そこで、心臓自身に血液を作ってもらおうと考えた。無限に酒の湧く盃は、酒飲みなら誰でも欲しがるものだろう?
荒野に点々と無骨な人影が佇んでいる。
サボテンのようにそこにあるだけで、微動だにしない。四角い装甲をいくつも組み合わせて作られたシルエットは、見るからに頑強であった。
クラムリスの機械兵。突如として移動都市の内部から現れ、クルビア軍を敗走せしめた兵器たち。それらをPRTS越しに見つめたドクターは通信を繋げた。
「マドロック小隊、準備は?」
「できている。問題ない」
「リスカム小隊、準備完了」
「ニェン?」
「待ちくたびれてんだよ。早く号令かけろ、早く」
オペレーターたちから送られてくる通信を訊き、ドクターは頷く。隣には中尉が立っており、疑わしげな表情をしていた。
「本当に、できるのか?」
「問題ない。適材適所だ。……総員、作戦開始。フェーズ1、スタート」
ドクターが宣言すると共に、地鳴りが響いた。マドロックがアーツで作った巨岩の人影が、ゆっくりと地面を踏みしめながらクラムリスへと近づいていく。
立ったまま眠っているような体勢の機械兵たちが、敵影を認めて顔を上げる。右手にガトリングガン、左手には精製した源石の剣。起動した機械兵たちはまず銃口を持ち上げ、岸壁のように肩を並べて迫るゴーレムたちに掃射を開始した。
バタタタタタ、と火花を上げて放たれた弾丸が岩石の巨兵たちに襲い掛かる。しかし、人間相手には見た目以上のダメージを与えるはずのそれも、恐怖を知らぬ岩の塊には雨粒に等しい。
緩慢な動きで距離を縮めてくるそれらに対し、機械兵たちは無駄弾を撃つのをやめて接近戦を挑みかかった。
滑らかな動きで急接近し、黒い刃でゴーレムの膝を斬りつける。致命の剣は半分も食い込まないうちに止められ、巨大な拳が持ち手を上から叩き潰す。
段ボール箱を潰すが如く、あっさりと機械兵の全身がひしゃげ、何かの液体が噴き出した。
ドクターはPRTSに移ったその様子に違和感を覚え、画面を拡大。すぐに目を見開くと、マドロックに連絡を入れる。
「マドロック、ゴーレムを止めろ! 今すぐに!」
「何……?」
マドロックはいぶかしんだが、すぐに槌を振り上げてゴーレムたちに指示を出す。
一時停止したように止まる巨岩の兵たちを、たちまち機械兵が解体にかかった。関節や岩の隙間に刃を刺し入れて取り外し、至近距離から顔面に弾幕を浴びせて打ち砕く。
声もなく崩れていくゴーレムに構わず、ドクターは作戦を変更した。
「ニェン、フェーズ2だが少し変える。君は前に出ず、リスカム小隊の防護に徹しろ。リスカム、一定の距離を取ったまま膝か腕を撃て。対象の武装解除と無力化を最優先に」
「あァ?」
「了解しました。総員構え、撃て!」
ゴーレムの後方に控えたリスカム率いるBSWの小隊が盾を構えて発砲し始めた。
機械兵たちも射撃に気付き、ガトリングガンを撃ち返してくる。が、それをどこからともなく現れた不可思議な盾が間に立って弾き返す。
グリッジノイズの走る奇怪な盾を遮蔽にして接近し、射撃を繰り返しながら、リスカムは眉を顰めた。
機械兵の武装がおかしい。ガトリングガンでの連射は事前に教えられていたことだが、大方空気か電力か何か使って高度な連射性を実現しているのだと考えた。
だが、違う。銃口に煌めくマズルフラッシュ、そして弾倉からまき散らされる空薬莢。あれは間違いなく、源石の爆薬をアーツで作動させるタイプのものだ。
―――あり得ない!
リスカムは驚愕を噛み殺し、反撃しながら内心で呻く。
リスカム自身も用いているが、銃は高度なアーツと源石工学技術の結晶だ。そのノウハウはラテラーノがほぼ独占している上、サンクタ以外の種族でも拳銃やグレネードランチャーといった簡単なものしか扱えない。何より、アーツが使えなければ銃も使えない。そもそも弾薬はかなり高価なのである。
それが、どうだ。機械兵はとんでもない数の弾丸を惜しみなくバラまいてくる。こんな芸当ができるのは、音に聞くラテラーノの教皇銃騎士ぐらいのものではないだろうか。だが、機械兵には光輪も光の羽根もない。
「くっ、リロード!」
リスカムが一度引き、代わりに入った部下が射撃を継続する。
機械兵は一定距離を保ったまま、攻めあぐねているようだった。ニェンの盾を警戒しているのだろうか。それとも、背後で機械兵たちを操っている何者かが?
弾倉を入れ替えたリスカムは戻る前にドクターへ連絡を入れた。
「ドクター、敵についてですが……!」
「待て、リスカム。その話はあとに回そう。もうじき敵の弾丸が尽きる。三、二、一……ニェン!」
「待ちくたびれたぜ!」
急に銃声が静まり返った。機械兵たちが弾丸を撃ち尽くし、ガトリングガンが空回りする。銃口から白い煙を上げつつも剣での攻撃に切り替えようとした一体に、リスカム小隊を飛び越えたニェンが奇妙な大剣を振り下ろして腕を断ち切る。
ニェンはそのまま機械兵の胴体を蹴り飛ばし、大立ち回りを演じ始めた。
自陣に切り込んできた敵を最優先とし、四方八方から斬りかかってくる機械兵たちの足をなで斬りに。そこへリスカム小隊の射撃が腕関節に突き刺さり、機械兵を戦闘不能に追い込んでいく。
背後から飛び掛かる機械兵にニェンは手をかざし、召喚した盾をぶつけて弾き返す。自身を銃弾の遮蔽としつつ攻めてきた別の一体と剣をかち合わせ、押し返し、肩と両足を寸断した。
「オラァッ!」
耳障りな金属音とともに倒れ込む機械兵を蹴っ飛ばす。ガトリングガンは打ち止めとなり剣を失った機械兵をリスカム小隊が一体ずつ捕らえてさらい、アーモンド率いるエンジニア部門の指導の下念入りに解体。
僅か十二分で戦闘は終了し、死傷者はゼロで終わった。一連の戦局を見ていた中尉は目を丸くして葉巻を落とす。
クルビア軍が敗走した敵集団を、こうも簡単に。事前に情報を渡し、対策を練っていたとはいえ、こんなにあっさりと勝ててしまうものなのか。相手は装甲車を引き裂く刃と、隊列を粉砕する威力の重火器を備えているというのに。
中尉は作戦を指揮したドクターに目を向ける。彼女はタブレット端末を見下ろして険しい表情をしていたが、すぐに中尉の方を向いた。
「中尉、クラムリスについてですが」
「あ、ああ。これで内部に入ることができそうだな。感謝する」
「……いえ、潜入するべきではないかもしれません」
「何?」
中尉は自身の耳を疑った。連絡の途切れたクラムリス内部で何が起きているのかを確認するのが任務であり、そのための掃討戦ではなかったのか?
彼が問い詰めるより早く、ドクターはPRTSの画面を見せてきた。ドローンが空から映し出す、機械兵の簡易解体の様子が映し出されている。
中身は機械で間違いない。電子部品、無数のコード、その他複雑な機構。その中に、妙なものが混じっている。黒い塊を閉じ込めた円柱形の水槽のようなものが。その塊をよく見ると……。
「これは……心臓、か?」
「おそらく。それも……鉱石病の病巣となっているものと」
「ば……ッ」
バカな。中尉は思わず身を引いて絶句する。
感染者がどのような扱いを受けるのか、当然知っている。過去には感染者を用いた実験が行われたという噂も小耳に挟んだ。
しかし、心臓を抜き出して機械兵のパーツにするなどという話は聞いたことが無い。
「……待て、どういうことだ? 何がどうなっている?」
「全員を集合させ、情報をまとめましょう。専門家の意見も必要です。クラムリスには引き続き厳戒態勢で警戒を。これは……我々としても、大きな問題です」
ドクターは重い口調で言うと、オペレーターたちに集合命令を下す。
クルビア軍を支援し、鉱石病患者の治療と、感染させることを目的とした武器の回収及び武器の出所を制圧すること。それが今回の外勤任務の目的だった。
それだけでは済みそうもない。とんだ残業を強いられそうだ。ドクターは座礁した移動都市を睨みつけた。