すいません、前編にはエロがないので信女のエロを期待した方は後編からお読みください。
あの日のことを俺は今でも強く瞼の裏に焼き付けている。空を覆う雨雲の色も、降り注ぐ雨音の音も、辺り一面から漂う血臭も、そしてその中央で血塗れの刀を持って立ち尽くす彼女を。
「師匠!!」
まだ当時、十を数える年にも至っていなかった俺は突然道場から飛び出した佐々木 異三郎師匠の後を追ってその惨劇にたどり着いた。呆然とその場で立ち尽くす我が師は、普段の優しげな顔を真っ青に変えて、地面を赤土色に染め上げた血の出所を凝視していた。
俺は最初、攘夷浪士共が幕府の要人を襲ったのだと思っていた。流れる血の量は、血の気の多い侍崩れ同士が斬り合って出来た総量としてはありえないほど多く、その屍の量も死に様も素人の人斬りに出来る物ではなかったからだ。
だから俺は…………いや、俺はそう思おうとしていたのだ。その屍山血河の中央で転がる見慣れた家紋が入った駕籠を、俺は意識して視界から外そうとしていた。だってそれは、我が師が今朝送り出したはずの師の奥方が入っていたはずの物で----。
「----ッ!!」
現実を拒む俺の前で、師が手に持った刀を抜き放った。その切先の先には、なぜ今まで気づかなかったのか一人の血塗れの少女が佇んでいるではないか。
俺とほど近い年頃の娘だ。この凄惨な現場に迷い込んでしまったのかと言う俺の考えは、その手に持つ血肉と油をこびり付けた小刀と少女が纏う死神のような雰囲気で霧散した。
ああつまり、この少女こそがこの光景を作り出した…………師の奥方とその腹に宿っていた師の娘を殺した犯人----ッ!
「師匠! 助太刀しますッ!!」
鞘から小太刀を抜き放ち、師匠の隣に並び立つ。我が師には未だ及ばずとも、その剣術の才は江戸でも五指に入るとまで師からお褒めを頂いたこの身なら、少しでも助けになると信じている。何よりも、師の幸せを奪い去った目前の悪鬼を決して許してなるものかという思いが、俺の心を昂らせていた。
対する師は無言だった。だが隣に立った事で感じ取れる、今まで感じたことがないほどの怒り、憎しみ、殺意。それが極限にまで高まった末の、爆発する直前の静けさであると認識した時、師はすでに俺の隣にいなかった。
「----」
ガキンッと鉄と鉄がぶつかり合う音。次瞬、刹那の踏み込みで少女の手から凶器を叩き落とした師の刃が悪鬼の首元へと向けられていた。取ったと、俺は歓喜した。師は己の力だけで復讐を成し遂げたのだと。
俺の眼は師がその刀を一閃し、師の大切な者を奪った下手人の首を落とす姿を幻視した。たとえそれで失った者が戻って来なくとも、あの頃の俺にとって復讐とは敵対者の血で贖われるべきものだと信じていたのだ。
だから----
「し……師匠……?」
刀を鞘に納める師の姿を、俺は受け入れることができなかった。愛する妻ともうすぐ産まれてくるはずだった娘を殺した女を生かす意味が欠片も浮かばなかったのだ。
「何をしているのですか、師匠……っ!! その娘は、師匠の奥方と娘を……!」
きっと耐え難い喪失に乱心してしまったのだと、俺は判断した。だから抜き身の刀を即座に翻し、何も武器を持たず隙だらけで呆然とする少女へと踏み込みからの袈裟斬りをお見舞いしようとする。
「----!?」
だがその刀を、あろうことか師自身が刀を抜き放って止めたのだ。目にも止まらぬ抜刀でもって、少女の肩を切り裂く手前で片手一本で俺の渾身の憎しみの一撃を止めた師に、俺は瞠目し、何故と危険な少女から目を離して師に視線で訴えかけてしまった。
「おやめなさい。この娘を殺したところで、何の意味もありません」
「しかし……師匠ッ!!」
なぜそこまで平然とした声で言葉を紡げるのです。なぜそこまで嚇怒と憎悪を宿した目をしながら、刀を振るう手を止められるのですか。なぜそれほど、全てに絶望した顔をしながら俺を見るのですか師匠!!
「何故です師匠ッ!! 何故彼女を生かすのですか……!!」
どれだけ力を込めてもピクリとも動かない小太刀を振るうことを諦め、俺は変わってしまった師に叫んでいた。つい今朝までは、産まれてくる娘になんて呼ばれたいかなんて、くだらない会話をしていたというのに。目の前の師が、もうそんな師と重ねることができない。
そんな俺に向かって、死んだ魚の目のような眼差しになってしまった師はどこまでも抑揚のない、溢れる負の感情全てを無理矢理押し込めたような声色で答えるのだ。
「本当に切るべき相手を見定めたからです速之助」
「本当に……? それは、一体……」
それは、目の前の少女ではないのか?
まさか、師の家族を殺した下手人は他にいるというのか? だとすれば、それは…………それは何と許し難い……っ!!
「…………その前に、速之助。あなたは、私に地獄の底までついてきてくれますか?」
確認を取るように俺へと問いかける師の瞳に、一瞬だけ在りし日の優しさと悲しみが宿っていた気がした。それは、俺の身を案じてのもので、同時に俺が決して師の問いに首を振らないことがわかっているからこその物だとわかったから。
「----もちろんです師匠。それが師匠の…………俺を拾ってくれたあなたの願いを果たすためならば。閻魔にさえ、俺は刃を向けましょう」
俺は師の復讐を遂げる刃になると強く誓ったのだ。
「さて、本日より貴殿の世話役を仰せつかった桂 速之助だ。骸、何か用事がある時は必ず俺に一言伝えるように」
「………………」
あの誓いの日より幾日。俺は師の家族を殺した…………と思っていた少女、骸と名乗った彼女の面倒を見ることになっていた。と言うのも、師によると現場の状況的に彼女の刀に付いた血は自身の妻娘の物ではないと断言したからだ。
その上で少女を復讐の道具として手元に置くと言った師は、俺に「同じ年頃同士仲良くしてください」と命じて彼女を任せたのだ。
なによりも、彼女は師曰く幕府お抱えの暗殺組織で生まれながらに殺しの腕を叩き込まれた殺戮人形。とてもではないが、一般常識を知らなすぎて人前に出すことさえままならない有様だ。
故に、俺が世話役として色々と殺し以外の知識を教えていかなくてはならないのだ。
「それでだな……………………何か、したい事はあるか?」
「………………なにも」
「そ、そうか…………」
「……………」
「き、今日はいい天気だな…………」
「……………そうね」
師よ、俺に世話役は無理かも知れません。元より剣術のみを磨き、それを活かすためだけに人生を捧げてきた身。会話カードの手札なんてお天気カードと果し合いカードしかない。
凄惨な過去を持つおなごの世話など、俺にできるとは到底ッ……!
ぐぅぅぅ----
「……!」
沈黙に染まった最中、少女の腹から鳴った空腹を訴える音が静けさに包まれていた部屋にはよく響いた。それを聞いて、俺は真っ先にこの危機を乗り越える会話カードを掴み取った。
「お腹が空いているようだな。何か食べたい物はあるか?」
食事カード。剣しか取り柄のない俺でも無難に会話を進められる万能カード。これを持ってすれば、多少は会話の糸口が掴めるはずだ。
「…………………ドーナツ」
「ん? なんだって?」
「ドーナツ……が、食べたい……」
ドーナツ。確か南蛮由来の洋菓子だったか。今は泣き師の奥方がそんな話をしてくれた記憶がある。それを食べたいと言うのか。
ふむ……ただここで買ってくると言うのは簡単だが、それでは次の会話の手口に引っかからないか。ならば----
「了解した。ならば、俺が一つ馳走してやるとしよう」
手作りドーナツ。菓子類を作ったことはないが、師の奥方の料理の手伝いなら何度か経験がある。それを持ってすれば、まあ骸の口に合う物の一つや二つ、料理本を片手にすぐに作れてしまうだろう。
俺は台所まで骸を連れてくると、彼女の目前でドーナツを作ってみせた。材料は幸い全て揃っていたこともあり、師に買ってもらった携帯で検索したレシピ通りに作ればそう苦もなく完成させることができた。
多少形は崩れているが、材料も調味料もレシピ通りに入れている。味に間違いはあるまい。
「出来たぞ。初めてではあるが、下味したところ味に問題はない。食べるといい」
俺の言葉に、台所の端で俺の調理風景をジーと眺めているだけだった骸がちょこちょこと近寄って来る。
その姿は、元幕府お抱えの暗殺集団の人間であったとは思えないほど可愛らしい。そう思うと、俺の中で少女へのどうしようもない憐憫の感情が生まれてしまう。
彼女も本来は裏庭を駆け回り、友人とたわいもない会話に華を咲かせるおなごであったはずなのだ。それを、都合が良いと言う理由で感情のない暗殺者に育て上げられた。自然と手に力がこもる。師から教えられた今回の首謀者の存在と、人を人と思わぬ非道を平気で働く者どもへの激しい怒り。
それは俺に師の復讐計画を必ず完遂させると言う意思に、さらに燃料を注いでくれる。
「もぐもぐ………………美味しくない」
「--------」
だが注がれた燃料は、そのたった一言で全て消え去ることになった。
「あの、何をしているのですか速之助」
「止めないでください、師匠! あのような辱めを受けて黙ってなどいられません。たとえ初めてだったとは言え、あれほど面と向かって美味しくないと言われて何もしないなど、武士の誇りに反します!!」
「いえ、だからと言って人の家の台所をドーナツだらけにしないでもらえますか?」
「くっ、うおおおおぉぉ! なぜだ、なぜ俺のドーナツは美味くならん!? 俺の調理の一体何が間違って……っ!」
「あの、話聞いてますか速之助?」
「もぐもぐ…………これもダメ…………もぐもぐ…………これもちょっと違う…………もぐもぐ…………」
「はぁ、速之助は真面目すぎるのが難点だと忘れていました」
そんなドーナツ事件を契機に、俺は少しずつだが骸と言う少女と会話を交わすことが出来るようになった。最初は俺が作ったドーナツの批評から始まり、次はどう改善すればいいかを話してくれるようになり、ようやく合格を貰えるドーナツを俺が作ってやった頃には簡単な受け答えなら可能な仲になっていた。
「いいか、今日は漢字をお前に教える。我が師はエリートの家系である佐々木家の人間だ。そしてそんな人の近くに身を置くことになるお前には、最低限の読み書きが出来なくてはならない」
「もぐもぐもぐもぐもぐ…………」
「…………その前に、礼節を学ばせる必要があるようだ」
やがて彼女に常識や教養を学ばせるようになり、ほとんどの時間を骸と共に過ごす事が常態と化していた。彼女の学習速度に合った授業を考え、その褒美となるドーナツを用意する日々。正直寺子屋の先生になった気分を、まだ若輩の自分が経験するとは思わなかった。
だが道場においては、俺と彼女の関係は教える者と学ぶ者から対等な剣客同士へと変わる。あの真撰組の沖田 総司に並ぶのではと噂された剣の才を持つ自分と、暗殺者として数多くの実戦を生き延びた猛者たる骸。
経験の差によってどうしても後塵を排することになる俺では彼女との試合ではほとんどが黒星だった。
今日もまた、俺の持つ竹刀が骸の芸術のような剣舞の前に弾き落とされた。
「さすがの太刀筋だな。やはりこと剣術においては、俺がお前から学ぶことが多いな」
「…………それじゃ、私が速之助の剣の先生になるの?」
「ぬかせ。俺の剣の先生は後にも先にも佐々木 異三郎先生ただ一人。何より先生とは剣の腕だけでなれる者ではない。次代に教え導くだけの知識と人格を持って初めて成れる資格だ」
「…………教え……導く…………あの人みたいな?」
俺の言葉に、どこか遠くを見るような顔になった骸。それは過去の誰かを思い出しての物だろうか。
「そうか。お前はすでに斯様な人物に出会っていたか。ならばわかるだろう、先生と言う人間の偉大さが」
「………………うん」
小さく頷く彼女の脳裏に過った御仁がどのような人かはわからない。だが俺の言葉に骸が納得した所を見ると、俺にとっての師のような素晴らしい人格者であったのだろう。
「俺もお前も、まだその領域には程遠い」
自嘲するように笑う俺だったが、そんな俺に向けて骸は今度は小さく首を横に振った。その意味がわからず眉を顰める俺に、彼女は初めて真一文字に固められていた口をほのかに吊り上げた。
「でも…………それなら、速之助は私にとって先生だよ」
そう、微笑んでいるような顔で言った彼女の姿に、俺は初めて骸を一人の異性として認識してしまった。
美しい少女だとは思っていた。だがそれ以上に凄惨な過去と常に顔に貼り付けた無表情、何より師にとって彼女が復讐の道具であると言う考えが、俺にとって骸を異性として深く意識する機会を奪っていたのだろう。
だから、こんな初めて見せた感情の発露に不覚にも心を揺さぶられてしまった。
「…………? どうかしたの速之助?」
「い、いや……なんでもない。訓練を続けよう」
赤くなった頬を胴着で隠してしまったのは、突然褒められた事への気恥ずかしさであって、断じて骸に見惚れたわけではないと自分に言い訳をしながら、俺は飛んで行った竹刀を拾いに行くのだった。
早いもので、骸を師匠が引き取ってから数年が過ぎた。俺も骸も子供から若者へと成長し、背丈もすっかり伸びたものだ。特に骸は昔のような無表情は変わらないまでも、自発的な行動も口数もかなり多くなった。
それは今では骸の事を同門の兄妹のように思っている俺にとって嬉しい成長であったが、同時に女性として成長したことでその美貌をより磨き上げた彼女が俺の隣を常について回る事に悩む事にもなった。
昔は短かった髪を長髪にした骸の姿は、それは絵になる美しさだ。今も当然のように縁側で黄昏れる自分の横に並んで俺が作ったドーナツを食べる彼女の姿は、贔屓目に見ても江戸でも上位の美少女だと言える。
「骸……聞いてもいいか?」
「もぐもぐもぐ…………なに、速之助?」
「いや、その…………俺の周りに付いて回るのは退屈ではないか?」
「…………ッ!!」
俺にとって何気ない言葉のつもりだったが、それを聞いた骸はあれほど好いているドーナツを手元から取り落とすほどの衝撃を受けていた。無表情であった顔をまるで親に捨てられた子供のような表情に変えた骸に、俺の方が驚いてしまう。
「ど、どうしてそんな事言うの? わたしが近くにいたら……速之助に迷惑?」
「いや、そんなことはない! ただ俺のような無骨な堅物に付き合うよりも楽しいことがあるのではないかと思っただけだ」
「そんなのない…………わたしは、速之助の側にいるのが一番楽しいし、落ち着くもの」
「そ、そうか……」
ぎゅっと俺の着物の袖を強く握る骸の姿に、俺は二の句を告げなくなってしまった。人として大切な何かが欠けてしまった彼女の心を開かせる為にと、四六時中共にいたのはまずかったのだろうか。そのうち師に相談しなくてはならないかもしれん。
「そうですか、あの骸がね…………。わかりました、速之助。よく彼女をここまで世話してくれました。あなたの世話役の任は今日を持って終わりにします」
最近の骸について報告に向かった俺に向けて、師は何かに思いを馳せるように目を瞑るといきなり驚きの命令を下してきた。長年の骸の世話役の突然の終了。と言っても、すっかり一般常識もある程度の教養も身につけた骸にはもう俺の世話役の役目なんてほとんど形骸化していたが。
だが何より俺を驚かせたのは、その後に師が口にした内容であった。
「そして、これから私は幕府からの命により、新たに新設される警察組織の局長を担うことになりました。当然、あなたも骸もその一員として働いてもらいます」
「----!」
その言葉に、俺はついに来たのだと身を昂らせた。長年の骸との日々の中でも決して枯れることなく残っていた……いやむしろ骸と共に過ごすことでさらに研磨された、彼女のような存在を殺戮の道具に仕上げ、師の家族を殺した首謀者たちへの怒りが俺の顔に自然と獰猛な笑みを模らせていた。
「ついにですか……師匠」
「えぇ……ついに、です」
目を合わせて、これからの復讐計画へのスタート地点に自分たちがようやく立った事を確認し合う。刀を振るうべき手が武者震いで震える。あの日から一度として休む事なく鍛え上げた剣の腕を、早く真なる悪鬼共へと振いたいと猛っている。
「我々の組織の名は見廻組です。立場上は名門の良家の人間だけで構成された幕府お抱えのエリート警察組織になります。なので、くれぐれも骸がボロを出さないようにお願いしますね」
「なんだ、結局世話役は継続ですか。まあ、もう骸の世話を焼くのは慣れたものですが」
ふっ、と良家のお坊ちゃんたちに囲まれる中、いつも通りドーナツを食べている彼女の姿が自然と思い浮かんで笑ってしまう。
「ああそれと、その骸と言う名前ですが。さすがに警察組織の人間がそのような物騒な名を名乗るのは対外的にもよくありません。なのでこれからは彼女を「信女」と呼ぶようにしてください」
「……なっ!?」
その『な』は骸を別の名前で呼ぶことの不満や驚きではない。むしろ改名については、骸の名が暗殺者であった頃の暗号名のような物である事を思えば賛成である。
だから俺が驚いたのは師が代わりに骸に与えた名前の意味だ。なぜならそれは----
「しかし師匠、それは師匠が産まれてくる自分の娘にへと考えていた物のはずでは……!?」
辛く苦しい時代に産まれることになる娘のために、師が毎晩頭を抱えて悩んでいたのを知る自分にとってそれは決して安易に流していい問題ではなかった。
しかもそれが、師が復讐の道具だと思っている骸に与える名だと言うのなら尚更だ。まさか師は死んだ娘の名前を彼女に付けることで、一生彼女に罪の証を抱かせようとしているのではと疑ってしまう。
「心配しなくても、深い意味などありませんよ。所詮、名前なんてただの文字の羅列です。もう付ける相手のいない名前なら、彼女に与えても変わりありませんから」
それに、と師が俺の目をしっかりと見据えて、その瞳の奥に以前の師のような優しげな色を灯しながら口を開いた。
「もう彼女には、人殺しの名よりも人の名の方が相応しいのですから」
「----師匠っ!」
それはつまり、師は彼女を今では道具として見ていないと言うこと。そんな師が彼女に自分の娘に付けるはずだった名前を与えた意味を、俺はようやく理解した。
ずっと心に引っかかっていた師が復讐を遂げた時に彼女がどうなるのかと言う不安が、僅かとはいえ消え去っていく。少なくとも、自分たちと共に地獄に落ちることはないのだろう。
「わかったら彼女を呼んできてください。名前の件、彼女に伝えておく必要がありますので」
「はい、ありがとうございます師匠」
そしてこの日より骸は信女となった。もうあの日俺が見た悪鬼は消え果て、ただの人間の娘として生まれ変わったのだ。
「何度も言うが、お前は今や見廻組の隊士なんだ。組織の一員である以上、周りとの協調と上司への敬意は必要不可だ」
「わかってるわ、速之助」
「速之助副長だ、信女。まったくわかっていないじゃないか」
「でも異三郎はそれで構わないって言ってたわ」
「し、師匠……っ! なぜそのようなことを信女に!」
俺たちが見廻組となってから幾月か過ぎ去り、新しい装いとなった白の制服が馴染んだ頃になっても信女と俺の関係は何一つ変わらなかった。だがそれが副長と一隊士と言う上下関係を得ても変化しなかったのは、部下に示しを付けないといけない俺にとって痛い問題であった。
それが師の元で幼少の頃より育った仲故の気やすさという事で済むなら、まだ新撰組の近藤局長ら同じ剣術道場出身者同士のように見られる事も出来ただろう。
だが信女の俺に対する接し方はとてもではないが親しい同輩の域を超えていた。
他の隊士の前でも普通に話しかけてくるのはもちろん、四六時中俺の後ろをついてくるように行動し、非番の日でも俺の副長室で一日を過ごすのだ。見廻組以前の、俺と師と信女だけで完結していた世界ではそれでもよかったのだが、人目が出来たせいでその異常さを俺は深く痛感した。
何より、信女はすっかり江戸中の男を魅了するだけの美少女へと成熟している。そんな彼女が男である俺の元から決して離れず行動しているのだ。隊士たちの間で、俺と信女がそういう仲だと噂されるのに時間はかからなかった。
「いいか、信女。あまり一緒に居続けると、他の隊士があらぬ勘違いをすることになる。隊の規律を守る副長として、それは看過できない事態だ」
「……? わたしは速之助の快刀だよ、ずっと一緒にいるのは当然でしょ。異三郎も速之助の側で命令に従っていれば良いって言ってたもの」
「師匠……っ!! なぜ……なぜ、そんなことをぉぉ……!!?」
頭を抱えて悶絶してしまう。師はなぜか最近やたらと信女に甘いのだ。彼女が俺と離れるのは嫌だと言えば副長直属の特別隊士の地位を信女に与え、隊士専用宿舎の女性部屋が俺の部屋から遠すぎると言えばなぜか俺の部屋の布団が次の日から二つに増えていた。
「避妊はお願いしますね。さぶちゃんより」などと冗談まで入れてくるあたり、信女の名前を与えてから知らなかった師の親バカぶりを垣間見た気がする。
「くっ……! それなら、せめて隊士ともう少し会話をする努力をしてくれ。お前が俺と師以外との会話を無視ばかりするせいで、苦情が来ているのだ」
自身の元に隊士たちから届く「副長の彼女が一切会話に応じてくれなくて怖いです、どうにかしてください」という有無の嘆願の束。その文言だけで隊士たちが自分と信女の関係を勘違いしていることがよくわかるだけに、頭が痛くなってくる。
だが信女の対人能力に問題があると言う点は大きく留意しなければならない問題だ。信女はもう立派な女性、それも江戸でも五指に入ると贔屓目に見ても言っていい程の美人。そんな彼女の会話相手が、ほとんど俺と師匠だけと言うのは彼女の将来を思えば間違っているのではないか?
いずれ俺以外の得難い友人や仲間、そして生涯の伴侶を見つけるためにも彼女に身の振り方を今のうちに少しずつ教えるべきだろう。少なくとも、他の見廻組の隊士とも会話ができるようにはなって欲しい。
「仲良くしろとは言わん。だがせめて、挨拶を返すぐらいの礼節は身につけろ。それがいずれお前にとって新しい友を得る助けになる」
「別に……わたしはあなたと異三郎さえ居てくれれば他に誰もいらないもの」
「それは駄目だ。俺たちは武士だ。いつ戦場で死ぬかもわからん俺と師だけではあまりに----ッ!?」
それ以上先の言葉は続かなかった。神速の勢いで俺の肩を掴んだ信女が、そのまま俺の顔を真っ暗な瞳で見つめて来たからだ。その表情に色はなく、まるで心底理解できない言葉を聞いたかのように信女は俺に向かって言葉を吐き出してきた。
「何言ってるの? 速之助は死なないよ。わたしが死なせないもの。わたしが、あなたの側でずっとあなたと異三郎を守るから。ずっと……ずっと、ずっと、ずっと----」
壊れた蓄音機のように同じ言葉を繰り返す信女の姿に、俺はこのままではまずいと判断した。
依存。信女は間違いなく俺と師に自分の存在理由の全てを被せている。それが師の家族を守れなかった事の罪の意識によるものだと、俺は判断した。言わば償わなければならないという強迫観念か。それを師だけでなく、その弟子である俺にまで向けるのは親切にしてもらったからか。
少なくとも、そう遠くないうちに死ぬ俺たちに向けていい感情の比重ではない。
「だって速之助は、わたしに光を教えてくれた先生だから……!」
「…………そうか。軽率な発言だったな、許してくれ」
縋るように俺に想いを吐露する信女の姿に、瞬間的に彼女を抱きしめようと動かした手を無理矢理止めて、彼女の肩へと移動させそっと自分から引き離す。
もしここで抱きしめてしまえば、それは彼女の願いを受け入れてしまうことになる。それは、師と共に地獄の底に落ちると決めた自身の誓いを破る行いだ。
「お前の気持ちは嬉しい。まあ、それでも隊士たちと会話しなくていい理由にはならんがな」
だから無理矢理会話を元に戻し、これ以上の信女の言葉を封じる。何事もなかったように挨拶や応対の仕方を教えながら、俺はただ心の中で彼女に詫びた。
せめて、俺と師が死ぬまでの間に信女が心から信を寄せられる友人を見つけられることを祈ろう。
天人なる異星人が江戸に飛来し、歴史書に記されていた江戸の街と大きく様変わりした街角に、我らが万事屋銀ちゃんは店を構えていた。スナックお登勢と言う、知る人ぞ知るかぶき町四天王の一人が経営する店の二階を間借りさせてもらう事で経営している万事屋の主、坂田 銀時は今日も今日とて惰性に満ちた一日を客足が一切ない部屋で過ごしていた。
「あ〜、今週のジャンプの鬼⚪︎の刃、アンケート懸賞の岩柱のステッカーとか誰が欲しいんだよ。柱の中で唯一グッズが売れ残ってるからって、懸賞として在庫整理しやがってんじゃねーぞこのヤロー」
椅子に深く腰かけ、テーブルに足を投げ出しながらジャンプを読む姿は社会人の姿では決してない。だがこれこそが万事屋銀ちゃんの平常運転と聞けば、誰もが「ああ、ここって儲かってない駄目事務所なんだな」と思うことだろう。実際その通りなのだ。
「ちょっと銀さん、真面目に仕事してくださいよ。一昨日からずっとその椅子から動いているところ見たことないですよ!」
そして流石にそんな怠慢な社長に対して意見を申したのは、人間をかけた眼鏡こと志村 新八。万事屋の二人しかいない事務員の片方である。
「うるさいなぁ、新八くん。特にイベントもないのに動いたら作画コストがかかるでしょ。だから俺はなるべく一枚絵で話回せるように、こうして同じ場所で同じポーズをしている訳。決してサボっているとか言うわけじゃないんですよ〜」
「嘘つけッ! どんな言い訳だ! 働かないニートでももっとマシな言い訳考えるわッ!!」
「うるさいアルヨ新八。どうせ動こうが動くまいが仕事なんてないアル。だったら寝転がってグータラしてるのが吉アルヨ」
鋭いツッコミを浴びせかける新八にだらけた返事を返したのは、万事屋の紅一点であるエセ中華娘の神楽だ。テレビの前のソファに寝転がり、大して面白くもない平日のワイドショーを酢昆布片手に眺める休日のおじさんスタイルを披露するジャンプきっての駄目ヒロインである。
「そうそう、どうせうちに依頼に来る奴なんてまず居ないんだから適当に暇してればいいんだよ……おっ、今週のヒロ⚪︎カの扉絵ヤ⚪︎モモじゃん、堀越先生はやっぱおっぱいの書き方わかってんなぁ……」
「何の話をしてんだこの駄目人間! このままじゃ今月の家賃も払えませんよ!!」
叫ぶ新八に、ボケまくる二人。平常運転の万事屋の姿がそこにはあった。かつては白夜叉と呼ばれた男も今では立派なマダオの一人となってしまった。
これが侍の姿か? お労しや兄上。
「そんなのいつものことだろう。第一、焦ったところで依頼が来るわけでもなし『ぴろりん♪』……ん?」
銀時の懐からメールの着信を知らせる通知音が鳴り響く。それは静かなわけでもない万事屋の店内にあってやけに大きく響き渡り、それを聞いた銀時が携帯を取り出すとその画面に表示された相手の名前を見てあからさまに顔を引き攣らせた。
だが相手が相手故に出ないわけにもいかず、渋々メールを開いた銀時の前に表示されるのは怪文書。
『From さぶちゃん Sub お久しぶりだお
やっほー元気、銀たん? あれからすっかり連絡なくて寂しくて泣いちゃいそうだったお(´;ω;`)
実は銀たんにお願いしたいことがあります(*^^*) お暇であれば、うちのはやたんとノブたすを探すのを手伝って欲しいお(*´ω`*)
PS. 念の為お祝い用のクラッカーを持って来てくださいm(_ _)m』
「……………………」
パチンッ
「あの銀さん、誰からの連絡だったんですか? 急に携帯閉じましたけど」
「何でもねぇ、ちょっと頭を怪我した可哀想な人からのチェーンメールだ『ぴろりん♪』…………」
『From さぶちゃん Sub 無視はひどいお
銀たんに手伝ってもらわないと、寂しくて死んじゃうかもしれないお(私が)
前の事は水に流して、また仲良くメールしようね⭐︎
PS. もしかしたらはやたんとノブたすがハネムーン♡に行ってしまったのではないかと心配です。協力お願いしますお(ノ_<)』
「ギザウザす!!」
「ちょっと銀さん!! 携帯壊さないでくださいよッ!!」
思いっきり机に携帯を叩きつけた銀時に慌てて新八が駆けつける。思わず携帯を破壊したくなる痛いおじさんメールを送るさぶちゃんなる存在は、一体どんなキモオヤジかと疑いたくなる。
だがその正体があのエリート集団見廻組局長、スーパーエリートである佐々木 異三郎だと言われて誰が信じると言うのか。少なくとも、銀時は彼から連絡用の携帯を貰うまでこんなネット弁慶野郎だとは知る由もなかった。
「よかった壊れてない。あれ、銀さん……このはやたんとのぶたすって、もしかして速之助さんと信女さんのことですか?」
「んんぅ……信女の奴がどうかしたアルか?」
銀時が投げ捨てた携帯を拾った新八が、その画面に映っていた最近知り合った知人のニックネームと思しき名前に反応する。その声に釣られるように、興味なさげに二人の会話を右から左に聞き流していた神楽もまた初めてテレビから視線を移した。
「そうだよ。あの見廻組のクソ真面目馬鹿とこわーいヤンデレ女だよ」
そう言う銀時の脳裏に浮かぶのは、江戸中のバラガキ共が揃いも揃って踊り狂ったあの夜の祭典。見廻組の局長、佐々木 異三郎に攘夷浪士への密偵として雇われた自分への監視として遣わされた、副長である桂 速之助と初めて介錯した日だ。
『今日から貴殿の監視役を任された、桂 速之助と言う。俺のことは空気と思って、攘夷浪士の密偵に力を注いで欲しい。…………なぜ密偵が自己紹介するのだと? 貴殿は見廻組の協力者なのだろう? ならば共に沓を並べる者として、名を名乗るのは最低限の礼儀だ』
真撰組の馬鹿共とはまた別ベクトルの文字取りの真面目馬鹿と呼ぶべきキャラで、銀時が冗談で口にした攘夷浪士は宇治金時丼を仲間の印として使っていると言う話を鵜呑みにし、その日のうちに宇治金時丼を10丼平らげて死にそうな顔で報告しに来た馬鹿なのだ。
『ぎ、銀時殿…….貴殿の情報を元に定食屋で宇治金時丼を食べながら一日粘ったのだが、うぷっ……! つ、ついぞ攘夷浪士からの接触を得られなん----おぼろろろろ!』
『馬鹿だろ。お前馬鹿だろ』
そのくせ剣の腕はべらぼうに立ち、攘夷浪士の根城となるビルで行われた真撰組と見廻組の対峙の際には、双方の実力差の戦いに割って入って見事ことを納めて見せたほど。
『そこまでだ。今夜ここでこれ以上の流血に意味はない。真撰組、見廻組、双方共に刀を置いてもらおう』
そして銀時にとって忘れたくても忘れられない、信女と言う少女と出会ったのはその時で、彼女と真撰組が誇るドS王子の戦いに割って入った速之助を見て、まるでこの世の終わりのような顔をしていたのをよく覚えている。
『はや……のすけ? なんで、どうして……速之助が、私に剣を向けた? なんで、いや、嘘、ちがう、ありえない、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで』
先ほどまで感情のない機械のように攘夷浪士を斬り殺していた女が、突如として発狂したように頭を抱えながらうわごとをこぼし始めたのだ。そのあまりの変貌ぶりはあの沖田でさえ『うへぇ……』と引いたほどで、慌てて速之助が介抱しなければそのまま首を切りかねないほどだった。
『あなた……? あなたが、速之助を惑わせたの? 私から速之助を奪う気なの……? 許さない、させない、私から速之助を……!! ⚪︎⚪︎してやる! その⚪︎⚪︎を⚪︎⚪︎して、二度と速之助に近づけないよう⚪︎⚪︎して殺してあげる……ッ!!』
その後何を勘違いしたのか速之助と共に行動していた銀時を瞳孔の開いた眼で襲おうとしてきた信女を、件の速之助と佐々木が二人して簀巻きにして連れて行ったのがファーストコンタクトであり、銀時にとって今井 信女をヤベェ女の欄にカテゴライズするのに十分なインパクトを誇っていた。
「えっ? 速之助さんが真面目すぎる人なのはわかりますけど、信女さんってそこまで酷くはないんじゃないですか? 普通に速之助さんのことが好きなだけの女の人じゃないですか」
「そうアル。確かにたまにちょっと変な病気を発症するけど、あれはさっちゃんや九ちゃんと同じ物ネ」
だが一方、新八と神楽の中での二人の印象は異なっている。二人が見廻組の名物コンビである速之助と信女に出会ったのは、徳川そよに連れられて江戸城に入った時に警備として配属されていた彼らと顔を合わせた時だ。
真撰組とは全く異なる警察組織。それもチンピラまがいの真撰組と異なり、理想の公僕を絵に描いたような速之助の姿は彼らにとっては新鮮だった。そしてその隣で決して彼から離れようとせずに側に立つ信女もまた、その息を飲むほど美しい容姿と合わさって、否応なく別世界の人間のような印象を二人に与えた。
その後、速之助は副長としての大事な用があると、嫌がる信女を無理やり銀時たちに押し付けて別行動となってしまったが、代わりに彼らは落ち込む信女を励ます過程で、彼女と仲を深めたのだ。所詮、恋バナでだ。
そういうのが大好きなそよ姫がいたおかげで瞬く間に信女の速之助への想いは彼らも知ることになった。ちなみにこの時、その内容を聞いた銀時と月夜は「あれ、なんか重くない? マントルにまで達しそうなぐらい重い愛情抱えてないこの子?』と笑みを引き攣らせていたのだが、恋に純粋な少年少女たちは信女の狂気に近しい愛に気づくことなく囃し立てた。
そして色々あって、友人と呼べる仲にまでなった新八、神楽と信女はその後江戸を揺るがす一国傾城の夜を共に戦い抜き、その絆を強めたのだ。その後信女を王子様のように助けにきた速之助が、彼女に友達が出来た事を知って、神楽と新八の肩に手を置き深い感謝を伝えて来たりとあったことで、すっかり二人の中で彼ら両名はお似合いのカップルと言う印象で固まっているのだ。
最も----
『やあ新八くん、神楽ちゃん。こちらは今江戸の見回りをしている最中なんだ。ところで、これは以前のほんのお礼なんだが……京から取り寄せた幕府御用達のちーずけーきとやらだ。是非、銀時殿と一緒に馳走してくれ』
『奇遇だな、二人とも。ところでもし暇なら信女に剣を振るう以外の遊びを教えてやってくれないか? ああ、代金はこちらで出す。小判10両ほどあれば足りるだろうか?』
『信女が昨日の夜、君達の話をしていたぞ! 普段は俺と師匠か、ドーナツのことしか話題にしない信女がだ……! 感謝するぞ、新八くん、神楽ちゃん! お礼に江戸一番の海鮮料理を出す店でご馳走しよう!』
『いや、過保護すぎるでしょうがあッ!!』
事あるごとに新八たちに信女と友達になってくれたお礼にと、甲斐甲斐しく礼をしようとしてくる速之助については、二人の中で見廻組のシスコン副長と渾名されるようになっていたが。
そんな認識の違いがあれど、万事屋にとって速之助と信女は見廻組の中でも特に近しい存在となっている希少な存在なのだ。
「つうか何で、お前のとこの部下の捜索をしなきゃなんねぇんだよ! そんなの自分でやればいいだろォ!!」
「まあ、その通りなんですが。今回は皆さんにお願いしたいことがありましてね」
怒りを露わにする銀時とそれを止める新八、そして眺めるだけの神楽しか居なかった万事屋の中に全く異なる第三者の声が通り抜けた。
それは音もなく玄関の扉を開けて居間へと入って来た、ベタを塗り忘れた真撰組隊服を纏った片眼鏡をかけた男の物。
佐々木 異三郎が、そこに居た。
「お前、なんで!?」
「メールの返事が遅いので、直接お願いに来ました。万事屋さん、あなたたちに依頼があります」
「私にもしものことがあったら、どうかうちの速之助を信女と共に止めてあげてください」
もしFFのエロをやるならどのナンバリングが見たい?*FF7は意図的に外しています
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