見かけた猫の種類を見分けたり、時々野良猫に餌をあげたり、ただ2人で歩いているというだけで気は落ち着いていた。
また、たまにだが、食事を共にするようになった。あのファミレスに寄る時もあれば、少し離れた場所にある喫茶店の軽食とケーキを味わいつつ、クラシックの曲をバックに彼女のちょっとした小話に耳を傾ける。
彼女はいつも、どうして人は性行為をしたがるとか、死ぬ時の目の前の光景はどうなんだろうとか、ゾンビは細胞がウイルスに喰われているから理にかなってるとか、そんな感じの疑問を呟いていた。この店の曲はクラシックばかりだから、たまにはロックとかパンクも流せばいいのにと、黒い電線に止まる、ゴミを咥えた烏を窓越しに眺めながら、ぽつりと零すこともあった。
俺は、彼女から話を投げられることが、友人の証のようで密かに嬉しかった。たとえどんな話題であろうと、彼女がこうして話してくれているのは、自分という心を許せる友人だから、と思えたからだ。
◇◇◇
試験終了のチャイムが響く。彼女と出会った例の講義がとうとう終わりを迎えた。
サークルの先輩の助言通り、教授が好みそうなそれっぽい内容を書いたレポートを提出し終えた俺が背伸びをしていると、横から「お疲れ様」とシュウが声をかけてきた。それっぽいことを書いたかい、と訊かれて頷き、私もだと返して微笑んできた。
「そうだ」と突然何かを思いついたかのようにぽんと打った。
「この後、時間あるかな? 夜からアルバイトとか入ってたりする?」
「いや、今日はそういうのはないから大丈夫だ。どうしたんだ? どこか食べに行く?」
「ううん、そうじゃないんだ。ただ、こうして無事にお互い脱落せずに講義を終えれたから、そのお祝いに一緒にこれから遊びに行かないかと誘おうと思っていてね」
開講1回目から数えると、生徒の数は明らかに減っていた。今さっき試験を受けていた人数も、俺達を合わせても十数人程度しかいない。それほどあの教授の話が聞くに絶えないと思った生徒が多かったのだろう。
だから、今の俺達の会話が聞かれることはない。
それにしても、彼女と遊ぶだなんて、一体何をするのだろう。猫とパスタとハムサンドが好きということ以外、彼女についてはほとんど何も知らない。想像もつかないものを考えながら俺は少し迷い、すぐに彼女の目を見て応えた。
「いいよ。けど、どこで遊ぶつもりなんだ?」
そう訊ねると、シュウから「安心してくれ。如何わしいとか、嵌めるとか、そう言った類の場所ではないから」と提案してきた。その表情は、意地悪を言って目を細める無邪気な子どもに似ていた。
大学を出た俺は、シュウに手招きされるように彼女に着いて行った。公共交通機関を乗り継ぎ、その間、俺達は何も話さず、じっと車窓に流れる景色に目を向けていた。
時々、チラリと横を見遣ると、凛とした彼女の横顔が瞳に映った。臍の見える肩部分が露出した半袖の黒いトップスと、ぴっちりとしたジーンズを着こなしているのもあって、より一層魅惑的に見える。
周囲の人間が手に持った端末や文庫本、単行本に視線を向ける中で、俺は彼女に目を奪われ、何度も唾を呑んだ。密集しているのもあって、中は蒸し暑く、彼女の首筋からは汗が流れている。それがトップスに染み込む度に、胸の内が熱くなっていた。
やや長い時間、身体を揺られてた俺達は、都心から離れた、防波堤用の柵がある海辺に辿り着いた。
夏場ということもあって、空はまだ明るく、水平線近くが茜色に染まっている。
泡立つ白波とザーザーという波打つ音、そして夏というものを満喫しに来たであろうカップル達の声が、体ごと海に呑まれそうな俺の意識を引き戻してくれた。
「綺麗な景色だ」
暫らく眺めていると、隣に立つシュウが口を開いた。柵に腕を任せながら、目の前に広がる光景を眺めている。その姿が何処か妖しくて、俺はチラリと見ただけですぐに視線を戻し、同じように柵に腕を任せた。
「今は明るいけど、時期に夜が来て真っ暗闇になる。そうなったら、ここは黒一色になるだろうね。それに、今日は月が出ない新月だ。最高の舞台じゃないか」
「……君は、こういうのが好きなのか」
「まあね。もちろん、月が出てこの暗闇を照らす光景も、青空の広がる景色も、雪に白く染った世界も好きだ。でも、いつも好きというわけではないよ。いい気分の時に鬱々しい話を聞きたくないのと同じ、鬱々しい気分の時に誰かの明るい話なんて聞きたくないの同じ。その時の気分によって変わるのさ」
彼女は視線のみを俺に向けた。
「そして、今の私は気分がいい。特にこの後に待つ景色なんて、今の私の気分にはうってつけなんだ」
黒くて何も見えなくなること、真っ暗な景色が、今の彼女にとっては最高に好きということらしい。それがどういう意味なのか、世間一般だったらそんな光景は恐怖とかそういうのを連想させそうだが、彼女は違うらしい。
一体彼女はどんな気分なんだろう。付き合いの薄い当時の俺にはわからなかった。
しばらく時間が経ち、気がつけば辺りはすっかり暗くなっていた。彼女の言うとおり、丁度街灯がほとんどないこの場所では、空も海も、全てが黒一色に染っている。さっきまで聞こえていたカップル達もいつの間にかどこかへ去っていた。
「ハジメ君はどうだい? こういうのは好きかな?」
彼女の問いかけに、俺はどう答えるか迷った。
好きか嫌いか正直分からない。
ただ眼前に広がるこの景色は、まるでこの世の終わりのようにも思えた。きっと世界が終わりを迎える時は、こんな感じに何も見えなくなって、時間が経てば経つほど本物の黒色に呑み込まれて、最終的に音しか聞こえなくなる。そんな考えが頭を過った。
「好きかどうかは分からないな……でも、なんだかこれは」
「この世の終わりみたいだって?」
言おうとした言葉を先に盗られ、俺は言葉を失った。
「どうして分かったのかって顔をしているね……うん、反論してこないということは図星だね」
暗闇の中、順応した眼が彼女の表情を捉える。黒の中に見つけた彼女の顔には、まるでクイズの答えが当たって燥ぐ子どものような笑みが浮かんでいた。
「分かるよ。だって私も同じことを思ったからね。きっと世界が終わる時って、こんな感じに真っ暗闇に包まれるんだ。ううん、何も世界が終わる時だけじゃない。人が死ぬ時も、死の直前に視界は黒く染まるんだ。だから、人単位で見ると、人生の終わりがその人にとってのこの世の終わりになるかもしれないね」
けどね、と彼女は言葉を繋げた。
「今の私は、もしここで世界が滅んだとしても、私自身が死んだとしても、決して怖くはないんだ。なぜだかわかるかい?」
「……それは、君が今、この景色を素敵だと思うからか?」
俺の答えにシュウは「少し違うな」と言って、柵に任せていた片手で俺の肘に触れた。
「ハジメ君、君がいるからだ」
突然の言葉に、俺は顔を彼女に向けた。この時の俺は、きっと相当間抜けな面をしていたに違いない。
「それは、どういう意味なんだ」
「うん、まあ、ベタなことを言えば、君という親しい友人が隣にいるから、死ぬ時はひとりじゃないってことだ。世界が滅ぶなら君と一緒に最後を迎えられるし、私1人が死ぬなら、君に看取ってもらうことができるからね」
シュウは、どこか本心を隠すような遠回しな言い方をした。
「でも……私としては、ここで終わりたくはないんだ。今はこうして真っ暗な海を君と見ることが素敵だと思っている。けど、この星の輝く空に月が浮かんで、海が光に照らされて色を付けながら波を打つ光景は、もっと素敵に思える気がするんだ。
……私はね、君と何回でも、出来れば死ぬまで永遠に、その光景を見て何度もそう思いたいなって考えているんだ。いや、出来れば色んな光景を見てみたいな。それも友人としてではなく、もう少し先に行った関係でね」
長くて、けれど言いたいことは何となく伝わる彼女の言葉に、俺は暑さで乾いた喉を唾で潤した。
「……それは、つまり、君からの告白ってことでいいのか?」
「そういうことになるかな」
空いている腕で頬杖をつきながら、彼女は尚も笑顔を崩さなかった。もしここに灯りのひとつでもあったなら、彼女の表情はよりハッキリと映っていただろう。
人工のものでも、月の光でもいい、そんな彼女の表情も見てみたいと思った。
そして彼女の微笑みの意味を知った瞬間、ゾクゾクとした感覚が背中を走る。それはいつの間にか全身を巡って鳥肌になって表面に現れ、収まると胸の中で1つに纏まって、外温よりも熱いものへと変わっていく。いつも思っていた包み込んであげたいという気持ちが、1つの感情──即ち好意へと変わって、明確に俺の中に形を作った。
「どうだろう。この私の思い、良かったら受け取ってくれないかな?」
その言葉に対する俺の答えは既に決まっていた。
「……俺で良かったら、受け取らせてもらうよ」
そう答えると、彼女は唇を閉じて、俺の肩に自分の肩を密着させた。肩が二の腕にピッタリとくっつき、彼女の体の熱を俺の肌へと伝えた。
それはその時の、彼女なりの精一杯の照れ隠しだったと聞かされたのは、歳をとってからのことだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
大学に入学してから暫く経った。
ゼミ決め、グループワーク、卒業論文に向けたテーマの決定と文献探し、調査、研究、実習、世間の情勢によるアルバイトのシフトの増減、サークルの人間関係、就活、説明会等々、20歳を迎えてから面倒なことばかりが増えた。
今日も、俺は虫の巣のような講義棟を右往左往と移動して講義を受け、ゼミの教授からの頼まれ事をこなし、サークルの関係で夜遅くまで大学に居残った。
大学生協もとっくに閉まっている時間帯、夜外は思っていたよりも寒く、自動ドアが開かれたと同時に風を吹かせ、服の隙間に入り込んで肌を冷やしてきた。雨が降る前の涼しさに似ていた。
そして今は、シュウが借りているアパートとの一室に上がり込んでいる。2DKの広さで、フローリング敷きの床と、少し狭めだがテーブルを置いて食事の取れるダイニングキッチン、独立した洗面所とその先にある浴室、リビング用と寝室用に使い分けている2つの部屋。内装は必要な家具、あとは家具の上に置かれた小物と、洋画と邦画の円盤が敷き詰められた棚。そして部屋の隅には、『同居人』用のスペースが確保されている。
俺の男臭いワンルームと比べれば、彼女の部屋には幾倍も生活感が溢れている。彼女は彼女で、俺の部屋に泊まった時は居心地がいいと言ってくれているのだが。
「またこのタレントか」
ソファに座りながら、テーブルを挟んだ向こう側にある薄型テレビに向かって呟いた。
液晶画面には、流行りのタレントが映し出されている。といっても、そのタレントがデビューしたのは結構前で、かなり歳を食っている。所謂遅咲きというやつだろう。ここまで諦めずに続けて、そしてこうして輝いているのは、正直凄いと思う。
しかし、番組自体はさほど面白いとは思えなかったので、リモコンで適当にチャンネルを切り替えた。
旅番組、グルメ番組、クイズ番組、恋愛ドラマ、ミステリードラマ、刑事ドラマ、幾回目か分からない昭和の音楽特集。俺からすれば、どれもイマイチ面白いとは思えないものばかりだ。
「つまらないかい?」
落ち着きなくチャンネルを変える俺を見て、リビングに入ってきたシュウは揶揄う声色で訊いてきた。右手には夜食用のポテトチップスが盛られた丸い皿を、左手には缶ビール2本を持っている。夏服のような露出度の高いわけではないが、肉付いた太ももが見える短パンと、胸の膨らみが目立つ白色のTシャツ姿という、少々目のやり場に困る格好をしている。
「どうして分かったんだ?」
「そうやってこまめにチャンネルを変えていれば、誰だって分かるよ。けど、いくら変えたところで番組は終わりはしないよ」
シュウ曰く、テレビは基本的に映画を見るために購入したらしい。だったらわざわざ買わなくても端末で観ていいのでは、と思うが、それはそれで違うらしく、大きな画面で観た方が迫力があるそうだ。いつかは、プロジェクターで鑑賞したいらしい。
「何も見るものがないなら、洋画でも観ようか。明日は2人とも休日なんだから、夜更かしでもしようじゃないか」
シュウは持っていたものをテーブルに置くと、俺の隣に腰を下ろした。
「何が観たい? 君の好きなものを選んでいいよ」
「好きなものって言っても、結構な数じゃないか。俺が洋画に詳しくないこと、知ってるだろう」
そう返すと、悪戯を楽しむ子どものように笑った。
付き合い始めて気づいたが、シュウはミステリアスな色気を出すその一方で、実は結構子どもっぽい一面がある。友達だった時には常に感情を笑みで隠しているように感じていたが、こうして恋人になると、喜怒哀楽がはっきりしていることがわかるようになった。特に怒って拗ねた時や、猫と戯れている時は、可愛い表情を見せてくれる。けれど俺は、やはり心の底から笑みを浮かべている彼女の表情が1番好きだ。
引き下がるのもなんだか嫌だったので、俺は立ち上がり、テレビ横に置かれた棚に敷き詰められたDVDやBDのケースを、一つ一つ、タイトルを指でなぞりながら確認していく。
どれも聞いたことはあるが、実際には観たことないものばかりだ。ジャンルはバラバラで、如何にも彼女が気に入ったものを並べたのがわかる。
「じゃあ、これにするよ」と、直感で選んだケースを取り出し、彼女に見せた。
「へえ、それを選んだか。ハジメもなかなかいい趣味をしているね」
「直感だよ。適当適当、聞いたことあっても観たことがないんだ」
テレビ台下に収納されているプレイヤーの電源を入れ、ディスクをセットする。
ソファに戻ろうと振り向いたところで、シュウが「ああ、忘れていた」と両手で一拍手し、徐に立ち上がってキッチンへと消えた。
一体どうした、と訊こうとしたが、彼女が棚から小皿を取り出す音を聞いて、すぐに理解した。
今日は数日に1度の特別な日、『同居人』の彼らにとっては飛び上がってまで食べたいご馳走が出される日だ。
案の定、彼らも長時間の睡眠から目を覚ましたようで、隣の部屋からドタドタと複数の足音が聞こえたかと思えば、キッチンからシュウの笑い声が聞こえてきた。
「こらこら、擽ったいぞ」「痛い痛い、わかったから」
どうやら足先に頭突きをされたうえに、噛みつかれているようだ。
「ハジメ、すまないが皿を持っていってくれないか。この子達はどうもせっかちさんのようだ」
「ああ、分かったよ」
立ち上がり、丁度キッチンから戻ってきたシュウから小皿を2つ受け取った。
その瞬間、シュウの足元にまとわりついていた彼らが一斉に俺の足に移った。早くよこせと文句を垂れるように、キジトラがつぶらな瞳で絝に爪を引っ掛ける。黒い方は黙りながら俺の足に擦り寄り、時折足の甲に噛み付いてくる。
「こら、レオもシャノも。ご褒美は逃げないからそう焦るなって」
2匹の猫に翻弄されつつ、俺は彼らを踏まないようにしながら、キャットタワー下の餌台に皿を置いた。待ってましたと言わんばかりに、キジトラのレオと黒猫のシャノはご馳走に食らいついた。
「全く、こいつらは、せっかちだな」
「良いじゃないか。ここに来たばかりに比べれば、大分心を開いてくれているし、むしろ、この方がこの子達の素なんだと思うよ」
けれど、俺の扱いが雑なのは、時々ここに来て可愛がるだけで、ほとんどはシュウが面倒を見ているからだろう。これじゃあ懐かれているのかすら分からない。
「心配しなくていい。この子達はこの子達なりに、ハジメのことは気に入っているよ」
「猫の気持ちが分かるのか」
訊くと、シュウは口許に指をあてながら「猫が好きなら、分かるものだよ」と微笑んだ。レオとシャノは1度顔を上げて振り返り、くるんとした瞳で不思議そうに彼女を見つめた。そしてすぐに向き直り、ご褒美をがっついた。
その間にも、テレビの画面には先程セットした洋画が流れ始めた。既に注意喚起のテロップは終わっていて、本編が始まっていた。
「さあ、私達も観ようじゃないか」
シュウに手を掴まれ、誘われるようにソファに腰を下ろす。
彼女を一瞥しようとすると、彼女もまたこちらを見ていたようで、思わず互いに吹き出した。そんなにおかしいことではないのに、なぜだか今はおかしく思えてしまう。
そんな俺達を他所に、画面の向こうでは過去の人間達が作り上げたエンターテインメントが映し出される。
暴力、セックス、レイプ、歌、風刺、何でもアリなそれは、人によっては目を覆いたくなるほどバイオレンスで、けれど、今でも多くの人が好むのも理解出来てしまうくらい、魅力的だった。特に主人公に関しては、その思考と行動に嫌悪感を抱きつつも、周りの思惑に利用され、振り回される姿には同情した。
「私もこれは結構気に入っていてね。何度か観ているんだ」と画面を見ながらシュウが呟く。率直な感想について聞くと、その時によって変わるからねと言われた。ただ、「猫達が可愛いっていうのは、毎回思うよ」と付け加えた。
鑑賞中、ご馳走を平らげたレオとシャノが、俺達の膝の上にそれぞれ乗っかり、丸まって眠り始める。頭や顎を撫でてやると、ゴロゴロと喉を鳴らしながら寝息を吐いていた。
その間も、俺達は液晶の中で、カラフルに躍動する俳優達に視線を向け続けた。
彼女と2人、それと猫2匹。過激な映画に反して、俺の心は安らいでいた。
劇中で、主人公がとある歌を歌い始めた。あの日、レオとシャノを拾った日に、彼女が鼻歌で歌っていたものと同じだった。
◇◇◇
今年の梅雨は、去年よりも雨の量と激しさが酷かった。
本来なら彼女と自動車で少し遠出をする予定だったのだが、運悪く、前が霞んでしまうほどの大雨に降られてしまい、急遽、映画でも観に行こうかと彼女に提案されたのだ。なんでも、少し離れた街の、人混みがあまりない道外れに、知る人ぞ知る単館があるようで、そこで彼女の気になる海外作品が再上映されているらしい。
蒸し暑い中、俺達はそこへ向かい、その映画を鑑賞した。大型スクリーンの一般人向けの映画館とは違って、天井は低く、席も少ない、あまり目にしたことがないタイプの映画館だった。そもそも最近、映画を観に行く機会がなかったのもあって、まるで別世界にでも迷い込んだかのような気分になった。
劇場予告は、どれもテレビでは流れていないようなものばかり。ただ、結構知ってる俳優が出演していたのは驚いた。
映画の内容は、とある映画監督が己の自伝を基礎に映像化したもので、当時の殺伐とした情勢や常識をオブラートに包みながら、しかし適当な言葉で誤魔化すことなく、数時間に渡って淡々と描いていた。自伝といったが、所々にフィクション要素を取り込んでいて、観ている観客を飽きさせないように創られていた。彼女も感心したように魅入っていて、時折、感嘆を漏らしていた。
映画を見終わり、カフェで感想を語り合い、気がつけば外は暗闇に包まれていた。さらに電車も大雨と事故で停まってしまい、少なくとも終電では帰れそうになかった。タクシーで帰るにしても、結構な料金がかかる。
俺達は仕方なく、映画館の近くにあるホテルに宿泊した。利用料金は明日の朝までで、2人で数千円、かなり良心的な値段で、カップル同伴で特別料金にするというここの独自のシステムが有効になったらしい。
このホテルは『そういうことをする前提で泊まれる』ホテルだった。
部屋にはメニュー表や行為に必要なものが揃っているし、頼めば何かしらサービスもしてくれるらしい。部屋の隅には、『そういうことのための道具』のようなものまで用意されている。棚の上の小さな入れ物には、小袋に収められたコンドームの束が堂々と置かれて、それは無料らしかった。
俺は、こういったホテルに入ったことはなかった。初めての行為は学生時代に自宅で済ませてしまったし、以降は女性と恋愛することもなかったからだ。
「ハジメは、こういう場所は初めてかい?」
「ああ。シュウは?」
「私は何度か。と言っても、1人でだよ。少し遠出して疲れた時とかは、休憩場所として使うんだ。眠い時はそのまま泊まったりもするね」
「使い方としては間違ってないのか」
「間違っているかもね。でも、違反はしてないからいいじゃないか」
除湿に設定したエアコンの風に髪が微ぐなか、オレンジ色の円盤型のライトが部屋を照らす。俺はベッドの端っこに腰を下ろし、シュウは白色の綺麗なソファに腰掛けながら、備え付けの機器類に腕を伸ばしている。お互いにシャワーを浴び終え、体にまとわりついたジメジメとした汗を洗い流し、バスローブ姿でのんびりとしている。
「初めてにしては、結構冷静なようだね。こういうところって、大体の客はかなり狼狽えるものだよ。特に男女で来た時なんかはね。中身なんて知らないから」
シュウは指先で機器を弄りながら、不敵な笑みを浮かべた。彼女は今、下に何も来ていないバスローブ姿だ。濃紺の長髪は結わずに下ろしていて、水気を帯びて艶めいている。この姿を見て興奮するなと言われても土台無理な話で、俺は悟られまいと咄嗟に脚を閉じた。
「……隠す必要なんてないよ。実を言うと、私も君とそういうことをしたい気分なんだ」
「……いいのか?」
「いいよ……君とならいいって、結構前から考えていたからね」
彼女がスイッチを押すと、壁際に吊るされたスピーカーからゆったりとした音楽が流れ始めた。クラシックではないが、気分が和らぐ心地よい音色だった。
シュウは鼻歌で何かを歌いながら、明かりを暗くさせてこちらへ寄ってくる。確か海外の曲で、映画の劇中歌だった気がする。本編はちゃんと観たことはないが、聴くだけで頭の中に、雨の中を愉快に踊る人間の姿が自然と浮かんでくる。
彼女が隣へ腰を下ろす。ベッドのスプリングが軋んで体が微かに跳ねる。
鼻歌のことを指摘すると、「今日みたいな雨の日にピッタリな曲だろう?」と返し、シュウは俺の手の甲に触れ、甘える表情で顔を覗いてきた。
分かっている、彼女がどうして欲しいかなんて、俺だって、ずっとこういうことが出来たらいいのにと、告白された時から考えていた。
「………………んっ」
暫しの沈黙の後、俺はシュウの肩に腕を回し、自身に引き寄せ、半ば強引にキスを交わした。彼女も嫌がる素振りはせず、寧ろ待ち構えていたかのように俺の体を抱き返し、より口を密着させてきた。
数年間付き合って、初めて触れたシュウの唇は柔らかく、瑞々しく、ぷっくりと膨れていた。
彼女は尖らせた口で啄むように俺の唇に食らいつく。情熱的にやっているつもりだが、加減や攻め方は初めてキスをする女性のようにぎこちない。大人の色気を出してはいるが、シュウ自身は初めてなのだろう。
──違うんだシュウ、キスっていうのはこうするんだ。
俺は彼女の唇から距離を取り、すぐさま優しいソフトなキスを交わした。初めは優しく、相手の熱を感じながら、少しずつ攻めていく。
俺は唇の表面を彼女の唇に重ね、厚さと熱を感じ取った。濡れた脣がリップ音を鳴らし、また密着させ、同じ音を鳴らす。薄く開いた目の先では、シュウが目を閉じて必死に俺の熱を感じていた。
「んっ、ちゅるっ……」
暫くして、くっついたり離れたりを繰り返していたお互いの口許がより濃密に重なり合う。
初めは上唇と下唇を重ね合い、そのままゆっくりとずらして、交差させるように顔を合わせる。彼女の鼻息が頬を撫で、口から吐き出される微かな息が俺の口内へと送り込まれた。
丁度頭が白く茹だってきたところで、俺は歯を開けて、舌先を彼女の口の中へ伸ばした。
上と下の歯列をなぞり、歯茎を丁寧に舐めていく。事前に歯磨きを済ませているのか、彼女の口内からはミントの風味が漂ってきた。どうせなら、苦いままの彼女も味わってみたい。
「んっ…………はむっ、んっ…………」
十分にマッサージをしたあとは、歯を開けてお互いの舌先を入れ合う時間だ。突然侵入してきた俺の舌肉に、シュウは一瞬だが舌を引っ込めた。けど、すぐに戻り、ぬめる俺の舌と自分の舌を絡めてきた。
貪り合うように動く唇の間で、俺達は舌肉を絡め合った。
螺旋を描くように畝らせた舌体は、動物の交尾のように生々しく、多量の唾液が溢れ出す。溢れ出した唾液は赤い肉舌を濡らし、漏れだした分は口と口の隙間から糸を引きながら下へと落ちる。
次の曲が流れる。今度はクラシックで、それをバックに俺達は溝を埋め合うように接吻を交わした。
薄明かりの下で、俺達はベッドに全身を任せ、そのまま重なるように倒れた。口付けをしたまま、シュウが俺の上に乗っかり、攻める姿勢で両手で俺の頬を掴まえる。
唾液と唾液が混ざり合い、塗りたくり合う音が耳元に響く。
唇が彼女の熱に包まれる中、俺は胸元で潰れる彼女の豊乳の柔らかさを感じた。彼女が動きに激しさを加えていく度に、徐々に股間部で疼くものの硬さと熱を増していく。
その奥で高鳴る心音は、胸元に直接響いた。
また薄目を開ける。今度はシュウもこちらを見つめていた。薄く開いた瞳が妖艶に潤み、俺を見下ろす。ほんの少し教えただけで、彼女はキスの仕方をあっという間に覚え、無邪気に俺を喰らう。ここまで情熱的で積極的な、エロティックな彼女は初めてだった。
……激しいキスをしたのは、何時ぶりだろうか。
俺の初恋と初キスと初夜は、幼なじみに捧げていた。
明るい性格で、いつも俺に笑いかけていた彼女とは、幼い体格から成長期を迎えてからも、常に一緒にいた。それはただ単に家が近く、親同士が親しい仲だったから、というのもあるが、それ以上に、俺達はお互いの時間を共有していたのもある。
家族なら兎も角、他人と、しかも異性と時間の共有が多いとなると、自然とそういう感情も湧くだろう。少なくとも、俺と彼女は湧いたし、ドキマギとした気持ちを抱えた。
だから、俺達は恋人になった。小6で、中学生の真似をするように、恋人を作った時の練習と言い訳をしながら、募らせた恋心を成就させた。
キスも、浅いものから深いものまで沢山した。ファーストキスは学校帰りで、堤防の上、夕焼けに照らされながら表面だけを重ねた。激しいキスは初めが肝心で、徐々に熱を持たせた。唇を離したあとの彼女の顔は、夕日のように赤く染っていた。
当然だが、未成年なのでホテルには行けなかった。だから、公衆トイレで、学校の誰もいない教室で、互いの家で、本番直前のことを何度もした。
指で弄り合い、表面を擦り合い、陰部を口に含み、いつか本番を迎えることを夢見て、腹の奥底にある発情した気持ちを発散させていた。性の知識を得ていく毎に、内容はより過激に、エロさを増していった。
歳をとっていくと共に、彼女は大人の女性へと近づき、色気を帯びていた。俺もまた、体格が男らしくなっていき、彼女の身長を直ぐに超した。
成長に似合わせるように、さらに互いに互いを求め合い、好きだと思いあった。いつか本当の意味で体と体が繋がれば、この思いはもっと花を開いて、永遠に続くのだろうと、信じてやまなかった。
しかし、現実は違った。
中3の、同じ梅雨の時期。俺の家の俺の部屋で、俺達は遂に本番を迎えた。受験勉強と称して、その日も俺たちは集い、欲情のままに愛し合った。
クンニ、フェラチオ、シックスナイン、今までやってきたものを全て使い、体と心をヒートアップさせた。
そしてそのまま、肉欲に身を任せ、俺はベッドにふしだらに横たわる彼女に覆いかぶさりながら、屹立する肉幹を彼女の中へと挿入した。
幹全体を潰すような感触と、膜が開く感触。待ちに待った刺激だった。
幹が締め付けられ、彼女が快感に体を仰け反らせながら喘いだ。
初めてのセックス、全体を包む熱気、道具では味わえない肉の畝りに、俺も彼女も体を溶かすような感覚に陥り、仲良く絶頂を迎えた。
けど、終わったあとは、それっきり。またやりたいとか、そんな感情はわかなかった。
その日以降、彼女と交わることはなかった。お互いの中にあったはずの熱情が、セックスという1つの目標を達成したことで、ふっと消されたかのように湧かなくなったのだ。
何が原因なのか、当時は分からなかった。今でも、考えればこういうことなのだろうと自己で納得することはできるが、明確な答えは導き出せていない。少なくとも、体の相性は良かったが、求めすぎたあまりに『好き』という感情が早々に冷めてしまったのだろうと、俺は考えている。
以降、彼女とはそのまま。話すことはあっても、前のように恋人として何かをするようなことはしなかった。一緒にいる時も、あれほど湧いていた愛熱はもうなかった。それでも幼なじみとして付き合えていたのは、以前のような関係には戻れないと、言葉で言わなくても理解し合っていた故の諦めが生じていたからかもしれない。
その後、別々の高校に進学したのもあって、日常でも彼女と会話をすることはなくなった。会えないことに寂しさもなく、すれ違っても、ただ一言挨拶を交わす程度で、何も感じなかった。あんなに仲良しで、いつか結婚すると思ってたのにと、不思議そうに首を傾げる互いの親の声も虚しく、俺達の3年間は何事もなく過ぎた。
さらに大学進学とともに実家から離れたことで、俺達の友人としての関係も自然に消滅した。連絡先は知っているが、こちらからメッセージを送ったことも、向こうから送られてきたことも、まだ1度もない。恐らく、この先永遠にないだろう。
……あれから数年。死んでいた記憶を、殺していた記憶を呼び覚ました俺は今、こうしてあの時感じていた欲情を再び湧かせている。
心の底から彼女のことを、シュウを異性として見ている。元彼女の時とは違った熱情が、俺の心の中にフツフツと湧き上がっている。
互いの脚が絡み合う中、俺はバスローブ越しにシュウの体を指先で撫でた。引き締まった背中のラインをスーッとなぞり、ぴくぴくと燻らせる。そしてそのまま下半身へと伸ばし、彼女の臀部を掌で覆うように掴んだ。
吐きそうになる姫声を、シュウは「んっ」という堪声で誤魔化す。
だから、俺は攻めた。クールさを保つ彼女の恥じらいのある喘ぎ声が聞きたくて、彼女の尻肉を愛撫した。
左右に割れた肉をそれぞれの手で鷲掴み、円を描くように回していく。そして時折開かせて、溝に隠れている穴を風に晒してひくつかせた。
「ふっ、んん…………ぁ……」
シュウは1度唇を離し、顔を上げた。
舌先からとろりと垂れた涎が俺の口の中へと落下し、俺はそれを飲んだ。
「君は、随分とキスが上手いんだな」
「……こう見えて、女性とは1度交際しているからな」
「ふぅん、そうなのか。じゃあ、この先のことも、分かるのかい」
「ああ、経験済だ」
「ふふ、そうか。それは頼もしいな。私は未経験だからね。君がエスコートしてくれるなら安心だ」
「努力するよ。でも、シュウもシュウで初めてなりに頑張って欲しいな」
「善処するよ」
そう言うと、彼女は再び頭を下ろして、唇を押し付けた。今度はくっつけたまま、舌を入れずに、口許の熱だけを感じあった。
目を閉じて、視界を暗闇に包む。視覚以外の感覚だけで、広がる世界を彼女と感じた。
数秒してまた頭をあげると、シュウは細く目を伸ばしながら囁くように言った。
「……ハジメ……世界が終わる時って、やっぱり暗くなると思うかい?」
「……分からないけど、俺は、前に君が言っていた通りだと思う。人も世界も、死ぬ時はみんな真っ暗闇だ」
「じゃあ……世界の始まりは?」
突然の質問に、俺は口を閉ざした。世界の始まりだなんて、知るはずもないじゃないか。だってそれは目で見えないもので、始まりの過程で生まれた俺達が分かるはずもないだろう。
「分かるはずないだろう」
「そうかな、本当にそう思う?」
「……君は、知っているのか?」
そう訊くと、シュウは困り顔で頭を横に振った。「じゃあ、このまま続けていれば、何か分かるかもしれないな」と冗談混じりにニヤケながら返すと、シュウもまた微笑した。
シュウは体を這わせて、俺の腰と腹の間辺りで跨ぐ。そして1度体を起こすと、自分の胸元へと伸ばし、上半身を包むバスローブを肌蹴させた。
ふるりと躍動感を持って現れたのは、彼女の隠されていた豊乳だった。いつも隣で谷間を作っていた彼女の2つの果実が、こうして目の前で姿を現した。
ただ単に大きいというわけではなく、左右の均一が保たれ、且つ丸みを帯びた、根元から屹立した色素の薄い乳頭まで、整った造形をしている。エロさとともに一種の造形美すら秘めていた。
「大きいな、シュウの乳は。しかも綺麗だ」
「あまり褒められても嬉しくはないな。私としては、大きくても不便なことしかないんだ。重いし、下着のサイズはないし、周りからも嫌らしい視線を向けられる。君だって、私のこれには直直目を奪われているだろう?」
「そういうこと、堂々と訊くか」
「訊くとも。事実なんだから。君が見ていることは丸わかりだ」
「許してくれ。これも男の性ってやつなんだ」
「ああ、分かっているさ。大体の男性は皆、胸が好きなことくらいね」
「世の中には尻や太ももの方が好きな男性もいるけどな。知り合いにもいるんだ、そういう人」
「ハジメは……どっちなんだい?」
「それは俺が聞きたいな。シュウ、君は俺のどこに惚れたんだい?」
「んー……今は秘密だ」
「なら、俺もそうするよ」
戯れの会話を楽しんだあと、シュウは前屈みになり、俺の目の前に2つの乳袋を差し出す。
重みのある豊乳は重力によって下方に垂れ下がり、間に本物の証である隙間を作った。艶々とした白い肌を持つ乳は、お湯と汗で湿っている。
──ハジメ、吸ってくれないか。
彼女からの無言の誘いに乗り、ぶら下がる左乳房の乳首に吸い付いた。
母親の母乳を求める赤子のように、乳輪までを口の中に含み、じゅう、じゅうっ、と音を立てながら吸い上げ、彼女の乳腺を刺激する。
当然だが、彼女の乳房から母乳が出るはずもない。舌に絡む湿った液体もただの汗だろう。
しかし、俺の味覚は彼女の乳を甘く感じた。このまま吸っていれば、何れ出てくるのではないかという幻覚に襲われた。
左乳を噛み締めたら、次は右乳にしゃぶりつく。思うがままに体を動かし、彼女の隠れていた秘密の部位を唾液で汚していくその感覚に、俺は脳を溶かしながら愉悦した。
「は、あっ……んんっ」
額から汗が滴る中、シュウは小さく嬌声を上げた。色艶のある彼女の声は女々しく、年相応の色気を帯びていた。
たわわに実った乳袋に顔を埋めながら、シュウを見上げる。
薄暗い中でも彼女の顔が火照っているのは分かった。全身も、先程以上に熱を帯びている。胸も、触れる背中も、撫でる尻肉も、彼女の全身が性を感じようと下準備を始め出した。
そうなれば当然、俺のモノも反応を示す。バスローブ越しに肉幹は勃起し、白布の内側からその身を立たせ、彼女の秘部を求めて脈を打つ。
臀を撫でていた左手を、バスローブの中へと潜らせる。そのまま尻谷へと伸ばし、溝の中の尻穴を掠めて、割れ目に触れた。
「あぁ……っ!」
触れた瞬間、シュウは口から甲高い声を吐いた。
眉を八の字にして、目を細めていた。
谷間に溜まる蒸れが鼻腔を直接擽ってきて、今にも意識が飛びそうななか、彼女の恍惚とした表情が目に入る。
唇が乳輪全体を覆う中、指先でシュウの秘裂をゆっくりとなぞる。縦に割れている唇は、上の唇とは違ったぷにぷにとした柔らかさを持っており、隙間からぬるりとした液体を染み出していた。
「あっ、んぁっ……」
上下に往復させる度に、シュウは湿った声を上げる。隙を与えぬように、程よい弾力を持つ乳房を吸い込みながら、乳頭を舌先で弄んだ。
舌先が上下に畝ると、勃起した乳首もコリコリとその身を揺らした。
揺れるのは俺の内情も同じだった。
彼女の体から漂うフェロモンに思考は侵され、性的な欲求のみを残して他を溶かしていく。このまま彼女の体を貪り、喘がせ、絶頂させて、この手の中で独り占めにしたい。ふつふつと湧く独占欲が、全身にむず痒い疼きを与える。
「……ぁ……は、ハジメ……何か聞こえないか」
豊乳を味わっている途中、シュウは息を切らしながら訊いてきた。
俺は千切る勢いでめいいっぱいに一吸いした後、栓の抜ける音を立てて乳輪から口を離した。
「……何か聞こえるのか?」
「ああ、さっきから、外から鳴き声が聞こえるんだ」
シュウは体を起こし、横に避ける。俺は起き上がり、耳を澄ませてみた。
聞こえてくるのは、室内に流れるゆるりとした音楽。
溜まった雨粒が落ちる微かな音。
そして、僅かに聞こえる鳴き声。
もしかしたらと、俺は引戸式の壁に隠されるように嵌められていた窓を開けてみた。シャワーのように雲空から降り注ぐ雨粒が、暗闇の中で降りしきっている。ザーザーと道路を跳ねる音と雨の日特有の匂いがそれぞれの感覚を刺激する。
「聞こえるかい?」
バスローブを羽織り直したシュウが隣で訊ね、俺は首肯した。
窓の外は、向かい側の建物がすぐ目の前にあり、間に路地裏を造っている。ここは上階で、鳴き声はすぐ真下の方、丁度向かいのビルの出っ張った部分から聞こえた。高い声で、嗄れた鳴き声を上げている。動物か、まだ赤ん坊なのだろうか。しかし出っ張りで隠れていてよく見えない。それ以前に、路地裏が暗すぎる。辛うじて部屋明かりが窓から漏れる程度で、真下の様子なんてものはもっと見えない。
けど、ザーザーという音の中で、その主は確かに泣いている。
起きてくれ、起きてよ。
言ってもいないことなのに、聞こえる声主の叫びによって、鳴き声が人間の言葉になって聞こえてきた。
「……行ってみようか」
一足先の俺の言葉に、シュウは頷いた。
着替えた俺達は、一旦部屋を出、1階エントランスから自動扉を潜って外へ出た。
雨の具合は全く良くない。バケツをひっくり返したような、という表現をそのまま再現したかのような土砂降りだった。
気温も高いままで蒸し暑く、薄着で袖を捲っても汗が止まらない。風すら吹いていないので、流れた汗は乾くことなく服に染み込む。
傘には大きな雨粒が無数に降り注ぎ、マイクのノイズのような音が鼓膜に響いていた。
靴内にも雨水が入り込み、靴下を濡らして気持ちの悪い感触を与えてくる。息ひとつするのも一苦労だった。
俺達はホテルの真裏に周り、細い路地裏の入口に立った。明かりの1つもない、奥に建物の壁が立ち塞がる、車も通れない狭い細道は、一切の光を受け付けない暗闇に包まれていた。
そんな中でも、鳴き声は聞こえ続ける。
俺は端末を取りだして、路地裏をライトで照らしてみた。薄くだが、奥の方まで視界が広がった。
鳴き声は聞こえる。俺達は少しずつ歩みを進めて路地裏に入った。
メーター、配管、室外機。生活を支えるための一部分が集約されたここは、まるで綺麗な世界の汚れた裏側のような場所だった。
雨音に混ざって、濡れた地面を靴が叩く音が鳴る。
声の主が、端末の光に照らされた。
建物の出っ張りの下、雨宿りするように、3匹の猫が集まっていた。
1匹は大人のシャム猫、あとの2匹は子猫で、こちらに気づいたキジトラが毛を逆立てながら俺達に威嚇する。生まれたばかりなのもあって、逆立った尻尾の毛はチリチリと禿げている。
「シュウ」
視線を向けずに彼女を呼んだ。彼女はこちらを見ずに目の前を見ている。
シャム猫はぐったりと地面に体横をくっつけて倒れていて、そして、死んでいた。
直接確認せずとも、見るだけで分かってしまう程に惨い状態だった。
縄張り争い、ではなく、人間にやられたのだろう。所々に鬱憤を晴らすかのような生傷が付けられている。鮮やかな色をした猫毛には、黒いシミが幾つも滲んでいた。
尚も威嚇を続けるキジトラの後ろでは、黒い子猫がシャム猫の遺体に何度も鳴き声をかけていた。おそらく、この3匹は親子だったのだろう。黒猫の声は枯れていて、悲しみに満ちている。猫に感情があるのか、そんなことは分からない。けど、この子猫は、間違いなく泣いていた。
「…………」
俺が何も出来ずに立ち尽くす中、シュウは一歩、また一歩と足を踏み出した。傘を閉じて、頭髪を雨に濡らしながら。
キジトラは迫り寄る彼女に向かってさらに威嚇を強める。まだ小さな牙をむき出しにして、口許を大きく開く。黒猫も彼女の存在に気付き、怯えた眼を向けながら、息絶えたシャム猫にピッタリとくっついた。
「大丈夫。怖くないよ」
すぐ目の前でしゃがむと、シュウはキジトラに左手を差し出した。
キジトラは怯えながらも必死に口を開き、ガラガラと枯れた吠え声をあげながらシュウに吠える。
シュウは彼の怒りを受けながら、話しかけ続けた。
「そうだね……君だって悲しいはずだ。けど、家族を守るために君はこうして体を張っている。凄く、立派なことじゃないか……大丈夫だ、私達は、君たちに危害は加えないよ……けど、許してくれ。お母さんだって、ここにいたら、ずっと寒いままじゃないか……だから、せめて土に還してあげたいんだ」
激しく降りしきる雨の中で、子守唄を聞かせるかのような優しい声が聞こえる。
彼女の言葉に、キジトラの威嚇が鎮まった。
恐怖で震える様子もなく、逃げる気配もなく、ただ呆然と魂の抜かれたかのように、その場に4本足をくっつけている。
シュウは放心するキジトラの顎と頭を撫でると、そのまま抱き上げ、包むように自身の胸に抱きしめた。
「よしよし、いい子だ……暖かいだろう……君たちの母親の代わりにはなれないけど、それでも良いのなら……」
キジトラを優しく抱きしめる彼女の表情は、こちらからは見えない。けれど、雨を受け止める彼女の背中を見ているだけで、今の彼女がどんな顔をしているかは想像に難くなかった。母猫の死体に泣きついてう黒猫でさえも、キジトラを抱き抱えたシュウを見て鳴き声を辞めて、幼目で彼女を見ていたのだ。きっと、慈愛に満ちながらも悲しい表情を浮かべていただろう。
『ハジメ、この子、埋めてあげよう』
シュウの表情を思い浮かべた瞬間、イメージに、別の女性の顔が重なった。
それは別れた元彼女で、その腕には、子猫よりも大きな鳩が抱き抱えられている。これは、まだ付き合う数年前の、性の知識すらなかった頃に見た光景だった。
学校帰り、その日はまだ夏休み前で、肌を焼くような陽射しが差していた。ゴキブリが側溝に身を投げ出し、大量の蚓の干からびた死体が放置された通学路。そこを歩いていた途中、公園で飛べずに倒れていた彼を見つけた。
俺達は、彼を何とかして助けたいと思い、親に内緒で倉庫の中に匿った。俺は鳩の餌になるものを探し、彼女はベッド替わりになる毛布を持ち寄った。
けれど、匿った時点でかなり衰弱していて、彼は再び空を飛ぶことはなく、2日後、座った姿勢で、半目を向いたまま息を引き取った。
俺も彼女も泣いた。
そして土に埋める時、彼女は泣きながら、彼の体を優しく抱いていた。
その時の彼女の姿が、シュウと重なったのだ。
彼女はきっと、当時のことも、彼を埋めたあとに草が生い茂ったことも、とっくの昔に忘れているだろう。忘れて、新しい記憶で埋めているだろう。
それよりも、シュウがいるのに、いつまでも昔の女性のことを思い出してしまう自分に、言い様のない嫌悪感を覚えた。
その後、シュウからの頼みもあって、俺達はホテルを早々にチェックアウトし、シャム猫を最寄りの公園の土にこっそり埋葬した。俺が土を掘る光景を、子猫達は鳴き声1つ上げずに、寂しそうな瞳で見つめていた。
それを終えたあとは、猫達を彼女のアパートまで連れて帰ることにした。大家が無類の動物好きだそうで、アパートではペットの飼育が可能らしい。
アパートへ向かうのには、タクシーを使った。高額にはなるだろうが、銭腹は変えられない。
子猫たちが野良猫ということは黙っていた。乗車の際、運転手に『可愛い猫ちゃんですね、僕も飼ってるんです』と優しげな声で言われた時は、まあまあ罪悪感が湧いた。
揺れるタクシーの中、シュウは羽織っていた薄手のジャケットで寒さに震える子猫達を包みながらその胸に抱き寄せ、視線を雨で濡れたドアガラスに向けていた。真夜中近いはずなのに、外は空の黒を消すかのように光に包まれていて、それらを濡れた窓は磨りガラスのようにぼやけて俺達の目に映していた。
そして、シュウは言葉のみを俺に向けて──もしかしたら独り言なのかもしれないが──ぽつりぽつりと、昔話を語り始めた。
「……小学生の時、習い事の帰り道で、偶然車に轢かれた猫と遭遇したんだ。といっても、目の前で起きたとかそういうのじゃなくて、轢かれてそのまま放置されていたところだけどね。私も、轢かれて死んだ烏の死体とか、雨の中で踏まれてペシャンコになった鳥の雛とか、そういうのは偶に見たことはあったんだ……けど、その子は生きていた。鼻からは血が出ていて、目も虚ろで、虫の息で、オマケに後ろ足の骨は丸出しで、皮膚どころか筋肉すらないんだ。辺りにはそれらしき肉片が落ちていて、黒蟻の大群が列を生してそれを運んでいたんだ。細かく千切って、少しずつね。
……どうにか、してあげたかったよ。とにかく命だけでもって、鞄の中身を全部出して、その子を入れて動物病院まで運んだんだ。けど、ダメだった。まあ、抱き上げた時点で分かってたけどね。冷たいんだ、毛先すら冷たくて、体も重かった。それどころか、もっと酷いことになってたんだ…………その子、身篭っていたんだよ」
彼女に触れていた俺の腕が、無意識に粟立った。見てもいないはずの情景が、凄惨な猫の死に体が、腹の中で肉の塊に変わり果てた胎児の姿が、頭の中で勝手に浮かんで脳裏に作り出してしまったのだ。
「お腹にいた子は、この世に出ることなく、暗い中で死んだんだ。目を開けることもなく、音も聞くこともなく、生と死を認識する前に死んだんだよ。わかるかい? 始まってもいないのに、暗闇で終わったんだ。それがなぜだか可笑しくてね。悲しさとか、涙とか、そういうものが一切なくて、場違いな笑みだけが浮かんできたよ。その猫も、胎児も助からなかったのに……おかげで、ただでさえ嫌われていた義母からは気味悪がられたよ」
俺は視線を彼女に向けた。同じタイミングで、シュウはゆっくりと俺の方に顔を向けた。
初めて彼女と目が合った時と同じ暗い瞳、しかしその内側から覗いてくるのは、煌めきも妖しさもない、死んだように光を失った感情だった。
見たことがないシュウの姿。さっきまで初めての情交に喘いでいたとは思えないほどに沈んだ濃紺の淑女。
その姿に、俺の腕に立っていた鳥肌が自然と消える。
彼女は今、壊れかけている。彼女は今、俺に今まで語らなかった過去を語ってくれた。
彼女を、俺は崩れないように包み込みたい。
恋人である彼女を、子猫達と同じように秘めた孤独に震える彼女を。
目の前にいるのは、鳩を抱えていた彼女ではない。
「…………」
俺は無言でシュウの太腿に触れた。両手が塞がった彼女は、手を繋ぐ代わりに頭をこてんと傾け、俺の肩に頭を乗せた。濡れた濃紺の頭髪からは、香水と雨が混ざった匂いがする。俺はシュウの太腿に置いていた手を彼女の頭部へと移動させて、抱擁するように自身のもとへ抱き寄せた。
タクシーの運転手は、気付かないふりをしながら運転を続ける。彼が運転するタクシーが揺れる中で、俺達はアパートに着くまでの間、体を密着させながら、凍えそうな互いの熱を温め合った。
◇◇◇
時刻は、多分深夜0時を過ぎた頃だと思う。
目の前の天井では、下向きにドーム状に膨らんだカバーを付けたシーリングライトが、暖色の薄暗い光を放って部屋を包んでいた。ソファの肘掛けに乗せている頭を横に捻ると、ポテチの粕が残った白皿が目に映った。さらにその奥では、画面が真っ暗になったテレビが無音で俺たちを映している。先程まで洋画が流れていたはずだが、どうやら時間経過で自動で電源が切れたようだ。
再び天井を見ながら、寝起きのため息を吐いた。と言っても、酒の軽い酔いで体を寝かせて目を閉じていただけで、何もしないまま仰向けになっていたら、いつの間にこうなっていたのだ。寝ていたと言うよりは、気絶に近いかもしれない。ただ酒に強いのか、頭痛とか吐き気とか、そういったものは一切ない。飲んだ時にはあったほろ酔いの思考も、いつの間にか醒めている。
ソファからだらんと垂れた左腕を上げて、俺は額に手の甲を当てた。ほんの少しの間、目を閉じていただけだと言うのに、額からは脂のような気持ちの悪い汗でしっとりと濡れていた。
「……シュウ、起きてるか」
喉の乾いた声で呼んだ。腹部から下半身にかけて乗っかっている重みのあるものが身動ぐ。
「ああ、起きているよ」
額に手を当てたまま、俺は下を見た。
暖色に包まれたシュウが、うつ伏せの姿勢で胸から下に重なるようにして寝転んでいる。丁度下半身に胸が当たっているのもあって、案の定、俺の股間周りで2つの果実が潰れて広がっている。パット付きのキャミソールを着ているのもあって、その柔らかさは下着よりも伝わって来る。白色のTシャツを脱いでいるから、体温もよりダイレクトに感じられる。
腹部で彼女が顔を埋めるように伏せていて、深色の瞳が濃紺の間から俺を覗いていた。なんて自堕落的な一描写なのだろう。
「なあシュウ、レオとシャノは?」
「あの子たちなら、いつものようにベッドで眠っていると思うよ。さっき、鳴きながら隣の部屋へ歩いていくのが聞こえたからね」
「またか」
レオとシャノは、ここへ連れてきた時からずっと、寝る時はいつも2匹、あの勾玉が2つ、逆さになってくっついた陰陽太極図のような形をして眠っている。まだ手のひらに収まるほどの小さい体の時も、そしてかなり成長して大人に近づいている今も、あの2匹は寝る時は必ずくっついている。別にそれ自体は問題ないのだが、せっかく寝床があるのに、飼い主であるシュウのベッド上を占領してまでやるのは流石に飼い猫としてどうなのだろうか。
「いいんだよ。あの子たちはあれで、自由気ままな方があの子たちらしいよ」
「すまないな。俺のアパートがペットが飼える場所だったら、今頃シュウ1人に負担をかけずに済んだのに」
「気にしないでくれ。そもそもあの子たちを連れて帰りたいと言い出したのは私だし、どちらにしろ、あの子たちは絶対にお互いの傍を離れたがらないからね。むしろ、色々と買ってきてくれるハジメには感謝しきれないよ」
シュウは体を少し浮かしながら欠伸をかくと、そのまま俺の体を這い上がり、すぐ目の前まで寝惚け顔を近づけた。常に虚空を見つめているかのような瞳と目が合い、思わず見蕩れた。その間に、シュウは右手で俺の額に触れ、汗を拭った。
「酷い汗だ。何か悪夢でも見たのか?」
「いや、何も見てないよ」
夢は見ていない。眠っている間、意識は完全に落ちていた。しかし、あの洋画を観ている最中に、俺はあの日の夜のことを思い出していた。シュウとの初めての行為、不器用なファーストキス、沈むような豊乳、そして、親猫を亡くして鳴いていたレオとシャノの鳴き声、表情、崩れそうなシュウ。あの唄1つで、俺の頭の引き出しに仕舞われていた記憶が全て取り出された。あの時の体を包むジメジメとした不快感と冷たさは、まさに額から流れている汗のようだった。
「映画を観ていた時に、思い出していたんだ。君と初めて、セックスをしようとしていた日のこと……俺達が、レオとシャノに出会った日のことを」
額に手を当てながら俺を見下ろしているシュウの深色の瞳が、ゆらりと揺れた。揺れる瞳の中はどこまでも深い闇に見えて、けれど、微かに煌めきを持っている。
シュウはじっと俺を見つめたあと、口端を釣り上げた。
「……実はね、私もなんだよ。あの日、君と初めてを迎えようとした、その時の熱も、胸をしゃぶられた感触も、キスの味も…………あの2匹の悲鳴も、崩れそうな私の体を、君が優しく抱擁してくれたことも、ね」
シュウの右手が顬を通って頬に触れる。鼻先が当たりそうな距離で、彼女はアルコールの混ざった一息を吐いた。
無音の部屋の中、耳元に雨粒がベランダ柵を叩いて弾ける音が届く。確か、夜中から明日の朝にかけて雨が降るって、予報に書いてあった気がする。この妙なじめっとした感覚も、それが原因なのは違いない。外は今頃、細い糸のような雨粒が、夜の街に絶え間なく降り注いでいるだろう。
「今、雨が降っているだろう。そう、あの日も、こんな雨の日だった。細くて『糸』のような雨が、私達の視界を通り過ぎていたね」
「……どうやら、俺達は雨に愛されているようだな」
「いや、どうかな。嫌いだからわざと降らせているのかもしれないよ。それか、私達が雨男と雨女なだけかもしれない」
「2人揃って、か」
短い談笑が、2人の間に前戯の雰囲気を作りだす。
胸の上に、シュウの手が、白色の乳房乗っている。右手は更に下って、俺の肩をそっと掴んだ。
甘えた表情のシュウが、至近距離で俺を見下ろしている。逃げることなどしないのに、逃がさないと体重をかけて、俺を拘束したがっている。
「あの2匹は、暫くは起きないよ」
その言葉が何を意味するのか、俺が答える間もなく、シュウは耳元に口を近づけ、囁くように続けて言った。
「……ハジメ、私は、あの時の続きをしたいんだ……ずっと言えてなかったけど、あの日から、時々君との行為を思い出していたんだ。その度に、この体の奥が疼いてしまってね。耐えられない時は、君のことを想像しながら、1人で慰めていたんだよ。けど、終わったあとは虚しさが襲ってくるんだ。1人で夜露に濡れるのは、結構寂しいものなんだよ」
それは俺も同じだった。
あれからというもの、シュウと行為をするチャンスはなかなか訪れなかった。 別に性依存になっているわけではなく、彼女が傍にいるだけでも、心は満たされ、安らいでいた。
しかし、ふと性欲が湧いた瞬間、脳裏には常にシュウの艶声が反芻していた。一言思いを伝えればいいのに、謎の気まずさを感じ、彼女からの反感を恐れて誘えなかった。そのくせに、彼女の艶めいた姿を忘れられない。だから耐えられない時は、彼女の姿を思い出しながら自分を慰めることだってあった。
「……俺も、同じことを考えていたよ」
シュウを抱きたい。眠りから覚めて、意識が戻った今、俺の中にある思いはそれだけ。目の前にいる彼女を、今すぐにでも包み込みたい、包み込まれたい。
「……ソファの上だけど、いいかな」
「……いい」
即答すると同時に、シュウは耳元から離した顔を重ねて、そのまま俺の唇を塞いだ。
柔らかくて肉のついた花弁のような形をした潤った膨らみが、啄むように攻めてくる。初めは優しく、徐々に激しく、情熱を込めつつ、加減の出来ている彼女の接吻は、数ヶ月前とは比べ物にならない程に上達していた。
「……んっ…………んちゅ……」
口許が彼女に合わせて動く。彼女がこちらを喰らおうと動かすと、それに応えるように俺の口も彼女を貪る。鼻から息を吸い、口から吐きながら、また貪る。
時折、口で呼吸をすると、アルコールの残った彼女の息が奥へ入り込み、鼻奥をジンと酔わせる。
「は、んっ、んちゅ、はむっ…………んっ」
キスの合間に、シュウは小刻みな声を漏らし、下半身を畝らせる。お預け状態だったというのもあって、彼女も抑えていた性欲が湧き上がってきたらしい。
彼女に貪られていれば、当然こちらの体も自然と暑くなる。俺はキスを交わしつつ、自分の纏うTシャツとインナーを脱いだ。全身に悪夢の後のような脂汗が染み出していて、一部は密着している彼女のキャミソールに染み込んだ。
彼女のものよりも小さな男の突起が汗を纏い晒されている。シュウは唇を離すと、舌先をつけたまま、顎、喉仏、鎖骨と肌の表面をなぞり、そのまま俺の乳首を啄んだ。
「ん、んちゅっ……んれぇ、あむっ、んっ、ちゅ」
乳頭を舌で転がし、擽るように愛撫する。唇で挟んではおしゃぶりのようにチュウチュウと音を立てて吸い付く。出るはずもない父乳を求めるように、シュウは乳頭を弄り続ける。上目遣いを向けて、俺の表情を確認しながら、唇を小さな乳輪に押し付け、口の中に含む。
左と右、交互に味見をする彼女の姿に、脳内で欲情の源が溢れていく。
「…………なあ、シュウ。座りながらやらないか……」
熱が篭ってきた彼女の口撃に、ビクビクと体を震わせながら俺は言った。
シュウは軽く舌なめずりをしたあと、頷く代わりに体を起こした。
俺も起き上がり、改めてシュウと対面する。
ほんの数秒キスを交わしただけだというのに、シュウの顔には既に恍惚とした表情が浮かんでいる。呼吸の度に、キャミソールから覗かせる谷間が揺れる。艶かしいその姿に、俺の情欲は刺激され、思考を雄へと変態させる。
さらに欲情を高めるために、俺はシュウのキャミソールの裾を掴み、引き剥がすように上にあげた。
服と肌が擦れる音が奔る。そして裾が胸上まで捲れ上がった瞬間、押さえつけられていた大きな乳房が勃起した乳頭をぷるんと弾ませながら姿を現した。数ヶ月前にしゃぶりついた時と変わらず美しい造形を保っていて、透き通るような白色の乳肌の表面には青い血管が透けて見えた。
「相変わらずシュウの胸は綺麗だ」
「胸、だけかい?」
「もちろん、胸以外もだ」
顔も、髪も、瞳も、口許も、全身が、彼女の外側も、内側も、全てが美しい。美しいという表現では単調すぎるくらいに、俺にもっと語彙力があったらもっといい表現ができるのにと思うくらいに、今のシュウは艶麗な姿をしている。
「シュウ……綺麗だ」
一言そう伝え、今度は俺の方から彼女の口を塞いだ。
優しいキスという過程を飛ばして、彼女の体を抱きしめ、食らいつくように唇を押し付け、舌先を捩じ込んだ。
シュウは一瞬目を見開いたが、直ぐに受け入れるように瞼を閉じて、細い腕で抱き返してきた。体の間で、彼女の乳房が潰れて広がった。直に肌と肌が触れ合っているため、彼女の柔らかさと汗は、より直接的に皮膚に伝わる。
「ん、んちゅ、れろっ、は……んぅ……」
室内に熱気が立ち込める中、俺達は舌先を絡ませる。寝起きの彼女の口内は苦味に包まれていて、酒の臭いも、菓子の味も混ざっている。だが、それがより性欲を掻き立て、頭の中を茹だらせる。口臭ケアなどしない方が、今の俺にとっては、俺たちにとっては良い興奮剤になっている。
「ん、んっ、あっ…………ちゅる、んんんっ! …………んちゅ」
啄む度に、瑞々しいリップ音が俺達の間で響く。激しさを求める俺の手が、無意識に彼女の体をまさぐり、汗を体に塗り込む。互いの体が絡み合い、汗と汗が混ざり合い、肌と肌をぴちゃりと密着させ合う。
胸板に勃った乳頭の硬さと乳袋の柔らかさを感じながら、左手先を短パンの中へと入れ、下着を内側に潜り込ませ、臀部を掴んだ。
スベスベとしたもち肌を持つシュウの臀部は、掴む度に張りのある弾力を指に跳ね返す。腰を打ちつければ、きっといい波を打つに違いない。
尻肉を十分に味わい、俺はそのまま撫でながら手先を尻臀の谷間へと潜らせ、尻穴に触れた。狭くて小さな彼女のアナルはヒクヒクと蠢いていて、突然触れてきた指に身を窄めて閉じようとした。だが、抵抗など構うことなく、蕾を何度か押したあと、指先を中へと挿入させた。
「んん…………っ」
ずむりと、人差し指が沈む。第1関節まで入り込ませ、指先を円を描くように動かし、内側の肉穴をほじくる。
指どころか物すら挿入されたことがない敏感な箇所を弄られ、シュウは顔を顰めながら呻き、細めたつり目で俺を見る。睨んでいるのか、はたまた緩んでいるのか、どちらにしろ、俺は止める気は毛頭ない。
「ふ、ぁ……ま、てっ…………ちゅる……あむっ」
まだ外から汚されることを知らない彼女の肛門は、指先の猛攻に何度も肉を収縮させる。狭隘なアナルの中で、俺は爪で傷をつけないように、しかしできるだけ手加減をせずに皺を解し続けた。
「ハジメ……あ、ぁぁ、だ、ダメだっ、そんなところわを、弄られたら……あ、頭が…………あぁんっ」
唇を離して訴える彼女だが、俺はそれすら無視して、今度は彼女の耳元に顔を近づけ、耳の穴に舌先を捩じ込ませた。
蛇のように畝る舌肉の動きに、シュウは緊張が解れたかのような緩ませた声を漏らした。穴奥を唾液を纏った舌が撫でる度に、彼女は愛声を鳴らしながら、体を刻むように揺らした。快感と、未知の感覚への恐怖に震えているのだろう。そんな彼女を安心させようと、俺は空いていた手で彼女のサラサラとした長髪を撫でた。
「は、はぁっ、あぁ……っ! く、擽ったい……ふぁ、そ、そこは……ダメ……ぁ」
耳の穴から舌先を引き抜き、そのまま肌を舐めながら喉元にもキスをする。唇で挟むように皮膚を咥え、歯で跡がつかない程度に噛む。シュウの息の荒れ具合から、頬が火照っているのは間違いない。どうやら、首周りは彼女の性感帯の1つらしい。
追撃するように、俺は首筋辺りにも同じような口付けをした。意地悪でしているわけじゃない。シュウに、君が欲しい、君を自分のものにしたいと、言葉を使わずに伝えようとした。
尻穴と首周り、その2つを攻めているだけだというのに、シュウは既に多量の汗をかいていた。息は熱を帯び、声も水気を纏う。もう少し続ければ、シュウは間違いなくオーガズムに達するだろう。
「どうせなら2人で絶頂しないか」
だからこそ、俺は指先の動きを止めて、彼女の耳元で囁くように訊いた。
たったの一言、それを伝えただけで、シュウは俺が何をしたいのか、どんな姿勢ならそれが可能になるのかを直ぐに理解し、俺を見つめながら頷いた。
アナルから指を引き抜き、一旦離れ、指先を彼女に見せた。腸内の粘膜に濡れた指と爪先には、奇跡的に汚いものは一切付着していない。シュウはパクリとそれを咥え、赤子のようにちゅうちゅうと吸い出す。そしてゆっくりと舌を動かし、表面で転がすように第1関節全体を舐めて味わう。その姿は、夢中で指をしゃぶる赤ん坊の姿に似ていて、幼児退行を起こしているようにも見えた。
ちゅぷん、と音を立てたあと、シュウは妖しく微笑み、ぽんっと俺を押し倒した。彼女がどうしたいのか、身に任せようと思い、そのままソファに仰向けになる。下向きのドーム状のシーリングライトを再び眺めながら、下端でガサゴソと体勢を切り替える彼女のぼやけた姿を視界に収めた。
暫しの時間の後、俺の視界を2つの双山が覆った。
肌白い表面を持ったそれは、丸みのある登頂を持ち、間に深い谷を作っていた。その谷の途中に色の濃い後孔が聳え、皺を寄せて穴を閉じている。
そして、峡谷を下りきった末端に、丁度俺の口と鼻が触れる箇所に、一際濃い色をした陰唇が佇んでいた。縦に割れ目を付けているその姿は鮑によく似ていて、別のものだとそら豆を縦にしたものにも酷似している。
そして何より、彼女の肉貝からは、穢らわしさというものが一切感じられない。陰毛が剃られたつるりとした見た目に、秘裂から僅かに溢れた蜜。ツンと鼻を突くような酸味のある臭いが、食らいつきたいという欲をより刺激し、下腹部への血流を促した。
これが、シュウのマンコ。あの日、味わうはずだったものが、今こうして目の前に、顔を覆うように差し出された。
腹部に彼女の重みを感じながら、自分の肉幹が硬さを帯びていく。下着とスボンを内側から押しながら、布面にテントを張っているのが分かる。
「ハジメ、苦しいかい?」
「ああ、抑えられない」
「じゃあ、楽にしてあげないとね」
視界で双山に塞がれるなか、シュウは俺の絝に手をかけ、下着と共に脚から脱がしていく。膝まで脱がされたと同時に、俺の肉幹に冷たい感触が掠った。解放されて天井に向かってその身を反り立たせたのだ。
「これが、君の…………」
「何か変か」
「いや、そんなことは無い。ただ想像よりも大きかったから、少し動揺しているんだ」
口調を崩さずに、初めて見る俺の肉幹を眺めるシュウ。彼女がどんな表情をしているのかは分からない。だが、俺には想像できた。彼女は今、蕩けた表情でイチモツを眺めている。その証拠に、縦唇はじゅんと音を立てて濡れ、秘裂から新たな愛液を染み出させた。初めての男性器への驚きと魅了、胸の奥の心臓の鼓動が高鳴っている。
「はぁ…………んっ」
生暖かい息を吐きかけ、軽く湿らせると、シュウは固まった竿の根元を手で掴み、亀頭に口付けをした。溶けるようなキスは、痺れる感覚を性器に伝えた。
唇の隙間から舌を伸ばし、味見するようにチロリとひと舐めをする。体の持ち主である俺でも嗅ぐのは避けたいと思う蒸れた臭いは、きっと他人が嗅いだら鼻がもげるほどの激臭だろう。
「ん、んちゅ、れろ……はっ、むっ……!」
その肉幹を、シュウはさらついた舌先で愛撫し始めた。恐る恐る口にした瞬間、次にはがっつく。創作物でよくあるワンシーンが、彼女の艷声とモジモジと悶える尻の動きによって脳内で作り上げられた。
シュウの舌肉は、子どもが甘いアイスキャンディーを舐めるように、猫が愛情表現の際に飼い主をペロペロと舐めるように、肉幹を何度も舐める。膨れた亀頭のクビレに舌の尖端を潜らせ、ぬるりと撫でる。そのまま下へとなぞると、一際黒い表面を持つ竿部分を味わっていく。根元から首元まで、上部と側面、肉幹の全体をべろりと舐め上げ、唾液を塗りたくる。モジモジとする臀溝は、彼女の姫声に合わせて微動している。
陰部の快感、目前で蠢く獲物、そんなものを見せられた俺は、当然ながら我慢出来るわけがなかった。両腕で跨ぐ彼女の太ももを抱えてロックした俺は、唇を彼女の恥谷へと押し付けた。
「ふぅん……っ!?」
膨れた大陰唇を舌先で突く。触れた瞬間にむわりとした蒸れが鼻奥を擽り、脳を呆然とさせる。そしてちゅくりと微音を立てて割れ目から染み出した蜜が、舌の上を伝い、酸味のある味を広げた。
鼻がもげることはない、むしろ美味、エロチックな思考へと切り替えた俺は、意識のままに舌を動かした。
黒い秘裂を、舌先で上下に愛撫する。漏れる蜜を味わいつつ、それを大陰唇に塗り広げる。割れ目から覗く肉ビラを見つけると、唇を当てて挟み、水音を立てながら吸い出した。
「ふぁ、ああっ! ……んぅ、ふぅ」
淫口を攻める猛攻に、シュウは唸るような声を上げた。腕で固定しているなか、肉ついた大きな臀が悶えて動く。刺激すればするほど、愛液は溢れてくる。
味わっている途中、陰部が温かいものに包まれた感覚が走った。湿り気があり、常温の水分を含んだ肉が竿と亀頭を包み込み、密接している。さらに陰部の皮膚を、ザラザラとしたものが撫でた。
それは昔、元彼女がしてくれたのと同じ感触。足を開いた俺の股の間に入り込み、上目を向けながらしてくれたあの時の刺激と同様のもの。つまり、シュウは今、俺の肉幹を口に含み、フェラチオをしてくれているのだ。
「んっ…………んぐっ、ふぐっ、んぅむっ……」
彼女のくぐもった声と共に、ペニスを咥えている口肉が上下に揺れ始めた。
じゅぽ、じゅぷ、じゅぶっ。
表すならそういった擬音が付けられそうな水音が響く。その度に肉幹は彼女の口を出入りし、唾液を潤滑油に全身を搾り擦られる。
温かい内頬肉が亀頭を奥へと招き入れる。裏筋が彼女の上顎部分を擦り、声を吐かせる。カリ鰓は常に頬肉が吸い付いていて、動く度に肉がずるりと擦り上げる。そして頭を上げると、肉幹を挟む彼女の唇が尿道を挟んで搾り出すようにじゅるると押し上げる。興奮した状態でそれをやられているので、俺の肉幹からは我慢汁が溢れていた。
「んぐっ……ふぁ」
またシュウの声が聞こえる。どうやら突然の苦味に驚いたらしい。
だが、彼女は止めない。
我慢汁も潤滑油のひとつにして、シュウは肉幹を貪り続ける。舌の中央を走る線に挟むように、舌体を黒い体にまとわりつかせた。
俺も、唇から突き出した舌で彼女の陰部を舐め続けた。その合間に、俺は左右の尻肉を掴み、ぱかりと溝を開いた。
ケツ穴が露出し、ひくひくと皺を蠢く。
そして塞がれていた下の唇が開かれた。
中は2枚の肉でできた花弁が咲いていて、さらにそれを開くと、小さな穴が姿を現した。アナルよりも狭い蜜穴からは、透明な愛液が泉のように湧き出ている。傷一つない薄膜が張っているのは、彼女がまだ穢れを知らない無垢な乙女である証拠だ。
吸引音を鳴らしながら、シュウは頬張るペニスを口の中で上下に扱き、奉仕する。その快感に雄叫びをあげそうになりながら、俺は尿道口の、その下にある小さな恥粒を啄いた。
「んぐぅっ……ふぅっ」
ぷにぷにとした弾力を跳ね返し、しかし乳頭とは違った質感を持つ彼女の陰核。舌先を上下に畝らせて舐め上げ、時にトントンと突く。敏感な箇所への刺激に、シュウは尻臀をもじらせ、嗚咽を漏らす。
「ん、ふ、ぅぇ、ん゛……っ、んん゛……っ!」
喉奥に入り込んだ肉幹がシュウの呼吸を阻害し、吐き気を混じらした悲鳴をあげさせる。だが彼女の淫口は止まらない。ペニスの虜になってしまった今の彼女は、性欲のままに動く雌猫と化していた。それは俺も同じであり、俺は本能のままに彼女の陰部を攻め、固いクリトリスを上下の歯で強引に挟んだ。
コリコリとした肉豆の感触、皮が向けたことのないぷりぷりとした薄い色の身。
傷つけないように歯で噛むと、小さな恥粒は固いその身を弛ませて、柔らかさを跳ね返す。さらに味わおうと、舌先で丸い尖端をちろりと舐めた。甘い、酸味のある味が舌に拡がった。
「ふぐっ゛!? ……んっ、んん、ん゛っ」
剥けたばかりの肉芽を弄ばれる淫覚に、シュウは喉を鳴らした。だが、それでもペニスを離そうとはしない。屹立し、硬さを持った肉幹を、お気に入りの玩具のように頬張り、唾液に満たされた口内で滑らかに摩耗する。
彼女の膣穴を啄き、溢れる秘蜜を堪能しながら、俺は彼女の姫声をもっと聞きたいと思った。
普段か弱い姿を見せない彼女が、快楽に喘ぎ潮を吹く姿、彼女の善がる姿を脳内に焼き付けたい。
俺は、自分の欲望を叶えるために、尻肉の溝で引くついているアナルへ、左手中指を挿入した。
第1関節よりも深く、先よりも奥へ奥へと潜り込む指先に、彼女の尻の肉は震えた。陰唇を貪りつつ、腸内に進入した指を円を描くように動かす。先程よりももっと温かく、柔い肉の感触が指全体に伝わる。
「ふっ、んんっ゛っ! ……んぐ、おふっ……っ」
くぐもった悲鳴が漏れる。中肉が蠕動する中、指先で腹部側の腸壁を押した。この辺りには膣内の性感帯があるらしく、押すと気持ちよくなれるらしい。
ほじくる、彼女への劣情を求めて俺はアナルに沈む指を暴れさせた。
その攻めへの仕返しか、ぶら下がっている睾丸が突然掴まれ、強く握られた。シュウの人肌の熱が、2つの玉を包み、潰れない程度に屠る。たまに擽るってくることもあり、その度に臀の筋肉が痙攣した。
彼女の表情は全く見えない。しかし、彼女の悲鳴から、官能的な、扇情的な姿をしていることは容易に想像できた。その想像力が、そして陰部に走る口肉の快感が、臀しか見えない俺の性的興奮を補い、絶頂へと導いていく。
睾丸から億数匹の種が這い上がってくるのを感じとる。
彼女の膣穴、そしてアナルが締まり始める。
──ハジメ、私はイきそうだ。
──俺もだ。
──君のザーメンって、どんな味なんだい。
──分からないな。前の彼女も美味そうに飲むだけ飲んで、味は話してくれなかったんだ。
──じゃあ、教えてあげるよ。だから、君も、私の味を教えて欲しい。
勿論、互いの性器を貪欲に喰らう俺達は会話をしていない。だが、彼女が胸内で言った言葉は伝わり、俺も自然と聞こえてきた声に胸内の言葉で返した。
その直後に、陰部に激しい脈動を感じ、脳裏に白い光が弾けた。
「んぐぅぅぅぅぅっ…………!」
彼女の嗚咽と共に、俺は体を痙攣させて、肉幹の先端から精液……ザーメンを放った。白濁色をした粘着質なザーメンは、這い上がってきた精子を孕みながら、潤った肉質のシュウの口内へと勢いをつけて飛び散った。
そして同時に彼女のアナルがキツく閉塞し、指を押しつぶす勢いで締め付けてきた。
その後を追うかのように、貪っていた彼女の陰部から透明な潮水が吹き出し、俺の顔へと飛びついた。尿臭のするそれは舐めれば塩辛く、愛液とはまた違った味をしている。しかし脳が白く茹だった俺は、その味は美味に感じた。
「んっ……ん゛っ…………」
肉幹は脈動に合わせてザーメンを放出させる。シュウが睾丸を握ったまま絶頂したのもあって、玉は強く握られ、それが余計に射精を促した。
脈打つ肉幹が最硬直し、震える。黒い表面越しに、彼女が口を窄め、口内に溜まる精を嚥下するのが分かる。
潮と蜜を絡めた汁を陰唇に塗りたくりながら、想像した。シュウが、狭窄させた頬で肉幹に吸い付き、亀頭先から迸ったザーメンを、白くて細い首を蠢かせながら、皮の中に潜む喉仏を上下に動かし、喉を鳴らして呑み込んでいく姿を。アナルに走る違和感を感じながらも、性感帯を蝕む快に恍惚な顔を浮かべて目元を潤ませるシュウを。
軈て肉幹の脈が落ち着き、海綿体が空気が抜けたように萎んでいく。シュウの口からモノが引き抜かれ、俺も彼女の後孔から指を抜いた。さっきよりも多量の粘膜が中指にまとわりつき、薄暗い灯りを跳ね返した。しかし、やはり汚いものは着いてない。
口から陰唇を離すと、肉の双山が視界端へと消える。
余韻に浸るようにシーリングライトを見つめていると、今度は彼女の顔が下端からぬるっと現れ、見下ろしてきた。
「どうだった。私の味は」
「……塩っぽくて、けれど酸っぱくて、なんだか、よく分からない。でも、美味かった」
「そうか」
「シュウは、俺の味はどうだった?」
「そうだな……苦くて、甘くて、濃厚で、吐き気が催しそうだけど、決して吐き出したくない、舌を打つ美味しさだったよ。もしもこれを中に吐き出されたら、私は熱さのあまり狂ってしまうかもしれないね」
中。彼女は誘っているのだろうか。
涙に濡れた深色の瞳が俺の顔を映す。胸板にまた豊乳が乗っかる。溢れた汗が皮膚で絡み合い、ねちょりと粘着質な音が鳴る。
俺は彼女を乗せたまま、体を起こした。両腕で抱きしめながら、彼女の顔を間近で見つめる。
一呼吸、二呼吸と吐息をかけ合い、俺達は接吻を交わした。男汁と女汁の残滓が口の中で出会い、舌の表面で絡み合い、味覚を刺す。酒臭い息まで絡むものだから、もうめちゃくちゃだった。
押し付け合うキスのあと、銀糸を引きながら口を離した。
「自分で自分のものを食べるのは、結構きついな」
「同感だ」
シュウが笑う。その姿に、俺の股間部は熱を取り戻していく。
「……ハジメ……狂った私を見てみたいかい?」
「……見たい。狂ったシュウを、気持ちよさで善がる君を、喘いで精液を強請る君を」
本音が思わず漏れる。内に秘めておけばいい願望を、口から次々と漏らしていく。幻滅、そんなことも気にする前に、俺は欲望を口にした。ここで嘘をつくことは、質問をしてきた彼女への冒涜とも思っていた。
「……私も、君に狂わせて欲しいな……ここに、君のものを流し込んで、内側からハジメの色に染めて欲しい。君の雄としての本能のままに、ここを満たして欲しいな」
淫靡な笑みで崩れそうな心を誤魔化すシュウ。
俺達は抱き合いながら、体勢を変える。俺がソファに座り、背もたれに肩と腰を、座面に臀を任せ、足を前に投げ出す。その上にシュウが跨り、対面する姿勢になった。
「凄いな。あんなに出したのに、もうこんなにバキバキになっているなんて。確か、男は射精したらプロラクチンとかいうのが分泌されて、性欲が落ち着くはずだろう」
「よくそんなことを知ってるな」
賢者タイムの仕組みなんてものは、よく分からない。けれど、少なくとも今の俺はそうではない。彼女と交われることへの興奮で、本来射精後に落ち着くはずのモノが、興奮を保ったまま、肉幹をまたも屹立させている。それが今ある事実だ。
「ああ、見れば見るほど凶悪だ」
シュウは頭を俯かせ、腹部にあてがわれた肉幹を撫でた。彼女の婬口によってベトベトに濡れたペニスは、薄暗闇の中でも怪しく黒光りしている。
長さや太さが一般人と比べて勝るのか劣るのか分からない。しかしそんなことは、どうでも良い。俺は、自分のもので彼女を喘がせ、満足させたい。
シュウは肉幹を掴みながら膝立ちで体を浮かせると、股下に来るように自身の体の位置を調整した。腰を撓ませながら、肉貝の秘裂に太った冠を当てる。
滑りを持った両者が、互いの口元を擦り合う。時折陰核を掠めると、シュウは「んっ」と頬を赤らめて小さな声を鳴らした。
位置が定まったところで、シュウは俺の肩に手を置き、膝を曲げて腰を下ろした。両者が初めてのキスを交わすと、肉花はそのまま亀頭を呑み込んでいく。
唇が左右に押し広げられ、口を開いたような輪を作る。十分に濡れているとはいえ、挿入するのは今回が初めてである。それもあって、シュウの膣穴は膜を張ったままで、俺の肉幹を受け入れる代償に、破瓜の痛みを味わうことになる。
「ん、んっ゛…………」
ゆっくりと腰が下がっていく。膜が裂けていく痛みなのか、シュウは口を開きながら眉を顰める。俺も、口よりもきつい彼女の陰部に、激しい締め付け感を覚えた。
ブチブチ、という音はしない。しかし、ゆっくりと、確実に彼女の未貫通だった穴は広がり、本来挿入するものを受け入れていく。
大陰唇が開ききり、薄桃色の肉ビラが開花し、蜜穴に亀頭がまるまる入り込む。膣穴が咥えるような状態になったところで、シュウは肉幹から手を離し、背中側にある俺の膝に手を載せながら、残りの分を呑み込むように体を下降させる。
「ん゛、はぁ、んん」
目を瞑り、唸り声を上げるシュウ。その間にも、彼女の中に張り付く肉襞は、新しくやってきた肉幹に吸い付き、敏感な深い鰓までもをみっちりと捕らえる。皺を刻んだ反り返った突起が無数に肉壁から生えており、雄のモノを中へ中へと招いていく。
頭頂から順に、肉幹が彼女に沈む。同時に、根元目掛けて全方位から圧迫されていく。
「ぁ」と掻き消えそうな声とともに、肉幹が視界から消えた。あるのは、俺の股間部と彼女の股下が密着した光景と、後ろに傾きながら髪を揺らし、喉を反らしたシュウの姿で、白い喉が蠢いた。
「痛いか?」
「……ああ、まあまあ。けど、裂けそうな痛みと聞いていたから、思っていたよりも痛くはないね」
「何か感じるか?」
「とても。熱くて、体の中で膣を押し広げようとしているのが分かるよ……少なくとも、不快感はないかな」
自身の臍の当たりを見つめながら、シュウは眉端を下げて熱籠った息を吐いた。
顔から下へ舐めるように視線を下げていき、影が指した彼女の小さな臍穴を俺も見た。この奥には、俺の肉幹が収まっている。青い血管も尿道も海綿体も、亀頭も、全てを締め付けられながら、彼女と1つになるという願望と圧迫の刺激に脈をバクバクと鳴らした。
「……ぅ、ん゛」
シュウはごもった声を上げながら、後傾の姿勢でゆっくりと腰を揺らし始める。肉つきのいい臀が上り、膣内に埋まっていた肉幹が竿を覗かせた。彼女の中は既に膣から染み出した愛液で満たされており、黒い身が透明な蜜によってコーティングされていた。
肉幹が内から圧を与え、鰓の深い亀頭が性感帯をごりっという鈍音とともに押し撫でる。初めて味わうだろう刺激に、シュウは眉を顰めながらつり目を細め、息を漏らした。
肉冠が膣穴付近の肉襞に鰓を引っ掛けたところで、シュウはゆっくりと腰を下ろした。肉幹が再び蜜穴へと呑まれ、肉襞の群れの中へと埋もれていく。腹側の襞は特に細かく、敏感な部分を絞め撫でてくる。思わず咆哮をあげそうになった。
「……ん、あ、あっ、はぁ、あ゛っ」
股と股が再度接吻を交わしたところで、シュウはゆったりと、スロー再生のように一定の感覚で腰を揺らし始めた。ただ激しく上下に揺らすのではなく、前後に肉幹を捻るように、性感帯を亀頭に確実に突かせながら体を善がる。
血液に満たされ、海綿体が膨張したペニスが肉壺によって屠られ、俺は細切れな咆哮を上げた。柔らかい肉襞で、固く包むシュウの下獣は、淫口とは比べ物にならないほどに狭隘だった。
「はぁ、んんっ、あっ…………ぅ、んぅ゛っ、ふぁ、っっ゛……あ、あっ」
肉穴と肉幹が互いを求めてディープキスを交わす。根元に口付けを交わす度に、彼女の膣全体がバキュームのように肉幹を包み、容赦なく締め付けてくる。しかし肉壺を包むぬめり具合が、動きを滑らかなものにしてくれた。
「シュウ……ぅ」
彼女の名を呼んだ。淫乱に身体を躍らせ、甲高い嬌声を上げるシュウの卑猥な姿と蕩け顔に、脳内で興奮物質がとめどなくドバドバと溢れ出る。
快感の波に乗って幾多もの言葉が頭を過ぎる。今この場で彼女を呼びながら、思うがままに卑猥な叫びをしたい気分だ。
しかし、そんな衝動すらも、全身に走る波は呑み込んでしまう。
俺はただ、腰を捩って湿やかに喘ぐシュウの肉欲に唸ることしかできなかった。いや、むしろそうすることが、彼女と繋がり、深い場所で結合しているこの状況では正しいのだろう。
「あ、は、んぁっ……ハジメ、ぁ、はっ……ぁ!」
背中を反らし、顔を反らしながら下半身を揺らす。太腿が俺の腰を挟み、骨盤を軋ませる勢いで圧迫する。体が下降する度に、彼女の尻肉が震えるのを脚で感じ取った。
「あ、ん……っ!! 凄く、熱い……ものが、ぁ、っ! 私の中を……ぁ、そこは……ああんっ!」
曲線を描くように靱やかに体を揺らしながら、シュウは伸びた声を上げた。こんなにも淫乱で、なまめかしい嬌声を上げて歓ぶシュウを見たのは初めてだった。それも、想像していた姿よりも、何倍も、何十倍にも官能的で、全身に張り詰めていたものが弛んでいく。弛みきった体とは裏腹に、彼女に包まれたペニスは硬さを増していく。
上向きに反れた尖端は、彼女の解れきった媚肉を尚も突き進み、剛直なその身で中を拡張させ続け、奥にある口を目指して肉冠をぶつける。ぶつかる度に、膣肉は波を打った。
「あ゛、あ゛っ、あっ!」
濃紺の長髪を振り乱しながら、シュウは淫らに花を咲かせる。その動きに合わせて、ふくよかな乳が上下に弾み、胸先の峰についた尖った乳頭が俺の目の前で誘うように揺れ動く。
その誘いに、俺は思考を獣に変える。理性の枷を外し、彼女を抱き寄せてそれに噛みついた。
視界が白色に覆われた瞬間、「あぁっ!」と、甲高いシュウの悲鳴が聞こえた。
そして、広がっていく。程よい弾力を跳ね返すシュウの果実から溢れる甘い味が、噛んだ瞬間に舌肉の上を這い回る。実に数ヶ月ぶりにしゃぶる彼女の先端は、あの時よりも濃い味を俺の中に広げていった。
当然だが、シュウは母乳が出る体質でも、孕んでいるわけでもない。この湿り気のある瑞々しさは、単なる彼女の汗だろう。
しかし、俺の舌は、確かに彼女の甘さを感じている。
噛めば噛むほど、その味は口の中に広がり、喉を降りていく。味覚に関わる神経が誤作動を起こしてしまっているのか。
……いや、味覚だけじゃない。呼吸も狂っている。鼻息は荒く、妙な熱気が篭っている。全身の感覚も麻痺したかのように微睡んでいる。
体を前に傾かせ、ソファの腰掛けに手を任せながら俺に体を重ねる彼女の嬌声が反響するかのように鼓膜に響く。
視界がぼやけている。暖色の部屋はピントがズレたかのように何も見えない。意識も混濁している。
ただ、眼前のシュウだけはハッキリと捉えている。俺の名前を呼ぶ彼女の表情は、上気したように火照り、蕩けていた。
俺の脳みそは、完全に性的以外の思考を停止させていた。
「はぁ、はぁ、あぁ、んんっ! ハジメ……ぁあっ!」
ゆったりだった彼女の腰使いも、いつの間にか激しさを増していた。肉幹の形に広がった媚肉が畝りながら絡みつき、溢れる愛液で滑らかにストロークする。摩擦によって陰唇の隙間からあぶくになった蜜が漏れだし、肌の上に垂れ落ち、降ろされた尻肉によって飛沫になって水音を奏でる。
肉襞を窄ませてキツく締め付けながら、何度も上下に擽り撫でる。そんな快感がペニスを通して全身に伝わり、細かな火花を散り始めた。
バチバチと頭が弾け、そして乳先から溢れる甘味に口内が満たされる中、あの日の記憶がまた蘇る。
元彼女に恋心を抱き、告白され、互いに性技を用いて快楽を促しあった日々。最後に抱き合い、そして醒めていった感情。
死んでいたものが、殺していたものが、シュウと初めて体を重ねた時と同様に想起する。
だが、それらは全て、閃く光の中へ消えていく。数年間も刻んで付けていたものが、未だに存在していた元彼女への未練が、ドロドロに溶解され、本当に死んでいく。
溶けて残ったのは、シュウへの愛情と劣情だけだった。
「はぁ、シュウ、シュウ……ん」
「あ、い、ぅう゛うんっ! あぁ! はぇ、ぁぇ、あ゛っ」
シュウを求めて叫びながら、俺はよりキツく抱きしめ、谷間に顔を沈ませた。蒸れた汗の匂い、その中に仄かに混ざる甘い香りが鼻穴に入り込み、奥へ奥へと登り、そして脳に染み込む。
彼女の腰が、勢いを付けて股間部とぶつかり、愛蜜がぱちゅんと音を立てて幾度もハジける。前傾になった彼女の体の中心部を肉幹がさらに押し進み、最も敏感なポルチオと突き上げ、キスを交わした。
「んぃ゛っ、あ゛あ゛っ、ああ゛っ! あぁ゛んっ!」
亀頭が奥を押し潰す度に、彼女の体内で音が響く。性に溺れた雌の腰使いによって、引っこ抜かれる勢いでペニスが擦り上げられ、鰓が肉襞を擦る。
感じたことのない未知の快感に、俺は獣の雄叫びを上げた。それはシュウも同様で、彼女の場合はより淫猥に、狂ったように叫び、つり目を下げてうっとりとした表情を浮かべていた。
交わる汗と汗、肌と肌でぶつかり合う体液、向き合い重ねて蠢く体、セックスという行為に悦びと快感に口端から涎を垂らしながら喘ぐ2人の人間。人としての羞恥心を忘れ、性的欲求のままに身体をまぐわう俺達は、まさに本能のままに暴れる発情動物そのものだった。
「し、シュウ……もうそろそろ」
「あっ、イク、ん、私も、いっちゃう、ん!」
「っ、どうして欲しいんだ、シュウ……このまま、引き抜くか?」
「嫌だっ、や、ハジメの、あ゛っ! ハジメの、中に欲しい、私の中、ハジメの色に染めて欲しいっ!」
「ああ、俺も、シュウを自分の色に染めたい……ぅぅ!」
膣内の畝りがより強くなり、肉幹全体が引き攣る。亀頭が何度も子宮口付近をノックし、彼女をビクビクと跳ねさせた。
孕ませたい、孕ませたい、これは本能か、いや、単なるフェチズムだ。自身の精液で愛する彼女を身篭らせたいという、後先を考えない一方的な暴力的嗜好でしかない。けど、今の俺にその嗜好を止めることはできない。中に流し込んでいいと言われた今、そういった欲求に駆られない方が無理な話だ。
「はぁ、はぁ、あ、あ、あっ! あ゛っ! あっ、あっ! ハジメ、ハジメ、ハジメ、ハジメェ!」
シュウの息遣いが荒くなり、壊れたかのように俺の名を連呼する。彼女を強く抱き締めて谷間深くに顔を沈めると、彼女の荒れた呼吸の微振が聞こえた。
そして彼女もまた、両腕で俺の頭を抱えるように強く抱き返した。彼女の胸の中にある脈動が、叩きつけるような音が触覚を通じて伝わってきた。
瑞々しい水音が激しさを増していき、湿度の上がった部屋中に響く。肉幹は一層硬さを増して、膣内に栓をするかのようにその身を腫らした。陰唇もまた、口許を窄めて絞めつけを強めた。
「あ、あ、あ、あっ…………あ……っ゛っ゛!!」
そして数十回にも及んでいたシュウの腰振りが、ぱちゅんという気持ちの良い波打ちの音とともに停止した。
刹那、肉幹がぶるりと震える。脳に稲妻が走ったかのような激しい火花が散り、目の前が瞬く間に白く包まれる。全身に快感が迸り、筋肉の一つ一つが痙攣する。
そして全ての感覚が肉幹に集中した瞬間、尿道を熱いものが這い上がり、膨張した亀頭先から精液を放った。
放ったと同時に、先端がポルチオを強く叩いて突き上げ、彼女の身体を思い切り仰け反らせた。両腕が強く締められ、絞め殺す勢いで俺を抱きしめる。喉が震え、鼓膜が破裂するかのような劈く悲鳴が、湿度の高まった室内に響く。
ドクン、ドクン、と肉幹が激しく脈を打ち、彼女の体をビクンと跳ねさせる。その度に、俺の睾丸とペニスは震え、今日1番の濃い聖液を吐き出していく。
輪のように並ぶ肉襞の列が弛緩と緊張を繰り返して肉幹を締め付ける。根元から先端にかけて搾るように、無数の細い先を畝らせ、尿道を扱き、射精を促した。
目の前は、未だ白い火花が散っている。実際の視界は暗闇だが、眼球は確かに白色を捉えている。瞼の裏にでもスクリーンが付けられているような感覚だ。
「ふ、ん、あんんぅ……ふ、あん」
彼女の曇った声とともに、腕のチカラが弱まる。それに合わせるかのように、目の前の白色は徐々に色を黒く染めていき、灰色っぽい暗色を過ぎると、遂に何も見えない黒になった。あの日、シュウから告白を受けた時の海のように、死んだかのような暗闇の中で、肩で息をする彼女の呼吸と、顔を包む胸の柔らかさと、心臓の鼓動を感じた。母親の胎内にいる時ってこんな感じなんだろうなと、もう忘れている記憶を妄想で埋めながら思った。
目を開き、顔を上げて彼女を上目で見た。
白い頬はほんのりと赤く染まり、朦朧とした瞳を収めたつり目からは涙が溢れ、口端から唾液が漏れていた。そしてその顔は完全に蕩けきっていて、今までに見たことがない歓びに満ちた表情を浮かべていた。
「……ああ……私の中で動いているのが分かる……子宮が、君のものでいっぱいになっていくよ」
媚肉は尚も肉幹を搾り、襞の締まりによる硬軟を繰り返して精液を捻り出す。たっぷりと注がれたものが盛れでないように、陰唇は強く咥え込んでいる。そのため、俺の肉幹は萎える暇さえ与えられない。
シュウは全身の力が抜けたかのように、ぐったりと俺にもたれかかった。彼女の肌は多量の汗で濡れており、ベタベタと俺の肌と密着する。胸上辺りで彼女の肺の音が伝わる。
「熱いな……精液。本当にこの中に、注がれているんだね。ああ、こんなにも分かるものなのか。これじゃあ、癖になってしまいそうだ」
「俺も、シュウの体がこんなにも気持ちの良いなんて知らなかった」
「どうだった。私は、狂えていたかな」
「十分に。いつものシュウとは全然違ったよ。こんなにもエロい君は、初めてだった」
「私も、ハジメがこんなにも私を孕ませたがっていたなんて、驚きだよ」
「いや、それは」
興奮しきった状態で生まれた暴力的嗜好、と言いかけたところで、口を噤んだ。
少しの逡巡のあと、もう一度口を開いた。
「ああ、確かに思っていたよ。すまない」
「ふふ、謝ることなんてないよ、私が欲しがったんだ。それに、私も君の思いを受け止めようと思っていたからね」
シュウの言葉が、俺の耳朶にぶつかり震わせた。
「ハジメ。私はね、初めてだったんだよ。処女的な意味でも、生殖的な意味でも、感情的な意味でも」
「じゃあ、俺は君のバージンを沢山奪ったってことになるのか」
「違うよ、私から捧げたんだ。奪うのと捧げるのとじゃ、意味が違ってくるよ」
シュウは快感に痺れる体を微動させ、姿勢を変えた。俺の首後ろに腕を回し、顔と顔を向かい合わせた。少し前に頭を動かせば、すぐにでも彼女と口付けを交わせてしまう距離だ。
俺は右手で彼女の頭部に触れ、愛でるように髪を撫でた。濃紺髪からむわりと蒸れた汗の匂いが漏れだし、辺りに漂う。フェロモンのようなムンムンとしたそれは、俺の鼻奥に張り付き、戻り始めた思考を再び停止させようとした。
「ハジメ、熱は冷めたかい」
「……いや、もっと欲しい」
現に、俺の体は、心も、冷めていない。むしろ次の快楽を求めて、全身を疼かせている。彼女に喰われたままの肉幹は、硬さを取り戻し、肉壁にみっちりと詰まる。それに答えるように、肉襞達がぴっちりと表面を包んで咥えた。
「奇遇だ。私も、もっと君に愛されたい。狂わされて、私というものを君に崩して欲しいと思っていたんだ」
「けど、あまり熱くなったら、すぐに冷めてしまいそうで怖いな」
つい漏れた不安に、シュウは何も言うことなく、ただ妖しく口端を上げた。
──大丈夫、私達の熱情はそう簡単に冷めることなんてないよ、分かるんだ、私には。全知とか、超能力とか、そういう類じゃないけど、これだけは自信を持って言えるんだ。この熱は、繰り返していくうちに何時か安定したものになって、私達を重ねてくれるんだ。
──シュウ、幼なじみとまぐわったあの時の俺と、シュウとセックスをした今の俺は違うんだ。だから、冷めるだなんてことは有り得ないよ。ううん、有り得させてはダメなんだ。俺は、永遠に君の熱を感じていたい。
「好きだ、シュウ」
両腕に力を込めて、彼女を抱きしめた。
薄暗い部屋の中で聞こえてきたのは、彼女の息遣いと、外で降りしきる雨音だけだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
薄暗闇とは違って白い光がベランダ窓から差し込み、目覚めたばかりの俺の瞼と瞳を容赦なく照らして痛みつけた。
頭の中がバラバラに拡散し、意識が呆けている中で、俺は自分が一体何をしていたのか、一瞬だけ分からなくなり、すぐさま昨夜のことを思い出した。思い出したと同時に、自分が裸であることに気が付き、全身に鳥肌を立たせた。
しかし、それとは違って、後頭部は暖かく、ソファとは違う何か柔らかなものが下に敷かれていた。体の方も、裸の上に毛布がかけられている。
「起きたかい」
朧気な意識の中、ぼやけた視界が晴れていく。そして靄が晴れた俺の目の前に、愛おしそうな眼差しで見下ろすシュウの顔が映った。
「シュウ、起きてたのか」
「ああ、ついさっきね。朝の光で目が覚めたんだ」
先に風呂に入ったのだろうか、あの興奮を誘うような牝雌しい匂いは消え、代わりに石鹸の香りが彼女の体から漂ってきた。服もクローゼットから新しいものを出したのだろう、昨夜着ていたものとは違っていた。
俺は頭を横に向け、彼女の腹部に顔を埋めた。いい香りが鼻を擽り、寝起きの俺を優しく包み込んだ。
寝起き故に我慢できない、まるで子どものような行動を取る俺に対して、シュウは一息漏らして笑った。
「そんなに匂うかい」
「ああ、いい匂いだ。このまま寝てしまいたいくらいに」
「起きてすぐにシャワーを浴びたんだ。なんせ、あれだけ汗をかいたからね。思っていたよりも体の臭いがキツくてね。レオもシャノも寝起きの萎れた顔を嫌そうに顰めて逃げてしまったよ」
いつも朝早くに起こしてくれるあの2匹が逃げるだなんて、珍しいことだ。ということは、今の俺も結構臭うかもしれない。
「…………この奥に」
「ああ、まだ残っているんだ」
今、自分が埋めている腹部の内側で、迸った生臭いザーメンが子宮を泳いでいる。そう想像するだけでも、俺は朝一番の興奮を得ることが出来た。
「シュウは、体の方は大丈夫なのか?」
「んー、まあまあ痛いかな。特に腰の辺りが、ね」
シュウはソファに背を任せながら、少し苦味を含んだ表情を浮かべた。
初めての中出しを迎えた後、熱が治まらなかった俺達は疲れ果てて眠るまで抱き合った。ソファの上で、俺は精液と咆哮を出し続け、シュウは愛液と喘ぎ声を吐き続けた。それだけでは満足できず、結露が出来たベランダ窓に彼女の豊乳を押し付けながら、バックで何度もポルチオを突き上げた。さらに熱が増すと、様々な体位で彼女の体を攻め続けた。あまりにも獣のようなやり方だったので、彼女の体にはかなり負担がかかったに違いない。
「昨日のハジメは、本当に獣みたいだった。フェラチオをした時なんか、私の頭を抑えて喉奥まで挿入させていたね。結構苦しかったよ」
「すまない、少し暴力的過ぎたよ」
「いいんだよ。どれだけ激しくても、臀を叩いても、君は怪我をしないようにちゃんと気をつけてくれていたんだから。けど、私としては噛み跡の1つや2つ、記念に付けて欲しかったかな」
「なんだか、被虐的な考えだな」
頭をシュウの腹部から離し、彼女を見上げた。白い肌を持つ凛とした彼女の顔、それをやや遮るかのように、2つの豊乳が前に立ち塞がっている。衣服に隠されてはいるものの、ブラもキャミも付けていないのか、大きくて柔らかな輪郭が服に張り付いてくっきりとしている。オマケに、乳頭が隆起の先から浮き出ていて、若干透けていた。正直、裸の時よりもエロく見える。
「おや、どうやら私の彼は起きて早々におっぱいを欲しているようだ」
「違う、そういうことじゃないんだ。ただ、こうして目の前で盛り上がっているから、つい目がいってしまったんだ」
というのは半分本当で、半分は嘘だ。
目がいったのが本当、欲してないのは嘘。
俺は今、起きて早々に彼女の豊乳に目を奪われ、吸ってしまいたいという衝動に駆られていた。
シュウは何も言わない。その代わりに、じっと俺を見つめている。
俺は唾液を飲み込み、乾いた喉を潤す。そして少しだけ体を起こし、彼女の盛り上がった胸部に顔を埋めた。やはり中には何も身につけていないらしい。シャツ越しに彼女の双乳が柔らかく撓み、俺を谷間へと沈める。良い香りの中に、ミルクのような甘い匂いがする。
しばらくの間、俺は彼女の谷間に嵌ったまま、深い息を吸い続けた。柔らかさの中に潜む暖かい体温に包まれながら、冴え始めた頭を再び溶かしていく。このまま、再び眠りの中に落ちてしまいそうだ。
瞼が降り、眠気が襲い始めた。
ちょうどその時、俺の耳朶に歯で噛まれたような痛みが走った。おそらくシュウが噛んだのだろう。その力は、下手をしたら噛みちぎるかもしれないという考えが過ぎるくらいには強かった。まるでお叱りを受ける子どものような気分だ。
痛みに唸ったところで、耳朶の痛みは急に遠のき、かわりに「目が覚めたかい」というシュウの声が耳穴に直接響いた。
「もう朝だから起きるんだ」
何処までも人を堕としてしまいそうな甘い声と、夢でない耳朶の痛みに、俺の目は完全に覚めた。
「シャワー、浴びて来るといいよ。その間に朝食を作っておくから」
そう言うと彼女は立ち上がり、濃紺のポニーを靡かせながらキッチンへと消えていった。
俺は、彼女の背を見送ったあと、頭をソファに沈めた。さっきまであった熱のある柔らかさはなく、代わりにソファの皮の、彼女の残熱を感じ取った。噛まれた箇所がジンジンと痛む。
キッチンの方から、レオとシャノの甲高い猫撫で声が聞こえてきた。いつもの朝の甘えん坊モードにでも入ったのだろう。
早くシャワーを浴びよう、そう思いながら、視線を上に向け、ベランダ窓越しに外を眺めた。レースカーテンの隙間から見える逆さまになった外は思っていたよりも薄暗く、小さな白線がプツプツと一瞬現れては消えた。大雨のようだった。
「ねえ、ハジメ」
突然、彼女の声が聞こえた。俺は視線を窓に向けたまま、唸るような声で反応した。
「朝食を食べたら、少し散歩に出かけないか」
「散歩?」と、乾いた喉でガサガサした言葉を返すと、「今日の私は、雨の中を散歩したい気分なんだ」と答えた。
今の彼女の顔は、遠足を控えた子どものような笑顔だったと、見なくても分かった。
◇◇◇
外は湿度が高く、空気は酷く淀んでいた。
むわむわと蒸れるような湿気が肌に張り付くようにまとわりついているせいか、気温はあまり高くないはずなのに、暑さの時とは違う気持ちの悪い汗が額から流れる。
青い空はというと、窓から見えていたものよりも濃い灰色の雲に全て覆われており、陽の光が遮られていた。その濃灰色の雲からは多量の雨がシャワーのように降りしきっていて、アスファルトの道路、コンクリートの壁、駐車場に停められた自動車、路上に生えた名前も分からない花、目に映る全てものを濡らしていた。昨夜から降り続いているらしいが、一向に弱まる気配はない。端末で確認した天気予報だと、今日一日はこのまま降り続けるらしい。
彼女お手製のハムエッグを食べ終え、コーヒーと紅茶で一息つき、レオとシャノの相手をした俺達は外着に着替え、大雨の中を傘を差しながら散歩に出かけていた。傘の生地に雨粒が降り注ぎ、マイクのノイズ音に似た音を鼓膜に響かせた。
雨音を聞きながら、道路を歩き、歩道橋を渡り、アパートから少し離れた場所にある大公園の散歩道を、シュウと並んで歩いている。道の両側には葉を生い茂らせた木が一定の間隔を空けて並んでいて、時折風が吹くと、葉に溜まっていた水滴が落ちて、通り雨のように道や傘の生地に落下した。俺たち意外に出歩いている人間は見当たらない。そもそも、こんな雨の日に散歩に出かけるなんてことを考える人間はまず居ないのかもしれない。
それにしても、この雨、ウザったい。少しの量ならまだしも、ここまで雨が多いと正直結構きつい。靴の中は水溜まりを踏んだせいで雨水が入り込み、靴下がびちゃびちゃに濡れている。降る角度も風向きで変わるから、傘を差しているにも関わらず、ズボンも既に濡れていた。
雨に気分を落ち込ませる俺とは対照的に、隣で歩くシュウはとても上機嫌だった。鼻歌で例の歌を歌いながら、指でハンドルを回し、傘を左右に回転させている。俺はゆったりと歩く彼女に歩幅を合わせながら、時折投げてくる会話をキャッチしていた。そんな彼女の姿は、雨を楽しむ子どものように可愛らしく、背中に走るジメリとした不快感を和らげてくれる。
どうしてこんなにも彼女は機嫌が良いのだろうか。俺とセックスをしたからなのか。いや、きっと今の彼女にとっては、雨の中を歩くということが今の気分では好きということなのだろう。
「どうしたんだいハジメ。私をじっと見つめて、何か可笑しいかな?」
「いや、可笑しくはない。ただ、今日の君は雨が好きな気分なのかなって思っただけだよ」
「よく分かっているじゃないか。流石は私が恋した男だ」
少し前を歩いていたシュウが振り返り、つり目を細めて笑みを向けてきた。大雨の中でも、彼女の表情はよく見えた。無数の糸のような雨粒の中でも、彼女の愛しく、崩れそうな姿はハッキリとこの目で捉えることができた。
しばらく歩いていると、公園の中央にある広場が見えてきた。広場には幼児が遊ぶための遊具が端にポツポツと設置されており、中央には何も置かれていない。サッカーをするにはちょうど良いかもしれない広さだった。
広場に入ると、端っこに設けられたとんがり屋根が目立つ東屋が目に入った。「あそこで休もうか」と提案すると、シュウは頷きで返事をした。
傘を閉じて入口を潜り、俺たちは並んでベンチに腰を下ろした。丁度、広場全体が見渡せる場所に位置しているようで、遠くにある高層ビルまでよく見えた。
大雨や溢れた水が濁流のように流れる音が響く。今ここには、俺達以外にはいないようだ。
「…………子どもの頃」と、突然シュウが口を開いた。俺は彼女が語ることを、ハッキリとこの両耳で聴きとった。
「まだ幼少期の頃だったかな。初めて女性器を目にしたんだ。もちろん、本物じゃないよ。父の仕事の関係で、そういう本が書斎に沢山置いてあったんだ。その中の1つをこっそり拝借して覗いたんだ。こう、ローマ字のTの両左右を湾曲させたような形をした、よく目にするあの断面図で、すぐ隣には、本物の女性の陰部の写真が載っていたよ。まだ性の知識とか、そういうのが皆無だったけど、文字はある程度読めるから、それが女性器だってことは理解できたよ。
その時にね、私は、なんだか、子宮と膣って、ドロバチの巣に似ているなって感じたんだ。ほら、ドロバチっていう名前のハチがいるだろう? 黒っぽい奴さ。見たことがない? うん、実は私もそんなに見たことはないんだ。彼らって、自分の巣を泥で作るんだよ。何度も何度も捏ねて、それで巣を大きくしていく、一般的なハチとはまた違った巣の作り方をするんだ。で、時々筒のように長い巣ができることがあるんだけど、それと女性器がよく似ていると感じたんだ。膣口なんか、殆どドロバチの巣穴の入口そっくりだよ。
普通は、こういうことを知ったら、何かしら変わるものなのかなって、今なら思う。でも、私は何も感じなかったんだ。ただ単に、女性器は虫の巣と同じで、女性に備わった肉の筒、入れ物なんだなって感じたんだ。多分、私自身、そういう性に対する関心が生まれた時から希薄だったんだ。だから、学校の保健体育で同じような写真を見て、授業を受けた時は、やっぱり同じじゃないかって、改めて思ったよ。子宮は巣で、膣は通り道、卵子は幼虫、男性器は親のドロバチ。ハチから吐き出された無数の精液は卵子にとっての餌で、そのうちの1つが幼虫に食べられて栄養になって、あとは死んでいく。卵は1つの生命体として生まれて、軈て外に旅立つ。私には、どう考えても虫の巣にしか見えなかったよ。この例えじゃ、ちょっと無理やり過ぎるかな? けど、本当にそうとした思えなかったんだ。
だから、同級生がみんな性的なことに興味を持ち始めた時は、不思議でならなかったよ。胸が大きいとか、顔立ちがいいとか、可愛いとか、子宮に来るとか。あとは誰が誰のことが好きだとか、誰と誰が付き合っているとか、そういう恋愛的なら話題も、何の興味も湧かなかった。振られても、ああそう、で終わり。多分、性的な関心が薄かったから、それに伴って異性への恋愛感情というのも希薄になってたんだろうね。
まあ、それだけならまだいいんだけど、どうやら私は女性の中では発育が良かったようでね、男子からも女子からも嫌らしい目で見られたよ。別に望んで大きくなったわけじゃないのに、コソコソとあれやこれやと言われたものさ。実際に、告白もされたことも何度かあったよ。相手は運動部が多くてね、体目当てなのはすぐに分かったよ。まあ、もちろん断ったけどね。どんな理由だろうと別に構わないけど、そもそも私は異性以前に恋愛に興味がなかったから。
あと、セックスも、快感とか、理解できなかったんだ。セックス自体は繁殖のためには必要な事だから分かる。でも、それで快感を感じて喘ぐのって、変だなって思った。ただ単に性器同士を擦り合わせて、何がそんなに気持ちいいんだろうって。だから、父が義母に覆いかぶさって吠えるのも、義母が父のペニスに雌の声を上げているのも、意味がわからなかった。まあ、そんなんだから、もともと相性が悪かった義母からは嫌われたよ。気持ちの悪い子って何度言われたかな。実際に気持ちが悪い子ではあったと思うよ。なんせ、猫の死体を見て笑っていたんだからね。父も私から距離を置いていた。母さんに似てるのは容姿だけだって、ボソッと言われたこともあったさ。
…………さて、そういった具合に、性的な関心とか、異性への恋愛感情とか、そういったものがわかないままこうして大人になってしまったわけだけど。不思議と、生に対する執着も薄くなっていたんだ。死にたいとか、そういう意味ではないよ。ただ茫然と、自分もいつかは死ぬんだろうなって考えるようになっただけだ。いつかは死んで、目の前の世界が真っ暗になっていくんだろうって。その時の景色は、一体どんなものなのだろうって、ぼんやりと考えていたんだ。
死について考えるようになったのって、実は結構前からあってね。きっかけは、多分、母の葬式だ。瀕死の猫を見つけるうんと前、小学校に上がる前に、母は死んだんだ。自動車同士の追突事故に巻き込まれたらしくて、下半身は結構酷かったらしい、だから、最初に対面した時も、棺に入れられた時も、全身は絶対に見せてくれなかった。
不思議なものでね、棺の窓から見えた母の表情は、安らかだったんだ。事故で下半身はボロボロになったのに、死ぬ時はきつかったろうに、どうしてこんなにも安らかなんだろうって、きっと死ぬその時まで、母は光が見えていて、それが徐々に暗くなって、最後は視界以外のものを捉えながら死んだんだろうって、経験浅いくせに考えたよ。
毎日、退屈というか、生きた心地があまりしなかった。あるとしても、野良猫を愛でている時くらいだったよ。
…………そんな私に、転機が訪れた。分かるかい……そう、ハジメ、君と出会ったんだ。あのつまらない講義で、偶然君が私を見つめてきて、それで私が君を見つめ返した、あの瞬間だ。最初はね、気まぐれで君に話しかけたんだ。つまらないのに、必死に聞き取って蚯蚓の張った字を書く君が、どんな人間なのか好奇心が湧いたんだよ。
不思議、また不思議だったんだ。今まで異性に興味なんて湧かなかったのに、どうして君に対して話しかけているんだろうってね。正直、スラスラと話題を振っている自分が変だと思った。ただ、不快感とか、そういうのはなかった。むしろ、あの講義で君に会うのが楽しみで仕方なかったんだ。茫然とした日々の中で、あのキャンパスの中で、君と話すあの時間を、私はいつも心待ちにしていたんだよ。
…………君と食事をとるようになって、暫くしてからかな。部屋でソファに座っている時に、ふと、君のことを思い浮かべたんだ。今頃、何をしているんだろう、バイトは忙しいのか、連絡先を知っていたら聞いてみるのに。
そしたら、下着に染みができたんだ。触ったら、粘着質な液体が指先に付着したんだ。それが自分の陰部から出たことはすぐに分かったけど、なんせそういう経験はなかったからね、知識として知っていても、初めは首を傾げたよ
それで、試しに私は、君のことを想像して見たんだ。父と義母のセックスみたいに、君が私に覆いかぶさって、無我夢中に腰を振り続けて、私が喘ぐ姿を。想像すればするほど、そのイメージは明確になっていって、腹部の内側から感じたこともない疼きが産まれたんだ。気がつくと、私は股の間に手を伸ばして、指で自分自身の性器を弄っていた。いつも経血やおりものを出す穴を、指先でなぞったり押したりしたよ。それで…………私は、初めて絶頂したんだ。体全体が雷に打たれたかのように痺れて、目の前が白く弾けて、尿穴から透明な液体が吹き出た。ああ、今でもあの時の感覚は思い出せるよ。なんせ、人生で初めてマスターベーションをしたんだもの。
その時だよ、私の中に対する君への感情が、好奇心や友情というものから、異性としての好意に変わったって自覚したのは。不快感、そんなものはないよ。寧ろ、これがそうなのかって、恍惚としたさ。同級生達の気持ちが、ようやく理解できたんだ。
私は、きっと君に喰われたんだね。ウイルスと同じ。ウイルスは、細胞を食って増殖するだろう? ゾンビ映画とかでよくあるじゃないか。ウイルスに感染した人間がゾンビになるっていうの。私の細胞は、君というウイルスに食べられてしまったんだ。私は君に食べられて、君を欲する身体になってしまったんだ。
…………そして昨夜、私は、本当に君に喰われた。そして、私も君を食べた。いや、繋がったって言った方が正しいね」
長い長い話を、彼女は息継ぎをあまり挟まずに語った。
雨はいつの間にか狂暴さを増し、豪雨になって地面を叩き続け、砂嵐のような音で外を包む。
そんな中でも、俺は彼女の声と言葉を、この耳でしっかりと捉えていた。
そして今、俺はシュウに視線を向けたまま、じっと彼女を見つめていた。彼女が語ってくれた過去と、俺に対する気持ちを、1つずつ、脳内で咀嚼していく。この感情を言葉で表すには、あまりにも難しい。一言では足りないけど、具体的にするとくどくなる。多分、他者に説明するのは無理だろう。
「……ちょっと長すぎたかな」
俺がフリーズしていると思ったのか、シュウは自嘲気味な笑みを作った。違うんだシュウ、分かっているよ。だから、君が自分を軽蔑する必要はないんだ。
「雨、酷くなってきたね」
シュウは唐突に立ち上がると、入口近くまで歩き、そこから空を見上げた。今の俺には、彼女の背中しか見えず、表情は分からない。
「ハジメ、覚えているかい? 初めてのホテルで君とキスをしていた時に、私が君に訊いたこと」
「……世界の、始まり?」
「……世界の始まり、つまり、この世の始まり、何かが生まれた時に初めて産まれるもの。私は、どんなものなのか、君と出会って、知りたくなったんだ。終わりならいくらでも想像できるけど、始まりは、なかなか思い浮かんで来ないんだ」
だから、私は知りたいんだ。
最後の言葉は、囁くような声色だった。
いつの間にか、彼女の気配が、生気が薄くなっているような気がした。風が吹けば、そのまま流されて消えてしまいそうなくらいに。
「シュウ、君は……」彼女の名を呼んだ。
刹那、シュウの背が遠のいた。
彼女が東屋から飛び出し、雨の中に身を投げたのだ。
突然の彼女の行動に、俺は唖然としたままその背から目を離せなかった。
傘を差していないので、当然、彼女の体は雨に打たれた。纏っている衣服が、粒によってずぶ濡れになっていく。ふわりとした感触があった濃紺の長髪が、べったりと露を含んで艶々と濡れそぼっていく。
シュウの全てが、冷たい雨塗れになっていく。
しかし、シュウは笑っていた。
降りしきる細い糸──針にも見える──のような雨粒をその身に受けながら、羽織っているコートを脱ぎ捨て、中に着ていた長袖を捲りあげ、上半身インナー1枚の姿になった。季節的に極寒に違いない雨粒を、彼女は両手を広げながら、バレエのように体を回転させながら受け止めた。
雨に混ざって聞こえる彼女の笑い声。こんなにも高笑いを上げる彼女を、ここまで笑う彼女の声を聞いたのは初めてだった。
気がつくと、俺はベンチから腰を上げて、東屋の入口に立っていた。シュウの姿に目を奪われているうちに、無意識に体が動いていたらしい。
「ハジメッ!」
何をやっているんだ、そう声をかける前に大きな声が聞こえた。
そして俺の言葉を分かっていたかのように、シュウがこちらを向いた。目を細めて、口を弓なりにして、白い歯を覗かせて、両手を広げながら、満面の笑みを見せた。
視界がぼやけていく。霞がかかるように、光を跳ね返して輝く無数の雨粒が、周りの景色を白く包んでいく。遊具も、遠くの建物も、周りに植えられ背を伸ばした木々も、広場の泥化した地面も、全部が消えていく。
シュウはインナーも濡らしていた。中に身につけている色つきの下着や白い肌透けていて、べったりと服に張り付いている。そんな彼女のいやらしい姿が、白光に包まれる俺の視界に残った。最早、周りのものは何も映らない。彼女と、糸のような雨だけが見える。
しかし、しばらく経つと、彼女すらも見えなくなる。彼女の体が少しづつ、霧の中へと消えていく。彼女の体が薄れているように朧げになっていく。
そして、俺の眼球に映る世界は、雨によって作られた白い景色のみとなった。雨の音すら耳は捉えず、空気の冷たさもない、視覚のみがこの世界で機能していた。
東屋のコンクリートの床の硬さすら感じない。現実世界にいるはずなのに、まるで夢の中にいるかのような感覚に陥っている。
──シュウ。
俺は口を動かさずに彼女を呼んだ。
──柊。
白い世界に微かに響いた。
──終。
『糸』のような雨が『木』や全てを消して、1つの字を作り上げた。孤独な世界で、俺はつまらぬ思考を働かせた。
この世界は決して暗くない。明るく、光がある。しかし、ここにシュウはいない。シュウはさっき、霧の中へ消えたからだ。
俺が感じているこの喪失感は何なのか。分からない。
いや、わかる。
これは、シュウがこの世界からいなくなったということへの絶望が、俺に喪失感として主張しているのだ。
俺にとっての世界の終わりは、彼女がいなくなることだったのだ。今目の前に広がる世界は、あの時見た暗い海よりも、より終焉に近いものなのだ。
「シュウっ!」
気がつくと、俺は彼女の名を叫んで、光に包まれた道を駆けた。どこまでも続く空間の中を、靴裏で床を叩きながら、必死に走った。
無音の中を駆けていくうちに、徐々に自分の世界を取り戻していく。
蹴っていた床がぬかるみ、泥になって足を掬おうとする。
光が弱まり、降り頻る雨粒が姿を現し、俺の身体を容赦なく濡らしてくる。
ザーザーという音が、べちゃりと泥を蹴る足音が、今にも泣き出しそうな荒い息継ぎが、全ての音が産まれるように戻っていく。
ただ只管、彼女を探して走り続けた。
目の前に、薄くぼんやりとしたシルエットが浮かぶ。それは近付くにつれて徐々に濃く、大きくなり、色を付け、1人の女性を形作った。
俺は勢いのままに彼女の体を抱きしめた。急に止まった身体に、背中を押されるような感覚が走る。
抱きしめた彼女は、熱なんてものが初めからないかのように、酷く冷えていた。レオとシャノの母親を抱えた時も、同様の冷たさを感じたことを思い出した。
しかし、肌は柔らかい。硬直していない体が、同じく濡れている俺の身体を受け入れる。
泥の地面に膝をつく。細かな砂利が絝越しに皮膚に食い込む感触があるが、冷たさのあまり痛覚がおかしくなっているのか、痛みはない。痛みどころか、痛覚すら曖昧だ。
「……シュウ」
「…………ハジメ」
抱きしめながら、俺達は顔を見合わす。
シュウの濃紺の濡れ髪が、白い額や頬に張り付いている。顔だけでなく、首筋や肩、腕、そして、抱きしめる俺の体にも。
「……シュウ、俺は、終わりを見たんだ。終わりは、暗闇だけじゃない。周りが全て白に包まれていくんだ。音も、匂いも、触覚も、視界以外の全ての感覚が無くなって、最後には君の姿すら見えなくなったんだ」
暗闇だけが終わりじゃない。大切な人がいなくなる。それだけでも、人はひとつの世界が終わる感覚に襲われるのだ。
そして俺にとっては、シュウがいなくなることが、俺にとっての世界の終わりなのだ。
だから、俺は彼女を求めて走った。走って、こうして彼女を見つけて抱きしめた。
シュウが、潤み艷めく眼差しを俺に向けたまま、唇を開いた。
「……このまま溶けてもいいと思っていたんだ。もしかしたら、始まりが何なのか分かるかもしれないし、そうでなくても、終わりを理解して消えることができるかもしれない。そう思ったんだ。けど、君の声が聞こえたんだ。視界が奪われて、音だけが聞こえる中で、君の声が。そして、濡れた目を開けて、君の姿を見つけたんだ…………初めて、終わることが『怖い』と感じた。終わったら、君とこうして抱き合うことも、名を呼んでくれることもなくなってしまう。そんなのは…………嫌だ」
2人の唇の隙間から息が漏れる。石が濡れたような黴臭い匂いが鼻腔を擽る中、俺達は熱の篭ったお互いの息の匂いを感じ取った。
無言のまま見つめ合う。
そして顔を寄せ合い、俺達は唇を重ねた。
雨滴に濡れた唇も冷えており、口の中に入り込むと、苦味のある味が広がった。
だが、決して離さない。俺は目を閉じて、全ての神経を口許に集中させた。
暗闇の中で、音だけが聞こえる。海を見ていた時に想像した光景によく似ている。
やがて音も消えた。
そして、口の中に熱いものを感じた。
暗い世界の中で、全てが冷ややかなこの世界の中でたった一つ、熱を帯びたそれは、まるで俺達の重ねた唇の中で新しく産まれたような気がした。戻るわけではなく、新たに産まれて来たのだ。
──ハジメ、分かるかい?
──ああ、そうだ。きっとこれが、世界の『始まり』なんだ。俺達の、『始まり』なんだ。
俺がシュウを失うことがを終わりと気づいたこと、彼女が初めて終わりを怖いと感じたこと。お互いがそのことを自覚した今、この瞬間、この場所で、口付けを交わした俺達の間に、新たな世界が始まったのだ。
それは今までの関係よりも強固で、決して形が歪むことのない不変的なものであると、俺達は確信していた。
何故彼女もそう思っていると知っているのか、それは、この先の彼女との人生の中で、この日の心情を語り合う日が来るからだ。
しかし、今の俺は、俺達はそんな会話を交わすことはまだ知らない。ただ今は、新しく始まった自分達の世界を、こうして祝福するだけだ。
──シュウ、愛してる。
──私も。
光のない雨雲の下、俺達はいつまでも口付けを交わしていた。
やがて俺達の体は、強さを増した雨の中へと消えていった。
しかし、この熱だけは、決して消えることはなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
暗い部屋の中で、彼らは目を覚ました。
彼らの瞳に映る世界は、いつもぼやけていて、認識できる色も限られている。しかし暗闇の中でも活動できるよう特化したその瞳は、僅かな光だけで闇の世界を見ることが出来る。
そして今日も、短い昼寝を済ました彼らは目を覚まし、僅かな光が差し込む部屋の中を見渡した。自分達を拾った『彼女』も、自分達を可愛がる『彼』も何処にもいない。どうやら朝の支度を終えたあと、あの動く壁から外へ出たらしい。そう判断した彼らは欠伸をし、前足を伸ばして背中を大きく仰け反らせる。
彼は、一鳴きして部屋を見渡した。彼女は、四足を軽やかに動かしながら、キッチンとへと移動した。やはり誰もいない。とりあえずと、彼らは自分達の餌のあるタワー下へと移動し、皿に盛られた水で舌を潤し、隣に置かれたいつもの硬いモノをカリカリと噛んだ。普段はこの餌を主食として摂っているが、たまに違うものが出されることがある。その味は美味で、それが隠された引き出しが開かれるだけでも飛び起きてしまうほどに好いていた。
餌を食べ終えた彼らは、食後の毛繕いをした。前足をざらついた舌体でペロペロと舐め、顔に擦り付けて洗う。野良としての本能は日に日に薄れていく中でも、この行為は消えずに習慣として残っていた。これは彼らだけでなく、殆ど全ての同族に当てはまることだった。
顔を洗い終えると、彼らはタワーの頂上まで上り、カーテンの隙間から見える窓から外の景色を覗き見た。
外は雨が降っていた。といっても、雨と呼んでいるのは『彼女』と『彼』で、彼らにとっては名前なんてものはどうでも良い。単に本能が嫌う水が突如上から降ってきて、全てを濡らす嫌な現象でしかない。
しかし、雨によって引き起こされる現象は好いていた。
彼は雨粒が床で弾けた時の音が、彼女は雨の中で蠢く大きな物体のコマ撮りのような動きが、各々が気になるものに興味を惹かれていた。
そんな彼らの姿に、『彼女』はいつも微笑み、後方から名前を呼んでくれる。
彼らにとって名前の概念はないのだが、いつも自分たちに語りかける時の音で認識できたし、それが自分のことであるのは理解出来た。
降り頻る雨を見ながら、彼らはふと、小さな時の記憶を脳裏に浮かべていた。
彼らは覚えている。
自分達を育てたであろう母親らしき存在とその死を。
そして『彼女』が自分達を拾ったことを。
それはぼんやりとしていて、朧気でしかない。
しかし、3歳程度の知能を有すると言われた彼らの脳の中には、いつまでもその記憶が残っていた。
あの時、彼らは何を思っていたのか。思う、というのもおかしいが、彼らはそれぞれ泣いていた。
彼女が一鳴きし、彼が彼女に顔を向けた。
彼女は彼に擦り寄り、自分の体毛を彼に擦り付けた。彼もまた、頭をぶつけてくる彼女を宥めるように、黒い毛を舐めた。
2人は、自分というものを認識した時から常に一緒だった。血の繋がりとか、そういうものが分からない彼らにとって、お互いは生きていくための共同体のような存在だった。彼らに家族という概念があるか、他者には窺い知れるが、それに近いのは確かだった。
彼らは、死や終わりというものがよく分からない。ただいずれは来るものであることはわかっている。だからだろうか、そもそもの脳の構造なのだろうか、だからこそ、彼らはただ『生きる』ということを考えている。その言葉自体、今の親のような存在である『彼女』と同族の言葉を用いているだけだが、今の彼らには、これ以上なく当て嵌る言葉だった。
暫く眺めた後、彼らはタワーから飛び降り、ソファ前のテーブルに乗っかった。誰もいない今のような一時、彼らは自由に部屋の中を歩いている。
途中、彼女が置かれていたリモコンのボタンのスイッチを偶然押した。すると、音を立てずに、目の前の薄い四角い物体が光を放った。というのは大袈裟で、実際はテレビの電源がついただけだった。
突然のことに彼らは目を向け、光るテレビ画面を凝視した。画面内には日本のどこかの、知らない都市が映されていた。何処かの川が氾濫したらしく、大雨の中、濁流が勢いをつけて流れている。
映像を流しながら、キャスターらしき人物が文章を読み上げていた。どうやら、どこかの誰かが川に転落し、そのまま流されてしまい、現在行方不明らしい。名前は既に判明しているらしく、キャスターは行方不明者の名前を読み上げた。まだ若く、学生らしかった。
しかし、名前が読まれた頃には、彼らは既にそっぽを向いて体の毛繕いをしていた。彼らにとって、他人がどうなろうと知った事ではないし、読み上げられた名前自体、彼らには聞き覚えのないものなので、反応する必要さえなかった。
以前、『彼女』は、もし君達が人だったら、どんな言葉遣いなのかな、という疑問を口にしていた。
もし、彼らが『彼女』の言葉を理解出来ていたら、その程度の脳を有していたら、きっと、考えたのかもしれない。『彼女』の質問の意図を読み取り、自分の脳内でその答えを導き出していたかもしれない。
そして、路地裏、親の死、死に物狂いで生きる、明るい世界を目指して、獣のようにまぐわう日々。自分達が『人』だった世界について考えていただろう。
しかし、彼らは『人』ではない。だから、そんな無駄なことは考えることすらない。ただ、今を生きるだけだ。
暫くすると、後方から足音がした。彼らはテーブルから飛び降り、トタトタと四足を鳴らしながら大きな動く壁の前へやってくる。
ガチャリ、という鍵が開く音がし、壁が開かれた。
外の光が部屋の中へ差し込み、『彼女』と『彼』が姿を現し、彼らは甘え鳴いた。御出迎えは彼らにとって日課だった。
しかし、なぜだか様子が変だ。出かける前は普通だったのに、今帰ってきた『彼女』も『彼』も、全身を濡らしていた。頭から足先まで、持ち出した荷物までもが、水を被ったかのようにびしょびしょで、濃い雨の匂いを纏っていた。
だが、その表情は穏やかだった。
まるで、何かを見つけたかのように。
そのことは、彼らも感じ取った。しかし、感じたところでどうにかする気もないし、彼らにはどうでもいいことだ。
部屋の明かりを付けると、『彼女』と『彼』は洗面所へと入る。彼らが見守るなか、2人は服を脱ぎ、会話を交わしながら、濡れた体をタオルで拭き合う。
「『シュウ』、先に入れよ」
「どうせなら、2人で入ろうじゃないか、『ハジメ』」
シュウ。
ハジメ。
聞きなれた言葉が耳に届き、彼らは小首を傾げて見上げた。自分達が体を舐め合うのと同じように、2人は、タオルでお互いの体の表面を拭き合い、頭髪をわしゃわしゃと撫で合い、時折抱き合っては匂いを嗅ぎあっていた。
彼らは2人の真似するかのように、お互いの体を舐めた。
そんな彼らの姿を見て、『彼女』と『彼』は抱き合いながら顔を見合せ、微笑みを浮かべあった。
最近、作品ひとつ完成させるのにも結構時間がかかるようになってしまった・・・
久々に1万字程度のオホ声♡喘ぎの話が書きたい。