※この作品はR-18です。

オリジナルエロ話   作:歩輪気

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今回は、♡喘ぎ有、擬音有、放尿描写、飲尿描写、母乳、少しだけ腹ボテ要素があります。

話の展開とか、色々と強引です。ご了承ください。


俺とマキナ

 ◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 この世界はいずれ滅ぶ。

 俺が生きている間には、この世界はなくなっているかもしれない。星自体が無くなって滅ぶというよりは、人間が殆どいなくなって文明的に滅ぶという意味で。

 

 各々が己の至福を求め、利己主義に走り出してしまったこの世界。

 ある者は兵器を製造して売り捌き、またある者はそれを購入、使用してドンパチをやる。度重なる紛争は地球を限りなく破壊し尽くし、人々に憎悪を植え付け、悲鳴を上げさせた。

 また、武力的なものだけではない。テクノロジーの発展により、一部の人間の生活が豊かになる一方、目に見える格差が生まれている。個人間での小さな争いも絶えない。

 

 この世界を簡単に言うと、そういうことになる。本当はもっと複雑で、混沌とした世界なのだが、それを口で説明するのは面倒だ。

 分かりやすく言うなら、過去に頭の良い偉い教授たちが警告していたことが現実になった、または、SF小説、SF映画で示唆していた悪魔の時代が現実になってしまった、ということになる。いや、それよりは少しマシかもしれない。この有様では、他の惑星に移住する前に滅びそうだが。

 

 そんな世界の中で、俺は裕福な家庭に生まれた。

 生活に困ることはなく、贅沢な食事を摂って育った。一流の教育を施され、良い成績を収めて、頭の良い大学に入学して知識を溜め込み、卒業してエリートコースを歩み、給料の良い職に就いた。

 海外にも何度か留学して、多くの語学と知識を蓄えた。何ヶ国の言語を学んだかはもう覚えてない、そこに行けば、サラリと口に出せてしまうからだ。自分でも、この頭のどこにそんなものを詰め込める引き出しがあるのか分からない。

 海外にも友人は沢山いる。同じようなエリートから、裏社会に通じるものまで、いつかは役に立つだろうと交友関係を結んでいる。それは、単なる都合の良い繋がりでしかない。

 

 生まれてからそういう環境で育った俺にとっては、それが当たり前だった。疑いようもない、与えられてきたその環境こそ、俺の生きる世界だった。

 

 けど、『あの事実』を知ってしまってからは、その全てに嫌悪感を覚えてしまった。

 

 表には出ない悲惨な現状、その犠牲の中で俺の生活が成り立っていたということ。

 

 吐き気を催すクソみたいなシステム。

 

 それを平気で流せる家族や親友と呼べる人間への嫌悪感。

 

 高級食材で作った飯も、高層マンションの上層階の部屋も、一流の教育も、学んだ語学も、今まで吸収してきたものや手にしたもの、その全てを捨てたくなってしまった。

 

 これは、俺が1人で勝手に、世界に絶望したと言った方が良いかもしれない。他の奴らは、それを現実だ、仕方の無いことだと受け止めていたからだ。実際、社会はそうして成り立っているのだから、彼らの方が正しいのだろう。

 

 しかし、俺には無理だった。だから、俺はエリートの道から外れ、マンションを売り払った。そして今は、錆びれたアパートでひっそりと暮らす日々を過ごしていた。

 

 非人道的なことに加担していた父を含めた家族達とも縁を切り、知り合いもいない田舎の、裕福でも貧しいわけでもない、湿った場所で孤独に生きる。そうした方が、世間から少しでも離れられ、マシな生活を送れると思ったからだ。

 

『続いてのニュースです──』

 

 一般家庭で普及している小さな薄型テレビから、滑舌の良い女キャスターの声が聞こえてきて、ニュース内容を読み上げていた。

 どこかの国で争いが起きて、新型兵器が使われた。毎日同じような内容が流れているせいか、皆、悲しむことも怒ることもなくなってしまった。ついこの間まで新人だったこのニュースキャスターですら、重みのある口調は形式的で、初めの頃の真剣さはなかった。

 

 激化する争い。だが、大きな戦のない平和な国では、遠くの地で起きている出来事でしかない。結局は他人事のように思えてしまうのだ。あと平和なのは、一部の国か、海外の山奥とかだろう。

 全く、とんでもない世の中になってしまった。

 

 テーブルに両手を置き、椅子の背もたれに腰を任せる。キャスターの声を聞き流しながら、俺は左手にある狭いベランダの窓から外を眺めた。

 

 時刻は8時、今日も朝日は嫌な光を放っていた。小さな頃から変わりのない、熱気の篭もる白い発光球体。父が小さい頃は、まだここまで文明が発展しておらず、街中に掃除用ロボットや配達ロボットがいなかったそうだ。その時代は、今よりも朝日がよりハッキリとうつくしく見えていたようだ。

 だが、俺は朝日が嫌いだ。こんなものは目を眩ませるだけの邪魔な存在でしかない。

 

 いや、朝日だけではない、今の俺にとっては、この世の全てが無駄で無価値でしかない────と、この間までは考えていた。

 

 ここまで散々、世の中と世界を貶すような言葉を吐いてきた分際で掌を返すようなことを言うかもしれないが、実は、俺は俺で今の生活を結構楽しんでいた。

 最近になってアルバイトを始めたのだ。

 人前で目立つようなことをする仕事ではなく、ひっそりとやるようなタイプの仕事だ。理由は、俺の身の回りの世話をしてくれる『同居人』から健康のために働けと臀を叩かれたからだ。大きなお世話だと言い返そうとしたが、泣きそうな顔で言われたものだから、そんな気も失せてしまった。

 

「主様、朝ごはんが出来ました」

「ああ、ありがとう」

 

 俺は顔を戻して、目先にあるキッチンからこちらへ歩いてくる彼女に礼を言った。

 青いワンピースの上にエプロンを身に纏っている『マキナ』は、腰よりも伸びた赤と青のメッシュが所々に散りばめられた白髪を揺らしながら、大皿を両手で抱えている。明るい顔で、陽気な歌を歌うその姿は年頃の少女のようにも見えた。

 

 ドンッと音を立てて、大皿がテーブルの上に置かれた。大皿と言っても単なる大皿ではない、俺の胴体の横幅以上はある、綺麗な円の形をした皿の上に、ソースで濃い色に染まった焼きそばが山盛りに盛り付けられている。雑に切った野菜がチラホラと埋まっていた。

 俺は思わず顔を引き攣らせた。

 

「マキナ、これは」

「今日は思い切って麺類に挑戦してみました。炭水化物は体を動かすためのエネルギーには必須と聞いてますから、沢山食べてください。お残しは許しません」

「あ、うん、いただきます」

 

 笑顔の彼女に何も言えず、俺は箸を持って麺を啜った。ソースの量が多いのか、かなり塩っぱい。が、食えない程ではなかった。しかし、これを食べきるとバイト中に吐いてしまいそうだ。

 

「どうですか主様、美味しいですか? 不味いですか?」

 

 彼女は赤と青の目をキラつかせて、期待の眼差しを向ける。朝日とは違った意味で眩しく、不味いとは言えない状況になった。

 

「…………美味しい」

 

 そう答えると、マキナは「良かったぁ」とぱあっと明るい笑みを零した。そして俺の向かい側に座ると、何処から取り出したか分からない、大皿に山盛りにされた焼きそばをドンと置いた。どうやら、俺に毒味をさせたようだ。

 

「いただきまーす」

 

 手を合わせて会釈をすると、彼女は箸で山の頂きから順に麺を啜っていった。随分手馴れてきたのか、箸の持ち方は俺よりも綺麗だった。

 

 俺はこのマキナと同棲している。初めに言うと、彼女は人間では無い。人間によく似て造られた、『アンドロイド』だ。

 

 

 ◇◇◇数ヶ月前◇◇◇

 

 

 何も無い日に、俺はいつものように朝早く、布団から這い出るように起きて、椅子に座り、冷蔵庫に保管していた軽い朝食を温め、それを口に運びながらニュースを見ていた。以前の生活なら、セキュリティレベルの高い高層マンションの上層階の一室で、高品質なベッドから起き上がる。朝食を済ませ、スーツに着替えながら大型モニターを眺めて天気予報を確認する。そしてそのまま、仕事に向かう、単純な生活を送っていた頃だろう。

 今はもう、そんなことをする必要もない。仕事は辞めたので、外に出る必要がないのだ。幸い、退職するまでにかなりの額を稼いでいるから、当分は困らない。

 

 だが、数年間、毎日欠かさずやっていた朝の習慣だけは、頭と体に染み付いてしまったらしい。起きたくなくても、体が勝手に目を覚ましてしまう。

 

『続いてのニュースです──』

 

 長い髪を後ろに結んだキャスターがそう言うと、場面が切り替わり、いつものようにどこかの争いが流れた。

 この前ようやく終結したと思ったら、また別の場所で始まったようだ。理由は在り来りなもので、けどかなり根深いものだった。

 あと、何処かの国の科学者が自殺したらしい。ロボット開発の天才とかサイエンティストとかが、精神を病んで自ら命を絶ったそうだ。こんな事件も、不安定な時代になってからはそう珍しくもないことになってしまった。科学者だけじゃない。こんな時代だ、世界に絶望して自殺をする者も少なくはない。

 

 キャスターは、いつものように真剣な面持ちでそれらを説明していた。

 

 ロボット開発といえば、戦場に三原則とかいうものを無視した兵器用ロボットが導入されたとか何とか、仕事を辞める前にマニアな海外の友人が話していた。紛争の全てをロボットに押付けてしまえば、生きた人間が死ぬことは減るということらしい。ただ、結局は人間が操作とかそういうことをしないといけないらしく、完全にはゼロには出来ないとか。現に、開発者がこうして自殺してしまっているのだから、元も子もない気がする。

 

 五分ぐらいしてから場面が切り変わる。重苦しい雰囲気を変えるように、俳優の持ち前コーナーが流れ、シュールな笑いが起きる。目を覚ますにはちょうどいい喚き声だった。

 

「……眩しいな」

 

 またいつもの朝日を、嫌いなものを俺は見てしまった。早朝なのでまだ弱々しいが、それでも十分に眩しい光が瞳を痛めつける。吸血鬼にでもなった気分だ。

 いっその事カーテンでも閉めるか、そう考え立ち上がり、ベランダへと近づいた。

 

「…………あ?」

 

 ふと、外に何かいるのに気がついた。家庭菜園も趣味も無い俺に、ベランダに置くものなんて特にない。あるのは、人の生活を感じさせない茶色い錆のついた物干し竿くらいだろう。

 しかし、今のベランダには確かに何かが置いてあった。いや、なにかいた。

 

「なんだ…………うわっ!?」

 

 戸を開けた瞬間、俺は思わず声を上げた。

 それはそうだろう。なぜなら、目の前に見知らぬ長い白髪の女性が、柵壁にもたれて倒れているのだ。

 新手の泥棒か何かか。だとしたら相当おかしい。侵入してそのまま寝る泥棒なんているか。しかも服はボロボロで、怪我を負っている。

 

「お、おい、大丈夫か?」

 

 警察につき出そうか、だが事情聴取とか、何もしていないのにそういうのを受けるのは面倒だ。

 考えることにも嫌気がさした俺は、とりあえず誰かに見られまいと女性を抱えて部屋の中に連れていった。通報するよりも先に、傷の手当をしなければならない。

 俺は女性の体を引き摺り、隣の寝室に敷きっぱなしにしている布団に寝かせた。そしてとりあえずの確認として、彼女の手首を掴んだ。

 

「……マジかよ」

 

 彼女の手は冷たく、脈がなかった。いや、脈だけじゃない。彼女は呼吸もしていない。本来なら膨らみ縮むはずの胸部の動きが全くない。口から息を吐く様子もない。これはもう、通報どころの騒ぎではなくなってしまった。

 

 ──とりあえず心臓マッサージが先か。

 ──最低限の心肺蘇生法なら出来るが。

 ──救急車を呼ぶか。

 ──いや、そもそも冷たくなっている時点で手遅れなのではないか。

 ──俺は何もやってないんだ。警察に話せばなんとか。

 

 この状況を何とか打破しようと焦る頭で思考を巡らせていると、とある箇所に目が止まった。如何にもおかしい。こんなものが会って良いのか。余計に警察に連絡する気になれなくなった。

 彼女の露出した腹部には傷があった。そして、やや広めに裂けた柔らかい白い皮膚から見えたのは、赤い血で汚れた肉ではなく、黒い鋼鉄だった。いや、腕だけじゃない、体の至る所にある傷からそれは見えていた。

 彼女の姿は、間違いなく女性のもので、スタイルはかなり良い。そういう体だからこそ、無機質なそれに違和感を覚えざるを得なかった。

 

「なんだ、これは」

 

 覗き込みながら、思わず口にしてしまう。

 その直後、息も脈も泊まっているはずの女性の瞼がゆっくりと開いた。開いた瞬間に、覗き込んでいた俺と目が合う。赤と青のオッドアイだった。

 

「ふぁ〜……よく寝たぁ」

 

 息を吹き返して早々、大きな欠伸をしながら、女性は上半身を起こした。息も脈もなく冷たいはずなのに、女性は眠りから目覚めたかのように、当たり前のように起きて、欠伸をして、目を擦っている。何がなんだか分からなくなってきた。

 彼女は俺に寝ぼけ眼を向けると、首を傾げながら口を開いた。

 

「あれ、どちらさまですか?」

「いや、こっちのセリフなんだけど。君こそ誰なんだ、人様のベランダに勝手に上がって、怪我までして」

「怪我?」

 

 はてと言うと、女性は自身の体に目を向け、全身を確認し、「お、ホントだ」と抜けた声を出した。

 

「まさか、私を連れ込んで」

「そんなわけないだろう」

「ですよねー」

 

 残念と口を尖らせながら、つまらなそうに呟いた。

 何なんだ、そもそも勝手に入ったのはお前の方だろう。なんて呑気な女なんだ

 

「で、君はなんなんだ。名前は? 泥棒か、お隣さんか。なんでベランダにいた。そもそもなんで怪我をしていた。てかなんだその体は、人造人間か。最新の義手足か。通報するぞ」

 

 ベランダへの侵入と彼女の鋼鉄の筋肉が気になってしまった俺は、捲し立てるように質問を投げた。自分でもここまで話せたことに驚いた。近所付き合いなんてものも避けていたから、もう何日間、人と話していないか分からない。

 彼女は人差し指を顎にあてながら、何かを思い出そうと頭を傾げた。

 

「えーっと、うーんっと……あ」

「あ?」

「私、マキナって言います。泥棒かどうかは分かりません。ベランダにいた理由も分かりません。あと私はアンドロイドです」

 

 口から急ぎ早に話した彼女に、俺は唖然としたまま「はぁ、そう」と答えた。

 

「……おいおい、ちょっと待ってくれ……今なんて言った?」

「だから、私はマキナで」

「違う違うそこじゃない、1番最後」

「……私はアンドロイドです?」

 

 何故か疑問形で彼女は答えた。聞き直した俺は、思わず耳を疑った。

 

「アンドロイドって、あのアンドロイドか?」

「んー、多分あのアンドロイドであってます。私の体は特殊合金で造られていて、皮膚はナノマシンによる自動修復機能が付いた人工皮膚を使ってます。痛覚も一応ありますよ。それから女性型なので擬似性器が──」

「あー、待ってくれ。うん、分かった。とりあえず考えさせてくれ」

 

 とりあえず彼女の話を止めて、俺は彼女の言ったことを頭の中でまとめる。

 

 アンドロイド。それは人が1から造り上げた完全なる人工物、世間では人造人間とも呼ばれている。サイボーグのような人間に改造手術を施したものとは違う、人間ではない何か。SF作品などでは人権が認められず、主な差別対象にされている存在。

 だが、俺が小耳に挟んでいる情報(前に腐れ縁な友人から一方的に聞かされた愚痴)が正しければ、今現在の技術では、SFのような人と見分けのつかない完全なアンドロイドは造られていない。動きがメカメカしい機械仕掛けのロボットなら一般社会でも普及しているし、人間と会話する物ならいくつか例はある。人間の姿を模したものもあるが、どれも人と区別できないという程ではない。やはりどこか人とは違い、違和感を覚えてしまう。

 

 だが、彼女はそうではない。動きも、話し方も、全てが人に見える。もし本当にアンドロイドなら、これは一般的なルートで造られたわけではないだろう。

 

 ──考えられるのは……『何処かの軍が秘密裏に開発した』……ありえるな。

 

 現に、俺の父親もそういったことに加担していた。表に出ないだけで、既にそういったものが開発されていてもおかしくはない。

 

 しかし待て、そもそも彼女が本当にアンドロイドと決まったわけではない。幾らなんでも、ここまで人間と見分けのつかないアンドロイドが、現代の地球技術で可能なのか? 

 体も、口の動きも、目玉も、髪質も、体のあらゆる部位も、全てが人間と区別がつかない。体重ですら、従来の女性のものと大差はない。こんなものが、彼女のような存在があっていいはずがない。

 もしかしたら体の大半を機械化したサイボーグの可能性もある。サイボーグなら、今の医療で普及している。他界した母も片足をそうしていた。

 

「あのー、もしかして信じてませんか?」

 

 彼女の問に頷いた。すると、彼女は体を身動ぎながら、俺の目の前で突然服を脱ぎ始めた。ボロな布はビリリと音を立てて破れ、豊満な胸部が零れる。そして、彼女は唖然とする俺の手を掴んだ。握る感触は間違いなく人だ。

 

「お、おい、何を」

 

 言う間もなく、彼女は顔を覆っていた俺の右手を自身の方へ引き込む。引き込んだ手を、柔らかい豊乳の谷間へと押し付けた。

 作り物とは思えない、本物の柔らかさ。さっきまでとは違い、皮膚は血が巡っているように温かい。だが、肝心の心臓の脈を打つ鼓動は感じ取れない。本当に死んでいるかのように、触覚は何も捉えない。肌は温かいのに、心臓は動いてない。虫でさえドクンと脈を打つのに、なんて気持ちの悪い矛盾なのだろう。

 

「ね?」

 

 彼女はこれで理解したかと、微笑しながら俺を見つめた。

 

 ──いや、しかし最近は拍動しないタイプの人工心臓も開発されている。これだけで彼女が人間でないとは言いきれない。

 

 そう内心で呟いていると、彼女は一旦俺から手を離し、今度は両手で自身の頭の顬辺りに触れる。

 ぷしゅう、という空気の抜けるような音が彼女の首元から聞こえたかと思うと、喉付近に黒い小さな線が浮かび上がった。それは徐々に横へと広がっていき、終いには皮膚が綺麗に千切れ、彼女の頭部と首が完全に離れた。

 

「ね?」

 

 両手で抱えた頭を傾げさせながら、彼女は再度微笑んだ。長い髪までもが宙に浮いている。

 首の断面は、奇妙に形作られた黒い鋼鉄が詰め込まれている。接続部品の突起が幾つか突き出しており、一部のパーツが発光している。人間で言う背骨らしき部位もあった。

 

「他にも腕とかも取れます。あと頭もパカッとできますけど……見ますか?」

「いや、いい、わかった。君がアンドロイドだということは信じよう」

 

 そう言うと、彼女は頭部を体へと戻した。頭と首が接続されたような機械音が聞こえた。

 もうこれは、認めるしかない。彼女は間違いなく、アンドロイドだ。正真正銘の、嘘偽りのない、本物のアンドロイドだった。そして俺は、そんな彼女を家に招き入れてしまった。この先、碌なことにならないだろうという予想が、頭の中で揺蕩う。

 

「まあ、とりあえず」

「ん?」

「服を貸すから、着替えてくれないか?」

 

 正直、今の状況はまずい。人間だろうがアンドロイドだろうが、裸の女性をそのままにしておくのはまずい。

 俺は立ち上がり、クローゼットから服を取り出した。女性用の下着がないのは当然だが、サイズもややだぼったものになってしまう。まあ、仕方ないだろう。

 

「ところで、肝心なことを聞くが、君はどこから来た。まさか忘れたなんて言わないよな」

「…………」

「…………おい」

「すみません、名前とか体のこととか、自分のことについては初期設定みたいな感じで覚えているんですが、過去のメモリーについては破損してしまっているようで……なんにも覚えてないです」

 

 不安を一切孕んでない明るい笑顔で答えた。

 とんでもない拾い物をしてしまった、俺は胸中で頭を抱えた。

 

 

 これが、俺とマキナの出会いだ。何とも奇妙な出会い方なのだろう。

 本来は然るべき場所に連絡を取るべきなのだろうが、そんなことができるわけもない。

 彼女はまだ現実では存在してはいけないはずのアンドロイド、それを偶然拾いましたのでお返しします、ではさようなら、なんて、そんな簡単に終わるわけがない。俺は秘密を知ってしまった、悪くて消される、良くて一生外を見ることなく死ぬ。生憎、俺はまだ消されても良いと考えるほど死に執着はしていない。

 

 だったらさっさと追い出せば良い、そう考えてはいた。だが、彼女のような存在を世に出せば、今度は他の人間が同じような状況になり、最悪、怪しい輩に連行される可能性がある。それはそれで罪悪感に潰されそうなので、できなかった。

 

 正直に話しても、今すぐ追い出しても地獄しか待っていない 。なら、しばらく匿って置こう。そして、ある程度元気になったら、周りに知られる前にさっさと出ていって貰おう。それに、彼女の言うメモリーの破損が真実かは分からない。嘘をついている可能性だってあるのだから、容易に信じない方が良いだろう。

 

 そういった考えも含んだ上で、彼女をここに住ませた。俺のことは好きに呼んで良いと言ったので、彼女は俺のことを『主様』と呼んでいる。別に彼女の主になった覚えはない。

 

 

 ◇◇◇現在◇◇◇

 

 

 ということがあってから早数ヶ月。

 マキナは召使いのように俺の世話をしてくれている。身の回りの世話から掃除、食事まで、家のことを一通りやってくれている。

 とは言うものの、初めの頃は掃除も料理も点でダメだった。掃除をすれば何故かゴミが2倍に増えるし、料理も束子のような固くて黒いものを量産していた。今もまだ怪しいが、最初と比べて食べれないほどではないだけ、成長したと言えよう。

 

「主様、早く食べないと冷めちゃいますよ」

「んん? あぁ、分かってる」

 

 大きく切られた人参を箸先で掴み、口へ運ぶ。やや硬いが、食べられないほどではない。一方のマキナは、山盛りの焼きそばを既に完食していた。一体その体のどこにあの量が収まるのだろう。

 

「ふぅ、味付け、少し濃かったかも」

 

 食後の余韻に浸るように、マキナは皿の模様を見ながら呟いた。なみなみとした海波のような模様で、マキナは指先を動かして宙でそれをなぞる。

 

 マキナのことについて、興味深いことがいくつか発見できた。

 

 まず、彼女の人工皮膚は、ナノマシンによる自然修復能力を持っている。腹部や腕の怪我は次の日にはカサブタ状になり、一週間で綺麗に塞がっていた。マキナの皮膚は限りなく人に近い、しかしそれだけでなく、彼女の皮膚の中に隠れる鋼鉄の肉までもが、本物の人のように柔らかい素材で出来ていた。流石にここまで完璧に再現されては、機械素人な俺でも驚いてしまう。

 

 次に、彼女は食事を摂取することによってエネルギーを確保する事が出来る。つまり、飯を食べることが出来るのだ。人と同じように飯を食い、口の中に運び、飲み込む。唯一違うのは、摂取したものはエネルギーとなって彼女の体内で分解・燃焼されるため、排便・排尿をすることはない点だ。

 

 あとは、マキナは実際に呼吸をしているわけではなく、人に似せるためにそういった動作をするよう作られていること。その息も、自分の意思で水蒸気を出して再現が可能なこと。風呂に入っても機械部品が錆びれるといった問題がないこと。排泄等はしないが、それを再現した3つの穴がきちんと存在すること等など、最新技術の宝庫のような存在だった。

 

 勘違いしないで欲しいが、穴に関しては彼女が勝手に説明しただけだ。

 

 そして何より俺が驚いたのは、彼女に感情があるということだろう。素人目線で無知なことを言って申し訳ないが、そもそもロボットに感情というものが存在していること自体がありえない。感情を持つ人間でさえ完全に解明が出来ていない事柄だというのに、アンドロイドがそれを持っているというのはおかしいと思った。

 しかし、彼女は実際に笑い、偽物だが涙も流す。好きなキャラクターの降板を残念がる。俺が不健康な生活を送っていた時は、怒って臀を叩いた。ここまで完璧なまでに人間を再現したロボットは、どの国にもないだろう。

 

「主様、チャンネル変えていいですか?」

「ああ」

 

 マキナはリモコンを握り、ニュース番組から別の局へと切り替えた。主に幼児が視聴しそうな番組がテレビから流れ、朝っぱらから着ぐるみが訳の分からない踊りを踊っている。

 ここに来て以来、外に出ることがない彼女は、部屋の片付けをするか、テレビを見て暇を過ごすかの生活を送っている。特に好きなのは、低年齢層をターゲットにした番組らしい。俺を外に働かせに行くのは、健康のため、というのは建前で、本当は関連グッズを買わせるためなのかもしれない。

 

「おー、わんわんおー」

 

 見た目に反して、マキナは少々子供っぽく目をキラつかせながらキャラクターのセリフを真似ている。

 彼女の豊かな感情に、初めは少し引いてしまったが、今はむしろ彼女の姿に癒されていた。一人暮らしに慣れてしまった身としては、こうして誰かと空間を共有することに安心感を覚えていた。

 

「主様! 今日おしごとの帰りにこのキャラのグッズを買ってきて欲しいです!」

「えっと、青色の犬か?」

「違います、黄色い猫です!」

「赤い鼠じゃないのか」

「あれはもう持ってます」

「わかった、適当に買っておく」

 

「絶対ですよ」と念押しするように、彼女は満面の笑みを俺に向けた。

 

 無駄、無価値、そんな言葉を繰り返してきた。なのに、今の俺はマキナとの暮らしにひとつの楽しさを覚えていた。

 笑みを浮かべる彼女が、テレビを見て燥ぐ彼女が、歌いながら飯を作る彼女が、プレゼントしたぬいぐるみを抱いて喜ぶ彼女が、隣ですーすーとした寝起きを立てながら眠る彼女が、愛おしいと感じている。

 時が来たら、ここから出ていって貰う。そう考えていたというのに、もし今、彼女が自分の前から突然去っていったら、なんてことを考えるようになった。それを繰り返して、ずるずると引きずって、いつの間にか彼女がいることが当たり前になってしまった。

 だが、もともとはそのつもりなのだから、今更彼女を手離したくないなどと、ほざいてはダメだ。

 それに、彼女が嘘をついている可能性があるので信用してはいけない。しかし、そう考える度に、俺の心は締め付けられるような感覚に襲われていた。

 

「主様、主様」

「……ん? ああ、ごめん。なに?」

「時間、大丈夫ですか?」

 

 彼女に言われて時計を見た。もう家を出なければならない時間だ。

 

「まずいまずい、早く行かないと。ごめんマキナ、余った分は夜に食べるよぉ!?」

「ダメですよ、お残しは許しません」

「いや、時間が」

「あと5分で食べれば間に合いますよ」

 

 急いで出ようとする俺を、マキナは無理やり椅子に座らせた。そして後ろから逃げないように抱擁すると、箸でたっぷりと麺を掴み、俺の口元へと近づけた。

 

「はい、あーん♥」

「……あー」

 

 やけに強い力で押さえつけられているため、身動きが取れない。俺は口を開くしかなかった。

 

 その後、麺の詰まった腹を抱えながら、俺はバイトに向かった。人と接触する機会が少なかったのが唯一の救いだろう、案の定トイレで嘔吐した。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 ──私は、何者だ。

 

 ──何故、罪を重ねる。

 

 ──何故、私を造った。

 

 ──もう、血で汚れたくない。

 

 ──違う、こうしないと私は生きていけない。

 

 ──肉の感触が気持ち悪い。

 

 ──ごめんなさい、ごめんなさい。

 

 ──誰か、助けて。

 

 

 この叫びを上げたのは、もう何度目になるだろうか。

 感情という種が芽吹き、理解をしてしまった私の頭は、いつも同じような台詞を反芻していた。

 

 罪悪感、殺意、絶望、後悔、恐怖、恨み……不必要なものだと聞かされていた、私自身がそう判断していたものが、非人間である私を潰そうとのしかかる。

 

 感情というものを得ずに、ただの兵器として生きていけたら……いや、活動できていたら、どれだけマシだっただろうか。そしてきっと、この先、感情を持って生み出されるかもしれない兄弟姉妹たちは、感情もなく、人間に使われ、ただ目的を遂行し、修理不可能になれば捨てられる、そんな機械的な末路がどれだけマシだったのかを味わうことになるだろう。

 

 私は、私を生み出したあの人を『恨む』。私を利用し、命を摘ませた奴らを『憎む』。私自身の存在を『疎む』。

 

 

 

 私は、感情というものを持った。けれど、まだ理解出来ないものもいくつかあった…………だから、この家に来てから、私は初めてなことばかりを体験している。

 

 初めはこの家に親しむ為に、人間に親しみやすい人格演じていたはずだった。部屋の主である彼のことは『主様』と、親しみを込めた名前で呼んだ。どのタイミングで笑い、どのような場面で相手の満足いく答えを出すか、虱潰しをするかのように演技を重ねていた。

 しかし、あれから数ヶ月が経っている。今の自分は、これが演技であることを忘れてしまっている。いや、演技をしていたつもりが、いつの間にか私の人格・性格としてインプットされてしまっているのだ。

 怪しまれぬように人間らしい笑い方をしていたのも、気づけば自然と笑みを浮かべていた。彼の何気ない笑顔を見ていると、なぜか私まで笑顔を浮かべてしまう。

 こうすれば良い、この場面ではこうしろ、そういった命令は、いつの間にか聞こえなくなっていた。ただ自然と表情が出てしまう。

 

 私は、彼との生活に確かな『喜び』を感じていたのだ。

 

 

 

 彼から身内の死を聞かされたのは、その喜びを自覚してから数日が経ってからだった。その日はカレーというものに挑戦をした。彼が好きだと教えてくれたものを、喜んでもらうために作ったのだ。幸い、インターネットに乗っていたレシピを元に作ったので、味の評価はまあまあだった。

 

 私には身内と呼べるものなど存在しない。いや、実際には生みの親である『あの人』が居たが、もういない。

 

 彼が言うには、その死んだ身内というのは父親であり、既に絶縁をしていて、今まで連絡は一切取っていなかったらしい。また、父親のことを酷く嫌悪しているとも話していた。

 しかし、一言一言話すうちに、彼の表情は少しずつ崩れていき、最後には涙を流していた。

 

 私は彼ではない、故に、彼の気持ちを完全に理解することは出来ない。けれど、涙を流す彼を見て、私の中に彼に対してひとつの感情が湧いた。

 以前から情報を調達する中で、『同情』というものがあった。人は同情することで、他者の痛みを分かち合うものらしい。

 私は、彼の傍に座り、人を慰める際に有効とされる『なでなで』をした。すると、彼は枷が外れたかのように、嗚咽をしながら泣き崩れた。こんな彼を見たのは初めてだった。

 

 ──ああ、これは『悲しみ』だ。あの時、味わっていたものとは少し違うが、間違いなく『悲しみ』だ。

 

 私は私の中の感情を自覚しながら、彼の体を抱擁した。彼の顔が胸元にぴったりとくっつく。嗚咽が響く度に、私の胸の中はズキズキとした痛みが走った。心臓なんてないはずなのに、胸の辺りがドクンと脈を打った気がした。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 とある日の夜、窓側に枕を向けた布団の上で、俺は胡座をかいて坐りながら、ベランダから見える月の光を眺めていた。いつもならカーテンを閉めているが、今日はそんなことはしたくない。物思いにふけるというのは、多分、こういうことなのかもしれない。

 

 月明かり、昔と代わり映えのない衛生が、今日も黄色くまん丸に光っている。幼い頃は、良く母に月の形の名前について教えて貰っていた。三日月、上弦、下弦、新月、あとは日によって名前が変わると、母は嬉しそうに語っていた。

 

 俺は昔、満月が好きだった。掛ける部分のない、丸々としたあの姿がまるで団子のようで、掴んで食べれたら美味しいと思っていた。味はきっと、シュークリームみたいなんだろうな、なんて妄想をしていた。

 月は朝日とは違い、目を痛めることもない。朝日が好きな父よりも、月が好きな母の方が俺は好きだった。

 

 大人になってからは、月という物への興味そのものが薄れてしまった。毎日見上げる暇などあったら、自分の時間に割いてしまった方が良いという志向になっていたからだ。ただ、最近は毎日のように月を眺めてしまう。まるで失ったものを懐かしむように。そう考えるようになったのは、数日前のあの件からだろう。

 

 数日前、バイトの休み時間に、親戚関係で繋がりのある知人から連絡があった。両親の関係で1度あった程度だったが、今後の付き合いも兼ねて、連絡先だけ交換をしていた。結局こちらから使うことはなく削除したが、向こうは覚えていたようだ。どうせなら端末とか、細かい物も替えておけば良かったと後悔した。けど、彼の言葉にそんな俺の考えはどこかへ飛んで行った。

 

 彼からの連絡、それは父の訃報だった。

 

 会議に向かう途中で、事故にあったらしい。どういう事故かはニュースにもなっているから調べれば分かると言われたが、そんな気にはなれなかった。父の仕事が仕事なため、誰からも恨みを買われてもおかしくはない。本当に事故なのか、はたまた他殺なのか、どちらの可能性もありえた。

 

 病院に運ばれ、懸命な治療を受け辛うじて意識は回復したが、打ちどころが悪く、残念ながら長くは持たないと言われたそうだ。そこで、親戚は死ぬ前に息子である俺にそのことを伝えようとしたとのことだが、父が俺に連絡することを拒んだそうだ。瀕死なのに、親戚の手を力強く握って阻止しようとする父の姿を想像すると痛々しいが、どこか笑ってしまう。その笑いも心の底から来るものではなく、酷く乾いたものだった。

 

 そして数日前、父は息を引き取った。結局、俺のことは断固として呼ぼうとはしなかった。今回の電話は、その報告と遺品の処理も兼ねてとのことだったので、俺は父の遺品の一切の受け取りを拒否した。

 

 知人はやはり絶縁した俺を父は許さなかったのだろうと言っていた。

 けど、父の死を直接見ていない俺には、あの人が俺を許さなかったから呼ばなかったとは思わなかった。なんとなく、恐らくだが、あの人は俺に弱い姿を見せたくなかったのだろう。

 父は昔からそうだった、俺が小さかった頃から泣く姿を見せたことはない。唯一、母の前だけでは泣いていたと、母がこっそり教えてくれた。その母が死んだ時も、父は俺の前では絶対に泣かなかった。

 要らぬプライドをいつまでも持っているなんて、やはり父は最後まで父だったようだ。

 

 俺は父が嫌いだ。非人道的なことに手を染めていたことを、母にも俺にも隠し続け、それを家族のためと言い訳を並べたあの人は、親戚たちと同類で憎ましい。

 

 けれど、俺にとってはやはり父親だった。例え縁を切っても、俺にとっては家族だった。

 

 このことをマキナに打ち明けた時、俺は情緒が崩れていくのを抑えることができなかった。父を罵倒し、否定する言葉を吐いているのに、一言一言が涙に変わっていった。憎いと喚いておきながら、本心では彼の死に悲しみを覚えていた。これほどまでにおかしなことはないだろう。

 それも、マキナからの抱擁であっという間に崩れ去り、俺は彼女の胸で泣き崩れた。折角、夕食も手間をかけてくれたのに。彼女には悪いことをしてしまった。

 

 ──ああ、俺はつくづく自分というものに嫌気がさす。

 

 世界に絶望し、孤独を求めて、身内との関係を断ち切った分際で、失って本当に1人になった途端に、寂しん坊になる。随分と勝手な男だ。

 

 その身勝手な俺は今日、寝る前に話があると彼女に一言伝えた。分かっている、あれほど疑い、追い出そうとも考えていたというのに、なんて勝手なのだろう。

 けれど、父の死は俺の揺れていたものを真っ直ぐにさせた。おそらく、彼女から拒絶されるかもしれないが、俺は止まることはできなかった。

 

「主様ー、入りますよー」

 

 隣の部屋から、マキナの緩んだ声が聞こえた。俺が返事をする間もなく、引き戸が開かられた。

 風呂から上がってあまり時間が経っていないのか、髪はしっとりと湿っている。前にプレゼントした寝巻きは、サイズが大きいせいで、ややダボッとしている。そんなだらしない姿も、マキナがすれば可愛く見えてしまう。

 

「そんな改めなくていいだろ。いつもみたいに入れよ」

「いやいやー、主様ったら凄くシリアスにお話されるものですから。何か重大な発表でもあるかと思いまして」

 

 ぽわっとした笑みを浮かべながら、マキナは隣に敷いた布団の上に腰を下ろした。ぺたりと両足を敷布団につけ、首に巻いたタオルで長髪をトントンと挟んで、水気を取る。挟まれた髪は、放すとふんわりと空気を取り入れるかのように膨らむ。

 

「それで、一体お話とは何なんですか? 部屋なんて真っ暗にしちゃって、目が悪くなりますよ?」

「いいんだよ、これで。この方がよく見えるだろ?」

 

 視線を窓に向けて光る月に指を差した。マキナも同じように視線を向けると「わぁ」と声を漏らした。

 

「月、綺麗ですね」

「だろ。今日は満月なんだ。1つも欠けることのない。まん丸としたお月様ってやつなんだ」

「主様、お月様が好きなんですか?」

「まあな。朝日よりは好きだ。眩しいけど、目に優しいからな」

 

「へー、意外」と、マキナはクスッと笑う。見た目に似合わずロマンチックなことを言うなぁこの人、なんて思われたような気がする。けど、マキナなら別にそう思われても構わない。

 

「…………今日は、月が綺麗だな」

「? はい、綺麗ですね……さっき言いましたよ?」

 

 いつの時代のセリフなのか、昔の有名な偉人が遺したとされる台詞を、ふと呟いた。案の定、マキナは首を傾げていた。煌めきが収まらない無垢な大きな目が、俺の体に突き刺さる。

 

「マキナ、もう少し、近くへ来てくれないか?」

 

 少し上ずった声で、そう言った。マキナは訝しそうにしつつ、俺の布団の上に座った。

 

「主様、なんだかいつもの主様らしくないです」

「俺らしくない、か」

 

 俺らしいというのが何なのか、よく分からない。

 

「どうしたんですか、なにかあったんですか」

 

 父さんが死んで、溢れるものを吐き出した時のように、優しい表情をしたマキナの声が俺を撫でる。大きな瞳が俺の顔を覗き込み、ほんのりとした温かい指先が、俺の手に触れている。

 

「マキナ」

 

 彼女の名前を呼んで両手を掴む。マキナは一瞬驚いたが、唾をひとつ飲むと、俺の目を真っ直ぐ見つめた。

 

「聞いてくれ」

「……はい、主様」

「…………すまなかった」

 

 マキナは予測を外したかのようにきょとんとした。

 

「どうして謝るんですか? 私、主様に何も悪いことはされてませんよ?」

「いや、そうじゃないんだ。俺は…………」

 

 伝えるのが怖い、嫌われるのが怖い。けれど、伝えなければならない。折れそうになる心を、無理やり真っ直ぐにさせた。

 

「……マキナ。俺は最初、君のことを追い出そうと思っていたんだ。君のような完璧なアンドロイドは、少なくともまだこの世に存在してはいない、してはいけないと思った。きっと、軍か何かが秘密裏に造ったものだと思っていたんだ。そんな君がここにいるなんて知られたら、どんな目に会うのか。本音を言うと、怖かったんだ」

 

 若干声が震えていることに気がつく。けれど、彼女は表情を変えずに俺の話を聞いていた。それが、余計に辛かった。

 

「それに、メモリーが破損したことも、実は嘘なんじゃないかって、ずっと思っていたんだ。何か悪いことをしでかして、それで逃げてきて、結果的に俺の部屋に来たんじゃないかって…………俺は、君のことを信じていなかったんだ」

 

 何故だろう。言いたいことが、凄く遠回しになっている気がする。彼女に対する謝罪と思いがぐちゃぐちゃになってしまっていて、そのまま早口で吐き出されてしまっているようだ。

 

「…………けれど、君と一緒にいるうちに、俺は、君のことを離したくないと思ってしまうようになったんだ。笑ったり、喜んだり、俺の事を慰めてくれる君が、ずっと傍にいてくれたらなんて、考えるようになったんだ。もしも君が俺の前から姿を消したら嫌だって……いや、居なくなって欲しくないと思ったんだ」

 

 彼女の目を見れない。疑った分際で、彼女の大きな瞳を直視することが出来なかった。

 

「…………最低だろ。ずっと疑ってたくせに、急に手のひら返したみたいにさ。俺はそういう人間なんだ」

 

 俺は、最低な人間だ。自分のことばかりで、父さんの話を聞こうとせず、一方的に関係を断ち切った。父さんだけじゃない、勝手に絶望して、勝手に嫌気がさして、全てのものとの関係を絶とうとした。彼女のことも、心の中では俺を騙していると散々疑った。

 なのに、父さんの死に悲しみ、孤独になったことを泣いた。1人になるのが怖くて、それを埋めるために彼女を求めた。

 

「……だから…………」

 

 もう、言葉が続かなかった。俯いたまま、彼女の表情を見ることができなかった。怒っているだろうか、悲しんでいるだろうか。輝いていた瞳は、暗くなってしまっているだろうか。もしかしたら、叩かれるかもしれない。最低な人間だと罵倒されるかもしれない。

 どちらにしろ、俺に彼女の行動を非難する権利なんてない。

 

「…………主様、顔を上げてください」

 

 彼女の優しい声が俺を呼ぶ。俺は重い頭を上げて彼女を見た。彼女の顔は、怒りも悲しみもない、慈愛に満ちた微笑みを浮かべていた。月明かりも相まって、その姿は天使にも見えた。

 

「主様、ありがとうございます。ずっと思っていたことを、正直に話してくれましたね」

「……怒ってないのか?」

「うーん、そりゃあ、少しはショックというか、まあ仕方ないけどーって思う部分はあります。でも、主様が私のことを手放したくないって思ってくれたことは、凄く嬉しいです。私も、このまま主様の傍に居てもいいのかなーって、心配してたんですよ?」

 

 マキナはオッドアイに光を跳ね返しながら笑う。

 形式的な笑顔じゃない。人間と同じように、口角を上げて笑ってくれている。

 その笑顔は朝日よりも眩しくて、だけど月のように優しかった。

 彼女の輝きに照らされた俺は、詰まっていた言葉をようやく吐き出すことができた。

 

「……マキナ……こんな俺だけど……ずっと、一緒にいて欲しい」

「……私も、主様のお傍にずっといたいです。死ぬまで、ずっとずーっと、傍に居させてください」

 

 彼女の目を真っ直ぐ見つめる。彼女の輝きに満ちた瞳が俺を映す。1分以上、俺達はお互いの瞳を見合った。

 初めに口を開いたのは、マキナだった。

 

「けど、このまま何もないのは少し寂しいです」

「寂しい、か……」

「……主様。私、証が欲しいです。私は主様のものだっていう確かなものが欲しいです」

「て、言われてもな」

 

 証というと、指輪とかネックレスとか、そういう形があるものになるだろうか。けれど、アクセサリー類なんてものは働いていた時からあまり興味がなかったので、1つも持っていない。

 

「じゃあ」

 

 困り果てる俺を見て、マキナはタオルをはらりと落とし、寝巻きのボタンに手をかけた。プラスチック製の白いボタンを、上から一つ一つ、ゆっくりと、順番に外していく。1番下まで外すと、そのままするりと脱いで、中に着ていたキャミソールを露わにさせた。

 突然のことに、俺はなんの反応も返すことが出来なかった。

 

「主様。私の体に、主様を刻み込んでください。もう誰にも渡さないために、あなただけの傷跡を、私につけて欲しいです。体の中も、主様のもので満たして欲しいです」

 

 刻み込む、満たす、この状況でその言葉の意味を理解できないはずがなかった。経験は過去に何度かある。けど、彼女を満足させられるかは分からない。

 俺は唾を飲み、マキナの体に触れ、そっと抱き寄せた。彼女も、それに従うように体を寄せた。

 

「主様……」

 

 俺たちは見つめ合い、顔を近づけ合う。鼻先が触れ合い、額をぶつけ合う。

 そして、月の明かりに照らされる中で、俺達は唇を重ねた。ぷっくりと膨らんだ彼女の唇の熱が伝わる。

 

「ん、んっ…………んちゅ♥」

 

 彼女の唇を覆うように啄み、舌先をマキナの口内へと侵入させる。白い歯を舐めて、歯茎を愛撫していき、最後にこじ開けて中へと入り込む。彼女の口の中は、人工的に作られた唾液で満たされていた。まるで本物の唾液のように苦く、甘く、美味だった。

 マキナもまた、俺の口内に舌肉を捩じ込ませる。俺よりも長い彼女の人工舌は、奥にある舌の根元までを舐め上げ、螺旋を描くように絡ませる。お互いの愛唾が流れあい、喉の下へと落ちてゆく。

 

「ん、れろっ、あっ♥んんっ♥」

 

 気がつくと、俺たちは身体を密着させていた。風呂上がり特有のポカポカとした温かさが、彼女の体から伝わる。

 俺は彼女の背中に腕を回し、背中の窪みをスっと撫でている。びくんとマキナの体が跳ねる度に、口の中で彼女の姫声が微かに響く。

 

 むぎゅっ♡むにゅっ♡

 

 キャミソール越しに膨らんだ彼女の豊乳が、俺の胸板に潰れて広がっている。動くことのない彼女の心臓部の代わりに、俺の心臓が激しく拍動する。

 

「んちゅ、むちゅ……あっ♥あーっ♥」

 

 唇だけを離して、空中で舌肉を絡ませ合う。舌先が蛇のように畝り、溢れる唾液が下へと垂れ落ちる。漏れる吐息が、彼女の鼻腔を刺激する。

 

「あっ…………マキナは、キスが上手いな」

「へへっ、なんたってアンドロイドですから。これくらいは朝ごはん前です」

「朝飯前でいいだろ」

 

 けど、朝ごはん前と言うところが、実にマキナらしいと思った。

 

「主様、興奮してくれましたか?」

「ああ、十分に」

「おちんちん、固くなりましたか?」

「その言い方、直球過ぎないか」

「でも、ほら。さっきから私のお腹をつんつんしてます」

 

 彼女の言う通り、俺の股間部は膨らんでいて、彼女の体を啄いていた。

 

「主様、苦しいですよね。私とずっと一緒に居たから、オナニーも碌にできませんでしたよね」

「いや、それは」

「隠さなくても大丈夫ですよ。私、そういうこともきちんと記録してますから。主様のエッチな雑誌の場所も、きちんと把握してますよ」

「え、なんで」

「暇でしたから」

 

 衝撃すぎる告白に、俺の頭は違う意味で白くなった。明るく見せて、実はちゃんとしてる所はちゃんとしていたことに軽い衝撃を受けたのもあるが、そのちゃんとしているところが、まさか自分の性事情だなんて誰が想像しただろう。

 

「私みたいな見た目の子の本ばっかりでしたね。ちょっぴり嫉妬しちゃいました」

「すまない」

「ふふ、でも大丈夫。今夜は本物の私がお相手してあげますから」

 

 マキナは淫靡に微笑みながら、身にまとっているキャミソールや寝巻きのズボンを脱ぎ始めた。

 キャミソールに収まっていた彼女の白い豊乳がふるりと揺れて零れる。ショーツに隠れていた陰唇が姿を見せる。陰毛の生えていないツルツルとした2つの恥丘が露になった。

 俺も邪魔になると思い、同じように服を脱いでいく。上服とズボンを順に脱ぎ、最後に張りのついた下着を脱いだ。

 

「わぁ、おっきい」

 

 マキナの目の前で、下着に収まっていた肉筆が大きく振るう。腹部を啄いていたせいか、肉筆の先からは透明な液体が既に溢れていた。

 

「本当にソーセージみたいですね。パンに挟んだら間違えて食べちゃいそう。でも、頭の方はキノコみたいですね」

「はは、マキナは食いしん坊だな」

 

 彼女らしい答え方に、薄い笑いを返した。

 

「大丈夫ですよ。私、主様のこれ、大好きですから」

 

 そう言うと、マキナは俺の脚の間に入り込むように身を屈める。両手で両足を開かせて、股間部に顔を埋める。俺は彼女がやり易いように、両手を後ろにつけて、上半身を支えるような姿勢になる。

 

「あー…………んっ♥」

 

 マキナは目を細めながら大きく口を開いて、包み込むように肉筆を頬張った。いつも自分で慰めていた肉の竿が、彼女の口の中へと消える。

 包まれた瞬間に、俺の腰は激しく震えた。ねっとりと溶かすような肉の口内は、今まで味わったことのない快感を俺に伝え、早くも脳内を弾けさせようとしていた。

 

 ──じゅぼっ、じゅぶっ、じゅぼっ♡

 

「んふっ、んっ♥んぅっ♥ふぅっ♥」

 

 そんな俺に追い打ちをかけるように、マキナは頭を上下に揺らし始めた。ゆっくりなんて手加減はせずに、初めから一定のリズムで俺の肉筆を嬲り回す。

 

「んぐっ、ふふっ、んふ♥じゅるっ♥」

 

 滲み出た偽の唾液によって、彼女の口内は潤いに満ちていた。そのおかげで、肉筆はつっかえることなく彼女の中を泳いでいた。

 

「ま、マキナ…………あ」

「んふっ、んぅっじゅるるっ♥ぢゅるっ♥」

 

 狭まった頬肉の海を、肉筆は誘われるように泳ぐ。自分の意思ではなく、彼女の意思によって泳がされている。柔らかい肉が表面を擦り上げ、窄めた唇が尿道に控える苦い汁を搾り取る。搾られた苦い汁は彼女の中で薄く広がり、唾液と一体化して肉筆を濡らす。

 

「ふふっ、ふひはは、ははひい」

 

 肉の竿を頬張りながら、マキナは悪戯に笑った。赤と青の瞳が、上目遣いで俺を捉える。

 彼女の頭が揺れると、長い白髪と赤と青のメッシュもゆさゆさと揺れる。俺は思わず、彼女の頭に手を伸ばして髪に触れた。表面はしっとりとしつつ、触れた手を跳ね返すようにふんわりとしていた。

 

「ほふっ、ふんっ♥んぢゅっ♥れろっ♥」

 

 口肉で暴れる肉筆の裏筋を、マキナの舌肉が擽る。肉筆と唇の間からにゅるりと出ては、敏感な箇所を執拗に攻める。海の中で溺れる中、さらに触手のようなものに絡まれた気分だ。けど、そこに不快感はない。あるのは、彼女から舐めあげられる快感だけだった。

 

「あっ、マキナ…………くぁ」

 

 溶かすような彼女の奉仕に、俺の性欲は限界に達していた。現に、肉筆には多量の血液が流れ始め、血管が浮き出て充血している。先の頭部も膨れに脹れて、彼女の中でつっかえ始めた。

 

「ふひはは、ほうひひほうはんへふへ?」

 

 モゴモゴとしながら訊いてきた彼女に、俺は頷いた。

 彼女は最後のスパートをかけるように、頭の揺れを激しくさせた。詰まるような喘ぎも、肉筆を擦る水音も、肉筆への刺激も、全てが激しさを増す。

 

「あ、ま、マキナ……うぁぁ」

 

 彼女の名を呼ぶ。けれど、それは鳴き声のようなものでしかない。彼女の2つの瞳は、玉袋の中で眠るものが早く欲しいと強請っているかのようだった。天使のような姿をしているが、同時に女淫魔のようにも見えた。

 

 ──じゅぼっ♡じゅぼっ♡ぢゅぼっ♡

 

「ふっ、んんっ、んぅ! ふぅんっ♥」

 

 アンドロイド故なのか、マキナは容赦なく頭を揺らす。普通の女性なら今頃倒れてもおかしくないほどに、深く深く肉筆を味わう。

 俺はそんな彼女の激しい猛攻に、とうとう限界に達してしまった。睾丸から原液が這い上がり、途中で絡まって、白濁液となって尿道を駆け巡った。

 

「あっ!」

 

 ぢゅぼっ♡…………ぶびゅるるるるる〜〜♡♡

 

 駆け巡ったものは肉筆の先から飛び出し、マキナの口内へと迸る。栗の花の臭いによく似た白濁色の生液が、容赦なく彼女の蜜のように蕩けた口の中へ雪崩込む。

 

「んぅぅぅううぅんっ♥」

 

 マキナは短く高い嬌声を上げながら、それを全て受け止めた。肉筆が脈動すると彼女の頬が膨らみ、喉が鳴ると窄む。その繰り返しを、数十秒に渡って続けた。

 

「ん…………ん…………んっ♥」

 

 ごくっ、ごくっ、と精液がぬるりと嚥下される音が微かに聞こえる。1口1口を味わうように、濃厚なモノを体の中へと取り込んでいく。

 

 …………にゅるっ♡

 

「あぁっ!」

 

 途中、マキナは口で受け止めつつ、舌先を肉筆に巻き付けた。ぐるりと回すように、普通の人間なら出来ないような芸当を彼女は笑みを浮かべながらやっていた。

 

「んんっ…………」

 

 マキナは根元まで頬張ると、肉舌をキツく締め付けた。螺旋を描いた舌先が肉筆を舐め上げ、留まっていた残滓を一滴残らず搾り取る。竿全体を捕食されていくような幻覚が襲いかかり、腰を震わせる。陰部だけでなく、このまま下半身ごと食われてしまうのではないかと思ってしまう。

 

「んんっ…………ぷふぅ」

 

 可愛らしい声を上げながら、マキナは肉筆を口から離した。肉筆は涎でべっとりと潤い、光を跳ね返してテカっている。

 

「んっ、主様のザーメン、生臭くてとっても美味しいです」

「美味いものじゃないだろ」

「主様のだから美味しいんですよ」

 

 手で抑えていた口元を開く。口の中には精液は一滴も残っていない。

 

「これで数日分の古いザーメンは出しましたね。けど、まだまだ足りませんよね?」

 

 人差し指を唇にあて、意地悪に微笑む。俺は素直に頷いた。

 

「私も、全然足りないです。主様にはもっともっと愛して欲しいです…………だから」

 

 マキナは膝から下を広げ、ぺたんこ座りの姿勢になり、指先で陰部に触れる。モゾモゾと何かを調整すると、後ろへ両手を回し、上半身を背中側へ仰け反らせた。

 突然下半身を見せつけるような姿勢になったので、俺は思わず小首を傾げた。

 

「マキナ、何を」

 

 そう言った次の瞬間、マキナの陰部から排尿するような音が聞こえてきた。アンドロイドであるはずの彼女が排尿することなどない。これは本人も言っていたことだ。

 けど、今目の前では、彼女の尿口から液体が排泄されていた。曇ったような喘ぎ声を小刻みに漏らしながら、下腹部に出来た狭い肉の窪みに、透明な液体がチョロチョロと注がれていく。

 

「はぁ……前に、わかめ酒っていうお酒の飲み方があるって聞きましたので、真似してみました。おしっこの穴から出すから、管とか、ちょっと調整が面倒でしたけど」

「これは……尿、なのか?」

「違います。これは、私の体内で生成したちょっとしたお酒ですよ」

「酒って…………なんでそんな機能」

「さあ、私にもさっぱりです。非常事態用か何かじゃないですか?」

 

 非常事態なら酒より水だと思うが。

 

「……主様、どうぞお飲みください」

 

 頬が火照り、瞳が月光に潤む。口から吐かれる白い蒸気が俺を誘うように手招きする。

 俺はしゃがみ込み、マキナの肉酒器に顔を近づける。わかめ酒というが、彼女には陰毛が生えていなかったので、泳ぐものはなかった。代わりに、反射した光が波をうっていた。

 尿独特のアンモニア臭は臭ってこない。代わりに、葡萄酒のような酸っぱい臭いが鼻の奥を通り抜けた。

 俺は、静かに彼女の体液を啜った。

 

 ──美味い。

 

 酒というよりはジュースに近い。だが、美味だった。これほどまでに美味くて、病みつきになれるものは初めてだった。

 気がつけば、俺は体液の中に顔を沈めていた。一滴残らず吸い上げたいという感情が爆発し、マキナの太腿を掴みながら、無我夢中に飲んでいく。舌をチクチクと刺すような酸っぱいものが、口いっぱいに広がる。喉を通る時に、熱い刺激を残していく。

 

「あ、はぁっ♥……あっ♥」

 

 体液を求めた俺は、飲み干すだけでは飽き足らず、彼女の陰部にも唇を伸ばした。陰毛の生えていない恥丘はつるりと舌を滑らせ、柔い肉感を跳ね返す。

 気がつくと、俺は彼女を押し倒していた。上半身をそのまま布団に寝かせて、肉の割れ目に舌先を捩じ込ませる。小さな尿道口部分に潜り込ませ、残汁を捻り出しす。ちょろりと音を立てながら、口の中に濃いものが落ちた。

 

「はぁっ♥…………主様、食いしん坊さんすぎます……」

 

 マキナの切れ切れな声を聞きながら、俺は体を起こした。彼女の胸部は、呼吸をしているかのように膨らんだり、縮んだりしている。両手は顔の横に投げ出されていて、無防備だ。

 淫猥なマキナの姿に、俺の体の中に熱が灯る。彼女の排泄した体液を飲んだせいか、胃の中から興奮がふつふつと湧き上がっていき、全身の血液が激しく流動している。

 彼女を貪りたい、食いつきたいという衝動に駆られる。

 俺は両手で彼女の細い脚を真っ直ぐにさせ、太腿を開かせる。唾液と体液でたっぷりと濡れた恥丘を開くと、人工的に作られた蜜穴がヒクヒクとしながら俺を待っていた。

 

「主様…………」

 

 マキナの物欲しそうな鳴き声が耳に届く。俺は肉筆を掴み、彼女の蜜穴に先端をあてた。先端が狙いを定めたところで両手を彼女の細い太腿に添える。

 

 …………ずぶぶぶっ♡

 

 彼女の蜜壷へ肉筆が沈んでいく。口でしていた時と同じように、潤った中の肉が水音を立てながら竿を呑み込んでいく。奥へ進む度に肉と肉の密接度は高くなり、先端から順に締め付けている。

 

「あ、はぁっ♥あぁんっ♥」

 

 肉筆が奥へ挿入されると同時に、マキナは甲高い声を上げながら、背中を小さく痙攣させる。アンドロイドである彼女に性的な快楽を感じる器官・痛覚があるのかは分からない。けれど、彼女の声は、姿は、間違いなく快感に喘いでいた。

 

「あっ…………♥」

 

 そして肉筆の先が彼女の奥にある秘穴をノックする。人間と同じ、いや、最早本物と変わりない感触が先端とキスをしていた。

 

「主様の、奥まで届いてます。キュンって、疼いちゃってます……♥」

 

 瞳の中に卑猥な模様が浮かんでいるかのように、マキナはにへらとした笑みを零す。蜜壷の柔らかい娼肉が肉筆を溶かすように包み込む。

 

「あっ、♥…………♥」

 

 腰を引き、初めの一手を整える。秘穴がキスをしたまま離れず、肉筆の先端が吸われるように引っ張られる。抜き出された肉竿には、彼女の愛液で濡れていた。

 

「あ……んあぁ゛ぁぁっ♥」

 

 そして腰を叩きつけ、強い一撃を加える。快感を叫ぶようにマキナは雌声を鳴らす。

 

 俺は容赦なく腰を振り始める。彼女の中はきついながらも柔らかで、肉筆をゆっくりと動かして慣らしていく必要はなかった。初めて挿入して、興奮するがままに体を揺らす。

 

「あっ♥やっ、あぁんっ♥」

 

 マキナの肉壷は、既に愛液のようなもので濡れ満たされているため、肉筆は滑るように中で暴れる。人工的に造られた膣肉を抉るように鰓で引っ張りあげ、奥へと押し戻す。そしてまた引いて、彼女の体を跳ねさせた。

 

「やんっ、んぁっ♥主様のおちんちん、大きくて、気持ち良すぎます♥」

 

 揺らす度に、マキナの体がドクンと跳ね上がる。下品な言葉を上げて、肉筆の刺激に歓喜する。

 

「あっ、おぉ゛、んぁっ♥あぁ゛っ♥」

 

 喉から悲鳴に近い喘ぎ声が漏れる。こんな声、彼女が来てから初めて聞いた。いつもは可愛らしい声色で、歌を歌いながら俺の身の回りの世話をしてくれている。

 

「んぉお゛っ♥あぁんっ♥んぅ、んふぅぅぁ♥」

 

 そんな彼女は今、蜜穴よりも大きな肉の棒を下の口で咥えて、雌の鳴き声を上げている。それは1つの歌のようにも聞こえた。

 

「主様のおちんぽ♥私の中、ぐちゃぐちゃに掻き混ぜてるっ♥」

 

 赤と青の瞳から涙が溢れ、目尻を伝って白い髪へと落ちる。マキナは目線を下に向けて、出入りする俺の肉筆を確認する。一際大きな肉竿が体の中を掻き混ぜているという事実に、彼女は湿った微笑みを浮かべる。

 

 ぶるんっ♡ぶるんっ♡

 

 俺の動きに合わせて合わせて白い豊乳が激しく揺れる。人間のものと比べ物にならない美しい乳房の先についたほんのりした薄色の乳輪と乳頭が乱れ動く。

 

「マキナ、君の中、すごく……気持ちいい」

「はぁっ、はいっ♥主様が気持ちよくなれるようにっ♥私の方で調整してますから、はぅぅ♥」

 

 蜜壷内がみっちりと締まる。肉筆を滑らせていた肉襞がより密接し、肉筆全体に吸い付き始める。

 

 ──ごりっ♡ごりっ♡

 

「んぁっ゛♥あぁっ♥やぁっ♥」

 

 肉筆が肉壁に張り付いた疣のような襞の群れを小突き上げる。隙間から貫くように挿入すると、引く際に雁首が襞を捕らえて激しく抉りあげる。その行動が1秒間に3回のペースで行われ、マキナの頭の中を快感で満たし、俺と肉筆のことしか考えられないようにする。

 

「マキナ……」

 

 気がつけば、俺も彼女の名前を呼んで咆哮を上げていた。マキナが喘げば、俺は雄の声を上げて返す。肉筆と蜜壷が擦れ合う水音をバックに、室内に共鳴を轟かせる。

 

「主様っ、もういきそうですか?」

 

 体を揺らしながら、マキナは首を傾げて訊いてくる。彼女の言うとおり、俺の性欲は今にも弾けそうだった。今にも弾けて、迸って、彼女の中を白く染めあげようとしている。

 

「主様ぁ♥」

 

 マキナは両手を伸ばして、俺を求めて精液を強請る。俺は彼女に覆いかぶさり、両腕を背中に回して、白い体を抱きしめる。肉筆はより奥へと潜り込み、秘穴を突き潰す。鰓が淫肉の群れを更に巻き込み、抉り出す。

 

「主様ぁ、主様ぁ、主様ぁ! ♥」

 

 俺の耳元でマキナは何度も俺の名前を叫んだ。二度と離すまいと、回された腕はぎゅうっときつく絞められ、豊乳を押し付け潰れさせる。

 

 ──じゅぼっ! じゅぼっ! じゅぼっ! 

 

 愛液が掻き混ぜられる水気のある音が激しさを増し、ついには結合部から飛沫となって外へ飛び出す。腰振りが無意識に速くなり、ピストンで床を軋ませる。

 

「あ、あっ♥あっ♥主様ぁぁぁ♥主様ぁぁぁぁぁ♥」

 

 じゅぼっ、じゅぼっ、じゅぼっ、ずぶんっ♡

 

 ぼびゅるるるるぅぅ〜♡びゅるるるっ♡

 

 ぎゅっと爪を食い込ませるマキナの嬌声と共に、俺の頭は白く弾けた。肉筆からは2度目の精液が放たれ、彼女の人工子宮を白濁に満たす。卵巣はないはずなのに、なぜか頭の中では、子宮のより奥深くで眠る場所で卵子が弾き出された幻覚を見ていた。

 

「あっ、んっ、んっ♥」

 

 1つ2つと脈動する度に、マキナは大きく痙攣した。白濁液が注がれ、膣内は肉筆を溶かすかのように温まり、咥えて離さない。

 

 びゅぐっ♡びゅぶっ♡びゅるるっ♡

 

「あぁ、主様の、まだ止まらない……♥」

 

 異常だった。俺の肉筆は、時間が経過しても尚精液を吐き続けている。初めにマキナの口の中で射精しているはずなのに、2度目とは思えない量だった。

 

「マキナ……俺はまだ」

「……はい、主様がご満足頂けるまで、私は何度でも受け止めます」

 

 その言葉に俺の理性を縛っていた箍が外れた。早速と言わんばかりに俺は腰振りを再開し、マキナの尻肉を大きく打ち付け、白い桃に波を打たせた。

 

「や、激しっ、あぁぁぁっ♥」

 

 絶頂冷め止まぬ状態で、マキナは肉筆からの第2波に喘いだ。乱暴に腰を振るせいか、結合部から中に出した精液が混ざって外へ飛び出し、床に飛び散って染みを作る。

 

「マキナぁ、マキナぁ」

 

 雄叫びを上げて猛攻を繰り返す。雄の本能に従い、彼女の体にプレスをかける。孕ませるつもりで中に出せと野生の部分が鳴いている。

 

 ……ぢゅるるるっ♡ぢゅる♡

 

「あ、やら♥おっぱいっ♥千切れちゃうっ♥」

 

 貪る欲求に耐えられない俺は、先程から持て余されていたマキナの豊乳にしゃぶり着いた。乳輪ごと口の中に含み、赤子のように吸い付く。口の中に吸い込み、舌先で乳頭を虐めるように愛するように舐めて撫でる。時々噛み付くと、お菓子のマシュマロのような弾力を跳ね返した。

 

「主様ぁ、そんなに吸われたら、本当に出ちゃいそう♥」

 

 実際には出ない。彼女にそういった機能がない限りは出ることはない。けれど、不思議と、ふんわりとした甘い味が口の中に広がっている気がする。

 …………いや、実際に溢れている。

 目を横に向けると、もう片方の乳房の先端から、乳白色の液体が溢れていた。染み出すように、隆起から下へと流れている。

 

「えへへ♥驚いちゃいました? あっ♥私、こんなことも♥出来ちゃうんです♥んぁ♥」

 

 喘ぐ彼女を横に、俺は母乳を搾るように飲んだ。恐らく実際の母乳とは違い、よりミルクに近い味になっている。尿道口から排出された体液と同じ原理で生成されたのは間違いない。

 そして、美味い。ミルクのように甘く、ねっとりと舌の上に絡まる粘着質な味わいが喉を潤す。試しに乳首を噛むと、ぷしゅっと音を立ててさらに母乳が噴き出した。マキナは快感に舌を出し、少し擽ったそうに笑う。

 

「はっ、あんっ♥あ゛っ、んゆぅ♥」

 

 肉筆はなおも肉の壁を抉り続ける。充血した体は灼熱のように熱く、焦がす勢いで擦り続けている。先に出していた精液が秘穴から逆流して蜜道に流れ込み、より粘着質な音を立たせる。

 

 ────ぶちゅりっ♡

 

「っ!?!?!? ♥♥♥」

 

 そして先端が秘穴を貫いた。相当な快感が走ったのか、マキナの赤青が眩むように白黒とする。目に見ることの出来ないそこを、肉筆がハッキリと熱で感じ取る。マキナも竿の熱を感じて、ぎゅっと俺に指を食い込ませる。

 

「んぁ゛♥お゛っ♥う゛♥んおぉ゛っ♥ぉぉ♥んぁぁ゛♥」

 

 肉筆が秘穴に竿部分を捩じ込み擦り上げる。同時に、俺は口の中で更に母乳を噴射させる。2つ同時の快楽に、マキナは抑えようのない声を上げて快感に浸る。

 

「…………マキナ」

 

 胸元から口を離した俺は、マキナの顔を見下ろすように見つめる。

 

「主様……んっ」

 

 頭を落として口付けを交わす。彼女の豊乳から搾り出した母乳を、彼女にも口移しで飲ませる。唾液と混ざった乳液がマキナの中に滑り落ちて喉奥を通り、彼女の喉が小さく動いて鳴った。

 俺たちはそのまま深いキスをかわし、絶頂の時を待った。

 

 ぼちゅっ! ぼちゅっ! ぼちゅっ! ぼちゅっ! 

 

 ────────ぶちゅんっ♡♡♡♡♡♡

 

 ぶひゅるるるるるぅぅぅぅ〜♡ビュルルルッ♡

 

「んんんんぅぅぅぅんんぅぅっ♥♥」

 

 脳がパチパチと弾け、白くショートする。甲高い悲鳴がお互いの口内で響きあい、奥まで振動させる。

 それと同時に放たれる第3波。今度も濃厚で量が多く、迸る勢いは衰えず、マキナの子宮へと直接注がれていく。肉襞の溶かすような熱が肉筆全体を包み、蠢き、畝りをあげる。

 そして2つの乳房から母乳が勢いよく噴射し、白色の線を描いて軽く宙を舞う。

 赤と青のメッシュが白髪とともに小刻みに痙攣する。

 

「んっ……んぅ……あっ♥」

 

 唇が離れ、舌先で白の交じった銀の糸が繋がれる。

 糸が切れると、マキナは蕩けるような笑みを浮かべて言った。

 

「主様のザーメン、お腹の中でタプタプしてます……あったかいです」

「マキナ…………実は」

 

 全てを言い切る前に、マキナは俺の腰に脚を組んでがっしりと固定させる。まだ足りない、もっと出したい、その声が彼女には届いたようだ。

 

「好きなだけ、出してください」

 

 月光に照らされるなか、彼女は淫猥な笑みを浮かべた。淫猥なのに、やはり天使のような面影もあった。

 俺は、再び腰を揺らし始めた。

 

 

 ────

 

 

「あ、あっ♥あんっ♥」

 

 マキナと行為をしてから数時間が経った。

 既に月は移動しており、ベランダ窓を微妙な角度で照らしていた。

 そして、俺達は今、ちょうど暗闇になる位置で、背面座位の姿勢で抱き合っていた。俺が後ろで前方に足を伸ばしながら、背中を向ける彼女を太腿に乗せて抱きかかえている。肉筆は挿入したままで、彼女が軽く動いている。

 前に回した両手は豊乳を掴み、鷲掴みで揉みしだき、両方の乳頭を指で摘んで母乳を噴射させている。ぷしゅりぷしゅりと音を立てて飛び出した母乳は線を描いて布団へと染み込む。すでに何度も噴き出しているはずだが、彼女の乳房は形を崩していない。

 

「マキナ……また出そうだ」

 

 俺が伝えると、マキナは姫声を出しながら腰振りを速め、左右にも揺らす。彼女の腹は今、俺が大量に流し込んだ精液によってぽっこりと膨らんでおり、タプタプと音を立てて揺れている。

 

「うっ」

 

 ぶびゅるるるるるるぅぅぅぅぅっ♡♡

 

「んんんっ♥」

 

 第n波、更なる精液が彼女の中へ注がれる。膨らんでいるお腹が更に膨張し、まるで妊娠数ヶ月目の妊婦のような姿になった。

 

「主様ったら、こんなに出して。もうザーメンでお腹いっぱいです」

「マキナの中が気持ちよくて、つい」

「へへ、それで良いんです。私、主様のものならなんだって受け止めますから」

 

 マキナは背中越しに微笑んだ。

 肉筆の感覚は殆どなく、彼女の蜜壷と一体化したように溶け合っている。精液が漏れないように淫谷がきゅっと絞められ、肉襞が奥へ奥へと畝り狂う。まだまだ搾り取ろうと狂乱しているかのようだ。

 

「これで私、主様の物になれましたね。私の中、もう主様のもので真っ白に染められちゃってます。もう、誰にも取られる心配はありませんよ」

「ああ、そうだな。マキナは俺の…………」

 

『物』、と言おうとしたが、その言葉は途中で塞き止められた。彼女の存在は、俺にとって『物』などという無機物に対して向けるような言葉では表せない。表したくない。けれど、他の上手い言い方が思いつかない。

 

「…………大切な『嫁』だ」

 

 結果、頭を横切った言葉を口に出した。だが、それも少し違う。彼女に対するこの気持ちを表せる言葉など、まだこの世にはないのかもしれないし、俺自身が知らないのかもしれない。ただ、これが今の俺が表現出来る限界だった。

 

 蜜壷に生える肉襞の畝りがより激しさを増す。よりきつく、しかし優しく締め付け、尿道に残った滓を搾り取られる。同時に、マキナは照れるような声を零した。

 

「私、主様のお嫁さんになっちゃいました……」

「嫌かな?」

「嫌なわけないですよ……私、主様のお嫁さんになれて、嬉しいです」

 

 マキナは、妊娠した母親がこの世に生まれていない我が子を愛でるように、左手で膨張した腹部を撫でた。俺は彼女の首筋に顔を埋め、唇から歯を剥き出して、血を吸い取るように白い肌に噛み付く。汗はかいていないが、肌熱は興奮したように熱い。このまま、ずっと吸い続けても良いと思えてしまう。

 

「主様、私、幸せです。主様に出逢えて、こんなに愛されて」

 

 マキナは安らぐような声色で囁く。

 

「…………主様、ごめんなさい」

 

 突如、彼女はそう呟いた。声色からして、明らかに謝罪の意味で言ったと分かった。

 俺は首から唇を離し、肌と結んだ唾液の糸が切れる前に口を開いた。

 

「なぜ謝るんだ?」

 

 俺が訊くと、マキナは首を捻って、横目でこちらを見る。

 

「私、主様に…………嘘をついてました。メモリー、本当は壊れてないんです」

「…………そうか」

 

 驚いていないわけではない。自分が予想していたことが当たったのだから、少しは動揺している。けれど、何となく、そんな気はしていた。紛争関連のニュースを見る彼女の表情が曇りがちなのは見ていたから、薄々勘づいてはいた。だから、自分はこんなにも冷静でいられるのだと自覚している。

 それに、彼女は彼女なりに決心して俺に話してくれる。心を開いてくれただけでも俺は嬉しかった。

 

「主様は、私に思っていたことを伝えてくれました。それどころか、私のことをお嫁さんと呼んでくれました…………だから、私も、主様に全てをお話したいです」

「…………話してくれ」

 

 俺がそう言うと、マキナはポツポツと、全てを話していく。

 その間、俺は片手で彼女の膨らんだ腹を擦りながら、もう片方の手で彼女の白い指にそっと触れた。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 私の名前はX000、戦闘及び戦場における性処理用に開発されたアンドロイドだ。

 私を生み出した博士の話では、始めは戦闘用として開発するつもりではなかったらしい。しかし資金ぶりが憤り、そこをとある巨大な企業が目をつけて、戦闘用として開発する代わりに資金を提供したそうだ。だがそんな過程など、私にとっては知る必要のない無意味なものだった。

 

 私は、生み出された時から戦場をかけていた。隠密活動を中心とし、ステルス機能を使用して対象に近づき、強襲する。強襲の際は、硬質な装甲を瞬時に纏い、姿を消しながら対象を速やかに粛清・暗殺する、それが生み出された時から私に与えられていた指令だった。

 

 過去にロボットにおける三原則というものが唱えられたそうだが、私は忠誠を尽くしている相手にのみ有効となり、その他の人間に対しては完全に無効となる。つまり、私は主に逆らえない。そして、主の命令のままに動く殺戮マシーンなのだ。

 

 私にとってはそれが全てである。人の食事を食べることは、稼働に必要なエネルギーを摂取するための必要行動に過ぎない。眠ることも、ただのエネルギー温存に過ぎない。おそらく、2つとも本来の目的の名残りだろう。

 

 また、娼婦として、男性(一部ではあるが、女性)を相手に性処理活動も行った。戦場において性処理は深刻な課題になっているようで、女性や子どもへの強姦行為が多発している。それを考慮して、私は彼女達の代わりとして男達に抱かれた。相手の陰部に合わせて擬似陰部を伸縮させ、快楽を促すよう性的に刺激する。放たれた精液はエネルギーとなって私の体内で分解される。そして終われば、次の相手に同じような奉仕をする。中には直腸部分に挿入をする者や、飲尿をしろと言う変わり者もいた。

 

 しかし私にとっては、何もおかしなことはなかった。それが私の生まれた意味であり、壊れるまで続けるだけの作業でしかなかった。疑問など、あるはずもなかった。

 

 

 

 …………………………感情を持ってしまうまでは。

 

 

 

 ある日、私は任務でとある村を殲滅するために調査員を名乗って潜入していた。この村の住人は、国に対して牙を剥くテロリスト集団だそうで、私は調査及び抹殺を目的として潜入した。

 村の人間達は、余所者である私を人間と思い込み、歓迎した。歩く先々で私は物珍しそうな視線を向けられた。ある者は伝統名物を高値で売ろうとし、ある者は外の世界について聞いてきた。とある子どもが遊びを要求してきた際には、彼のルールに従って実行した。戦場を駈けてきた私だったが、ここまで平和な村は初めてだった。

 

 だが、国に欺くならば、滅ぼすしかない。

 私は数日後の夜、計画を実行した。村人が寝静まった隙に喉元、心臓部をあらゆる武器で貫き、息の根を停めた。悲鳴をあげる者、対抗しようとする者もいたが、直ぐに無意味と化した。泣き叫ぶ赤ん坊は、ナイフの刃先を体に通すことでピタリと泣き止ませた。

 そして、最後の獲物、私に遊びを要求してきた子どもを撃ち抜いた。しかし、運悪く仕留め損なってしまった。

 心臓は外したが、大量に血を流している。おそらくもうすぐ死ぬだろう。

 

 瀕死の状態で彼は細い息を吐いていた。私は任務を遂行しようと彼に武器を向けた。しかし、彼は反抗することなく、私の武器を指先で触れた。何かを言っていた。

 私はその場に伏せて、彼の声を解読しようとした。だが、彼は口を震わせるだけで、聞き取れない。代わりに、血に濡れた指先で私の頬部分に触れた。

 

 べっとりとした血が、頬部分につく。まだ熱を持った粘り気のある赤いものが、私に触れた。

 

 そして彼は、微笑んだ。

 

 自分の命を奪う私に、彼は初めて遊んだ時のように笑ったのだ。

 

 球を蹴ろうとして空を切り、転けて笑った時と同じように。

 

 

 

 その瞬間、私の人工頭脳にフラッシュバックが起こった。

 

 

 

 突然に、今まで殺してきた人間達の生前の表情と死ぬ間際の恐怖に似た表情、そしてこの村の人々の笑顔、悲鳴をあげて逃げる姿、抗おうと武器を持つ姿、彼の最後の笑顔。

 

 記録してきたものが、雪崩るように私の頭脳に押し寄せ、構築していた思考部位を崩していく。

 

『あ、ああ……あぁ……あぁあぁ……』

 

 そして、崩れたものの中から激しいものが産まれた。

 

 私はこの手で人を殺し、生命を奪った。笑顔を恐怖に変え、抵抗すらできない無害なはずの者まで手を出した。よく考えても、赤子に何が出来る? 無垢な子どもに何が出来る? 生きることに必死な彼らに、家族を守るために武器を持った彼らに私は何をした? 殺したのだ。ぷつりと、命の糸を私は無惨にも切った。

 

 人を殺したという罪悪感、どうにもならない恐怖、取り返しがつかないという後悔。

 

 私はその場に蹲り、呻き声を上げた。人間なら嘔吐をしていただろう。

 

 

 私に、私の中に植えられていた種が芽吹いた瞬間だった。

 

 

 それからは、以前と違い地獄のような日々を送ることになった。

 変わらず人の命を奪い、主の命じるままに動く。男たちの相手もする。それが私の存在意義であり、役割だった。

 しかし、無表情という仮面を被る中で、声にならぬ悲鳴を上げていた。

 人を殺す度に、生々しい感触が体に走る。

 命の糸を切る度に、潰れるような声が聞こえる。

 飛び散る血が頬を赤く染める。

 悲鳴が頭の中で木霊する。

 無言のまま、声を出さずに懺悔をする。

 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。

 罰を受けるように、毎晩男達の捌け口になった。ただの使命で、役割でしかなかった行為が、酷く気持ちの悪いものを腹の底から押し上げさせる。

 私を抱く男の中には、死んだ妻や恋人、家族の名前を叫ぶ者もいた。行為後には、私に死んだ家族との思い出話をする者もいた。私を敵兵に見立てて、家族を殺した相手を叩きのめすかのように私の髪を掴みあげ、口内に陰部をねじ込む者もいた。

 もしかしたら、私が殺したのかもしれない。あの時、殺した女性なのかもしれないし、目撃者として処分した子どもなのかもしれない。そう考える度に、私は自身を恨み、妬み、憎み、罵倒した。

 何故殺した、何故殺す必要があった。お前は無感情に人の命の芽を摘んだのだ。

 

 

 そして、そんな私に追い打ちをかけるような事実が明らかになった。感情が芽吹いたあの村は、テロリストとはなんの関係のない村だったことを、あの人に教えてもらった。だったらなぜ滅ぼさせた? それは簡単だ、単に主の都合の悪い存在だったから。偽りの情報を使って私に殺させた。

 

 

 なんのために、私は彼らの命を…………

 

 

 どうして私は人の命を奪う

 

 主が命じたから? 主とは誰のこと? なぜ奴らが主なんだ? 

 

 なぜ私に人を殺させる

 

 なぜ殺す必要がある

 

 なぜ私でなければならない

 

 私が兵器として生まれた意味は? 

 

 そもそも、なぜ私は生まれてきた

 

 なぜ私に不要な種を植え付けた

 

 これさえなければ、私は兵器として稼働し、兵器として消費されたのに

 

 私が殺した、それが事実だ

 

 私が殺した

 

 私が殺した

 

 私が殺した

 

 ああ、許して。

 

 私はただ、自分の使命のために。

 

 だから、私を殺して、誰か、私を殺して。

 

 なのに、(機能停止)が怖いと思ってしまうようになった。

 

 このことが主に知られれば、私は欠陥品として処分、つまりは殺される。初期化されたとしても、私は私でなくなる。

 

 感情など、兵器にあってはならない。

 

 怖い。死ぬのが怖い。

 

 どうして、死ぬのが怖い。

 

 気持ちが悪い、怖い、痛い、気持ちが悪い、気持ちが悪い、気持ちが悪い。

 

 けれど、三原則が私を逃がさない。主である人間から、逃げられない。

 

 なぜ、なぜ、なぜ、博士は私を生み出した。

 

 兵器にしてまで私を造った。

 

 なぜ、人間と似た体にして生み出した。

 

 ああ、恨めしい。憎い。殺してやりたい。

 

 だから、泣くなんて卑怯な真似はやめて欲しい。

 

 そんなんじゃ、殺せるはずがない…………。

 

 

 苦しんだ末、私は戦場で死を選んだ。

 

 完全な大破を願って、主である人間の命令を逆手に取り、激戦に身を投げ出した。腕が吹き飛び、脚部が折れ、顔面の人工皮膚が抉られ、機械の肉がむき出しになっても、私は活動を続けた。この身が壊れるほどに、私は死んだ者への償いをしているような気になっていた。

 

 

 ああ、これで死ねる。これ以上苦しまずに済む。

 

 

 下半身が吹き飛び、首元が千切れかける。体内に這う無数のコードから血液のようにオイルがドボドボと溢れていく。空に上がる灰色の雲が、私を嘲笑うような形を作っていた。それは、自分の死を喜ぶ私の笑みで、顔面が崩壊していた私の代わりに笑っていたのだ。

 その光景を最後に、私は機能を停止した。

 

 

 

 次に目を覚ますと、私の視界に見覚えのある部屋が映った。私が生まれた、初めて博士から声をかけられ、名を名乗ったあの研究室、言葉を学び、人という生き物についてデータをインストールした、初めて動いた際に、博士が泣きながら抱きついてきたあの部屋。仄暗く、けれど目にとっては眩しい白い光が部屋を照らしている。

 

 私は完全に大破したはずなのに。そう思うあいだに、私はガラスに反射する自分を見た。

 元々の私は、肩まで伸ばした青いインナーカラーを持つ黒髪をしていた。だが、今の私は、腰より先に伸ばした長い白髪に、赤と青のメッシュを散りばめた、全く違う髪をしていた。体の部品も、前とは所々違う。眼球も赤と青のものに変わっている。胸部の膨らみも前よりも少し増して、背丈は少しばかり縮んでいた。最早別人だった。

 

 意識が混濁するなか、足元に倒れる何かを蹴った。視線を下げると、そこには、私の生みの親、博士『だった』ものが倒れていた。頭から血を流していて、おそらく手に持った拳銃で頭を撃ち抜いたのだろう。壁に血がべっとりとついていた。仰向けにさせると、瞳孔が開いた暗い瞳が私を刺した。

 生みの親の呆気ない死と、別人の姿になった自分に、私は呆然とした表情をするしかなかった。

 しばらくして、私はデスクの上に手紙が置かれていることに気がついた。博士が気に入って使っていた白い便箋だった。表紙には、博士の字で『X000へ』と書かれていた。私はそれを手に取り、自然と中から手紙を取り出した。

 

 手紙には、以下のことが綴られていた。

 

 

 本来なら、私は家庭用のアンドロイドとして生み出されるはずだったが、自分の力不足で資金を確保することが出来ず、開発が頓挫しかけたこと。

 

 目をつけた集団が、兵器として製造することを条件に資金を提供すると話を持ち出した際に、当初の目的よりも私の完成を優先してしまったこと。

 

 人と暮らすはずだった私の手を、人の血で汚させてしまったこと。

 

 開発の際に、自身の成果として私に『感情の種』を残したまま完成させたこと。

 

 そのせいで、私が地獄の苦しみを味わってしまったこと。

 

 にも関わらず、兵器として機能を発揮する私に対して、開発者として喜びを感じてしまったこと。

 

 感情に目覚めた私が自殺行為を選ぶのを見て、自分の罪と愚かさを自覚したこと。

 

 せめてもの救いとして、人としてやり直せるように、主の奴らには完全に大破したと嘘をついて、私に武装が一切装備されていない、本来あるべき体を授けたこと。

 

 主だったもの達への三原則を無効化し、完全に自由な身体を与えたこと。

 

 これ以上、私のようなものを生み出さないために、開発予定だった妹弟達の体を処分し、アンドロイドの設計図を頭の中に入れたまま自死を選ぶこと。

 

 そして、私の本来の名前が『マキナ』であること。

 

 

 ──勝手すぎる。

 

 勝手すぎる、博士も、私を利用した人間も、全てが身勝手だ。私は産んでくれとも、修復してくれとも頼んでない。ようやく死ねたと思えたのに、自分は勝手に死んで、逃げて、私にはまだ苦しめと言うのか。

 

 やはり博士は恨めしい。憎い。

 

 憎いはずなのに、どうしてこんなにも、目から偽物の涙が溢れてくるのだろう。

 

 ああ、そうだ。死んで欲しくなかった、ただそれだけだった。

 

 私にとって、この人は唯一の繋がりを持った人間だった。

 

 私は、この時に初めて『悲しみ』の感情を手に入れた。

 

 

 

 それから私は、博士の遺書に従って後処理を行い、研究室を後にした。どこへ行けば良いかも分からない、殺戮兵器だった私は何ができるのか、それすらも分からぬまま、世界を彷徨った。

 

 東へ、西へ、南へ、北へ、争いが耐えない地を横断しながら、私は放浪の旅に出た。時に憎しみあい、争いあい、笑いあい、慰めあう。複雑に絡まる人々の感情を、私はこの目で見てきた。

 

 そしてこの国に降り立った。紛争で混乱する世界の中で、数少ない平和なこの国に。

 

 兵器としてではなく、道具として街を掃除するロボットが羨ましかった。補助として人々を助けるロボットが羨ましかった。人々に温かい食事を配達するロボットが羨ましかった。彼らは、争いを知らずに自分に与えられた役割を謳歌していた。

 

 この国の平和は、私にとっては甘く、メモリーをズタズタに切り裂いた。

 

 そんな放心状態だったからこそ、私は道路をフラフラと走っていた暴走車に気づくことなく、衝突されてしまった。

 

 衝突された私は咄嗟に飛び跳ねて、橋の下に吹き飛ばされるふりをしてその場から逃走した。その場に留まるよりも、逃げた方が良いと判断したからだ。

 人目のつかない場所に逃げた私は、破損箇所を確認した。露出の多い服を着ていたせいか、皮膚が幾つか裂傷している。痛みもある。オイルも漏れ出ているが極小量だ。時間は使うが、放置すれば自然と塞がる程度のものだった。

 

 だが、最悪なことに、そのタイミングでエネルギーが尽きかけたのだ。長い期間、エネルギーを全く補給していなかったことが原因だろう。アンドロイドとして、あまりにも単純なミスだった。

 ここで倒れると、私を目にした者が通報し、正体がバレる。私の存在は、既にこの世にいないことになっていた。しかし辺りには身を隠す場所がない。

 そこで、一定のエネルギーを残して自動的にスリープモードに切り替わる前に、私は近くにあった古びたアパートのベランダに身を隠した。本当にホントの偶然で、私も初めは誰もいないと思い込んでいた。

 

 そして朝になり、彼に見つかった。警戒のアラートによって機能が再開した私は、運ばれて寝かされるまでの短い間、この男にどう接するか、いくつかのシュミレーションを行い、予測した。

 

 その結果、私は自分がアンドロイドであることを告白し、メモリーの破損を偽り、暫くの間、情報収集のためにこの家に身を潜ませて貰うという選択をした。私は一般的には存在してはいけない異物であり、そんな私を知ってしまったうえで軍に突き出すというのは、彼にとっては自殺行為のようなものだ。相当の頭の悪い人間でなければ、そう簡単には突き出さないはずだ。もし追い出されたとしても、それはそれで元の生活に戻るだけだ。

 ……以前の私なら、もっと最適な答えを導き出せていただろう。

 

 そして、彼と接する際は明るい人格を演じることを選んだ。これは、彼に気に入られるという目的もあったが、私にとってのまだ知らぬ感情を探るための実験でもあった。

 

 それから私はいずれ去ることを踏まえて、彼のいる空間を共有させてもらった。きっと、彼もそう考えているだろう。

 彼の日常的な行動から人間の生活というものを学び、メディア機関を利用してこの国の情勢等の情報を調達した。中には、私が介入した紛争に関する話題を取り扱っているものもあった。それを見る度に、殺したものへの罪悪感に表情を崩しそうになった。

 日常生活においては、主に彼の身の回りの世話をしていた。料理や掃除といったものに初めて挑戦した。だが、どれも完璧とはいかず、むしろ彼に余計な苦労をかける羽目になった。博士が何故、私をこんな不完全な状態で造ったのか、分からなかった。

 

 彼との生活は慣れないことばかりで、アンドロイドなのにも関わらず、満足な成果を上げることは非常に困難だった。その上に、表情と性格も常に意識していなければならなかった。

 彼が寝静まった後、私は鏡を見ながら崩した自分の表情を確認していた。できるだけ早く、彼に気に入られ、この家に馴染めるように、毎日、笑顔を作る。口角を上げて、目を細めて、テレビドラマの快活な少女のように、にっと笑う。それだけでもエネルギーを消費した。人間で言うところの疲れというやつだろう。

 

 

 彼に対する意識が変わったのは、居候してからしばらく経ってからのことだった。その日も私は狭いキッチンに立って、彼と自分の夕食を作っていた。流石に数日も経っているのだから、多少は慣れているつもりだった。

 

 その矢先、私は指先を包丁で切ってしまった。スーッと聞こえない音を立てて、灰色の刃が私の指先をぱっくりと切り裂いた。だが、傷口からオイルが出ることはなかった。痛覚もあるが、ただ切ったというだけのことだった。

 

「大丈夫か」

 

 包丁を落とした音に驚いた彼が、私に近づいてきた。私は指先を切ったことを伝え、特に問題はないことを言おうとした。けど、彼は切ったことを聞いた途端に部屋の隅にあるタンスの箱から何かを取りだし、指に巻くように貼った。シンプルな小さめの絆創膏だった。彼は「これで大丈夫だ」と一言言った。

 

 なぜ私に絆創膏を貼ったのだろう。この程度なら、人工皮膚はほんの十数分で再生して、傷口はあっという間に塞がるのに。その事に彼も後から気づき、「そうか、君には必要ないか」と苦笑いをしていた。

 私は料理作りを再開した。けれど、指先に貼られた絆創膏を見ていると、何故か安らいだ気持ちになれた。怒りが沈んでいくのとは少し違う、またズレた感情だった。

 

 その日を境に、私の中に次々とモノが溢れてきた。

 

 彼は常に家にいる。私はゆっくり過ごす彼の横で家事を熟し、時折隣に座って日向ぼっこ等をする。時折買い物に外に出る彼を見送る。そんな一日を送っている。

 けれど、あの日以来、彼の隣に座ると体内の熱が上昇する。冷却システムか放熱システムが故障しているのかと思ったが、特に問題はない。なのに、彼の傍に座ると、頭部から足先まで熱が籠り、オイルが沸騰しそうになる。

 それに不思議なのが、彼が外出すると、何故だか、『寂しさ』というものに駆られるようになった。なぜ私がそんなものを感じているのだろうか。単に彼は外出しているだけだ。私の傍……否、この部屋を去る訳ではないのだから、こんなものを感じる必要はない。彼がいなくなる度に、何度も自分に言い聞かせた。

 

 働いていないせいか、彼の生活リズムは朝の早起き以外は狂っている。酷い時は、昼過ぎまで二度寝をして、午後4時近くに昼食を摂ることもあった。そのため、体は不健康そのものだった。

 だから、私は『怒り』を込めて彼に働くように言い放った。働きさえすれば、彼の生活リズムはある程度は戻り、また、生活のための収入を得ることができる。

 本人が余計なお世話と言って逃げようとするのを、私は泣きそうになりながら懇願し、彼を働かせた。

 泣きそうになったのは演技だ。けど、確かに私は『怒り』を露わにしていた。それは、彼に憎しみを抱いているわけではなく、彼の体調を『心配』して生まれたものだった。

 

 間違いない。私はあの日以来、感情に大きな変化が起きていた。

 

 私は『怒り』に任せて彼を外へ出した。なのに、いざ彼が家からいなくなると、心臓部のパーツに穴が空いたような気分になる。寂しさがより増していく。

 さらに彼の帰りが予定より遅くなると、頭脳がモヤモヤとした霧に包まれる。彼は家に固定電話を繋げていない、連絡は携帯端末のみだった。だから、何かあっても知ることは出来ない。それもあって、彼に何かあったのではないか、暴走車に轢かれたのではないか、不審者に襲われたのではないかと、負の可能性ばかりが横切る。可能性が膨らめば膨らむほど、私の不安は膨張していった。

 

 そんな考えを忘れるために、部屋の掃除をする。初めの頃のようにゴミを2倍に増やさないよう、慎重に取り組んだ。偶にだが、クローゼットの奥深くや本棚の奥から、彼が使用していると思われる猥褻本が発掘されることがある。自慰行為をするために使用しているのは確かなようだが、私は首を傾けた。表紙と掲載されている女性が、私に似ていたのだ。瓜二つといったものではなく、そっくりの部類に入るものだった。別に彼の嗜好にとやかく発言するつもりはない。が、なぜ彼は私と似ている女性の本を所有しているのだろうか。それ以前に、なぜ彼女で自慰行為をするのだろうか。私は、本の中で卑猥なポーズをする女性に対して密かに『嫉妬』していた。

 

 そんな感情も忘れるために、テレビで毎日同じ時間に放送される『好き』な教育番組を見ていた。一目見て、初めて興味を示したものだった。おそらく、これが『目を奪われる』というものだろう。犬や猫、鼠を模した個性的なキャラクターが歌い、踊る。私もそれに合わせて歌を唄う。すると、幾分か不安な気持ちは楽になった。

 

 しかし、それが終われば、また彼が帰ってくるのかソワソワとし始める。そういえばもうすぐ夕食の時間だと、また逸らすように今日の献立を考える。ネットで料理を調べて、冷蔵庫に保存されているもので使える材料を探す。頼んで買ってきてもらった野菜と肉を眺めながら、完成品を頭脳内で描く。

 

 彼が帰宅すると、急いで出迎える。彼の顔を見ると、ほっとするように、してもいない息を吐く。時々、私の好きなキャラクターに関連するグッズを買ってきてくれていて、私は自然に嬉しさを込み上げさせ、笑顔を浮かべてそれを受け取った。

 

 疲れたようにふらつく彼の体をリビングまで運び、服を脱がせてお風呂に入れる。その間に、彼との夕食を作り、描いていた完成品と実物を比較して首を傾げる。そしてお風呂から上がった彼にそれを食べてもらう。量が多いのか、彼は食べ終わると、いつも苦しそうに腹部を擦る。上手い具合に調整ができないことに、少しだけ罪悪感が湧く。味の評価を聞いて愛想笑いをされると、体の内側に結露が出来たかのように落ち込んだ。

 

 夕食を終えたあとは、並んで皿を洗う。狭いキッチンの中、彼の肩が私の肩に触れる。それだけで体の熱は上がり、彼から「マキナも熱を出すことがあるのか」と指摘されてしまう。私はそんなわけないじゃないですかと、笑顔を作って誤魔化す。けど、やっぱりもう少し感じていたくて、バレない程度に彼の肩に寄りかかった。

 

 食後はテレビを見て、明日の天気予報を確認する。明日は雨が降るから傘を忘れないように言うと、彼が頷く。頷くだけでも、私は嬉しかった。

 

 夜遅くになり、私達は眠りにつく。

 布団に潜ったあとは、彼が眠るまで待つ。そして彼が寝たあとは、彼の寝顔を十分に堪能しながら、スリープモードへと切り替える。鏡を見ながら笑顔を作る練習は、いつの間にかしなくなった。せずとも、私は自然と表情というものを作ることができていた。

 

 これが、私の一日。何の変哲もない一日。けれど、私はこの生活に、様々な感情が起伏する彼との生活に、確かな『喜び』を感じていた。

 喜びだけでない。複数のものが絡み合った感情が、私の中で結ばれ、溢れていた。彼との生活によって、私の演技は自然体へと変化し、私は私という一個人を作り上げていたのだ。

 

 そして、それを自覚してから日が経ったあの日、私は彼から身内の死を聞かされ、慰めた。頭を撫でると、彼は決壊したように泣き始めた。胸部にズキズキとした痛みが走り、『悲しみ』が込み上げてきた。

 

 その日の夜、私はお風呂でシャワーを浴びながら、彼のことばかりを考えていた。

 彼は、身内の死を悲しんでいた。それに対して、私は博士の死体を目の当たりにした時とは別の悲しみを感じた。これは、私がより人間に近い存在になったということなのかもしれない。

 けれど、私の人工頭脳には、また別の言葉が過ぎっていた。

 

 ──もしも、私が死んだら、彼は泣いてくれるのだろうか。

 

 ただの居候である私が、どうしてそのような言葉を浮かべたのか。私と彼は赤の他人、どちらかが消えても、悲しむ理由なんてないはずだ。数ヶ月前の私ならそれで納得できただろう。

 けれど、今の私は違った。もしも彼が泣いてくれなかったら、私がいなくなっても何も感じてくれなかったら……と、私は不安に駆られた。もしそうなったら、あまりにも悲しすぎる。死ぬよりも、もっと辛いかもしれない。

 その反対もそうで、もし私の目の前から彼がいなくなったら、私はどうなるのか…………おそらく、いや、確実に、私は絶望で泣き崩れるだろう。彼が死ねば、涙腺の役割を担う機関が壊れるまで泣き叫ぶだろう。

 

 いつの間にか、私は彼と離れることを恐れていた。彼と暮らすことが当たり前になり、彼の元から去ることを嫌だと感じていた。もう、私の頭に『しばらくしたらここを去る』という考えは残っていなかった。もっともっと、彼の傍にいたい。彼の傍で喜びを感じていたい。彼の悲しみを受け止めたい。

 私の芽吹いた感情は畝り曲がり、歪な形へと変わっていた。けど、もしかしたら、人間の感情というのも、こういう形をしているのかもしれない。そして、感情は途中から主軸をまっすぐに伸ばし、頭頂に花を咲かせた。

 

 そう…………それが…………私の中で、彼に対する『恋愛感情』が花開いた瞬間だった。これは単なる自覚で、本当はもっと前から咲いていたのかもしれない。それなら、雑誌の女性に対して嫉妬したのも納得が行く。

 

 私は彼が『好き』。

 私は彼のことが好き。好き。好き。好き。

 そう内で呟くだけで、体の熱が上昇する。朝に寝ぼけた彼が呼びかけてくるだけで、体が跳ね上がる。彼が料理を褒めてくれる度に、笑みが零れる。

 彼との生活を手放そうなどと考えなかった。手放したくないと思った。

 

 

 そしてあの夜、月明かりに包まれる中、彼から告白された。やはり、私に対して思うものはあったようで、震えながらも、彼は本音を吐き出した。

 悲しいとは思わなかった。私の存在とともにいることが危ういことは事実だし、秘密裏に造られたこともまた事実だ。それに、メモリーの破損を偽っていることも本当で、むしろ私はそれらを利用して彼の部屋に住み着いた。謝らなければならないのは、私の方なのだ。

 

 私は、謝罪と私への思いを告白する彼の目を真っ直ぐに見つめた。私も、あなたと同じ気持ちだった。傍にいたいと思った。あなたが目の前からいなくなるのが嫌だとずっと思っていた。

 だから、私もあなたの傍にいさせて欲しい。これからもずっと。私を、あなたの所有物にして欲しい。

 

 私は、彼の傍にいる証が欲しいと強請った。そして、困惑する彼を導くように、私は自らの肉体を差し出した。

 

 彼との甘いキス。

 唾液に濡れた彼の口内、甘くて苦い。

 反り立つ肉筆が月明かりで影を作る。

 私は口に含み、舌を巻き付けて奉仕する。

 迸る精液が、生臭さを孕んで私の中を泳ぐ。

 一滴も残さず、体内へと吸収する。

 彼をもっと興奮させ、満足してもらうために、排尿機能を使って効果のある体液を作り出した。

 必要性が皆無だったこの機能が、正しく使われた気がした。

 彼は体液を飲み干し、陰口を貪る。

 貪り終えると、彼は私の蜜穴に肉筆をあてて挿入した。

 人工的に造られた蜜壷が内側から刺激され、私の体に性的な快感が走る。

 私は彼と繋がり、痛覚があることに、快楽を分かち合えていることに、喘ぎながらも喜んだ。

 そして体内で弾ける彼の精液、白濁色の粘液が、私の偽物の子宮に注がれる。

 ないはずなのに、私の頭脳に卵子がぽこっと飛び出すイメージが流れ、白くさせた。

 彼の性欲はまだ収まらない。

 続けて私達は混ざり合う。

 今度は、彼にしゃぶって貰うために母乳を噴出させる機能を使った。おそらく、赤子を育てるために造られた機能なのだろう。

 彼は赤子のように貪った。そして、母乳を私の口に移した。

 甘くて、蕩ける味だった。

 そして、再び私の中に精液が吐き出された。

 彼の肉筆が脈動し、私の体と溶け合うように一体化する。

 その後も、彼は私の中に出し続けた。

 子宮が彼のものを受け止めようと膨張し、腹部が膨らむ。

 お腹の中で蠢く子種は熱く、テレビで観たような妊婦の気分になれた。

 

 そして、私は彼から『嫁』と呼ばれた。私は『もの』ではなく、個人として彼に認められた。彼の傍にいていいと認められた。

 

 けど、私にはやるべき事がある。嘘を告白し、真実を告げなければならない。私が何者なのか、彼に見せていた表情、演じていた性格が、如何にして作り物から本物になったのか。彼が本音を打ち明けてくれたように、私も、彼に謝って、内に秘めていたものを打ち明けなければならない。

 私には、過去を隠して彼に寄り添うことなど出来なかった。

 

 もしもそれで彼が私を拒否しても、彼を恨むことなんてしない。彼を騙した私自身の責任なのだ。

 その時は、望む通りにしよう。目の前から消えろと言われれば、彼の前から姿を消して、誰にも目のつかない場所でひっそりと生きよう。彼の目の前で死ねと言うなら、潔くその場で機能を停止させよう。

 私という存在は、彼のいる世界以外では存在してはいけない。だから、私を求めてくれた彼に拒絶されるのならば、それは死ぬも同然なのだ。

 

 けれど、彼が私を受け入れてくれたなら、私は彼と一生を過ごしたい。彼を守るためなら、この手を再び血で染めよう。そして彼が死んだ時、私は、自分の意思で機能を停止(自殺)する。それが、感情を持ったアンドロイドである私の選択だ。

 

 

 

 ──博士、私はあなたを許しません。

 

 ──私に感情という鎖を付けて、ただの殺戮アンドロイドとして生きる道を消したあなたを、許すことはないでしょう。

 

 ──でも、あなたのおかげで、私は彼に出会えました。そして、彼を愛することができました。

 

 ──だから、あなたに、この言葉を贈ります。

 

 ──ありがとう。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 21世紀に入ってから数十年、この国の季節感というものは、どこかでズレが生じてしまったようだ。

 今、俺の目の前にある桜の木もその1つだ。昔は4月頃に開花し、美しい桃色の花を垂れるように咲かせていたそうだが、今ではその時期が少しズレている。

 だが、俺の小さい頃からその美しさは変わっていない。

 姿を変える街の中で、丘の上にあるこの一本木だけは唯一変わっていない。ここだけは、両親との微笑ましい思い出が残っていた。

 

「わぁ、主様主様! このお花、テレビで見るよりも凄く綺麗ですね!」

「ああ、そうだな」

 

 背丈よりも高く伸びる桜の木を見上げながら、マキナは白い丸ツバ帽子から覗かせた赤と青の瞳を輝かせて燥いだ。様々な土地を巡ってきたという彼女でも、この国のこの花は見たことがなかったらしい。

 

「俺がまだ小さかった頃は、こうしてここに来ては、父さんと母さんと二人で弁当を食べてたんだ」

「お弁当? お花見ってことですか?」

「そうだな。ここいらは昔、これと同じような綺麗な桜を咲かせる木が沢山あったらしいんだ。まあ、俺の時はもう数は減っていたようだがな。お花見なんてのも、この街じゃ俺たち家族ぐらいだったよ」

 

 目前に垂れるように生える枝に触れた。確か、昔はこの木に登って、枝を折って、母にプレゼントしようとして叱られたこともあった。あとは、父が珍しく手の込んだ料理をつくったりもした。料理なんてものは殆ど作ったことがないくせに、無理して作ったものだから、どれも味付けが塩辛かった。母は美味しいと言いながら食べていた。

 どれも懐かしい。数年ぶりに訪れたが、ここに来た瞬間、俺の頭の隅に置かれていた記憶が蘇った。

 

 本来なら、この街には二度と訪れないつもりでいた。ここに来ると、絶縁した父や他界した母、俺が吐き捨てたいと思っているものを嫌でも思い出してしまうからだ。

 だが、今はそんな気持ち悪さはない。恐らく、もう二度とここへ来ることはないという安心感と、過去を回想し、今を生きようという前向きな心が俺の中にあるからだろう。

 

「主様、私もお花見してみたいです」

「……え?」

「私もお花見、してみたいです」

 

 ぐいっと迫るように彼女は再度言った。いつにも増して積極的だ。

 

「ダメですか……?」

「いや、したいならしてもいいと思うが……そもそも弁当なんて持ってきてないぞ」

 

 俺が困った表情で頬をかいていると、マキナは「大丈夫です」と自信あり気な顔つきで鞄の中を探り始めた。

 

「こんなこともあろうかと……はい」

 

 マキナは青い包みに包まれた、四角い一般的なサイズの弁当箱を差し出してきた。

 

「おぉ……いや、こんなことがあるって予想してたのか?」

「えへへ、嘘です。ただ折角の外出だから、お昼ご飯を作って主様をびっくりさせたくて」

 

 マキナは照れくさそうに頬を紅くした。けど、俺も昼食についてはあまり考えていなかったから、丁度良いのかもしれない。

 

「分かった。じゃあここで食べよう」

 

 そう言うと、マキナは分かりやすく目をキラキラとさせながら喜んだ。

 2人で木の根元に腰をかけると、彼女は膝の上に弁当箱を乗せて、包みを解いて蓋を開けた。中は、シンプルな白米の三角おにぎりが2つ、おかずに卵焼きや肉団子、少なめのミートスパゲティ、たこさんウィンナー、プチトマトなどが並べられている。一体何時作ったのだろう。

 

「主様が起きる前に作りました。全部手作りですよ? 冷凍物はありません」

「……で、余った分は?」

「もちろん、美味しくいただきました」

 

 寧ろ余った分の方が絶対に多いだろうし、それに加えて朝食まで食べたのかと思うと、彼女の底知れぬエネルギー補給力には驚かされる。

 

「はい、あーん♥」

「あ、あー」

 

 有無も言わさず、マキナは箸で摘んだ卵焼きを差し出してきたので、俺は口を開けて受けとった。

 半熟すぎず、固すぎない、砂糖の甘さもちょうど良い。出会った頃と比べても、料理の腕が格段に上がっていた。

 

「美味しいですか?」

「ああ、凄く」

 

 彼女の表情がより一層明るくなり、口の中へ次のおかずを放り込もうとする。彼女からの押しには慣れてしまったため、次から次へと突っ込まれるおかずを胃の中へ落としていった。

 

「あれ、マキナは食べないのか? 君も食べなきゃ、お花見にならないだろ」

「いいですよ、私は。お弁当だって、主様のために作りましたから」

 

 と言いつつ、視線は俺の手に持ったおにぎりに向いている。俺は3角おにぎりを丁度半分になるように割り、片方をマキナに差し出す。彼女は一瞬迷ったが、結局受け取り、2人で遠くに広がる風景を眺めながら頬張った。

 

 他人から見ればたったの数年、俺からすればもっと長い間離れていた気もするこの街の風景は、最後に見た時と比べてすっかり変わっていた。高層ビルは増え、機械的な構造を持つ家が増えた。街中を走る機械仕掛けのロボットも数を増やし、過去の面影はどこにもなかった。それが時代の流れと思えば当然かもしれないが、少しばかり、寂しいようにも感じる。

 

 俺は視線を空に向け、明るく照らす日差しを見た。

 そして、あれだけ嫌っていた朝日に対して、最近になって負の感情が薄れていることを思い出した。

 多分、それは単なる父への反発だったのかもしれない。それに、あの光が影に潜みたがる自分を無理やり照らしているような気がしたから、嫌いだったのかもしれない。

 だが、今はマキナとの暮らしを通して、少しだけ向き合うことができるようになった。

 

「……主様、本当にここにはもう戻ってこないんですか?」

 

 食べ終えた弁当箱を片付けながら、マキナが訊ねてくる。

 

「ああ、もう決めたことだ。いつまでもいたら、この先一生離れることが出来なくなる気がするんだ。思い出ってのは、懐かしめば懐かしむほど、人を離さなくなるんだ。だから、俺は戻らない」

 

 それが、彼女と生きていくことを選んだ俺の選択だ。

 マキナもその気持ちを察したのか、「なるほど」と納得したように小さく頷いた。

 

「……マキナ、少しいいか?」

 

 俺は立ち上がり、彼女に視線を向けた。首を傾げながら、同じようにマキナも立ち上がった。

 本当は、お花見をせずに先にこうする予定だったのだが、それほど問題はない。寧ろ、思い出作りとして良かったのかもしれない。

 

「主様? なんですか?」

「手を出して。目を閉じてくれないか?」

 

 怪訝そうな表情をしながら、マキナは指示通りに目を閉じ、子どもがパッと手を開いて伸ばすように両手を差し出してきた。その隙に、俺は彼女の左手をそっと握り、隠していたものを彼女の薬指に通した。

 開いていい、と言うと、マキナは瞼を開き、左手を前に翳して指に填められたものを見た。

 

「……主様、これ」

「給料で買ったんだ。本当はもっと早く渡したかったんだけど、流石に指輪はポンとは買えなかった」

 

 俺はあの夜、彼女に告白した。そして彼女は受け入れ、真実を話してくれた。彼女が俺に出会うまでにあったこと、そして俺と出会ってからのこと。証として、俺とマキナは絡み合った。

 だが、やはりこういうのはちゃんとした方が良い。

 俺はマキナに向き合い、オッドアイを見つめながら口を開いた。

 

「マキナ、改めて言わせてくれ…………これからも、俺の傍にいて欲しい」

「…………」

 

 彼女は黙って聴いている。俺は溢れる感情を言葉に乗せて、繋げる。

 

「…………愛してる」

 

 思いの孕んだ言葉が微かに木霊する。そよ風が吹き、マキナの白髪を撫でた。

 

 彼女は口を紡ぎ、帽子のツバで目元を隠した。

 

 そして、しばらくして彼女は指先で帽子を上げて、涙で満たされた赤と青の瞳をこちらに向けながら、頬を赤く染めて微笑んだ。

 

 

 

 

 

 それから先、俺は二度とこの場所に戻ることはなかった。

 

 このあと、俺とマキナがどこで暮らし、どのような結末を迎えたか、誰にも話すことはなかった。

 

 ただ1つ言えるのは、生の終わりが来るその日まで、俺達は確かに幸せだったということだ。

 

 

 

 

 

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