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一日一日はあっという間に過ぎて、今年もあと1週間ちょっとで終わりを迎える。今年の漢字も既に発表されて、あとはクリスマスと大晦日を残すだけになった。
今年最後の祝日に、私達は久々にデートに出かけた。デートと言っても、どこかのレストランで食事をするとか、都市部のイベントスペースに飾られた大きなクリスマスツリーの前で写真を撮るとか、誓いのキスを交わすとか、そういう世間で言う『恋人らしい』ことはしなかった。
電車に乗って、ちょっとした広めな公園をぶらぶら散歩したり、道中のキッチンカーで食べ物を購入して歩きながら食べたり、ベンチに座って寒い中を楽しそうに駆け回る子ども達の姿をぼーっと眺めたり、数駅挟んだ場所にある映画館で映画を観たり……そんな感じの、ゆったりした一日を過ごした。
それで、適当な場所で夕食をとって、夜の街を少し散歩して、
「どうした?」
「んーん、なんでもない」
こうして家に戻って、彼と炬燵に潜り込んでいる。こたつ布団は猫の絵が描かれた可愛らしいデザインで、買ったばかりだからふかふかしてて柔らかい。ついこのまま眠ってしまいそうな心地良さを与えてくれる。
「炬燵、あったかいね」
「な、買って正解だったろ」
「うん」
六畳間の中心にどんと構えるこの炬燵は、日曜日に彼とショッピングセンターに出かけた際に購入した物だ。年末セールか在庫処分か分からないけど、約2万円が数割引されて売られていて、こたつ布団もセットでかなり安く買うことができた。
真四角なのもあって、普段使っているテーブルと違って隣合って座ることはできない。その代わりに、こうしてお互いに向かい合うから、普段は見えないような彼の表情が見ることができる。
「これ、寝る時に上からこたつ布団を掛けるとかしたら、いいかもね」
「おお、いいなそれ。今日やってみるか」
嬉しそうに頬に皺を作って、トーマは焼き芋にかぶりついた。まだ熱々なのもあって、入れた瞬間、目をぱっと見開きながら口を金魚みたいにパクパクとさせた。
そんな彼の動作に綻びながら、私も焼き芋に齧り付いた。ホクホクと淡白い湯気を立てる黄色い実は、噛んだ瞬間にねっとりと甘い味を口の中に広げる。焼いた芋なんて食べる機会が少ないから、なかなか新鮮に感じられる。
「……意外と美味しいんだね、これ」
私の言葉に、トーマは口に手を当てながら「だな」と頷いた。
この焼き芋は、家路を歩いている途中、偶然目の前を走っていた石焼き芋の移動販売車で買った。前々からあったのは知っていたし、走っている姿を見たことはあったけど、こうして実物を手にするのは初めてだった。
「あっちじゃああいうの、走ってなかったな。俺もこうやって買うのは初めてだ」
「食べたことはあるの?」
「奥さんが買ってきてくれたやつを。寒い日とかだと手がかじかみやすいから、こういうあったかいのは有難いんだ。ただ、タイミングっていうか、いざ買おうと思ったときに限って来てくれないから」
「……じゃあ、今日はラッキーだったんだ」
「うん。ジュンと2人で買えたから、超ラッキーだな」
そんなことで超なんて付けていいの?
そう言おうとしたけど、幸せそうに頬を緩める彼を見てると、なんとなく、まあいいか、と思って辞めた。代わりにまた焼き芋を頬張って、ホクホクと口の中で実を転がした。
ふと脚を崩して軽く伸ばすと、足先がトーマの体に当たった。
「あ、ごめん」
「いや」
言いつつ、私はちょっとした悪戯のつもりでつついてみた。どの部位なのか分からず、暫くグニグニと押してみる。
すると、お返しと言わんばかりに彼の方からもグニグニと押し返してきた。
「お、ちょ……」
「ん、ふふ……」
グニグニ、グニグニ、中で敷物の擦れる音を鳴らしながら、指のつつきあいは激しさを増す。たまに擽ったくて笑うこともあれば、変な場所に当たって肩を跳ねさせることもあって、まるで子どもみたいなやり取りだ。
「おうっ……」
「あ、ごめん」
「ん、大丈夫」
どうやら敏感な箇所に直撃してしまったらしい。
少し悶えるようにトーマは眉を顰めながら苦笑した。
「……えい」
「ひゃ……ちょ、もう」
「お返しだ」
「……ふふ」
隣合うだけじゃない、こういうちょっとしたやり取りもできるのなら、炬燵も結構ありかもしれない。
焼き芋を食べ終えたあとは、テレビで適当な番組を流した。時間帯の関係もあって、どのチャンネルもバラエティー番組ばっかり放送している。芸能人が自分の話をして、それを司会者がツッコんで笑いを取る。凄くシンプルだけど単純で、けどイマイチ面白さが分からない。まあ、大半の人が面白いと思えればいいから、自分が笑えないからって気にする必要は無いか。
このあとは……というテロップの後にCMに切り替わり、映画の予告が流れた。今月の頭くらいに公開された映画で、娘と母親の魂が入れ替わるとかなんとか、聞いただけでも頭を抱えてしまいそうな内容らしい。
その後は、いくつか適当なCMが流れて、また番組に戻った。
「流石に今日観に行ったやつは流れないか」
「まあ、1ヶ月以上経ってるから」
私達が観に行った映画は、前の月に公開された、ホームレス3人が主人公の映画だった。前々から予告は流れていたから少し気になっていて、もうそろそろ公開が終わるみたいだからと、大きいサイズのポップコーンを分け合いながら鑑賞した。
聖なる夜の、小さな天使との出会いをきっかけに、奇跡という名のご都合主義な展開が連続する、最後までそんな感じの内容が繰り広げられていた。それはもう清々しいくらいで、こんな都合良くいくのなら、現実はこんなに苦しくないと心の中で何度か零した。
でも、不思議と不快感はなかった。フィクションだからこそ、奇跡の連続が起きる、そんな話があってもいいか、そもそも、私と彼がこうして一緒にいるのも、ある意味では奇跡と呼べるものかもしれないと、甘辛いコーラをストローで吸いながら少しだけ共感したからだ。
「どうした?」
「……なにが?」
「いや、なんか嬉しそうだったから」
「別に、何にもないけど」
「そうか?」
「……うん、嘘。ちょっとね、あの子のことが気になっただけ」
「あの友達か?」
「別に、友達じゃないけど……うん、今頃元気かなって」
奇跡といえば、映画館を出た後に1つあった。
例の彼女……ティッシュを貸したあの子に偶然再会したのだ。
彼女も同じ映画を観ていたようで、目の前でばったり鉢合わせした瞬間、お互いに「あっ」と声を揃えた。特に手を振るわけでもなく、ただ数秒間、黙ってお互いを見つめあった。
それからトーマに少しだけ時間を貰って、私は彼女と人集りから外れた広場のベンチで、前みたいにコーヒーを飲みながら、でも今度は私の奢りで2人きりで話した。
ねえ、あの人って彼氏?
まあ、そうなるかも。
元気だった?
まあまあ、そっちは?
私は全然元気だよー。
映画、どうだった?
面白かったよー、オカマの人が素敵だったなー。
特に親しいわけじゃないから、そういう軽い感じの会話を、一呼吸ごとに続けた。相変わらず彼女はホット缶に舌を赤くしつつ、ふーふーと白い息を吹きかけながら微糖のコーヒーを飲んでいた。ただ、前会ったときよりもどこか落ち着いていた。
『私ねー、もうすぐ引っ越すんだー』
その一言に思わず言葉を失った。彼女は笑顔を絶やさずに掌で缶を弄って、時折コーヒーを啜って話を続けた。
実は自分にも彼氏ができた。相手はエッチの代わりに部屋に泊まらせてくれた店員の男性で、少し前から同棲していた。今の仕事を辞めて実家の仕事を引き継ぐから、お前さんが良ければ着いてきてくれないか、と告白を受けた。自分も彼なら着いて行ってもいいかなって思って、今は思い出作りの途中だった。年明けにはもう向こうに行くんだ。でも、ホントびっくり、まさかあんなところで再会するなんて。これもなにかの縁なのかな。
彼らの行き先は、ここからかなり離れている。
私が子ども時代を生きた彼処からこの県までの距離に比べればまだ近い。けど、気軽に遊びに行くにはちょっと無理がある。そんな場所で、彼女は彼氏と共に新しい暮らしを始める。あの暴力とセックスの匂いが漂う場所から、一足早く飛び出していく。
『でも、寂しくなっちゃうなー。折角あなたと再会したのに』
まだ3回しか会っていないのに、彼女はまるで友達と別れるかのような口調で言った。全部合わせても多分1時間にも満たないこの出会いを、彼女はさも大切な思い出かのように考えていそうな様子だった。
私は、思わず夢のことについて訊いた。
高校に行く、故郷に戻りたい、その夢はどうなるのか。
『もちろん、高校にも通うし、故郷にも行くよ。でも、今はいいかなって、今は、新しい人生を楽しみたいなって思ったの。人生なんて、遠回りの連続なんだもん。急がなくてもね、地道に、少しずつ叶えればいいかなって』
遠回りの連続、とオウム返しをする私を横に、彼女は冬の空に向かって伸びをした。
相変わらず彼女の茶髪はウェーブがかかっていて、寒風にふわふわと揺られていた。んーと伸びる彼女の顰めた顔も、空気に攫われてしまうかと思うくらいにふわふわと浮いていた。
そして、袖から覗くその手首は、相変わらずスベスベして綺麗だった。これからも、多分彼女の手首はずっと綺麗でいるだろうし、できれば綺麗でいて欲しい。
炬燵に両手脚を突っ込んだままぼーっとする。ぬくぬくじんわりとした熱が、体から寒さとやる気を奪っていく。バラエティー番組も一通り終わって、今は報道番組に切り替わっていた。テレビ画面の中では、お天気お姉さんが明日の天気について説明していた。明日は今日以上に冷え込むようで、ここいらでも雪か霙が降る可能性があるという。
「雪でも霙でも、どっちにしろ原付はダメそうだな」
「だね」
ふと時計に目を向ける。あと2時間くらいで日付が変わる。明日は待ちに待ったクリスマスイブ、繁華街や都心部は人でごった返すかもしれない。それでクリスマスだからって、チキンとかケーキとか、そういうのを食べるのだろう。
「明日もあるし、今日はもう寝よっか」
「……そうだな」
寝ようと声をかけた一瞬、トーマの目が逸れた。いつもなら「おっ、そうだな」って即答するのに、変な間があった。さっきと違ってどこか変だ。何か、隠してるみたい。
「……どうしたの?」
「いや、なんでもない」
なんでもない、と苦笑しながら、なにかに迷うように小刻みに頭を振る。
けど、こっちがしばらく見つめていると、唾を飲み込み、姿勢を正して、炬燵の中で正座の姿勢を取った。私の目を見据える。私も姿勢を同じように正して、彼の目を見つめ返した。
「ジュン」
トーマは意を決したように口を開いた。
「俺、着いてきてくれなんて言っておいて、お前が傷ついてたこと、気づいてやれなかった……だから、これからは、もっとジュンとの時間を大切にしたい。ジュンの苦しみと、ちゃんと向き合いたい……苦しみだけじゃなくて、楽しいこととか、嬉しいことも、2人で分け合いたい」
彼はふっと一息ついた。そして肩から力を抜いて、強ばっていた表情を緩めた。
「とりあえず、これだけは伝えたかったんだ」
「……うん」
「へ、変だったか?」
「うん、かなり」
「そうか。これでも勇気出したんだけどな」
「……ううん、ごめん。本当は嬉しい。全然変じゃなかった」
そう伝えると、トーマは含羞んだ。私から見ても分かるくらいに頬が赤く火照っている。なんだか子どもっぽい。
でも、今の言葉は本気だ。トーマは、勇気を振り絞って私に伝えてくれた。
「……じゃあ、私も」
なら、私も伝えたい。
「これからは、自分のこと、好きになれるように頑張る。もう、自分から目を背けない。私も、一人で立てるように、頑張る」
これから先、彼と2人で生きていきたい。
けど、そのためには私自身が前に進まないといけない。
私自身も、進まなければならない。
じっと彼と目を向け合う。そうしているうちに私の体も火照ってきて、頬が熱くなってきた。心臓の鼓動が速くなって、胸の中が奮えているのが分かる。目が熱い。こうやってドキドキしたのはいつぶりだろう。
「……ねえ、トーマ」
「ん?」
「手、出して」
テーブルの上に腕を出して、手を真ん中に置いた。彼も同じように手を出す。その手を私は掌と掌を重ねるようにして握った。指の一つ一つを絡めていくと、温まった手の熱が私達の間に溜まって、じわりと汗が滲んだ。
「……ありがとう、迎えに来てくれて」
迎えに来てくれたから、彼処から抜け出して、こうしてここで暮らしている。
あなたが来てくれたから、私は、今を生きている。
あなたがいるから、私は、これからも生きたいと思えてる。
「じゃあ、俺も」
絡める指に、ほんの少しだけ力が入る。痛くない程度に、だけど簡単に離れない程度に。
「…………生まれてきてくれて、ありがとな」
……生まれてきてくれて、ありがとう。
……私は、生まれてきて、よかった。
……私は、生きていても、いい。
……この人と、生きていきたい。
「……なんか、大袈裟」
「着いてきてくれてじゃ、足りない気がしてな」
「……うん、ありがと」
お互いに見つめあって、含羞みあいながら、ぎゅっ、ぎゅっ、と握り合う。
きっと、これからも辛いことはたくさんある。
その度にたくさん傷ついて、また死にたくなる、
でも、平気。大丈夫。
私は、1人ぼっちじゃないから。
私には、愛したい彼がいるから。
こうやって、生きていたい、生きてよかったって思えるから。
次回はエロに全振りした作品を書きたいと思います。