この話から都市伝説解体センターの最重大なネタバレがあります。未プレイの方は是非とも原作をプレイしてから見てください。
後編にしようかと思ったけど3万文字超えたので中、後編に分けます。
『ごめんね、僕はもうこの状況に耐えられないんだ』
『何を言ってんだ、努さん! あんたは無罪なのは、確たるアリバイが証明してるんだ! こんな証拠もないネットの誹謗中傷なんかに屈しちゃダメだ! 警察があなたの無実を知りながらわざとネットの声に乗っかって、この事件をもみ消そうとしてるのは明白なんだから!』
『うん、そうだね。でも、僕を犯人だと言うネットの声は今も止まない。それどころか、僕の妹やお世話になった孤児院のみんなにまでその悪意を向けてきている』
『だからって……! 俺の方で真犯人の一人の素性を調べたんだ! そいつは警察庁副総監の息子だった! 警察はそいつを庇ってあなたに罪を擦ろうとしてる! 俺たちで見つけた証拠を何の罪状もなく家宅捜査で奪い取ろうとして来た刑事たちがその証拠だ! それを何とか公表できれば……!』
『無実は証明できる……かい? でもそれは、一体何年かかる? 相手は日本の警察機構そのものだ。報道も、国民も彼らの側に着いている。この状況で、僕たちの正しさを証明するまでに、どれだけ僕のせいでみんなに迷惑がかかるだろう……。それに君も、この前暴漢に襲われたんだろう?』
『それは……ッ!』
『僕が今ここで死ねば、少なくともこれ以上家族やお世話になった人に害が行くのを止める事ができる。それに、君にも……へデラくん』
『……ッ! 早まるな、努さん! 今そっちに向かってます! 二人でもう一度考えましょう! 絶対、絶対死ぬ以外に解決方法があるはずなんだ!』
『ありがとう。君が今日まで僕と妹のためにしてくれた事は決して忘れない。君は、僕の親友だ』
『努さん! おい、聞いてんのかよ! 努兄っ!!』
『最後に、妹の……歩の事を頼む。彼女は、君のことを本当に慕っているから』
『やめろ、やめて……! ダメだっ!!』
『さようなら、へデラくん』
『もしもし! もしもしッッ!! 努兄っ! 努兄ッッ!!』
『………………』
『俺が駆けつけた時には、努さんはすでに……』
『………………』
『ごめん……ごめん、歩。俺が付いていながら……俺が、努兄を守るって言っときながら……ッ!!』
『………………兄さんは』
『……!』
『兄さんは……無実、だったんですよね?』
『ああ! それはアリバイが証明してる! それに真犯人に繋がる証拠も、大学の教授たちが何とか警察から隠し通してくれたんだ! これを使えば、時間はかかるかもしれないけど、きっと……!』
『それは、きっと不可能です。警察は、その程度の証拠なら簡単に踏み潰せると思ったから回収を諦めたんでしょう』
『……っ! そ、それは……そんな………………ごめん、アユミ。俺が……力不足だったせいで……』
『あなたのせいじゃない。悪いのは、全部あいつらだから……』
『……………………』
『……………………ねぇ』
『……なんだ、アユミ?』
『あなたは、わたしの側にずっと居てくれる?』
『当然だ。俺は、お前の家族なんだ。血は繋がってなくても』
『じゃあ、わたしがどうなってもずっとわたしの味方で居てくれる?』
『ああ、絶対だ』
『ずっと、ずっっっと。たとえ世界が壊れても、わたしと一緒に?』
『努兄に誓うさ。俺はアユミと一生一緒だ』
『……………………そう』
『よかった』
『へデラは、一生わたしの側にいるんだね』
『わたしの、味方なのね』
『なら、手伝ってほしいの』
『兄さんを殺した世界を、リセットする手伝いを』
「それでですね、もうガスで私もジャスミンさんや他の皆さんも倒れそうになった時に藍美先輩が来てくれたんですよ! もう、すっごくかっこよくて!」
「あはは……褒めてくれるのはありがたいけど、ぶっちゃけあざみちゃんたちを見失って発言するのが遅れた俺の失態だから、複雑なんだけどなぁ……」
「おやおや、感謝と賞賛は素直に受け取っておくものですよ。それに異界に通ずる道を見つけられなかったのは、何もあなたの失態ではないのですから。むしろ上野の地下鉄線や第二次世界大戦頃の地図を引っ張り出して、あざみさんたちの辿り着くであろうゴール地点をほぼ完璧に割り出したのはお見事と言う他ありませんでしたとも」
都市伝説解体センター。
そう名付けられただけの、蜘蛛の巣と煤だらけの伽藍等の部屋。
唯一存在しているのは、今にも壊れそうなほどボロボロの机とその上に置かれた新品のノートパソコン、そして俺が今座る椅子一つだけ。
明かりと言える物は、エレベーターの蛍光灯の光とノートパソコンのブルースクリーンのみ。その淡い光に映し出されて、二つの人影が壁に照らされていた。
二つ。俺と、もう一人。それ以外は誰もいない。
でも、三人の会話は続いて行く。
「ええ! でも、先輩がどうやって私たちの居場所を特定したのかは気になります。地図を見てわかるものなんですか?」
福来あざみが、俺の前で思案するようにそのぷにぷにの頬を指でトントンと叩きながら質問してくる。人によってはあざといとさえ思える彼女の仕草だが、それが嫌味なく可愛らしいと思えてしまうのは、彼女の小動物的雰囲気と容姿の成せる技なのだろう。
純粋無垢で、人畜無害を形にしたような都市伝説解体センターの新人スタッフ。不思議な力を持ってしまっただけの、優しい女子大生。
きっと誰もがそう思う。
彼女が、虚空に向けて喋っていなければ。
誰もいない暗闇に向けて、まるでそこに人が居ると言うように会話していなければ。
「普通は無理でしょうね。なにせ都市伝説と呼ばれるぐらい存在が確定視されなかった場所です。昔の地図を見比べたぐらいで見つかるなら熱心なオカルトマニアがとっくに解明しているでしょう。なので彼がやったのは逆引きです」
そしてその返答はやって来る。
だけどそれは虚空からではない。
彼女の顔が、崩れる。
福来あざみから廻屋 渉へと変わる。
その表情も、声帯さえもが、あどけない女子大生から怪しげな男性の物へと移り行く。
「あざみさんたちが消えたビルを入り口、政府の管理下に置かれた廃施設の管理者と確定させて、出口にも同じ管理者が保有する施設があると範囲を絞った。あとは地下鉄が通っていない地下空間、戦争中にそこに軍事施設が作られていてもおかしくない場所を重ね合わせる。これはそれだけのことです。ただ、それを解明するのにわずか一時間足らずでやってのけたのは、brilliantと言わずにはいられません!」
流転する。切り替わる。ころころころ。
福来あざみの顔で、福来あざみの服装で、廻屋渉は言葉を紡ぐ。
俺の前で、たった一人による会話劇が進んで行く。
「ほら、全然大したことなくないじゃないですか! 本当にありがとうございました、藍美先輩!」
こちらを流し見る廻屋の妖しげな目が、次の瞬間にはあざみの純粋無垢な目に変ずる。
あまりに自然すぎて、本当に二人の人間が目の前にいる気になってしまう。
「ははっ……いや、まいったなこれ」
でも違う。
この場にいるのは二人だけ。
俺と、彼女だけなのだから。
こんなの無理だ。こんなの耐えられない。知っている、わかっている。それでも、目前で何度も見せられると心が耐えられなくなってしまう。
だから俺は、両手を降参するように高く上げた。これ以上、この茶番を続けないでほしいと。
「…………もう、いいだろう。――――アユミ」
俺は、目の前で続けられる一人芝居に対して、その演者たる彼女へと声をかける。
「――――――――あら、そう?」
瞬間、部屋の温度が数℃ほど下がったような感覚がした。ドロリとした得体の知れない闇が体に纏わりついて来る。カリカリカリと、先ほどまで部屋奥で音を鳴らしていた鼠が逃げ散って行く。
たった一言。それだけで、先ほどまであったどこか緩い空気は塗り潰されたように消え去った。
その声の主人は、先ほどまで福来あざみと廻屋渉がいた位置に寸分違わず立っていた。あざみと全く同じ顔、同じ服、同じ体型。なのに、その雰囲気は何から何まで違っていて。
目の前に滲み出るように現れた、どんな怪異よりも恐ろしい彼女へと、俺は相対した。
「あなたはセンターでする談話の時間が好きらしいから、そうしてあげたのだけど……お気に召さなかった?」
変わる、替わる、怪々と。
堕ちる、朽ちる、退廃と。
無垢から、悪辣へ。
天使から、悪魔へ。
聖人から、復讐者へと。
如月歩は愉悦と快楽に満ちた笑みを浮かべて、そこに現れた。
「どこで知ったんだよ、そんな事」
「止木警視正と二人きりでご飯に行った時に話していたでしょ? わたしが、あなたの事で知らないことなんて一つもないの」
平然と、自分とジャスミンしか知らない会話の内容を知っていると告げる彼女の声色は、驚くほど冷たくて感情が感じられない。まるで、世界全てに何の期待もしていないような、冷徹な声。
そしてそれは間違っていない。
彼女は、世界そのものを見限っている。関わる事さえも嫌悪して、憎悪しているから。
如月 歩。
自殺した如月 努の妹。
百年に一度のギフテッド。
そして、俺が守るべき親友の忘れ形見。
「ね? わたしのへデラ」
彼女が俺の本当の名前、そこから取られたニックネームをねっとりとした情欲の籠った口調で呼ぶ。脳髄まで蕩けさせるような、退廃と堕落の籠った音の響きが鼓膜を震わす。
彼女の手が、椅子に座る俺の頬に添えられる。冷たい。死人のように冷えた指先。そして、まるで宝物を触るように俺の顔は歩の両手に包まれる。
そのまま近づいて来る、彼女の顔。熱の籠った吐息が唇に吹き付けられる。鼻先が触れ合いそうになり、僅かに顔を傾けた歩がその接触を避けた。
そして――――
「――――んっ、ちゅっ」
二人の距離はゼロとなる。重なり合った唇から伝わる微かな熱と、同時に侵入して来た舌先を感じながらも、俺は全ての抵抗を放棄し続けた。
超能力を持つ現役女子大生の女の子、福来あざみ。
都市伝説解体センターの所長、廻屋渉。
そんな人間、この世のどこにも存在しない。
全ては、如月 歩がとある目的を成熟させるために作り出した別人格。
兄である如月 努を自殺に追い込んだ全ての存在に破滅を与えるために揃えたピースなのだ。
如月 歩が考えた復讐計画。
それを達成する事自体は、グレートリセットを行うためのハッキングツールと真犯人たちの犯行を立証する手立てが掴めた時点でほぼいつでも可能だった。
でもそれをしなかったのは、アユミの復讐のターゲットは兄を見捨てた警察組織その物も含まれているからだ。詰まるところ、上野天誅事件を非解決事件なんて枠組みに入れた仕組みそのものを、彼女は恨んでいた。
アユミはその仕組みを777億円事件を起こした事で確認した。著名人たちの銀行口座からナターシャサインと言うハッキングツールを使ってお金を盗み取る、前代未聞の大事件。盗み取られた額も、盗まれた人間たちの身分も、世界的サイバー犯罪事件としてニュースに取り上げられて然るべき物のはずだ。
だが、そんな事件は無かった事にされた。警察も、報道機関も、盗まれた被害者でさえ口を揃えて黙秘を貫き、アユミが盗んだ777億円と言う大金のみがその事件が本当にあったのだと言う唯一の証拠となった。
あの時のアユミの顔は、今でも覚えている。愉悦、嘲笑、軽蔑、悲嘆、憤怒、憎悪、ありとあらゆる感情が入り混じった顔で俺の胸に飛び付いて嗤っていた彼女の姿を一日たりとて忘れた事はない。
『兄は、これをやったのと同じ奴らのせいで殺されたんだ』
そう言って笑い泣くアユミに、俺が出来たのはただ彼女の望むままに抱きしめ続けるだけで、同時に俺も尊敬する努兄を追い込んだこの仕組みを憎悪するには十分な怒りだった。
だけど、あった事件を無かった事にする警察の闇とも言える部署の存在は、天才ハッカーであるアユミをしても辿り着く事は不可能だ。
間違いなく、データは全て紙媒体で警察庁の何処かに封印されている。そう推測した彼女は、その存在を暴き立てるために遠大な計画を立てたのだ。
公安の人間が信じて、警察の闇に招き入れても頼りにしたくなるような存在と大事件を作り出す。
大事件の方は簡単だ。元から計画していたグレートリセット。それを予告と言う形でネットに掲載しておく事で世間の目を誘引する。そこにアユミお得意の人心掌握術で信者にした人間たちによる爆破テロや暴力、殺人事件を引き起こせば土台は整う。
だが公安の人間に信頼される存在の構築は大変だった。まずどうやって公安を自分たちに近づけさせるのか、近づけさせたとしてどのように信頼関係を築くのか。
人柄だけでは信用はしても信頼はされない。
能力だけでは信頼されても信用はされない。
どちらも高純度で兼ね備えた天才では、そもそも疑念を抱かれる。
そしてアユミが考え出したのが、都市伝説解体センターを営む千里眼の能力を持つ青年と、そんな男の元で働く事になった念視の能力を持った純粋無垢な心優しい少女と言う物語のような設定。
優れた能力を持ちながらコミュニケーション能力と身体能力に難がある男と、優れた人格を持つが自身の能力を活用出来ていない少女。どちらも欠点を持ち、しかし二人合わさることで完璧となる存在を作り出す。
まずは千里眼を持つ青年、廻屋渉として都市伝説解体センターを設立して数々の不思議な事件を解決して行く。いくつかはアユミの天才的な頭脳を使って真相に辿り着き、またいくつかは自分たちが仕込んだ事件を解決するマッチポンプを行って。
俺もまたそんな廻屋の数少ない友人、幸下藍美と言うキャラクターを演じて都市伝説解体センターのスタッフとして活動した。
演じることは、計画のために別人格さえも容易く生み出してみせたアユミには負けるが、俺の特技の一つだ。別の存在を演じることにかけて、俺はハリウッドスターにも負けない才能があるとアユミも保証していたし、事実俺もそう思っている。
だから演じた。名前も経歴も偽って、犬神大学に転入したチャラくて話し上手の、だけど比較的どこにでもいる大学生を作り出す。そして面倒見が良いから友人の廻屋に振り回されてる、なんで苦労人設定を付けて。
俺たちは公安の人間が注目せざるを得なくなるまで、数々の事件を解明させてみせた。
そして釣れたのが、止木 休見警視正。自分を適当に稼げるバイト探し中の運転免許持ち社会人だと言って、求人広告片手にセンター前で接触してきたジャスミンだ。
第一関門は突破した。公安の人間を懐に入れた以上、演技はより慎重を期す事になるが何の問題もない。俺とアユミ、いや廻屋は今まで通り事件を解決してジャスミンの目に類い稀なる捜査能力と事件解決能力を持った存在と言う認識を強くさせた。
その間に彼女からある程度の信用を得るために接触も図った。軽率に誘いをかけても怪しまれないキャラクター性にした意味がここで生きて、俺はジャスミンからそう言う遊びたがりの若者なんだと警戒される事もなかった。
そしてある程度の月日が過ぎたら、福来あざみと言う警察からしたら喉から手が出るほど欲しい超能力を持つ、善人を形にしたようなキャラクターを投入する。
計画は順調に進んだ。予想通りジャスミンはあざみの超能力を信じて、公安の本部長に報告した。そしてアユミから、あざみとしての自分にその本部長が接触して来たのも確認済み。
彼らはあざみの人柄と能力を高く評価している。あとは、彼女の力に自分たちの恥部を晒してでも頼らざるを得ない状況を作り出すだけだ。
「そのための仕込みも、ジマーたちを通じて順調に進んでるわ」
俺の膝に向かい合う形で座ったアユミが、その起伏に富んだ胸を押し付けて来ながら思考を読んだように告げて来る。
さすがの推理力と言うべきか、俺がわかりやす過ぎるのか。もし後者なら、ジャスミンに演技がバレていないか不安になる。
「心配ないわ。あなたの演技は十分以上によく出来てる。ただわたしが、あなたの事ならなんでもわかると言うだけよ」
「そうか。それなら、安心だな」
ふふっ、と嬉しそうな、誇らしそうな声が鼓膜を震わす。兄の自殺で精神を病んで復讐に取り憑かれたアユミは、唯一俺の前でだけは昔のような彼女らしい顔を晒してくれる。
だがそんな彼女が服を脱ぎ捨てた下着姿で俺に抱きついていると言う事実が、俺の思考を掻き混ぜて行く。アユミは、贔屓目も入るだろうがかなりの美人だ。精神不安定になった影響で常に隈と色素の薄い肌をしているが、それを加味しても優れた容姿の持ち主だと俺は思っている。
そんな彼女の生肌を押し付けられている状況は、非常に心臓に悪い。だが、こうしなければアユミは精神の均衡を保つ事も危ういのだ。
「ねっ? 触って」
耳たぶを甘噛みしながら、アユミが囁いて来る。それはお願いのようでいて、有無を言わさぬ命令だ。逆らう事は出来ない。逆らったら、きっとアユミは壊れてしまう。
「んっ、ぁっ……!」
主語のない言葉だったが、どこを触ってほしいのかはわかっている。わかってしまう。それだけ、この歪んだ関係は回数を重ねてしまった。
シンプルな白の下着に包まれたアユミの胸を、隙間から手を入れて直に揉む。柔らかい。女としての膨らみが、指先を通じて手に伝わる。優しく、強く、労わるように、めちゃくちゃにするように、強弱を付けながら捏ねくり回して行く。
「あっ、んんっ! はぁ、はぁ、っああ! ねぇ、周りを揉むだけじゃなくて、先っぽも、触って……!」
俺の膝の上で喘ぐ彼女の望むままに、指を胸の中心へと移動させる。そしてそこでピンと存在を主張する突起を弾く。マッサージしてリンパ腺を刺激するように、摘んで指腹で刺激する。
「…………っ!!」
十数秒後、アユミの体がびくりと痙攣した。瞳を瞑り、何かを耐えるように口を真一文字に結んで。そして、体の震えが止まると熱い吐息が俺の顔に振りかけられた。
絶頂、したのだろう。
ただ胸を愛撫されるだけで、アユミはオーガズムを得られるようになっている。それぐらい、彼女の体は開発されているのだ。
俺との、依存生活の日々で。
アユミと、こんな関係になってしまったのはいつからだろう。努兄が死んで、彼女の復讐に付き合う事を決めてからそう遠い事ではなかった気がする。
初めは、ただ夜ベッドで震える彼女を安心させるために寄り添っていただけだった。
それがいつしか、彼女にベッドを共にするように要求されて。気づいたら粘膜接触、キスを求められた。
妹のように思っているアユミによるどんどんと過激になって行く求めに、最初は抵抗をしようとしていた。だが、不安そうな彼女の顔に、断った時の自殺してしまいそうなほど絶望した表情に、俺は折れてしまった。
今思えば、あの表情は俺に言う事を聞かせるための演技だったのだろう。天才の彼女のことだ、俺を自分に縛り付けるための方法として肉体関係を結ばせようと考えても不思議ではない。
今では、本番行為以外のほとんどを俺たちは行っていた。俺も、挿入以外ならどんなアユミの頼みでも聞いてあげるつもりだった。
ああ、そうだ。セックスだけは、頑なに拒否し続けた。それは、こんな壊れた関係でやっていい物ではないのだから。
少なくとも、復讐を終えた後にちゃんと幸せな未来を彼女に進んで欲しいと願っている俺にとって、こんな形での初めてを彼女に体験してほしくない。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「なぁ……」
絶頂の余韻を感じているのか一旦の休憩を取っているアユミに向けて、俺は気になっていたとある事を口にした。
「今回の一件、野村さんの妹が関係してたんだろ」
それは、昨夜解決した上野オカルトツアーに関しての疑問。今まで、あくまで依頼されて都市伝説と思しき事案に関わると言うスタンスを貫いて来たセンターにあって、調査依頼を偽装してでも関わろうとした事件。
その理由を、あの上野天誅事件で自分たちと同じ苦しみを味わった被害者遺族にあるのではないかと俺は推測した。
「――――ああ、あの人のこと? わたしと同じく兄を殺された復讐をしようとしてるって言うから、少し手伝ってあげたついでにどう犯人を見つけるのかを探ろうとしただけよ。なのに、まさかあんなお粗末な方法だったなんて……期待外れもいいところだったから切り捨てたの」
だがそれに対するアユミの反応は、冷徹とも言えるほどに非情だ。きっとこの場に第三者が、ジャスミンがいたら眉を顰めて怒るだろう。別人格たるあざみが聞いたら、きっとすごく悲しむに違いない。
だけど、俺は。俺だけは、その裏にある彼女の真意を感じ取れてしまうから。
「…………アユミ、お前が俺を理解してるように。俺もお前をある程度理解してるつもりだ」
「………………」
アユミは無言だ。だがこの無言が、自分の風向きが悪い時にする彼女の手法だとよく知っている俺は、自分の憶測を語っていく。
「お前は……同じ苦しみを味わった彼女に、これ以上罪を重ねさせないようにしたかったんだろ。あんな突き放すようなことまで、わざわざ電波の繋がってない携帯から廻屋の声を出すなんて危険な真似してでも――」
「…………んっ」
だがそれ以上の言葉は、まるで黙らせるように俺の唇に重ねられたアユミの唇で遮られた。
「んっ、おい……言い負かされると、ふっ、うっ、キスして誤魔化そうとするの、お前の悪い癖だぞ……」
「うるさい……わたしの前で他の女の名前を出さないで」
重なった唇の間から侵入して来た舌にこれ以上の言葉を封じられる。首元に回された腕がグッと力を増して、上半身がぴったりとくっつくぐらい体が密着させられた。
「ちゅっ、んっ、じゅじゅっ……!」
照れ隠しにしてはだんだんと激しくなってくる舌使いには、微かにだが嫉妬の感情を感じる。
アユミは俺に依存している。
努兄が死んでから、唯一の心許せる相手である俺に固執しているのだ。そして俺が自分の元から離れて行かないように、彼女は体で繋ぎ止めようとしている。
それが間違った事だと、俺は拒絶出来なかった。
そうしてしまえば、アユミは壊れてしまう。その確信があった。だから俺は、彼女の行動を成すがままに受け入れる。俺の服を捲り上げて、露出した肌に手を這わせてくるのを黙認するしかない。
「ああ……やっぱり、あなたは温かい。わたしのへデラ。わたしの、わたしだけの……!」
「……ッ!」
興奮したアユミの歯が俺の唇を強く噛んだ。微かな痛みに眉を顰め、血が流れるのを感じる。だけど彼女は止まる事なく、むしろ俺から流れた血を嬉しそうに啜って自分の体へと取り込んで行く。
それはまるで吸血鬼ようだ。血を啜って生きる怪物。鬱屈としたアユミの姿も相まって、御伽噺の存在に彼女を重ねそうになってしまう。
でも、それならそれで構わない。もしアユミが吸血鬼なら、俺は彼女が生きるために喜んでこの血を差し出そう。
それが、努兄を助けられなかった俺の贖罪。彼女の罪の全てを肩代わりすると誓った、俺の決意。
「ヘデラ……! ヘデラ! ヘデラ! んふっ、んんん゛っ!!」
俺を貪るように強く求めるアユミの体温を感じながら、彼女が落ち着くまでただこの身を捧げ続ける。
いつか、復讐を終えた彼女が俺なんて必要なくても生きていけるようになればと願いながら。
ああ、でも。
やっぱり、辛いな。
「本当に大丈夫なの、その腕の怪我? もし痛みとかあったら言いな、あたしの伝手で医者を紹介してあげるよ」
「いや、大丈夫だって。と言うか、医者に伝手持ってるってジャスミンちゃんもしかして良いところの子だったりするの?」
「えっ、あぁ……いや、昔やんちゃしてた頃によくお世話になってた人がいて……」
いつものジャスミンの車の中で、彼女が俺の怪我の事を心配して来る。あざみ、いやアユミはこの場にはいない。彼女は次の事件の仕込みをするためにすでに帰ってしまっている。
だから二人だけになった空間で、ジャスミンはあざみがいた時ではしないような心配した視線を俺の包帯に巻かれた腕へと向けてくるのだろう。
それも下手な嘘まで付いて医者、おそらく彼女の所属する部署お抱えだろう人間を紹介しようとするぐらいに。
怪我。それは腕の上腕二頭筋部分に刻まれた刺し傷。とある呪いの箱を調査する依頼で、その黒幕とも言える存在からジャスミンを庇った際につけられた物だ。
こちらを横目に見る彼女の眼差しには、明らかにこちらへの申し訳なさが感じられる。
なぜならジャスミンは警察の人間だから。それも公安の警視正だ。そんな自分が、呪い(厳密には違うが)の影響で弱っていたとは言え、自身に振るわれた凶刀を一般市民に庇われ、その相手が決して軽くはない怪我を負ってしまった事は非常に心苦しい物なのだろう。
それも、その相手が短くない時を共に過ごした仕事仲間とあってはなおさら。
「はは、そうなんだ。ジャスミンちゃんって、面倒見良くて腕っぷしも強いもんね。昔は不良のリーダーだって言われても驚かないわ」
「はぁ!? あたしそんなイメージ付いてる訳!?」
本当、優しい人だ。そんな彼女を騙して、利用しようとしている事に胸が痛くなる。
彼女とこうして気の置けない会話をする幸下 藍美自体も、公安の人間から信用されるために作り出した幻でしかないと言うのに。
「…………ごめんね」
「えっ、いや別にそこまでショックだったわけじゃないんだけど。マジどうしたの、あいびー? 本当に具合悪かったりする?」
つい、口から本音が溢れてしまった。努兄が死んでから久しく出会わなかった心許せる存在となった彼女に、気が緩んでしまったのだろう。
こちらを心配そうに覗き込んで来るジャスミンに慌てて笑顔を返そうとするが、それよりも前に彼女は近くの路駐スペースに車を停めてしまった。
「傷、見せて。膿んでたりしないか確認する」
「いや、そこまでしなくてもだいじょ――」
「いいから」
俺の抵抗は現職の公安である彼女の前ではないも同然で、あっさりと包帯に巻かれた腕を取られしまう。そしてあれよあれよと解かれた隙間から覗く傷口を見て、彼女はまた悔しそうに唇を噛んだ。
「マジ痛そうじゃん。ほんと、あたしのせいでごめん」
「別に、命に別状はなかったんだし大丈夫だって! ジャスミンちゃんらしくないじゃん、このぐらい男の勲章ぐらいに思っといてよ」
辛そうな彼女の顔。
ああ、それは嫌だ。こちらはただでさえ彼女を騙しているのに、そんな顔をさせてしまうのは嫌だと思ってしまうのはひどい矛盾だろう。
でも、俺にとって彼女はもう復讐対象の警察組織の一人とは思っていない。それはきっと、アユミも少なからず同意してくれると思っている。福来あざみの人格を自分の妹のように思っている彼女にとって、その彼女と親しくしてるジャスミンは少なくとも敵にはなり得ないだろうと。
だから俺は彼女を励ますつもりでむしろその傷を誇るように掲げて見せた。多少痛みが伴うが、笑って誤魔化せる程度だ。
それを見てジャスミンも呆れたように笑ってくれると思ったのだが……予想と違って、彼女は何かを思い出すような目をして。
「あたしらしくない、か。確かにね。でも、それを言うならあんたもでしょ」
「あたしが刺されそうになった時、ジャスミンって呼び捨てにしたじゃん。しかも、いつになくマジな顔になって。あっちの方が、あいびーの素ってことでしょ?」
「――――」
彼女が口にした言葉に、俺は自分がとんでもないミスを犯していた事を悟った。
そうだ。俺は確かにジャスミンが刺されそうになった時、演技をやめて素顔の自分で彼女を庇っていた。
それはトラウマが刺激されたからだ。また、大切な人が自分の目の前で消えてしまうんじゃないかと、努兄の死体を見た瞬間がフラッシュバックしたんだ。
それで、あの瞬間だけは何もかも忘れてジャスミンの盾になるよう飛び出して。だからあの時、自分が何を言っていたのかを今の今まで失念していたんだ。
「まっ、だからなんだって話だけどさ。あいびーはあいびーだし。それに、あたしを咄嗟に助けてくれるのがあんたの素ってのは素直に嬉しかったわ」
だけど彼女は、そんな事気にしないとばかりに笑って受け流した。それは向こうが俺のことを完全に信頼しているからなのだろう。
こんな、嘘つきばかりの俺を。名前さえも偽っている俺を。彼女は――。
「俺は、ジャスミンが思うような人間じゃないよ」
ああ、まずい。演技が崩れてしまう。今までずっと封印してきた傷が開いて行く。努兄が死んでから、歩と復讐の道を進み始めた日から、妹のように思っていた彼女と体を重ねるようになってから、ずっと見ないようにしてきた弱さが漏れ出て来る。
「俺は、何にも出来ない……流されるままの人間なんだ。仮面を被って、その人に都合の良い自分を演じて……誰にも本当の自分を明かさずに利用している最低の卑怯者。それが、俺なんだ」
まずい。このままじゃ、ジャスミンに俺の正体がバレてしまう。そう冷静なところの自分が警報を鳴らしているのに、歩以外で唯一心許せるほど関係を縮めた彼女に対して、俺の心は俺が思うよりも強く惹かれていた。
必死に蓋をしていた思いが止めどなく溢れてきそうになって。でもそれよりも早く、俺の頭を誰かの手の平が優しく撫でた。
「別に、そんなの普通でしょ?」
まるで俺の弱さを全て受け入れてくれるかのように、ジャスミンの声が耳に響く。
「自分の本心全部曝け出して生きてる奴の方が珍しいし。結局、そいつがどういうやつかなんて長く一緒にいてもわからない事が多いんだから」
それは、当たり前のことで。特別な答えでもなんでもない、人間関係における常識だ。
「その上で、自分に見える範囲でわかった相手の事を信じて行くか決めるんでしょ。都市伝説と同じで、人間も見た物が全て真実とは限らない。何を信じるか信じないかはあなた次第ってこと」
なのに、それを言うのがジャスミンだと言うだけで、俺の心は自分でもびっくりするぐらい落ち着いて来ていて。
きっと、他の人に同じことを言われても響ない。
「あざみーを保護者かってぐらい過保護に心配して、廻屋のやつにこき使われて不満垂れて、あたしとよく一緒に飲みに行く」
なのに、こんなに心揺さぶられて、救われた気になってしまうのは。
きっと。
「それが、あたしにとってのあいびー。まっ、ついさっきまた新しい一面を知ったけど、それも含めてもあたしはあんたのこと信じられると思ってる」
こんなにも、彼女に抱きしめられているだけで胸が高鳴ってしまうのは。
きっと――――
「だって、そんな顔で涙流せるんだから」
――――彼女が、好きだからなのだろう。
感極まって潤んだ視界のすぐ目の前に、ジャスミンの聖母のような優しい微笑みが映った。
それが、あまりにも綺麗で、惹かれてしまう。
だから俺は、引力に導かれるように彼女の顔へと吸い込まれて。
「――――」
口に温もりを感じた。瞳に映る景色全てが、ジャスミンの驚いたように見開かれた瞳を映し出す。
言葉もなく、動きもなく、ただしばらく見つめ合い続ける。至近距離で、お互いの口を重ね合いながら。重ね……合い……ながら?
「!!?」
その事実に気付いた瞬間、俺は弾かれたように頭を後ろに下げた。同時に、唇から感じていた温もりがなくなって僅かに寂しさに似た感情が胸に去来する。だがそれを即座に振り払う。自分は今、相手の同意も得ずにキスをしたんだぞと自己嫌悪に包まれながら。
「あっ、ごめ、ごめんなさい! 俺、つい……!」
咄嗟にジャスミンに謝罪をするが、正直嫌われても仕方のないことをしてしまった。なんてことをしたんだと自分を責め立てるが、ジャスミンは見たこともないような惚けた顔で呆然としていて。
「い、いや……あたしも拒絶しなかったのが悪いっていうか……嫌じゃなかったっていうか……」
「えっ?」
「あっ」
聞き間違いかと思った。まさか、ジャスミンが肯定的な返事をくれるとは思わなくて、脳が理解を拒んだのだ。でも、真っ赤に染まった彼女の顔が自分が聞いた言葉の内容が本当にあった物だと証明してくれている。
「……………あの、それって」
「い、いい、今の無し! 忘れて!」
両手で赤く染まった顔を隠しながら、彼女は言う。それは今まで見たこともない彼女の反応で、こんな可愛らしい一面もあるんだと、どこか感じ入るように見てしまう。
そして、もしかしたら、なんて感情が自分の中で湧いて来た。
「…………ジャスミン」
「うっ……」
それを確認するために、彼女の両手を取って目線を重ねさせる。それでも恥ずかしそうに逸らそうとする彼女の顔を、再びキスができるほど近くまで寄って封殺した。
「嫌だったら、言ってください」
そして、問いかける。
自分の心臓が痛いぐらいに早鐘を打つ。人生初めての体験に、俺も全身の熱が高まっているのを感じる。
すぐ目の前に映るジャスミンの顔は、俺と同じくらい真っ赤に染まっていて。この距離なら、その目鼻立全てがよく確認できる。それを見て、綺麗だなと何度目にもなる感想を抱いてしまうのは、やっぱり現実逃避的な考えなのだろう。
自分でもわかっている。最低な質問だと。それでも聞いてしまったし、聞いたからにはもう後戻りはできない。
きっと拒絶されるだろうと覚悟して、むしろその方が良いのだと自分に言い聞かせる。相手は公安の人間で、自分はこれからテロリストになる男だ。お互いのために、完全に未練を断ち切るべきなんだと、そう考える俺へとジャスミンは答えを返した。
言葉ではなく、唇への触れ合うだけの接触でもって。
「これ以上、言わせんな」
「いいの?」
「言わせんなって言ったじゃん。…………いいよ。あいびーのこと、嫌いじゃないし」
「それに、辛そうなあんたを抱きしめてやれないような女には、なりたくないから」
「――――」
ああ、そんなのずるい。そんなこと言われたら、この恋を諦めるなんて出来ない。絶対に幸せになれないとわかっていながら、あなたを抱きしめたいと思う気持ちを抑えられない。
「ジャスミン……好きです」
「〜〜〜〜ッ! 急に素で告白とかすんな!」
「やっぱり、迷惑ですか?」
「いや、んなこと言ってないでしょ。ったく……顔見て答えぐらい察せっての」
顔を赤らめながら少しにやけた顔でそう言うジャスミンに、俺の心が久しぶりに憎悪と後悔以外の感情に激しく燃えて。
こちらを受け入れるように両手を広げた彼女の胸元へと、吸い込まれるように落ちていった。
カチカチカチカチカチカチ
『ジャスミン、胸触るよ』
『別にそんな減るもんじゃないんだから、確認とかいちいち取んなくてい……んんっ!』
カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ
『痛かったら、言ってね』
『心配しなくても、別にあたしは初めてじゃないから……あっ、ああっ……ッ! ちょっ、あいびー、んん゛っ、うますぎ、ない……っ!?』
カチカチカチカチかチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ――――――――
『好きだよ、ジャスミン』
『…………んっ。あたしも』
カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチバキッ
「………………そう。わたしを選ばないのね」
「わたしじゃなく、彼女を選ぶのね」
「…………………………」
「ふふっ」
もしFFのエロをやるならどのナンバリングが見たい?*FF7は意図的に外しています
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