モナーク(遠野あかね、遠野スミレ)、モナーク(日向 望)編の続編で、一応モナークシリーズの完結編。前編はエロ無しでただのモナーク二次創作みたいになってしまった。後編は明日あたりに投稿します。
突如として霧に包まれた新御門学園は今まさに開校以来、最大級の混乱と災厄……そして夥しい死に見舞われていた。
本校舎では新生徒会長を名乗る少年が、厳しい規則を敷いて生徒たちを煽動し、それに従わない人間をリンチさせる事で、意図して格差社会、密告制度を作り出し、ナチス政権下の戦時中の如き様相をもたらした。
一年生校舎は酷いいじめを受けていた少年が、悪魔と契約した力を使って自分をいじめていた者、それを見て笑っていた者、ただ傍観していた者に復讐を行った。結果、一年生校舎に避難していた一年生の三分の二が虐殺されると言う大惨事が巻き起こった。
二年生校舎ではある一人の教師を主導にした緩やかな集団心中が行われた。助かる手を探すわけでもなく、救助が来るまで少しでも生きながらえようと足掻くでもなく、ただみんなで団結して何もせずに朽ちていく。そんなこの世の終わり。
どれもが少なくない生徒や先生の犠牲を出し、着々と生存者の数が減っていく。そのどれもに契約者たちの存在が深く関わり、そしてまた『色欲』の契約者による更なる大事件が幕を開けた。
「ねぇ、どこにいるの泥棒猫さんたち。お兄さんをどこに隠したのかな? ねぇ、ねぇッッ!!」
爆発するように焼け落ちた入り口扉の奥から、瞳孔に一切の光を灯していない学園のアイドル遠野あかねが現れる。
優しい微笑みを顔に浮かべていたと思ったら、一転して憤怒の形相で叫び出す。明らかに正常ではない精神状態であることが窺える姿に、廊下にいた生徒たちが我先にとあらかじめ生徒会長から指示されていた避難部屋へと退避し始める。
「お兄さん、お兄さん、お兄さん、お兄さん……♡ アタシが今度は、お兄さんを悪い人たちから助けてあげるからね」
そして続くように現れたのは、数多くの男子生徒を惑わせた小悪魔、遠野スミレ。入り口付近に飛び火した炎の熱を奪って消し去りながら、姉と同じく光のない瞳で嗤う彼女は、まるで本当の悪魔のよう。
憤怒と微笑、二つの異なる感情を顔に浮かべながらも、その根元となる思いは一緒。彼女たちが想いを寄せる少年、来島 湊の奪還に他ならない。
「まさか、ここまで堂々と攻め込んでくるなんて」
そんな彼女たちの前に二人の少年が立ちはだかった。
一人は華奢で女の子と見紛うような顔立ちをした中性的な黒髪の美少年。だがその研ぎ澄まされた眼光から発せられる戦意は、彼がただの一般人とは次元の違う世界で生きて来た存在である事を窺わせるだけの強さに満ちている。
彼の名を弓田 信哉。この新御門高等学校の理事長の息子であり、外なる者たちから人々を守護する役目を定められ育てられた生粋の戦士。片足を前に、後ろ足を僅かに引いて腕を腰前に置いた構えは一切の隙がなく、この態勢から彼は一秒とかからずに目前の遠野姉妹に攻撃を届かせる事が出来る。
そしてそんな彼の隣に立つのは、現実ではあり得ないほどに白く染まった髪を携えた人間離れした美形の少年。白髪と言っても、老人のように老いを感じさせる白さではない。まるで生命の鼓動を感じられない、『死』を連想させるような無機質な白。
感情が抜け落ちた人形のような顔立ちと合わさり、異質な存在感を感じさせる彼こそ、世界で初めて観測された番外の能力者、『虚飾の王』。
信哉とは異なり、隙だらけにしか見えない棒立ちを晒しているのに、なぜだろう。まるで彼に近づく事が深淵を覗き見るかの如き禁忌を見る者に覚えさせる。
「また……アタシたちの邪魔、する気なんだね、お兄さんたち」
「本当に目障り。王子様とお姫様が結ばれる邪魔をするなんて……ガラスの靴で踵を削がれる程度じゃ済まさないから」
「そっちこそ。これ以上、権能の力を振りかざすのならどんな事情があろうと容赦はしない。行きますよ、先輩!」
「----」
両手を振り翳し、『色欲』の権能を解き放つ準備を終えた遠野姉妹に対し、信哉と『虚飾』の彼もまた手筈通りの迎撃態勢を整える。
遠野姉妹が権能を発動して、辺りを超高温と超低音に染め上げる……よりも早く、信哉が腰から抜き放った15センチほどの長さのナイフを学校の玄関には必ず設置されている消火器へと投擲する。
「ッ!?」
バンッと小さな破裂音が響き、正確に消火器の底を突き刺したナイフを起点に大量の消火剤が噴出して辺り一体を白に染め上げた。それによって視界を封じられた遠野姉妹は狙うべき対象を見失い、故に行動を攻めから守りへと変えてこの煙の中から不意を打ってくるであろう敵に備えようとする。
それが全て『虚飾の王』の掌の上と知らず。
「Prrrrrrrrrrr」
着信音が響く。殺し殺されの空間には似つかわしくない、だからこそ不気味な電話の送信音。その自分の居場所を教えているような相手の行為に、遠野スミレが眉を顰め、逆につい数時間前にこの着信音でいっぱい食わされた遠野あかねは警戒を一気に引き上げた。
「気をつけてスミレちゃん、この着信音が鳴ってる電話の近くにいたらあっちの世界に飛ばされちゃうの。何か向こうから飛んで来ても、絶対に受け取らないで!」
「いいえ、無駄ですよ」
スミレに対し、警戒を呼びかけるあかねへと信哉の冷たい声が投げかけられる。その言葉の意味を二人が理解するよりも早く、その解答はやって来た。文字通り、直接、二人の頭の中へと。
【共感】
「--------!!」
二人の頭の中へと流れ込む、自分の物ではない他者の感情、知覚、体感。それはまるで濁流のように二人の脳をかき乱し、同時に逃れようのない一つの罠の中へと誘い込む。
『Prrrrrrrrrrrrr』
異界への道を繋げる着信音。その音色を、共感した聴覚で共有してしまったから。
「こ、のっ……!!」
怨嗟に満ちた声を上げたのは姉妹のどちらだったか。その憎しみさえも全員で共有して他者と混ざり合わされ、そしてそれが形として彼女たちの手から権能として放たれる前に----彼ら彼女らは現世から消失した。
そこは、紅に染まった世界だった。
そこは、ありとあらゆる法則から零れ落ちた世界だった。
そこは、生きとし生ける全ての生物を死滅させる彼らの住処だった。
時空が捻じ曲がり、一歩先の空間さえ曖昧で。視界に映る景色は、認識するだけで心持つ生物の思考を狂気へと誘う。自我と他我の境目が曖昧になり、数刻と経たずにここに訪れた現世の存在はこの世界に食われて塵と消える。
人が決して踏み入ってはならない深淵なりし外宇宙への渡り道。その世界で、二人で一つの『色欲』の権能者たちと『虚飾』の権能者、そしてその彼の眷属たる少年の四人は睨み合っていた。
「またこんな時間稼ぎをしてくるなんて……往生際が悪い人は嫌われるよ」
「どこまでも残酷に殺されたいみたいだね……お兄さんたちは」
瓜二つの美貌を分け合い、愛のために悪魔へと魂を捧げた姉妹の目が妖しく瞬く。その瞳は、彼女たちの想い人への愛情を表すように、赤く、紅く、赫く、輝いて。
「そんなに痛くて苦しいのがお望みなら、指先から順番に、アタシが燃やして塵にしてあげる」
「キモチワルイ……お兄さんに纏わりつく害虫のくせに。二度とあたしの運命の王子様に触れられないように、凍らせてあげないとね」
二人が纏う、気配が変わる。
二人の持つ『色欲』の権能が急速に何かの形を象り始める。
二人の間に、途方もなく強大な存在が生まれ落ちようとしている。
「だから」
「ええ、だから」
それは悪魔。
それは色欲の担い手。
それは、外世界からの干渉者。
「「来て、ルクスリア」」
時空の歪みから零れ落ちたかのように、ソレは現れる。本物の人間の女性と見紛うような、男性が最も性的興奮を煽られる見た目をしたソレ。一見給仕のように見える清楚な格好をしながら、魅力的な鎖骨、吸い付きたくなるような太ももを強調するようなセクシーな服装。それでいながらその手にはキセルを持ち、顔立ちはまるで酔いも甘いも噛み締めた花魁のように蠱惑的。
ソレが現れた瞬間、歪み狂った世界がまるで蕩けたように甘く染まる。その存在が放つ強烈な色気に、世界までもが魅了されたのだと、一体誰が信じられようか。
ソレこそ、遠野姉妹が契約せし、七つの権能が一つ『色欲』の罪に当てはめられし外なる世界からの来訪者、ルクスリア。生物全てを快楽の沼へと誘う、愛欲の化身。
「----」
その規格外の存在を前に、いくら化外と戦うために幼少から育てられたと故、徒人である事に変わりはない信哉が心を魅了された。先ほどまで抱いていた戦意も、覚悟も、尊敬する父と母の役に立ちたいと言う原初の想いさえも色欲に奪い去られて、物言わぬ人形へと変えられて----
【共感】
「----っ、! はっ、はっ……! 助かりました、先輩!」
完全に廃人へと化す前に、不気味なほど何の感情の波風さえ立っていない『虚飾』の権能者たる彼と共感した事で正常さを取り戻す事が叶った。
「----」
「はい、もう油断はしません。今度こそ、二人を止めてみせます」
誓いの言葉と共に、信哉の装いが光を纏って変わる。純白の外装を頭から被り、身の丈以上もある巨大な槍のような武器を構える姿は、まるで神の殉教者。己が信ずる親に絶対の信仰を捧げた彼の精神性が形になった戦装飾だ。
同時に、虚飾の王もまたその身に全身を包む白き衣と、王冠を思わせる冠を頭にかぶる。それだけで、彼の纏う雰囲気が数段と跳ね上がった。数巡前まで気配さえ覚束ない空虚な存在だったのが、突如として全てを支配する皇帝にでも変わったかのような変貌。
それを証明するように、彼の真後ろに三体の忠実なる僕たちが闇の中から這い出るように召喚された。
【我ラガ王ニ、血ヲ捧ゲヨ】
【皆殺シダ、我ガ王ノ為ニ】
【王ニ歯向カウ愚カ者ニ死ヲ】
人の骨を模したような眷属たちは、まるで虚飾の彼を王として崇めるようにその場で膝を着き、そして付き従うようにその側に侍る。まるで機械音声がセリフを読み上げるような無機質な声を響かせる彼らを当然のように従えながら、虚飾の王は血のように真っ赤に染まった目を光らせながら手を翳し、それに対抗するように色欲の魔王たちは己が手を翻す。
「「いいよ、アたシたちの愛を邪魔するあなたたちを、今度こそ消し去ってあげる!」」
そして想い人と自分たち以外の全てを拒絶する、愛厭奇縁が幕を開ける。
ボンッと信哉の数センチ先の空間が発火する。それを咄嗟に槍でガードした彼の頭上から、今度は人間の頭程度はある巨大な氷塊が何十と降り注ぐ。炎の防御で精一杯の彼をカバーするように虚飾の王がその手に持つクナイのような武器で氷塊を次々と砕き割り、それでもなお足りない手数を彼の眷属たちが助力する。
だがそんな攻撃を捌く事しか出来ない彼らの元へと、まるでお座敷を歩く遊女のようにルクスリアはゆったりと歩いて来る。そんな彼女の姿を、認識していながら彼らは迎撃に移れない。それは彼女のキセルが発光する度に爆発する空間と、常に天上から降り注ぎ続ける氷塊の嵐のせい。
そして近距離まで接近を許した彼らへと、ルクスリアの背中から生えた蠍の尾を思わせる巨大な尻尾が突き刺さる。その一撃を、虚飾の王の眷属がその身を犠牲にして受け止めるが、バキバキと外骨格が嫌な音を響かせて削ぎ落とされる。
たったの一撃で、眷属の一体が決して無視できないレベルの負傷をしたのを見てとった虚飾の王は、体を反転。手に持つ武器をルクスリアへと投げつけ、相手がその攻撃を片手で軽くいなす僅かな隙を作り、その刹那にも満たない隙を人間離れした信哉が無理矢理こじ開ける形で槍による脚を狙った振り回しを叩き込む。
だが……
「くッ……!」
ガキンッと脚に槍を叩きつけたとは思えないような固い音が鳴り響き、逆に攻撃を加えた方の信哉の手の方が痛みを訴る。それは単純にして明白な、レベルの違い。遠野姉妹のあまりにも強い湊への愛情によって強化されたルクスリアは、今の信哉たちの強さで傷を付けられる範疇の存在ではないと言う、絶対的な絶望の真実。
ふぅ、とルクスリアがキセルを吹かせた。その瞬間、空間一体が彼女を中心に扇状に燃え上がるのを僅かな揺らぎで事が起きるよりもコンマ一秒早く感じ取った信哉と、そんな彼と共感していた事で即座に眷属たちに自分達を守るよう伝える虚飾の王。
至近距離で爆弾が爆発したような光と熱のフラッシュバックが二人を襲い、その身を犠牲に主人とその仲間を庇った眷属たちの体のパーツの幾つかが無惨に焼け落ちる。
「強すぎる……! これじゃ、遠野さんたちを足止めするどころか追うことさえできない!」
信哉が悔し気な声をあげて、すでにこの場にいない遠野姉妹たちが向かった先を睨む。
そう、すでに遠野姉妹はルクスリアに二人の相手を任せてこの世界から現実世界へと戻る為に先へと進んでしまっている。本来なら絶対に阻止しなくてはいけない彼女たちの行動だが、あろうことか信哉たち全員はたった一体の『色欲』の悪魔によって追いかけるどころか全滅さえ有り得る劣勢を強いられていた。
そしてそれによる焦りが、信哉の寿命を縮めてしまう。
「しまっ……!」
信哉の突き出したままの槍がルクスリアの片手で掴み取られる。まるで巨大な像の下敷きにされた物を引っ張っているかのように、槍がぴくりとも動かなくなる。あの華奢な体躯からは考えられないその剛力に、信哉が槍を手放すと言う選択肢を忘れ、気付いた時には色欲の悪魔の息を飲むほど美しい美貌と目が合った。
直後、信哉は自身の死を連想した。全身が灰となり、骨一つ残す事なくこの世から消え去る未来を夢想した。そしてそれを証明するようにルクスリアの蠱惑的な眼差しを見つめる両目が沸騰するような熱を感じ初めて…………だがそんな仲間の終わりを、またしても虚飾の王はギリギリで阻止してみせた。
信哉の体を包み込む、虚飾の王の体。目を見開く彼の前で熱線が彼の体を射抜く。地面が融解し、空気さえ秒とかからず燃え上がり、瞬間的な真空状態を作り上げてしまうほどの超高熱。それを真っ向から受ければ、如何な人類始まって以来の虚飾の権能者だろうと、またそんな彼に庇われた信哉であろうと、諸共溶け落ちてしまう。
「----」
「っ、すいません先輩。助かりました」
だがそんな道理を覆すように、依然として二人は健在だった。その事に感情の感じられない顔で僅かに首を傾げたルクスリアは、虚飾の王の体から消えていく僅かな力の残滓からその種を看破した。
【権能の否定】。優れた権能者が持つ、他の悪魔や権能者が持つ権能の力を一度だけ完全に防ぐ能力。それによって攻撃を無効化にしたのだと、そう行き当たった時には信哉と虚飾の王はルクスリアから大きく距離を取っていた。
「だけど先輩、どうしますか? このままでは、遠野さんたちが……」
しかし急死に一生を得たとは言え、欠片も状況が好転しない現状に焦る信哉。そんな彼に向けて、虚飾の王は汗一つかいていない涼やかな顔のまま、問題ないと言うように顔を縦に振った。
それに一瞬頭にハテナマークを浮かべた信哉だが、直後に遠野姉妹が向かった先から立ち上った純白の光の柱に彼の意味する事を理解した。
「まさか、生徒会長……?」
なぜならその光は、驚くほどに透き通った優しい輝きを纏っていたのだから。
「へぇ、まさか逃げずにアタシたちの前にまた顔を見せるなんてね」
「卑怯者でずる賢い、泥棒猫さんは……ついに観念したって事なのかな?」
時は僅かに遡る。
出口を目指して進んでいた遠野姉妹は、まるで道を塞ぐように佇む一人の赤髪の少女に視線だけで人が殺せるほどの呪詛を乗せながら言葉を紡いでいた。
「お兄さんの病気を生徒会長権限で知っていたからって、それに付け込んでお兄さんの信頼を得るなんて…………本当にムカついたんだよね」
「お兄さんの優しさに触れて、自分の運命の人だって勘違いしちゃったんでしょ? そんな事ないのにね。だってお兄さんはあたしの運命の王子様。あなたは分不相応に割り込んで来た悪い悪い鼠さん」
彼女たちの言葉を、少女は……日向望はただ目を瞑って黙って聞いていた。まるで罪を粛々と受け入れる咎人のように、運命に立ち向かう事を決めた勇者のように。
「ふふ、黙っているってことは認めるって事かな? 自分が薄汚い小悪女で、お兄さんを私たちから奪ったってこと」
「お姫様から王子様の愛を奪おうとした継母の娘たちは成敗されるのが運命、デスティニー……だものね」
二人の両手がゆっくりと持ち上がって来る。その矛先は当然、彼女たちの恋敵である望。なのにそれでも彼女は一切の反応をする事なくその場に立ち続けるだけで。
ここに来て、さすがに事の異常に気付いた遠野あかりの方が目を細める。自分に心を半ば壊されながらも、それでもお兄さんを奪おうとした生徒会長がこんな呆気なく殺されるような事をするはずがないと。
「何のつもり?」
だから遠野あかりは質問した。一秒でも息をしている事が許せないほど憎い相手でありながら、それでも疑問を解消せずにはいられないほどに今の日向望の行動は理解できなかったから。
そしてその言葉を待っていたかのように、望はゆっくりとその瞳を開いた。その目に、決して消えない強い信念の灯火を輝かせながら。
「あなたたちと、話し合いに来たの」
そう、静かに告げる。武器も、鎧も纏わず。だけど澄み渡るほどの真摯な想いだけを胸に、彼女は二人の魔王と相対している。
「------------はぁ?」
だがそんな勇者の行動を、狂愛と独占欲だけを糧にする彼女たちが理解できるはずがない。むしろ自分たちを馬鹿にしていると、その殺気が爆発的に増し、翳された手から今すぐに権能の力を放とうとし始める。
「湊くんの病気……二人は、どうするつもりなの?」
だからそれよりも早く、望は言葉を紡ぐ。彼女にとって、そして遠野姉妹たちにとっても決して無視できない想い人を蝕む致死の病についてを。
「…………それを、どうしてあなたに話さなきゃいけないのかな?」
「知りたいから。湊くんをそこまで愛している二人が、どうやって彼を救おうとしているのか」
スミレの突き放すような言葉に対しても、望は怯む事なく返す。以前の彼女ならビクビクと震えるだけか、優等生らしい一般的正論でしか答える事のできなかったのに。まるで生まれ変わったように、彼女の言葉には強いエゴが宿っていた。
それを感じ取ったからか、彼女の変化を訝しみながらもスミレとあかねはアイコンタクトをし合うと、これから死ぬ恋敵への手向けだと語り出す。
「簡単だよ。ルクスリアから教えてもらったの。この世界はね、時の概念がないの。だからアタシたちの体は成長する事も、悪くなる事もない。つまりこの世界にいれば、お兄さんの病気は悪化しないし、死ぬ事もないんだよ」
「だからあたしたちはこの世界でお兄さんとずっと一緒に生きていくの。ずっと、ずっと……。だってこの世界は、神様がお兄さんとあたしたちを幸せにするために生み出してくれたんだもの。ふふ、まさしくデスティニーだよね」
「………………そっ、か。やっぱり、そうなんだね」
遠野姉妹から語られた衝撃の内容。湊が余命いくばくもないはずの体で異常極まるあの霧の世界で生き続けられた理由。それは、望自身も何となく予想していた。こんな世界で再会した彼が、重い病気なのにも関わらず動けるぐらいには健常で、遠野姉妹とずっとセックスできるぐらいの体力があったと知った時から。
「もし、この霧の世界から彼を連れ出したら……どうなるの?」
「--は? お兄さんを殺す気?」
「霧の世界にいるからお兄さんは今生きられてるの。そんなお兄さんをもし外につれた連れ出したら、反動でお兄さんの体は一秒と保たない」
そう、ルクスリアが教えてくれたわ。そう冷たく告げるあかりと、殺気を撒き散らすスミレに、望は当たってほしくない予想が当たってしまったと僅かに唇を噛んだ。
つまり、もうこの異変は、どう足掻いても彼を救うことは出来ないのだと。
その事実に、数時間前の日向望なら絶望に足を折って屈してしまっただろう。そして彼を生きながらえさせるたった一つの道を求めて、遠野姉妹と同じ選択をしたはずだ。彼を閉じ込め、他の生徒の命全てに目を背けて、彼とこの世界が終わりを迎えるまで愛欲に耽り続ける毎日を、弱くて卑怯な日向望は肯定していたはずだ。
「わかったよ。遠野さんたちは、本気で彼を愛してて、死なせたくないんだね」
ああ、だけど----
「当然でしょ。アタシたちにとってお兄さんは全てなの。お兄さんがいない世界に価値なんてない。お兄さんと繋がれない明日に、意味なんてないんだから」
「お兄さんを失うなんてありえない。許せない。そんな事になるぐらいなら、あたしはどんなに汚れたって良い。幸せなお兄さんとの家庭を作る夢だって捨ててあげる。お兄さんは、生きて幸せにならなきゃいけないんだもの」
だけど----!
「それでも私は、遠野さんたちの願いを認められない。だってそれは----彼の望む幸せからは離れているから!」
決意と共に、望の姿が変わる。見に纏うは、彼女の理想の姿。騎士を思わせる白亜の外装。巨大なランスと、自身の頭三個分はあるような盾。そして中世の騎士鎧の面のようなアクセサリーを頭に付けて、左半身を覆う白い外套を羽織った姿へと変わる。
それは彼女の誰かを護りたいと言う借り物の想いの結晶。そして今では、想い通わせた彼を守ると言う誓いの証。ハリボテではない、真なる騎士としての彼女の姿。
「私は、彼の願いを守る! そして、彼も助けてみせる! それが、私のエゴ。私の願い! 私の望み!」
「----なにそれ……ふざけないでよ! あんたなんかに……あんたなんかにお兄さんの何がわかんのよ!!」
「お兄さんの願いを守る? それでお兄さんが死んだら意味なんてない! あなたのエゴなんかで、お兄さんを危険に晒すなこの泥棒猫ッッ!!」
望の宣誓の言葉に逆鱗を刺激され、遠野姉妹の姿が変わる。新御門高校の指定制服の上から漆黒の頭巾を被り、頭から角を生やして、先端が真紅に染まったマントを靡かせた小悪魔のような姿。だがその身から放たれる圧力は、小なんて言葉で括っていい物ではない。
暴風が望の体に叩きつけられる。恐ろしいのは、これが権能の力ではなく二人が戦闘態勢に入ったが故に生じた力の解放による衝撃風だと言うこと。全身をビリビリと突き刺す痛み、重力が数倍は跳ね上がったように感じられる重圧。
遠野姉妹は今、人類始まって以来最高峰の色欲の契約者の頂へと到達した。
まさしく魔王。愛する人のために全てを焼き尽くす色欲の王に相応しい存在。なのにその前に一人立つ望の心に恐怖や怯えの感情は皆無だ。
「さあ輝け、私の祈りよ」
なぜなら今の彼女は来島湊の騎士だから。誰かのための守り手ではなく、愛するたった一人を護る守護者だから。永遠の愛を誓った彼の顔を思い浮かべるだけで、無限の勇気と力が湧いて来る。
「仮初の太陽」
翳した盾が天空へと浮遊する。その盾は望の意志の強さを表すように眩い光を放ち始め、その輝きはまるで本物の太陽が登ったかのように愛に狂った世界を希望の光で塗り替える。
「希望を照らせ」
手に持つランスが盾に灯った光に呼応するように輝き始める。それは聖火。人類に知恵と勇気を与えた神の炎。そして、一切の災厄を退ける退魔の火。その祝福の火は、巨大な柱となって世界を天と地まで貫き、その優しき光で全てを照らす。
「それが何? そんな物、アタシの炎でかき消してあげる!」
その光を憎々し気に見やった遠野スミレが、その手から炎の雨を光に向かって降り注がせる。摂氏数百度はくだらない高温の焔が数千と言う数の暴力を伴って襲いかかって来る。それは望の作り出した仮初の太陽の隣にもう一つの太陽が噴出したかのような光景で、二つがぶつかり合う様はまるで星同士の衝突に等しい。
大気が振動し、空間が爆発したような轟音が響く。世界が数巡白に覆われて、音と言う概念が破壊の渦に掻き消される。全長数メートルの隕石が落下したのと同じだけの衝撃が辺りを包み、しかし光が晴れた時、そこにあったのは何一つ変わることなく眩く光続ける希望の柱。
「……っ!」
「消えないよ。だってこの
澱みのない強い意志のこもった望の瞳と、遠野姉妹の闇に染まった愛欲の眼差しがぶつかり合う。同じだけの熱量が込められた視線は、どちらも屈する事はあり得ない。
故にその決着は、戦いによって決めなくてはならない。
「来なさい。私の想いが、決して二人に見劣りしないことを証明してあげるから」
慈愛の騎士と二人の色欲の権能者。正史ではあり得なかった三人の乙女の戦いが、ここに幕を開けた。
戦況は驚くほどに拮抗していた。人類始まって以来初の番外の権能者である虚飾の王と、外世界の存在たちと戦うために幼少期から訓練されて来た専門家が2人がかりでも足止めが精一杯だった遠野姉妹を、如何にしてただの少女である日向望が渡り合えているのか。
それはひとえに、彼女たちが戦う天頂で光り輝く希望の光のおかげだった。
「はぁっ!」
「くっ……!」
望の突き出したランスが遠野あかねの体を掠める。こと運動能力では生徒会長として毎日激務に追われ、休みの日には常にボランティアに参加している望の方に圧倒的に分があった。故に権能者になっても身体能力が上がるわけではない『色欲』の権能者では、彼女の動きについて行く事は出来ない。
だがもちろん、そんな事は『色欲』が持つ恐るべき力に比べればハンデにもならない。
「この、灰になっちゃえ!」
「きゃあっ!」
あかねが望に手を差し向けた瞬間、突如として彼女の体が内側から発火する。それは対象の熱を膨張させる事で引き起こす、本人の体温を利用した攻撃。故にどれだけ強固な鎧で身を守ろうと意味を持たない、色欲の権能者が恐れられる熱操作能力。
この能力の前には逃げるしか道はなく、恐らしいのは完全覚醒した遠野姉妹は近距離ならば同じ権能者でさえも無理矢理熱操作してしまえるほどの存在に至っていると言う事。
故に接近戦主体の信哉達は近づく事さえリスクが高く、万一痛手を与えても返す刀で一撃で殺される可能性があったのだ。まさしく反則級の最強能力。万能性と凶悪性において他の権能者より一歩抜きん出ていると言えるその能力の前に、人体を発火され全身を炎に包まれた望は----
「っ、またなの!」
まるで逆再生するかのように、炎に燃えて灰になって行く体が癒えて健常者のそれへと戻って行くではないか。
そう、これこそ望が遠野姉妹と渡り合えている理由。彼女の全身を包む回復の祈りによる、継続回復効果。本来なら数秒しか持たない力を、空から降り注ぐ希望の光による後押しもあって無限リジェネとして活用しているのだ。
今の望は、どれだけ体を燃やされ、凍らされ、灰にされ、バラバラにされ、砕かれ、潰されようとも、即座に回復して万全の態勢に戻ると言う無敵の状態なのだ。
「信じられない! いくら傷が治ると言っても、痛みは消せないでしょ!?」
だがもちろん、遠野あかねの言う通り痛みが無くなる訳ではない。彼女に与えられた祝福は傷が回復するだけで、傷が付かない力ではないのだ。燃やされれば、熱い。凍らされれば冷たい。腕が溶け落ちれば死ぬほど痛いし、脚に氷柱が突き刺されば声も出ない激痛が走る。そして頭を熱操作で爆発された時は……言葉にするのも耐え難い。
だがそれでも望が心折れず、二本の足で立って戦えているのは--
「そんなの、気合いで耐えればいいだけでしょ!」
「頭おかしいのよ!そんなの耐えようと思ってできるわけないでしょキモチワルイ!」
「でも、あなたたちだって湊くんのためならこのぐらいできるでしょ?」
「当たり前のこと言わないでくれる? アタシがお兄さんのために耐えられない痛みなんてこの世にないんだから!」
全ては好きな男への想いの力、ただそれだけ。その一つで、望はあらゆる痛苦を我慢して乗り越えていた。彼の騎士たる自分が、こんな程度の痛みで挫けれるかと、何度だって立ち上がっていたのだ。
だがそれは、彼女の前に立つ二人の少女たちもまた同じ。遠野姉妹はどれだけその身を引き裂かれようと、愛するお兄さんのためなら血涙を流しても戦うだろうと、望は確信している。だからこそ、こうして戦う事になっている今が心底心苦しいのだ。
「本当は、わかってるんじゃないの!? 湊くんを幸せにするのに、彼をこの世界に閉じ込めるのは間違ってるって!」
「何が、言いたいのよ!」
望の血を吐くような訴えに、怒りを強くした遠野スミレが炎の渦を投げつける。触れれば鉄だろうと一秒と経たずに溶け落ちる、マグマに匹敵する高温の火を、望はその手に持つランスを横に薙ぎ払うだけで迎撃し、そのまま心のままに激しく言葉をぶつけて行く。
「来島 湊くんは、自分のために誰かが不幸せになるのを望まない! どうしてそれを、一番近くでずっと彼と一緒にいたあなたたちがわかってあげられないの!?」
「わかってるよそんなこと!! でもじゃあなに、黙ってお兄さんが死ぬのを見ていればいいの! せっかくお兄さんが死ななくても良い可能性があるのに、お兄さんが望まないから諦めろって!? そんなのできるわけ、ないッ!!」
望の烈火の突きと、スミレの赫怒の炎の槍が激突する。衝撃に地面が捲れ上がり、巻き上がった粉塵によって両者の全身に夥しい量のかすり傷がつけられるが、そんな事に構う事なく二人はただ拮抗する力の渦に全身全霊を込める。
「はぁぁぁぁッッ!!」
「ううぅぅぅッッ!!」
そして超勢は、無限リジェネによって傷を回復できた望に軍配が上がった。望の押し込む槍が少しずつスミレの炎の槍をかき消し、その切先を彼女へと届かせて行く。
「あたしを、無視しないでくれるかなっ!!」
「くっ!?」
あと数センチで彼女へと届き得る、望がそう確信した次の瞬間、この場でもう一人の敵であるあかねが氷塊を放って邪魔をして来た。その一撃を咄嗟に躱し、望は今度はこちらへと極大の氷柱を射出して来たあかねに向けて強く叫んだ。
「彼はずっと遠野さん達のことを思ってた! 二人の幸せを願ってた!! 誰よりも二人が笑っている姿を望んでいて、そんな二人を見るのが彼の幸せだったんだよ! なのに、これじゃ彼は笑えないよ!」
「大丈夫、そんなの今だけだよ。お兄さんは時間はかかっても絶対に今のあたしたちを受け入れてくれる。だってお兄さんは優しいから。あたしたちを愛してくれてるから。これで良かったんだって、あたしたちが思わせてあげるんだから!!」
だが騎士の言葉は届かない。愛しい相手が死ぬかもしれないと言う恐怖に身を焼かれ、愛と狂気と淫欲と独占欲に堕ちた彼女たちに、望の祈りは届かない。
彼女たちに言葉を届かせられる王子様は、後にも先にもただ一人だけなのだから。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
「くっ……本当、しつこい……っ!」
「泥棒猫の……クセに……!」
二人のぶつかり合った力が弾ける。仕切り直しと言うように大きく距離を開けた一人と二人は息継ぎをするために、睨み合ったまましばらくその場で動きを止めた。
状況は少しずつではあるが望有利に傾いている。無限リジェネの効果が、元の戦力差を覆しつつあるのだ。その事実を想い、確かな勝算を感じて身を引き締める望だが、同時に拭いきれない嫌な予感も感じているのだ。
あの遠野姉妹が、状況の不利を悟りながらそのまま消耗戦に付き合うはずがないと言う事を。
「ふ、ふふふ……」
「?」
そしてその予感を証明するように、突如姉妹が含み笑いをし始めた。自暴自棄になったのとは違う、明らかな優越感から来る笑み。それに警戒心を強くする望に対して、嘲るようにその顔を妖しく歪めたあかねの方が口を開いた。
「どうしてあたし達が大人しくあなたの策に乗ってあげてるのか不思議に思ってるでしょ?」
「……っ!」
それはまさしく望が抱いたばかりの疑問。それを的確に突いて来た事で、彼女の中の第六感が警報を鳴らす。
「こんなに泥棒猫さんに粘られるのは予想外だったからね。それに、あのお邪魔虫の二人も。すごいねー、まだルクスリアと渡り合ってる」
まるで勝利を確信したかのような笑みを浮かべながら、あかねは嗤う。無駄な苦労御苦労さんとでも言うように、クスクスと。そんな彼女の言葉を継ぐように、今度はスミレが語り出す。
「だからね、アタシたちもお姉さんたちのマネをしてみようと思ったの」
「真似……?」
背筋が凍る感じを、望は覚えた。何か、とんでもない事を見落としているような予感を。
「そう……時間稼ぎ」
「!!」
その瞬間、望は弾かれたように遠野姉妹に背を向けて走り出そうとした。彼女たちがいるのとは逆の先にある場所……この世界から現実世界へと帰る道がある場所へと。
「はい、残念」
「きゃっ!」
だが望が踏み出そうとした道を封鎖するように、氷の壁が彼女の先を阻んだ。それはかつて現実世界でもやられた手で、それを槍で壊そうとした時には壁は二重、三重と増えて十何層にも渡る鉄壁の氷の要塞へと変わっていた。
「ひどいなぁ、あたしたちに想いが見劣りしない事を証明するって言ったのは泥棒猫さんじゃない。 それなのに、証明する前に逃げちゃう気?」
「そんなに焦っても、もう今からじゃどうにもならないよ。アタシたちの眷属が、もう現実世界への道の前に着いちゃったから」
眷属。それこそが遠野姉妹たちの策略。虚飾の権能者に眷属がいるように、色欲の権能者にもまた眷属は存在する。この戦いが始まってから一度として呼び出す気配がなかった事から、自分たちのテリトリーでなければ呼べないのかと望たちを油断させて、その実彼らに出口の捜索を秘密裏に行わせていたのだ。
そして見つかってしまえば後は容易い。この出口から眷属を現実世界へと解き放ち、お兄さんを回収させれば良い。本来眷属を異界以外で活動させるのは多大なるコストを支払うし、デメリットに見合うメリットがないからほとんどの権能者はやらないが、こと一体を短時間だけ活動させるなら問題はない。
そう思考して、望の策にハマったフリをして時間稼ぎをした二人の策は見事に結実した。望は二人を自身に釘付けにしたようで、実際は眷属の存在に気づかないように二人に釘付けにされていたのだ。
「そう言うことだから、泥棒猫さん。お兄さんを取り戻すまで、あたしたちと遊んでね?」
「ほら、見せて見せて。お姉さんの、しょ・う・め・い♡」
「……っ!」
立場は完全に逆転した。追い詰める側から追い詰められる側になった望へと、遠野姉妹は嘲るように言葉を投げかけて、悔しがる彼女の姿を眺めようとする。
そんな彼女たちの目論見通り、顔を俯かせて震えるしかない望は……守ると誓った彼を守ることが出来なかった悔恨に涙して----
「ハハ、本当にすごいな彼って。本当、頭が下がるよ」
「----え?」
清々しい笑顔で笑う姿に、遠野姉妹の思考は今度こそ完全に停止した。
ガチャリ、ガチャリと金属で出来た骨が軋む音が鳴り響く。
それは幽鬼のように生気が感じられず、なのに機械のように正確に目的地へと向かって確かな足取りで歩いている。全身を金属の人間の骨ような物で構成された彼らは、色欲の権能者の眷属。
主人の命ずるがままに敵を排除し、時に主人の盾となる事だけが存在理由の自我無き兵隊。だがそれでも、一体一体が並みの人間の兵士数十倍の戦闘能力を誇ると言えば彼らの恐ろしさが伝わるだろう。
剣を持った個体は剣を振るうだけで巨大な岩を真っ二つに切り落とす事が出来るし、ハルバートを持った個体は地面に振り下ろせば半径五メートルが陥没するクレーターを作れる。弓を持った個体の弓矢の一撃は、対戦車ライフルの一撃に匹敵する。槍を持った個体の一突きは戦車であろうと真っ向から串刺しに出来る。
そんな脅威の存在が、およそ十体。現実世界へと向かうための出口前に迫っていた。彼らはただ主人の命ずるがままにこの世界の出口を発見し、そして命じられるがままに最初にこの道を見つけた一体が、この先にいるであろう主人たちの想い人たる少年を確保しようと進んで行く。
無感情に、無思考に。もしまろび出た現世で自分の目的を邪魔する相手がいれば、誰であろうと殺害すると言うプログラムだけを頭に埋め込まれながら。
色欲の眷属は現世の道へと足を踏み入れて。
「よう、どこに行くんだよ?」
暴食に、その頭を握りつぶされた。
遠野姉妹の作戦に、落ち度はなかった。
彼女たちの湊への愛の深さが生んだ、色欲の悪魔との高い共鳴率と想いの強さ故の権能の強大さ、そしてそれを得ながらも一度煮え湯を飲まされた経験から相手をみくびる事をやめて手に入れた強かさ。そこから彼女たちが張った保険と、それが見事にハマった策は、なるほど確かに虚飾の権能者含む信哉と望の三人では対処する事が出来なかっただろう。
故に彼女たちの失敗は二つ。
一つは、敵が三人であると思い込んでしまった事だ。自分たちの城であった部室練に来たのが三人だけだから、相手の戦力は三人が全てだと判断してしまった事。
そしてもう一つは、複数の権能者が協力し合っていると言う可能性を推測出来なかった事だ。
もっとも、我の強い権能者達が利害の一致が合っても協力し合うなんて稀な事情……予測する方が不可能と言う物だが。
「まさかマジで来るとはな。しかもこんなに大勢とは……いいね、食い甲斐があるぜ……!」
今まさに手の力だけで頭蓋骨を握り潰して沈黙させた眷属を横に投げ捨てて、金髪をオールバックで逆立てた肉食獣の如き笑みを浮かべし暴食の帝王が姿を現す。
その男こそ、七つの大罪が一つ、『暴食』と契約せし権能者が一人。
その男こそ、新御門学園始まって以来最大の問題児であり、学園最強。
その男こそ、世界を牛耳る旧財閥企業が一つ館グループの次期跡取り。
「来いよ……一人残らず、相手してやる」
彼こそ館 凌太郎。誰からも何かを奪われないための強さのみを追い求め、そのために守りたかった何かさえ忘れてしまった男。
「あんまり前に出ないで欲しい。そうしないと私の砲弾が当たってしまう」
その彼の隣に、宙に浮いた椅子に座る眼鏡をかけた怠惰なる魔女が並び立つ。
その少女こそ、七つの大罪が一つ『怠惰』と契約せし権能者が一人。
その少女こそ、新御門学園始まって以来の天才少女と名高いギフテッド。
その少女こそ、三十万冊はある図書館にひきこもる図書館の魔女。
「私は安心安全な女だから。あまり、そのイメージを崩すような真似は避けたい」
彼女こそ駿河台こころ。誰かを傷つけず、傷つけられない事だけを望み、その末に誰からも認識されなくなる終わりを願うようになった少女。
「ああ? お前は未来予知が出来んだろ……だったら未来で俺がいない位置に当てればいいだろ」
「私の未来予知はそんなに万能じゃない。第一……一々未来を見るのは、疲れる」
二人の異なる権能者が並び立っている。それは、権能者と言う存在を昔から監視し、管理して来ているこの学校の暗部の人間達が見たら目を疑うような光景。権能者とはその歪んだ強烈なエゴから悪魔に見初められ、そしてそれによってより強く歪められるが故に自身以外の権能者と相容れないのが普通だからだ。
そんな彼、彼女がこうして曲がりなりにも共闘のような態勢を取っているのは、共通のパートナーである虚飾の王から頼まれたから。そして----
「それにしても以外だったな。あの図書館の魔女が、湊の野郎と知り合いだったとはな」
「彼とは図書館で何度か哲学書について語り合った仲。独特な感性を持っていたから、話し相手として有意義だった。それと、言葉を返すけど私の方もあなたが彼と友人関係だったのが意外。あなたの感性からすると、彼は弱い存在だと思ってたから」
「あ? あいつのどこが弱いんだよ。もうすぐ死ぬってのに、涙も流さなければ悲観的になるわけでもねぇ。覚悟を決めて残される連中の幸せだけを見つめ続けていた。強いよ、あいつは」
共通の友人であった湊への義理。それが二人をこの場へと導いた縁であった。
そして呑気に会話する二人に対して、仲間を一人倒された眷属達が警戒しながら包囲網を狭めていた。二人を中心に円を描くように、接近戦の眷属達が前に出て、中距離を担う槍使いかその後ろ、遠距離型である弓使いがさらにその後方と、理想的な陣を作っていくのを、権能者たちは知ってて会話を続けていた。
「なにより、約束したからな。お前が死んだらでっかい墓を建ててやるってな。この世界に閉じ込められたまんまだったら、いつ墓を建てればいいかわかんねぇだろ?」
「聞いたこともない救い文句。まぁ、彼なら面白がりそうだけど。私は普通に親切心。安心安全な私は、受けた友愛にはきっちりと報いる女だから。ああ、あとそれと--」
直後、眷属たちが一斉に動き出す。剣とハルバートを持つ者が突撃し、槍を持つ者が何かしらの援護のための権能を使い、弓使いが矢を番て構える。一糸乱れぬ動きは、ある種の芸術で、それを受ける者に反撃も回避も許さない。如何なる権能者とは言え、この攻撃を今から無傷でいなすことは不可能。
「着弾、今」
すでに攻撃を終えていなければ。
突如として天空より降り注いだ、
これぞ怠惰の権能の能力『未来視』の力。数秒先の未来から、何十年も先の未来まで見通すことが叶う別ベクトルでチート染みた超越的能力。
「未来視はだるいからやらないんじゃなかったのか?」
「そう、めんどくさい。だからなるべく一度で全員仕留められるようにした。三体ほど残る予測だから、後はお願い」
「三体か……まあ、悪くないか」
こころの言葉に、館が首をコキリと回しながら粉塵が未だ舞う弾着跡へと入って行く。その歩きに淀みも恐れもなく、絶対的な自分の力への自信がその背から滲み出ている。
そしてその自信を裏打ちするように、音もなく自身の顔横に射出された弓を、館は見る事さえなく片手で掴んで見せた。
「この世は弱肉強食だ。その程度の力しかないなら、強い者に食われるのが道理だ」
瞬間、いつの間にか弓矢を掴んだ方の手とは逆の手に握られていた暴食の銃が弓が飛んできた方向へと火を吹いた。ガンッと鈍い音を発し、そこにいたであろう眷属が倒れ伏す。
「そして弱い者は、強者に何もかも奪われる」
直後に、目前から迫る巨大なハルバートを館は片腕一本で止めて見せた。それは彼が権能者である事を加味してもあり得ない光景。あくまで人間であるはずの彼が、超常存在である眷属の本気の一撃をこんなに楽々と止められるはずがなく、なればこそそこには理不尽なる力の象徴たる権能が大きく関わってくる。
ガクリと、攻撃を仕掛けたはずの眷属の体が突如として膝をつく。まるで、何かに力を吸い取られているかのようで。そしてそれこそが、恐るべき『暴食』の略奪能力。自身の攻撃が当たった存在の力、生命力、才能を奪い去り、自分の物とする暴食の化身。厄介なのは、そんな暴食の権能者のメインウェポンが常に遠距離戦特化の銃型であると言う事。
そしてさらに恐ろしいのが、そんな権能を手に入れたのが素の状態でも学園最強と呼ばれるほどに強い館 凌太郎と言う事だ。
「ご馳走様だ、あばよ」
館の目の前で、全ての生命力を吸い取られた眷属がミイラのように萎んで地面の染みとなる。元が人型であるが故に、まるで人間を殺したかのような絵面なのに、それを成した館も、また彼の戦闘を気怠く見物するこころも心象を害した感じは皆無。
七つの大罪の権能者は、皆どこか壊れている。壊れているから、悪魔に魅入られた。新御門学園の設立者が提唱した言葉はどこまでも正しいのだと証明する光景が、そこにはあった。
そして初撃のこころの砲弾で両足を砕かれ、惨めに床に這いつくばっていた最後の眷属の頭を無感動に踏み潰した館の姿を見れば、間違いなく信哉は何を置いても倒すべき存在として権能者を憎悪するだろう。
彼らは、どこまでいってももう人類と相容れない悪魔側の存在だと。
「さて、俺らの仕事は終わりだ。後はあいつと生徒会長……それとフンコロガシに任せるか」
「同感。もうここまですれば未来を視るまでもない。それに…………うん、もう大丈夫。未来は確定したみたい」
「ん? なんか今視たのか?」
「いいえ。ただちょっと『向こう』を確認しただけ。私の予想通り、彼はただ待つだけの人ではなかった」
「へぇ……そう言うことか。こいつは、旧校舎並みの墓を建てなきゃな」
「それは止めて……本当に」
もっとも、少しばかりこの二人には当てはまり難いかも知れないが。
もしFFのエロをやるならどのナンバリングが見たい?*FF7は意図的に外しています
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