ある意味、骨より厄介なのだ。
クルビアの荒野。森林を遠巻きにする小高い丘の上に、濃い緑色のテントがいくつも建てられている。
防塵、防水機能を備えたそれらに描かれているのは、クルビア軍のマーク。そこに所属するフォルテの男性、ダリガン中尉は、絶望のすすり泣きが聞こえてくるテント軍を背に苦々しい表情をした。
「おのれ……」
怪我人多数、死者はゼロ。それでも派遣された軍は士気を失い、救護テントに送られた兵士たちは死んでもいないのに孤独死を拒む老人の如き醜態を晒している。
いや、彼らは死んだも同然と言えるかもしれない。少なくとも、この国においては。
そして同僚のそんな姿を見て、無事な兵士たちはそろって鎮痛な顔をする。葬式じみた嫌な空気だ。それでも脱走兵が出ないのは、逃げたところで行く場所がないからである。
ダリガンは拳を握り、離れた場所に停まる移動都市を睨んだ。
「クソッ、こんなはずでは……ただ都市の状況を確かめるだけの任務で、このような……!」
ダリガンは毒づくが、彼にはもはや何もできない。やるべきことは全てやった。彼の報告を聞いたクルビア軍本部からの命令は、待機し移動都市を見張れというもの。ダリガンはそれに従い、絶望した部下たちの声を聞きながら待ちぼうけを食らう他ないのである。
憎しみを茹で、しかし立ち尽くすしかできない上官の下に、ひとりの兵が駆け寄ってきた。
「中尉! ロドスの方々がお見えです!」
「ようやく来たか。どこにいる」
「既に司令部テントへ通しておりますが……その」
歯切れの悪い部下の様子が、ただでさえ虫の居所の悪い中尉を刺激する。
二か月に渡る開拓者同然の荒野生活と、その間何もできなかった苛立ちが彼の口調を荒くさせた。
「なんだ、早く言え」
「は、ハッ! 彼らの連れて来た医者たちが急を要すると言って……」
報告が終わり切るより早く、慌ただしい足音が聞こえてきた。
白衣を着たヴァルポの医者が素早く指示を出し、クルビア軍救護班の責任者にカルテを要求し始める。
無駄のない、洗練された動きだ。長年軍人たちを動かしてきたダリガン中尉は、一発で彼らが統率された意思の下に動く部隊なのだと悟った。
「ど、どうしましょう。外様の企業に、あんな……」
「好きにさせておけ。これ以上悪くなることはあるまい」
「えっ?」
ダリガンはポカンとする部下の肩を叩いて言う。
「案内しろ。客人を待たせるつもりか」
「あ……ハッ! こちらです!」
若い兵の先導を受けて、ダリガンは司令部のテントを潜る。
そこでは地図を広げた卓を部外者が三人、粗末なパイプ椅子に座って囲んでいた。
ダリア中尉は見知らぬ三人組を見渡し、訝しく眉をひそめる。奇妙な連中が、一斉にダリガンに視線を向けた。
右手には、どっかりとパイプ椅子をかけた軽装の女。恐らく種族はヴイーヴルだが、どこか変わった印象を受ける。足を組んで退屈そうな顔をしており、まるで我が家にいるが如きだ。
左手にかけた者は重厚な対爆スーツに身を包んでおり、男女の区別もまるでつかない。辛うじてわかるのは種族。サルカズ特有の黒曜石に似た黒い角が生えている。
そして中央。フードと金属マスクで顔を隠したひとりが立ちあがった。表情はまるで読み取れないが、フードの下に白い前髪と真珠のような瞳が見える。こちらも男女の区別がつけづらい。挨拶する声も、どこか中性的だった。
「お初にお目にかかる。私はロドス・アイランド製薬の戦略部門を統括している者だ。ドクターと呼んでくれ」
「クルビア軍のダリガン・フィーバル中尉だ。大統領直々に救援を要請してくださったと聞いている。協力に感謝する」
ダリガンは妙な名乗りだと思いはしたものの、口には出さない。目の前の戦略部門長とやらが医者でも博士でも構わない。この事態を解決できるなら。
ドクターの隣でつまらなそうな顔をしたヴイーヴルの女が机を叩く。
「なあおい、挨拶は済んだだろ? とっとと話進めよーぜ!」
「落ち着けニェン。話し合いならすぐに始まる」
「けどよぉ……」
子供のように唇を尖らせるニェンを、ダリガンは咳払いで黙らせる。
彼は部下に手で指示を出し、資料を持ってこさせた。
「大統領から、どの程度聞いている?」
「大方。あなた方は通信不能となった移動都市クラムリスの調査をしに来たが、謎のロボットにより阻まれたのだと。そしてロボットの攻撃により、あなたの率いる兵士の多くが感染者となってしまった」
「……その通りだ」
改めて現状を突きつけられると、天を仰ぎたい気分になってくる。
表情を曇らせるダリガンに対して、ドクターは丁寧に頭を下げた。
「あなたに話を通さず治療を命じたことを許してほしい。危険な状態の患者が何人かいたため、急を要すると判断した」
「いや、それについては感謝すべきだろう。ここに来る途中、君たちが連れて来た医者の働きは見た。まさしく精鋭部隊ともいえる働きぶりだ。それで部下が治るわけでもないが。……失礼」
ダリガンは葉巻を咥えて火を点けた。
これで最後だ。支援物資は二日前に届けられたばかりだというのに、自分の葉巻はもう吸いきってしまった。酒もない。やってられない。
空気に溶けていく紫煙を目で追いながら、ドクターはパイプ椅子に座り直す。ダリガンもまた、山積みの灰皿を引き寄せて腰を下ろした。
「大統領が言っていた。なんでも御社は、鉱石病治療のスペシャリストなんだとか。医療サービスの提供には感謝する。しかし……感染した兵士は、もうこの国では生きていけまい。軍が一個中隊分の保険料を払ってくれたとて、石と差別は一生ついて回る……」
「今後のケアについては後回しだ、中尉。今は感染した兵たちをここから退避させ、例のロボットを排除する」
「ああ、うむ、そうだな。おい」
ダリガンは紫煙を立ち昇らせたまま、指で若い兵に指示をだす。彼が持ってきたファイルをめくり、写真をドクターに差し出した。
ドクターと左右の二人が肩を寄せ合うように覗き込む。映っていたのは、荒野に佇む無骨な鋼のシルエット。
ニェンがドクターに角を押し付けるようにしながら、拍子抜けしたように言う。
「んだこりゃ。味気ねー鉄の塊じゃねえか。こいつらが源石をまき散らしてるってのか?」
「そうだ。クラムリス内部から現れたその機械兵は、加工した源石を武器にしている」
「へえ?」
ニェンが僅かに興味を示す横で、ドクターはファイルをめくった。
次のページには、プラスチックフィルムの袋に入れられた数個の黒い弾丸が留められている。大きさはまちまちだが、どれも指先から第一関節ほどの長さだ。
ドクターは顔をしかめて袋を持ち上げた。特徴的な黒い光沢は、まさしく見慣れた源石のそれである。
「あなたの部下は、全員これにやられたと?」
「弾丸にやられた者が多数で、あとは剣だな。奴等の武器は威力も高く、統率も取れている上、ドローンの支援射撃やアーツを使い始める個体までいる。おかげで士気は底値だ。我が隊はもはや軍とは呼べない。嘆く難民の集団だ」
「ロボットがアーツねぇ……マドロック、オマエ、どう思う?」
「これだけでは、なんとも言えないな」
疑わしそうなニェンに対し、マドロックのコメントはあくまで冷静だった。
「ドローンにアーツユニットを乗せ、遠隔でアーツを放つという技術は聞いたことがある。このロボットもそういう類のものではないのか?」
「もしそうなら、ジャミングで機能停止しているはずだ。だが、奴等はジャミング中も構わず攻め込んで来た。動きに乱れは一切ない」
「それ……本当にロボットか? 中に人でも入ってんじゃねーの?」
「二か月も飲まず食わずで荒野に棒立ちしていなければ、我々もそう考えたのだがな」
もうお手上げだ、と言うようにダリガンは肩を竦める。
ドクターはいくつかの作戦資料をめくって、さらに問う。
「中尉、都市の中はどうなっている?」
「不明だ。三か月前ここを通ったキャラバンが言うには、普通だったらしい」
ドクターは沈思黙考に入った。
ロドスにクルビア大統領マーク・マックスからの依頼が来たのは、つい二週間ほど前のこと。
移動都市クラムリスと連絡が途絶え、潜入作戦も悉く失敗している上に兵士たちが感染しているため力を借りたい。内容としては概ねこんなところだ。国の政治に介入しないのがロドスの基本スタンスであるが、国家そのものからの要請とあらば断われない。何より、正規軍を感染者にするとなれば、見て見ぬふりも出来はしない。
ドクター、アーミヤ、ケルシーが協議した結果、表向きは治療と防衛を最優先にした支援サービスを提供することとなった。裏任務として、クラムリスの機械兵の出所を調査するという目的で、ドクターは部隊を編成してやってきた。
“ドクター、言うまでもないことではあるが”
“我々は積極的に他者を感染させる輩を放置はできない。ましてや、感染拡大を目的として作られた機械兵を放置するなど”
“だが気を付けてくれ。もしそのような機械兵を敢えて作る理由があるとすれば……それは恐らく、戦争のためだ”
“感染者を爆発的に増加させる戦争。そんなものの火種を、ロドスは看過しない”
“速やかに兵器の調査と制作者の特定を行い、技術を闇に葬るべきだ。クルビア政府にも、他の企業にも伝わらないうちにな”
“頼んだぞ”
ケルシーの言葉を思い出しつつ、再度機械兵の写真を見つめる。
戦闘に特化したフォルム。源石の弾丸。一個中隊と渡り合い、無傷で退ける戦闘力。なるほど、戦争用の機械という見方をするのが妥当だろう。
―――きな臭い。
むっつりと黙り込むドクターに対し、マドロックが囁きかける。
「ドクター、どうするつもりだ?」
「……報告を見る限り、ロボットはこちらからアクションを起こさなければ攻撃はしてこない。深追いをすることはなく、ただこちらの侵入を阻むだけ。そうだな、中尉」
「でなければ、こんなところでくだを巻けない」
「なら、一度ロボットは後回しだ。当初の予定通り、防衛線の構築と治療、感染状況よっては本艦への移送も行う。中尉、ここからは我々に従ってもらう。あなたは見る限り無事のようだが、念のため検査を受けてくれ」
明らかに嫌そうな顔をするダリガンに断ってドクターは席を立ち、司令部テントを後にした。後に続くマドロックが問いを投げる。
「方針には賛成だが、都市内部はどうする?」
「BSWが来てから考えよう。ニェン、退屈なら、ロボットを見に行っても構わない」
「お、本当か!? なら一緒に行こうぜドクター!」
唇を尖らせていたニェンが笑顔を見せる。まるで玩具をもらった子供のように。
マドロックは歩きながら、ニェンを咎めた。
「指揮官を危険に晒す気か。かのロボットは、正規軍をも退ける危険な兵器なのだぞ」
「あァ? 私がこいつひとり守れねーとでも思ってんのか?」
「私は先にやることがある。それが終わってからで良ければ付き合おう」
「ちぇっ」
遠まわしに断られたニェンは、また唇を尖らせる。
マドロックは密かに、彼女を連れてきたのはミスだったのではないかと考え始めた。
「ったく、仕事だなんだって、オメーらは真面目過ぎんだよ。趣味を忘れたら、どんどんナマクラになっていっちまうぞ」
「お前は遊び過ぎだ」
「お堅ぇなー、マドロック。さも戦場ひとすじ鉄血の士でございってツラしやがって。麻雀でも教えてやろうか? 遊びがねえと人生なんてやってらんねえぜ? いつか死ぬんだ、看取ってくれるやつと語らう楽しい思い出のひとつやふたつ作っておけよ」
「忠告は有難く受け取ろう。ではドクター、私は防衛線を建設してくる」
「頼む」
「聞いてんのか? おーい!」
騒ぐニェンをスルーして、マドロックは連れて来た小隊の下へ歩いていく。
アーツユニットを準備していたエラフィア多めの分隊は、マドロックが放浪する中で合流した感染者たちだ。
差別の根強いクルビア人に絡まれないよう、テント群の端に避けていたはずの彼らは、その心遣いも虚しく酔った兵士にまとわりつかれていた。
「ハハハ! んだよお前ら、リターニア人か? お偉いアーツで、あいつらをブァーッと吹っ飛ばしてくれるってのか? できるわけねえだろ!」
「……酒を飲むなら隠れて飲め。ススーロ先生に何を言われても知らないからな」
「ススーロ! あのチビのヴァルポ!」
酔った兵士は、邪魔そうに忠言したエラフィア男性の胸倉をつかみ、酒臭い息を吐いた。
「あいつはなあ、なーんもわかっちゃいねえんだ! あの*クルビアスラング*ロボットども、俺の脇腹に剣刺しやがってよお! アッハッハッハ! おかげで俺も末期の感染者だとよ! お仲間か!? ええッ!?」
「そこまでだ」
マドロックは酔った兵士の首根っこをつかみ、部下から引き剥がして後ろへ投げた。
仰向けにひっくり返った兵士は芋虫のように動きながら、虚無的な笑い声を漏らす。
「あんなのよぉ……ヒック、剣も矢もアーツも効かねえくせしてよお……。こっちには源石ぶち込んできやがる……。不公平じゃねえか。俺たちゃ、真面目に、国に仕えてきたってのに……いっそ殺しゃあいいのによぉぉぉ! 俺ぁ開拓者として荒野に放り出されるんだ! 軍人なんてなったばっかりによぉぉぉ!」
泣きながら笑い始める男を、マドロックの部下たちは憐れみの目で見つめる。
この男もまた、自ら志願して門戸を叩き、正規の訓練を受けた屈強な兵士だったはず。だが今や、彼は酒におぼれて己の境遇を嘆くばかりだ。
ただ、運はいい。ダリガンは彼を見捨てないのだろうし、ロドスが治療の手を差し伸べている。酔いが醒めれば、そのうち現実に向き合うことになるだろう。鉱石病とは、一生の付き合いになるのだから。
マドロックは己の小隊に向き直った。
「……行くぞ。アーツを用いて防衛線を構築する。万一にも、敵の攻撃を受けないようにな」
「了解。あいつはどうする?」
「私が医療オペレーターに伝えておく。あとは彼女たちに任せよう」
マドロックはそう言うと、柄の短い鉄槌を掲げた。
地が揺さぶられ、土の底に眠っていた岩が壁の形となってせり上がってくる。
同時に、小隊メンバーもそれぞれアーツの詠唱を始めた。地鳴りと岩石の表出が早くなり、高い壁を築いてクラムリスを、その近辺で佇む機械兵を覆い隠す。
こちらから仕掛けない限り襲ってこない。その言葉が真実であることを、マドロックは切に願った。