思いもしなかった痴漢との遭遇で、その朝はさんざんでした。
「あ、主任、おはようございます。今日は地震でも来ますかねぇ・・・・・・」
オフィスに入るなり、私を迎えたのは部下の嫌味と冷ややかな目でした。
私が日ごろよく部下たちにしていることなので、文句も言えません。
「ごめんなさい。途中でちょっと体調が悪くなって休んでいたのよ」
ウソでもないけど、本当の話でもない。
その曖昧さに、部下たちもすぐに気づいたのでしょう。
「ですよねぇ・・・・・・、いろいろと気苦労が多いでしょう。そういうお年頃ですか」
前任者と現社長との間に意見の衝突があり、飛ばされた後のポストを引き継いだばかりの私には、まだ味方と呼べる部下は誰一人としていません。
心細さをごまかす虚勢を張っての厳しさが、余計に彼ら部下の反発を買ったようで、何かにつけて、私には嫌味の言葉が飛んでくるのです。
根も葉もないうわさを立てられることも多く、耳をふさぎたくなるような陰口も、社内の風に乗って聞こえてきます。
「ベッド外交も平気でするって・・・・・・」
「ああ、じゃ、結婚なんてできないわよねぇ」
「結婚どころか、彼氏だっていないんじゃない?」
「おや、知らないのかい? 主任、本当はレズだって噂だよ」
「あ、それ、俺も聞いたことある。だいぶ前にさ、主任が横浜支社にいたとき、何人かの同僚に口説かれたんだけど、まるでなびかなかったんだってさ。レズじゃないかって話もあるよ」
「そういえば、若い女性社員には妙に優しい、みたいな・・・・・・」
「え、え~、じゃ、ワタシ、気をつけなきゃ・・・・・・」
ついさっきも、私の顔がまだ見えないのに気を許して、部下たちが会話しているのを、うっかり物陰で漏れ聞いてしまったおかげで、気分は急降下してしまったのです。
その日は、頭も身体も使い物にならない、最悪な一日になってしまいました。
それもこれもみんな、あの痴漢のせいでした。
二度とあんな目に遭いたくない。絶対に痴漢の餌食とならないように気をつけよう。
次の日からは細心の注意をはらって電車に乗ることにしました。
毎日、乗る時間も車両も必ず変えて、乗り込むときにはなるべく周りを女性で囲まれるような場所を選ぶようにしました。
その甲斐あって、半月ばかりは何事も無く過ぎたのですが・・・・・・。
―えっ! またぁ?―
それは、また突然やってきました。
―やだ、また・・・・・・―
タイトスカートを身に着けているお尻の上に温かい掌の感触。
感じた次には、もう、スカートの裾がまくれて、それはパンストの上からお尻の膨らみを撫で回し始めていました。
まさに、あの日と同じ手順でした。
きっと同じ痴漢に間違いありません。
身体にも心にも、どっと冷や汗が出てきます。
―だめよ、このままじゃ・・・・・・―
今度こそ声を上げて撃退しなくちゃ、とは思うのですけど、やっぱりダメです。唸り声すら出てきません。
人間、そんなにすぐに変われるものではありません。
この前と同じ繰り返しでした。
前後左右の人混みにぎっしり押さえられたまま身動きできません。
手が侵入してくるのにじっと息を殺して耐えて待つだけ。
―!―
やっぱりでした。
その手は私のお尻をしばらくの間なで回すと、やがては股間の谷間へと潜りこみ、亀裂の中へグイグイとくい込んできます。
そして・・・・・・。
―あああ・・・・・・―
ヴァギナの真下で、ピッタリと止まると、指の先がクイッと一突きして、そのままパンストをいともたやすく通り抜け、パンティに到達してしまったのです。
それからは、もう一気呵成に操る指のうごめきでした。
パンティの底布を脇に押しのけて、指先が強引にヴァギナの中に填まり込んできて、そのまま、奥の方へとズンズン進んで、
―ふうう、ううああああ・・・・・・―
私はあっという間にドロドロになって、またもや頂点へと押し上げられてしまったのです。
そのやり口といい、指先の感触といい、この前の同じ痴漢に間違いありません。
これ以上は膝が砕ける。
床に崩れてしまうと思う直前に、またタイミングよく降りる駅に着いて、
―いったい、どんな奴なのかしら?―
人波に押し流されるようにして出口へ向かいながら、首を動かし辺りを見回してみたのですが、私を取り囲んでいたのはほとんど女性で、それらしい男性は今度も見当たりません。
―まったく、逃げ足の速い男だわ―
おかげでその朝も遅刻でした。
このままでは上司のメンツが丸つぶれです。
こんな思いはもうこりごりです。
翌日は念を入れ、30分前に家を出ました。
さすがに、いつもよりは少し車内も余裕があった、吊り革を選べる状態だったので、両隣りとも女性の間に入ることができて一安心と思ったのですが・・・・・・。
乗車時間の半分ほど過ぎたところで、ぐ~んと混みだして、いやだなぁと、思い始めたところに、またあの手が・・・・・・。
その次の日も、その次の日も・・・・・・。
乗る時間をばらばらに変更しても、必ずその手は私に迫ってくるのです。
よほど早くからやってきて、駅で私が乗ってくる電車を待ち構えているとしか思えません。
これではもう手の打ちようがありません。
襲われ始めてから2週間もすると、毎日襲ってくる手の怖さに、仕事にも身が入らなくなってきて、
「主任、なんかあったのかしら?」
「ワルイ男にでも引っかかったかな?」
このように、部下たちに囁かれるようになってしまいました。
このままでは、職場において私の地位も危なくなってしまいそうだと焦り始めたころ、天の助け、思ってもいなかった協力者が現れたのでした。
「あの、ちょっと待ってくださいな」
いつものように痴漢に悪戯されたあと、吐き出されるようにホームに降り立った私の後から、女性が声をかけてきました。
「えっ? ワタシ・・・・・・」
「え、ええ、そうよ。あなたをお呼びしたの・・・・・・」
振り返れば、私より少し年上の女(ひと)。いかにもキャリアウーマンの雰囲気が漂っている女性が微笑んでいました。
「な、何か・・・・・・?」
問いかけが終わらないうちに、女性がすっと私の横に寄ってきて、私の耳に口を寄せてきたのです。
「あなた、いま、痴漢にイタズラされてたでしょ」
「えっ・・・・・・?」
驚いて身を引くと、女性はグイと身を乗り出して、唇をさっき以上に私の耳元に近づけてきました。
「痴漢なんて許せないっ!。女性の敵よ。ワタシが目撃したのはこれで2度目だけど、ひょっとして・・・・・・? あなた、毎朝ああいう事されているんじゃなくて?」
「あ・・・・・・」
「やっぱり。許せないわ。放っておいてはダメよ。今度あんなことされたら絶対に捕まえなくちゃ。あなたができないなら、ワタシがお手伝いするわ。あなたがどんなことされていたかもちゃんと証言してあげますから、その気になったら、お電話くださいな・・・・・・」
言い終わると、その女性は私の手に紙切れを握らせさっさと立ち去ってしまいました。
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しっかりと連絡先を明かしてくれたということは、ただのイタズラではなさそうです。
彼女の申し出は、私にとってはまさに渡りに船。断る理由は何もありません。
私は昼休みにさっそく電話で連絡を取り、勤務が終わってからその女性に会うことにしたのです。
「あの、本当に助けていただいてもよろしいのでしょうか?」
「もちろんよ。ワタシも以前は痴漢によく悩まされていたんだけど、やっぱり、同じようにある女性に助けていただいたのよ。・・・・・・だからね、今度はワタシが同じことをしてあげなくちゃってと思ったから、遠回しの恩返しっていうところかな。だから、遠慮なんかしないでね・・・・・・」
ハキハキとテンポよく話を進める彼女に、私は同性ながらもすっかり惚れ込んでしまいました。
彼女こそ、私が理想とする女性像そのものだったのです。
「わかりました。では、よろしくお願いします」
翌日から、私がいつも乗降する駅まで彼女がやってきて一緒に乗り込んでくれるようになりました。
もし、私が痴漢に襲われたら、彼女がその場で 痴漢よっ と、叫んでくれることになっていたのですが・・・・・・。
奇妙なことに、彼女が一緒に乗り込んでくれるようになった途端、痴漢は手を出さなくなってしまったのです。
「もしかして、美奈子さんが見張ってくれているのに気づいたのかしら」
「そうね、その可能性は充分にあるわね。悔しいけど・・・・・・」
「あ、でも、いいです。おかげで痴漢はいなくなったんだし。ワタシは痴漢に手を出されなければ、それでいいんですから」
「でも、それじゃ、ワタシがいなくなったら途端にまた悪戯を始めるんじゃなくて?」
「あ、それは・・・・・・」
「でしょう?」
「そうですね・・・・・・」
「困ったわねぇ、どうすればいいのかしら」
「はあ・・・・・・」
「あ、そうだわ、じゃ、こうしましょ。ワタシがずっとあなたが乗車する駅まで迎えに行ってあげる。ずっと一緒に乗ってれば痴漢だって手は出さないわ。半年も続けてれば痴漢だってあきらめるわよ」
「そんな、それじゃあんまり申し訳ないです」
「いいのよ、気にしないで。最初に言ったでしょ、これは恩返しなんだから。ワタシの好きにさせてちょうだい」
そうして、約束通り、彼女はそれから一日も欠かさず私が使用する駅まで迎えに来てくれるようになったのでした。
彼女と一緒だと、満員電車もまるで苦になりません。
彼女のこれまでのこと、私のこれまでのこと、お互いのいろいろをつぶさに語り合ううちに、私たちはすっかり旧知の仲のようになって、お食事に行ったり、映画を見たり、コンサートに行ったり・・・・・・。
まるで恋人同士のように、頻繁に会うようになって、そして、
「ねえ、若いころみたいに、二人だけで、パジャマパーティしない? ワタシの家で」
彼女がとうとう家に誘ってくれたのが、つい先月のことでした。
つづく