貴方はぼんやりと天井を見上げていた。季節は夏。外に出るとミンミンと鳴く蝉の声が聞こえる季節。学校は今は休み。課題は多いが長い休暇を貰えるこの時期は生徒待望の季節であった。しかし、
(暇だ…)
貴方はクーラーの効いた自室でゴロゴロしている。ゲームは新しい物を買えるくらいに貯蓄は無く。暇潰しにするネットサーフィンにも飽きてきた。
遊びに行こうにも友人は少ない。数少ない友人は残念な事に体調を崩して今はダウン中。1人でこの暑い中、外に出るのもとダラダラとした生活が続く。
(んー…)
暇、暇だ。両親に言えばそれなら勉強でもしなさいと返される事は予想出来る。唯一の妹殿は兄とは違い交友が広いのか今日も遊びに行っている。自宅に居るのに何だか孤独な気分。
しょうがないと再びスマホを開いてネットサーフィンをし始めた。
(胡散くせぇー)
偶々開いたのは夏らしいオカルトな動画。怖い話は好きでも無いし嫌いでもない。ちょっと涼むかと開いた動画は『異世界に行く方法試してみた!』とか言うもの。
勿論行ける訳もなく、動画主は適当な締めのセリフを語り終わった。
「…異世界かぁ、暇だし試すかなー」
別段異世界に興味があるわけではない。何か不思議な体験でもすれば、少しはこの退屈を紛らわせられるかと動画で見た『異世界に行く方法』のやり方までシークバーを戻す。
試せそうなのは鏡を使ったものか。エレベーターは近くのマンションにあるけど住人じゃないし面倒。対してこれなら鏡を使えば家でも出来るし楽ちんだ。
「鏡借りるぞー、妹よ」
洗面台に行くと棚を漁る。母と妹がよく使う鏡達を取り出し、合わせ鏡になる様配置していった。途中ブルリと何かを感じた気がするが、これは気の所為なのだろうか。
それもやれば分かると暇が大部分を占めた貴方は止まらない。
「ブツブツ……」
合わせ鏡が完成すると書いてある呪文を呟く。内心ではどうせ何も起こらないんだろうなと思いつつも、暇を潰せるならと最後まで真面目に続けた。
「……ん?」
其処までで記憶は途切れている。周りには鏡があり、そう言えばと意識を取り戻した貴方は周囲を見渡す。けれど見える光景は何時ものばかり。窓から外を見ても普通に人は歩いている。こりゃ失敗だったなと鏡を片付けようとすると、
「ご飯出来たわよ、食べなさーい!」
「分かったー!直ぐ行くー!」
(もう昼か…)
リビングの方から母が呼ぶ声が。もうそんな時間かとバレる前に鏡をテキパキ片付けた。くだらない事やってと小言を言われるのは嫌だ。
「あいつ何時帰ってくるの?」
「今日はそうめんよ」
「あ、本当だ。それで何だけど…」
「早く食べなさい」
父は仕事。妹は遊びに。そう言えば妹は何時帰ってくるのか、もしかしたら泊まりなのかなとあんまり気にしてなかった疑問が今更出る。母なら何か知ってるだろうと雑談として話題を提供したが…
「いただきます」
(何か話噛み合わないな…)
妹の事を聞いているのに今日は素麺、早く食べろと同じ事ばかり言う。暑さでボケたのかと心配になり、それとなく体調を聞いても返答は似たようなもの。
仕方ないと素麺を啜り、ふと母の方を見ると既に食べ終わっていた。
「え、早っ!?」
「ご馳走様でした。食べたら食器置いてよ」
「う、うん…分かってるよ…」
(え?どういう事?)
いただきますと言って一分も経ってない。どんな早食いファイターでもびっくりなスピードだ。何時からそんな早食いになったんだと冗談を言える速度ではない。
「…腹いっぱいだし食う?」
「そうなの?仕方ないわね…」
(今度は見逃さない)
その後は気になって気になってしょうがない。半分しか食べてないが母へと残りを差し出してみる。勿体無い症の持ち主の母ならば食べる筈。母が箸を取り、手を合わせた後を貴方は凝視していた。
「ご馳走様でした」
「!?」
「洗い物するからどいて」
箸で麺を持ち上げたのまでは良い。其処からは食べる動作をしたら麺が消えた。それを何回か繰り返すと更には何も無くなる。
(訳分かんねぇ…)
今のは何かと聞いても返るのは洗い物してるからばかり。
まるで決められた動作や受け答えしかしないロボットの様だ。そう思うと途端不気味に感じ始め、貴方はその場を離れた。
「頼むから戻ってくれよ…!」
再び合わせ鏡を配置していく。スマホは此方に来てから圏外。メモ用紙に内容を書いておいて良かった。流石にやり方の細かい所はうろ覚えだ。
あれから母らしき存在は同じ事ばかりを繰り返している。母だけが可怪しいのかと外を見れば、外の人間も似たようなものだ。散歩をしている動物すら、同じ事ばかりを繰り返しているのだから不気味。
これ以上は精神が保たないと貴方は此処に来た場所へと急いだ。結果は未だ謎ばかりだがあの儀式は成功していたのだ。だから自分はこんな意味不明な状況に出くわしている。
(頼む…頼む…!)
リビングから聞こえる母らしき存在の声を無視して、呪文を呟き続ける。するとふっと力が抜けてその場に倒れ込んだ。
「ご飯出来たわよ、食べなさーい!」
(ん…?)
意識を呼び覚ますのは母の声だ。周りを開き始めた目で見ると、鏡があちらこちらにあった。
自分は帰ってこれたのだろうか、そんな事を考えながらぼーっと辺りを見回し続ける。
「ちょっと!…っているじゃない」
「あ、母さん」
「…ていうかこれ何?何で鏡出してんのあんた」
「あー…とこれはですね…」
返事が聞こえないからと扉を開かれ、外から母の顔がヒョコリと出て来た。居るじゃないかと表情でも語った後、床に散らばる鏡の数々を見て母が驚愕する。
「片付けとかないと飯抜きだから」
「すいません…」
「全く…阿呆な事ばかりして」
(良かった。何時もの母さんだ)
軽く説教をされると置き去りに。会話はちゃんとキャッチボールをしていたし、対応も普段の母のそれ。やっと一息ついた貴方は少し休憩してから片付けを始めた。
「はい、そうめん」
(またか…)
「不満なら食べなくていいのよ」
「く、食います!」
昼に出されたご飯はあちらと同じ。違うのは母のそうめんがまだ残っている事か。食べ方もゆっくりとしたペースで、一瞬で消えるという事もない。半分しか食ってないので腹の中身は余裕がある。少々味には飽きてきたが腹を膨らませる為に食した。
「結局何だったんだあれは」
部屋に戻るとベッドに横になる。時間はあまり経ってない。あちらの世界。異世界とでも言う場所にはそこそこ滞在した筈だが、時計の針はまだ昼間を指している。
振り返れば怖くはあったが興味深くもある現象。
「……もう1回試してみよ」
数時間後。再び暇になってきた貴方は喉元過ぎれば熱さを忘れる。その言葉に違わず洗面所へと向かう。
妹も父も帰ってきたし邪魔されない様に手っ取り早く済ませよう。
(時間は…)
今度は体感ではなく戻ってきた時の差異も測りたいので近くに時計を置く。時刻を確認してから貴方は同じ儀式を執り行った。
「へぇー、親父も真花も似たような感じなんだ」
儀式は成功。起きてリビングへと向かうと父と母が居る。何方も同じ様な事しかしない状態だ。
今度は妹真花の部屋に訪れると、妹も同じく。もしかしたらこの世界に居る全員がそうなのかと貴方は考え始めた。
「ん?何?」
(あ、触ると反応するのか)
前よりは心に余裕がある。いざとなれば帰れると分かったのも要因か。好奇心を満たす為に貴方は色々と検証を行っていた。
先ずは普通に話し掛ければ似たような話題だが反応は返る。だがただ見つめているだけでは反応は無かった。何時もならばジロジロ見るなとか言われる。なのにそれが無い。
(それとこれなんだ?)
手で肩に触れると妹は此方を見て話し掛けた。返事が来ないとそのまま顔は雑誌の方へと戻る。この時貴方の前には文字が浮かんでいた。妹に触れたからだろうか。母の時には無かったと思うが。
(ゲームで言う好感度的なのか?)
自分の名前と妹の名前があり、その間に数値とハートのマーク。ゲーム脳で思い付いたのは好感度。そう考えれば数値も納得出来る値だ。
(あ、下がった。じゃあやっぱりか)
好感度ならば上げるよりは下げるのが楽。今の妹に通じているのかは分からないが目の前で悪口を言う。すると数値が1つ2つと下がり、確信が深まった。
「自分に触るとこうなるのか」
他人ならば好感度。じゃあ自分なら?そうして触っても特に何も表示されない。何も無いのかと思ったが、鏡の前に映ると見えるようなる。
表示されたのは所謂ステータスみたいなもの。頭がどれだけ良いか。運動はどうかと数値で項目毎に分けられている。
「…そりゃ頭は良くないけど」
他の数値に比べると低い知力等のステータスを見ると少し凹む。こうして数値に表されると、喜びもあるが悲しみもあるな。
「え、これくれるの?」
「うん、やるよ」
「やった、サンキュー兄貴!」
次は好感度についてだ。上げ方はやはり何か喜ぶ事をすれば良いのか。じゃあと妹が好きそうな物を部屋から漁る。
そして渡してみると予想通りに数値は上昇した。
それからも色々と検証を続けた結果を今から発表する。
先ずはこの世界、時間が動かない。一度戻ると確認した時刻から一分も経ってない。そしてこの世界の時間は元の世界を参照にされるらしく、夜に行けば夜だった。
次にこの世界は皆NPCみたいな状態だと言うこと。これはまあ予想通り。家族3人が同じ状態ならば必然外の住人もそうなるだろう。
そして次が一番重要なのだが、この世界で稼いだ好感度は元の世界にも適応されるのだ。これが一番に驚いた。
稼いだ好感度のせいか妹から話し掛けられる頻度が増え、対応も心做しか和らいだ気がする。思い当たるとしたらこの世界での出来事だけ。何とも都合が良い事だ。
「これはもしかすると…」
稼いだ好感度から対応の変わった妹を見て閃く。今自分には気になっている女の子が居る。名前を
彼女もあの世界にNPCみたいな存在としているのは確認した。その彼女の好感度を上げれば、もしや元の世界でも…。
「…やってみるか!」
どうせ暇な時間で退屈していたのだ。もしかしたら得になるかもしれない行動ならばやってみる価値はある。貴方は遭遇した異世界での振る舞いを決めた。
「ごめんね!私部活あるから!」
(ううむ…)
さて、こうして異世界での好感度稼ぎを始めたが結果は芳しくない。基本は学校に居るNPC柚須木。軽音楽部に所属している彼女は現実でも学校で練習をしているのだろう。
学校まで出向いて見付けた柚須木に声を掛けるが、中々会話が弾まない。好感度の多い少ないにより会話の長さは変わる。勿論会話が長ければそれ程反映される上昇率も高くなる。
けれど今の柚須木からの好感度はかなり低い。初めて見た時は嫌われてはいないがそれだけな数字にかなり打ちのめされたものだ。
(楽器とか音楽系なら話も弾むか?)
興味のない話題よりも好きな事の話題。当然と言えば当然の推測。とは言えあまり何方も詳しくはない。これまでならば諦めて何もしなかっただろうが。
(よし、色々調べてみるか)
結果に繋がるならば話は別。貴方は取り敢えず学校の図書室を目指した。此方の世界でも何かを得るにはお金が必要。
無料で知識を得るならば此処を利用するのが手堅いのだ。
(数字見えるとやる気出てくるな)
本を読み、一冊を読破するとステータスが上昇している。
手鏡で見た音楽知識の数値は少しづつだが上がる。ゲームでキャラクターを育成している気分になる。目的があり、過程でも変化が見える。何だか楽しくなってきた。
「ああ、確かに其処は躓くよね〜。ええとね、こう覚えると─」
(よしよし、前よりも良いぞ)
まだ付け焼き刃だが専門的な知識を下に、音楽関連の話題を振ると食い付きがいい。初心者に教えるのも嫌いではないのか、NPCとは言えかなり距離感が近付いたような。
「──ッ!──ッ!」
(こうやって見学出来るのも良いね)
この世界では判定が緩いとでも言うのか。こっそりと外から練習風景を見てもバレはしない。ギターを弾き、汗で張り付いた髪を見せる彼女は元の世界ではお目にかかれなかった。
女性だけの部活だからか少しガードが緩いのも幸せポイント。
こうして勉強をして、柚須木明香の好感度を上げる努力をし、偶に目の保養でやる気と精神を充実させる異世界での日々。こっちでは時間が進まないからかなり時間に余裕がある。
疲れたら元の世界に戻り休息を取り、現実世界ではちょっとの時間で此方では長い時間を過ごした。
「わ…私なんかで本当に良いのかな…?」
「うん」
「じゃあ…お願いします…」
橙色の髪を弄りながら頬を上気させる。好感度の上昇を肌で感じつつせっせと活動した成果。その褒美をとうとう得る時だ。
表面上は平気な顔をしているが内心は狂喜している。まだNPCの柚須木だが大きな一歩を今踏み出したのだから。
「もう…急に何…?」
(セクハラしてもセーフ!うーん、好感度の高さを感じる…)
柚須木明香はスレンダーな体付きをしている。けれど女の子特有の柔らかさはそれだけで充分な喜びを貴方にくれた。
恋人になったからと軽く胸を触っても、手で自分を庇う動作はしても怒りはしなかった。これは堪らんね。
「んっ…♡早く行かなくちゃだから…♡」
「もう少し大丈夫だって」
「そ…そうかなぁ…?」
勃起した一物を押し当てながら後ろから明香を責める。胸やお尻、手を這わせると反応は似たようなものが多いが満足は出来る。
そろそろ高まった好感度から現実の明香もかなり自分を意識している筈だ。だがお互いにクラスメイトという接点しかない。どうアクションを取れば良いだろうか。
(…はぁ…またかぁ…)
柚須木明香はこの頃もやもやした感情を覚えていた。ある日から朧気だが特定の異性が気になり出した。とは言えそれが誰かはまだ分からない。ぼんやりとこの人が気になるという輪郭だけがある。
この日は夢の中でその誰かを求めていたのか、朝になると彼処はグショグショになっている。此処最近はこんなのばかりだ。
「行ってきまーす」
今日は休み中にある登校日。明香自身部活の関係で頻繁に学校には来ているが、そうでない生徒からは面倒で仕方ない日だろう。
(…意外と性欲強いのかな私)
今まで音楽一筋。ギター担いで練習練習と生きて来たのに、急に男の人を求めだすとは何事か。今までは何とか抑えられてきただけで実は男が好きなのかと明香は悩んでいる。
だが別段其処行く男性には興味を惹かれはしない。だから男が好きな訳では…。
「はぁ」
何を考えているんだと頭の中がピンクに染まりだした思考をシャットする。取り敢えず無視して練習してれば何れは忘れる筈だ。少なくとも今まではそうだったんだから。
「───!!?」
そう、思っていたのだが教室である男子を見てから全身に電流が走った。様子が変な柚須木に友人から声が掛けられるが反応を返す余力がない。
(え!?ええ!?あ、あんな人居た!?や、ヤバい…!好み過ぎる…!!)
「?」
(うわ!目合った、絶対今目合った!!どうしよどうしよ─)
具合が悪いとトイレに逃げ込んでからは悶え続ける。手の動き足の動き。向けられた瞳。その全てが柚須木明香の脳内に焼きついた。
(駄目…!駄目なのに…っ!)
自然と手は下へと導かれ、脳に焼きついた男子生徒の姿で自慰に耽る。声も性格も知らない。同じクラスの同級生なのにだ。
彼がそんな事をするかは分からない。けれど彼に命令されて体を差し出す自分を妄想したら…
「〜〜〜〜っ!!??」
(き、気持ち良い…!!)
人生で初めての深い深い絶頂。学校のトイレで体験するなんて、終わった後は後悔と罪悪感が柚須木の中に残った。
(…は、話し掛けても大丈夫かな?でも何て話し掛けたら…)
後始末を終えてトイレから抜け出す。もうそれぞれの教室に戻ったのか生徒が居なかったのが救いだ。結局遅刻してしまったのは問題だが、この事がバレるよりはマシだ。
(気になるぅ…!)
教室に戻ってからも視線がその生徒に向いてしまう。一目惚れなのか。でも同じクラスだったし顔は合わせてる筈。
それが今更なんで…。
(私何やってるんだろ…)
学校での行事が全て終わると、友人からの誘いも部活仲間からの誘いも断ってあの男子の後を追う。男女逆なら一発アウト。話し掛けようと少しついて行くつもりがもう何分経ったか。
(ヤ、ヤバい…家までストーキングしちゃったよ…!)
追いかけが長くなる程に話し掛けづらくなる。こんな事ならさっさと声を掛ければ良かった。柚須木明香は後悔のど真ん中にいた。
(あ)
「…柚須木さん?」
(終わった…)
家に入る前の彼と目が合った。これは無理だ完全にバレた。止まった思考が言い訳探しを妨げる。近付かれる前に何とか言い訳を捻り出そうとしたが、それも無意味に終わる。
「…み、道に迷っちゃって…」
「はぁ…成る程」
(それはないよ、私)
「そう!そうなの!あの人のテクニックは其処がハンパなくて…」
その後は近くだからと家の中に招かれる。両親は居ないからと上げられた初めての異性の家にドキドキした。
話題はどうすればと焦った思考でお茶を出されるのを待つ。テンパった頭で通じるか分からない話題を振ってしまい、更に焦ったが。
(あれ、結構話せる?)
最近知ったばかりと前置きされたが充分な知識だ。少なくとも先程までの緊張が解れるくらいには貴方との会話は弾んだ。
「うん!また後で連絡するからー!」
(何やってんだ私ー…!!)
家に招かれた後は気分良く話して連絡先も交換した。けれど後半はずっと自分が喋っていた気がする。ストーカーした挙げ句に喋り倒す。箇条書きすると最悪である。
(…で、でも結果オーライって事で…)
好みドンピシャの男子と仲良くなれて連絡先も交換出来た。結果だけを見れば強運だ。話も通じるしこれからは連絡とかしてみようかな。そんな事を考えながらも今日やらかした自分の行動に悶える柚須木明香だった。
没にしようかとも思いましたが折角此処まで書いたので投稿。思い付いた展開書くとまだ足りなそうなので此処らへんで切りました。エロまで書けなかった事が悔やまれる。