もしイングリスを負かすぐらい強い転生者がいたら?
頂いたアイデアを元に書いてみました。元々途中まで書いていたところで追加のアイデアがあっていくつか付けたしたりしたので、ユアの出番を盛り込めませんでした。すいません。でもアイデアを下さった方、ありがとうございます。
【挿絵表示】
AI画像で作った主人公のイメージ絵です。必要ない方はそのままお進みください。
【挿絵表示】
この話の表紙的なもの。
主人公
モデルはfgo沖田
達観した冷めた死生観を持った美少年。
刀は殺すため、戦いとは相手の命を奪う事を当然とする性格。戦闘狂的一面が強く、逆に言えばそれ以外の全てに興味を示せない。
元の世界においてパトローラーとして戦ってきたが、多くの友人や先輩がゴミのように死んでいく世界で生き残り続けた事から枯れた心を持つに至る。
唯一、終生まで共にいたトランクスの事だけは嬉しそうに回想し、また自分にとって複雑な存在である悟空の事も特別な相手として見ている。
イングリスとは子供の頃に試合としてあいまみえる。
すでに天才、神童として貴族間で持て囃されていた主人公との戦いを申し出たイングリスと激戦を繰り広げる。
十歩、一足。是、我が間合いなり。
りんっと、騎士の屯所に備えられた修練場に鈴が鳴るような音色が響いた。
常ならば多くの兵士たちが己の腕を磨くために一気呵成に叫びをあげて、刃を落とした剣を奮ってお互いの武勇を高め合う空間が、息づかいさえ聞こえないほどの静寂に満たされている。
その理由は何か。国を滅ぼす厄竜を前にしても血気果敢に刃を向ける騎士たちを、忘我の極地に攫った因果とはなんたるか。
それは一輪の桜だった。
それは研ぎ澄まされた刃だった。
それはハッと息を飲むほど美しい少年だった。
そして一つの武の極地であった。
からん、と少年が振るった木刀の先にあった騎士鎧の頭部が地に落ちて、ぱかりと中心から左右に綺麗に割れる。
少年が剣を振るってから、要に五秒の時を紡いでからの事であった。兜が、あまりの早業に自身が真っ二つに切られた事にも気づかずに地に落ちたのだと、見る者全てが理解させられる。
それを成した少年に、視線が行く。
木刀で鉄で出来た兜を、感嘆のため息さえ漏れるほどの断面図を残して切った突如現れた年端のいかない少年を誰もが注目した。
騎士鎧がある地点から十メートルは離れていた位置から、一秒を細切れにした刹那の時でさえ捕らえられないほどの速度で移動した彼に、騎士団の男たちは見惚れた。
するりとこちらを振り向いた少年の顔には世の女性たちを虜にするような美貌と、冷ややかなほどに熱を感じられない微笑みが携えられていて、それがなおさら少年の隔絶した存在感と融和して一つの絵画を作り出していた。
その数日後、少年の名前と武勇は城塞都市とあまねく貴族子女たちに届けられた。誰もが見惚れる相貌と、騎士団の者でさえ手放しに褒め称える剣の腕を持った彼の名は----
王国始まって以来の剣の天才。数百年に一度の神童。神が手ずから産み落とした剣の申し子。
その肩書きの何とワクワクする響きだろうか。その勇名を父から聞いた時から、イングリスことクリスは一日千秋の思いで、今日この時騎士団まで連れて来てもらう日を楽しみにしていた。
それが誰か、クリスはこの場に足を踏み入れた時からわかっていた。
それは一度としてクリスの前で剣を振るってはいない。
それは一度としてクリスに話しかけてもいない。
それは一度としてクリスがラーアルを負かした事を疑問に思わなかった。
兵士たちが修練をする広場を見渡せる建物の二階。そのある一室から開かれた窓枠に体を預けてこちらを覗く人影こそが、それであると。
それは、前世において英雄王として天寿を全うし、今世において絶世の美少女と呼べる外見を手に入れたいクリスをしても、美少年だと形容できる少年だった。
東洋に見られる桜と言う、クリスが前世で見た綺麗な花と同じ色をした髪を頭で結び、その髪色によく似合う色素の薄い美肌を覗かせ、切れ長の鋭い目を携えた相貌。
世の女性は彼を見てそのあまりの美しさと凛々しい顔立ちに歓声と陶酔のどちらかをあげるだろう。
男でもあの少年を見たら、鋭さの中に僅かに垣間見える儚さに衆道の気がなくてもドキリとさせられてしまうはず。
だが、前世は男で今世は女となったクリスが抱いたのは、そのどちらでもなかった。
(なんだ、あの少年…………死んでいるではないか)
枯れている。
クリスがその貴族社会の令嬢全てを虜にした少年相手に感じたのは、そんな失望に近い落胆だった。
まるで幽鬼のように、生の気迫が感じられない。そこにいるのに、触れれば溶けて消えてしまいそうなほどに存在感が希薄すぎる。
それはまるで、生きていると言うことに飽いてしまっているかのよう。
(期待外れだったかな? それでも、今の時代の同世代で一番すごいと言われている人だし、戦ってみたいな)
「父上! 私、父上が言ってたあのお兄ちゃんと手合わせしてみたいです!」
親におもちゃを強請る娘のような声色を意識して、私の今生の父上にあの少年を指さしてお願いする。
だが私のお願いには、何でもうんうんと即答してくれる父は、なぜかこの時ばかりは顔を顰めて決まりの悪い返事を返してきた。
「あー、レインフォース家のご子息か。クリス、さすがにそれは難しいな」
「クリスはまだ幼いからわからないだろうが、リィンは天上人なんだ。ここにいるのは特別措置みたいなもので、僕たち騎士の人間がおいそれと試合を申し込む事はできないんだ」
渋い顔をする父君の言葉を付け足すように、私の幼馴染であるラニの兄のラファエルが事の訳を教えてくれる。
それを聞いた時、私は天上人なる聞いた事がない単語に、彼がどう言う立場の人間なのかよくわからず、王族のような人間なのだろうと予想した。
まあ後に、天上人はより厄介で複雑な、権力闘争のトップに君臨する存在たちである事を知るが、それは今ではない。
そして目を丸くした私に何を思ったのか、ラファエルが誇らしいものを語るような口調で喋り出した。
「言っとくけど、リィンの剣の腕は本物だよ。声を大にしては言えないけど、あの天上人だからと言う理由で、あいつを侮ってはいけないよ」
そこには、確かな尊敬の念があった。ラファエルは純粋で騙されやすい性格をしているとは言え、それでもここまで強く言い切るところを見ると、彼のその強さを見た事があるのだろう。
そしてそれに強く頷く父の姿を見ると、その評価は騎士団長お墨付きなのだそうだ。
(ならば、俄然興味が湧くではないか!)
そんな事言われて、このまま引き下がれるわけがない。しかも偉い立場の人間と言うのなら、尚更私が子供であると言う言い訳が聞く今でないと立ち合えない可能性が高い。
剣気を向けまくってたら誘いに乗ってくれないだろうか?
そんな考えを込めて、少年がいた窓枠へと目を戻すと…………いない。
----ちりん
「そんなに私と立ち合いたいんですか? リューク団長のご息女さん」
「え?」
ふわりと、花が舞うような気配。鈴が鳴るような音が、鼓膜を打つ。
気づいた時には、少年は私の首筋に吐息がかかるほどの近距離に立っていた。
気配も、音も、何一つ、剣の射程距離に入られるまで私が察知出来なかった。
「----」
「いいですよ。ただ、お互い使うのは模造剣にしましょう。ルーンや魔術の使用は共に禁止。決着は、どちらかの剣が折れるまで。そうしないと、行き過ぎてしまうでしょう?」
英雄王と呼ばれるようになってから一度としてなかった不覚。それに目を見張ってる私の前で、少年は決められたセリフをなぞるように無感情でルールを決めていく。
最後に「彼女に怪我はさせませんよ」なんて一言を私の父上とラファエルに付け加えて、スタスタと試合場へと登る後ろ姿を、私は夢心地のような心境で見ていた。
他人が見たら、恋する乙女のような顔で、少年を見ていた。
死んで、生まれ変わって、図らずも手に入れたこの第二の生。『武を極める』と言う目標を掲げて、そのためだけに生きようと誓った。
だが前世では英雄王とまでなった私に並び立つ敵やライバルにはなかなか恵まれず、私から言わせれば騎士団長である父でさえも多少はできる雑兵でしかなくて。力をセーブして多くの制約を化すことでしか、武を極めるための戦闘は出来ないと少し悲観していた。
だが、いた。現れた。存在したのだ。私に比肩するやもしれない存在が!!
私を止めようとする父上やラファエルの言葉が、欠片も耳に届かない。私の五感は今、彼のみに注がれている。彼の一挙手一投足をコンマ単位とて見逃すまいと全神経を傾けている。
「もう、そんな目で私を見ないでくださいよ。----唆ってしまう」
「--------ッッ!!」
剣気が変わる。
枯れ花が開花する。
死神が、顔を出した。
「ッッッ!」
私の顔面に、前世でさえここまで浮かべた事はなかったと思うような満面の野獣の笑みが浮かび上がる。
(枯れている? どこが!?)
数分前までの自分の彼への評価を一笑に付す。これを見て、この圧を感じて、私は一体何を持って彼を期待外れと判断した!?
自分の見る目の無さを笑う。こんな極上の相手と出会えた自分の運の良さを笑う。これから英雄王と謳われた自分をしても未知の戦いへと挑めるこの刹那を笑う。
(早く、早く早く早く早く早く!)
開始の合図が待ち遠しい。極限の戦闘を予感し、一秒が何分にも感じられるほどに研ぎ澄まされた感覚が、遅延の魔法でもかけられたのかと思うほどゆっくりと手を振り上げる父上を見た。
「そんなにがっつくことですか?」
緩やかに感じられる世界の中で、対戦相手の声だけがやけに鮮明に聞き取れた。
目前では腰を低く構えて、訓練用の剣をまるで抜刀するように握った美少年。その相貌は、もう見るだけで人の心を凍りつかせられるほどに色濃い死の気配を内包している。
ゾクゾクと全身の毛が総毛立つ。常人なら心肺停止さえ引き起こしかねないその殺意の瞳に、私の心は人生で初めて一目惚れに近い感動を覚えた。
胸が高鳴り、そしてなぜか下腹部が強くうずく。その理由も何もかも、今はただどうでもよくて。
「----当然っ!!」
遠い世界から聞こえたような試合開始の声を合図に、私は歓喜と狂気を織り交ぜた叫びと共に彼へと剣を打ち込んだ。
そこからの時間は、私が夢にまで描いたような天国だった。
「はぁ--っ!」
「----っ」
気合い一閃と共に放ったいくつものフェイントと致死の本命を混ぜた連撃が、呼吸一つで阻まれる。
前世では何十人もの腕に覚えのある武者を切り捨てた攻撃は、その初動から神がかった太刀筋で切り伏せられた。
初見殺しの、彼我の立ち位置の錯覚を利用した突きは人間離れした脅威的な第六感によって躱された。
私が前世で積み上げてきた剣技が、次々と苦もなく攻略されていく。振えば返り血をしぶかせた私の剣筋が、髪の毛一本掠る事さえ叶わない。
それが、堪らなく嬉しい。
「であぁ!!」
「…………」
そして今も、私が渾身の雄叫びと共に振り下ろすと見せかけた袈裟斬りを囮にした、股を狙った蹴り上げを完璧に内股で迎撃される。
その一つ一つの動作があまりに流例で、透き通る川のせせらぎを思わせるほどに澱みがない。極限にまで無駄を削ぎ落とした、最小限の動き。
それは戦いを知らない者からすれば、面白みのない地味な動きにさえ見える。
とんでもない。これほどの美しい戦い方を、私は知らない。まるで、『一撃でも食らえば即座に死んでしまうような相手たちと日夜戦い続けた末に身につけた』、攻撃を捌く事に特化した絶技。
「これは!? これはどう!? 次はこれ!」
剣を回転斬りの途中で逆手に持ち替えての間合い外しの奇手。失敗。逆手に持った剣の中腹を下から切り上げられた。
子供の体を活かして、相手の股の間まで沈み込んだ態勢からの足首を狙う一撃に、相手が飛んで躱す事を想定しての逆袈裟斬り。失敗。飛んで躱されてから、まるで曲芸師のように空中で体を捻った彼によって剣は擦りもしなかった。
お互いの顔が正面衝突しそうなほどのゼロ距離から、足捌きを駆使して彼の体の動きを封じて刹那の隙間に手から落とした剣の柄を足で蹴り上げて、顎先を狙った変則的な突きを放つ。失敗。まるでそう来るとわかっていたかのように逆に体を密着させられ、逆に私が動きを封じられてしまう。その際父上の声がうるさくなったが無視した。
「あはは、ハハハハハッ!!」
笑いがもう止まらない。頬に挿した興奮の赤みが、今ではこの身を焼くほどに全身に回っている。
見ている者はきっと、私が押しているように見えるのだろう。一目で絶技とわかる剣技を次々と繰り出し、彼に防戦一方を強いる私を、神童と呼ばれた剣士を追い詰めている天才少女だとでも思っている。
とんでもない。私はこれだけの絶技の数々を繰り出して、一度として攻撃を当てられていないのだ。そして何よりも、彼は未だ一度として私に剣を振るってはいないのだ。
あれほどの技術を持った彼が繰り出す剣技とは、一体いかほどの絶技なのか?
見たい、早く見たい。そしてそれを吸収して、より武の高みへと至りたい!!
「何が、そんなに面白いのですか?」
不意に、彼が私に語りかけてきた。今まで一度として戦闘中に言の葉を語らなかった彼による突然の質問。それに私は、ただ熱狂のままに答えた。
「この戦いに! 私、すっごい『ワクワクしてる』! こんなに興奮する勝負なんて初めてです! あ、今の私の技を躱した技、絶対私も物にしたい!」
逸る心のまま喋ってしまったから、前後で話の内容が繋がらない返事になってしまったけど、それでも私の興奮の一割でも彼に感じ取ってもらったら嬉しいなと思う。
そう考えて、目線を合わせた彼の瞳に映っていたのは、変わることのない死神を連想させる氷の眼差しと…………僅かな軽蔑。
「----え?」
「ああ、あなたはそういう人ですか」
まるで、あいつみたいだ。
声にならずに、でも極限状況で研ぎ澄まされた私の読唇術が捉えた言葉。
その意味を私が理解しようとするよりも早く、それは来た。
彼が----構えた。
腰を低くして、体は半身に、剣を顔横に地面と垂直に構える。たったそれだけの動作。たったそれだけの動作に、私の全神経が警報を鳴らし、全身の肌が粟立つ。
回避か、迎撃か、それともカウンターをするか。そんな思考を回して、そしてその全てが間違いであったと悟る。
なぜならそれは----
「其処、我が間合いなり」
十歩圏内。それは、絶死不可避の彼の世界。
私が最後に知覚したのは、宙を飛ぶ自身の視界と、その先に見えた首の無くなった私の体だった。
「----はっ!!」
ドバッと全身から汗が噴き出した。慌てて首に手を添えて、自身の頭がまだ体と繋がっている事を確認する。
両手は尋常じゃないほど震えていて、息をする三半規管がまともに酸素を肺に送り込めない。身につけていた下着は汗やら何やらでびしょびしょに濡れていて、気持ちの悪い感触が肌を伝わって来る。
私は今、殺された。
彼の放つ、剣を振るうと言う気迫だけで浴びた者に死を連想させる殺気に、私の英雄王としての経験が自分はどう足掻いてもここで死ぬと確信して、私が死んだ瞬間を心が先に確定された未来として幻視したのだ。
「ぉっ……あ、っ……!」
どれぐらい放心していたのだろう。いつのまにか地面にへたり込んでいた私は、それでも前世では一国を創り上げた王としてのプライドで立ち上がろうとする。
だって、まだ私は生きている。しかも傷一つ付かずに。それは彼が手加減をしたからに他ならない。前世含めて、ここまでの屈辱はなかった。本気で戦った果てに、相手に斬られる事もなく負けるなんて、許せるはずがなかった。
だから、立ち上がる。立ち上がって、もう一度戦って、なぜ彼が私を軽蔑したのかを知りたい。あんなに楽しかった私と違い、もう要は済んだと言わんばかりにまた枯れたような雰囲気に戻ってしまった彼に、行かないでと叫ぼうとした。
だがそんな私の行動を、父上の手が止めるように遮った。
「イングリス、もう勝負はついた。部屋で休みなさい」
「ッ!? な、何を言って……? だって私は----」
「試合の勝利条件を忘れたか? どちらかの剣が折れるまで、だ。自分の剣を見てみろ」
言われて初めて、私は自分の剣が中腹から綺麗に切り落とされているのに気づいた。その瞬間、遅れたように剣の重さが変わる。
それはあまりに鮮やかすぎて、数々の戦場を駆け抜けた私でさえ剣が折られているという事を指摘されるまで、剣はまだ元のままだと私の五感全てが錯覚していたのだ。
「今、私が刃をその剣ではなくあなたに向けていたら、あなたの生はここで終わっていました」
そのあまりの美しい太刀筋に見惚れる私に、彼が言葉を投げかけて来る。それは透き通るように綺麗な声なのに、私が久しく忘れていた死の恐怖を呼び起こして来た。
「楽しい? 技を物にする? そんな物、殺し殺されの席に求めては危険ですよ」
まるで親が子を諭すような言葉なのに、私には悪魔が命の大切さを説いているような不気味さを感じさせる。
「剣とは、ただ殺すための道具です。 剣の死合いの先にあるのは、殺したか、殺されたか、ただそれだけです。あなたは今、私に殺された。ここに、それ以上の価値なんてありません」
その顔は笑っているのに、目はかけらも嗤っていない。そこにあるのは、どうしようもない怒りと----嫉妬?
こちらを見る彼の視線に、私ではない誰かの姿が映った気がした。
「それでは、さようならユークスのご令嬢。息抜きには、なりましたよ」
「----ぁ」
こちらに礼をして訓練場を後にする彼の後ろ姿に手を伸ばす。口から呼び止めるための言葉を紡ごうとして、でもそれは意味を成さずに口中で消えてしまう。
相手にもされず、遠吠えを吐く事もできず、ただ父上の腕の中で震える私。
それが、今世において私の初めての敗北で、そしてこれから幾度も続く連敗の始まりだった。
『オラ、ワクワクすっぞ』
頭の中から、彼の顔と声が離れてくれない。あの銀髪の少女を見てから、この身を苛むのは、私にとって一生消えないトラウマであり、嫉妬にも似た憧れで、そして彼の前では口が裂けても言わないが仲間であった宇宙人の姿。
私には、かつてこの世界ではない地球で生まれ育ち、死んだ記憶がある。
そこは、この世界以上に人地を超越した超人や宇宙からの侵略者たちが存在する強者たちの楽園だった。
私はそこで、地球人としては最強と言っても過言じゃないぐらいには強かったと思っている。
でもそれは、そうなる必要があったから。突如幼かった私と私の家族や村を襲った時空の歪み。それによって私を残して、私以外の全ては消えた。まるで初めからいなかったように。誰も彼もが、黄昏に消えていった。
そんな時に絶望に暮れる私を拾ってくれたのが、トランクスさんだった。死して、こうして別の世界に生を受けた尚も尽きる事のない感謝を抱く人。私に、力と復讐の機会を与えてくれた大恩人。
彼の下でタイムパトローラーの一員として活動を始めた私は、最初は地球人が故の耐久力の無さ、種族としての弱さから何度も死にかけた。
その度に地獄のような訓練を憎しみを胸に乗り越え、どんな攻撃も回避する体術と、間合いに入った相手を確実に殺すための剣術を磨き上げた。
サイヤ人、フリーザー一味、人造人間に、セルや魔人ブウ、破壊神と、ただの地球人である自分が戦いに身を投じて生き残ってこれたのは、一重にそれだけの怪物たちとも渡り合えるだけの技術を死戦の中で培ったから。
殺すか、殺されるか。
ただそれだけを戦場に持ち込み、それ以外の全ての感情を排して敵を殺すためだけの剣鬼となる事で掴み取った数々の勝利。
その末にあの先輩パトローラーと出会い、全ての元凶であった二人を追い詰められた。時を巡る気の遠くなるような戦いの果てに、仇である人造人間を奴と共に討ち果たした。
それが私の前世。そして、私の全て。そこから先は存在しない。仇を殺した瞬間に、とっくに人としての限界を超えていた私の命は燃え尽きて、そのまま奴の胸の中で息絶えたから。
『お前みたいな強ぇ奴に会えてよかったぜ』
ああ、また奴の声がリフレインする。やっぱり奴にどことなく似た雰囲気を持つあの少女のせいだ。
私の心を死に際まで惑わせたあのサイヤ人に。
「あなたみたいな人には……わからない……でしょうね。僕みたいな、殺すか殺されるかでしか……他人と交われない……人殺しの成れの果ての、考えなんて」
口内に、奴に最後に放った言葉が蘇る。
私の前世のフィナーレを飾る最期の戦いを共にしたあの絶対強者(憧れ)。
そんな奴を思い出してしまったから、つい普段なら絶対にしないような毒のある言葉を吐いてしまった。
らしくない。本当にらしくない。こんな二度目の生に、何の価値も見出していなくて、ただ惰性で生きている事が見抜かれてしまって、それでつい誘いに乗ってしまったのが、今更ながら失敗だったと強く思う。
まぁ、あれだけやればまともな思考を持っていればもう私に関わろうと思わないだろうし、いいか。
『そんなこたぁねぇよ。オラは、お前の友達を助けたいって声を聞いて駆けつけたんだ。お前はそんな冷たい人でなしなんかじゃねぇぞ』
うるさいよ、悟空。
「さぁ、リィン! 今日も私と試合しましょう!」
「イングリス、また来たんですか? 一応私天上人なんですけど、失礼とか思わないんですか?」
「??? リィンと私の仲に失礼とかないでしょ? というか、そろそろ私のことをクリスって呼んでくれもいいんじゃない?」
「…………はぁ、頭のネジが外れた人だとは思ってましたが、予想を超えてきましたよ。本当に」
アカデミーの敷地内にある、リィン専用の修練部屋。それは彼が天上人であるからこそ、アカデミー側が用意した特別措置であると同時に、そのあまりに他の学生と隔絶した剣技を鑑みて、彼の剣の絶技を見た学生たちが無用な考えを持ってしまわないようにと言う教師たちの苦肉の策。
例えば、自分の剣の才の無さを感じて剣の道を閉ざしてしまうとか。
例えば、その剣の頂に魅せられて命を粗末にするような無茶な鍛錬を繰り返すとか。
例えば、どこぞの騎士団長の娘のように彼にところ構わず挑むような馬鹿をこれ以上増やさないようにとか、理由は様々だ。
そして天上人専用であるが故に一般の学生はもちろん、貴族でさえ立ち入る事が禁止された場所に当然の権利のように訪れたのは、武を極めるためなら常識を空の彼方へと投げ捨てる、前世で天寿を全うしたおじいちゃんとは思えない今世美少女のイングリスだ。
彼女は多くの異性を虜にしたその美貌と白肌を真っ赤に高揚させながら、(戦士的な意味で)意中の少年へと擦り寄って行く。
「ねぇ、いいでしょ? もう知らない仲じゃないぐらい親しい間柄なんだし、私の事はクリスって呼んで? それで私と試合しましょう」
「何がそれでなんですか。…………はぁ、わかりました。あなたを説き伏せる事こそ無駄な時間だとわかってますしね」
「やった! 大好き、リィン」
「ええ、私はきらいですよ」
天上人と騎士団長の娘の関係性とは思えないほど軽口叩き合う親しみを感じさせる二人。
これが、あの日初めての介錯と最悪に近い別れをしたイングリスとリィンの今の関係。負けた日から数日後に騎士団の屯所に突撃して、リィンの普段の居場所を把握してから暇さえあれば訓練を申し込んだイングリスの、執念が成せた結果である。
「さぁ、行くよ!」
「ええ、どうぞ」
猛獣のように獰猛な笑みを顔に張り付かせて吠えるイングリスと、対照的に血が通っていないのではと思わせるほど感情の抜け落ちた顔で構えを取るリィン。
水と油のような二人の姿は、だけどお互いの美しい容姿と相まって不思議とカップルとして絵になっている。それこそ、学校に通う誰もが、クリスの幼馴染たるラニさえも二人の仲を公認している程に。
それから繰り広げられた二人の試合は、いつものようにクリスの敗北で型がついた。だがそこに行くまでの過程が、この数年のお互いの成長を通して変わってきていた。
端的に言って、リィンもまたその体に大小様々なかすり傷を作るに至っている。
「はぁぁぁ!! また負けた。でも、今回もまた新しい技盗ませてもらったから。気って言うんでしょ? ふふん、次に戦う時には完璧に物にしてみせます」
その手から僅かに薄ぼんやりとする微細な力の流れを放出するクリス。その姿に、わずかに少年が瞠目するが、しかしすぐに変わらぬ冷めた目に戻ってしまう。
「そうですか、なら早く帰ってください。私の時間はあなたのためだけにあるんじゃないんですよ」
「クリス」
「帰れ」
しつこく愛称で呼ばせようとしてくる銀髪の美少女に、冷たい笑顔のまま有無を言わさぬ一言で切って捨てる美少年。
これもまた青春の一つの形と言えるかも知れないし、少なくともクリスの父親はお嫁に行けない危険性もあった娘がこんなに親しい異性を手に入れた(しかも相手が天上人)事に、複雑ながらも喜んでいるだろう。
「むぅぅ……しょうがない、今日はもう帰りますよ」
そう言って倒れた体を起こして埃を払い、それでもジト目を少年に送りながら訓練場を後にしようとした時に事件は起きた。
「あっ……!」
「っ……!?」
試合の疲れか、はたまたクリスにとっては初見となる気と呼ばれる魔術とは異なる力を初めて意識して使った反動か、彼女が足をもつれさせてリィンの方へと倒れてくる。
それに慌てて躱すのではなく彼女を抱き止めようとしたのは、リィンもまたクリスの事を憎からず思っているからか。
だが結局体を重ね合った二人は、そのまま重力に任せて地面へと一緒になって倒れてしまう。まるでクリスがリィンを押し倒しているかのような格好で。
「んっ----!」
そしてリィンを下にするような形で転倒したクリスは、自身の唇が何か柔らかい感触に触れているのを感じた。加えて、生暖かい空気が自身の顔に当たる感覚と、胸から伝わる自分の物ではない鼓動。
(なんだろう……すごい気持ちいい)
このままずっとこうしていたい。そうクリスに思わせるような温もりと安心感。数秒目を閉じて、その微睡みに浸かり、ちょっと唇に感じる熱を舌でも感じたくなって伸ばしたりして。
「んっ、じゅる、ちゅぱ…………ん?」
ふと伸ばした舌先で絡め取ったざらざらした何かが、悶えるように抵抗したのを感じてクリスはようやく目を開けて目前の光景を見た。
「………………ふえ」
桜色の髪をたなびかせた美少年が、常の無感情な冷徹な美貌からは想像できないような赤みの挿した顔と潤んだ瞳で、こちらを見つめていた。しかもその口からは、クリスの唇から伸びた唾液と繋がっていて、自分が今誰の何に舌を這わせたのかを如実に彼女に伝えていた。
それは一言で言うと、ラッキースケベが起きたのだ。
最もこの場合、どちらにとってのものだったかは議論の余地があるだろうが。
そしてラッキースケベとは、その後に第三者に見られる事も含めてイベントの一部である。
「クリス? リィン様との試合はもう終わった……の…………っ!?」
訓練場の扉から、イングリスの幼馴染であるラニが肩口まで伸びた美しい黒髪を風に吹かせながら現れた。親友の行方を、いつもの彼女のリィン(との試合)大好きぶりからここだろうと、彼女も当たり前のように天上人の専用部屋を開け放ち、その目先で映ったまさかすぎる光景に固まった。
「ぁ……え……ら、ラニ、ち、違う……これは……!」
同年代の貴族子女の半数がその初恋を捧げたと名高いリィンを、常から彼への好意(戦士的な意味で)を隠しもしないクリスが押し倒している。しかもその口元には、卑猥に繋がる唾液の跡。
そして事の当事者たる二人は、一方は押し倒されたままラニが見た事ないような赤みのかかった顔をする天上人たる少年と、大慌てで弁明の言葉を紡ごうとする時々とんでもない行動を起こす事で有名な騎士団の娘。
ラニの中で、答えは出た。
「く、クリス! さ、さすがにリィン様の事が好きすぎるからって、無理矢理は犯罪だよ!?」
「ち、違うからね!?」
その後、ラニの誤解が解けるまで小一時間かかったそうな。
「はぁぁ…………疲れた」
自室に戻って来たクリスは、先ほどあわや性犯罪者の汚名を着せられる所だったのを何とか世紀の大逆転で無罪放免を勝ち取った疲労でベッドに倒れ込んだ。
もう服を着替えるのさえ億劫なのか、いつもの学生服のまま横になった彼女は、ようやく冷静になって来た頭でつい数時間前の唇の触れ合いを思い出す。
「………………キス……しちゃった」
それも、がっつり舌まで入れて。
「〜〜〜〜〜〜ッ!!」
それを自覚した瞬間、疲れなんて吹き飛んでベッドの上をゴロゴロと転がってしまう。あの時は突然の事だったし、その後にラニの登場もあってあやふやだった事が、途端に本当にあった事なんだと実感して、羞恥やらなんやらが全身を駆け巡る。
(お、落ち着け私! あ、相手は男なんだぞ! 私の性別を思い出せ、私の前世は男! 今世は女だが、それでも心は男のはずだ!)
強く心に言い聞かせるように何度も「自分は男、自分は男」と繰り返すクリス。
(そうだ、思い出せ。あの時のリィンの唇の感触を。男の口に口付けてしまったなんて、気持ち悪いに決まってる!)
自分は男なんだと強く自己暗示してから、それを確かな物とするようにリィンとアクシデントでしてしまったキスの瞬間を思い出す。
彼の今すぐもう一度貪りたくなる唇の柔らかさ。
彼の口内の温もり、私の舌から逃れようとする可愛い舌。
触れ合った胸から感じた鼓動に、意外と私の体で覆われてしまうぐらいの体格だった彼の姿。
そして何より、私に組みひしがれて頬を赤らめた顔。普段の枯れた印象しかなかった顔を、あんなに羞恥と混乱と、わずかな興奮で彩った表情。
「ぁっ……♡ んっ、ふぅ……♡ ふぃぃ……♡」
気づいたら、自分は男性であると自覚するために回想したあの時の光景と感触で、クリスは自身の胸と股に手を伸ばして自慰をしてしまっていた。
(あぁ……♡ そんな、私……男、なのに……! リィンの事、思うだけで……なんで、こんなに興奮して……んっ、イッ♡)
プシュッと指を出し入れしていた蜜壺から愛液が漏れる。男を想ってのオナニー。そんなどうしようもない自分が雌である事を示す行動を、無意識でやってしまっている事が、クリスの性別が一体どっちなのかを如実に物語る。
思えば、兆候はあったのだと、自身を俯瞰的に観察していたクリスの英雄王としての自分が、これは不思議な事でも何でもないと言って来る。
ふと思い立つと、リィンの姿を求めて体が動き出していたではないか。理由などなく、ただ彼と会いたいから。なのに彼を見つけてから、試合をしたかったなんて理由を後付けでくっ付けて、その事実から目を逸らしていた。
彼のところに赴く際に、ラニを連れて行かないのはなぜか。幼馴染で、一番の親友で、どこに行くにも一緒な事が多い彼女を置いて、一人きりで彼に会いに行く理由。そんなの、自分以外の女に目移りして欲しくないからではないか。
彼に愛称呼びをしつこく求めるのはなぜだ。仲が良いから呼んで欲しい? 馬鹿を言え。好いた男に特別な相手だけの呼び名を呼んでもらって気持ち良くなりたかったからだろう。
敗北するとわかっていながら、何度も試合を申し込む事こそあからさますぎる理由だ。武を極めるために技を盗みたいと言うのなら、他にもやりようはいくらでもある。なのにわざわざ屈辱に濡れる形で彼に戦いを挑むのは、彼の自分にだけ見せる本気の姿を、一人占めしてずっと堪能していたかったからではないか。
「ううっ……♡ そ、それは〜っ♡」
そんな自分自身による強烈な自己批評に、クリスは反論する事は出来ない。だって全部真実だから。今まで意識して目を逸らしていただけで、その想いは強く彼女の心に根付いているのだ。
「でも、でも……私は男だから♡ 前世は、天寿を全うしたおじいちゃんだから♡」
それでも往生際悪く彼への恋慕を認めようとしないリィンに、彼女の英雄王たる側面がただ端的に一つの事実を告げた。
ではお前の前世の男としての人生で、好いた相手はいたのか?、と。
「--------」
その自問に、オナニーをしていたクリスの手が止まる。まるで考えもしなかった確信を突かれたと言うように、ぴたりと固まってしまう。
(…………そう言えば、心から寝床を共にしたいと思った相手は、終生いなかったですね)
それは、単純に自身の英雄王としての立場があったから、と言うのもあるだろう。だがそれ以上に、最強に近しいだけの力を手に入れた自分の心を震わせるような存在に、出会える事ができなかったのだ。
だから、そもそも前提が違うのだ。
自分は元男だとか、同性だからなんて関係ない。イングリスは、本気で添い遂げたいと願った相手を前世で出会った事がなくて、逆に言えばそうしたいと思った相手こそがイングリスの初めての恋の相手なのだ。
だからこれは、たまたま好きになった人が前世と同じ性別の相手だったと言う、ただそれだけのどうでも良い事なのだ。
「----♡♡」
その答えに辿り着いた瞬間、クリスはイッた。前世と今世、二つの人生を得た末に出会った彼こそが、自分が愛する運命の相手だったのだと気づいて脳が許容量を超えた幸福ドーパミンに暴走したのだ。
(ああ、それなら、こうして女の体で生まれたのは行幸……いや、運命だったんですね。私が、彼と愛し合うための、女神アリスティア様の思し召しでしたか)
多幸感に包まれた頭で、自分がなぜ女として生まれたかの意味に行き着く。それは男としてこの世界で生きる彼と番になるためだったのだと。
「ふぅっ……ん♡ なら、何としても彼を私の物にしてやりませんと」
自分の想いは自覚した。それを貫くための迷いも綺麗さっぱり消え去った。ならばあとは、如何にしてリィンを自分の夫とするか。
「まずは、彼より強くならないとですね」
それは絶対に必要なプロセス。長い付き合いで、おそらく彼はこの人生に魅力を感じていない事がわかっていた。その理由の全容をクリスは知らない。だがその一因に、自分に張り合うだけの相手がいない事が挙げられると、彼女は直感で理解していた。
だから、彼を負かし教え込む。お前が見ている世界には、お前と並ぶ存在がいるのだと。お前を、殺す存在がいるのだとわからせる。私を、どこぞの誰かと重ねる目に、イングリス・ユークスを刻みつかせ、上書きさせてやる。
「ふふ、なんだ……結局は武の極みを目指す目的は変わらないじゃないですか」
彼を倒すには、さらに自身の武を磨く必要がある。それは図らずも、自身が二度目の生で願った目標と同じで。唯一違うのは、そこに明確な理由が出来た事。
好いた男を振り向かせると言う、恋する乙女にとって何よりも強い原動力を。
「覚悟してくださいよ、リィン。あなたの初めての敗北の味は、私がもらうんですから……♡」
その時のクリスは、獰猛な笑みを浮かべて獲物を狙う、発情した女豹の顔をしていた。
もしFFのエロをやるならどのナンバリングが見たい?*FF7は意図的に外しています
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