◇◇◇◇◇◇◇◇
去年の4月、私達は小学校を卒業して、晴れて中学生の仲間入りを果たした。知らない教室、知らない黒板、知らない教師、知らない子、知らない科目、知らない部活、まさに知らないことだらけの世界で、私達は制服を身にまとって、中学という名の新しい戦場に足を踏み入れた。
中学生になったばかりの私達は、別の学校から来た子達と初めて挨拶を交わして、これからどうなるか分からない中学校生活に不安と期待を抱きながら、お互いがどんな相手なのかを確かめ合った。実は自分とあんまり変わらなかったり、見た目と違って話しやすかったり、癖が強かったり、色んな子がいた。
その中でも、やっぱりめんどくさい奴はいる。
私のクラスにも、そういう奴はいた。まるで獲物を探しているかのように、相手と優劣をつけたがる奴が数人。しかも変に逆らえないオーラみたいなのを持った奴がその中に1人。
ある日、チアキは、彼奴らとの会話でミスってしまった。ミスるって言い方、可笑しいかな? でも、目撃した身としては『あいつ、ミスってんな』って思うほどのミスだった。昔からそういうのが下手くそなのは知ってたから、やっぱりなって思った。
今思えば、それが始まりだった気がする。
本当に、みんなが忘れているような些細なこと。
そんなことでって思うようなこと。
私は、覚えていた。
会話をミスった彼のことを、彼奴らは面白がった。フレンドリーではなく、明らかに下に見ている感じで、何をしてもいい相手を見つけたような無邪気な眼差しのまま、その後もチアキにちょっかいを出していた。
最初は、本当に小さな弄りだった。
誰かに似てるとか、コミュ障とか、臭いとか、あとは、中学生が好きそうな放送禁止な差別用語とか、卑猥な言葉とか。あとは、チアキと席が隣だったのもあって、彼が授業で答える度に凄く小さな声で「調子に乗るな」って言ってたこともあった。
けど、それらは無視すればいいだけの事だし、飽きたら辞めるだろう。チアキも苦笑するだけで済ませていた。
…………それが、いつからか、どんどん過激な内容になっていった。強く出なかったのが彼奴らには逆効果だったらしい。そんなの罠だよ。
日が経つにつれて、彼奴らは見た目のことだじゃなくて、スマホを持ってないこととか、何処で聞いたのか分からない彼の家庭事情とか、彼の住んでいる場所とか、そういうデリケートな部分でも聞いて弄るようになっていた。それもみんなに聞こえる声で、わざと漏らすように、無神経に。
それでもチアキはやり返さなかった。ただ黙って、苦笑してやり過ごしていた。小突かれても、なにもやり返さずに堪えていた。
それを見ていた私は、ずっと悶々としていた。悶々としながら、間に割って入るようなことはせずに、自分には関係のないことだと言い聞かせていた。
小4でお泊まりをしなくなって、5年で男女の距離を感じて遊ばなくなって、6年の時に互いの家に行かなくなった。中学に上がってからは、せっかく同じクラスになったのに、お互いの環境の変化もあって話さなくなった。『そういう気持ち』は密かにあっても、それとこれとは話が別だった。そういうのって、言葉にするのはかなり難しい。
だから、私は遠くから思うだけ。女子は女子で大変だから、男子のことは男子でどうにかして欲しい。
女子の私には、関係のないことだから。
けど、そんなのは、ただ巻き込まれたくなかった私自身が呟いた言い訳でしかなかった。
そして気がついた時には、事態はもう収集がつかないところまで発展していた。
言葉だけの弄りだったものは、時間が経つにつれて過激になって、いつの間にか物理的なものに進化していた。先生がいる時はわざとじゃなくて事故を装っていて、見てない時は容赦なく、体の目立つ場所に跡がつかない程度に。言葉にするのも結構きついことを、彼奴らはチアキにしていた。なんていうか、ドラマとかでよくあるイジメのシーン、あれをもっと分かりにくくして、見つけづらくして、陰湿にしたような感じの内容で……やっぱり言葉にするの、結構きつい。
もう、見るからにお巫山戯とか、そういうレベルを逸脱していた。クラスの誰が見ても、それは『イジメ』と呼んでもいいレベルの……いや、『イジメ』そのものだった。
さらに恐ろしいことに、最初にイジメていた彼奴らに加えて、もう数人が取り巻きになって、大きなグループになっていた。主に彼奴らが彼に手を出して、その周りをクラスメイトの一部男子が逃げないように囲んでいた。
よく考えると、彼奴らもそうだけど、取り巻きの男子達の方もやばかった。
彼らがチアキを弄れば彼奴らは喜ぶ。それが染み付いてしまったのか、初めは彼奴らに逆らうのが怖くて、罪悪感ある表情でやっていた彼らも、次第に何も感じないようになって、彼奴らがいない時でもチアキをイジめるようになっていた。どうせ俺じゃなくて彼奴らの命令だし、みたいな顔で。正直、1番タチが悪いかもしれない。
みんな、目の前で起きてることがイジメだっていうのは分かってた。
けどみんな、止めようとはしなかった。
止めようとせず、ただ巻き込まれないように、いつかは終わるだろうと楽観的に思いながら、日常風景でも見るかのように傍観していた。
遠くから眺めて、やだねとか、最低とか、ひっでぇとか、口に出すだけで、助けようとはしなかった。寧ろ、チアキがイジメられることで自分達に被害が及ばないようにしていた。中には「あの子、こっち来ないで欲しいなぁ」って小声でこぼしてる子もいれば、明らかに彼を避けている子もいた。あの場で助けないか聞けば、みんながみんな「なんで?」「ただのクラスメイトだし」と返すだろう。みんな、自分が標的になるのが怖かったんだ。
不思議なことに、彼一人がイジメられることで、傍観者の間には謎の連帯感が生まれていた。自分達はあんなことはしない、自分達は彼奴らと違うんだという感情が、他のイジメの抑止力になっていた。
私も、そういう気持ちはあった。本当は助けないといけないのに、分かってたのに、自分に矢印が向くのが怖くて、ずっと遠くから見ているだけだった。
もしこっちに矛先が向けられたら、彼奴らに何をされるか分からない。レイプとかされたら、裸の写真をばら撒かれたりしたら、怖い。襲われたら抵抗することなんて、絶対できない。そうなったら、誰も助けてくれない。遠くから、私がイジメられているのを見ているだけ。「バカだよね、分かってたんなら助けなきゃよかったのに」って、言われるだけ。下手したら、小学生の時みたいにバイ菌扱いされるかもしれない。
だから、私は逃げた。
おはようって言ってきたチアキに軽く返事をして、たまに話すだけ。あとは逃げるように教室を飛び出して、部活にのめり込んだ。ミスしないようにとか、逆サイにパスなら今とか、投げるならこのタイミングとか、速攻決めるぞとか、先輩のアドバイス通りにしなきゃとか、そういうことばっか考えて、見ないようにした。明日になれば彼奴らも飽きるかもしれない、誰か気づいて止めるかもしれない、普通の生活に戻るかもしれない、そしたらチアキに話しかけてみようと、ありえもしないことを願っていた。
それどころか、なんでチアキはイジメられていることを誰にも言わないんだろうって逆ギレしてた。自分だって、彼奴らからの報復が怖くて先生にもおばさんにも言わなかったくせに。
でも、誰にも言わない彼の気持ちだって分かってたつもりだ。ダサいからとか、報復が怖いからとか、それ以上に、おばさんに迷惑かけるから話したくないって、小学生の頃からそうだったから、彼なら絶対にそう考えてると思った。
……それだって、結局、分かったつもりでしかない。私が生意気に、彼のことを分かっている気がしてるだけだ。
あと、スマホのグループトークもやばかった。
私達のクラスは一応ということで、クラスでグループを作っていた。中学校でも携帯電話とかスマホを持ってない子はいるけど、少なくともうちのクラスはチアキ以外は持っていた。仲間とか絆を深め合うとか、そういう曖昧な理由で誰かがグループを作って、私も何となくで参加した。
グループの中でも、彼奴らはチアキのことを言いたい放題言っていた。今日のあいつ、マジ足引っ張ってたとか、ドッジの時に邪魔だったとか、走り方がださいとか、先生の悪口のついでに捩じ込むように話していた。本人がいないことをいいことに、ときには愚痴を超えた悪口を言うこともあった。一目見てもアウトって感じのやつから、ニュースでも取り上げられてた一例よりも分かりやすいやつまで。
けど、やっぱり何も言えなかった。これを持って先生やおばさん、お父さんでもいいから、イジメのことを相談すれば良かったのに、私も、誰も動かなかった。それどころか、中には笑笑とか、分かるーとか、そういう返信をして、自分が標的にされないように空気を読む子もいた。
絆は、一応あった気がする。行事ごとには何かと取り組んでたし、それで協力もし合った。行事で良い成績が取れた時も、みんなでわあっと喜んだ。
でも、そこにチアキはいない。
いつも仲間外れにされたように、後ろの方でポツリといるだけ。
絆は絆でも、彼一人を除け者にすることで成り立つ、すごく歪んだ傷のような繋がりが、クラス内で生まれていた。それは、最低で最悪なものだと、分かっていた。分かってたんだ。分かってたけど、もう、どうしたらいいのか分かんなかった。
…………それで、あの日、チアキはキレた。
今でも忘れない、二学期が終わりかけた12月。
長い夏休みを挟んだあとでも、彼奴らがチアキへのイジメをやめることはなかった。むしろ、夏休み前よりも過激になっていた。
そしてあの日も、彼奴らはいつものように彼をイジメていた。半年以上も経つのに飽きずに彼をイジメて、鬱憤を晴らすように楽しんでいた。
その頃には、周りの取り巻きも、傍観者も、私も、みんながチアキのイジメを容認していた。異常な環境にすっかり慣れてしまっていた私は、もう止めようなんて気持ちは持てていなかった。頭の中で何度もイメージしていた、「もうやめなよ」「あんたら、いつまでもそんなことしてダサいよ」「いい加減にしなよ」って彼奴らに面と向かって言う自分は、もうどこにもいなかった。ただ目を逸らすことしかできなかった。
でも、あの瞬間だけは、咄嗟に体が動いた。
彼奴らは、おばさんの写真を彼に見せつけるように持って笑っていた。しかも、どっかのエロサイトから持ってきた、真っ裸の女の人が股を開いているヌード写真と合成した、ご丁寧に目のところに黒い線が入った、あからさまなフェイク写真。凄く手が込んでいて、彼をイジめるためにわざわざ作った、最低最悪な代物。それをチアキの目の前でペラペラと揺らしながら、ヘラヘラと笑っていた。
「お前の母ちゃんってAV女優だったのかよ」
「ヤリマンくせーと思った。どっちも真っ黒じゃねえか」
「名前なんていうの? やっぱ海原?」
「やっぱシンママ系? おじさんにママ寝盗られるやつ? てかお前、ママでシコってんの?」
「お前、男優の子だろ。ほら、見ろよ。こいつとかよく似てると思わねえ?」
「やりすぎてエイズとか持ってそうだよなー、お前のママ」
「なあ、お前もちんちんにブツブツついてんの? ちょっと見せろよ」
「パパはどこ消えたんでちゅかー」
「バーカ、逃げられたんだよ」
「それでAV堕ちかぁ」
「ひでえよなぁ、こんな仕事するくらいならセイカツホゴってやつさぁ、受ければいいじゃん」
「そうなったら俺らの金で暮らせるんだから、お前は奴隷だな」
「タダで金貰えんだから、俺らにも寄越せよ」
……って、下品に笑いながら彼の頭をつついていた。
おばさんは、女の子の日とか、女の子の悩みとか、お父さんには相談しにくいことを親身になって聴いてくれた人だった。家事が下手くそなお父さんの代わりに、料理や洗濯の仕方だって教えてくれた。小さい時にお母さんが死んだ私にとって、あの人は2人目の母親のような人だ。
彼奴らは、チアキを傷つけるために、関係ないあの人にも手を伸ばした。しかも、今までで1番酷い言葉の羅列を彼にぶつけている。
中学生は、大人と子どもの狭間ってよく言われる。子どもだけど子どもじゃない。だから、加減が分からず、小学生よりも悪質で、どこまでも残酷なことができるらしい。
私は我慢出来ずに立ち上がった。一発でもいい、標的になってもいい、とにかく彼奴らにビンタの1つでも浴びせて止めないといけないって思った。
でも、席を立った瞬間、怒声が教室に響いた。
チアキが突然立ち上がり、机を突き飛ばして、写真をヒラヒラとさせていた主犯格に掴みかかったのだ。
あんなに怒った顔のチアキは、私は初めて見た。いつも怒らずに笑っていた彼が、あんなにも怒ったのは初めてだった。叫んで、泣いて、本気で殺そうとする、我慢していたものが、爆発するかのような勢い。
彼奴らもみんなも私も呆気に取られる中、彼はそのままアイツと掴み合いになった。アイツからやめろコノヤロウとか、キから始まってイで終わる酷い罵倒を浴びせられても、彼は止まらなかった。
それでそのまま廊下に出て、ネクタイを掴みあって、馬乗りに乗っかったり乗っかられたりの繰り返しで……気づいたら、重いものが階段を落下するような音、そして誰かの悲鳴が廊下に響いていた。
私は教室を飛び出して、廊下を走って、階段下の踊り場を見た。
その先には、涙を流しながら仰向けになって倒れるチアキの姿があった。指先は動かずに、コンクリートよりも柔らかくてゴムより硬い床に、背中を任せていた。
「誰か! 保健室の先生呼んで! ねえ!」と女子生徒の声が響いた。
周りの子達は、倒れるチアキを見ているだけだった。
彼を突き飛ばしたアイツも、その場にへたり込んで、青い顔をしてただ見下ろしているだけだった。
そして私も、先生に呼びかけられる彼の姿を、ただ見ていることしかできなかった。
廊下窓から吹き込む冷たい冬の風が、気持ち悪い汗を流す体を容赦なく冷やしてきた。
それからは、怒涛のような毎日が続いた。
チアキが突き落とされたことをキッカケに、彼へのイジメが発覚したのだ。なんでも、現場を聞き取る中で、クラスの誰かがイジメとアプリでのやり取りを先生たちに教えたことが決め手になったらしい。それを補強するように、今まで傍観してきた子達が、これみよがしに彼奴らの所業を話し始めた。
あと少しで終業式。なのに、私達のクラスは、まるで何ヶ月も続くような、重くて苦しい時間が流れていた。
あの期間は、毎日のように先生達が会議を開いたり、保護者に説明したりと、遠くで見ていた私達でも理解できるくらいに大忙しだった。
その時に知ったんだけど、どうやら彼奴らは、学校の外でも彼のことをイジメていたらしい。
チアキの家電にイタズラ電話を掛けて、無言電話とか、おばさんへの悪口とか、チアキへの中傷とかを留守電に残すとか、してた。おばさんや先生に話したら殺すって、脅してた。
他にも、近所の川に落として水浸しにさせたり、その写真を自分達のグループで共有したり、おばさんの仕事先を特定して、その事に対しての誹謗中傷を書いた紙を郵便受けに投函したり。
さらに他にも、結構色々、耳を塞ぎたくなるような内容を。もう、聞くだけで苦しくなるようなことまで。
彼奴らは、私の知らない場所でとことん彼を追い詰めていた。
その全部を、彼はやっぱり、おばさんに隠していた。
おばさんに隠して、普段と変わらないように振舞っていた。多分、ただいまって言われて、普通におかえりって答えてたんだ。
先生達は、毎日説明に追われていた。大半の先生の目の下には隈が出来ていたし、船を漕ぐ人もいた。私達の教室に入る度に「やってくれたな」という表情で怒っていた。
特に、私達の担任は凄かった。
主犯格だった奴らと取り巻きが別室へ連れて行かれた後、先生は教卓に両手をつきながら低い声で私達に話しかけた。特定の生徒だけじゃなく、クラス全員がイジメを容認してしまっていたことに怒っていた。怒っていたようにも見えたし、悲しんでいたようにも見えたし、呆れているようにも見えた。
──どうして黙っていたんですか。
──みんなも、海原君のイジメのことを知ってたんですよね。
──なんでこんなことになるまで放置したんですか。
──ええ、分かってますよ。全員が加担していなかったのは知ってます。この中には、勇気を持って告白してくれた子もいました。
──でも、傍観者だって、立派なイジメ加害者なんです。その結果、海原君は傷つきました。
──もちろん、気づけなかった私にも責任があります。
──でも、みんなはもっと重いものを背負ってしまったんです。
──それは、理解してますね?
──みんなは、立派な加害者です。
そう、私達は加害者。
自分達は違うと思い込んで、他のイジメの抑止力になってたとか戯言を抜かして正論ぶって、時には虐められてる方にも原因があると言い訳して、けど実際は、集団で彼を見殺しにして、時に彼奴らに混ざっていた、最低な加害者。
…………でも、先生だって、彼がイジメられているのを見たはずだ。けど、全て『じゃれ合い』『ふざけ合い』で済ませてた気がする。気がつかなかったなんて、嘘っぱちとしか思えない。
ううん、それ以前に、この人はチアキに対してもともと冷たかった気がする。小学位の時に、気が合わない子に素っ気なかった先生よりはマシだけど、チアキのこと、いつも冷めた目で見ていた気もする。
本当は、彼がイジメられていることを知っていたのかもしれない。知ってたけど、彼のことが『好きじゃない』から、気づかないふりをして助けなかったのかもしれない。
本当のことなんて、本人どころか大人でもない私に分かるはずがない。でも、先生のことは、すごく卑怯だと思った。
──話し合いの結果、今回のイジメについて反省文を書くことになりました。書いたものは海原君のお母様に渡すから、みんな、反省の心を込めて、丁寧に書くように。
先生からそう言われたのは、イジメが発覚して数日が経ってからだった。木曜日の5時間目からそのまま午後の5時まで、部活も行かずに、時間いっぱい使って。
もちろん、他の子との見せ合いも禁止、違反したら書き直し、持ち帰りもダメ。判断基準は先生。校長先生の許可はもらってる。保護者達の同意の上だから、拒否はできない。彼奴らはそれに加えて、もっと重いものを課せられていたらしい。
ため息を吐く子はいた。けど、文句を言う子はいなかった。むしろ、反省文を書くだけで済むんだって、内心はほっとしたかもしれない。
あとからみんなが話してたけど、傍観していた子は、あのとき何をするべきだったかを書いて、取り巻きとはいかなくても、たまに輪に入っていてやらされた子は、自分がやったことへの過ちを告白していた。
多分、この時のみんなは、本当に反省していたんだと思う。
けど、それはイジメを止めなかったからこんな面倒なことになったという反省であって、チアキを助けなかったことへの後悔とか、そういうのはなかった。むしろ、彼奴らのせいで加害者にされた自分達も被害者だっていう意識が強かった。
みんながカリカリスラスラと書き進める中、私は筆が進まなかった。
『私はクラスメイトがいじめられているのに──』……違う。
『今回の反省を忘れずに──』……もっと違う。
『イジメは悪いことです──』……そんなの当たり前だ。
『助けずに見捨てることは、イジメと同罪です──』……分かってるよ。
『みんな、お互いに助け合って──』……そういうのじゃない。
一マス一マスに書く自分の文字が嘘くさくて仕方なくて、書いては消していた。その度に消しゴムの角がどんどん丸くなって、手の横の、小指の側面が黒鉛で黒くなっていた。紙も皺くちゃになって、何枚かダメにしてしまった。
それを見た先生は、怒ることはなかったけど、呆れたような顔をした。そして、まるでヒントでも与えるように、叱責を空気で包んだかのような声で私に言った。
──山田さん、確か海原君とは幼なじみだったよね。
冒頭は、『私は幼なじみの海原君を見捨てました』。
これが、先生の求める正解。私が書くべき反省文の内容。
分かってた、だから、言い返すことも出来なかった。先生が去った後に周りの子からどんまいって言われたけど、それにも返事ができなかった。
先生が言いたいことは分かってる。
私は彼の幼なじみ。幼なじみで彼と仲が良かった。
その彼を、私は見捨てた。
一部始終を見ていたのに、彼がイジメられてるのを知ってたのに、助けるチャンスは何度もあったはずのに、なにもせずに逃げた。
だから、責められないといけなかった。
けれど、誰も、先生以外は責めてくれなかった。
お父さんは「お前は、直接手を出していないんだな?」「チアキ君のイジメに加担してないんだな?」「女の子だからな……男相手は、怖いよな」って、心配するばかりで怒ってすらくれなかった。昔から親交がある人の子どもがイジメられて、それを娘が見殺しにしたっていうのに。
おばさんは、一番謝らないといけない人だった。なのに、おばさんも「ハルちゃんも、女の子だから、男の子相手だと怖かったわよね。何をされるか分からないから、止めれなかったよね」「ハルちゃんが謝る必要なんてないからね」って、おばさん自身も傷ついたはずなのに、全然、怒ってもくれなかった。
おばさんには、怒られたかった。なんで助けてくれなかったの、どうして言ってくれなかったのって、胸ぐらを掴んで怒声をぶつけて欲しかった。裏切り者、あんたなんか死ねばいいんだ、あの子の分まで苦しめって、言われても仕方がないことをしたんだから。
クラスの子も、私を責めるような子はいなかった。寧ろ、幼なじみだからって責められて大変なだねって、流石に先生も酷すぎるって、比較的話していた子からそんなことを言われた。
正直、責めて欲しかった。女の子なんて関係なしに、誰でもいいから『クラスメイトを見殺しにしたクズ』『幼なじみを見捨てた女』と罵って欲しかった。
けど、そしたらそしたで、私は醜い言い訳を並べていたかもしれない。
あんたらに何が分かるんだ、本当に悪いのは彼奴らでしょ、傍観者だって辛い、なりたくてなったんじゃない、あんただってあの場所にいたら同じようなことをする、綺麗事を吐かすな、じゃあそれで私が標的にされたらどう責任とってくれるんだ、どーせ助けてなんかくれないくせに、なんで幼なじみってだけで私がこんなに責められなきゃいけないんだ、そもそも彼奴らがイジメなんてしなければ。
口に出さなくても、頭の中にすぐに浮かんでくる。
ああ、私ってホントこういう奴なんだなって、自分のことが嫌になる。
そんな私の反省文に、先生はため息を吐いた。それはそうだ。だって、必死に考えて『ごめんなさい』の一言しか書けなかったんだから。
あの件で酷かったのは、生徒だけじゃなくて、みんなの親もだった。
みんな、表面的にはチアキのことを心配してくれていたし、同情もしてくれていた。なんせ自分の子が通う学校でイジメが起きたのだから、表向きはイジメ、ダメ、絶対、の立場を取らないといけない。
でも、あくまで表面だけ。
次に来る言葉は、「うちの子は関係してたんですか?」というセリフばかりだった。みんな、自分の子どもがイジメに加担してないか、その事ばかりを気にしていた。
「冬休みはあの子にとって大事な時期だから、この件を早く終わらせて欲しい」
「うちの子は見ていただけらしいけどそれは内申点に響くのか、受験の時に不利にならないか」
「公にすることはしないでほしい、イジメは許されないことだけど、どうかうちの子の将来を考えて欲しい」
「うちの子は進学校を目指してますので、できれば穏便に済ませて貰えませんか」
「もういいですか? 娘は加担してなかったんだから、これ以上責められる道理はないと思うんですけど」
「その、大変言いにくいんですけど……虐められていた、海原君、でしたっけ? その子もその子で、親や先生に相談しなかったのはまずかったんじゃないかと」
「殺してやるなんて、子どもの言ってることなんだから、本気じゃありませんよ」
「海原君の自己責任といいますか、早く相談していたら、息子もイジメた子たちに無理やりやらされることはなかったと思うんです。はい、分かってますよ。イジメた子が悪いのは。ですが、やはりうちの子も被害者といいますか、今回の件でそこまで責められる必要はないと思うんです」
「そもそも、彼のお母さんもどうして気がつかなかったんですかね。彼のこと、もしかして放置とかしてるんじゃ」
…………もう、最初の同情が嘘みたいに、言いたい放題。コソコソ話してるつもりかもしれないけど、私達、そういうこと、ちゃんと聞いてるんだから。ちゃんと聞いて、「ちょっと、うちの親、ありえないって思った」って、こぼす子もいたんだから。
親って、私達子どもにとっては唯一の味方で、将来のこととかあるから、血を分けた家族だから、せめて親だけでも子どもを守ってあげなくちゃって気持ちは、本当にありがたいと思う。親にまで見捨てられるのは、子どもにとってはきつい。私だってウザったいけど、お父さんに見捨てられたらショックを受けると思う。お父さんが私を責めなかったのは、そういうことなんだろうなって思う。
でも、ダメなんだよ。
親がそういうのばっかじゃ、みんな、本当に『ダメ』になっちゃうよ。
子どもだけど、私達、もう子どもじゃないんだから、後戻りできないよ。
…………それから、短い冬休みを明けて、三学期を迎えた私達のクラスには、重たく淀んだ空気が流れていた。結局チアキのイジメについては内々で処理されることになり、公に、特にマスコミとか、そういうのに問い詰められるような事態にはならなかった。
でも、だからって全てが収まったわけじゃない。
みんな、放心したように何処か遠い場所を見つめていた。どうして彼を助けてあげなかったのか、なんでこんなことになったのか、みんなの中で、それぞれ違ったものが頭の中で渦を巻いていた。
私達を取り囲んでいた今までの環境が異常だっていうことを、チアキ1人を犠牲にして成り立っていた平和がおかしいってことを、私達はやっと理解したのだ。
けど、どれだけ考えたとしても全ては手遅れ。
新学期を迎えたこの教室に、彼が二度と来ることはなかった。
窓際の1番前の彼の机は、そもそも誰もそこに座っていなかったかのように、ぽっかりと空いた穴のように置かれているだけだった。けど、決してなくなりはせず、私達の視界にあり続けた。
そして、その光景に項垂れていたみんなは、2月を過ぎれば、まるで全部忘れたかのように元に戻ってしまった。彼の机をプリント置き替わりにする子も、彼の椅子を勝手に使って友達と談笑する子もいた。誰かが座るたびに、机横にかけっぱなしにされた体育館シューズの袋が虚しく揺れていた。
2年生になった今ではもう、あの時感じた重さを、みんなは忘れてしまっているのかもしれない。自分達は被害者だったって、また思ってるかもしれない。
そして私は…………私は…………
◇◇◇
「ハル、聞いてんの?」
黒鉛臭い机に伏せていた顔を上げると、目の前に座っている詩音ちゃんの怪訝そうな表情が飛び込んできた。周りの子は荷物を纏めながらガヤガヤと会話をしていて、小テストがどーのとか、ノートがあーだとか、クーラーがない暑い教室の中で嘆くように話していた。
「……おはよ」
「もう昼過ぎなんだけど」
帰りの会までの短い数分間、今日も長い長い6限の授業を終えた私の頭と体は、すっかり疲れ果てていた。給食はなにを食べたか覚えてないし、昼に流れていたのがなんの曲かも分からないし、授業も全然集中できなかった。数学の公式は全部が謎の古代文字に見えたし、英語なんか、マンソンがディランと何を話していたのかすら覚えてない。ずっと、asとかtoとか、そんな細かい単語使わなくてもいいじゃん、なんでそこだけ赤いマーカー引いてんのって考えてた。
「で、聞いてた?」
「何が?」
「だから、今度の英語の小テストで、ついでにノートも提出するって話」
なるほど、この騒ぎの原因はそれか。
「そんなこと言ってたっけ」
「言ってた。あんた最近、授業中いっつもボーッとしてるでしょ。だからちゃんと書けてるのかって聞いてんの」
「……お察しの通りです」
疲れた返事に、詩音ちゃんは眉を下げて呆れた溜息を吐いた。肺から空気が抜けても保たれた胸元の膨らみは、私のよりも大きい。学校の制服がネクタイなのもあって結構目立つ。ちょっと羨ましい。
「後でノート貸してあげるから、足りないとこ、埋めときなさい」
「……うん」
目を細めて答えると、詩音ちゃんはまた溜息を吐いた。
「あんたねぇ、いい加減その沈んだ気分、どうにかしなさいよ。毎度背後から負のオーラ浴びせられる私の身にもなりなさい」
「そう言われても、なんか、どうしようもないんだもん。だるいし、きついし、重いし」
この数週間、謎の倦怠感を覚えていた。
常に怠くて、体が重くて、勉強に集中出来ない、部活もきつい毎日が続いている。夏間近なのもあって、汗はどっと溢れてくるし、半袖のスクールシャツは蒸れて暑いし、余計身体が重い。お父さんは夏バテだろうって言ってるし、部活仲間はもうそろそろ女の子の日かなって心配してくれてる。メグちゃんなんて、試合のこともあるのかなって、オロオロしてた。
けど、本当は違う。
そしてそれを知っているのは、目の前で私に毒を吐く詩音ちゃんだけだ。
「数週間もあんたの悪気に晒されてるこっちが怠いわよ」
指先でおでこを押されて、思わず「ぐえっ」という声を出した。
「ハル、あんた、海原君とまだ仲直りできてないの?」
「うん」と、少し間を置いてから首を縦に振った。
チアキから本音を吐かれたあの日を最後に、私は彼の家を訪ねていない。訪ねたいと思ってるし、何度も3号棟の入口に来ていた。
けど、どうしても踏み出せなかった。
階段の踏面を踏もうとしても、足が上がらなかった。
突き刺すような視線、光のない瞳、そして無表情の彼の顔、なんで来たんだもう来るなさっさと消えろと突き放す言葉が、頭の中で作られてしまっていた。
そしたらもう、息苦しくなって、そのまま座り込んじゃってる。4階のおじさんに何度驚かれたか分かんない。
こういう妄想、被害妄想っていうのかな。違うか。でも、どっちにしろ自分が最低だっていうのは確かだ。おばさんにも会えてないし、今どうなってんのかも分かんない。分かんないまま、気がついたら7月になっていた。渡すはずのプリントも、かなり溜まってしまっている。
「……私、絶対あいつに嫌われた」
「またそうやって自分を責める。そういうの鬱陶しいからやめなって言ってるでしょ」
またぐいって押される。今度は声を出す気力もなくて、されるがままだ。ぐいっ、ぐいっ、食い込む指が痛い。
詩音ちゃんは指を離して、少し顔を低くして私を見つめる。二重に収まる綺麗な瞳で私を捉えながら、小声で話し始めた。
「……まあ、話を聞く限り、ハルが自分を責めるのも無理ないけどさ。謝りたいんなら、さっさと謝んなさいよ。こういうの、引き伸ばしてたらダメになるんだから」
「そんな、他人事みたいに」
「そりゃあ私は他人でしょ。これはあんたの問題であって、私は何の関係もないもの。だから、やれるのはアドバイスだけ。着いてきてとか、無しだからね」
「相変わらず冷たいなぁ」
「自分のことは自分で解決しろって言ってんの」
相変わらず詩音ちゃんは厳しい。て言っても、1年の体育大会で知り合った時から、自分は自分ですって、誰とも群れずに我が道を行ってたか。彼女のそういうとこ、結構惚れる。
おまけに、詩音ちゃんは見た目に反して腕っ節も強い。本当に文化部かっていうぐらい、スポーツもできる。噂では、小学生の時に、名前を言ってはいけないアイツの頭文字をとって『ミスG』なんてあだ名をつけようとした男子をフルボッコにして服従させたらしい。あだ名の理由は、足がチョー速くて、後ろ姿が奴の背中に似ていて、彼女が嫌いなものだから、らしい。今どき酷いあだ名なんて炎上待ったナシの時代に、堂々と悪口を言った男子もなかなかだけど、それをボコって服従させた彼女もなかなか凄い。
「それにあんた、今月あれ渡さないといけないんでしょ。どっちにしろ、避けられないじゃん」
「……そうだけどさぁ」
先生が言っていた、チアキへの励ましの手紙と色紙。結局あれは、今月の中旬にやることになった。
総合の時間を使って、みんなで作って、それを私が届ける。本当は先生が届ける予定だったんだけど、なんか、話してるうちにいつの間にか私が届けるみたいな感じになってしまった。
正直、ノリノリなのは先生だけで、クラスのみんなはかなりしんどそうにしている。だって、知り合いでもないクラスメイトに手紙なんて、なにを書けばいいのか分かるわけないもん。みんな、『早く元気だして』とか、『待ってるよ』とか、同じこと書くしかないじゃん。保護者にバレてクレーム付けられても知らないよ、ホント。
「で、ハルはどうしたいの?」
「……謝りたいです」
謝って、また、話せるようになりたい。
けど、そんな資格、私にあるのかな。そんなこと訊いても、誰も答えてくれるわけない。
「ま、頑張んなさいよ。何だったら、仲直りのキスでもエッチでもなんでもしてあげればいいじゃん」
「キス…………エッチっ!?」
思わず大声を上げてしまい、周りの子達からの視線を一斉に受ける。恥ずかしくて顔が熱くなってきた。詩音ちゃんは意地悪そうににやけてる。この子、私のチアキへの想いを知ってて、なんて意地悪な。
何か言い返してやろうと、重い頭を上げた。
それと同じタイミングで教室の扉が開かれ、配布物を抱えた先生が入ってきた。いつも愛用している薄い羽織物の袖には、黒板の白い粉がついている。他のクラスの授業でつけたものだろう。
私が何か言う前に、詩音ちゃんは知らん顔で前を向いてしまった。
「よっこいしょ……あ、山田さん」
「なんですか……?」
「井戸中先生から伝言。今日の部活の練習、休みだそうですよ」
「え? なんで?」
「急用らしいですよ。それでもうさっき外に出ちゃいました」
あの井戸中先生が急用だなんて珍しい。しかも外に出る程だから、余っ程のことがあったのかもしれない。
どっちにしろ、今日の部活は休みだ。
「はい、じゃあ始めますよ。みんな席に戻ってー」
みんなが各々の席に移動する。
誰かが暑さに耐えきれずに窓を開けて、「うわっ、あっつ!?」と叫んで、隣の男子から頭を叩かれた。「バカ、開けんなよ。熱風入るじゃんか」と、口の悪い子が窓をピシャリと閉めた。
「いい加減クーラー設置して欲しい」「ホントだよねー」「塾の友達の学校には普通にあるのに、多分ここいらで無いのうちの学校だけだよ」と、女子がノートで顔を仰いで、サラサラした茶髪と黒髪を風に靡かせる。「でもクーラーつけたら夏休み減らされるらしいよ」って誰かに言われて「うわーやだー」と落胆した顔になった。
夏になるとよく見るいつもの光景。去年のクラスも、こういうのはあった。唯一違うのは、制服姿のチアキがいるかいないか。
ふと、私は窓側の1番後ろの席に目をやった。誰も座っていないあそこは、チアキのために用意された席、彼が何時でも来ていいようにって、先生が残してくれてる席。物とかも、全然置いてない。机の中は、何もないカラカラな状態。机の横のフックにかけられた体育館シューズは、微動だにしない。
想像してみる。彼がここに来て、席に座って、授業を受ける。私よりも勉強できるから、テストの点数で勝負なんかしたら絶対に彼が勝つだろう。
けど、想像はそこまで。それ以外の想像をしようとすると、1年の時の彼しか思い浮かばない。中学の貴重な1年を、彼は苦しい表情で過ごしていた。
だから、私には、ここで勉強をして笑顔を向けてくれる彼も、将来を語ってくれる彼も、全部、想像できない。
想像したくても、できなかった。
◇◇◇
桜が散ったのが、もう遠い昔のように思えてくる。
花弁だったものは土に還って、今度は蝉の抜け殻と瀕死の蝉が道に転がっている。いち早く鳴ききったクマゼミが、腹を向けて天に召されていた。その仲間を弔うように、別のセミが緑の葉っぱが生い茂った木に止まって、これまた騒音のような鳴き声をあげている。正直、聞いてるだけで暑くなってくる。授業中もうるさいもんだから、倦怠感に拍車をかけてくれる。
突然の部活の休みを告げられた私は、重いバッグを2つも抱えて、太陽の暑い日差しを浴びながら、歩き慣れた通学路を歩いている。もうお昼ご飯の時間はとっくに過ぎてるって言うのに、空はまだまだ暗くなる様子はない。
予想してた通り、先輩達は自分達で集まって自主練習をしていた。あとは2年の何人かがそれに着いて行って、メグちゃんはいつも通り流されて参加していた。あの子、私が行かないって言ったら、ちょっと泣きそうになってた。けど、彼女の期待に応えられないくらい、体が重い。
ていうか、夏休み前だってのに、どうしてこんなに暑いんだ。これじゃあ8月とか持たないし、部活も熱中症続出で大変なことになりそう。
汗が首筋を流れて、白いシャツに染み込む。セーラー服よりは可愛いとは思うけど、やっぱり襟付きのシャツは鬱陶しい。ネクタイとか、暑苦しいけど、今すぐ外す気力はない。
「あ」
気がつくと、近所のオバサンの家も大きな公園も通り過ぎて、いつもの丁字路に突き当たっていた。ちょうど真横にある電柱の縦に長い影に隠れて、とりあえず一息ついた。部活が休みなおかげで、スポーツバッグが単なる重りになってしまった。このままいつも通り右に曲がって、重い荷物を置いて寝転がりたいと、心半分で思ってしまった。
でも、家に帰ったら、そのまま外に出なくなる。そうなったら、また彼に会いに行く日が遅くなる。手紙のこととか抜きにして、私はここで逃げるわけにはいかない。
スポーツバッグから水筒を取りだし、お茶を一気に飲んで、またすぐに戻した。そして背負い直して、私はそのまま丁字路を左に曲がった。
道路の遠くの方が、ゆらゆらと揺れている。陽炎って言うんだっけ、逃げ水って言うんだっけ、あれ。
そんなに長くないはずの道のりが、2倍くらいの距離に感じてしまう。蒸し暑くてアスファルトが熱されて、上も下も結構きつい。途中にあるマンホールなんて、目玉焼きができそうなくらいアツアツっぽかった。
「マジでこれじゃ8月ヤバいでしょ……地球温暖化進んでるじゃん」
苦しみを息とともに吐きながら、私は何とかいつもの入口まで辿り着いた。
やばい、久々なせいでかなり緊張してる。前まで棟の入口までセーフだったのに、胸の鼓動、結構やばいかも。
「……よし、よし……よし」
弱々しい発破を数回かけて、拳を握って、胸元を叩いて、私は重い足を進めた。
敷地内の道端には、お日様の光を浴びて一気に成長した雑草がわんさかと生えている。中には私の膝よりも高く伸びているものもある。昔は、この草の中を掻き分けて、探検ごっこみたいなこともやってたっけ。それでバッタが飛んできて、彼のおでこに直撃したことも合った。死にかけの蝉が足元でファイナルを決めて、一目散に逃げたことだってある。
眩しい日差しが目を焼こうとしてるのか、視界に白いモヤモヤをかけてくる。頭が焦げると思うくらいに熱い。先輩達、こんな日に練習なんてして大丈夫なのかな。ほら、もうこの道なんて、土から出てきたミミズがわんさか死んでるし。蟻が群がってる。
「…………死ぬ」
あまりの暑さに、思わず声が漏れる。昔から暑い時はよく死ぬって言ってた。今のも同じ。
でも、半分は別のことを連想してた。
イジメって、被害者の子が自殺しちゃうことがあるらしい。
数年前も、どっかの県立中学校の男の子が、学校の屋上から飛び降りて死んでしまったとニュースでやっていた。あの事件はテレビでも雑誌でも取り上げられていて、学校に取材陣が殺到して生徒を待ち伏せしたりと、色々と世間を騒がせていた。
そしてその子も、チアキのように、イジメのことを誰にも相談してなかった。多分、優しい子だったのかもしれない。優しくて、標的にされても、親に心配かけたくなくて、誰にも話せなかったんだろう。
…………彼は、死にたいと言ったのだろうか。チアキのように、死にたい、消えたいって、泣いていたのだろうか。泣いて泣いて、結果、屋上から飛び降りたのだろうか。
彼だけじゃない。ニュースで報道されてる自殺した子達は、みんな、同じような気持ちだったのだろうか。苦しくて、どうにもできなくて、死ぬことでしか楽になれなかったのだろうか。
──死にたい…………消えたい…………
泣きながら漏らしていた悲鳴が、頭の中で再生される。
あれは、チアキがどうしようもなくて、それで吐き出した言葉だったのか。
まさか、チアキ、本当に死んでたりしないよね。
私、まだ話したいことも、謝りたいことも、伝えたいことも、沢山あるのに。私のせいであいつがいなくなったら…………。
「はぁ、はぁ、ぅ、ぅぅ、はぁ…………」
急に息が苦しくなってきた。お腹あたりが痛くなって、胸の所が詰まったかのように苦しい。
もつれそうな足を急がせて、彼の住んでいる3号棟の入口に駆け込んで、ちょうど日差しが当たらない段裏にしゃがみ込んだ。
「はぁはぁはぁ、はぁはぁ……はぁはぁ、うっ、ぅぷっ」
胸に手を当てながら、必死に呼吸を落ち着かせようとした。けど、なかなか収まらない。こんなにも収まらないのは初めてかもしれない。酸っぱい液体が、胃から這い上がって喉に詰まりそうになる。無理やり戻したせいで、喉に焼けるような痛みが走った。
「嫌だ…………やだ…………ダメ……やだよ……」
無意識に口が動いた。
チアキが死ぬだなんて嫌だ。
もう大切な人を失いたくない。目の前でお母さんが死んだとき、そう考えていたはずだ。枯れた木のように痩せこけてしまったお母さんの冷めた手を握りながら、考えたはずだ。
考えていたはずなのに、私は、彼のことを助けなかった。大切な人なんて言っておきながら、私は恐れて何もしなかった。今更になって、すごく後悔してる。せめて彼の傍にいるとか、そういうこと、すればよかった。あいつが誰にも相談しない理由なんて、よく分かってたはずだ。それなのに…………私、やっぱり馬鹿、最低。
小さい子みたいに涙が止まんない。唇を噛んでもダメだった。ダメだって分かってるのに、頭の中で彼が死ぬ姿を想像してしまう。部屋の中で首を吊ってダランッて。手首を切って血がドバドバって。飛び降りて、頭がグシャッて。それで、おばさんが泣いて、私は…………。
涙がスカートにポタポタと落ちる。玉のような大量の汗が顎下に伝って、涙に紛れて滴る。
頭も、目も、熱くて痛い。
このまま溶けてしまいそう。このまま、溶けてしまいたい。溶けて、消えてしまいたい。
許せない、私は、私が許せない。
だから、何度も殺してきた。
彼から目を逸らした自分のお腹を、刃物で何度も突き刺した。部活に逃げた私の首を、両手でぐっと絞め殺した。醜い言い訳を頭の中で浮かべた自分の顔を、金槌で何度何度も、ぐちゃぐちゃになるまで殴り潰した。その度に偽物の血と肉片と泡が飛び散って、私の頬を汚した。
でも、所詮は私の記憶の中の私でしかないから、殺しても殺しても、何度でも蘇ってしまう。何度でも蘇って、何度でも苦しめる。
「私、ホント…………」
口から漏れ出す言葉を遮るように、上の方から何かを叩く音が響いて、耳に届いた。いつものおじさんが階段を降りているのだろう。また驚かれてしまう。今度は大泣きしてるから、気味悪がられるかもしれない。そんなこと言われても、止めようがないんだ。
かつ、かつ、と少しずつ音が近づいてくる。ゆっくりとした足音は、まるで石橋を叩いて渡るように、一歩一歩を慎重に確認しているかのようだ。どこか痛めたのだろうか。でも、確実に相手は階段を下っている。私はめいいっぱいに声を殺して、顔を伏せた。こうでもしないと、抑えられそうにはない。
音はとうとうすぐ真上まで聞こえてきた。
階段を踏む音と手すりを擦る音が振動になって伝わってきた。
相手の、今の私みたいな、はぁ、はぁ、という荒い息呼吸が聞こえる。
そして、相手は私のすぐ横にまで来た。
おじさんにしては、少し声が高い気がする。あの人はもっと枯れているはずだ。それに、匂いも違う。あの人はこの距離でもわかるくらいに独特の匂いだ。けど、この匂いは何だか、懐かしくて、大好きで、嗅ぎなれた匂い。
真横にいる相手の鼻息が聞こえる。多分、すぐ横で私のことを見つめている。
「……………………ハルちゃん?」
声の主は、私の名前を呼んだ。
俯いたまま、私はゆっくりと横を向いた。
彼が…………不健康そうに顔を青くしたチアキが、腰を下ろして私を見つめていた。額から汗を流して、見ただけでも死にかけって分かるくらい顔色が悪い。
それでも、私のことを心配そうに見つめてくれていた。
「…………あ」という言葉が漏れた。
たったのそれだけ。名前を呼ぶこともなく、私達はそのままの姿勢でしばらく見つめ合った。
生温い風が私達を靡かせる。蝉達のうるさい鳴き声が、頭の中で響いた。
◇◇◇
彼の部屋の中は、相変わらず男の子の匂いがこもっている。
勉強机の上には物が散らばっていて、いつも畳まれていた布団は敷きっぱなしだった。制服は、前来た時よりも埃を被っている。
全部が、前に来た時よりも若干変わっている。それがいい意味なのか悪い意味なのか、私には分からない。
ただ分かるのは、今、私達は畳の上で向かい合ってるってことだけ。私は正座で、彼は胡座。節約で冷房は切ったままだから、部屋の中は蒸し暑い。でも、外よりはマシかもしれない。
目の周りが、泣いたばかりだから腫れたように痛い。鼻水もまだ出てくる。多分、いや、絶対ブサイクな顔してる。
「ティッシュ、いる?」
「……ごめん」
チアキからティッシュを受け取り、チーンと思い切り鼻をかんだ。同い年の男の子にこういう姿見せるのって、普通は恥ずかしい。でも、出るものは出てしまうし、見せ慣れた彼の前ではそんな気持ちはない。
「…………久しぶりだね」
「……うん、久しぶり」
私は目を向けて返事をした。さっきまで青白かった彼の顔は、今は血の気が戻っている。髪、また伸びたかも。
「……元気、だった?」
「ご覧の通り、生きてるよ」
生きてるよ、まるで私の心を見透かしたような言葉だった。
「おばさんは?」
「今日も遅くまで。さっき電話があったから。夜の人が急に休むことになったから代わりにって」
「そっか……ご飯、どうする?」
「一応、冷蔵庫に割引の弁当があるから、チンして食べるようかなって思ってる」
しばらく会ってないのに普通に話せているの、なんか不思議だ。
「……前よりも痩せた?」
「ああ、うん、最近、イマイチ食が進まないんだ。ちゃんと食べないとダメだって母さんからは言われてるけど、引きこもってるからあんまりお腹も空かないんだ」
ちゃんと話せてる。会話もできてる。前と変わんない。
でも、なんでだろう。話すこと、もっとあるのに、口は動くのに、進めない。
窓から差し込む日差しは、雲で隠れているのか弱い。それでも太陽の熱は、雲もカーテンも貫通してくる。
畳の細かい藁みたいな束が足を擽ってこそばゆい。落ち着かない心が痒い。
「…………あのさ」
籠り気味な口調で、私は口を開いた。
「最近、どうしてた? なんか変わったこと、あった?」
「……そう、だね。ちょっと体がだるい日が多いかな。家から出てないから、昼夜が逆転することはよくあるけど、それ以上に何だか体が重いんだ。まあ、多分夏バテだと思うから、そんなに気にしてないけど。あとはあまり変わってないかな」
チアキは目を少し泳がせた様子で言った。多分、色々と端折って話してる。
「……ホントに?」思わず声が出た。
「ホントのことなの?」再度訊いた。
すると彼は目を少し見開いて、すぐに諦めたように視線を下に向けながら話した。
「……外に出ようと、何度か頑張ったんだ。靴を履いて、玄関の扉を開けて、階段を降りて。始めは郵便受けで、次に駐輪場の横、それを繰り返していくうちに、距離も伸びたんだ。そこの歩道前まで行けた日もあった。このままコンビニにでも行こうかなって思う日もあったよ。
…………ただ、どうしてもそこから先はダメだった。下校途中の子が遠くから見えただけで、酷く緊張するんだ。全く知らない子なのに、すれ違ったら何か言われそうで怖くなって……あと、知らない大人の人から変な視線で見られたこともあったし。僕みたいな子どもが平日に外にいるのはおかしいから、仕方ないとは思う。
その反動か分からないけど、体が重たいんだ。なんせ半年ぶりだからね、体の方も外の空気とか忘れてたんだと思う」
「そっか……今日も?」
「うん、けど、今日は郵便受けに行くだけで精一杯だったかな。なんか、日によって気分の落差が激しいみたいなんだ。今日はダメな日だったよ」
「……机の上、結構散らかってるけど」
「あ、うん。久々に勉強してみようと思ったんだ。まあ、全然やってなかったから、集中できて15分くらいかな。それに、中途半端なところで止まってるから、自分で進めるの、結構難しいんだ」
私が、彼の行動に上から目線で言えることなんて1つもない。けど、私は正直、凄いと思った。いつの間にか外に、しかも敷地のあの入口まで出れるようになっていた。
私がウジウジしてる間に、チアキはすごく頑張っていたんだ。
「すごいじゃん。私だったら初っ端から投げてるって」
精一杯に、笑顔を作ったつもりだった。でも実際は真顔のままだったと思う。
チアキは視線を私に向けて、ほんの少し表情を緩めた。
「自分なりに考えてみたんだ。どうやったら、前みたいな自分に戻れるんだろうって。それで、考えた結果がこれだったんだ……少しずつだけど、死にたいって思う気持ちもなくなったんだ……あの時、ハルちゃんが怒ってくれたから考えるようになったんだよ」
「……違う。私、なんもやってない」
これはチアキが自分で頑張ったことなんだ。
私は、ただ吐きたいことを自分の勝手で吐いただけ。
おばさんのこと、考えろって言ったけど、本当は自分のために言った。消えたいとか、死にたいとか、大切な人がそういうことを言うのが怖かった。また、私の隣からいなくなると思った。
だから、私は何もしてない。何もやってない。それどころか、逃げた。
「チアキ」
目の前がぼやけて、膝に添えた手の甲に熱いものが落ちた。
また泣いていた。きちんと言わないといけない場面なのに、私はまた逃げようとしてる。泣いて反省してますって卑怯な真似を使おうとしている。
でも、止まらない。止まらないからどうしようもない。
「…………今まで、ごめん」
瞼と頬に熱いものを感じながら、彼の目を見てハッキリと言った。
「あんたが……彼奴らにイジメられてるのに、私、何もしなかった。怖くて、動けなくて、自分がイジメられるのが嫌で……報復が怖くて、あんたのこと、見捨てて逃げた。そのくせに、励まそうって、上から目線で行動したうえに、結局自分のことばっかで、チアキの気持ちとか、全然考えてなかった……それどころか、あんたのこと、責めて、謝らせて、逃げた」
自分の中に溜めてきた彼への謝罪を吐露するように、口が勝手に動く。動く唇に言葉を乗せたまま、今まで行けなかった間にあったことも話した。何度も行こうとして、階段すら上がれずにその場でしゃがみこんでしまったこと、勝手にチアキが死ぬんじゃないかと妄想して、さっきまで泣きべそをかいていたことを、罪を告白するように話した。
「………………ごめんなさい」
もう一度、はっきりと口を開いて、私はその場で深く頭を下げた。中途半端な子どもの私にできる精一杯は、これしかなかった。
それにこの言葉は、もっと早く言わなければならなかった言葉だった。それを、私はずっと言えずじまいだった。しないといけないと思いながら、今更私が謝ってもって、言い訳を重ねてしまった。
涙がこぼれて、目前の畳に染み込んでいく。ポタ、ポタ、涙の落ちる音が暑い部屋の中に微かに響く。聞こえるのは私だけだろう。
「……顔、上げてよ。ハルちゃん」
でも、私は上げられない。上げてよって言っても、上げることはできない。このまま、彼に罵倒されても、責められても、仕方ない。私は、それ程のことをしたのだから。
「…………僕さ」と、彼の声が聞こえた。私は頭を下げたまま聞いた。
「ずっと、怖かったんだ。学校に行けなくなったあの日から、家に出るのが怖くて、誰かに会うのが怖くて、母さんにも迷惑をかけて、もうこの先、自分には未来なんてないって、暗い部屋の中でずっと考えていたんだ……もしかしたら、あの時、ちゃんと母さんや先生に話せていたら、変わってたかもって……もしそうなら、こんな自分になるよりはマシになったかもしれない、自分ってホント馬鹿で…………生きてる価値なんてないって、何度も思ったんだ。
でも、ハルちゃんが来てくれるようになった時、本当は、凄く嬉しかったんだ。君がまた来てくれるようになって、僕のことを心配してくれる人がいるんだって、そう思えるだけで、嬉しかった。ずっと話せてなかった僕のこと、気にかけてくれるんだって。
…………なのに、嫌な気持ちが、湧いてきたんだ。学校の話を聞いて、勝手に劣等感を感じて、勝手に自分が惨めに思えて、無理してるって決めつけて……励ましてくれる君の気持ちも考えずに、拒絶したんだ。それどころか、君のこと、追い詰めてたんだ」
「……チアキ」
「…………僕の方こそ、ハルちゃんの気持ち、考えられなくて、ごめんなさい」
ゆっくり顔を上げると、頭を下げる彼の頭頂部が目の前にあった。ストレスなのか、髪の毛の中に埋もれた左回りのつむじから、白髪が何本か生えていて、細く光を反射している。
「謝らなくていいよ。私、チアキから恨まれても仕方ないことしちゃったんだから」
「……恨んでないから」
彼も顔を上げて、私を見た。泣きそうで泣かない、堪えた潤んだ瞳で私を捉えた。そして、捉えながら、口端を上げて笑おうとしていた。
「…………ハルちゃんのこと、恨んでなんかないよ……僕だって、他の子が同じ目に会ったら、多分、動けないから」
嘘、チアキなら、動いてると思う。オドオドしながら、勇気を出して止めると思う。私にしてくれたみたいに、手を伸ばしてる。
「僕、ハルちゃんのこと、許すとか許さないとか、そういうのもないから……だから、もう、謝るとか、やめようよ。また前みたいに、仲良くしよ……?」
……こういう時、どう返すのが正しいんだろう。どうやって仲直りするんだろう。小さい時は、うずうずする彼を引っ張ることはあったけど、大喧嘩とかそういうのはしなかったから、仲直りの仕方とか分かんない。
普通に、「うん」って返せばいいのかな。それだけで、前みたいに戻れるの? 前みたいにチアキの笑顔、見られるの? 私達なりの仲直りって、なんなんだろう?
──仲直りのキスでもエッチでもなんでもしてあげればいいじゃん──
ふいに、詩音ちゃんに言われた言葉が頭の中を過ぎった。あれは、彼女なりに私を励ますつもりで、意地悪半分で冗談を言っただけなんだろうというのは分かっている。でも、なんだか、胸の奥につっかえて残っている。何考えてんだろ、私。
でもさ。なんかさ……こう、ね。
「じゃあ、あのさ」
「なに?」
「…………しようよ」
「しようって、なにを?」と訝しそうに聞き返す彼の目を、私はじっと見つめながら、
「…………仲直りの」
「……仲直りの?」
「………………仲直りの……キス」
と答えた。
体が熱くなっているのが分かる。耳が真っ赤に染まって、頬が林檎みたいな色に変わっている。蒸し暑い部屋なのもあって、首筋にたくさんの汗が伝っている。背中に流れる感触がもどかしい。
案の定、チアキはキョトンとした表情のまま固まっていた。流しかけていた涙も引っ込んでしまったらしい。
こういうの、鳩が鉄砲食らった顔って言うんだっけ。何も言えないまま、私のことを見つめている。
私だって、勢いでつい変なことを言ってしまったことを言ってから後悔した。だって、こんなタイミングでこの状況で出る言葉じゃないんだから。
でも、思いついたのがそれだったんだから仕方ないじゃん。あとで詩音ちゃんに文句言わなきゃ。
「……どういうこと?」と、たっぷり気まずい間を置いてから、チアキは呆けた声色で訊いてきた。
私は手をぎゅっと握りながら、妙な鼓動を感じながら一文字に結んだ口を開いた。
「だから、キス、しようって言ってんの。仲直りの印に、私とチアキで、キス……したい……冗談じゃなくて、マジで」
頭の中が茹で上がりそうなくらい、体が熱い。折角仲直りしようとしてるのに、私は何を言っているんだろう。これ、理由とか聞かれたら絶対に答えられない。暑さで頭がおかしくなったと思われる。
蝉の鳴き声は、窓を締め切った部屋の中にも聞こえている。その音を聞きながら、チアキはまたたっぷり間を置いてから、口を開いた。
「……えっと、ハルちゃん。そういうのって、謝る代わりとかにしちゃダメな気がする」
「なんで?」
「いや……だって、キスって、好きな人とか、してもいい人と思った人にするものであって、仲直りとか、謝る代わりにするようなことじゃないと思うんだ」
少なくとも僕とするようなことじゃないよ、と自虐気味に付け加えた。
今のチアキ、すごく冷静に私を宥めようとしている。けど私だって、それくらいのことは分かっている。
「……だから、し、してもいいんだよ。私、チアキとだったらしてもいいから。そ、そういうことだから」
「……そういうことって」
「わ、わっかんないかなぁ。そういうことっていうのは、つまり…………その…………だから、そういうことなんだって、ほら。チアキにだったら、キスの一つや二つ……してもいいってこと。分かってよ」
たったの2文字。ずっと前から持っていて、異性を意識し始めてようやく自覚した秘めてきた思い。それを伝えればいいのに、なかなか言葉が出ようとしない。そのせいで、気づいてくれない彼に対して悶々とした気持ちを湧かせながら、私は遠回しな言い方ばかりした。
いや、本当はチアキも少しずつ私の言いたいことを理解してるのだろう。彼も徐々に顔が赤くなり始めていた。
中学生にとって、キスもエッチも、未知の領域。気持ちいいということは知っているけど、実際はタブー視されている禁句の事柄(なんかこの言い方、ちょっと厨二臭い)。その未知への興味は、多分、誰であろうと持っている。知ることができるなら、知りたいと思ってしまう。
私は、知りたい。
いつか一緒になって、同じ苗字になって、お父さんとお母さんのように同じ布団の中で抱き合いながら眠って……そんなことを、ずっと空想してきた。
彼となら、そういうこと、してみたい。
チアキは頬をかきながら、困った顔で目を泳がせた。こんな表情したの、久々かも。
「……私とキスとか……いや? キモイ?」
「…………えっと、そういう訳じゃないというか……仮にハルちゃんがいいとしても、僕は、その、準備ができてないっていうか……身体とかだらしないし、口の中とか、歯磨きしてからじゃないとダメだよ」
「いい。歯磨きとか、しなくていい」
ありのままのチアキを味わいたい、という言葉は、キモすぎるから言わなかった。
いつの間にか、全身に緊張が走った。なんだろう、この感覚、私、こんなの初めて。小さい頃は、こういう緊張、全然なかったのに。スクールシャツの中が、特に背中辺りが静電気が走ったかのように、嫌にムズムズしてきた。
ごくりと音を鳴らして、チアキは「ホントに、大丈夫?」と訊いてきた。私はキュッと口を結びながらゆっくり頷いた。
また沈黙。その間も私達は見つめ合う。こんなにも長く見た目合うの、初めてかもしれない。
彼の目にちょっとした光が見えた。でも、優しい。それが彼らしいと思った。
覚悟を決めたのか、チアキは胡座を崩して、恐る恐る私に近づいて私の肩へ手を伸ばしていく。私はじっと、全身に力を入れながら彼の手を待った。
前に部活の先輩が彼氏と一線を超えたという話をしていた。それを聞いて、同級生達はどういうものだったのかを訊ねた。思春期な私達だって、そういうことは気になるものだ。
けど、先輩は多くを語ってくれなかった。ただ一言、『すごくドキドキした』とだけ答えていた。
先輩の言ってたこと、ちょっとだけ分かってきた。
私は今、凄くドキドキしてる。どんどん近づく彼の手が、一緒に近くなる彼の顔が、私の胸のドキドキを加速させていく。全身がかぁっと熱くなって、手のひらから汗が滲み出る。後退りしそうになったけど、グッと堪えて彼を待った。
チアキの手が肩を掴んだ。ビクリと体が跳ねた。
彼は私の肩を掴みつつ、もう片方の手で反対側の肩も掴んだ。
すぐ目の前までチアキの顔が近づいている。顔は赤く、口元を少し開けていた。
私は瞼を閉じた。鼻息の音と掠める肌でチアキを感じながら、彼からの口付けを待った。カーテンから差し込む意地悪な光が、視界を真っ暗にはさせてくれない。
ちょっとだけ、怖い。
興味があっても、こうして真正面からシリアスに攻められるのは初めてだ。けど、その分、彼の唇の味がどんなものなのか、ワクワクとした気持ちも湧いてくる。
肩にかかる重みが増していくのは、彼が私に寄りかかりながら顔を近づけている証拠だ。このまま押し倒されてしまいそうな勢いだった。
「…………ン」
そして、唇に何かが重なった。
私の唇と同じ形で、熱を持っていて柔らかい。
思っていたよりも優しくて熱いそれは、間違いなく彼の唇だった。
──ねえチアキ、キスってどんなの?
昔、彼が私のマンションに泊まった時、ベランダで一緒に夜空を眺めながら、私はそんなことを彼に訊いた。彼も分からなかったようで、困った顔で首を傾げるだけだった。それで私が試しにって、ドラマの主人公とヒロインの真似をしようって提案して、遊び感覚で、そういう気持ちなしに、2人でチュウを交わした。
とっても古くてずっと閉まっていた記憶。今になって、どうしてそんなこと思い出したのかは分からない。レモンなのかイチゴなのかも覚えてない。
でも、今のキス、あの頃よりも大人っぽい。子どもが親しみでチュウするのとは違って、凄くお腹がキュウッてなる。
ちょっとだけ固くしていた口元を緩める。
すると、彼の唇がより密着して、私の口の中に息を送ってきた。
甘いような、苦いような、不思議な味。いちごとかレモンとか、そういうのじゃない。なんて言えばいいのかな、兎に角不快じゃない。むしろずっと口にしていたい味だった。
唇をそのままに顔を重ねた。彼の鼻先が私の鼻横辺りをつついている。伸びた髪の毛が目元に触れて、私の瞼をくすぐってきた。
彼が息をする度に、私の鼻の奥が彼の香りで満たされる。体の匂いは、部屋の匂いよりも濃くてぽわっと頭の中を浮遊させる。
暫く私達は唇を重ねたまま呼吸をしていた。じんわりと沁みるような熱と、膨らんでは縮む肺の動きが分かる。そして、ドキドキと鼓動する心臓の音も。
ゆっくりとチアキは顔を離し、「大丈夫?」と訊いてきた。フワフワとした意識の中で、ぽおっとしながら「うん」と返した。多分、私、うっとりと火照ってた顔してる。
子どもな私達の仲直りのキス、でも、仲直りの割にはちょっと大人っぽいキスだった。こういう時、私達って子どもじゃないんだなって思う。高校生の歳になったら一応義務教育は終わるから、大人の仲間入りを果たす。だから、私達は狭間なんだ。
「んっ……!」
我慢できずに、今度は私からチアキにキスを送り返した。待った分を跳ね返すように、私は自分から彼の唇に自分の唇を重ねた。
制汗剤を忘れた、汗の匂いのする体で彼に寄りかかる。チアキは驚いて体を反らそうとしたけど、すぐに私の体を受け入れて、肩を掴んでいた手を背中に回して、優しく抱きしめてくれた。
おかしいなぁ。仲直りのキスのはずなのに、いつの間にかその先というか、ちょっと毛色の違うキスになっている。でも、私がしたかったのは多分こっちなのかもしれない。
「んッ……ちゅっ」
前に興味本位で視聴したエッチな動画の女優みたいに、キスをしながら舌先を彼の口の中に潜り込ませた。いきなりやったから、チアキから拒否されるかもって不安になったけど、彼は私の舌を迎え入れて、自分の舌を絡ませてきた。
にゅるにゅるっていう音を立てながら、私はチアキともっと深いキスを交わした。彼の口の中は唾液で満たされていて、舌の動きをなめらかにしてくれる。味はさっきと同じで、ずっと味わっていたい不思議な味。でも、なんだかねっとりとしていて、このまま舌が溶けてしまいそうな、そんな感じがする。視線を交わす彼の瞳も、なんだか熱を帯びていた。
「あっ……」と掻き消えそうな声を出して口を離した。舌の先で唾液が糸を引いた。
そのまま舌を出しながら、口端から涎を垂らしながら、私達はお互いを見合った。チアキ、さっきまで青い顔してて、外に出るのも辛そうで、最近痩せたなって思ってた。けど、今の彼は何処かエッチに見える。
ぽーっと視界がふわついている中で、私は舌を引っ込めて、唾液を飲み込んだ。そういえば、昔は飲み物の関節キスとか普通にしてた。今思うと、あれって結構エロいことだったんだ。
「……ごめん、ちょっと、熱が入っちゃって……嫌だった?」
「ううん、いい。僕も同じだから」
「……キスって、意外と気持ちいいんだ」
「うん……」
「これで、仲直りってことで、いい?」
「……うん、仲直り」
仲直り、なんて言う幼い言葉でまとめられるようなキスじゃなかった。もっと深くて、友達以上の関係の人間がし合うような、大人がするようなキスだった。その証拠に、色んな感情が、胸の中に押し込められていたものが外に溢れ出している。この気持ち、もっと卑猥で下品な言葉を知ってたら、上手く言い表せたかもしれない。
「……チアキ、あのさ」
自分でもビックリするくらい、甘えた声で彼を呼んだ。
このままキスだけで終わるだなんて嫌だ。私の中の卑猥な私がそう訴えていた。
これは彼への贖罪とか、身体で支払うとかそういう意図はない。純粋にチアキに甘えたい。受け止めてくれた彼に身を捧げて1つになりたい。まだ中学生なのに、大人ぶった変態な考えが私を変貌させていく。
「……やる?」
チアキは喉仏を動かした。細い喉に出来た小さな山をごくりと動かして、私を見ながら、ゆっくりと頷いた。頷いて、私の体を抱きながら、敷きっぱなしにしていた布団の上へ移動する。なんだか介抱されているみたい。
「……いい?」
「……いい」
本当にいいの? 流石に辞めよう? いや、彼ならきっと、この先のことも、さっきみたいに好きな人同士とか、してもいいって思った人とするものだよって言っているだろう。それがないってことは多分、そういうことなのかもしれない。もし言われても、「チアキとなら、してもいい」って答えていた。
チアキが紺色のベストの裾を掴む。脱ぎやすいように、私は腕を上げて、そのまま彼に脱がされた。サラサラと柔らかい薄い生地が顔と髪の毛を擦った。
ベストの次は、今の2年生が付けている青色のネクタイを持ち上げる。さっき首元の牡丹を外すために結び目を弛めたから、意外と楽そうに、チアキはネクタイを解いて、私の首元から引き抜いた。
するるっと首周りから細長いネクタイが抜けていく。その時の感触は、粘りっこくて、ちょっとだけ変だった。
もっと簡単に着けれるネクタイだってあるのに、どうしてうちの学校は一から結ぶタイプなんだろうって、ずっと考えてた。けど、こういうドキドキを味わえるからって思うと、ちょっと納得できる。
「ボタン、外すね」
「……うん」
チアキがシャツのボタンに触れる。「男子のと少し違うんだ」と言いながら上から順に外していく。確か、男子と女子じゃボタンの位置が違うんだっけ。それで外しにくいのかもしれない。
でもごめん。今の私、彼に外されるのが恥ずかしくて、必死で目を閉じてる。それが精一杯。だから、助けてあげられない。時々胸とかお腹に触れてくるから、ギュッて手に力が入る。
そして全部外し終えると、チアキは前立てを掴んで、ゆっくり両側に開いた。瞬間、ムワッとした熱気が解放された。
白色の、胸元回りをしっかりと包み込んだスポーツブラ。部活の時でも動きやすいのを理由に選んだこれは、去年、詩音ちゃんと初めてショッピングに出かけた時に、店員さんからオススメされて購入したものだ。彼女は彼女で胸が大きいから、私とは違って色つきの大人なブラを選んでいた。それがちょっと悔して、すごく羨ましかった。
どうせこうなるなら、私も良いブラジャーの1つでも買っておけばよかった。
ふぁさりと、チアキはシャツを脱がせる。ブラとスカートのみの姿、体育の着替えの時ぐらいしか、こういう格好はしない。
「ハルちゃん」
「な、なに? ……んんっ」
チアキがまた、私の唇を覆った。
今度は仲直りのキスじゃなくて、男女が愛し合う時にするような、情熱のある大人のキス。
啄むように動かして、私の唇を食べてしまうかのように口の中に含んできた。
食べて、摘んで、その次は顔を傾けて、隙間を埋める。昔からいつも控えめだった彼とは思えないくらい情熱的で、私を食べたがってるんだって分かる。
食べて欲しい。私のこと、隅々まで味わって欲しい。私、チアキになら、食べられてもいい。足先から頭のテッペンまで、噛んで欲しい。
キスをしながら、チアキは私を押し倒すように覆い被さった。両手を掴んで、ゆっくりと、頭を打たないように、優しく、後頭部を枕に寝かせてくれた。
布団の柔らかさとシーツのサラサラ感が背中に走る。彼と寝ていた懐かしい思い出を浮かべながら、私は覆い被さるチアキの鼻息を受け止めた。
「んっ、んちゅ、あぇ、あっ゛……」
キスがより激しさを増す。重さを乗せて、舌肉を捩じ込んで、喉の奥まで犯すように先端を暴れさせる。私の舌も強制的に彼の体と絡んでしまう。その強引さに、私は意識をぽわんと宙に浮かせた。こんなにも積極的なチアキ、初めてかもしれない。
そんな中、彼は私のスカートに手を伸ばしてきた。表面の生地をさすさすと触って、私のお股を探る。トントン、トントンと指で叩きながら、私の大事な箇所を手探りで探す。
チアキは気づいてないと思うけど、さっきから敏感な箇所をトントンとしている。男の子には付いてない小さな突起を、的確につんつんと触っている。気づいてないが故に容赦なく叩いてくるものだから、私のあそこはうずうずとした感覚に襲われた。ブリーフの中であそこが疼いて、太腿を合わせてモジモジと擦り合わせてなんとか落ち着かせようとした。
チアキはまた顔を上げて、今度はスカートを掴んで脱がせようとしてきた。どうして緩めないんだろう、金具も取らないと、と思ったけど、私が男子の制服事情を知らないのと同じで、彼も女子の制服の着方なんて知らないはずだ。
「ごめん、脱がせ方、分かんない……」
「……大丈夫。自分で脱ぐから」
私は腰に手を伸ばし、留め具とかを外して、脚をモゾモゾとさせながらスカートを脱いだ。
とうとう私は下着のみの姿になった。
制服という、私を中学生として証明してくれるものはない。私は今、彼と体を密着させる1人の少女でしかない。
この後何がどうなるのか、体験したことがない。でも、何をするかは分かっている。やったことがないのに、知識としては知っている。
チアキはもみあげから汗を流しながら、私のブラの胸下部分を掴んで、ゆっくりと上にあげて脱がしていく。包まれていた部分が部屋の空気に晒されて、ゾクゾクっと鳥肌を立てる。そして這い上がってきたそれは、ブラが腕から抜けた瞬間、胸先まで伝わってきた。
私の胸、彼に見られてる。
視線が乳首に突き刺さるのが分かる。彼の息が直接肌に吹きかけられて、擽るように撫でてくる。今、中学生にしては子どもっぽいブリーフ1枚しか着てない。
「…………」
「あ、あんまジロジロ見ないでよ。恥ずかしいじゃん」
「あ、ごめん……でも、女の子のおっぱいなんて、初めて見たから……ハルちゃん、結構お腹細いね」
「運動部だもん、ある程度は鍛えてるもん……ちっさくないし」
私の胸、結構小さい方っていうか、灘らかっていうか、まだ成長途中なんだろうけど、周りの子と比べたらあんまり大きくない。おっきい詩音ちゃんはともかく、メグちゃんよりも小さくて、手のひらで包めば収まるくらいの大きさ。それ、やっぱり小さいってことになるのかな。揉めば大きくなるらしいけど、私はどうなんだろう。
「……熱いから脱ぐね」
チアキは急ぎ気味に部屋着の上を脱ぎ捨てた。
半年間以上も引きこもっていたけど、彼の体には程よく筋肉がついていた。鍛えてるっていうより、調度良い感じ。そういうところ、彼が男の子なんだなって思う。乳首とか、私のよりも小さい。
そして、ちょうど服に隠れて見えなかった箇所に、古い生々しい痕があった。それを見た瞬間、胸の中をズキリとした痛みが走った。ズキズキ、リアルじゃないけど、確かに感じる突き刺す痛み。けど、目を逸らさない。もう逃げないって決めたから。
チアキは私の胸元に顔を下ろした。長い時間、制服に身を包んでいた私の体は汗で蒸れていて、粘り気のあるものが肌を濡らしている。制汗剤や汗ふきシートを忘れているから、きっと物凄い匂いがするに違いない。
「きゃうっ!?」
そんな匂う胸元を、彼は舌の表面を這わせるように動かして舐め上げた。なんの前触れもなく、汗臭くてきつい私の体を犬みたいにペロペロと舐めていく。ぺろりとする度、体がゾクリとする。塩っぽいのか、苦いのか、でも、美味しそうに夢中で舐めている。
「ふぁ、あっ……」
ぴちゃぴちゃぺろぺろ、音は聞こえるけど、どんな感じに舐めているのか私からは見えない。見えるのは、蠢く彼の頭と白髪が生えたつむじだけ。そのつむじは右に動いた。
「ふぁっ……ぁぁ……! んん゛っ!」
吸われてる。私の乳首が、彼の唇に挟まれてちゅうちゅう吸われてる。手で掴んで盛り上げて、乳輪も食べられてる。
胸を舐められるって、こんな感じなんだ。自分で触れて弄るのとは全然違う。指先でピンと弄るのとも違う。思わず悲鳴を漏らしてしまうくらいに擽ったくて、気持ちいい。それを左右に、順番に舐められているから、私は声を止められない。時々乳首を挟んだまま顔を上げて、そのままちゅぱちゅぱと吸い出すように引っ張ることもある。その時だけは、薄目をしながらむしゃぶる彼の顔が見えた。
モジモジモジモジ、ズクズクズクズク、お股が疼く。足をパタつかけて、この疼きから逃げたい。
でも、チアキが全身を任せるように乗っかってるから叶わない。裸になった彼の上半身が、胸を出した私と重なって、粘り気のある汗が間で広がった。心臓のドクドクが体に届く。脚も絡まっている。逃げられない。逃げたくない。
だから、一方的に胸を弄ばれるしかなかった。ただギュッと布団を握るしかない。
でも、こうやって刺激すると大きくなるって聞いたことがある。なら、あとちょっとでもいいから大きくなって欲しい。大きくなったら、エッチな動画みたいにチアキの大事な部分、挟んであげたい。
「ふ、ふぁっ、あぁんっ……あっ……」
胸を堪能し終えると、チアキは唾の糸を引きながら頭を上げて私を見下ろした。そしてすぐさま降ろして、今度は首筋に顔を埋めてきた。
すうすうっと吸われて、かぷりと噛み付かれた。跡がつかない程度に加減されていて、それが快感に変わる。かぷ、かぷっ、と歯が首の表面に食い込む。吸血鬼みたいに、私の血を吸うかのように。
ふと、お腹の方に違和感を覚えた。硬くて長いものが、私のお腹の上を擦っているような気がした。それは彼が腰を動かす度に、私の臍の辺りを滑る。その正体が何なのか、私は気づいていた。
彼の体が、特に腰辺りが揺すり動く。それに合わせて、硬くて長い棒は私のお腹をグリグリと押してくる。なんだかお腹の奥が熱い。お腹の上からグリグリしてるから、その刺激が脂肪と筋肉を挟んで伝わってるんだ。
硬いものは、時々ブリーフの表面を擦った。さっき彼がトントンした秘密の突起を、彼は自身の棒状のもので容赦なく啄く。下から上にずるりと押し擦るもどかしさに、思わず「あん」なんていう声を出してしまう。だってこれ、なんだか気持ちいいから。
「んぁっ……」
今度は耳朶を噛まれた。寒い時にさっと触れるらしいこの箇所を、チアキは私の髪をかきあげて、パクリと挟んできた。それで舌先がうねうねと舐めて動いて、そのままにゅるりと穴まで潜り込んできた。
私、耳の穴まで汚されてる。チアキが、私の耳穴をレロレロと味わってる。ボソっゴソっていう掠める音が鼓膜に響いてる。
凄く、お腹の中が熱い。
この疼き、知ってる。何回も体験したことあるから。これ、頭がぽわぽわして、体が浮遊してるみたいになる。そしてもうすぐそれが来る。私の穴の中を潜り抜けて、外へ飛び出そうとしてる。
「ふぁ、ぁ、あ、んぅ……あ、あぁぁぁっっ!!!!」
来た。小さいけど体が浮遊するくらいの快感が襲ってきた。全身の筋肉に力が入って、ギュッとカバーを掴んで、下半身を浮かせて、悲鳴を上げながら、ブリーフの中でじゅんっとあれを漏らした。生地におしっことは違うあれが染み込んでいくの、分かる。
ビクンビクンと体が跳ねる。はぁはぁと荒い息継ぎが涎と一緒に漏れだした。視界が白く弾けそうになったせいか、暑いのに湯気のような白い吐息が見えた気がした。
ビクビク、ビクビク、しばらく続いた痙攣はやがてやんで、全身から力がふうっと息を吐くように抜ける。背中やおしりが布団に沈んだ。
頬に彼の熱を感じながら、私は口元を小さく開けて細い息を吐き、全身の痺れの余韻に浸った。じわっと、小さな涙が零れる。
「ハルちゃん、大丈夫?」
「う、うん……ちょっと、イッちゃっただけたから」
「イクって、今のが?」
「そうだよ。私達って、イクときはあんな声出すんだよ」
女子のイクと男子のイクは違う。だから、チアキは私がイク瞬間を見たことがない。私だって、彼がイク瞬間を見たことがない。糊みたいに白いアレが飛び出して相手の身体を汚す光景も、美味しそうにゴックンするようなその味も、まだ知らない。
「……今度は、2人でイこ?」
手に弱い力を入れながら、顔を真っ赤にする勢いで囁くように言った。こんな格好して、ここまでやって今更だけど、なんだかものすごく恥ずかしい。でも、2人でイければ、きっとそんな疑問もなくなる。
チアキはごくりと喉を鳴らして、「本当にいいの?」と訊いてきた。分かるよ。色々言いたいことあるの、分かってる。だから私は「うん」と答えて「安全な日だと思うから」と付け加えた。
別に、そういうことに興味があるから知ってるわけじゃない。男の子には分からないかもしれないけど、女の子にとって、女の子の日を把握しておくことは重要なんだ。私はかなり軽い方らしいけど、それでもあの期間はキツイ。突かれるような、締め付けられるような、あの感覚は痛くて気持ち悪い。
そして、今の私は所謂安全日の期間に入った。だから『そういう』確率は他の日よりも低い。
当然、チアキは悩んだ。こういうことしたら、大人に叱られる。本当はゴムをしないといけない、そんなことは、授業でもさらっと説明されていた。もしもが起きたら、私も彼も無事じゃ済まされない。少なくとも、今あるものは全部崩れてしまう。
だから、彼は悩んでくれている。そもそも仲直りのキスから始まって、気がついたらこんなことになってるんだから、冷静になるのが普通なんだろうけど。
でも、自分勝手かもしれないけど、私は、それでもいいと思ってる。もしもが起きても、私は受け入れる。今までの分まで、彼の分まで、全部を受け入れたい。深い場所で彼と繋がって、気持ちよさとか、痛さとか、愛おしさとか、もっと知りたい。
悩んだ末、チアキは重い口を開いて「……やろっか」と答えた。
「初めてだから……色々と下手かもしれないし、体も訛ってるから、途中でダメになるかもしれないけど」
「……いい、チアキのペースでいいから」
「……ありがと」
チアキは体を起こして、自身の下半身を隠すズボンの腰周りを掴んで下ろし、下着と一緒に脱いだ。
パンツがズレて姿を現したのは、棒みたいに伸びた彼の……太いおちんちんだった。おちんちんって言い方、子どもっぽいかな。でも、他の呼び方はまだわかんない。
それにしても、チアキのおちんちんってこんなだったっけ。昔はもっと小さくて、花の蕾みたいに皮を被っていた気がしたけど、目の前にあるのはエッチな動画の男優みたいな、先っぽが頭みたいに丸いタイプのおちんちんだ。肌よりも汚れているみたいに黒くて、ところどころが赤黒で、根っこの方は毛がぼうぼうに生えている。血管まで浮き出てるし、まるで1つの生物のようだった。
「……な、なんか、大きくない? 男の子のおちんちんって、こんなんだったっけ?」
「普段は小さいよ。でも、興奮した時とか、エッチなものを見ると、こうやって大きくなるんだ」
「そ、そうなんだ……私、男の子のそういうの、あんま知らないから」
見ているだけでも目を逸らしたくなるのに、私の目は彼のものを凝視したまま動かない。時折ビクビクと揺れるその姿に、恐怖と興味を持っていた。
あれが、私の中に入る。あんなものが、私のあそこに入る? ホントに入る? おしりの穴でも無理そうなのに? 卑猥な疑問ばかりが頭を飛び交う。飛び交って頭の隅にぶつかる度に、あそこがキュンキュンと締め付く。キュンキュン、キュンキュン、なんだか、不思議な響き。
私を置いてけぼりにするように、チアキは私のブリーフの掴んで脱がせようとした。思わず太腿を閉じてしまったけど、すぐに大人しく脱がされた。唇を一文字にしながら、汗で肌に張り付くブリーフを脱がされる感覚に耐えた。
そういえば最近、怠さを言い訳にして下毛の処理、サボってたっけ。ということは、私も結構ぼおぼおってことになる。そんなの見られると思うと、恥ずかしくて堪らない。
そう思っている間に、ブリーフは私の脚から抜けて、足先から離れていった。ずっと閉じ込められていた蒸気が解放されて、部屋の空気があそこをスースーとさせる。
自分の股下を見た。へたりと彼に向けて足を広げた状態になっている。ここから見ても分かるくらいに股に生えた毛は生い茂っていて、一部はあそこから出た透明な液体で濡れている。まんこ付近なんて埋もれて見えないくらい酷いかもしれない。
そんな私のお股に、チアキは目を奪われていた。不思議そうに、興味深そうに、おっぱい以上にじっと凝視していた。何度も何度も唾を飲んで、荒い呼吸を落ち着かせようとしている。
…………すごく、やばい。
初めて彼に成長したあそこを見られたことと、あそこの毛をぼーぼーに生やした状態だったこと、両方のショックで身体中が熱くなっていて、今にも体中から火を吹きそうになる。吹きそうになるけど、逃げ出したいとかそういうのはなくて、むしろこのまま繋がるんだと思って、心臓が破裂しそうなくらいにドキドキワクワクしている。
それは彼も同じで、すっかり青白さもなくなって、顔を赤くしながら棒みたいになったおちんちんをビクビクとさせている。男の子って、そういうのは正直なんだ。
「……どう? 変?」
「……変とか、よく分からない。でも、エッチだとは思う……かな」
「…………このあとのこと……分かる?」
私が訊くと、彼は視線を下に向けながら頷いた。
彼だってそういう年頃なんだから、私みたいに性への興味はあるはず。となると、自然とエッチなことへの知識も多少は持っているだろう。このあと、私達が何をするか、おちんちんをどこにいれるのか、分かっているはずだ。
でも、確かチアキって、スマホもパソコンも持ってないはずだ。そうなると、一体何をオカズにオナニーをしてるんだろう? 大人なら学校の先生? 同級生だとしたら詩音ちゃんみたいな巨乳の子? 流石にそんなこと訊いたら気持ち悪がられるかな。
まさか、私とか…………って、そんな発想こそキモイじゃん。何言ってんだろ。
「じゃあ、やるね……初めてだから、上手くやれないかもしれないけど」
「…………うん、大丈夫」
ギュッと指に力が入って、布団カバーに皺を作る。
チアキは私の太ももを掴んで持ちながら、脚を左右に開かせた。同時に、ぱっくりと粘ついた音を立てて、下毛に隠されていた唇が開いた。
いつも隠れていて、オナニーの時にだけ指で弄っていたおまんこ。
それを今、私は異性の、しかも幼なじみの男の子に初めて見せている。いつも指を挿入させてうねうねとさせていた小さな穴をヒクヒクと呼吸させながら、彼の棒を今か今かと待っている。見えなくても、自分の穴が彼を求めているのは分かる。
そして、私が緊張と興奮で変な顔になっていることも、彼のおちんちんが早く欲しくて、舌で乾いた唇を何度も舐めていることも、乳首の先がピンと立っていることも、膣穴の奥の、お腹の裏側にある目に見えない敏感で大切な部位が疼いているのも、全部が分かってしまう。こういうのって本能なのかなって、曖昧だけど何となく思う。
「んぅ…………」
おちんちんの頭が私の穴を捉えて、ピトッと先端をくっつけた。
そして数回ぐにぐにと押し付けたあと、そのまま中へと潜り込んできた。
「い、ぃぃぃ…………んんんっ!」
穴の中が無理やりこじ開けられて、ブチブチと何かを破りながら押し広げて入り込んで来てる。
すごく、痛い。
まるで体が真っ二つに裂けてしまうと思うくらいの激痛が、股下から襲ってきた。
ずぶりとおちんちんが奥へ奥へ進む度に、その痛みは更に増していく。運動して鍛えてるせいかもしれないけど、正直、大泣きしたいくらいにきつい。さっきまでの涙とは違う。痛みから来る涙が、ぎゅっと瞑った瞼から溢れてくる。
でも、同時に体にぽっかりと空いていた何かが満たされる。
彼のモノが私の中へ少しずつ入り込んでいく。
分かる、分かる、赤ちゃんの通り道を、チアキの硬いモノがみっちりと隙間なく埋めていく。彼のものは硬いけど、私の中は柔らかくて、彼のおちんちんにあわせて広がってる。
初めてって、こんなにも痛くて、何かを満たされるものなんだ。先輩はこういう体験をしたってことかな。なら、先輩が一言しか教えてくれなかったのも納得できる。この痛みは言葉にしてもみんなには分からないだろうし、他人に教えたくはない。2人だけの特別な体験なんだもん。
「……ハルちゃん、入ったよ」
彼の声が聞こえて、意識が飛びかけた私は「うん」と腑抜けた声を出して目を開いた。瞼に残っていた涙が目の端っこからつうっと伝った。
チアキが、痛みと気持ちよさが混ざったような表情を向けていた。彼のおちんちんは見えない。その代わりに、私と彼のお股は完全に繋がっていて、お尻の表面を彼の下毛が擽っている。
「……痛い…………でも、何だか、変……チアキは?」
「……僕は……凄く、気持ちいいんだ。締め付けられて、痛い気もするけど、それ以上に、ハルちゃんの中が濡れてて、包み込んでくれてる……ちょっと、言い方変かな」
「……ううん、何となくだけど……チアキが言いたいこと、分かる。私も、痛いけど、なんか違くて、満たされてる気がする」
痛みと熱のせいか、全身から汗が吹き出す。そういえば今日は真夏の暑さで、部屋の中もクーラーをつけていない蒸し風呂のような状態だってこと、すっかり忘れてた。布団なんて、もう私の汗がたくさん染み込んでる。
チアキは「動くね」と言って、ゆっくりと腰を引いた。
収まっている物が引き抜かれる。少しは落ち着いたと思っていたじんじんと裂けるような痛みがまた襲ってきた。絶対、赤い血が出てる。この痛みって、そういう系の痛みだ。
そして、また腰が前に突き出されて、おちんちんがまた私の中を進んでいく。進んで進んでまた根っこまで入り込んで、ごりっと奥にある場所を啄いた。
そしてそのまま、チアキは腰を前後に揺らし始めた。ゆっくりと、慎重に、エッチな動画みたいに速くなく、私の中を探るようにおちんちんを出し入れさせている。
グチュ、グチュ、と、処女を失ったばかりの私のおまんこが悲鳴を上げている。悲鳴とは言ったけど、もしかしたら歓喜の声の可能性だってある。
「うぐっ、っぅぅ…………っ!」
痛みのあまり、私は歯を食いしばりながら、呻くような声を上げた。両手で額と口許にそれぞれ当てて、腰をぶつけられる度に走る激痛に耐えた。こんな顔見られたら、チアキは絶対にやめると思う。案の定、彼は腰を揺らしながら、心配そうに私を見ていた。
「大丈夫、だから」と言いながら、私は作り笑って、彼の手を掴んだ。こうでもしないと、彼も私自身も、痛みから逃げそうになるからだ。
「ぐぅ、ぅ、ぅぅ、ぁ…………」
お腹の上をグリグリと押していたものが、今度は私のお腹の中で暴れ回っている。肉を押して突き上げて、何度も何度も出し入れして、お臀をビクンと跳ねさせる。
彼も、腰を前に突き出す度に口から声を漏らしていた。うあ、とか、あ、とか、苦しいけど、それ以上に気持ちよくて、動きを止められない感じ。
そっか、チアキ、私のおまんこ、気持ちいいって思ってくれてるんだ。ずっと自分を見捨てた卑怯な私のおまんこで、快感を覚えてくれてるんだ。
そう思ったら、なんだか私も嬉しくて、気持ちよくなってきた。もちろん、痛みはあるし、中のお肉と穴が擦れて血が出てる。でも、それとは別で、彼が気持ちよさそうにしてるのが嬉しかった。それを見てたら、内側から快感がじわじわと湧いてきた。
「あっ、あっ、……ぅぅ、ぁ……!」
自然と喉から声が出て、口から喘ぎ声が漏れる。エッチな動画みたいに、高くて部屋に響くような声が、私の口から発せられている。演技とか、そういうのはしていない。本当に気持ち良くて、自然と出てしまっている。
彼が腰を前後に揺らして内側を突き上げる。その度に、私のガクンガクンと背中が浮き沈みして、頭が揺れる。脳も揺れて、意識がぽわっと浮遊する。でも快感が来て、戻る。その繰り返しが、私の頭をシェイクさせて、ピンク色に変えていく。
息切れ気味になってきたチアキが、体を前のめりにさせて、布団に両手をつく姿勢をとった。苦しそうで、でも止められない彼の恍惚とした表情が、すぐ近くで揺れている。雄叫びみたいな声と一緒にはあはあと湿り気を帯びた息を吐いていて、それが私の顔にかかる。
髪が乱れる度に、彼から滴る汗が私の体に降った。その1つが口の中に入って、舌の上で広がった。
しょっぱい、でも、美味しい。
なんで汗を美味しいって思うんだろう。彼のだから美味しいのかな。いや、それがいい。彼のだから美味しい、彼の匂いだから好き、それでいい。
「ぁ、あっ、……あっ、あ……っ、! ……チアキ…………」
名前を呼んで、両腕を彼の脇下から通して背中に回した。広くて硬い、男らしい彼の背中は汗で濡れていた。ぬるりとしていて、少しでも力を抜けば滑り落ちてしまいそうになる。
離れないように、ぎゅっと指に力を入れて肌に爪先を食い込ませる。
昔はさ、こんな感じにくっついてること、結構あったんだよ。チアキは覚えてないかもしれないけど、私は覚えてる。小さな頃から、何度もあったんだよ。
それだけじゃない、小学生の時に学校の行事で、どっかのクラスがお化け屋敷をやってて、あんたが私にくっつきながら歩いたことも、小学校でやってた夏祭りでお父さんと離れ離れになった時に、あんたが手を握ってくれたのも、クラスメイトの子と些細なことで喧嘩になって、一時期クラスの女子全員からバイ菌扱いされて、泣いてた私の背中を、あんたが抱いてくれたのも。
なんでだろ。なんで私、こんなに覚えてるんだろ。普通じゃないのかな、こういうのって。
股下の痛みが大分和らいできて、おちんちんの動きにも余裕が出てきた。チアキも私のおまんこの締めつけに慣れてきたのだろう。慎重だった動きが、一定のペースでのピストン運動に変わっていた。
ぬちゅ、ねちゅ、ぬちゅ、という、おちんちんとおまんこが擦れあう粘着質な音が鼓膜に届く。奥の方まで入り込んだ彼のモノが、グリグリと体の内側で暴れて、私の感じ易い場所を、指じゃ絶対に触れられない場所を撫でてくれている。
「ふぁ……きゃうぅ!? ぁぁんっ!」
また、彼が私の胸にしゃぶりついてきた。敏感になっているせいか、つんとした鋭い刺激が胸先に走った。さっきよりも何倍も気持ち良くて、やらしい声をあげてしまう。おっぱいをしゃぶる彼の姿も、どこか子どもっぽくて、昔の面影が残っている気がした。
また、ちゅぱちゅぱ、れろれろ、ぢゅうぢゅう、っていう音を鳴らしてる。そんなに夢中になるって、私のおっぱいってどんな味なんだろう。自分で吸えないから、自分で吸えるほどおっきくないから分かんない。
でも、彼が美味しそうにしてくれるのなら、それでいい。でも、こんなにご褒美あげてるんだから、私も少しは、強請ってもいいかな?
「は、うぅ、チアキ……あー……」
顔を上げた彼に向かって、口許を大きく開いた。あーって言いながら舌を突き出して、先端をチロチロと動かしてオネダリしてみる。
これだけで、私がやって欲しいこと伝わるかな。
大丈夫、ちゃんと伝わった。
チアキは口を開いて、舌先をぺろっと出して、透明な唾液を垂らした。カーテンの隙間から差し込む光が唾液を白色に染める。染められた唾液は、先っぽをダマにしながら私の口の中へ落ちた。
ゴク、ゴク、ゴク、ゴク。喉を鳴らしながら彼の唾液を飲み込んでいく。渇いた部分が、ずっと渇いたまま干からびていた私の一部が、待っていたかのように彼の唾液で潤っていく。
私、なんか、気持ち悪い。気持ち悪いけど、気持ちいい。
「ハルちゃん…………」
「あっ、んぅ、んッ…………」
チアキが体を寝かせて、私の上に乗っかった。
さっきよりも2人の体は汗だくで、体と体の間で汗が混ざり合い、粘つき合って、糊みたいにお互いに張り付く。胸元が潰れて、乳首と乳首が擦れ合う。互いのチリチリした下毛の先っぽが糸みたいに絡まってる。
揺すり動くなか、彼のおちんちんの頭が、私の奥深くにある目に見えない場所を突き上げた。こんな場所、自分でも触ることはできない。だから、どの部位よりも敏感で、全身に快い感覚が走った。教科書が絶対に気持ちいいって教えてくれない私の弱点を、彼のモノがぶちゅっとキスしてる。何度も、何度も、私の中を潜りながら、押し付けるように、優しく、激しく、チュウしてる。
「ハルちゃん…………好き」
すぐ目の前で顔を顰める彼の口からハッキリと聞こえてきた。
私も、チアキのこと、好き。
昔から、チアキのこと、大好き。
一緒になることを妄想するくらい、チアキが大好き。
幼なじみとしても、異性としても、チアキが大好き。
匂いも、味も、良いところも悪いところも、大好き。
好き、好き、好き、スキ、すき、チアキ、大好き。
大好き、大好き、だいすき、ダイスキ、大好き。
気持ちが溢れ出す。
ずっと溜まってきたものが、零れるように溢れ出す。
溢れ出して、喘ぎ声を出しながら、彼の体をぎゅうっと絞めるように強く抱きしめる。
チアキ、チアキ、ごめん、ごめんね。
ずっと助けてくれたのに、助けてあげられなくて、ごめんね。
何もしてあげられなくて、ごめんね。
傷つけて、ごめんね。
ずっと一人ぼっちにして、ごめんね。
見捨てて、ごめんね。
でも、大好きだから。
私、チアキのこと、ホントのホントに大好きだから。
もう、絶対に見捨てないから。
だから、2人で…………
「ハルちゃん…………ぁぁ」
「んん゛ぁ、あぁ──あぁっ!」
チアキの揺すりが力強くなってきた。私の体を布団に挟んで、腰を何度も打ち付ける。もうそろそろ、彼もイクらしい。だって、お腹の中のおちんちん、すごく熱を持ってる。今すぐにでも熱いものを吐き出したいって訴えてる。
私も、お腹の中で、またウズウズしたものが蠢いてる。外に出たくて、今度は大きいものが来る。
「んん…………あっ……ん゛んん──────゛っっっ!」
彼が深い場所を突き上げた瞬間、私のお腹にあったものがぶくぶくと膨れて飛び散った。飛び散ったそれは電撃になって全身に駆け巡って、激しい痙攣を起こした。
そして、頭に一直線で突き上がって来た分は、私の脳みそと目玉を弾けさせて、バチバチと散る明るい火花を視界いっぱいに映した。
これが、本当の絶頂。息もできなくなるくらいに体が痺れて、快感に脳が焼かれてしまう。ピンと反った足先、思いっきり反れる背中、雪崩れるように口から溢れ出す悲鳴、頭から湯気が出ているような感覚……こんなに気持ちいいの、生まれて初めて。
「うっ…………!」
私が絶頂に悶えたその瞬間、チアキは締まるおまんこからおちんちんをずむりと引き抜いて、私のお腹に強く押し付けた。
ドクンドクンと、ぬるりとしたものを帯びたおちんちんがお腹な上で脈を打ってる。脈を打ちながら、お臍辺りにびゅるびゅると熱々の白いアレを吐き出している。肌でも分かるくらいに熱々なそれは、ここからでも分かるくらいに独特の匂いを放ってきた。
全身の激しい痙攣が収まって、今度はより深く、体が布団に沈んだ。でも、荒い息はまだ続いてる。それはチアキも同じで、深い一呼吸をすると、崩れるように私の横に倒れ込んだ。
「はぁ、はぁ…………外、出しちゃったんだ」
「……ごめん、流石に中はダメだと思って」
「……大丈夫。その方が絶対に良い」
本当は中に出して欲しかった、ていう気持ちはある。びゅるると中に出して、お腹の中を直接ポカポカとさせて欲しかった。ドクドクっていう熱と脈を、初めてで味わいたかった。けど、流石にそれはダメだろうっていうのも、理解できる。
お腹に張り付いたものを指先で掬った。唾液よりも粘着きがあるそれは、人差し指と中指の間でねばっとした白い糸を引いた。
指を鼻先に近づけて、すんと匂いを嗅いでみた。漂白剤に近い、鼻が曲がるような生臭い匂いだ。
パクリと指先を頬張って、先っぽについた白いソレを舌先で絡めとった。苦いような、甘いような、とろついているものが舌に広がる。これ、赤の他人のやつだったら、絶対おぇってゲロを吐いてた。でも、彼のだからだろうか、全然飽きないし、舐めれば舐めるほどねっとりとした粘着きが増してって、口の中を幸福で満たしてくれてる気がする。
ゴクリと飲み込んで、喉奥へ流し込んだ。幻覚だろうけど、胃の中で白いソレが広がっている。
ほぉ、と天井を眺めながら白い一息をついて、頭を横に向けてチアキを見た。久々に運動したって顔で、滝のような汗を流して布団に体を沈めていた。女の子みたいな濡れた瞳で私を見つめていた。
「……気持ち良かった?」
「……うん。でも、ハルちゃんは大丈夫? すごく痛そうだったけど」
「すっごく痛かった。体、裂けるかと思うくらい。でも、それ以上に気持ちよかった」
へへっ、と力の抜けた笑みを零した。大きな熱が去ったあとの余韻のようなものが、ぽけーっとする私にそうさせたのだ。
絶頂で重たい体をぐるりと半回転させて横向きになり、チアキと向き合った。すぐ目の前に彼の顔がある。こうやって向き合って寝るのって、小学生以来だった。
「チアキ」と私が呼ぶ前に、「ハルちゃん」と彼の方が先に私を呼んだ。額に前髪を張り付かせながら、懐かしむような眼差しを私に向けていた。久々に聞いた気がする彼の言葉の軽さに、私は「なに?」と少し高い声で返した。
「昔、こうやって2人でよく寝たよね。君がここに泊まりに来て、ご飯も食べて、お風呂も一緒に入って、それで、こうやって僕の布団で一緒に横になって…………あ、ごめん。覚えてないかな」
「……ううん、全然。私も、ちゃんと覚えてる。確かにこうやって寝てた。チアキったら、いつも先に寝てたから、私、こうやって寝顔を眺めてたよ」
チアキは苦笑混じりに、恥ずかしさも孕んだ表情を浮かべた。
「チアキ……くっついていい?」
「…………いいよ」
腕を伸ばして、彼の背中に回す。汗で濡れた彼の肌を手のひらに感じながら、私は身動ぎ、自分の体を彼の体にくっつけた。お互いすっかり汗まみれでびちゃびちゃ、匂いも臭いのかどうかもよく分からない。普通ならこの感覚、気持ち悪いって感じるかもしれない。けど、今はすごく心地良い。ずっとこのままでいたいって思うくらい。
「ねえ、チアキ……さっきの言葉、ホント?」
私の言葉に、チアキは首を傾げるだろうと思った。咄嗟に出た言葉かもしれないから、もしかしたら気まずく思うかも。
でも、チアキは私の背に腕を回して、男の子らしくなった手で抱き返しながら「うん」と言った。
「ハルちゃんのこと、好きだよ。幼なじみとしても、女の子としても…………ごめん、これは流石に気持ち悪い……かな」
「……全然……うん、全然。キモくない。でも、嘘じゃないよね?」
「うん、嘘じゃない。絶対に、嘘じゃないから」
「……大丈夫。分かってるよ……私も、そうだから」
仲直り、初めはそれだけのつもりだったのに、いつの間にか大人の階段を登ってしまった。まだ大人じゃないのにこういう言い方、おかしいかもしれない。子どもなのに子どもじゃやらないことをするのって、悪いことをしているような背徳感がある。でも、チアキとしたこと、悪いことだとは思わない。
抱きつく力を強めて、彼の胸元に顔を埋めた。
彼の鼓動が、裸を通じて聞こえてくる。寝ている時に枕から聞こえてくるトク、トク、ていう音に似てて、それよりも高い、胸の高鳴る音。
何だか熱い。好きって言ってから、彼の体温が上がってる気がする。今のチアキ、顔が真っ赤になってる。好きって言ったこと、相当恥ずかしかったんだろうなぁ。
彼の顔を見ようと上目を向けようとした。
けど、その前にチアキが私の頭を抱き抱えて、頭頂部分に顔をくっつけた。見られたくないからって、そこまでしなくていいのに。
「(でも、いい。このまま、しばらく)」
彼に抱かれながら、彼の体温を感じながら、そして、レースカーテン越しに部屋を明るく照らす陽の光を浴びながら、私達はしばらくの間そのまま抱き合った。
ずっと離れていた分まで、お互いに足りない分を満たし合うように。
◇◇◇
チアキは、この街に引っ越してから、初めてできた友達だった。
お母さんが病気で死んですぐに引っ越してきたこの街で迷子になって、それで集合住宅の小さな公園のベンチに座って泣いていた私に、彼が声をかけてきたのがキッカケだった。
あの日以来、私と彼は一緒にいることが多かった。遊ぶ時も、どこかにお出かけする時も一緒なことが多くて、そういう時は、私が彼の手を引いていることが大半だった。
そして今、2人が出会った『特別な場所』でもあるその公園の、木材でできた背もたれのないベンチに、私と彼は、初めてあった日と同じように並んで座っている。
昔は足が浮くくらい高いと思っていた座面も、成長した今では足の裏が普通に地面に着いてしまうくらいの高さで、実は意外と低い。ベンチ自体、塗装もところどころ剥がれてて劣化してる。多分、みんなから忘れられてるんだ。
「ここからの夕焼け、久々に見た気がする」
「私も。そもそもこうやってここに座ること自体久しぶりかなー」
時間はもうすぐ夜になる。西に沈みかけてる太陽の光が、私達の住む街を包んでいる。色んなものがオレンジ色に染められていて、隠れた部分が濃い影を作っている。向こうの方では、紺色の空が少しずつ迫っていた。
そんな日没しかけでも、外はすごく暑くて、風は生暖かい。蝉の鳴き声も、全然収まる気配がない。時々空耳でクマゼミの鳴き声が『シネシネシネシネー』って聞こえる。せめてミンミンゼミとかヒグラシとか、そこら辺だったら風情があってまだ良かったけど、クマゼミはとにかく煩いから、余計に暑さに拍車をかける。
でも、昼間よりは日差しが弱いから、少しだけ涼しい。制服の代わりに着替えた部活着の隙間に微風が入り込んで、お風呂上がりの頭と体を汗と一緒に乾かしてくれる。
久々に彼と入った海原家のお風呂は、昔よりも狭くて、懐かしかった。
「どう? 平気?」
「ハルちゃんが手を繋いでくれてるから、さっきみたいな気持ち悪さはないよ」
「そりゃどうも」
ちょっと恥ずかしさと彼から借りたパンツのゴワゴワ感を感じながら、今も繋いでいる彼の手を軽く握った。手のひらに、暑さのせいか恥ずかしさのせいかわからない、じんわりとした汗をかいている。
熱くて甘い仲直りを終えた私とチアキは、今日はもう少しだけ頑張ってみようと、2人で外に出てみた。
郵便受けまで息を整えながら少しずつ階段を降りて、敷地の外から聞こえてくる誰かの笑い声を耳に入れながら入口を出て、こうやってなんとか公園のベンチまでたどり着いた。ここの公園、昔から人がいなくて寂しそうって思ってたけど、おかげでここまで来れたから、今はありがたい。こうやってフツーに手も繋げられるし。お巡りさんに見られたら、絶対に勘違いされるだろう。
「どうしたの?」
「な、なんでもないから」
バレそうになる胸のうちを誤魔化すように、私は顔を逸らした。さっきまであんなことしてたのに、初心な女の子みたいにバレないかドキドキしてる。
「……チアキ、あんたは忘れたかもしれないけどさ。私、ここでチアキと初めて会った時のこと、まだ覚えてるんだよ」
「……うん、覚えてる。ハルちゃん、ずっと泣いてたよね」
「そうそう、お母さんお母さんって、死んだお母さんのこと、ずっと呼んでた。それで、あの部屋から偶然見てたあんたが励まそうと煎餅くれて、それで何故か一緒に泣き始めて、お互いにどうしようもなかった」
「あれ、僕、泣いてたっけ?」
「泣いてたよ」
「うーん、そうだったっけ。おじさんは泣いてたけど」
「泣いてた……て、なにそれ、お父さん泣いてたの?」
初耳な話に思わず彼に目を向けると、チアキはしまったって顔をして口を塞いだ。でも、もういいかって、すぐに口を開いた。
「あの時、おじさん、泣きそうな声でハルちゃんのことを探してたんだ。『ハルキー!』って、凄く心配そうに。それで公園で寝てるハルちゃんを見つけた時、安心して笑いながら泣きそうな顔をしてたんだ」
「うわー、マジかー。あんな野太いのに泣き出しそうな声って、ちょーはずい」
でも、泣きそうなお父さんって、結構レアかも。病院のベッドでお母さんが眠るように死んだとき以来、あの人が泣いた姿を見たことないし、最近は些細なことで喧嘩してばっかだから、顔もちゃんと見てない。
「おじさんには、ハルちゃんには絶対に内緒にしてくれってお願いされてたんだけど、話しちゃったね」
「いいよいいよ。どーせあの人のことだから、とっくの昔に忘れてるし、言っても『そんなことあったなー』って煙草吸いながら誤魔化すだけだもん。ていうか、あんたもあんたでそんな前の約束いまだに守ってたんだ」
チアキは「色々と印象深かったからかな」って苦く笑った。でも、そういうのをちゃんと守るところ、やっぱり彼らしいと思う。
……じゃあ、あの言葉も、覚えてるかな?
「……チアキさ、私が泣いてた時、言ってくれたよね」
「? 何か言ってたっけ」
「あ、いい。覚えてないならいい」
「ちょっと待って、えっと……」
「思い出さなくていいって。マジでどうでもいいことだから」
かあっと体の熱が上がって、汗が首筋を降りていく。
──ボクが、はるきちゃんの、と、トモダチになる。トモダチになるから……ひとりぼっちにさせないから…………はるきちゃんのおかーさんのぶんまで、いっしょにいるから…………だ、だから、なかないで…………
そんなセリフを、チアキは泣きながら言ってくれた。単に泣いてた私を励まそうとして出た言葉だろうし、彼が都合よく忘れてくれてるのならそれでいい。「うん、ずっといっしょ」なんて返したこと、恥ずかしくて仕方ないから、忘れてくれた方がいい。
でも、凄く嬉しかった。なんだか告白されたみたいで、ドキドキした。それだけは妄想とかそういうのじゃない。
夕陽がさらに沈んで、紺色の空と紫っぽい雲が空を覆い始めた。気がつけば、周りから聞こえていた騒音のようなセミの鳴き声が止んで、代わりにジーッとかピロローとかいう別の鳴き声が聞こえ始めた。夜の虫達に出番を交代したらしい。それでも、あともう一声みたいに、遠くでクマゼミが泣き続けている。残りの寿命を精一杯生きようと泣き続けている。
「……もうそろそろ帰る時間かぁ」
「うん」
もうすぐ夜になる。けど、私達の手は帰ることを拒むようによりきつく握り合っている。ここに恥ずかしさとか、そういうのはない。
大丈夫、今の私なら、言える。ここで言わないと、絶対後悔する。もう後悔とかしたくない。
「……チアキ、今日はうちで夕ご飯、食べてきなよ」
そして言ってみた。チアキは黙ってこっちを見る。彼の瞳には光が宿っていた。
「今日うち、お父さん遅いから。ご飯、なにか作るよ。こう見えて、料理のレパートリー、かなりあるんだ。あと、荷物はあんたの部屋に置きっぱのままにしよ。そしたら、また一緒に戻って来れるでしょ」
断られたら、それでいい。
でも、チアキは「うん」って頷いてくれた。
「……無理しなくていいから。ダメなら、やめるから」
「……ありがとう」
私は微笑んだ。彼も微笑みを返した。
手を握ったまま、私達はベンチから立ち上がって、彼のペースに合わせてゆっくり歩き始めた。
公園に薄く敷かれた砂を踏みしめて、コンクリートで出来た道を踏んで、草の中から聞こえる虫の声を聞きながら歩く。
冒険ごっことか、児童館のイベントの時とか、夏祭りとか、そういうのに行く時みたいに2人で歩幅を合わせる。
そして、敷地の入口の、短い階段の前までやってきた。ここまでは、チアキも緊張せずに来れた。
でも、ここから一歩が進めない。
チアキの手のひらにじんわりと汗が滲んでいるのが分かる。息も少し荒くなって、顔も青くなってきた。かなり緊張してる。
気がつくと、片手で胸の中心辺りを押さえていた。拳を握って、服の上から心臓辺りにぐうっと押しつけて落ち着かせようとしている。でも、呼吸は荒くなる一方だった。
「……ごめん、ちょっと座っていい?」
「うん」
通行の邪魔にならないように私達は寄り添い、その場でしゃがみ込んだ。
目の前では、歩道に建てられた街灯の光がチカチカと点滅している。その周りを羽虫が集まって、頭をぶつけては落ちて飛んでを繰り返している。
通り過ぎる自動車のライトが、オレンジの線を描く。ビューンって音を立てながら通り過ぎて、また次の自動車が同じように走って行く。
「ごめん。なかなか上手くいかないや」
「大丈夫だよ。チアキのペースでいいから」
私達は見合いながら微笑んだ。
紺色の空が、また私達の街を包もうとしている。遠くの方で、中学の運動部の男子達が騒ぎながら歩いている。この時期に夜まで練習ってことは、多分、野球部かサッカー部だろう。ネクタイもつけずに、首元のボタンを開けて、荷物持ちジャンケンをしている。負けた子がうわーと叫んで、全員分の荷物を抱えた。
暫く、その声を聞くように私達は黙った。
目の前を水色の原付のバイクが通りすぎる。何かを踏んだのか、小さくパァンという音が鳴った。それを合図にチアキが「ハルちゃん」と呼んだ。それをきっかけに、私達は立ち上がった。
「……いけそう?」
「……うん、大丈夫。ハルちゃんと一緒なら」
学生のおしゃべりが近づく中、チアキは深く呼吸をした。深く吸って、吐いて、吸って、吐いて。それを繰り返して、右足を1段目に乗せた。
コツ……コツ……と階段を、ゆっくりと降りる。
少しずつ、少しずつ、それでいいよ。チアキのペースで、ゆっくり。
学生達が、車道を挟んだ向かい側の歩道を歩いてる。声変わりしたての枯れた声で、コノヤロウとか言って、ドキッとしそうな大声を上げながら、楽しそうに話している。手を握る力が、少し強くなった。
「……私がいるから」
だから、安心して。傍にいるから、もう1人じゃないから。これからは、2人で少しずつ、歩いていこ。
チアキが目を閉じて左足を上げる。私も同じように左足を上げる。
その足を、前に出した。
硬いアスファルトの道を踏んづけた感触が、靴の裏全体に広がる。何度も踏んだはずなのに、久々に踏んだかのような感覚。
そして、何かが再び動き出したように感じた。