潜入は拍子抜けするほど簡単だった。
追加の機械兵が来ることもなければ、門が閉ざされているというわけでもない。かつて極東では、敢えて本陣の門を開け放すことでブラフを張り、罠の存在を予見させて敵を撤退させたことがあるらしい。その手の策略の部類かとも思ったが、違うようだ。
都市の中は、往来こそ少ないがこれと言って危機に陥ったような雰囲気ではない。
ただ、見えない怪物がうずくまっているかのような、妙に重い気配に覆われている。
交通機能、問題なし。物流、問題なし。治安の面でも問題なし。あの機械兵が練り歩いているということもない。
至って普通の移動都市であった。
住民たちの口から、妙な言葉が出ることを除いて。
「思ったより、早く終わりそうだな」
クラムリスのホテルに集まった面々に、ドクターは低く呟く。
そこに喜びや解放感は見られない。マドロックや、率先して仕事のサボりを唆すニェンさえそうだ。そろって硬い表情を突き合わせている。
ドクターは外のリスカムと通信を繋げた。
「リスカム、聞こえるか。こちらドクター。潜入は成功した」
「通信良好です。中の様子はどうですか?」
「至って普通の移動都市だ。暴動が起こっていたり、占拠されていたりということはない。住民たちもいつも通りに暮らしている。だが……」
頭の中に、住民たちへの聞き込みが蘇る。
話しかけた住民たちの反応は、一貫していた。閉じ込められているというのに、外部の人間に対してあまり興味を示さず、ずっと前に覚えた安堵を噛み締めているような表情。
口調もこれといって不安そうではなかったが、その会話の内容はおかしなものだった。
「クラムリスの座礁した日、とある男が機械兵を引き連れてやってきた。彼はクラムリスの住民を集めてここから出ないようにと言い、それ以降姿を消した。身なりが良く、角も尻尾もなかったそうだ」
「となると……種族はだいぶ絞られてきますね」
「ああ。まだ確定はしていないが、私の予想では恐らくサルカズ。それも相応の歴史を重ねた者だと思う」
ドクターの予測に、サルカズであるマドロックは何も言わない。
サルカズといえば黒い角というのが一般的な見解だろう。しかし、変形者、リッチ、サイクロプス、バンシー、ブラッドブルード……角も尾もないサルカズも数多い。
加えて、かの機械兵はアーモンドの調査の結果、アーツで動かす類のものだ。一個中隊ほどの機械兵を一度に遠隔操作し、かつ本人はその場にいない。それができるのは、かなり強力で腕の立つアーツマスターに違いない。秘術や呪術に精通したサルカズであれば、不可能でもなかろう。
問題は、それが住民たちをクラムリスに閉じ込めたこと。そして座礁した日以降、姿を現していないことだが。
「種族に関しては、直接会えばわかります。所在地は判明しましたか?」
「いいや、まだだ。それどころか、目的さえ予想がつかない」
「と、言いますと?」
「まず、クラムリスを座礁させた者は、感染器官を使って多数の機械兵を作り上げた。材料の確保が目的なら、クルビア軍にやったように、住民を感染者にしておけばいいはずだが……少なくとも、感染者にはひとりも会っていない」
「付け加えると、迫害された感染者の隠れられそうな場所も粗方探した。しかし、どこも生活の痕跡は全くない」
レユニオンとして活動していたマドロックが、根無し草の感染者という観点から口添えをする。
彼女の率いる小隊員たちも同様に頷いた。
「次に住民たちの様子だ。見せしめに誰かを殺されたり、隣人がいなくなったりといったことは、聞き込みをした限りでは確認できない」
「つまり、住民たちを誘拐し、感染させてから機械の素材にしているわけではない……と?」
「おそらくは」
沈黙。行き詰った空気が一同の間に立ち込める。
感染者を使った機械を引き連れやってきた男。彼はクラムリスを座礁させ、クルビア軍を遠ざけ、住民たちに脱出するなと言いつけた。
そうまでして、一体何をしようとしている? 新たな機械兵を増産か、それとも別の何かがあるのか。そもそもどこにいるのか。
リスカムは一度疑問を脇に置いて進言した。
「ともかく、危険がないのであれば我々はそちらに合流しようと思います。調査の手は多い方がいいでしょう」
「そっちの様子はどうなっている?」
「変わりありません。追加の機械兵も来ていませんし、クルビア軍も落ち着いています」
「そうか、わかった。それなら合流しよう。座標を送る」
「了解」
ドクターはリスカムにデータを送ると、ソファの上で退屈そうにだらけていたニェンの背を叩いた。
「ニェン、起きろ。出かけるぞ」
「おっ!?」
「マドロック小隊はここでリスカムたちを待っていてくれ」
「わかった。お前はどうする?」
「一度、ここの役所に行ってくる」
顔を華やがせたニェンは早速跳ね起き、ドクターの手首をつかんだ。
「つまり観光ってことだな! よし行くぞ! 調査調査でつまんねーと思ってたんだ! その前に飯行くぞ!」
「わかった、わかったから引っ張るな」
もはや退屈に耐えられないのか、ニェンはドクターを肩に担ぎ、急ぎ足で外へと出ていく。
ドクターは揺さぶられながら、街の外の景色を見つめた。
往来する人の数。開かれている店。車通り。どれをとっても中規模の移動都市で、特筆すべき点はない。
どこかホッとしたような表情で日常を送る住民たちと、外部からやってきた侵略者に占拠されているという異常事態。それがどうも噛み合っていない。
このちぐはぐな状況は、一体なんだ?